99.03.22
かざない・すしない
文法の教科書をぼうっと眺めていると、いろいろ変なことが気になります。
たとえば、日本語の動詞はたくさんあるのに、活用する行が極端にかたよっていたりする。これはどうしてでしょうね。
『岩波国語辞典』に載った動詞を、活用行ごとに分けて、下の表にまとめてみました。それによると、「〜す」とか「〜る」とかいう五段活用の動詞はたくさんあります。「余す・直す・渡す」とか、「余る・直る・渡る」とか。一般的には、「〜す」は外に向けて及ぼす作用を、「〜る」は、そのもの自体に起こる作用を表す場合が多いようです(もちろん、例外もたくさんあります)。
| 五段活用 | 上一段活用 | 下一段活用 |
語 例 | 語数 | 語 例 | 語数 | 語 例 | 語数 |
ワア行 | かう(買) | 276 | いる(居) | 11 | うえる(植) | 155 |
カ行 | かく(書) | 364 | きる(着) | 6 | かける(掛) | 277 |
ガ行 | かぐ(嗅) | 70 | すぎる(過) | 3 | こげる(焦) | 110 |
サ行 | かす(貸) | 724 | ―しる | 0 | うせる(失) | 103 |
ザ行 | ―ず | 0 | かんじる(感) | 50 | まぜる(混) | 7 |
タ行 | かつ(勝) | 83 | おちる(落) | 6 | はてる(果) | 79 |
ダ行 | ―づ | 0 | ―ぢる | 0 | ゆでる(茹) | 24 |
ナ行 | しぬ(死) | 1 | にる(似) | 2 | はねる(跳) | 29 |
ハ行 | ―ふ | 0 | ひる(干) | 2 | へる(経) | 1 |
バ行 | とぶ(飛) | 36 | かびる(黴) | 28 | たべる(食) | 15 |
マ行 | かむ(噛) | 342 | みる(見) | 12 | ためる(溜) | 180 |
ヤ行 | ―ゆ | 0 | いる(射) | 0 | はえる(映) | 0 |
ラ行 | かる(刈) | 916 | かりる(借) | 7 | もれる(洩) | 249 |
合計 | | 2812 | | 127 | | 1229 |
■=あってよいはず ■=なくて当然
ところが一方、不思議なことには、ザ行・ダ行・ヤ行の五段動詞は一つもないんですね。つまり「書かない」「嗅がない」「貸さない」はあっても「かざない」ということばはない。また、サ行の上一段動詞もないので、「過ぎない」は言えても「すしない」などというのはありません。
表で■色で示してあるのが「あってよいはず」なのに存在しない活用行です。また、■色で示してあるのは、発音・仮名遣いが変わったため、現在ではありえない行です。たとえば昔「恥ぢる」と書いていたのは、今では「恥じる」と書くので、ダ行上一段はなくなりました。
これに対し、ザ・ダ・ヤ行五段活用や、サ行上一段活用のような動詞は文献にも残っていないようです。日本語には千年以上の歴史があるのに、これらの動詞ができなかった(またはうんと早くに滅びた)のはどうしてでしょうか。
いくつか推測はできます。たとえば、「〜ず」で終わるザ行五段は否定の「ず」と紛らわしいので嫌われたのではないか。連用形が「〜し」となるサ行上一段活用は、サ変動詞の連用形「し」と同じ形なので避けられたのではないか。しかし、そういう説明だけでは全部の行を説明しきれないようです。
不思議といえば、五段活用・下一段活用に比べて、上一段活用が極端に少ないのも引っかかります。五段・下一段が多い理由の一つは、「垂らす(五段)―垂れる(下一段)」「焼く(五段)―焼ける(下一段)」のように、他動・自動のペアが多く作られたことにもよるのでしょうが、理由はそれだけではないと思います。
どうしてこういう偏りが出てくるのか、もっと突っ込んで考えてみれば、日本語の動詞の成立事情について発見があるかもしれません。
|