新古今和歌集 ―『定家八代抄』による抜萃 567首―

【巻数】二十巻

【歌数】1978首(新編国歌大観による)

【勅宣】後鳥羽院

【成立】建仁元年(1201)和歌所設置。元久元年(1204)選定作業終了。元久二年三月二十六日、竟宴。建保四年(1216)後鳥羽院による切継が一旦完了。承久三年(1221)以後、さらに切継が継続される(「隠岐本」)。

【撰者】源通具藤原有家藤原定家藤原家隆藤原雅経

【主な歌人と収録歌数】西行(95首) 慈円(91首) 藤原良経(79首) 藤原俊成(72首) 式子内親王(49首)

【性格】第八勅撰和歌集。鎌倉時代最初の勅撰和歌集。
新古今集は、その名の通り、古今集の言語空間を基盤として引き継ぎつつ、その上に和歌の新たな規範的様式を確立することを目指した、野心的、革命的な歌集であった。
新古今の入集歌は、浪漫的・幻想的・主情的・絵画的、さまざまな傾向を含むが、すぐれた作に共通しているのは、詞に於ける伝統の保守と、心に於ける清新さの追求という、一見相矛盾するかのごとき志向を、危うい均衡の上に調和させようと試みていることである。それはまた、連歌や今様といった新興の文芸様式に侵食されつつあった和歌を、それらの影響を取り込みつつも「たけ」ある姿に鍛え上げようとする、スリリングな文学的冒険の様相をも呈した。
そのような試みは、きわめて広い和歌史のパースペクティブのもとに行なわれた。新古今集自体、「歌のみなもと」(新古今仮名序)である万葉集からも多くの歌を採り、また王朝時代の勅撰集に洩れた秀歌を精撰して、和歌史全体を整理し直すと共に、幽玄態を主体とした新歌風を歴史の上に位置づけようとした歌集であるともいえる。
古今的な規範言語への復帰、また本歌取りや初句切れ・三句切れといった手法は、俗謡風のうわついた調子に堕してかけていた和歌に緊張した語感を恢復させ、歌枕や体言止めを多用した、イメージ喚起力の強い描写は、平板な趣向主義の枷から和歌を芳醇な情感の宇宙へと解放した。和歌はここに、豊かな抒情と高い格調を取り戻し、典雅にして優艶な本姿を遺憾なく顕した。新古今時代を和歌の絶頂期とする論者も少なからぬ所以である。

【定家八代抄に漏れた主な名歌】
山ふかみ春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水(式子内親王)
なごの海の霞の間よりながむれば入日をあらふ沖つ白波(実定)
見わたせば山本かすむ水無瀬川夕べは秋となにおもひけん(後鳥羽院)
春の夜の夢の浮橋とだえして峯に別るる横雲の空(定家)
樗(あふち)咲くそともの木陰露おちて五月雨はるる風わたるなり(藤原忠良)
待つ宵にふけゆく鐘の声きけばあかぬ別れの鳥は物かは(小侍従)
心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ沢の秋の夕暮(西行)
見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮(定家)

【底本】『八代集 四』(奥村恒哉校注 東洋文庫)

【参照】『新古今和歌集』(久松潜一ほか校注 岩波日本古典文學大系)。以下、大系本と略称。なお大系本の底本は小宮堅次郎氏所蔵本。

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佐佐木信綱『新訂新古今和歌集』
窪田空穂『新古今和歌集(現代語訳・評釈付)』
水垣久『新訳 新古今和歌集』



―目次―

巻一(春上) 巻二(春下) 巻三(夏) 巻四(秋上) 巻五(秋下) 巻六(冬) 巻七(賀) 巻八(哀傷) 巻九(離別) 巻十(羇旅) 巻十一(恋一) 巻十二(恋二) 巻十三(恋三) 巻十四(恋四) 巻十五(恋五) 巻十六(雑上) 巻十七(雑中) 巻十八(雑下) 巻十九(神祇) 巻二十(釈教)



巻第一(春上)34首

春たつ心をよみ侍りける       摂政太政大臣

0001 みよし野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり(0004)

春のはじめの歌             太上天皇

0002 ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香久山霞たなびく(0005)

堀河院御時、百首歌奉りけるに、残りの雪の心をよみ侍りける
                  権中納言国信

0010 春日野の下萌えわたる草の上につれなくみゆる春のあは雪(0022)

題しらず                山辺赤人

0011 あすからは若菜つまむと()めし野に昨日もけふも雪は降りつつ(0014)

百首歌奉りし時           藤原家隆朝臣

0017 谷川のうち出づる浪も声たてつ鴬さそへ春の山風(0029)

和歌所にて、関路鴬といふことを     太上天皇

0018 鴬の鳴けどもいまだふる雪に杉の葉白き逢坂の山(0032)

題しらず               読人しらず

0021 今更に雪ふらめやもかげろふの燃ゆる春日となりにしものを(0065)

家の百首歌合に、余寒の心を     摂政太政大臣

0023 空はなほ霞みもやらず風さえて雪げに曇る春の夜の月(0024)

春歌とて                西行法師

0027 降りつみし高嶺のみ雪とけにけり清滝川の水の白波(0064)

                   読人しらず

0030 梅が枝に鳴きてうつろふ鴬の羽白妙にあは雪ぞふる(0033)

題しらず                志貴皇子

0032 岩そそぐ垂氷(たるひ)の上の早蕨の萌え出づる春になりにけるかな(0066)

註:大系本、第二句「たるみのうへの」。

摂政太政大臣家百首歌合に、春曙といふ心をよみ侍りける
                  藤原家隆朝臣

0037 霞たつ末の松山ほのぼのと波にはなるる横雲の空(0076)

百首歌奉りし時

0045 梅が香に昔をとへば春の月こたへぬ影ぞ袖にうつれる(0050)

梅花にそへて、大弐三位に遣はしける
                  権中納言定頼

0048 来ぬ人によそへて見つる梅の花散りなん後のなぐさめぞなき(0062)

返し                  大弐三位

0049 春ごとに心をしむる花の()に誰がなほざりの袖かふれつる(0063)

題しらず                西行法師

0051 とめこかし梅さかりなる我が宿をうときも人は折りにこそよれ(0054)

百首歌奉りしに、春の歌        式子内親王

0052 ながめつる今日は昔になりぬとも軒端の梅は我を忘るな(0055)

題しらず               八条院高倉

0054 独りのみながめて散りぬ梅の花知るばかりなる人はとひ来で(0056)

註:大系本、第五句「人はとひこず」。

文集、嘉陵春夜詩、不明不暗朧々月といへることを、よみ侍りける
                   大江千里

0055 照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしく物ぞなき(0077)

祐子内親王、藤壺に住み侍りけるに、女房、うへ人など、さるべきかぎり物語して、「春秋のあはれ、いづれにか心ひく」などあらそひ侍りけるに、人々おほく秋に心をよせ侍りければ
                   菅原孝標女

0056 浅みどり花もひとつに霞みつるおぼろに見ゆる春の夜の月(0078)

註:大系本、第三句「霞みつゝ」。

百首歌奉りし時              源具親

0057 難波潟かすまぬ浪も霞みけりうつるもくもる朧月夜に(0079)

摂政太政大臣家百首歌合に        寂蓮法師

0058 今はとてたのむの雁もうち侘びぬ朧月夜の曙の空(0080)

刑部卿頼輔、歌合し侍りけるに、よみて遣はしける
                皇太后宮大夫俊成

0059 聞く人ぞ涙は落つる帰る雁鳴きて行くなる曙の空(0081)

題しらず               読人しらず

0060 故郷に帰る雁がねさ夜更けて雲路にまよふ声聞こゆなり(0084)

寛平御時、后の宮の歌合歌          伊勢

0065 水の(おも)にあや織りみだる春雨や山の緑をなべて染むらん(0072)

百首歌よみ侍りける時、春の歌とてよめる
                  殷富門院大輔

0073 春風の霞吹きとく絶え間よりみだれてなびく青柳の糸(0073)

千五百番歌合に、春歌          藤原雅経

0074 白雲の絶え間になびく青柳の葛城山に春風ぞ吹く(0074)

                     宮内卿

0076 うすくこき野辺の緑の若草に跡まで見ゆる雪のむら消え(0070)

亭子院歌合に               紀貫之

0081 我が心春の山辺にあくがれてながながし日をけふも暮らしつ(0091)

摂政太政大臣家百首歌合に、野遊の心を
                  藤原家隆朝臣

0082 思ふどちそことも知らず行き暮れぬ花の宿かせ野辺の鴬(0118)

百首歌奉りしに            式子内親王

0083 いま桜咲きぬと見えてうす曇り春にかすめる世の気色かな(0087)

題知らず               読人知らず

0084 ふして思ひ起きてながむる春雨に花の下紐いかにとくらん(0088)

註:大系本、第五句「いかでとくらん」。

                   中納言家持

0085 ゆかん人来ん人しのべ春がすみ立田の山のはつ桜花(0089)

花の歌とてよみ侍りける         西行法師

0086 吉野山去年(こぞ)のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねん(0090)

巻第二(春下)34首

釈阿、和歌所にて九十の賀し侍りしをり、屏風に、山に桜さきたる所を
                    太上天皇

0099 桜咲く遠山鳥のしだり尾のながながし日もあかぬ色かな(0099)

千五百番歌合に、春歌      皇太后宮大夫俊成

0100 いく(とせ)の春に心をつくし来ぬあはれと思へみ吉野の花(0119)

百首歌に               式子内親王

0101 はかなくて過ぎにしかたをかぞふれば花に物思ふ春ぞ経にける(0121)

内大臣に侍りける時、望山花といへる心を、よみ侍りけるに
               京極前関白太政大臣

0102 白雲のたなびく山の八重桜いづれを花と行きて折らまし(0110)

註:大系本、第三句「やま櫻」。

祐子内親王家にて、人々、花の歌よみ侍りけるに
                  権大納言長家

0103 花の色にあまぎる霞立ちまよひ空さへ匂ふ山桜かな(0111)

題知らず                山辺赤人

0104 百敷の大宮人はいとまあれや桜かざして今日も暮らしつ(0107)

                  在原業平朝臣

0105 花にあかぬ歎きはいつもせしかどもけふの今夜(こよひ)に似る時はなし(0108)

                   凡河内躬恒

0106 いもやすく寝られざりけり春の夜は花の散るのみ夢に見えつつ(0132)

                      伊勢

0107 山桜散りてみ雪にまがひなばいづれか花と春に問はなん(0133)

寛平御時、后宮歌合に         読人知らず

0109 霞たつ春の山辺に桜花あかず散るとや鴬の鳴く(0135)

題知らず                  赤人

0110 春雨はいたくなふりそ桜花まだ見ぬ人に散らまくも惜し(0136)

守覚法親王、五十首歌よませ侍りける時
                   藤原家隆朝臣

0113 この程は知るも知らぬも玉ぼこの行きかふ袖は花の香ぞする(0139)

註:大系本、第四句「行きかよふ袖は」。

摂政太政大臣家に、五首歌よみ侍りけるに
                 皇太后宮大夫俊成

0114 またや見ん交野(かたの)御野(みの)の桜がり花の雪ちる春の曙(0140)

花の歌よみ侍りけるに         祝部成仲

0115 散りちらずおぼつかなきは春霞立田の山の桜なりけり(0141)

註:大系本、第四句「たなびく山の」。

見山花といへる心を          大納言経信

0122 山ふかみ杉のむらだち見えぬまで尾上の風に花の散るかな(0170)

花十首歌よみ侍りけるに       左京大夫顕輔

0124 麓まで尾上の桜散り来ずばたなびく雲と見てや過ぎまし(0171)

題知らず                西行法師

0126 ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそ悲しかりけれ(0172)

五十首歌奉りし中に、湖上花を       宮内卿

0128 花さそふ比良の山風吹きにけり漕ぎ行く舟の跡みゆるまで(0156)

関路花を

0129 逢坂や木ずゑの花を吹くからに嵐ぞ霞む関の杉むら(0157)

百首歌奉りし春歌           二条院讃岐

0130 山高み嶺の嵐に散る花の月にあまぎる明け方の空(0158)

千五百番歌合に           藤原定家朝臣

0134 さくら色の庭の春風跡もなしとはばぞ人の雪とだに見ん(0159)

ひととせ、忍びて大内の花見にまかりて侍りしに、庭に散りて侍りし花を、硯のふたに入れて、摂政の許につかはし侍りし             太上天皇

0135 今日だにも庭をさかりと移る花消えずはありとも雪かとも見よ(0162)

返し                摂政太政大臣

0136 さそはれぬ人のためとや残りけん明日よりさきの花の白雪(0163)

五十首歌奉りし時          藤原家隆朝臣

0139 桜花夢かうつつかしら雲の絶えて常なき嶺の春風(0173)

註:大系本、第四句「絶えてつれなき」。

千五百番歌合に           左近中将良平

0144 散る花の忘れがたみの花の雲そをだにのこせ春の山風(0174)

註:大系本、第三句「嶺の雲」。

落花といふことを            藤原雅経

0145 花さそふ名残を雲に吹きとめてしばしはにほへ春の山風(0175)

残春の心を             摂政太政大臣

0147 吉野山花の故郷跡たえてむなしき枝に春風ぞ吹く(0176)

題知らず               大納言経信

0148 故郷の花のさかりは過ぎぬれど面影さらぬ春の空かな(0178)

百首歌の中に             式子内親王

0149 花は散りその色となくながむればむなしき空に春雨ぞ降る(0177)

百首歌奉りし時           藤原家隆朝臣

0158 吉野川岸の山吹咲きにけり嶺の桜は散りはてぬらむ(0181)

                皇太后宮大夫俊成

0159 駒とめてなほ水かはん山吹の花の露そふ井手の玉川(0182)

題知らず                 厚見王

0161 かはづなく神奈備川に影みえて今か咲くらむ山吹の花(0184)

註:大系本、第四句「いまや咲くらん」。

五十首歌奉りし時            寂蓮法師

0169 暮れてゆく春の湊は知らねども霞に落つる宇治の柴舟(0186)

百首歌奉りし時           摂政太政大臣

0174 明日よりは志賀の花園まれにだに誰かはとはん春の古里(0190)

巻第三(夏)19首

題知らず              持統天皇御歌

0175 春過ぎて夏きにけらし白妙の衣ほすてふ天の香久山(0198)

                    曾禰好忠

0186 花散りし庭の木の間も茂りあひて天照る月の影ぞまれなる(0203)

註:大系本、第二句「庭の木の葉も」。

                    藤原元真

0188 夏草は茂りにけりな玉桙(たまぼこ)道行人(みちゆきびと)も結ぶばかりに(0202)

五首歌人々によませ侍りける時、夏歌とてよみ侍りける
                  摂政太政大臣

0220 うちしめりあやめぞ香る郭公鳴くや五月の雨の夕暮(0218)

山畦(さんけい)早苗といへる心を      大納言経信

0225 早苗とる山田のかけひもりにけり引くしめ縄に露ぞこぼるる(0214)

釈阿に九十賀給はせ侍りし時、屏風に五月雨
                   摂政太政大臣

0226 小山田に引くしめ縄のうちはへて朽ちやしぬらん五月雨の頃(0216)

題知らず                大納言経信

0228 三島江の入江の真菰(まこも)雨ふればいとどしをれて苅る人もなし(0222)

雨中木繁といふ心を            藤原基俊

0230 玉柏(たまがしは)茂りにけりな五月雨に葉守の神のしめはふるまで(0223)

五月雨の心を             藤原定家朝臣

0232 玉ぼこの道行人(みちゆきびと)のことづても絶えて程ふる五月雨の空(0231)

題知らず              皇太后宮大夫俊成

0238 誰かまた花橘に思ひ出でん我も昔の人となりなば(0228)

堀河院御時、后の宮にて、閏五月郭公といふ心を、をのこどもつかうまつりけるに
                   権中納言国信

0248 郭公さ月みな月わきかねてやすらふ声ぞ空に聞こゆる(0246)

摂政太政大臣家百首歌合に、鵜川をよみ侍りける
                   前大僧正慈円

0251 鵜かひ舟あはれとぞ見るもののふの八十(やそ)宇治川の夕暗(ゆふやみ)の空(0234)

題知らず                西行法師

0262 道の辺に清水ながるる柳蔭しばしとてこそ立ちどまりつれ(0257)

0263 よられつる野もせの草のかげろひて涼しくくもる夕立の空(0256)

崇徳院に百首歌奉りける時      藤原清輔朝臣

0264 おのづから凉しくもあるか夏衣日も夕暮の雨の名残に(0255)

百首歌奉りし時           摂政太政大臣

0270 秋ちかきけしきの森に鳴く蝉の涙の露や下葉そむらん(0260)

太神宮に奉りし夏の歌の中に       太上天皇

0279 山里の嶺のあま雲とだえして夕べ涼しき槙のした露(1703)

千五百番歌合に              宮内卿

0281 片枝(かたえ)さす麻生(をふ)の浦梨はつ秋になりもならずも風ぞ身にしむ(0259)

延喜御時、月次屏風に          壬生忠岑

0283 夏はつる(あふぎ)と秋の白露といづれかまづは置かむとすらん(0261)

巻第四(秋上)37首

百首歌に初秋の心を          崇徳院御歌

0286 いつしかと荻の葉むけの片よりにそそや秋とぞ風も聞こゆる(0268)

                  藤原季通朝臣

0287 この寝ぬる夜のまに秋は来にけらし朝けの風の昨日にも似ぬ(0269)

百首歌よみ侍りける中に       藤原家隆朝臣

0289 昨日だにとはむと思ひし津の国の生田の杜に秋は来にけり(0271)

題知らず                西行法師

0299 おしなべて物を思はぬ人にさへ心をつくる秋の初風(0285)

0300 あはれいかに草葉の露のこぼるらん秋風たちぬ宮城野の原(0286)

崇徳院に百首歌奉りける時    皇太后宮大夫俊成

0301 みしぶつき植ゑし山田に引板(ひた)はへてまた袖ぬらす秋は来にけり(0287)

0305 荻の葉も契りありてや秋風の音づれそむる妻となるらん(0283)

註:大系本、第五句「妻となりけん」。

百首歌に               式子内親王

0308 うたた寝の朝けの袖にかはるなり馴らす扇の秋の初風(0278)

題知らず                大弐三位

0310 秋風は吹き結べども白露の乱れておかぬ草の葉ぞなき(0288)

                    曾禰好忠

0311 朝ぼらけ荻のうは葉の露みればやや肌さむし秋の初風(0289)

                    小野小町

0312 吹き結ぶ風は昔の秋ながらありしにも似ぬ袖の露かな(0290)

七夕歌とてよみ侍りける     皇太后宮大夫俊成

0320 七夕のと渡る舟のかぢの葉にいく秋かきつ露の玉づさ(0297)

百首歌の中に             式子内親王

0321 ながむれは衣手涼し久かたの天の川原の秋の夕暮(0298)

七夕の心を             女御徽子女王

0325 わくらばに天の川波よるながら明くる空にはまかせずもがな(0302)

守覚法親王、五十首歌よませ侍りけるに  顕昭法師

0331 萩が花ま袖にかけて高円(たかまと)の尾上の宮に領布(ひれ)ふるや誰(0336)

題知らず                  人麿

0333 秋萩の咲き散る野辺の夕露にぬれつつ来ませ夜は更けぬとも(0328)

                   中納言家持

0334 さを鹿の朝たつ野辺の秋はぎに玉と見るまでおける白露(0329)

崇徳院に百首歌奉りける時      藤原清輔朝臣

0340 うす霧の(まがき)の花の朝じめり秋は夕べと誰かいひけん(0334)

題知らず                坂上是則

0345 うらがるる浅茅が原のかるかやの乱れて物を思ふ頃かな(0346)

                      人麿

0346 さを鹿のいる野の薄はつ尾花いつしかいもが手枕にせむ(0342)

                   読人知らず

0347 小倉山麓の野辺のはな薄ほのかに見ゆる秋の夕暮(0343)

百首歌に               式子内親王

0349 花すすきまだ露ふかし穂に出でて(なが)めじとおもふ秋のさかりを(0344)

註:大系本、第三句「ほにいでては」。

堀河院に百首歌奉りける時        藤原基俊

0355 秋風のやや肌さむく吹くなべに荻のうは葉の音ぞ悲しき(0347)

題知らず                寂蓮法師

0361 さびしさはその色としもなかりけり槙立つ山の秋の夕暮(0406)

秋の歌とてよみ侍りける        式子内親王

0368 それながら昔にもあらぬ秋風にいとどながめをしづの苧環(をだまき)(0407)

題知らず                和泉式部

0370 秋来れば常磐の山の松風もうつるばかりに身にぞしみける(0408)

法性寺入道前関白太政大臣家の歌合に、野風
                    藤原基俊

0373 高円の野路の篠原末さわぎそそや木枯けふ吹きぬなり(0409)

百首歌奉りし時、月の歌に       式子内親王

0380 ながめ侘びぬ秋よりほかの宿りかな野にも山にも月やすむらん(0305)

註:大系本、第三句「宿もがな」。

和歌所の歌合に、湖辺月といふ事を  藤原家隆朝臣

0389 にほの海や月の光のうつろへば浪の花にも秋はみえけり(0322)

題知らず

0392 ながめつつ思ふもさびし久かたの月の都の明けがたの空(0310)

五十首歌奉りし時、月前草花     摂政太政大臣

0393 故郷の本あらの小萩咲きしより夜な夜な庭の月ぞうつろふ(0308)

註:大系本、第五句「月ぞうつれる」。

八月十五夜和歌所歌合に、海辺秋月といふ事を
                     宮内卿

0399 心ある雄島(をじま)海士(あま)の袂かな月やどれとはぬれぬものから(1673)

題知らず             上東門院小少将

0407 かはらじな知るも知らぬも秋の夜の月待つ程の心ばかりは(0304)

崇徳院に百首歌奉りけるに      左京大夫顕輔

0413 秋風にたなびく雲の絶えまよりもれ出づる月の影のさやけさ(0316)

家に月五十首歌よませ侍りける時   摂政太政大臣

0419 月だにもなぐさめがたき秋の夜の心も知らぬ松の風かな(0311)

秋の歌の中に              太上天皇

0433 秋の露や袂にいたく結ぶらん長き夜あかずやどる月かな(0312)

経房卿家歌合に、暁月の心をよめる   二条院讃岐

0435 おほかたの秋の寝覚の露けくばまた誰が袖に有明の月(0313)

註:大系本、第一句「おほかたに」。

巻第五(秋下)43首

和歌所にて、をのこども歌よみ侍りしに、夕べの鹿といふことを
                  藤原家隆朝臣

0437 下紅葉かつ散る山の夕時雨ぬれてやひとり鹿の鳴くらん(0421)

百首歌奉りし時             寂蓮法師

0439 野分せし小野の草ぶしあれはててみ山に深きさを鹿の声(0412)

題知らず                俊恵法師

0440 嵐吹く真葛が原に鳴く鹿は恨みてのみや妻を恋ふらむ(0413)

百首歌よみ侍りけるに        摂政太政大臣

0444 たぐへ来る松の嵐やたゆむらん尾上に帰るさを鹿の声(0414)

祐子内親王家歌合の後、鹿の歌よみ侍りけるに
                  権大納言長家

0452 過ぎて行く秋の形見にさを鹿のおのが鳴く音も惜しくやあるらむ(0420)

題知らず                  人麿

0458 秋されば雁の羽風に霜降りてさむき夜な夜な時雨さへふる(0379)

註:大系本、第一句「秋しあれば」。

0459 さを鹿の妻問ふ山の岡辺なる早田(わさだ)は刈らじ霜は置くとも(0418)

                  菅贈太政大臣

0461 草葉には玉と見えつつ侘び人の袖の涙の秋の白露(0355)

                   中納言家持

0462 我が宿の尾花が末の白露の置きし日よりぞ秋風も吹く(0356)

註:大系本、第二句「をばなが末に」。

                      人麿

0464 秋されば置く白露に我が宿の浅茅がうは葉色づきにけり(0357)

秋の歌中に               太上天皇

0470 露は袖に物思ふ頃はさぞな置くかならず秋のならひならねど(0358)

0471 野原より露のゆかりを尋ね来て我が衣手に秋風ぞ吹く(0359)

守覚法親王家五十首歌中に      藤原家隆朝臣

0473 虫の音もながき夜あかぬ故郷に猶思ひそふ秋風ぞ吹く(0350)

註:大系本、第五句「松風の声」。

百首歌中に              式子内親王

0474 跡もなき庭の浅茅に結ぼほれ露の底なる松虫の声(0351)

題知らず              藤原輔尹朝臣

0475 秋風は身にしむばかり吹きにけり今やうつらん妹がさ衣(0380)

和歌所歌合に、月のもとに衣をうつといふことを
                     宮内卿

0479 まどろまでながめよとてのすさびかな麻のさ衣月にうつ声(0385)

擣衣をよみ侍りける          大納言経信

0481 故郷に衣うつとは行く雁や旅の空にも鳴きて告ぐらむ(0382)

中納言兼輔家屏風歌             貫之

0482 雁なきてふく風さむみから衣君待ちがてにうたぬ夜ぞなき(0383)

擣衣の心を               藤原雅経

0483 み吉野の山の秋風さ夜更けて故郷さむく衣うつなり(0381)

                   式子内親王

0484 千度うつ(きぬた)の音に夢さめて物思ふ袖の露ぞくだくる(0384)

百首歌奉りし時           藤原定家朝臣

0487 独りぬる山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床の月影(0437)

摂政太政大臣、大将に侍りける時、月歌五十首よませ侍りけるに
                   寂蓮法師

0488 ひとめ見し野辺の気色はうら枯れて露のよすがにやどる月かな(0438)

五十首歌奉りし時

0491 むら雨の露もまだひぬ槙の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮(0392)

題知らず                曾禰好忠

0495 山里に霧の籬のへだてずば(をち)かた人の袖も見てまし(0388)

註:大系本、第五句「袖はみてまし」。

                      人麿

0497 垣ほなる荻の葉そよぎ秋風の吹くなるなべに雁ぞ鳴くなる(0372)

0498 秋風に山飛びこゆる雁がねのいや遠ざかり雲がくれつつ(0373)

                    西行法師

0501 横雲の風にわかるるしののめに山飛びこゆる初雁の声(0374)

0502 白雲をつばさにかけて行く雁の門田の面の友したふなる(0375)

題知らず           皇太后宮大夫俊成女

0505 吹きまよふ雲井をわたる初雁のつばさにならす四方の秋風(0376)

五十首歌奉りし時、菊籬月といへる心を   宮内卿

0507 霜を待つ籬の菊の宵の間におきまよふ色は山の端の月(0436)

千五百番歌合に           左衛門督通光

0513 入り日さす麓の尾花うちなびき(たが)秋風に鶉鳴くらむ(0440)

百首歌奉りし時           摂政太政大臣

0518 きりぎりす鳴くや霜夜のさ筵に衣かたしき独りかも寝ん(0441)

摂政太政大臣、左大将に侍りける時、百首歌よませ侍りけるに
                    寂蓮法師

0522 かささぎの雲のかけはし秋暮れて夜はには霜やさえ渡るらん(0442)

秋歌とてよめる            八条院高倉

0525 神なびの三室の梢いかならんなべての山も時雨する頃(0451)

百首歌奉りし時              宮内卿

0530 立田河あらしや嶺によわるらん渡らぬ水も錦たえけり(0470)

註:大系本、初句「立田山」。

左大将に侍りける時、家に百首歌合し侍りけるに、(ははそ)をよみ侍りける
                   藤原定家朝臣

0532 時わかぬ浪さへ色にいづみ川ははその森に嵐吹くらし(0452)

註:詞書の「左大将に侍りける時」の主語は摂政太政大臣(良経)。

障子の絵に、荒れたる宿に紅葉散りたる所をよめる
                    源俊頼朝臣

0533 故郷は散る紅葉ばにうづもれて軒のしのぶに秋風ぞ吹く(0453)

百首歌奉りし、秋歌          式子内親王

0534 桐の葉も踏み分けがたくなりにけり必ず人を待つとなけれど(0454)

千五百番歌合に           藤原家隆朝臣

0537 露時雨もる山陰の下紅葉ぬるとも折らん秋の形見に(0471)

法性寺入道前関白太政大臣家歌合に   前参議親隆

0539 鶉鳴く交野にたてる(はじ)もみぢ散りぬばかりに秋風ぞ吹く(0455)

百首歌奉りし時            二条院讃岐

0540 散りかかる紅葉の色はふかけれど渡ればにごる山川の水(0456)

題知らず              権中納言長方

0542 飛鳥川瀬々に波よる紅や葛城山の木枯の風(0457)

長月の頃、水無瀬に日頃侍りけるに、嵐の山の紅葉、涙にたぐふよし、申し遣はして侍りける人の返り事に
                  権中納言公経

0543 紅葉ばをさこそ嵐のはらふらめ此の山もとも雨とふるなり(0472)

巻第六(冬)45首

天暦の御時、神な月といふ事を上におきて、歌つかうまつりけるに
                   藤原高光

0552 神な月風に紅葉の散る時はそこはかとなく物ぞ悲しき(0477)

後冷泉院御時、うへのをのこども、大井河にまかりて、紅葉浮水といへる心をよみ侍りける
                  藤原資宗朝臣

0554 筏士(いかだし)よ待てこと問はむ水上はいかばかり吹く山の嵐ぞ(0484)

                   大納言経信

0555 散りかかる紅葉ながれぬ大井川いづれ井ぜきの水のしがらみ(0485)

五十首歌奉りし時             宮内卿

0566 から錦秋の形見や立田山散りあへぬ枝に嵐吹くなり(0491)

題知らず                西行法師

0570 月を待つ高嶺の雲は晴れにけり心あるべき初時雨かな(0499)

十月ばかり、常磐の杜を過ぐとて     能因法師

0577 時雨の雨染めかねてけり山城の常磐の杜の槙の下葉は(0500)

時雨を               前大僧正慈円

0580 やよ時雨物思ふ袖のなかりせば木の葉の後に何を染めまし(0501)

冬歌中に                太上天皇

0581 深緑あらそひかねていかならん間なく時雨のふるの神杉(0502)

題知らず                  人麿

0582 時雨の雨まなくしふれば槙の葉もあらそひかねて色づきにけり(0503)

                    和泉式部

0583 世の中に猶もふるかな時雨つつ雲間の月の出でやと思へど(1620)

註:大系本、第五句「いでやと思へば」。

題知らず                西行法師

0585 秋篠や外山の里や時雨るらん生駒の岳に雲のかかれる(0504)

千五百番歌合に、冬の歌        二条院讃岐

0590 世にふるは苦しきものを槙の屋にやすくも過ぐる初時雨かな(0505)

題知らず               源信明朝臣

0591 ほのぼのと有明の月の月影に紅葉吹きおろす山おろしの風(0486)

題知らず              前大僧正慈円

0602 紅葉ばはおのが染めたる色ぞかしよそげに置ける今朝の霜かな(0487)

五十首歌奉りしに            藤原雅経

0604 秋の色を払ひはててや久かたの月の桂に木枯の風(0492)

題知らず              殷富門院大輔

0606 我が門の苅田の面にふす(しぎ)の床あらはなる冬の夜の月(0511)

註:大系本、第二句「苅田のねやに」。底本、第三句「ふす鴨の」と  あるが、大系本ほか諸本により鴫に改める。

                  藤原清輔朝臣

0607 冬枯の森の朽葉の霜のうへに落ちたる月の影のさむけさ(0512)

百首歌奉りし時           摂政太政大臣

0615 笹の葉はみ山もさやにうちそよぎ氷れる霜を吹く嵐かな(0513)

崇徳院御時百首歌奉りけるに     藤原清輔朝臣

0616 君来ずば独りや寝なむ笹の葉のみ山もそよにさやぐ霜夜を(0514)

題知らず           皇太后宮大夫俊成女

0617 霜枯はそことも見えぬ草の原誰に問はまし秋のなごりを(0515)

百首歌中に             前大僧正慈円

0618 霜さゆる山田の(くろ)のむら薄刈る人なしに残る頃かな(0516)

題知らず                曾禰好忠

0619 草のうへにここら玉ゐし白露を下葉の霜と結ぶ冬かな(0517)

                   中納言家持

0620 かささぎのわたせる橋に置く霜の白きを見れば夜ぞ更けにける(0518)

                    和泉式部

0624 野辺見れば尾花がもとの思ひ草枯れゆく冬になりぞしにける(0519)

(あづま)に侍りける時、都の人に遣はしける
                    康資王母

0628 あづまぢの道の冬草しげりあひて跡だに見えぬ忘れ水かな(0520)

題知らず              摂政太政大臣

0632 消えかへり岩間にまよふ水の泡のしばし宿かる薄氷かな(0539)

百首歌奉りし時

0635 かたしきの袖の氷も結ぼほれとけて寝ぬ夜の夢ぞみじかき(0540)

最勝四天王院の障子に、宇治川かきたる所
                    太上天皇

0636 橋姫のかたしき衣さむしろに待つ夜むなしき宇治の曙(0541)

摂政太政大臣家歌合に、湖上冬月   藤原家隆朝臣

0639 志賀の浦や遠ざかりゆく浪間より氷りて出づる有明の月(0542)

題知らず             後徳大寺左大臣

0645 夕なぎに門渡る千鳥波間より見ゆる小島の雲に消えぬる(0535)

                      人麿

0657 矢田の野に浅茅色づくあらち山嶺のあは雪さむくぞあるらし(0547)

冬歌あまたよみ侍りけるに      権中納言長方

0660 初雪のふるの神杉(かみすぎ)うづもれて標結ふ野辺の冬ごもりけり(0548)

註:大系本、第四・五句「標ゆふのべは冬ごもりせり」。

百首歌に               式子内親王

0662 さむしろの夜半の衣手さえさえて初雪しろし岡の辺の松(0549)

百首歌奉りし時           藤原定家朝臣

0671 駒とめて袖うちはらふ影もなし佐野のわたりの雪の夕暮(0564)

摂政太政大臣、大納言に侍りける時、山家雪といふことをよませ侍りけるに

0672 待つ人の麓の道は絶えぬらん軒端の杉に雪おもるなり(0565)

家に百首歌よませ侍りけるに  入道前関白太政大臣

0674 降る雪に焚く藻の煙かき絶えてさびしくもあるか塩竈の浦(0562)

題知らず                  赤人

0675 田子の浦に打ち出でてみれば白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ(0563)

守覚法親王、五十首歌よませ侍りけるに
                皇太后宮大夫俊成

0677 雪ふれば嶺のま賢木(さかき)うづもれて月にみがける天の香久山(0566)

百首歌中に               太上天皇

0683 この頃は花も紅葉も枝になししばしな消えそ松の白雪(0571)

歳暮に人に遣はしける          西行法師

0691 おのづから言はぬを慕ふ人やあるとやすらふ程に年の暮れぬる(0573)

百首歌奉りし時              小侍従

0696 思ひやれ八十(やそぢ)の年の暮なればいかばかりかは物は悲しき(0574)

題知らず                西行法師

0697 昔思ふ庭にうき木をつみおきて見し世にも似ぬ年の暮かな(0575)

                  摂政太政大臣

0698 いそのかみ布留野の小笹霜をへて一夜ばかりに残る年かな(0576)

百首歌奉りし時            入道左大臣

0701 いそがれぬ年の暮こそあはれなれ昔はよそに聞きし春かは(0577)

入道前関白、百首歌よませ侍りける時、歳暮の心をよみて遣はしける
                  後徳大寺左大臣

0703 (いは)ばしる初瀬の川の波枕はやくも年の暮れにけるかな(0578)

巻第七(賀)13首

みつぎ物ゆるされて、国富めるを御覧じて
                   仁徳天皇御歌

0707 高き屋にのぼりてみれば煙立つ民のかまどはにぎはひにけり(0581)

題知らず               読人知らず

0708 初春のはつねの今日の玉帚(たまははき)手にとるからにゆらぐ玉の緒(0583)

題知らず                  躬恒

0716 千年ふる尾上の松は秋風の声こそかはれ色はかはらず(0623)

                    藤原興風

0717 山川の菊のした水いかなれば流れて人の老いをせくらん(0625)

文治六年女御入内屏風歌     皇太后宮大夫俊成

0719 山人の折る袖にほふ菊の露うちはらふにも千代はへぬべし(0626)

貞信公家屏風に               元輔

0720 神無月紅葉もしらぬ常盤木に万代かかれ嶺の白雲(0627)

永保四年、内裏子日に        権中納言通俊

0729 子の日する野辺の小松をうつし植ゑて年の緒長く君ぞ引くべき(0615)

二條院御時、花有喜色といふ心を、人々つかうまつりけるに
                   刑部卿範兼

0732 君が代にあへるは誰もうれしきを花は色にも出でにけるかな(0616)

百首歌奉りし時           摂政太政大臣

0736 敷島や大和島根も神代より君がためとや固めおきけむ(0594)

祝の心をよみ侍りける      皇太后宮大夫俊成

0738 君が代は千世ともささじ天の戸や出づる月日のかぎりなければ(0590)

嘉応元年、入道前関白太政大臣、宇治にて、河水久しく澄むといふ事を、人々よませ侍りけるに
                  藤原清輔朝臣

0743 年へたる宇治の橋守こととはむ幾世になりぬ水のみなかみ(0630)

寛治二年、大嘗会屏風に、鷹の尾山をよめる
                  前中納言匡房

0750 鳥屋(とや)かへる鷹の尾山の玉椿霜をばふとも色はかはらじ(0628)

仁安元年、大嘗会悠紀歌奉りけるに、稲舂歌
                皇太后宮大夫俊成

0753 近江(あふみ)のや坂田の稲をかけ積みて道ある御代の始めにぞつく(0629)

巻第八(哀傷歌)24首

題知らず                僧正遍昭

0757 末の露もとの雫や世の中のおくれさきだつつためしなるらん(0635)

                    小野小町

0758 あはれなり我が身のはてや浅緑つひには野辺の霞と思へば (0636)

 正暦二年、諒闇の春、桜の枝につけて、道信朝臣に 遣はしける
                    実方朝臣

0760 墨染の衣うき世の花ざかりをり忘れても折りてけるかな(0655)

返し                   道信朝臣

0761 あかざりし花をや春も恋ひつらんありし昔を思ひ出でつつ(0656)

小式部内侍、露置きたる萩織りたる唐ぎぬを着て侍りけるを、身まかりてのち、上東門院より尋ねさせ給ひたる、奉るとて
                     和泉式部

0775 置くと見し露もありけり儚くて消えにし人を何にたとへん(0661)

御返し                  上東門院

0776 思ひきやはかなく置きし袖のうへの露を形見にかけんものとは(0662)

註:上東門院は一条帝の中宮、藤原彰子

母身まかりにける秋、野分しける日、もと住み侍りける所にまかりて
                  藤原定家朝臣

0788 玉ゆらの露も涙もとどまらずなき人こふる宿の秋風(0705)

父秀宗身まかりての秋、寄風懐旧といふことを、よみ侍りける
                    藤原秀能

0789 露をだに今は形見の藤衣あだにも袖を吹く嵐かな(0706)

註:底本、第三句「藤花」とするが、明らかな誤り。大系本等  により改変。

定家朝臣母身まかりて後、秋頃、墓所ちかき堂にとまりてよみ侍りける
               皇太后宮大夫俊成

0796 稀にくる夜半も悲しき松風をたえずや苔の下に聞くらん(0707)

十月ばかり、水無瀬に侍りし頃、前大僧正慈円の許へ、「ぬれて時雨の」など申しつかはして、つぎの年の神無月、無常の歌あまたよみて遣はし侍りし中に
                   太上天皇

0801 思ひ出づる折りたく柴の夕煙むせぶもうれし忘れがたみに(0708)

雨中無常といふことを

0803 なき人の形見の雲やしぐるらん夕べの雨に袖はみえねど(0709)

註:大系本、第三句「しをるらん」。第五句「色はみえねど」。

恒徳公かくれて後、女のもとに、月あかき夜、忍びてまかりてよみ侍りける
                  藤原道信朝臣

0808 ほしもあへぬ衣の闇にくらされて月ともいはず(まど)ひぬるかな(0673)

一条院かくれ給ひにければ、その御事をのみ恋ひ歎き給ひて、夢にほのかに見え給ひければ
                    上東門院

0811 逢ふことも今はなきねの夢ならでいつかは君を又は見るべき(0674)

母の思ひに侍りける頃、又なくなりにける人のあたりより問ひて侍りければ、遣はしける
                  藤原清輔朝臣

0830 世の中は見しも聞きしもはかなくてむなしき空の煙なりけり(0718)

無常の心を               西行法師

0831 いつ歎きいつ思ふべきことなれば後の世知らで人のすぐらん(0719)

                  前大僧正慈円

0832 みな人の知り顔にして知らぬかな必ず死ぬるならひありとは(0720)

0833 昨日見し人はいかにとおどろけばなほ長き夜の夢にぞありける(0721)

註:大系本、第三句「おどろけど」。

0834 蓬生(よもぎふ)にいつか置くべき露の身はけふの夕暮あすの曙(0722)

0835 我もいつぞあらましかばと見し人を忍ぶとすればいとど添ひ行く(0723)

人におくれて歎きける人に遣はしける   西行法師

0837 なき跡の面影をのみ身にそへてさこそは人の恋しかるらめ(0724)

歎くこと侍りける人、訪はずと恨み侍りければ

0838 あはれとも心に思ふ程ばかり言はれぬべくは訪ひこそはせめ(0725)

かよひける女、山里にてはかなくなりにければ、徒然とこもりゐて侍りけるが、あからさまに京へまかりて、暁帰るに、鳥なきぬと人々いそがし侍りければ
                  左京大夫顕輔

0848 いつのまに身を山がつになしはてて都を旅と思ふなるらん(0701)

題知らず                小野小町

0850 あるはなくなきは数そふ世の中にあはれいづれの日まで歎かん(0717)

病にしづみて、久しくこもりゐて侍りけるが、たまたまよろしうなりて、内にまゐりて、右大弁公忠、蔵人に侍りけるに逢ひて、又あさてばかり参るべきよし申して、まかり出でにけるままに、病おもくなりて限りに侍りければ、公忠朝臣に遣はしける
                    藤原季縄

0854 くやしくぞ後に逢はむと契りける今日を限りといはましものを(0710)

巻第九(離別歌)7首

浅からず契りける人の、行き別れ侍りけるに
                     紫式部

0859 北へゆく雁のつばさにことづてよ雲のうはがきかき絶えずして(0744)

田舎へまかりける人に、旅衣つかはすとて
                 大中臣能宣朝臣

0860 秋霧のたつ旅ごろも置きて見よ露ばかりなる形見なりとも(0745)

返し                  寂昭法師

0864 これやさは雲のはたてに織ると聞くたつこと知らぬ天の羽衣(0746)

註:「きならせと思ひしものを旅衣たつ日を知らずなりにけるかな」  (読人不知)への返歌。

別の心をよめる             俊恵法師

0881 かりそめの別れと今日を思へども今やまことの旅にもあるらん(0763)

遠き所に修行せむとて出でたちける、人々、別れ惜しみてよみ侍りける
                    西行法師

0886 頼めおかむ君も心やなぐさむと帰らんことはいつとなくとも(0764)

0887 さりともとなほ逢ふことを頼むかな死出の山路を越えぬ別れは(0765)

巻第十(羇旅歌)27首

和銅三年三月、藤原の宮より奈良の宮にうつり給ひけるとき
                   元明天皇御歌

0896 とぶ鳥の飛鳥の里を置きていなば君があたりは見えずかもあらん(0773)

註:大系本、第五句「みえずぞあらん」。

天平十二年十月、伊勢国に行幸(みゆき)し給ひける時
                   聖武天皇御歌

0897 妹に恋ひわかの松原みわたせば潮の干潟にたづ鳴き渡る(0774)

註:大系本、第四句「潮干のかたに」。

もろこしにてよみ侍りける        山上憶良

0898 いざこどもはや日の本へ大伴の御津(みつ)の浜松まち恋ぬらん(0772)

題知らず                  人麿

0899 天ざかる鄙のなが路を漕ぎくれば明石のとより大和島見ゆ(0777)

0900 (ささ)の葉はみ山もそよに乱るなり我は妹思ふ別れ来ぬれば(0778)

帥の任はてて、筑紫より上り侍りけるに  大納言旅人

0901 ここにありて筑紫やいづこ白雲のたなびく山の西にあるらし(0775)

題知らず               読人知らず

0902 朝霧にぬれにし衣ほさずしてひとりや君が山路越ゆらん(0776)

あづまの方にまかりけるに、浅間の岳に煙のたつを見てよめる
                  在原業平朝臣

0903 信濃なる浅間の岳にたつ煙をちこち人の見やはとがめぬ(0796)

駿河の国うつの山にあへる人につけて京に遣はしける

0904 駿河なるうつの山辺のうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり(0797)

題知らず                壬生忠岑

0907 東路(あづまぢ)やさやの中山さやかにも見えぬ雲ゐに世をやつくさむ(0798)

註:大系本、第一句「あづまぢの」。

                   読人知らず

0910 しなが鳥猪名野(ゐなの)をゆけば有馬山夕霧たちぬ宿はなくして(0799)

0911 神風の伊勢の浜荻折りふせて旅寝やすらん荒き浜辺に(0800)

敷津(しきつ)の浦にまかりて遊びけるに、舟にとまりてよみ侍りける
                   藤原実方朝臣

0916 舟ながら今夜(こよひ)ばかりは旅寝せむ敷津の浪に夢はさむとも(0811)

旅の歌とてよみ侍りける         恵慶法師

0921 わぎもこが旅寝の衣うすき程よきて吹かなむ夜半の山風(0812)

堀河院百首歌に           権中納言国信

0924 山路にてそぼちにけりな白露の暁おきの木々のしづくに(0818)

註:大系本、第五句「菊の滴に」。

                   大納言師頼(もろより)

0925 草枕旅寝の人は心せよ有明の月もかたぶきにけり(0819)

守覚法親王家に五十首歌よませ侍りけるに、旅の歌
                    皇太后宮大夫俊成

0932 夏刈りの蘆のかり寝もあはれなり玉江の月の明けがたの空(0825)

0933 立ちかへり又も来てみむ松島や雄島の苫屋波に荒らすな(0826)

題知らず                西行法師

0938 月見ばと契りていでし故郷の人もや今夜袖ぬらすらむ(0827)

註:大系本、第二句「契りおきてし」。

五十首歌奉りし時          藤原家隆朝臣

0939 明けばまた越ゆべき山の嶺なれや空行く月の末の白雲(0828)

旅歌とてよめる           藤原定家朝臣

0953 旅人の袖ふきかへす秋風に夕日さびしき山のかけはし(0829)

摂政太政大臣家歌合に、秋旅といふことを

0968 忘れなむ待つとな告げそ中々にいなばの山の嶺の秋風(0830)

入道前関白家百首歌に旅の心を  皇太后宮大夫俊成

0973 難波人あし火たく屋に宿かりてすずろに袖のしほたるるかな(0821)

述懐百首歌よみ侍りける、旅の歌

0976 世の中はうきふししげし篠原(しのはら)や旅にしあれば妹夢に見ゆ(0822)

詩を歌にあはせ侍りしに、山路秋行といへる心を
                   前大僧正慈円

0984 立田山秋ゆく人の袖を見よ木々の梢はしぐれざりけり(0831)

百首歌奉りし、旅歌

0985 さとりゆくまことの道に入りぬれば恋しかるべき故郷もなし(0832)

熊野へまゐり侍りしに、旅の心を     太上天皇

0989 見るままに山風あらくしぐるめり都も今は夜寒なるらん(0833)

註:大系本、第四句「都もいまや」。

巻第十一(恋歌一)37首

題知らず               読人知らず

0990 よそにのみ見てややみなむ葛城(かづらき)や高間の山の嶺の白雲(1013)

                      人磨

0992 足曳の山田もる庵におく蚊火(かび)の下こがれつつ我が恋ふらくは(0860)

0993 石上(いそのかみ)布留のわさ田のほには出でず心のうちに恋ひや渡らん(0855)

女に遣はしける           在原業平朝臣

0994 春日野の若紫のすり衣しのぶの乱れかぎりしられず(0851)

題知らず               中納言兼輔

0996 みかの原わきて流るる泉川いつ見きとてか恋しかるらん(0912)

平定文家歌合に             坂上是則

0997 園原やふせ屋におふる帚木(ははきぎ)のありとはみえて逢はぬ君かな(0913)

人の文つかはして侍りける返り事にそへて、女に遣はしける
                     藤原高光

0998 年をへて思ふ心のしるしにぞ空も便りの風は吹きける(0914)

天暦御時歌合に            中納言朝忠

1001 人づてにしらせてしがな隠沼(かくれぬ)のみごもりにのみ恋ひや渡らん(0856)

いかなる折にかありけむ、女に       謙徳公

1003 から衣袖に人めはつつめどもこぼるる物は涙なりけり(0976)

左大将朝光、五節舞姫奉りけるかしづきを見て、遣はしける
                   前大納言公任

1004 天つ空とよのあかりに見し人のなほ面影のしひて恋しき(0879)

堀河関白、文などつかはして、「里はいづくぞ」と問ひ侍りければ
                     本院侍従

1006 我が宿はそことも何か教ふべきいはでこそ見め尋ねけりやと(0924)

返し                    忠義公

1007 わが思ひ空のけぶりとなりぬれば雲井ながらもなほ尋ねてむ(0925)

註:題詞の「堀河関白」・作者名「忠義公」、ともに藤原兼通をさす。

女に遣はしける              藤原惟成

1010 風吹けば(むろ)八島(やしま)の夕煙こころの空にたちにけるかな(0926)

題知らず                  源重之

1013 つくば山端山(はやま)繁山しげけれど思ひ入るにはさはらざりけり(0839)

                   中納言家持

1025 秋萩の枝もとををにおく露の今朝消えぬとも色に出でめや(1004)

小野宮歌合に、忍恋の心を        太上天皇

1029 我が恋は槙の下葉にもる時雨ぬるとも袖の色に出でめや(0854)

註:大系本、詞書は「北野宮歌合に、忍戀の心を」。

百首歌奉りし時よめる        前大僧正慈円

1030 我が恋は松を時雨の染めかねて真葛が原に風さわぐなり(0887)

家に歌合し侍りけるに、夏恋の心を  摂政太政大臣

1031 うつせみの鳴くねやよそにもりの露ほしあへぬ袖を人のとふまで(0998)

                    寂蓮法師

1032 思ひあれば袖に蛍をつつみても言はばや物をとふ人はなし(0995)

水無瀬にて、をのこども、久恋といふことをよみ侍りしに
                    太上天皇

1033 思ひつつ経にける年のかひやなきただあらましの夕暮の空(0865)

百首歌中に、忍恋を          式子内親王

1034 玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする(0977)

1035 忘れてはうち歎かるる夕べかな我のみ知りて過ぐる月日を(0866)

1036 我が恋はしる人もなしせく床の涙もらすな黄楊(つげ)のを枕(0867)

百首歌よみ侍りける時、忍恋  入道前関白太政大臣

1037 忍ぶるに心のひまはなけれども猶もる物は涙なりけり(0871)

冷泉院、みこの宮と申しける時、さぶらひける女房を見かはして、いひわたり侍りける頃、手習しける所にまかりて、物に書き付け侍りける
                     謙徳公

1038 つらけれど恨みんとはた思ほえずなほ行くさきをたのむ心に(0922)

返し                 読人知らず

1039 雨こそは頼まばもらめたのまずば思はぬ人と見てをやみなん(0923)

題知らず                道信朝臣

1041 須磨の海士(あま)の浪かけ衣よそにのみ聞くは我が身になりにけるかな(0901)

                      伊勢

1048 みくまのの浦より(をち)に漕ぐ舟の我をばよそに隔てつるかな(1318)

1049 難波潟みじかき蘆のふしのまもあはで此の世を過ぐしてよとや(0908)

                      人麿

1050 みかりする狩場の小野の楢柴のなれはまさらで恋ぞまされる(1304)

                   読人知らず

1051 うど浜のうとくのみやは世をばへん浪のよるよる逢ひ見てしがな(0917)

1052 東路の道の果なる常陸帯のかごとばかりも逢はむとぞ思ふ(0918)

                    藤原元真

1060 涙川身もうくばかり流るれど消えぬは人の思ひなりけり(1332)

人につかはしける            藤原清正

1065 須磨の浦に海士のこりつむ藻塩木のからくも下にもえ渡るかな(0970)

題知らず                曾禰好忠

1071 由良のとをわたる舟人かぢをたえ行方もしらぬ恋の道かな(0967)

註:大系本、第五句「恋の道かも」。

百首歌奉りしに           摂政太政大臣

1073 かぢをたえ由良の湊による舟のたよりもしらぬ沖つ潮風(0968)

題知らず               式子内親王

1074 しるべせよ跡なき浪に漕ぐ舟の行方もしらぬ八重の潮風(0969)

巻第十二(恋歌二)25首

五十首歌奉りしに、寄雲恋   皇太后宮大夫俊成女

1081 下もえに思ひ消えなん煙だに跡なき雲のはてぞ悲しき(0971)

摂政太政大臣家百首歌合に      藤原定家朝臣

1082 なびかじな海士の藻塩火たきそめて煙は空にくゆりわぶとも(0972)

恋の歌とてよめる           二条院讃岐

1084 みるめこそ入りぬる磯の草ならめ袖さへ浪の下に朽ちぬる(0927)

年をへたる恋といへる心をよみ侍りける  俊頼朝臣

1085 君こふと鳴海の浦の浜楸(はまひさぎ)しをれてのみも年をふるかな(0928)

左大将に侍りける時、家に百首歌合し侍りけるに、忍恋の心をん
                   摂政太政大臣

1087 もらすなよ雲井の嶺の初時雨木の葉は下に色かはるとも(0836)

恋歌あまたよみ侍りけるに      殷富門院大輔

1089 洩らさばや思ふ心をさてのみはえぞ山城の井手のしがらみ(0911)

題知らず                西行法師

1099 はるかなる岩のはざまに独りゐて人目おもはで物思はばや(1433)

千五百番歌合に           左衛門督通光

1106 ながめ侘びそれとはなしに物ぞ思ふ雲のはたての夕暮の空(1074)

入道関白、右大臣に侍りけるとき、百首歌の中に忍恋
                皇太后宮大夫俊成

1111 ちらすなよ篠の葉草のかりにても露かかるべき袖のうへかは(0869)

崇徳院に百首歌奉りける時     大炊御門右大臣

1114 我が恋は千木の片そぎかたくのみ行きあはで年の積りぬるかな(0959)

夕恋といふことをよみ侍りける      藤原秀能

1116 藻塩やく海士の磯屋の夕煙たつ名もくるし思ひたえなで(0929)

海辺恋といふことをよめる        定家朝臣

1117 須磨の(あま)の袖に吹きこす潮風のなるとはすれど手にもたまらず(1198)

摂政太政大臣家歌合によみ侍りける    寂蓮法師

1118 ありとても逢はぬためしの名取川朽ちだにはてね瀬々の埋れ木(0936)

百首歌奉りし時            二条院讃岐

1120 涙川たぎつ心のはやき瀬をしがらみかけてせく袖ぞなき(0937)

摂政太政大臣、百首歌よませ侍りけるに
                 高松院右衛門佐

1121 よそながらあやしとだにも思へかし恋せぬ人の袖の色かは(0875)

千五百番歌合に           摂政太政大臣

1126 身にそへるその面影も消えななん夢なりけりと忘るばかりに(1073)

摂政太政大臣家百首歌合に        家隆朝臣

1132 ふじの嶺の煙もなほぞ立ちのぼるうへなき物は思ひなりけり(0930)

百首歌中に、恋の心を        右衛門督通具

1135 我が恋は逢ふをかぎりのたのみだに行方もしらぬ空のうき雲(1014)

宇治にて、夜恋といふことを、をのこどもつかうまつりしに
                    藤原秀能

1139 袖のうへに誰ゆゑ月は宿るぞとよそになしても人のとへかし(1366)

家に百首歌合し侍りけるに、祈恋といへる心を
                  摂政太政大臣

1141 いく夜われ浪にしをれて貴舟川袖に玉ちる物思ふらん(0938)

                    定家朝臣

1142 年もへぬ祈る契りは初瀬山尾上の鐘のよその夕暮(0931)

かた思ひの心をよめる      皇太后宮大夫俊成

1143 うき身をば我だに厭ふいとへただそをだに同じ心と思はむ(1018)

題知らず              殷富門院大輔

1145 あす知らぬ命をぞ思ふおのづからあらば逢ふ世を待つにつけても(1019)

                   八条院高倉

1146 つれもなき人の心はうつせみのむなしき恋に身をやかへてん(0999)

                    西行法師

1148 思ひ知る人有明の世なりせばつきせず身をば恨みざらまし(0870)

巻第十三(恋歌三)22首

中関白かよひそめ侍りける頃      儀同三司母

1149 忘れじの行末まではかたければ今日をかぎりの命ともがな(1093)

題知らず                業平朝臣

1151 思ふには忍ぶることぞまけにける逢ふにしかへばさもあらばあれ(1094)

百首歌に               式子内親王

1153 逢ふことをけふ松が枝の手向草いく夜しをるる袖とかは知る(1039)

頭中将に侍りける時、五節所のわらはに物申し初めて後、尋ねて遣はしける
                   源正清朝臣

1154 恋しさにけふぞ尋ぬるおく山の日影の露に袖はぬれつつ(1058)

註:大系本、第二句「けさぞ尋ぬる」。

題知らず                実方朝臣

1158 中々に物思ひそめて寝ぬる夜ははかなき夢もえやは見えける(1063)

註:大系本、第一句「中々の」。

初会恋の心を              俊頼朝臣

1164 蘆の屋のしづはた帯のかた結び心やすくも打ち解くるかな(1041)

題知らず                実方朝臣

1167 あけがたき二見の浦による浪の袖のみぬれておきつ島人(1060)

九月十日あまりに、夜ふけて和泉式部が門をたたかせ侍りけるに、聞き付けざりければ、(あした)に遣はしける
                 太宰帥敦道親王

1169 秋の夜の有明の月の入るまでにやすらひかねて帰りにしかな(1105)

近江更衣にたまはせける         延喜御歌

1171 はかなくも明けにけるかな朝露のおきての後ぞ消えまさりける(1053)

御返し                更衣源周子

1172 朝露のおきつる空も思ほえず消えかへりつる心まどひに(1054)

註:底本、作者名は「更衣深周子」。諸本により深を源に改める。

「前栽の露おきたるを、などか見ずなりにし」と申しける女に
                    実方朝臣

1183 おきて見ば袖のみぬれていとどしく草葉の玉の数やまさらん(1064)

二条院御時、暁帰りなんとする恋といふことを
                    二条院讃岐

1184 明けぬれどまだきぬぎぬになりやらで人の袖をもぬらしつるかな(1042)

題知らず                西行法師

1185 面影の忘らるまじき別れかな名残を人の月にとどめて(1056)

三条関白女御入内のあしたに遣はしける
                    花山院御歌

1189 朝ぼらけ置きつる霜の消えかへり暮まつ程の袖を見せばや(1057)

西行法師、人々に百首歌よませ侍りけるに
                     定家朝臣

1196 あぢきなくつらき嵐の声もうしなど夕暮に待ちならひけん(1082)

題知らず               八条院高倉

1201 いかがふく身にしむ色のかはるかなたのむる暮の松風の声(1038)

恋歌とてよめる             西行法師

1205 頼めぬに君くやと待つ宵の間のふけゆかでただ明けなましかば(1085)

                    定家朝臣

1206 帰るさの物とや人のながむらん待つ夜ながらの有明の月(1088)

題知らず               読人知らず

1207 君こむといひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの恋ひつつぞふる(1079)

                   中納言家持

1213 足曳の山の影草結び置きて恋ひやわたらん逢ふよしをなみ(0859)

女に遣はしける         皇太后宮大夫俊成

1232 よしさらば後の世とだに頼めおけつらさに堪へぬ身ともこそなれ(1158)

返し               藤原定家朝臣母

1233 頼めおかむたださばかりを契りにてうき世の中の夢になしてよ(1159)

巻第十四(恋歌四)32首

少将滋幹に遣はしける         読人知らず

1236 恋しさに死ぬる命を思ひ出でて問ふ人あらばなしと答へよ(1147)

恨むること侍りて、「更に詣でこじ」とちかごとして、二日ばかりありて、遣はしける
                    謙徳公

1237 別れては昨日今日こそ隔てつれ千世しも経たる心ちのみする(1148)

返し                  恵子女王

1238 昨日とも今日とも知らず今はとて別れし程の心まどひに(1149)

入道摂政、久しくまうでこざりける頃、びむかきて出でけるゆするつきの水入れながら侍りけるを見て
                   右大将道綱母

1239 絶えぬるか影だに見えばとふべきを形見の水はみくさゐにけり(1155)

註:大系本、第三句「とふべきに」。

内に久しく参り給はざりける頃、五月五日、後朱雀院の御返り事に
                     陽明門院

1240 方々(かたがた)に引き別れつつあやめ草あらぬねをやはかけんと思ひし(1306)

題知らず                  伊勢

1241 言の葉のうつろふだにもあるものをいとど時雨の降りまさるらん(1296)

                  右大将道綱母

1242 吹く風につけてもとはむささがにの通ひし道は空にたゆとも(1307)

久しくまゐらざりける人に        延喜御歌

1244 霜さやぐ野辺の草葉にあらねどもなどか人目のかれまさるらん(1140)

御返し                読人知らず

1245 浅茅おふる野辺やかるらん山がつの垣ほの草は色もかはらず(1141)

広幡(ひろはた)の御息所に遣はしける     天暦御歌

1256 逢ふことをはつかに見えし月影のおぼろげにやはあはれとも思ふ(1372)

題知らず                  伊勢

1257 さらしなや姨捨山(をばすてやま)の有明のつきずも物を思ふ頃かな(1373)

                      中務

1258 いつとてもあはれと思ふを寝ぬる夜の月はおぼろげなくなくぞ見し(1361)

                   読人知らず

1260 天の戸をおし明けがたの月見ればうき人しもぞ恋しかりける(1362)

題知らず                西行法師

1267 月のみやうはの空なる形見にて思ひも出でば心かよはむ(1368)

1268 くまもなき折しも人を思ひ出でて心と月をやつしつるかな(1369)

1269 物思ひてながむる頃の月の色にいかばかりなるあはれそふらん(1370)

                   八条院高倉

1270 曇れかしながむるからに悲しきは月におぼゆる人の面影(1371)

百首歌奉りし時           摂政太政大臣

1293 いはざりき今こんまでの空の雲月日へだてて物思へとは(1355)

千五百番歌合に             家隆朝臣

1294 思ひ出でよ()がかねごとの末ならん昨日の雲のあとの山風(1356)

二条院御時、艶書の歌めしけるに    刑部卿範兼

1295 忘れゆく人ゆゑ空をながむればたえだえにこそ雲もみえけれ(1357)

題知らず              殷富門院大輔

1296 忘れなばいけらん物かと思ひしにそれも叶はぬこの世なりけり(1398)

建仁元年三月歌合に、逢不遇恋の心を   寂蓮法師

1302 恨み侘び待たじいまはの身なれども思ひなれにし夕暮の空(1399)

家に百首歌合し侍りけるに        有家朝臣

1305 さらでだに恨むと思ふわぎも子が衣のすそに秋風ぞ吹く(1272)

註:底本原文、第二句は「恨と思ふ」。大系本は「うらみんと思ふ」。

題知らず                西行法師

1307 あはれとてとふ人のなどなかるらん物思ふやどの荻の上風(1273)

                   式子内親王

1309 今はただ心のほかに聞くものを知らず顔なる荻の上風(1274)

家歌合に              摂政太政大臣

1310 いつも聞くものとや人の思ふらんこぬ夕暮の松風の声(1275)

                  前大僧正慈円

1311 心あらば吹かずもあらなむよひよひに人まつ宿の庭の松風(1276)

和歌所にて歌合し侍りしに、逢不遇恋の心を
                    寂蓮法師

1312 里はあれぬ空しき床のあたりまで身はならはしの秋風ぞ吹く(1277)

水無瀬恋十五首歌合に          太上天皇

1313 里はあれぬ尾上の宮のおのづから待ちこし宵も昔なりけり(1278)

恋の歌とてよみ侍りける       前大僧正慈円

1322 我が恋は庭のむら萩うらがれて人をも身をも秋の夕暮(1286)

被忘恋の心を              太上天皇

1323 袖の露もあらぬ色にぞ消えかへり移ればかはる歎きせしまに(1287)

註:大系本、第三句「消えかへる」。

百首歌中に              式子内親王

1328 さりともと待ちし月日ぞうつりゆく心の花の色にまかせて(1309)

巻第十五(恋歌五)35首

水無瀬恋十五首歌合に        藤原定家朝臣

1336 白妙の袖の別れに露おちて身にしむ色の秋風ぞ吹く(1067)

                  前大僧正慈円

1338 野辺の露は色もなくてやこぼれつつ袖より過ぐる荻の上風(1288)

註:大系本、第三句「こぼれつる」。

題知らず              左近中将公衡

1339 恋ひ侘びて野辺の露とは消えぬとも誰か草葉をあはれとは見む(1289)

                  右衛門督通具

1340 とへかしな尾花がもとの思ひ草しをるる野辺の露はいかにと(1290)

註:底本、第五句「霜はいかにと」。「霜」は「露」の誤りとみて改変。

久しくまゐらぬ人に         光孝天皇御歌

1349 君がせぬ我が手枕は草なれや涙の露の夜な夜なぞおく(1291)

御返し                読人知らず

1350 露ばかりおくらむ袖はたのまれず涙の川のたぎつせなれば(1292)

題知らず              光孝天皇御歌

1356 涙のみうき出づる海士の釣竿のながき夜すがら恋ひつつぞぬる(1122)

                   読人知らず

1358 おもほえず袖に湊のさわぐかなもろこし船のよりしばかりに(1185)

1359 いもが袖別れし日より白妙の衣かたしき恋ひつつぞぬる(1186)

1360 逢ふことの浪の下草みがくれてしづ心なくねこそなかるれ(0979)

1361 浦にたく藻塩の煙なびかめや四方のかたより風は吹くとも(1193)

1362 忘るらんと思ふ心のうたがひにありしよりけに物ぞ悲しき(1152)

1363 うきながら人をばえしも忘れねばかつ恨みつつなほぞ恋しき(1154)

1366 今までに忘れぬ人は世にもあらじおのがさまざま年の経ぬれば(1394)

1368 山城の井手の玉水手にくみて頼みしかひもなき世なりけり(1429)

1369 君があたり見つつををらん伊駒山雲なかくしそ雨はふるとも(1351)

1371 雲のゐるとほ山鳥のよそにてもありとし聞けば侘びつつぞぬる(1118)

1372 ひるは来てよるは別るる山鳥の影見る時ぞねはなかれける(1119)

1375 夏草の露分け衣きもせぬになど我が袖のかわく時なき(1257)

                    八代女王

1376 御禊(みそぎ)するならのを川の河風に祈りぞわたる下に絶えじと(1262)

中納言家持に遣はしける         山口女王

1378 蘆辺より満ち来る潮のいやましに思ふか君が忘れかねつる(1195)

1379 塩竈のまへにうきたる浮島のうきて思ひのある世なりけり(1196)

題知らず                寂蓮法師

1386 涙川身もうきぬべき寝覚かなはかなき夢の名残ばかりに(1226)

百首歌奉りしに             家隆朝臣

1387 逢ふとみてことぞともなく明けにけりはかなの夢の忘れ形見や(1227)

註:大系本、第三句「明けぬなり」。

題知らず                藤原基俊

1388 ゆか近くあなかま夜はのきりぎりす夢にも人の見えもこそすれ(1284)

註:大系本、第一句「ゆか近し」。

千五百番歌合に         皇太后宮大夫俊成

1389 あはれなりうたた寝にのみ見し夢の長き思ひに結ぼほれなん(1232)

和歌所歌合に、遇不逢恋の心を 皇太后宮大夫俊成女

1391 夢かとよ見し面影も契りしも忘れずながらうつつならねば(1312)

恋歌とて               式子内親王

1392 はかなくぞ知らぬ命を歎きこし我がかねごとのかかりける世に(1313)

題知らず                和泉式部

1402 いかにしていかに此の世にあり()ばかしばしも物を思はざるべき(1411)

                      伊勢

1408 思ひいづや美濃のを山の一つ松契りしことはいつも忘れず(1303)

                  光孝天皇御歌

1413 逢はずしてふる頃ほひのあまたあれば遥けき空にながめをぞする(1129)

                    藤原元真

1420 住吉の恋忘れ草たね絶えてなき世に逢へる我ぞ悲しき(1130)

                   読人知らず

1427 我がよはひおとろへゆけば白妙の袖のなれにし君をしぞ思ふ(1131)

1429 玉くしげあけまく惜しきあたら夜を衣手かれて独りかも寝ん(1132)

1433 大淀の松はつらくもあらなくにうらみてのみも返る波かな(1133)

巻第十六(雑歌上)25首

入道前関白太政大臣家、百首歌よませ侍りけるに、立春の心を
                皇太后宮大夫俊成

1436 年暮れし涙のつららとけにけり苔の袖にも春や立つらん(1575)

上東門院、世をそむき給ひにける春、庭の紅梅を見侍りて
                    大弐三位

1446 梅の花なににほふらん見る人の色をも香をも忘れぬる世に(1577)

柳                 菅贈太政大臣

1449 道の辺の朽ち木の柳春くればあはれ昔と偲ばれぞする(1579)

題知らず                藤原高光

1460 見ても又またも見まくのほしかりし花の盛りは過ぎやしぬらん(1580)

後冷泉院御時、御前にて、翫新成(しんじやうの)桜花といへる心を、をのこどもつかうまつりけるに
                   大納言経信

1463 さもあらばあれ暮れ行く春も雲の上に散る事しらぬ花し匂はば(1581)

世をのがれて後、百首歌よみ侍りけるに、花歌とて
                皇太后宮大夫俊成

1466 今は我よし野の山の花をこそ宿の物とも見るべかりけれ(1583)

春の頃、大乗院より人に遣はしける  前大僧正慈円

1469 見せばやな志賀の辛崎ふもとなる長柄の山の春のけしきを(1585)

世をのがれて後、四月一日、上東門院太皇太后宮と申しける時、衣がへの御装束奉るとて
            法成寺入道前摂政太政大臣

1483 から衣花の袂にぬぎかへよ我こそ春の色はたちつれ(1589)

御返し                 上東門院

1484 唐衣たちかはりぬる春の夜にいかでか花の色を見るべき(1590)

贈皇后宮にそひて春宮にさぶらひける時、少将義孝ひさしく参らざりけるに、撫子の花につけて遣はしける
                    恵子女王

1494 よそへつつ見れど露だになぐさまずいかにかすべき撫子の花(1593)

早くより、わらはともだちに侍りける人の、年頃へて行きあひたる、ほのかにて七月十日頃、月にきほひてかへり侍りければ
                     紫式部

1499 めぐり逢ひて見しやそれともわかぬまに雲隠れにし夜はの月影(1615)

みこの宮と申しける時、少納言藤原統理(むねまさ)、年頃なれつかうまつりけるを、世を背きぬべきさまに思ひたちけるけしきを御覧じて
                   三条院御歌

1500 月影の山の端分けてかくれなばそむく浮世を我やながめん(1600)

和歌所歌合に、湖上月明といふことを
                  宜秋門院丹後

1507 終夜(よもすがら)浦こぐ舟は跡もなし月ぞ残れる志賀のからさき(1676)

永治元年、譲位近くなりて、夜もすがら月を見てよみ侍りける
                皇太后宮大夫俊成

1509 忘れじよ忘るなとだにいひてまし雲ゐの月の心ありせば(1611)

文治の頃ほひ、百首歌よみ侍りけるに、懐旧歌とてよめる
                 左近中将公衡

1511 心には忘るる時もなかりけり三代の昔の雲の上の月(1612)

百首歌奉りし時、秋歌         二条院讃岐

1512 昔見し雲ゐをめぐる秋の月今いくとせか袖にやどさむ(1613)

題知らず                和泉式部

1529 住みなれし人影もせぬ我が宿に有明の月の幾夜ともなく(1614)

秋の暮に病にしづみて世をのがれ侍りにける、又の年の秋九月十余日、月くまなく侍りけるによみ侍りける
                皇太后宮大夫俊成

1531 思ひきや別れし秋にめぐりあひて又もこの世の月を見んとは(1625)

題知らず                西行法師

1532 月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐり逢ひぬる(1626)

1533 終夜(よもすがら)月こそ袖にやどりけれ昔の秋を思ひいづれば(1627)

1536 更けにける我が身の影を思ふまに遥かに月のかたぶきにけり(1628)

註:大系本、第五句「かたぶきにける」。

和歌所歌合に、海辺月といふことを    定家朝臣

1557 藻塩くむ袖の月影おのづからよそにあかさぬ須磨の浦人(1675)

題知らず                西行法師

1562 雲かかる遠山ばたの秋されば思ひやるだに悲しきものを(1706)

仏名のあした、けづり花を御覧じて   朱雀院御歌

1583 時過ぎて霜にかれにし花なれど今日は昔の心ちこそすれ(1595)

題知らず                慈覚大師

1587 大かたに過ぐる月日を眺めしは我が身に年のつもるなりけり(1574)

巻第十七(雑歌中)27首

朱鳥五年九月、紀伊国行幸の時      河島皇子

1588 白浪のはま松が枝の手向草(たむけぐさ)いく世までにか年のへぬらん(1659)

題知らず               式部卿宇合

1589 山城の岩田の小野の柞原(ははそはら)みつつや君が山路こゆらん(1637)

                  在原業平朝臣

1590 蘆の屋のなだの塩焼いとまなみ黄楊(つげ)のを櫛もささず来にけり(1636)

註:大系本、第五句「さゝできにけり」。

1591 晴るる夜の星か河辺の蛍かも我が住むかたの海士のたく火か(1664)

                   読人知らず

1592 志賀の海士の塩焼く煙風をいたみ立ちはのぼらで山にたなびく(1639)

題知らず              権中納言定頼

1597 沖つ風夜はに吹くらし難浪潟暁かけて浪ぞよすなる(1640)

太神宮に奉りける百首歌中に、若菜をよめる                皇太后宮大夫俊成

1612 今日とてや磯菜つむらん伊勢島や一志(いちし)の浦の海士の乙女子(1641)

題知らず              前大僧正慈円

1614 世の中を心高くも厭ふかな富士のけぶりを身の思ひにて(1656)

(あづま)の方へ修行し侍りけるに、富士の山をよめる
                    西行法師

1615 風になびく富士の煙の空に消えて行方もしらぬ我が思ひかな(1657)

五月のつごもりに、富士の山の雪しろくふれるを見て、よみ侍りける
                    業平朝臣

1616 時しらぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらん(1658)

題知らず                西行法師

1619 吉野山やがて出でじと思ふ身を花ちりなばと人や待つらん(1584)

百首歌奉りしに             家隆朝臣

1624 滝の音松の嵐も馴れぬればうちぬるほどの夢はみせけり(1713)

少将高光、横川にまかりて、かしらおろし侍りけるに、法服つかはすとて
                  権大納言師氏

1626 おく山の苔の衣にくらべみよいづれか露のおきまさるとも(1501)

返し                    如覚

1627 白露のあした夕におく山の苔のころもは風もさはらず(1502)

註:作者「如覚」は藤原高光の法名。

住吉歌合に、山を            太上天皇

1635 奥山のおどろが下もふみ分けて道ある世ぞと人に知らせむ(1709)

山家松といふことを       皇太后宮大夫俊成

1637 今はとてつま木こるべき宿の松千世をば君となほ祈るかな(1696)

題知らず              殷富門院大輔

1644 かざしをる三輪のしげ山かき分けて哀とぞ思ふ杉たてる(かど)(1645)

                      人麿

1650 もののふのやそ宇治川の網代木にいさよふ浪の行方知らずも(1648)

布引の滝見にまかりて         中納言行平

1651 我が世をば今日かあすかと待つかひの涙の滝といづれ高けむ(1681)

題知らず              前大僧正慈円

1658 山里に独りながめて思ふかな世にすむ人の心つよさを(1714)

                    西行法師

1659 山里にうき世いとはむ友もがなくやしく過ぎし昔かたらむ(1715)

                  前大僧正慈円

1661 草の庵をいとひても又いかがせむ露の命のかかるかぎりは(1716)

相知れりける人の、熊野に籠り侍りけるに遣はしける
                    安法法師

1663 世をそむく山の南の松風に苔の衣や夜さむなるらん(1717)

山家の歌あまたよみ侍りけるに    前大僧正慈円

1671 山里にとひくる人のことぐさは此の住ひこそうらやましけれ(1718)

題知らず

1675 岡の辺の里のあるじを尋ぬれば人はこたへず山おろしの風(1719)

百首歌よみ侍りけるに        摂政太政大臣

1681 ふるさとは浅茅が末になりはてて月にのこれる人の面影(1720)

題知らず              天智天皇御歌

1689 朝倉や木の(まろ)どのに我がをれば名のりをしつつ行くは誰が子ぞ(1635)

巻第十八(雑歌下)47首

山                 菅贈太政大臣

1690 足曳のかなたこなたに道はあれど都へいざといふ人のなき(0784)

註:大系本、第五句「いふ人ぞなき」。

1694 霧立ちて照る日の本は見えずとも身は惑はれじ寄る辺ありやと(0785)

1695 花と散り玉と見えつつあざむけば雪ふるさとぞ夢に見えける(0788)

1697 筑紫にも紫おふる野辺はあれどなき名かなしぶ人ぞ聞こえぬ(0786)

1698 苅萱(かるかや)の関守とのみ見えつるは人もゆるさぬ道辺なりけり(0787)

註:大系本、第二句「関守にのみ」。

1699 海ならずたたへる水の底までもきよき心は月ぞ照らさむ(0789)

註:大系本、第三句「底までに」。

かささぎ

1700 彦星の行き逢ひを待つかささぎのわたせる橋を我にかさなむ(0790)

1701 流れ木と立つ白浪とやく塩といづれか(から)きわたつみの底(0791)

題知らず               読人知らず

1702 さざなみや比良山風の海ふけば釣する海士(あま)の袖かへる見ゆ(1638)

註:大系本、第一句「さざなみの」。

1703 白浪のよする渚に世をつくす(あま)の子なれば宿も定めず(1669)

                      人麿

1707 蘆鴨のさわぐ入江のみづのえの世に住みがたき我が身なりけり(1670)

后に立ち給ひける時、冷泉院の后宮の御ひたひを奉り給ひけるを、出家の時返し奉り給ふとて
                    東三条院

1712 そのかみの玉のかざしをうち返し今は衣のうらをたのまん(1505)

註:作者「東三条院」は円融院后、藤原兼家のむすめ詮子。

返し              冷泉院太皇大后宮

1713 つきもせぬ光のまにもまぎれなで老いて帰れるかみのつれなさ(1506)

註:作者は兼家のむすめ超子。詮子の同母姉。

上東門院出家の後、こがねの装束したる(ぢん)数珠(ずず)、銀の筥に入れて、梅の枝につけて奉られける
                   枇杷皇太后宮

1714 かはるらん衣の色を思ひやる涙やうらの玉にまがはむ(1507)

註:作者は道長の次女で三条院の后。上東門院(彰子)の同母妹。

返し                  上東門院

1715 まがふらん衣の玉に乱れつつなほまだ覚めぬ心ちこそすれ(1508)

題知らず                和泉式部

1716 潮のまに四方のうらうら尋ぬれど今は我が身のいふかひもなし(1668)

少将高光、横川にのぼりて、かしらおろし侍りにけるを、聞かせ給ひて遣はしける
                    天暦御歌

1718 都より雲の八重だつおく山の横川(よかは)の水はすみよかるらん(1503)

御返し                   如覚

1719 百敷のうちのみ常に恋しくて雲の八重だつ山は住みうし(1504)

殿上はなれ侍りてよみ侍りける      藤原清正

1723 天つ風ふけゐの浦にゐるたづのなどか雲ゐに帰らざるべき(1476)

註:大系本、第三句「ゐるたづは」。

題知らず                西行法師

1750 年月をいかで我が身におくりけむ昨日の人も今日はなき世に(1522)

1751 受けがたき人の姿にうかび出でてこりずや誰も又しづむべき(1523)

述懐の心をよめる          前大僧正慈円

1754 何事を思ふ人ぞと人とはば答へぬさきに袖ぞぬるべき(1563)

和歌所にて述懐の心を          家隆朝臣

1761 和歌の浦や沖つ潮合に浮び出づるあはれ我が身のよるべ知らせよ(1564)

1762 その山とちぎらぬ月も秋風もすすむる袖に露こぼれつつ(1565)

千五百番歌合に           摂政太政大臣

1765 浮きしづみ来ん世はさてもいかにぞと心に問ひて答へかねぬる(1566)

題知らず               大僧正覚弁

1776 老らくの月日はいとどはやせ川かへらぬ波にぬるる袖かな(1521)

註:大系本、作者名は「大僧都覚辨」。

五十首歌中に            前大僧正慈円

1782 思ふことなどとふ人のなかるらん(あふ)げば空に月ぞさやけき(1610)

註:大系本、初句「思ふ事を」。

題知らず                和泉式部

1806 夕暮は雲のけしきを見るからに眺めじと思ふ心こそつけ(1632)

1807 暮れぬめり幾日(いくか)をかくて過ぎぬらん入相の鐘のつくづくとして(1633)

註:大系本、初句「暮れぬなり」。

                    西行法師

1808 待たれつる入相の鐘の音すなり明日もやあらば聞かむとすらん(1634)

暁の心を            皇太后宮大夫俊成

1809 暁とつげの枕をそばだてて聞くも悲しき鐘の音かな(1630)

百首歌に               式子内親王

1810 暁のゆふつけ鳥ぞあはれなる長き(ねぶ)りを思ふ枕に(1631)

題知らず                和泉式部

1812 たらちねの諌めしものをつくづくと(なが)むるをだにとふ人もなし(1484)

註:大系本、第三句「つれづれと」。

百首歌よみ侍りけるに、懐旧歌  皇太后宮大夫俊成

1815 昔だに昔と思ひしたらちねのなほ恋しきぞはかなかりける(1485)

述懐百首歌よみ侍りけるに        俊頼朝臣

1816 ささがにのいとかかりける身の程を思へば夢の心ちこそすれ(1548)

題知らず              前大僧正慈円

1825 ひと方に思ひとりにし心にはなほ背かるる身をいかにせん(1567)

1826 何ゆゑに此の世をふかく厭ふぞと人の問へかしやすく答へん(1568)

1827 思ふべき我が後の世はあるかなきか無ければこそは此の世には住め(1569)

                    西行法師

1831 何事にとまる心のありければ更にしもまた世の厭はしき(1570)

               入道前関白太政大臣

1832 昔より離れがたきはうき身かなかたみにしのぶ中ならねども(1571)

註:大系本、第三句「うきよかな」。

題知らず                寂蓮法師

1838 数ならぬ身はなき物になしはてつ誰が為にかは世をも恨みん(1572)

                   八条院高倉

1841 うき世をば出づる日ごとにいとへどもいつかは月のいる方をみん(1573)

                    西行法師

1842 なさけありし昔のみ猶しのばれて永らへまうき世にもふるかな(1557)

                    清輔朝臣

1843 永らへばまた此の頃やしのばれん憂しと見し世ぞ今は恋しき(1558)

 百首歌に              式子内親王

1847 暮るるまも待つべき世かはあだし野の末葉の露に嵐たつなり(1524)

題知らず                  蝉丸

1850 秋風になびく浅茅の末ごとにおく白露のあはれ世の中(1525)

1851 世の中はとてもかくても同じこと宮もわら屋もはてしなければ(1526)

巻第十九(神祇歌)13首

1854 補陀落の南の峯に堂たてて今ぞさかえん北の藤浪(1749)

この歌は、興福寺の南円堂つくりはじめ侍りける時、春日の榎本の明神、よみたまへりけるとなむ

註:大系本、第二句「南の岸に」。

1855 夜や寒き衣やうすき片削ぎの行き合ひのまより霜や置くらん(1750)

住吉の御歌となむ

1857 むつまじと君はしら浪瑞垣の久しき世よりいはひそめてき(1751)

伊勢物語に、住吉に行幸の時、おほん神現形(げぎやう)し給ひて、としるせり

1861 われたのむ人いたづらになしはてば又雲分けてのぼるばかりぞ(1752)

賀茂の御歌となむ

臨時祭をよめる              紀貫之

1870 宮人のすれる衣にゆふだすきかけて心を誰によすらん(1753)

大将に侍りける時、勅使にて太神宮に詣でてよみ侍りける
                  摂政太政大臣

1871 神風や御裳濯(みもすそ)川のそのかみに契りしことの末をたがふな(1763)

入道前関白家、百首歌よみ侍りけるに
                皇太后宮大夫俊成

1882 神風や五十鈴の川の宮柱いく千世すめとたてはじめけん(1764)

文治六年女御入内屏風に、臨時祭かける所をよみ侍りける

1889 月さゆるみたらし川に影見えて氷にすれる山藍の袖(1767)

家に百首歌よみ侍りける時、神祇の心を

1898 春日野のおどろの道の埋れ水すゑだに神のしるしあらはせ(1768)

述懐の心を             前大僧正慈円

1902 我がたのむ(なな)(やしろ)のゆふだすきかけても(むつ)の道にかへすな(1772)

1904 もろ人のねがひをみつの浜風に心すずしき四手(しで)の音かな(1773)

熊野に参りて奉り侍りし         太上天皇

1907 岩にむす苔ふみならす三熊野の山のかひある行末もがな(1770)

新宮にまうづとて、熊野川にて

1908 熊野川くだす早瀬の水馴棹(みなれざを)さすがみなれぬ浪の通ひ路(1771)

巻第二十(釈教歌)22首

1916 なほ頼めしめぢが原のさしも草われ世の中にあらん限りは(1775)

この歌は、清水観音御歌となん言ひ伝へたる

註:大系本、第三句「させもぐさ」。

比叡山中堂建立の時           伝教大師

1920 阿耨多羅(あのくたら)三藐(さんみやく)三菩提の仏たち我が立つ杣に冥加(みやうが)あらせたまへ(1776)

みたけの笙の岩屋にこもりてよめる    日蔵上人

1923 寂莫の苔のいはとのしづけきに涙の雨のふらぬ日ぞなき(1777)

臨終正念ならむことを思ひてよめる    法円上人

1924 南無阿弥陀(ほとけ)の御手にかくる糸のをはり乱れぬ心ともがな(1784)

題知らず                僧都源信

1925 我だにもまづ極楽にむまれなば知るも知らぬも皆むかへてん(1785)

述懐歌の中に            前大僧正慈円

1931 願はくはしばし闇路にやすらひてかかげやせまし(のり)の燈火(1787)

註:底本、第四句「かかげやすまし」。諸本により改める。

1932 説く御法(みのり)菊の白露夜はおきてつとめて消えんことをしぞ思ふ(1788)

1933 極楽へまだ我が心行きつかずひつじの歩みしばしとどまれ(1789)

家に百首歌よみ侍りける時、十界の心をよみ侍りけるに、縁覚の心を
                   摂政太政大臣

1935 奥山に独りうき世はさとりにき常なき色を風にながめて(1790)

摂政太政大臣家百首歌に、十楽の心をよみ侍りけるに、聖衆(しやうじゆ)来迎楽(らいがうらく)
                     寂蓮法師

1937 紫の雲路にさそふ琴の音にうき世をはらふ嶺の松風(1791)

人々すすめて法文百首歌よみ侍りけるに、二乗但空智如蛍火
                     寂然法師

1951 道の辺の蛍ばかりをしるべにて独りぞ出づる夕闇の空(1792)

此日(しにち)已過(いくわ)、命即衰滅

1955 今日過ぎぬ命もしかとおどろかす入相の鐘の声ぞ悲しき(1793)

棄息入無為

1957 背かずばいづれの世にかめぐり逢ひて思ひけりとも人に知られん(1794)

註:大系本、詞書「棄恩入無為」。

聞名欲往生

1959 音にきく君がりいつかいきの松まつらんものを心づくしに(1795)

心懐恋慕渇仰於仏

1960 別れにしその面影の恋しきに夢にも見えよ山の端の月(1796)

十戒歌よみ侍りけるに、不殺生戒

1961 わたつ海の深きに沈むいさりせでたもつかひある法を求めよ(1797)

不偸盗戒

1962 うき草の一葉なりとも磯がくれ思ひなかけそ沖つ白浪(1798)

不邪婬戒

1963 さらぬだに重きがうへのさ夜衣わがつまならぬ妻な重ねそ(1799)

不酤酒戒

1964 花の本露のなさけはほどもあらじ()ひなすすめそ春の山風(1800)

入道前関白家に十如是歌よませ侍りけるに、如是報
                      二条院讃岐

1965 うきもなほ昔のゆゑと思はずばいかに此の世を恨みはてまし(1804)

待賢門院中納言、人々にすすめて廿八品の歌よませ侍りけるに、序品、広度諸衆生其数無有量の心を
                   皇太后宮大夫俊成

1966 わたすべき数もかぎらぬ橋柱いかにたてける誓ひなるらん(1805)

百首歌中に、毎日晨朝入諸定の心を      式子内親王

1969 しづかなる暁ごとに見わたせばまだふかき夜の夢ぞ悲しき(1807)


更新日:平成17-03-03
最終更新日:平成22-02-28


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