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「★幸せな旅立ちを約束します 看取り士」柴田久美子 (著)(コスモ21 2013年5月)

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■幸せに旅立つことのできるよう看取りを支援する新しい職業「看取り士」。■

本書の著者柴田さんは日本初であるという看取り士です。子どもの頃体験したお父さんの死がきっかけであるといいます。




死ぬということ
本書ではまず、実父のケースを含めて、柴田さんの思い出が語られています。

冒頭は、知夫里島の「なごみの里」での話です。
水分も受け付けなくなってから2日も過ぎた千代さんに
「どうですか?」と問いかければ
「元気だ。先生、呼ばんでいい」と凛と答えられます。
死の前日になっても「元気だ。心配せんでいい」とおっしゃるのです。
いよいよとなった死の直前には、瞳も澄んでいきます。
生まれ落ちたその時のように透明に光ります。

千代さんは皆に手を握られ、美しい笑顔で頬ずりされながら、大きな息を一つして
次の世界に旅立たれたそうです。

この様子に立ち会った若いスタッフは、生きる力を手にしたといい、 「死は怖いと思っていたのに、感動なのですね。とても清らかで……」と 涙します。



生活から切り離される生と死
しかし、こうして亡くなることのできる人は少数派になってしまいました。

延命治療を受け、無意識に管をはずしても縛りつけられ、
病院で苦しみながら死んでいく祖父の姿を目にした高校生は、
親の苦しむ姿を見たくないから自分のほうが親より先に死にたいと考えていたそうです。
しかし、柴田さんの講演を聞き、「安らかに死ぬことができる道があるなら長生きしてもいいかなと思うようになりました」と変わるのです。



看取り士の仕事
看取り士とは、ひと昔前まで暮しの中にあった死の文化を取り戻す活動です。

北海道の羊蹄(ようてい)医師会からの言葉が紹介されています。

……これでいいのだろうか?死が『不幸』と呼ばれるうちは我々の人生は決してしあわせになれない。しかし、死の瞬間にしあわせであれば、その人の人生はしあわせだったと言える、ということを実践する取り組みが生まれ、育ってきている。人生をしあわせにする取り組み、それが住み慣れたわが家での看取りなのである

医療の充実や、物質的な豊かさ、健康長寿を目指すのではなく、 生と死の意味を知っていくことで人は幸せになれるのではないでしょうか。

本書を読みながら思い出した本
血液の闇』:医療をめぐる闇
子どもの文化人類学』:よく死ねるよう励ますヘアーインディアンのあり方
超心理学―封印された超常現象の科学』:霊魂を否定

内容の紹介


コラム:痛いと言われたらさする……ガン末期の方
自宅で最期を迎えるための不安の一つに、痛みが出た時にどうするかという問題があります。
ガン末期の方は、一般にモルヒネを使うかどうかという選択肢がありますが、島ではモルヒネは使えない状態でした。 使わないけれど、そんなに痛みがない状態で亡くなっていかれました。(中略)
少し救われる気がするのは、人間の痛みは60%が、精神的なものによると言われていることです。 - 75ページ

従来の死に方のほうが楽に死ねたのかもしれません。少なくとも、医療体制が整っていないことに、極端に恐怖を抱く必要はないと感じます。


Aお迎えは必ず来る
前述の、64歳の方ですが、亡くなる2日前から、その方の娘さんに対する態度が変りました。 お迎えが来るようになり、とても楽しそうになったのです。 お迎えが来て人が変ったようになったのですが、なぜなら、ご本人は人間ではなく神仏に近くなっているのです。 楽しそうにニコニコとしていました。
なぜお迎えが来たと分かるかというと、いろいろなことをご本人が話してくれたのです。
「自分の車が田んぼに落ちたけれど、助けてくれたのは、亡くなった○○さん……」というようなことを、話してくれたそうです。 夢を見ていたような感じでした。 そこで娘さんは、ふだんから私とお迎えのことも話しているので、そうか、お迎えが来ているのだと理解しました。 - 80ページ

死ぬ少し前に、それまで必死で生命を維持しようとしてきた肉体はその努力を止めて、幸せなときをすごさせてくれるのかもしれません。


少しでも生きて欲しいという願いと、どんなに治療をしても人は死ぬものであり、その時期が来ているのだから安らかに送ってあげたいという葛藤の中で、しかし、できあがっているレールに乗って病院での死を受け入れざるを得ないのが日本の現状です。 - 91ページ
●家族が壁になる
・延命治療と家族のエゴという問題
現在、私は知夫里島から米子に移って2年ほどが経ちます。 私が看取る方で、延命治療をされるという具体的な例を見てはいませんが、ともかく島から本土に来て驚いたのは、じつに多くの人が医療に依存しているということです。
皆さん、自分の命なのに、病院が何とかしてくれると思っているのです。決して病院が死なせてはくれないのです。そこを勘違いされています。
病院は死なせてくれるところではありません。むしろ逆です。 死ぬというのは、暮らしの中で自然に死ぬということだと私は思っています。 そして、自然に家族が、近くの人が見送る文化を復活させたいと思っています。 - 92ページ

病院は死なせてくれるところではありません。医療は金融、石油、食糧などと並んで、金持ちたちの資金源になっているのが現状です。


死の恐怖を取り除く内観とは
内観とは、その歴史は古く、昭和20年代に吉本(よしもと)伊信(いしん)という人物が始めたものです。 もともと浄土真宗の身調べという修行から、苦行的な要素を除いたもののようです。 自分の心を客観的に観察し、「己を知る」自己探索法として開発されました。 悩みや問題解決の方法として知られています。 - 131ページ
(中略)
内観では、母親にしてもらったことを思い出し、胎内にいたことを思い出します。 自分でやる作業です。 やってみるとみんな泣きます。 涙は浄化なので、泣いていただかないと、浄化されません。 きっと泣くことで魂についている傷や汚れが、落とされるのでしょう。 ですから、皆さんすごく泣かれます。 - 132ページ
(中略)
離島に渡り、内観の体験も忘れかけたころ、母を抱きしめて看取る体験をしました。 母を抱きしめながら、内観と同じ体験であることに驚きます。 すぐに内観の師である甲斐高士先生に連絡すると、甲斐先生はにこやかに「看取りを広げるためにも、内観を広めなさい」と即座に言われました。 - 135ページ

看取りとは、看取る側が受け取るものでもあるということが別の箇所にも記されています。


コラム:死後も大切なこと……初七日・四十九日
(中略)
島にいた時は、亡くなられてから1週間、そのままだったことがありました。 そうして過ごしながら感じたのは、「時間をかけて送る」ということの大切さです。 ところが最近では多くの場合、呼吸停止した後に早々に病院から送り出されます。 ものすごいスピードです。 それはおかしいことではないかと思います。 - 140ページ

本書ではありませんが、死者をしばらく家にとどめておくあり方は、以前の日本にかぎらずあったようです。


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「ルビリン」は東山動物園にいたアムールトラの名前です。土手で出会った子猫を迎え入れ、「るびりん」と命名しました。

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