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「世界の狩猟民 その豊穣な生活文化」カールトン・スティーヴンズ・クーン(著) 平野温美・鳴島史之(訳)(法政大学出版局 2008年2月)

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■世界の狩猟採集民を集めた待望の一冊、ついに刊行?■

次第によくなっているのだという喧伝に反して、住みにくくなる一方の社会。その根本原因を邪悪な者たちに求める陰謀論。しかし、批判と指摘に明け暮れるだけでは明日はきません。ならばまず、人の本来の在り方を探ってみようと考えた私の前に現れてきたのが狩猟採集生活でした。そのとき、最初にぶつかったのが、世界にはどのような狩猟採集者たちがいるのだろうという疑問でした。

調べてみると、ネグリトと呼ばれる小さく黒い人々が東南アジア一帯にいるようですが、ネグリトをテーマにした書籍は見つかりません。インドのアンダマン諸島にも、文明との接触を拒否してきたネグリトがいるとわかりましたが、これも詳細は不明でした。また、狩猟採集者といっても、エスキモーは犬を飼い、ソリを使い、銃も使うようになっています。ブッシュマンもヤギを飼い、スイカを育てたりしています。どこまでを狩猟採集者と考えればよいのでしょう。

そんな疑問を持ちながらよい本がないと嘆いていた私が、つい2週間前に出会ったのがこの本でした。「まえがき」を読むと、著者は狩猟民に敬意と憧憬を覚えるとあり、狩猟民から学ぶことがあるはずだと書かれています。また、レヴィ=ストロース派など、特定の学派を奉じているわけでもないとされています。さらに、専門家を満足させることよりも一般読者向けを優先したとあります。期待が持てそうです。

本書で扱う狩猟民からは、イヌ以外の家畜を飼う人々が除かれ、食物を栽培する人々も除かれています。ただし、酒作りのためにアワを栽培するアイヌや、目的不明のヤギを飼うブッシュマンは、狩猟民に含まれています。こうすると、インディアン(北米先住民)の中にも狩猟民と農耕民との区別があることがわかります。本書の冒頭にある、世界地図に記された狩猟民の分布図によって、私の知りたかった狩猟採集者たちの名前と居住地を知ることもできました。ただし、南米のアチェや、タンザニアのハッザの名はなく、抜けがあることがわかります。

さて、本文です。本書は先行資料を取捨選択してまとめた内容ですが、民族別ではなく、テーマ別にまとめてあります。同じように先行資料をまとめた本として『アボリジナル』を思い出しながら読みました。

読んでいくうちに、本書に記載された狩猟採集者たちの在り方は、『アフリカを知る事典』に記されているエゴイストたちの作る、儀礼が未発達な平等社会とはかなり違う印象を与えることに気付きました。本書ではシャーマン、儀礼、社会階層や奴隷・首長の存在、創造神に言及されており、これまで私が読んできた狩猟採集者たちに関する多くの本と食い違っています。

話の内容も古く、いまはもういないヤーガンやオナがまだ健在であるかのような記述ぶりなのです。重要な要素である定住貯蔵についてもあまり頓着してありません。先住民が激減した理由として欧米人による虐殺行為があったという事実に触れてもなく、デズモンド・モリスなどなつかしい名前も登場しています。そこで改めて著者の経歴を見ると、1904年生まれとありました。実は本書は1971年に原書が出版されている古い本を、2008年になって翻訳して出版したものだったのです。

「訳者あとがき」には次のように記されています。

本書はCarleton S. Coon, The Hunting Peoples, Boston: Atlantic Monthly Press, 1971の全訳である。本書で言う狩猟民とは、一万年前の人類の生き方を、十九世紀まで継続した人たちを意味する。すなわち、遠い祖先のありようを現在のわたしたちに知らせてくれる人たちである。その多くが、二十一世紀の今、かつて生活の中に息づいていた文化を失いつつあることはだれでも知っている。だから、十九世紀から二十世紀にかけて行われた多くの直接観察の資料をもとに、自らフィールドワーカーだった著者がまとめた本書は、極めて貴重であると考える。

先住民の暮らしについて敬意を持って書かれた古い本はあまりありません。『森の猟人ピグミー』を書いたコリン・ターンブルは異色でしょう。 そのような限界から、本書では、狩猟採集社会の実情をくみ取り切れていないのではないかと感じます。

その一方で、広く収集された資料に基づく記述を読むことは、狩猟採集社会全体を俯瞰させてくれ、貯蔵せず遊動するという純粋な狩猟採集生活から、資源の偏りや技術の進歩によって定住や貯蔵を含む生活へと移り変わる背景を推測させてもくれます。また、今ではもう失われてしまった暮らしを知るきっかけを与えてくれる貴重な本であることも確かです。

今回は図書館から借りましたが、機会があれば入手しておきたいと考えています。

内容の紹介


着火法を持たない人々
世界の全民族は数万年、あるいは数十万年も火を使用してきたが、中には十九世紀まで着火の方法を知らずして生存してきた狩猟民がいる。 名高いのはタスマニア・アボリジニ、アンダマン島民、コンゴのイトゥリ森林のピグミーの三部族である。 彼らの共通点は、高湿度の地域に住むこと、また持続して火を燃やしたり、野営地を移動する際火を携行したりするのが困難なことである。 彼らは火口〔火をうつし取るもの〕用の乾燥木を、樹皮か葉に包み、いつも手元に置いておかねばならない。 オーストラリア先住民の多くもまた火を持ち運ぶが、それはたとえ着火の仕方を知っていても、適当な薪がどこでも入手できるとは限らないからである。 - 28ページ


草葺屋根の住居
定住用の草葺屋根の住まいは、たいてい農耕民が作るが、狩猟民の中には食料供給が一定し、かつ豊かで、屋根の材料が豊富な人々がいる。 小アンダマン島のエンゲ・ネグリトは、魚、軟体動物、ウミガメ、ジュゴンが豊かな海辺に居住する。 彼らは柱と草を使って、大型の楕円形共同家屋を建てる。 家の中は、内壁に沿ってバンド家族がそれぞれ場所と炉を持ち、中央が踊りのための空間となる。 アマゾン盆地で食料を生産するインディアンもこれに似て、村人全部が一家屋に住む生活を送る。 彼らとエンゲの住居タイプが類似するのは、次の二つの理由による。 両民族は、よく似た気候で暮らし、よく似た建築材料を手に入れる。 両者とも一年を通して十分な食料が地元で得られるから定住生活が可能なことである。 - 37ページ

アマゾン盆地のインディアンとはヤノマミを指すと思われます。


屋外で身体を暖める方法
狩猟民が一糸まとわず日々の活動ができる気温や湿気また水蒸気圧などは、驚くほど広範囲である。 これが可能な理由は、非常に明らかなのにほとんど理解されていない人の器官、すなわち、多少の差はあるが、毛のない皮膚の驚くべき働きによる。 他の多くの哺乳類の毛皮に比べ、人の皮膚は血管が高度に発達している。 胴体や四肢の小胞は、遺伝的に本来なら毛を生やす場所だが、一部または全体がその機能を果たさない。 そこで皮膚に一番近い血液の流れが、ある程度これを補っているのである。 - 46ページ


腰当て
個々の文化を見ると、腰部を覆うのは慎みのためか、性器を保護するためか、またはそれに注目させるためかは、はっきりしない。 - 50ページ


毒矢
何らかの理由で、全く異なった環境で、矢に毒を使う狩人たちもいる。 よく知られている四つの集団では、南部アフリカのブッシュマン、カリフォルニア中部のマイドゥ族、北海道のアイヌ、アフリカ降雨林のピグミーがいる。 - 92ページ


わな
網猟はわなに近い。 というのは、狩人のいないところで働く仕掛けで獲物を捕るのがわなだからだ。 しかし食料や獣皮が目的で、強くわなに依存している狩人は記録にはない。 ただし、これらの仕掛けが垣根や柵と組み合わされたときは別である。 例えば、クチン、アイヌ、ブッシュマンなどで、使用するときは、必ずそばに誰かが居る。 - 118ページ


トラとの協定――非狩猟民カーダル
狩猟をせずに根菜を掘るといえば、極めつけはカーダル族である。 彼らは南インドのカルダモン丘陵に住む残存種で、ケララ州コーチンの西ガーツ山脈に定住する。
(中略)
一説にはカーダルはトラと協定を結んだとされる。 それで民族が生き延びたという話だ。 多くの民の中で、カーダルだけがトラを恐れずにジャングルを歩ける。 トラが背後から見詰めている時、気配を察知して静かに立ち去ることができると彼らは言う。 - 175-176ページ


いかに食物を分け合うか<br /> 食用植物を採り、足の遅い獲物を捕るのは、たいていは女性で、採集物は原則としてその女性の家族のものとなる。 ただし飢える者がいる場合は、他の家族にも分ける。 甲殻類、魚類、鳥の卵やカメの卵についても同様である。 しかし、狩の獲物の分配は別である。
  動物や鳥を殺した男性が、それを自分の家族だけのものとしたら、一部はあり余るほど持ち、他は飢えることになる。 また、狩はたいてい二人以上で行い、共同作業によって首尾よくいくことが多い。 もし、自分が仕留めたものに対し欲深いと、男どうし、家族どうしの対立が、社会単位を結ぶ経済の絆はもとより一族の絆を弱め、もしくは消滅させてしまう。 人は食べ物が必要であると同じく、互いに仲間であることが必要なのである。 したがって、狩をするどの集団でも肉の分配が家族どうしの結びつきを継続する基本であり、厳しい手続きルールを守ることで平和が保たれる。 動物の屍体のある部分が他よりもおいしいという場合は特に、ルールに従わなくてはいけない。 - 197-198ページ


狩猟民に麻薬は小事
明らかなことがだ、よそ者が厄介をもちこむ前の狩猟採集民は麻薬を常習することはなかった。 常習していたら、自分たちの土地を最大限に効率よく利用する作業に、あれほど精力を使うことはなかったと思われる。 - 210ページ

「麻薬」にはアルコールや煙草が含まれ、常習ではない使用例が記載されています。


部族間の戦闘の一つの理由は、領地や漁場の持ち主を根絶し、その財産を奪うことだった。 こういった場合、原因となるのは白人が到来する前は人口の増加と、不平等な資産の分布だった。 - 299ページ


唯一の創造主を信じているのは、ブッシュマン、ピグミー、大アンダマン島民、セマン族、フィリピン・ネグリト、南西オーストラリア・アボリジニ、それからたぶんタスマニア人、ヤーガン人、オナ族、中央・東部エスキモー、北部アルゴンキン語族、そしてほとんどの北部アサバスカ語族である。 - 323ページ


嬰児殺しと姥捨て
  極度の食料不足の時期に、人口を減らす方法として女児を殺す場合は、葬儀を行う気配はない。 赤ん坊はオーストラリアの不毛地でのように食べられることもある。 双子の一人を殺したり、必要ゆえに老人を殺すときも、葬儀はない。 ハドソン川西部のバランランドに住むカリブー・インディアンは、冬にカリブーが群れを現さないと、誰かが犠牲になるか、あるいは全員が飢えるかを選択する。 生き延びる優先順位はこうである。 まず、ハンターには食べさせなければならない。 弱って狩りができなくなると皆が飢えてしまうからだ。 次はその妻。 まだ子供が産めるからである。 それから幼い子供たち。 女子より男子を優先するが、それは男子は生き残ればハンターになるからである。 いちばん犠牲になりうるのは老人で、特に女性。 老いた女性の数は男性より多い。 活動的なハンターは事故で落命することがあるからだ。
  その時が来ても、老いた女を殺すのではない。 近親者は彼女を失うことを悔やむから、老いた女は自殺するのである。 裸でイグルーを歩き出て、雪の中に姿を消すだけである。 老女が全部いなくなったら、次に女の赤ん坊が殺される。 誰もが子供をいつくしむので、これは胸が引き裂かれる仕事である。
  タスマニアでは、狩猟民バンドは季節による食料供給地の違いを利用するため、一年の巡路を常に移動し続けなければならなかった。 弱くて歩けない老人、遠い道のりを運んでもらえない重い障害者、病で動けない者は、木の洞や露出した岩の下などの安全な場所に、大型ケルプ〔昆布〕の袋に入れた水とともに、単に置き去りにされた。 ロビンソンは、このように捨てられ、数日間ベリーを食べて這い回っていた老人に、ある時出会ったと日記に記した。 治る見込みがない病人は、下剤薬になる植物、メセンブリアンテマ類マツバギク科の植物の葉の束と一緒に置かれた。 もし薬草の効果が現われて回復すると、仲間の通った道をたどり合流することもできた。 - 387-379ページ


人類生存に重要な狂気
(前略)確かに、「人は生存するために狂気を持たなければならない唯一の動物である」と定義できるかもしれない。 人が冷静な実務者となり、宗教や儀式を捨て、物事を正確に計り、数字を数え、効率的な機械を製造し、大量破壊の武器を発明し、月に人を送り、植物が交換するよりも多量の地上酸素を燃やす時*、人は自分の運命を封印する蝋を暖め始めてしまった。 わたしたちと狩猟民のうち、どちらがもっと狂っているのだろうか。 彼らの狂気は無害であり、有益でさえある。 私たちの狂気は、致命的である。 - 444ページ


環境への物質的、社会的適応
(前略)詳細に記録されたどの事例でも、彼らの辛苦の事態を突きとめると、現代侵略者の発明品に行き着く。 カリブー・インディアンが飢えに襲われたのは、自動ライフル銃で武装した数人のクリー・インディアンが、移動するカリブーの群れを丸ごと殺戮してからである。 殺戮の目的は、カリブーの舌を切り取り、白人の缶詰製造業者に売るためだった。 - 444ページ


よく生きるために、狩猟民は自分の領域で得られる資源について、現代の博士号取得者が、自分の専門分野について知るのと同量の知識を、持たねばならない。 参考書などはない。 狩猟民のある者は、地元の動物の行動にういて、比較行動学専門家に匹敵するほど熟知している。 地元の植物の見分け方や薬理学的特質について、植物学者と肩を並べるほどの知識を持つ人もいる。
  さらに、社会学、心理学、性教育の特別クラスを受けることなく、彼らは少なくとも人間について、わたしたちの多くが知っていることはすべて知っている。 小集団の中でどのように仲良く暮らすか、妊娠から死まで個人の人生に起きる一連の危機にどのように対処するか。 男女の固有の違いをどのように扱うか、病気の場合は関係者全員の心配をどのように和らげるかなどである。 長い授乳期間は性交を慎む、双子の一人を取り除く、不必要な延命をしない等の節制で、人口過剰をピルより効果的に防止し、過密シンドロームの破壊的影響や、わたしたちが直面する種々の汚染も防ぐ。 人の心の汚染もそこに含まれる。 大型動物を殺すことのできない男性を独身のままにしておくことで、肉を人に分配できない大人の男が、何であれその欠陥を、次世代に引き継がせるのを避ける。 - 444-445ページ


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「ルビリン」は東山動物園にいたアムールトラの名前です。土手で出会った子猫を迎え入れ、「るびりん」と命名しました。

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