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99.02.19

日本語練習帳

 大野晋氏の『日本語練習帳』(岩波新書)が評判だそうです。発売後10日で3万4千冊の在庫が底を突いてしまったといいます(99.02.10「NHKニュースおはよう日本」)
 大野氏は僕の最も深く尊敬する学者のうちのおひとりなので、やや遅ればせながら第2刷を手に入れて拝読しました。ところが、どうも、いろんな個所がいちいち気になります。

 第I章「単語に敏感になろう」では、たとえば、「自立する・独立する・孤立する」といった語の意味の違いを問います。その際、「自」「独」「孤」という漢字の意味を考えさせています。しかし、熟語というのは、構成要素の漢字が合わさって一つのまとまった意味をなすのが基本であり、分解してしまってはうまくない場合が多い。むしろ、単語の意味の違いは、実際に使われた用例を集めて調べることが最も効果的ではないでしょうか。

 もっと引っかかるのは、第II章「文法なんか嫌い」での助詞「は」の説明です。
 僕は大野氏の『係り結びの研究』(岩波書店)の「は」の説明から大いに教えられた読者のひとりです。しかし今回の、日本語の文では「は」が問題を提示し、「結びの一句」がその答えを示すとする説明(p.48以下、取意)は不十分ではないでしょうか。
 たとえば、次のような文が紹介されています(p.52)

 安政条約によってフランスやイギリス日本に軍隊を駐留させる権利を得ていたし、日本の裁判所外人に対し裁判する権利がないものとされていたし、また日本の国内産業の死活を制する輸入関税率も日本自身で決定することできないことになっていた。(川島武宜『日本人の法意識』)

 大野氏によれば、「フランスやイギリスは」という問題の答えが「得ていた」、「日本の裁判所は」という問題の答えが「されていた」、「決定することは」という問題の答えが「できないことになっていた。」であるとされます。
 でも、「日本の裁判所はされていた」では何のことやら分かりません。むしろ、「は」で受けるフレーズは、それ以下全体と対応するものでしょう。
 手元の資料から別の例を出しますと、こんな文もあります。

アンゴラのスポーツ、もっぱらサッカーに関心が集まっています。(「アトランタオリンピック開会式」NHK 1996.07.20 AM.11:00)

 大野氏の分析をまねすると、「アンゴラのスポーツは(問題)→集まっています(答え)」となってしまいます。これでは理解ができない。「関心が集まっています」としても不十分だ。やはり「もっぱらサッカーに関心が集まっています」全体を取らなければおかしい。その上で、さらに構造を分析してゆくのが順序です。

 「結びの一句」というのはあいまいな概念でしょう。いわゆる「主語・述語(主部・述部)」の「述語(述部)」の概念と混同があるのではないでしょうか。主語を受けるのはたしかに述語だけですが、「……は」を受ける部分は、その下全体と考えないと、文の意味は取れないのです。


関連文章=「大野氏の講演」「大野晋『日本語の教室』を読む

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