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99.03.27

陽気ださ

 夏目漱石の『吾輩は猫である』に八木独仙という哲学者が登場します。顔の長い、やぎのようなひげを生やした40歳前後の男。主人公・苦沙弥先生の家で、他の客に混じって自説を吹聴し、周囲を煙に巻きます。
 あるとき独仙が、「古代の詩人は、後世の詩人に比べ、英雄の様子を見たままにのびのびと描くことができた」と話しはじめました。

だからホーマーでもチエヰ゛、チエーズでも同じく超人的な性格を写しても感じが丸で違ふからね。陽気ださ。愉快にかいてある。愉快な事実があつて、此愉快な事実を紙に写しかへたのだから、苦味はない筈だ。(『漱石全集』第1巻 p.551)

 この「陽気ださ」は面白い。「ださ」は昔の書生がよく使っていたという説を聞いたことがあります。今ではまず使わないことばでしょう。もっとも、田中西二郎訳『嵐が丘』(新潮文庫)にも

そのうえにきゃつの金も巻き上げてくれる、きゃつの血をもらうのはそのつぎの番ださ、残った魂は地獄へくれてやるわ!

などとあるところをみると、ごく稀に目にしないでもないようです。
 「さ」「ぞ」「わ」など、「終助詞」にもいろいろありますが、「さ」は「陽気さ。」のようにそのまま文をまとめられるのに対し、他は「陽気だぞ。」「陽気だわ。」と「だ」を付けなければ文をまとめられないところに違いがあります。こう指摘したのは渡辺実氏でした。
 でも、昔は「陽気ださ」と「だ」を入れられたんですね。今では「だ」が落ち、「だ」の職能がそれだけ狭まったと言えそうです。
 ここで思い出されるのが、「だのに」という言い方。
  ・それどころではないはずだのに
のような言い方は古いと感じられており、今はむしろ
  ・それどころではないはずなのに
と「なのに」を使うほうが多いのではないでしょうか。
 これらの場合には、「だ」(終止形)を、文の言い終わりの位置以外で使うことを避けようとする力がはたらいているようにも思います。もっとも、じつはその逆だ、「だのに」のような言い方がむしろ力を伸ばしているのだ、という説もあります。前述・渡辺実氏の説がそうです。たしかに、「〜だが」「〜だから」「〜だもん」などは健在なので、一概には言えません。

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