◎近藤正規著『インド』(中公新書)

 

 

いきなり「2023年には人口で中国を抜いて世界第一位になったインドは、ますます存在感を強めている(i頁)」とあって、「おや〜ん。すでにインドは世界一人口の多い国になっているのか」と思ってまった。ただ公式であったとしても、中国とかインドの統計データがどの程度信用できるのかはわからないところがあるからねえ。と思っていたら、「第4章 人口大国――若い人口構成、人材の宝庫」の冒頭に次のような説明があった。「2023年1月には、インドの人口がすでに中国を上回って世界最多となった可能性が大きいと世界的に報道された。インドの国勢調査は11年以来行われていないため、正確な人口統計の把握は難しいが、中国政府が22年末の人口が前年末より85万人減って14億1175万人になったと発表したことから、インドの人口が推計ベースで中国を上回っていると見られたのである(109〜10頁)」。そりゃまあ推計ベースでしょうね。いずれにせよ、現時点ではインドと中国の人口はほぼイコールと見ればよさそう。ところで人口とは対照的に面積は相当に異なる。ググってみると、陸地面積では、中国は約九六〇万平方キロメートル、インドは約三三〇万平方キロメートルとあるから、インドは中国の三分の一の陸地面積しかないことになる。中国でさえ人人人というイメージがあるので、インドは人人人人人人人人人というイメージになるのかも。ただし次の点は考慮すべきだろうね。中国には人が住めない山岳地帯や砂漠地帯が大きく広がっているのに対し、インドはヒマラヤ山脈の外縁をなす北部のごくわずかな地域を除けば、高地はあっても人が住めそうにもない地域はほとんどないように見える、という点。とはいえやっぱり、人口密度は一平方キロメートルあたり464人とあり、それより上位は面積の狭い国ばかりなので(ウサギ小屋帝国のわが日本でさえ350人程度なのに)、世界でも屈指の人口稠密国と言えるのでしょう。しかも暑そうだしね。

 

それはそれとして、次の記述はきわめて重要に思える。「近年では、インドに関する関心が、アジアにおける中国に対するカウンターバランス(実効的抑止力)としての見方に集まっている。2020年6月には中国との国境で衝突が起き、中国とインドの外交関係は悪化している。価値観を共有する日米豪印の4ヵ国の政府間対話「クアッド」の重要性は高まるばかりである(i〜ii頁)」。最初の「関心が〜見方に集まっている」という構文はちょっと変に思えるけど気にしないことにしましょう。中国の「真珠の首飾り」戦略に対抗するには、地理的、地政学的に言ってインドの存在が重要になることは言うまでもない。なお「真珠の首飾り」戦略については『新興国は世界を変えるか』を参照されたい。いずれにせよ、昨今のエゴが風船のように肥大化した中共(中国と言うと「中国人差別だあああ!」と言われかねないので中共としておく)は、日本のみならずインドを含めた四方八方の国々に喧嘩を売りまくっているしね。ただし「22年2月のロシアのウクライナ侵攻後はインドの中立的外交姿勢が目立っており(ii頁)」とあるように、中国に対する姿勢とは違って、ロシアに対するインドの姿勢は非常にあいまいだよね。インドはロシアから武器を買っていることもあろうし、そもそも本書にあるように、アメリカがパキスタンに肩入れしたせいで、インディラ・ガンディーの頃から親ソ的態度を取ってきたという歴史的経緯もあるのでしょう。そうそうインディラ・ガンディーについて次のような記述が第1章にあって、ちょっと驚いてもた。「しばしば誤解されているが、国民会議派を支配するこの[インディラ・ガンディーら]「ガンディー家」とインド独立の父マハトマ・ガンディーの間に直接の血縁関係はない。ネルーの娘インディラがネルーに批判的な異教徒のジャーナリストと恋愛結婚し、そのジャーナリストがヒンドゥー教徒でなかったことを心配したマハトマ・ガンディーが、インディラ夫妻に「ガンディー」姓を与えたというのが事実のようである。しかし、教育水準の低いインドの一般大衆はこの事実を知らない(19頁)」。すんましぇん、私めもその事実を知りませんでした。たぶん私めの教育水準が低いのでしょう。

 

さて本論に参りましょう。「第1章 多様性のインド――世界最大の民主主義国家」では、インドの制度や政治情勢が簡単に述べられている。言語に関しては次のようにある。「インドには連邦レベルの公用語であるヒンディー語以外に、州レベルで21の公用語が認められており、英語も政府公用語として使われている。インドの紙幣には、表面にヒンディー語と英語、裏面には15の言葉で金額が書かれている(2頁)」。二文目には思わず「数字じゃあきまへんのけ?」と思ってしまった。宗教に関しては次のようにある。「現時点で最新の政府統計(2011年の国勢調査)によると、インドの宗教の比率は、ヒンドゥー教徒79・8%、イスラム教徒14・2%、キリスト教徒2・3%、シク教徒1・7%、仏教徒0・7%、ジャイナ教徒0・4%となっている(5頁)」。おしゃかさまのインドなのにそんなに仏教徒が少ないのかと思ってしまった。また政治に関して言うと、インドに大統領がいるとは知らなかった。ただ「インドの国家元首は大統領であるが、実権はなく象徴的な意味合いしか持たない。そのため、インドの大統領は政治的な理由でマイノリティから選ばれることが一般的である(9頁)」とある。インドの大統領がどのような手続きで選ばれるのかは書かれていないけど、大統領と言ってもアメリカ(選挙人という古い制度が残ってはいるけど)や韓国やフランスのように民選で選ばれないケースでは、権力は概してあまり強くない。現代の日本の天皇のように、象徴的な存在になるのが普通に思われる。議会が大統領を指名するドイツが、典型的にそうだよね。ドイツの大統領って、ヴァイツゼッカー以外思い出せない。現ドイツ大統領が誰なのか、しばらく前にもググったことがあるけど、またしても完全に忘れている(し、もう一度ググる気にもならない)。

 

それから「地域政党と地方分権」という節は興味深い。次のようにある。「インドでは地方分権制度が確立しており、州政府は政策決定に重要な役割と権限を持っている。中央政府が直轄する外交、軍事、通信、鉄道といった分野を除くと、農業から教育、保健に至るほかの大半の分野では、地方政府は中央の定めた「ガイドライン」に従いつつ、独自の方針で政策を策定できる。中央政府はガイドラインを策定することはできても、州政府の行政に直接口を出せない(10〜1頁)」。アメリカの連邦制に近い感じだけど、章題にあるように「世界最大の民主主義国家」であるインドと、民主主義国では人口世界第二位のアメリカの二国がともに連邦制的行政制度を取っているのは興味深い。これはある意味当然なのでしょうね。というのも、インドやアメリカのように国家の規模が巨大になると、またしかも多民族国家であると、中央政府が人々の生活に直接関わる中間粒度の面倒を見ることがきわめて困難になるだろうから。さもなければ中国やロシアのように独裁的な政治体制を敷くしかなくなる。ちなみに世界人口第4位のインドネシアも、スカルノ(彼の第三?夫人はまだ日本のテレビに出演しているの?)とかスハルトとか独裁的気質の大統領が支配してきたよね。人口でそれに続くブラジルやパキスタンは、結構長期間軍事政権が支配していた時期がある。つまり人口が多いと、民主主義の場合には連邦制、そうでない場合には中国のように実質的な一党独裁になるか、ロシアのように実質的な個人独裁になるか、あるいはブラジルやパキスタンのように軍政になるかのいずれかであることがわかる。

 

さて第2章から第5章までは、経済や人口に関する事実が紹介されており、ここでは思い切り省略する。本書でもっとも興味深かったのは「第6章 インドの中立外交――中国、パキスタン、ロシア、米国とのはざまで」で、とりわけアメリカが衰退気味で、中国がジャイアン化している今日においては、インド外交がいかなる基本理念に基づいてなされているのかは今後の世界情勢を占ううえでもきわめて重要だからね。ではインド外交の基本理念とは何か? 次のようにある。「1947年の独立以来、インドの外交は非同盟中立の立場をとってきた。かつての米ソ冷戦期にも、インドはどちらの陣営にも属さず中立を保っていたが、現在も引き続き主要国との全方位外交を展開しており、インド政府自らが言うところの「戦略的自律性」を貫徹するという姿勢を崩していない(177頁)」。では現代におけるインドの非同盟外交はどのような側面に見られるかと言うと、ロシアを非難する国連決議を棄権したことはもとより(もちろん道義的にはロシアの侵略を非難してはいる)、次のような側面にも見られる。「非同盟外交を展開するインドは、クアッド(日米豪)、BRICS(ブラジル、ロシア、南アフリカ、中国)、IBSA(ブラジル、南アフリカ)、SCO({上海/シャンハイ}協力機構:中露、中央アジア、パキスタン、イラン)、SAARC(南アジア地域協力連合)やBIMCTEC(ベンガル湾多分野技術経済協力イニシアチブ:タイ、バングラデシュ、スリランカ、ミャンマー、ネパール、ブータン)、非同盟諸国会議など、多くの国際的枠組みに属している(178頁)」。私めの知らないアクロニムがたくさん登場するけど、いずれにせよ中印国境紛争でもめているはずの中国を含めさまざまな国と連携していることがわかる(さすがにパキスタンの名前は見られないようだけど)。

 

ちなみにインドの中立外交、全方位外交に関しては、最近見たテレ東の動画もぜひ参照されたい。この動画の最初のほうで、「インド外交の知恵袋(184頁)」ジャイシャンカル外相の著書が紹介されているけど、彼の次の見解は興味深い。「中国人は自分たちの現在の立場を正当化するために、一世紀にわたる屈辱の歴史を持ち出してくることがよくある。だが、もし異議申し立てをする資格があるとすれば、それは二世紀にわたりヨーロッパによる蹂躙と略奪を経験したインドであるべきだろう」。現代の日本が欧米ベッタリであるのに対して、インドが全方位外交を展開するのも根本にはこのような考え方があることがわかって非常に興味深い。つらつらと考えるに、極東の島国であるという地政学的な条件のおかげで欧米の植民地支配を受けたことがない日本(そのような国は確か他にはタイしかなかったはず)が、明治維新以来自らが欧米化したり、あるいは逆に第二次世界大戦のように勝てるはずもない戦争を欧米諸国に対して仕掛けたり、さらには21世紀の現在でも「九条が日本の平和を守っている」と信じ込んでいる人々や、「ウクライナはロシアにただちに降伏すべき」などと主張する人々が、左右を問わず一定数いたりするのは、まさに欧米の植民地支配を受けた経験が一度もなかったからなのかもしれない。第二次世界大戦に負けた日本が、沖縄や小笠原を返還してくれるような民主主義国アメリカではなく、かつての帝国主義国と変わらない専制的なロシア(ソ連)に占領されていれば、今頃、大勢の日本人がウクライナ戦争に駆り出されていたかもね(ちなみに日本が外国に占領されたことは、この時以外にはない)。それに対してインドは植民地支配の長い経験を経ているからこそ、「鬼畜米英」から「アメリカさん」にあっという間に豹変する世間(世界?)知らずのウブな日本とは違って、今では至って現実主義的な全方位外交を展開しているのでしょう。だからこそ私めは、全方位外交ではないものの、インド太平洋構想というクアッドのもとになる現実主義的な青写真を描いたという点で、他の分野はさておいても、故安倍たんの業績を評価しているわけ(その点は欧米の左派メディアですら評価していることは『海の東南アジア史』や『戦争の地政学』など、他の本を取り上げたときにも書いた)。

 

さてそのような全方位外交政策を採っているにもかかわらず(あるいはそうであるからこそかもしれないが)、また中印国境紛争を抱えているにもかかわらず、インドが中国に対して伝統的に次のような態度を取ってきたという指摘は意外に思えた。「インドが中国につけこまれる隙を作った責任は、モディ首相とジャイシャンカル外相だけにあるのではない。むしろ代々の親中政権の対中外交のツケをモディ政権が払っている、という見方もできる。¶初代首相のネルーは中国共産党の周恩来と親交を深め、中国を「兄弟」とまで呼んで、ともに第三世界のリーダーになることを目指した。1954年にはネルーと周恩来は「平和5原則」を結んだ。一般にはあまり知られていないが、そもそもインドがなる可能性もあった国連の常任理事国の座を、ネルーは中国(中華人民共和国)に譲る姿勢を見せてまで、中国との国交を重視したとも言われている(この話はまだ事実がわかっていないが、シャー内相は公に述べている)。もしこの話が事実で、ネルーがこの過ちを犯していなかったら、今日の国際政治はかなり違ったものになっていたであろう(184〜5頁)」。今の国連安保理が、国連設立時には影も形もなかった専制国家二か国によって拒否権を発動され機能不全に陥っていることを考えれば、その話が本当ならネルーは将来にとんでもない禍根を残したことになる(もちろんそれがなくても、ソ連が崩壊したときにソ連の一共和国にすぎなかったロシアをその後継と見なしたことの問題は残るけどね)。

 

第6章ではその後、中国、ロシア、アメリカなどに対するインドの外交政策の基本方針が説明されている。中国に対しては最近は中印国境紛争以外にも、中国がインド周辺の国々(ブータン、ネパール、バングラデシュ、スリランカ)にちょっかいを出していることもあって反中に傾いているものの、日本も無関係ではいられないはずの「万が一の「台湾有事」の際にも、インドの積極的な協力は期待できない(196頁)」のだそう。ただし「中国の兵士30万人がインドとの国境紛争に注力していることは、少なからず「台湾有事」の抑止力になっている(196頁)」。これは日本がロシアの極東戦力のウクライナへの転戦を無下に許してしまっているのとは大きな違いだよね(たとえば自衛隊を北海道に増強配置するなりすれば、疑心暗鬼なロシアはそう簡単には極東の部隊を西に動かすことはできないはず)。そのロシアに対して、インドは武器の6割以上を購入し、ロシアの原油に依存している以上、明確に反ロの姿勢を取ることは望めない。ただアメリカやフランスなどから武器を購入することで、その辺の情勢はやや変わる可能性はあるのかもしれないが、「米国のブリンケン国務長官も公に認めているように、「歴史的に」培われたインドとロシアの関係を簡単に変えることは容易でない。これは、中国に過大な直接投資を行った日系企業がサプライチェーンの再構築に苦労していることと、似ていなくもない(217頁)」。「簡単に変えることは容易でない」とは冗長表現じゃという些細な指摘は置くとして、二文目は皮肉が効きまくっている。思い起こしてみると、私めがかつて所属していた三流IT企業でさえ、二〇年近く前は、中共という独裁政権が支配していることをコロっと忘れて「中国へ、中国へ」だったからね。

 

インドとアメリカの最近の関係は、「2021年に民主党のバイデン政権が発足すると、今度はモディ首相とBJPが最も嫌う人権問題への干渉が始まった。バイデン大統領と、インド系のハリス副大統領は、市民権法やカシミールの自治問題についてインド政府に抗議を繰り返し、2023年のモディ訪印[sic]でその流れが変わるまで米印関係の大きな問題であり続けた(210頁)」とのこと。「おや〜ん、「モディ訪印」っていったい何? モディ首相が訪印していったいどないしまんねん。「モディ訪米」でしょ」と思ってもたが、それはよしとしておきましょう。ところでこの訪米時にモディ首相は次のような議会演説をしたとのこと。「議会演説でモディ首相は、米印の二国間関係が「今世紀を決定づけるパートナーシップだというバイデン大統領の考えに同意する」と述べ、さらに中国の軍拡を念頭に置いて「威圧や対立という暗雲がインド太平洋に影を落としている。地域の安定が我々のパートナーシップの中心となる関心事の一つとなった。米印は『自由で開かれた包摂的なインド太平洋』というビジョンを共有している」と強調した(213頁)」。やはりここで出てくるのも「自由で開かれたインド太平洋」構想なのですね。第6章の残りは、インドがリーダーと目されている「グローバル・サウス」について書かれているけど、それについては別の本を取り上げたときに検討する機会があるだろうから、ここでは省略する。

 

それよりさらに重要なのが、日本とインドの関係が取り上げられる「第7章 日印関係――現状と展望」。奈良時代からの関係が述べられているけど、重要なのは二〇世紀に入ってからで、まず次のようにある。「1905年の日露戦争における日本の勝利は、白人の植民地支配に長年苦しんでいたインド人を勇気づけた。このことは今でも、インドにおける良好な親日感情につながっている。¶第二次世界大戦中には、インド独立運動家スバス・チャンドラ・ボースが宗主国英国に反旗を翻し、自由インド仮政府を設立するとともに「インド国民軍」を組織して、1944年には日本軍とともにインド北東部インパールで英国軍と戦った(242頁)」。まあ太平洋戦記に少しでも詳しい人は、このインパール作戦がまったく無謀な作戦であったことをよく知っているはずだけど、インドではそれが日本による独立の支援だと見られる場合があることは先に挙げたテレ東の動画にもあった。また戦後になっても、「インドは戦後の日本の復興も経済的に支えた(243頁)」。しかし「1970年代に入ると、インディラ・ガンディー首相はソ連に近づき、日本とインドの外交関係は希薄化した(243頁)」。その後1990年代に入るまではその状況が続くものの、それに対する「大きな変化は、91年のインドの経済自由化の開始とともに訪れた(243頁)」。ところがその良好な関係は、1998年にインドが核実験を行ない、日本がそれを強硬に非難することで冷え込んでしまうのですね。

 

このように戦後の日印関係は、熱したり冷めたりと何度も反転したわけだけど、最終的に日印の結束を固めることになるのが他でもない故安倍氏なのよね。第1次安倍内閣時については次のようにある。「2006年に発足した第1次安倍内閣は、インド重視の姿勢を極めて明確にした。06年から07年にかけて多数のインド研究会が各官庁で設置され、数えきれないほどの使節団や調査団がインドを訪れた。(…)07年8月の安倍訪印では、それまでの「日印グローバル・パートナーシップ」が「日印戦略的グローバル・パートナーシップ」へ格上げされた。8月22日、安倍首相はインド国会で「二つの海の交わり」と題したスピーチを行い、大喝采を受けた。今日では世界的に定着している「インド太平洋」という言葉が最初に使われたのは、この時である(279頁)」。第2次安倍内閣時については次のようにある。「日印関係の黄金期が形成されたのは、2012年12月26日から20年9月16日までの第2次安倍内閣の時であった。17年7月20日に日印原子力協定が発効し、日本の原子力技術のインド向け輸出も可能となった。(…)2017年9月の安倍首相訪印、18年10月のモディ首相訪日など安倍首相とモディ首相は合計15回の首脳会談を行った(280〜1頁)」。あるいは「日印原子力協定、新幹線計画、「クアッド」などは安倍元首相なしにはできなかったもので、日印関係はまさに安倍元首相の力によるところが大きかった(284頁)」。だから「安倍元首相の暗殺は、インド側にも大きな衝撃を与えた。モディ首相は「最も親しい友人の悲劇的死去に、私は言葉にできないほどの悲しみと衝撃を受けている」とツイッターにすぐに投稿し、事件翌日の7月9日にインドが国を挙げて{喪/も}に服すると発表した。インドで過去に他国の政治家の死去を受けて国全体が服喪した例を、筆者は知らない。モディ首相はいち早く国葬に出席することを表明し、9月27日の国葬には日帰りで来日した(284頁)」のですね。

 

このようにお星さまになった安倍氏は、中国とインドに関しては先見の明があったと言える。もちろん逆にロシアに入れ込んだのは大失敗だったことがのちに判明するけど、中国やインドに関しては米英の左派メディアでさえ高く評価していることを、日本の左派メディアはまったく報じず(新聞やテレビはもはや無視しているのでググって調べてみたことがあるけど、日本のメディアでインドに関する安倍氏の功績を何らかの記事にしていたのは産経新聞とNHKだけだった)、それらのメディアの一方的な安倍批判、そしてネットスラングで言うところの「報道しない自由」を行使して安倍氏の業績をガン無視するメディアの言説を鵜呑みにしている人々が大勢いるのは実に嘆かわしい。その点、幸いにもこの新書本の著者は、少なくとも公平であったと言えよう。正当な批判はもちろん重要だけど、ほとんどヘイトに近い一方的な批判は日本にも世界にも何ももたらさない。今後世界はより複雑化するだろうが、そのような態度を取り続けているようでは、世界の複雑化がもたらす現実にまったく対処できなくなると思う。最後は小言になってしもたけど、間違いなく複雑化する世界においてインドは重要なパワーの一つになるだろうから、中立外交政策などの、インドが優先する政策について知っておくことは非常に重要になると思われるので、ぜひ一読をお勧めしたい。

 

 

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※2023年10月3日