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kinematopia2001.01


 「『愛のコリーダ』は、25年前の日本での公開時には一部シーンはカットされ、シーンによっては全面にぼかしがかって、何をしているのかさえ分らないほどの『修正』がなされていた」「今回『愛のコリーダ2000』としてよみがえった作品は、一部にぼかしはあるものの、修正はごくわずかで何をしているかはすべて分かる。ショッキングなラストは修正なしで公開された。やっと、日本で『愛のコリーダ』が劇場公開されたと言っていいだろう」

 「1936年の『阿部定事件』を、時代に抗した男女の壮絶な愛のドラマとして描いた大島渚監督の熱いまなざし。その力強く美しい映像は、戸田重昌の美術によって、さらに輝きを増している。全く古びていないばかりか、時がたってさらに魅力的になったと感じた。世界に誇りうる傑作である」「さらに、じつにさまざまな性の形態が盛り込まれていることにも驚く。『ポルノ』ではないと言われたが、日本文化を踏まえた極上のポルノグラフィでもあると言いたい」

 「定役の松田英子は、本当に逸材だった。あの存在感は誰も真似できない」「ただ、その後の不幸を知っているだけに複雑な思いになる」「ハードコアに挑戦した藤竜也の勇気は、今こそ最大限に評価したい。二人の身体は、映像な美に昇華している」「脇役も素晴らしい。中でもみすぼらしい乞食を演じた殿山泰司の『勇気』こそ、最もたたえなければならないだろう。役者だ」

 「『バトル・ロワイアル』は、国会で表現の法的規制の発言まで飛び出した深作欣二監督70歳、60本目の作品」「ヤクザ映画ならどんなに残虐な殺し合いでも良くて、中学生ならR15指定になるのは何故か。理解できない」「ストーリーは荒唐無稽のようでいて日本社会を考える思考実験としては、リアリティがある。問われているのは、大人社会のあり方だ」「冒頭『この国はすっかりダメになりました』と言われるが、登場する子供たちは、皆生き生きとした人間的な感情にあふれている。不良も含めて、こうした子供たちを恐れている大人たちのひよわさと狂気に慄然とする」

 「そして級友を殺さなければ殺されるという限界状況に置かれた15歳の中学生が、どんな選択をするのか。さまざまな道が模索されている。中でも、なごやかな雰囲気だった少女たちが、一瞬にして殺し合うシーンの異様な迫力は忘れがたい」「殺りくに満ちてはいるが、スピード感にあふれ、清清しい。甘さを排し時代を突き抜ける力に満ちた傑作」「ただ、ラストの『走れ』という文字は、蛇足だった」

 「生徒たちは、深作欣二のテンションに良くついてきていた。群像劇としての厚味もある。ビートたけしの絶妙さは評価するとして、藤原達也、前田亜季らも難しい役をこなしていた」「しかし、全員が主役という方がいいだろう」「自ら死を選ぶ者、迷いつつ逃げ道を探す者たちの中にあって、決然と殺しつづけることを選んだ相馬光子役柴咲コウの熱演が、とりわけ光った」「殺しっぷリも、殺されっぷリもすごい。他者への憎悪を抱え込んだ幼年期は描かれていないが、その不幸さが手に取るように伝わってくる」「柴咲コウは、今後が楽しみな女優だ」

 「世界的な注目を集めた『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』以来5年ぶりの新作『アヴァロン』。今回も先進的な技術を使い、今まで見たことのない美しい質感を表現している」「これまでのデジタル処理の多くが、アニメ的手法を実写に持ち込む試みだとするなら、この作品は実写をもとにアニメを製作するという方法を取っている。実写とアニメは、デジタル技術の進歩の中で、競いながら溶け合っていくのだろう」

 「体感型ネットワーク・ゲームの隠されたフィールドを探るというテーマは、目新しいものではない。しかし、歴史が重層化しているポーランドでオールロケし、セビア色を基調にしたスタイリッシュな映像は、間違いなく押井守の作家性に貫かれている」「コーラスを多用し荘厳なまでに構築された川井憲次の音楽は、ストーリーの神話性を高めていく。現実に迫ろうとして異世界を描く押井守は、閉塞的な神話世界との危うい闘いを続けている」

 「『アサシンズ』のマチュー・カソヴィッツ監督が、苦みのきいた娯楽作『クリムゾン・リバー』を作り上げた。山岳アクション、猟奇的殺人ミステリー、閉鎖的な大学空間。この意外な組み合わせによって『クリムゾン・リバー』は、スリリングな展開をみせる」「たるみのない展開と力強い映像は見ごたえ十分。こんなに多彩な見せ場を盛り込んだフランス映画は珍しい。ハリウッドなら評価しないが、フランス映画の今後にとっては意義がある」

 「映画はタイトルから衝撃的。無数の裂傷を負い、腐敗しかかった死体がクローズアップでなめるように描かれていく。あまりにリアル。あまりにショッキング。『セブン』(デビッド・フィンチャー監督)と違い、実に即物的な描写だ」「監督の強引にして魅力的な映像が幕を開ける」

 「ジャン・レノとヴァンサン・カッセルが刑事役で登場する。レノの独特の存在感は謎に包まれた物語にぴったり。ヴァンサン・カッセルは、息を飲むような武術を見せる。実際に鼻を骨折したほどの熱演。ナディア・ファレスは、難しい役で今後の飛躍を予感させる」「娘をひき殺され発狂した母親役を、かのドミニク・サンダが演じていたのは、思わぬ拾い物だった」

 「ナイキのテレビCMで 一躍有名になったアントニー・ホフマンの初監督作『レッド・プラネット』。『火星地球化計画』をベースにしたSF作品。ストーリーも映像も、飛び抜けて独創的という訳ではないが、見事な火星の風景、緻密な音響設計、滑らかなロボットの動作、多彩な登場人物、スピーディな展開と、いずれも時間をかけてつくられたことが分かり、全体としては、かなり密度の濃い作品になっている」「CGに依存した派手なだけで大味なSFが多い中で、ハイレベルの仕上がりといえる。エマ・シャプリンの美声を含め、音楽もなかなか聞かせる」

 「『マトリックス』(ウォシャウスキー兄弟監督)のトリニティー役で有名になったキャリー=アン・モスが、宇宙船の船長ボーマンを演じている。次々に襲いかかる困難な状況を、独力で乗り越えていく。タフ。しかも人間的な優しさも持ち合わせている。『エイリアン』のリプリーをほうふつさせる。いや、リプリー以上に冷静だ」「ヴァル・キルマーら男性たちも個性的。哲学的な思索にふけるベテラン宇宙飛行士のシャンティラス役にテレンス・スタンプを充てたのは、巧みなキャスティングだ」

 「『キャラバン』は、ヒマラヤ4000メートル以上の山地でのオールロケによる作品。構想10年。80年代からネパールに住んでいたエリック・ヴァリ監督は、3年間ドルポの村に住み、村人との信頼関係を築いていった。その結果、大自然の中での壮大なドラマを、村人たちが演じるという困難な課題を克服することができた」「写真家でもある監督だけに、自然の切り取り方が抜群に美しい。そして、人間と自然のたぐいまれな距離感は、そこに住んでいる者でなければ、なかなか生まれないだろう」

 「麦を得るための命懸けのキャラバン。そこに指導者をめぐる世代間の対立を絡める骨太の構図。なんといっても長老ティンレ役ツェリン・ロンドゥップの渋い演技が光る」「ただ、死に際に、それまで憎んでいたカルマとすんなりと和解するシーンは、ちょっと違和感があった。もっとも、心の奥底で通じ合っていたとも考えられるが」「子役パサンを演じたカルマ・ワンギャル少年の、涼し気なまなざしが印象的。次期指導者の片鱗を感じた」


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 「21世紀初めてのゆうばり国際ファンタスティック映画祭が、2月15-19日に開かれた」「寒かったね。ことしは、釜山フィルムコミッションのメンバーを招いてのシンポジウムを開催。映画撮影をスムーズに運ぶために行政が全面的に協力した経験を紹介するとともに『周りの市民の協力がなければ撮影はうまく行かない』と、市民の意識が最も大切だと報告された」「ホウ・シャオシェン監督が映画祭を舞台にロケしたことも大きなニュースだった。なぜ夕張で撮影するのかと聞かれた監督は『世界中の映画祭に参加したが、夕張映画祭は他の映画祭と全く違う。心を静めてくれる。そして夢を観続ける力を与えてくれる』と答えたという」「多くの国際映画祭がビジネス主導に傾く中で、夕張は映画を愛する人達の交流の場であり続けている。参加した監督たちも同じような発言をしていた」「ことしもさまざまな友情の輪が広がったと思う」

 「注目の『ブラックボード - 背負う人 -』は、昨年のカンヌ国際映画祭にカンヌ史上最年少(20歳)の監督作品としてコンペティション部門に出品、審査員特別賞を受賞した作品。1998年の『りんご』で注目されたサミラ・マフマルバフ監督の長編第2作」「この作品は、イラン=イラク戦争末期、子供たちに勉強を教えるために、黒板を背負って国境を越える教師の姿を描く。流れ者としての教育者。それがイランの現実なのだ」「監督が、棄民化した老人や危険な運び屋として生きざるをえない子供達を見つめる視線は、地をはうように低い。鋭く、しかも優しいまなざしには、老成すら感じる」

 「『夢の旅路』(マイケル・ディ・ジャコモ監督)は、作家性を全面に押し出した、リアリティすれすれのほとんど妄想に近いラブ・ファンタジー。ティム・ロスが、見方によってはかなり青臭い作品で主演しているのがうれしい。制作は監督とのコラボレーションだったそう」「同じ大人の寓話『海の上のピアニスト』(ジュゼッペ・トルナトーレ監督)と、完成度は比べようもないが、別の屈折した個性は感じる。特にシーツをつかったラブシーンは、女性の影の変化が抜群に美しくて心ときめいた」

 「『VERSUS』(北村龍平監督)は、2時間全てがクライマックスと言えるほどのハイテンション・ムービー。コミック・アクション・ホラーの常で内容はないが、力は充満している。4,000カットというのも尋常ではない」「アクションは多彩を極め、荒削りながら、この分野の古典となる可能性を持つ怪作」「きれいにまとまったラストを打ちこわして、さらに高い水準に引き上げる徹底ぶりに、立ち上がって拍手を送った」

 「『ポエトリー,セックス』は、『女と女と井戸の中』のサマンサ・ラング監督の新作。ヤング・ファンタスティック・クランプリ部門エントリー作品としては、完成されすぎていると思われるほど、堂々とした監督の個性が全編を貫いている」「レズビアン関係とサスペンスを巧みに絡ませながら、人間の欲望と孤独に迫る監督の姿勢は前作と変わらないが、洗練度は格段に上がった」「ケリー・マクギリスをこういう形でよみがえらせた点も高く評価できる」

 「招待作品、ジュゼッペ・トルナトーレ監督の『マレーナ』は、熟達の技が光る実に魅力的な作品。ことしのベスト5になりそう。年上の美貌の未亡人への、13歳の少年の恋と、ファシズム支配の下で戦争になだれこんでいくイタリアの世相をていねいに重ね合わせ見ごたえのある仕上がり」「民衆の残酷さと寛容さの両面をきっちりと描いている。名画へのオマージュに満ちた少年の妄想シーンも嬉しい」

 「『ドーベルマン』(ヤン・クーネン監督)が記憶に新しいモニカ・ベルッチは、羨望の未亡人が娼婦になり、戦後リンチを受けて髪を切られ血みどろになる役を演じた。美しいだけでは終わらない、骨のある姿勢は健在だ。」「苛酷な物語ではあるが、なつかしい気持ちに変えて終わらせるトルナトーレ流が心地よい」

 「『サイアム・サンセット』 (ジョン・ポールソン監督)は、結構深刻なテーマをコミカルに描いた佳作。おんぼろバスによるトラブル続きのツアーが笑いを誘う。次々と不幸に襲われる主人公・ペリーを、ライナス・ローチが軽妙に演じている」「色をつくり出す仕事というユニークな設定が、とても良く生かされている。サイアム・サンセットは、タイの夕陽の色の意味。ここでは平和を象徴している」

 「『ニュー・イヤーズ・ディ 約束の日』は、ロンドン在住のインド人監督スリ・クリシュナーマによる長編第2作。スキー旅行で雪崩事故に遭い、多くの友人が死に二人だけ生き残ったジェイクとスティーブン。彼等は死んだ友人たちが最後のビデオの中に残した、それぞれの夢を実行してから死のうと約束する」「思春期の青年の痛苦な心の揺れを描いた力強い作品だ。とにかく勢いがある」

  「クロージング作品は『102』(ケビン・リマ監督)。『101』の続編。超マイナーな自主製作作品から、こういった話題作まで上映してしまうのがゆうばり映画祭の特質といえるだろう」「毛皮愛好者への批判はあるものの、基調はいたってラブリィ。他愛のないストーリーを無邪気に楽しむのも、映画鑑賞の一つの姿勢だ」「グレン・クローズとジェラール・ドパルデューという名俳優が、ドタバタ喜劇を演じている」

  「ヤング・ファンタスティック・クランプリには、スリ・クリシュナーマ監督の『ニュー・イヤーズ・デイ』が選ばれた。若々しさに溢れ、この賞にふさわしい内容だ。審査員特別賞は『夢の旅路』(マイケル・ディ・ジャコモ監督)。南俊子賞は『サイアムサンセット』 (ジョン・ポールソン監督)。話題になった『VERSUS』(北村龍平監督)には、千葉真一賞が贈られた」

  「ファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門グランプリは『東京ハレンチ天国 さよならのブルース』(本田隆一監督)。審査員特別賞は『L'llya〜イリヤ〜』(佐藤智也 監督)。劇場未公開のファンタスティック・ビデオ・フェスティバル部門グランプリは『ダディ&ミー』が受賞した」

 「札幌の劇場公開作品に移ろう。『レンブラントへの贈り物』は、知的なサスキア、官能的なヘンドリッキエ、母性的なヘルティエという3人の女性に支えられながら、不器用に生きるレンブラントの生涯を描いている」「監督のシャルル・マトンは、画家でもあるので、レンブラントの作品のような光と影の魅惑的な映像をつくり出した。出演俳優に合わせて描かれる作品の顔を書き替えるという思い切った試みも評価したい。2000年セザール賞美術賞を受賞している」

 「ただ、レンブラントをはじめ、肝心の登場人物がほとんど描けていない。悲劇の連続に苦しみながらも次々と作品を完成させていったレンブラントの内面が伝わってこない。それぞれの女性たちの思いも宙に舞っているようにつかみどころがない」「出だしは、様々な仕掛けを楽しむ事ができたが、サスキアが死んだ後は急に地味な展開になったように思う」

 「世の中を変えるには、何をすればいいのか。少年のアイデアが人々を変化させていく。直球タイプの社会派作品『ペイ・フォワード 可能の王国』(ミミ・レダー監督)。ケビン・スペイシー、ヘレン・ハント、ハーレイ・ジョエル・オスメントという芸達者がそろった」「特にアル中のシングルマザーを演じるヘレン・ハントのうまさにうなった。95%までは、とても良い仕上がりだった」

 「そう。唐突な結末で一気に下品な映画になった。社会活動をする人は殉教者にならなければならないのか。この映画の基本は誰もが行なえる善行だったはずだ。そこまでして、観客の涙を搾り取らなければ気がすまないとは、なんとあさましい考えだろう」「厳しいねえ。『ディープ・インパクト』もそうだったが、ミミ・レダー監督は良い作品をラストで台なしにする天才だね」

 「『シックス・センス』の衝撃のラストが記憶に新しいナイト・シャラマン監督の新作『アンブレイカブル』。列車事故で乗客131人が死亡したが、ただ一人だけ無傷のままの生存者がいた。今回は最初に大きな謎を提示し、見る者を引き付ける」「どんな奇抜な展開になるのかとわくわくさせられた。しかし、予想だにしないストーリーではない。肩すかしのような真相。最も犯人らしくない人物が犯人であるという定石に沿った結末である」「伏線の張り方はうまいものだが」

 「ブルース・ウィリスとサミュエル・L.ジャクソンという取り合わせも、生かされているようには思えない。ブルース・ウィリスは『ダイ・ハード2』(レニー・ハーリン監督)のころから、アンブレイカブルだったし、サミュエル・L.ジャクソンが虚弱体質の妄想家というのもしっくりこない」

 「『ぼくの国、パパの国』(ダミアン・オドネル監督)は、思わぬ収穫だった。原作『east is east』は、父がパキスタン人、母がイギリス人の家庭に生まれたアユーヴ・カーンが初めて書いた自伝的な戯曲。最優秀ウエストエンド戯曲賞を受賞するなど絶賛された。アイルランド出身のダミアン・オドネル監督が初長篇で映画化。カンヌ国際映画祭第1回メディア賞を受賞した」「パキスタンとイギリス。異なる文化のきしみを孕んだ家族を、辛らつに、コミカルに描くという困難な課題を克服している」「権威をふりかざし暴力をふるう父親。ともすれば悪者にされがちな父親への温かいまなざしが、作品に深みをもたらした」

 「末っ子のサジをはじめ、兄弟の個性がきらめく。多兄弟家族の雰囲気が楽しい。そこに文化の違いによる危機が訪れる。父親役のオーム・プリーの熱演も評価するが、何といっても最後にびしっと決めた母親役のリンダ・バセットがうまい」「それにしても、あんなに下ネタが満載とは思わなかった」「徹底ぶりは、『メリーに首ったけ』( ボビー・ファレリー、ピーター・ファレリー監督)以来だね」

 「『BROTHER』(北野武監督)は、日・英合作による国際的なプロジェクト。ハリウッドのビジネス・システムと北野武の作家性を生かし合う映画製作手法としては、注目すべき成果を上げたといえるだろう。しかし、作品としてはやや期待はずれだった」「『HANA-BI』で確立した独自の映像文法が失われ、おびただしい殺戮が続くだけだ」「『ハラキリ』を盛り込むなど海外を意識しすぎたサービスも不快。北野流は、こんなにうすっぺらだったのか」

 「ほとんど死ぬためにロサンゼルスへ渡った山本を、ビートたけしならではのセンスで演じている。その虚無感はなかなか良い」「しかし縄張りを拡大するための犠牲死や日本人の連合が、物語を安易な方向へと転がして行った」「マイノリティ同士の友情というほのかなテーマ性はあるものの、見終わったあとの欠落感は否定できない」


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 「『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』で抜群の映像・音楽センスを見せたガイ・リッチー監督の新作『スナッチ』。こんどもやってくれた。さまざまな悪党どもの血なまぐさいドタバタ劇を、ハイスピードの展開で混ぜ合わせ、あっという間に終えてしまう。通常なら3時間の物語を鮮やかな手さばきで100分余りに仕上げた」「群集劇ではあるが、『マグノリア』(ポール・トーマス・アンダーソン監督)のような重たい手応えとは対極にある。軽い。粋といえば、粋。肩の凝らない、しかしスタイリッシュな手法を編み出したと言える」「肩は凝らないが、眼は疲れるね」

 「相変わらずのアクの強いキャスティング。しかし、ブラッド・ピットの使い方にはとりわけ感心した。素手ボクシングが強い流れ者の役だが、けっして前には出ていない。へたくそな刺青を全身に入れたチープさが、独特の魅力を引き出している」「本来は、こういう危ない役がハマリなのだと思う。ボクシングでの派手な殴られ方もいい。そこにも、ガイ・リッチーのセンスが光っている」

 「『ザ・セル』(ターセム監督)は、刺激的な作品。拉致されている被害者の居場所を知るために、意識を失った犯罪者の意識に入り込むという発想自体は、ありふれたものだ。しかし、錯乱した精神世界を奔放に映像化しようとするターセム監督にとっては、またとないキャンバスだった。さまざまな倒錯的な映像が、尖った美意識でフォルム化されている」「不気味で残酷、しかし美しい世界。既存のアーティストのアイデアを寄せ集めた感があり、個々のシーンの独創性は少ないものの、ここまで徹底すれば新しい映像地平といえるかもしれない」「衣装の石岡瑛子も大健闘している」

 「少年期に虐待を受け深いトラウマを抱えて猟奇的な殺人を繰り返す犯罪者カール・スターガーをヴィンセント・ドノフリオが演じている。絶句するほどの迫力。彼の代表作の一つになるのでないか」「彼の意識に入り込む精神科医キャサリン・ディーンは人気絶頂のジェニファー・ロペス。現実世界の意志的な性格と、精神世界でのめくるめくような七変化の対比が楽しめる」

 「『見出された時』(ラウル・ルイス監督)は、マルセル・プルースト『失われた時を求めて』の最終編『見出された時』を中心とした映画化。ハリウッド映画を見なれていると、序盤での『つかみ』の展開に慣れてしまう。しかし、この作品はゆっくりと静かに物語を進めていく。最初はとまどうものの、やがてゆるやかに物語に入り込んでいける。そうしないと、まどろみがやってくるが」「戦争という過酷な状況にありながら、ドラマチックからは程遠い。夢のようにすべてがファンタジック。パッチワークのように時空が自由に断片化している。多くの登場人物が複雑な関係を持ちながら、移ろっていく」「説明は少ない。ラウル・ルイス監督が自ら語っているように、原作を知らないと分りづらい」「ただ、マルセル自身が失われた時、忘れられた時代を新たに見い出すものとして、芸術の価値を噛み締める結末は、じんわりと感動的で余韻が長く残る」

 「キャスティングがすごい。すごすぎる」「監督は、貴族に憧れるマルセルの視線を意識した配役だというが、カトリーヌ・ドヌーヴ、エマニュエル・ベアール、マリ=フランス・ピジエと並ぶと、壮観だ」「ジョン・マルコヴィッチも屈折したシャルリュス男爵を熱演していた」「有名な俳優たちにまぎれてマルセル役に無名の俳優を置く辺りに、監督の優雅な遊びを感じた」

 「傑作『グッド・ウィル・ハンティング』のガス・ヴァン・サント監督による新作『小説家を見つけたら』。青年の天才的な才能に気付いた大人が、その才能を伸ばそうと交流を深めるという筋書きは、似ている。しかし、前作のような細部の工夫が乏しいので、感動には導かれない。文学や音楽の使い方が、いかに巧みでも、脚本の弱さは隠せない」「天才青年が16歳というのも、やや無理がある。せめて18歳でなくては、あの熟達の文章にリアリティがなくなる」

 「隠とん生活をしている小説家をショーン・コネリーが演じている。さすがに堂々としている」「青年の才能をつぶそうとするクローフォード教授をF・マーリー・エイブラハムが演じているのも見もの。『アマデウス』でのサリエリ役が、強烈に脳裏に焼き付いているからだ。ただ、この作品では彼の内面にまで視線が届いてない」「ベテラン二人と互角に張り合ったのが新人ロブ・ブラウン。最大の収穫かもしれないな」

 「『サトラレ』(本広克行監督)は、チラシに『泣きのエンターティンメント』というコピーが付けられているが、まさにその通り。青年の清らかな心に触れて、泣くことができたという満足に浸ることができる」「『考えていることがすべて患者に伝わってしまう医者がいたら』というドリフターズのコントのようなアイデアだが、その人物に真実を知られないために国家政策として24時間監視し保護しているという、荒唐無稽な設定。さすがは本広克行監督、ほどよいスパイスで味付けし、笑いと涙をブレンドしていく」

 「主人公の安藤政信が、ピュアな青年を好演している。この年頃の男性は、もっとHだと思うのだけれど、それを言い出すと全体が崩れるから大目に見よう」「私は、『バトル・ロワイアル』(深作欣二監督)での、一言も話さず、ひたすら殺人の快楽を追い求めていた桐山役との対比を楽しんだ。すべてが対照的で驚いてしまう。こういう偶然も面白い」「鈴木京香はコミカルとシニカルを使い分けられる女優に育った」「そして、ベテランの八千草薫。穏やかな表情が年を取っても美しい」


kinematopia2001.04


 「『サイダーハウス・ルール』の感動がさめやらぬうちに、ラッセ・ハルストレム監督は、また素敵な作品を届けてくれた。とろけるようなファンタジー『ショコラ』。おいしい食べ物が人々の心を解き放つというテーマは『バベットの晩餐会』を連想させるが、この作品にはチョコレートのように、ほのかに官能的な香りがただよっている」「辛らつさをひかえめにして心地よく終わる。登場人物一人ひとりを丹念に描き分けるあざやかな手さばきは、あいかわらず。脚本は緊密で、コミカルな会話を楽しむうちに人物像と人間関係が浮かび上がる妙技だ」

 「今回のキャスティングも、非のうちどころがないね。尖った役が多いジュリエット・ビノシュも、今回は甘い笑顔が魅力的。『ポネット』(ジャック・ドワイヨン監督)で4歳にして天才的な演技をみせたヴィクトワール・ティヴィソルは、面影を残したまま可愛らしく成長していた。ココアを飲んだように心が温かくなった」「ジュディ・デンチの自然体の貫禄にあらためて脱帽。キャリー=アン・モスが、古風な母親を演じていたのにも驚いた」「そしてジョニー・デップの粋なしぐさ。ミュージシャンだった彼だが、映画では初めてギターを弾いている。レイチェル・ポートマンの静かに心にしみてくる音楽とともに、なかなか聞かせる」

 「『あの頃ペニー・レインと』は、1970年代を舞台にロックグループとグルーピーと音楽ライターの関係を描いた懐かしさいっぱいの作品。皮肉屋のキャメロン・クロウ監督にしては、爽やかさが残る甘酸っぱい青春映画に仕上がっている」「クロウ自身の自伝的な要素が強いことが影響しているのだろうか。主人公のウィリアム・ミラーが、あまりに純粋で一途すぎるのが、気にかかる。美化とまでは言わないが、少年らしい迷いや恐れを、もっと強調しても良かったのではないか」

 「サイモン&ガーファンクル、ザ・フー、イエス、ロッド・スチュアート、ディープ・パープル、レッド・ツェッペリン。次々に流れる曲に酔いしれていたので、幾分点は甘くなる」「『スティル・クレイジー』(ブライアン・ギブソン監督)に比べると腰が弱い感じもするが、別な質感を狙ったともいえる」

 「『ハンニバル』(リドリー・スコット監督)は、『羊たちの沈黙』(ジョナサン・デミ監督)から、10年間待っていた続編。しかし、やはり失望した」「1990年以降のリドリー・スコット監督は単純な熱情、あからさまな強者志向でどれも評価できない。派手な割りには映像に濃密感がない。上げ底な印象を受ける。今回も、原作の深みが失われ、恋愛ものに猟奇がプラスされただけになっている。二人の心の闇という共通点も無視されている」「時間的な制約があるにせよ、分りやすさを狙い過ぎた。ハリウッドの御意向とはいえ、クラリスが最後まで覚醒し抵抗していたのも、物足りない」

 「街の印象を変ぼうさせる監督らしく、フィレンツェを陰惨な暗い街に描いていた点は、評価しよう。オープニングタイトルで、平和を象徴する鳩の群れがレクターの顔に見えるというアイデアも面白い。レクターの犯行写真をちらっと見せるサービスも嬉しい。そして、やや出し惜しみ気味だったものの、脳の活づくりによる晩餐シーンは、ブラックなユーモアが見事」「ただ、メイスン・ヴァージャーが豚に食われるシーンは、もう少しサービスしてほしかった」

 「『スターリングラード』(ジャン=ジャック・アノー監督)は、厚味のある戦争映画だった。ドイツ、ソビエト双方で100万人以上が戦死し、第2次世界大戦で最も悲惨な戦いと言われるスターリングラード戦。その中で、次々に敵を射殺しナチス・ドイツを破滅に導いた天才スナイパー、ヴァシリ・ザイツェフがいた。組織的な軍隊による圧倒的な破壊・大量死を特徴とする近代戦争で、実は一人の技量に頼る狙撃が大きな役割を持っていた点に目をつけたのは、さすがアノー監督だね」

 「戦場におけるおびただしい殺りくと、一人のスナイパーをめぐる人間劇が、絶妙なバランスで描かれている。脚本の密度が高い。だから、大味の戦争ものにも、ヒーローの恋愛ものにも陥っていない」「戦争と人間をみつめる視座が確固としている。そして声高に反戦を訴えている訳ではないが、戦争の哀しみが全編を覆っている」

 「強い意志と深い悲嘆をひめた瞳。ヴァシリ・ザイツェフを演じたジュード・ロウが、圧倒的な存在感を放つ。政治的理想と個人的欲望に引き裂かれる政治将校役のジョセフ・ファインズは、自然体でその振幅を表現してみせた。ドイツ側の冷徹なスナイパーをエド・ハリスが渋く演じている。彼の目にも哀しみが宿っていた」「半面、後に首相に登りつめるフルシチョフを演じたボブ・ホスキンスが、ひどく嫌なやつにみえたのもアノー監督の狙い通りだったのだろう」

 「『隣のヒットマン』は掘り出し物。殺意を抱くほどいがみ合っている歯科医夫婦の隣に、伝説のヒットマン・ジミーが引っ越してきたら...。ジョナサン・リン監督は、なかなか粋なコメディを作り上げた」「余裕に満ちたヒットマンをブル ース・ウィリスが演じ、あたふた騒ぎまくる歯科医オズをマシュー・ペリーが熱演。この二人にジミーの妻シンシアとオズの助手ジルが絡み、コントを重ねていく。歯科医とヒットマンの意外な組み合わせが、ラストで生かされる展開に驚く。とにかく飽きさせない展開が心地よい」

 「『スピーシーズ』(ロジャー・ドナルドソン監督)のナターシャ・ヘンストリッジが、オズとの恋におちるジミーの妻を好演した。そして、注目はオズの助手ジル役のアマンダ・ピート。どこか歯車が狂っているような危ない性格ながら、ジミーと結ばれる可愛らしい女性の魅力を感じさせる。ソフィ役のロザンナ・アークェットは、夫を殺すことに執念を燃やす切れかかった妻をコミカルに演じた。3人とも魅力的」「楽しかった。こういう大人の遊びに徹した映画は、最近めっきり少なくなったね」

 「『アタック・ザ・ガス・ステーション!』(キム・サンジン監督)は、韓国で歴代興行記録第3位を記録した。刹那的な若者の犯罪を描いた荒削りな作品と思っていたが、ガス・ステーションという施設の特徴を最大限に生かしたスピード感のある佳作だった」「『なんとなく』襲撃を思い立った4人の無軌道ぶりを強調しつつ、やがてそれぞれの屈折した過去を挿入し、徐々に感情移入をさそう仕組みだ。物語は、周囲を巻き込みつつ入り乱れ、怒涛のクライマックスに突入する。はらはらしながら迎えた納得の結末に拍手」

 「ノーマーク、ムデポ、タンタラ、ペイント。4人は、個性的な性格付けがされているが、中でも目を引くのが挫折した天才投手ノーマーク。寡黙ながら、圧倒的な存在感を放っていた。イ・ソンジェは、今後名優として成長していくに違いない」

 「アタックとくれば、この作品を忘れてはいけない。タイ国体に、オナベの監督とほとんどがオカマの選手のチームが出場し、なんと優勝してしまったという実話に基づくスポ根コメディ『アタック・ナンバーハーフ』(ヨンユット・トンコントーン監督)。笑わせて、最後はじーんと感動させるという定石通りのストーリー運びだが、気持ち良い元気を与えてくれる快作だった」「保守的なタイでの大ヒットもうなずける」「原題の『サトリーレック』は、鉄の女という意味。実際のチーム名を付けているが、邦題の『アタック・ナンバーハーフ』は秀抜。監督自身も『アタック・ナンバーワン』を参考にしたと話しているから、ぴったりのネーミングだ」

 「ピア役のゴッゴーン・ベンジャーティグーンがはつらつとして美しい。彼だけは実際のゲイ。その他はストレートの俳優が演じている。作品を爽やかにしているのがジュン役のチャイチャーン・ニムプーンサワット。とてもチャーミングな存在で映画の雰囲気を盛り上げている」「逞しい身体と柔らかなしぐさのミスマッチが楽しいノンを演じたジョージョー・マイオークチィも貴重なキャラクター。一番笑わせてくれた」

 「ベルギー・アニメーションの第一人者・ラウル・セルヴェ(Raoul Servais)の代表作5作品を上映する『夜の蝶/ラウル・セルヴェの世界』が札幌でも実現した」「5作とも、作風、テーマが違う。常に新しい技法を探究し続けている姿勢がはっきりと伝わってくる。それでいて、どの作品も完成度が高い。ほぼすべての作品が賞を受賞しているのも当然だろう」「権力に対する強靱な批判精神と柔軟な想像力とユーモアのセンスを合わせ持っている」

 「『ハーピア』(1979年製作、9分)は、実際の人間を使った風変わりなアニメだ。女性の上半身と鳥の下半身を持つハーピアをめぐるコミックホラーの味わい。実際の人間を使った風変わりなアニメだ。カンヌ国際映画祭短編部門パルムドールを受賞している」「 『クロモフォビア』(1966年製作、10分)。 カラフルで自由な社会をモノクロの全体主義が襲う。それを可愛い少女とピエロが再び色彩豊かな世界に戻す。基本となるアイデアは単純だが、両者の戦いをアニメ的な遊びをふんだんに盛り込んで描いている点が素晴らしい」

 「『人魚』(1968年製作、9分30秒)。港にある巨大なクレーンと古代の怪鳥。攻撃的な線画が恐ろしい雰囲気を漂わせている。釣り上げられた人魚は殺され、人間と魚の部分に切断されるが、少年の笛によって人魚は蘇る。時代への決意が感じられる」「『語るべきか、あるいは語らざるべきか』(1970年製作、11分)は、安易なヒッピー文化に対する批判的な内容。自由だったはずの表現が商品化され権力に利用されていく。やや堅い」「ポール・デルボーへのオマージュ 『夜の蝶』(1998年製作、8分)は、静かなたたずまいの中に甘美な香りを醸し出している。こういう味わいはなかなか出せるものではない」


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Visitorssince2001.02.11