登山NO.0066 悪 沢 岳( 悪沢岳:3,141m ) 1996.7.28登山


 ダマシ平付近から見た荒川三山( 1996.7.28 )

【悪沢岳登山記録】

【悪沢岳登山データ】

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再登山


NO.66 悪沢岳登山記録

赤石岳の項から続く。

荒川小屋からダケカンバの林の中を登っていくと、展望がぐっと開けて荒川岳の山腹の登りとなった。
ここは、広い斜面一杯のお花畑で、緑の原に黄色や白の花が咲き乱れており、暫し歩みを止め見とれてしまう程素晴らしい所であった。

また、振り返れば先ほど登ったばかりの赤石岳が、 その大きくどっしりとした姿を見せており、懐の深いその姿は、南アルプスの盟主と呼ばれるに相応しい威厳と品格を感じさせてくれた。

ただ、斜面の登りは思った通り厳しく、少し進んでは立ち止まって呼吸を整える ということを何回も繰り返しながら登っていくことになったが、 そうした中、途中にあった水場がオアシスのようで本当にありがたく思えた。

お花畑を過ぎると、岩稜帯に変わり、そのまま荒川中岳と前岳との鞍部 (中岳コル) に行きつくのであるが、 少々浮かれていたのか、正規のルートから少しはずれて、厳しい岩登りを強いられるハメになってしまった。

ともあれ鞍部に着いてから、まずは左に道をとり、砂礫の道を進んで前岳の頂上に行った。
頂上はただ石柱と木の標識があるだけの寂しい状況で、おまけにガスっており、荒川岳の大崩壊地を目にすることはできなかった。

また鞍部に戻り、今度は中岳へと進んだが、ここの頂上もわずかに木と鉄板の標識があるだけの寂しいものであった。
現在の百名山ブームで、百名山の頂上には素晴らしく立派な頂上標識が立てられているのに、百名山以外の山となると粗末な扱いを受けている山が多く、 ここもその例に漏れず扱いが粗末で、こんなに立派な山であるのに大変残念であった (決して派手な標識を立てろといっているのではない)

中岳頂上を過ぎると中岳避難小屋があり、その先からは一旦瓦礫の道を下って悪沢岳との鞍部まで下り、 また鞍部から悪沢岳に登り返すことになったが、特に鞍部から見上げる悪沢岳はとてつもなく高く、とても登って行けそうにもないように思えるほど堂々としていた。

しかし、痩せた急斜面の尾根をジグザグに登っていくと、思ったほどは厳しくなく、 後ろの荒川中岳の高さに段々追いつくのが結構励みとなって、何とか登り切ることができた。

悪沢岳 (東岳) 頂上は、大きな岩がゴロゴロしており、先ほどの荒川前岳、 中岳とは違って立派な頂上標識が置かれていた。
この頃になるとかなりガスや雲が出始めて、赤石岳も時としてガスに見えなくなり、 北側の塩見岳間ノ岳もガスの切れ間に見えるだけであった。

頂上で偶然、昨日の椹島行きのバスで一緒になった人とまた会うことができたが、彼は昨日は椹島に泊まり、 今日一気にこの悪沢岳頂上まで登ってきたとのことで、この後は千枚小屋に泊まるとのことであった。
赤石岳が素晴らしいので、荒川小屋まで行って登ってくるように進めたが、日程の都合上できないようであった。

頂上からは巨石の間を抜けて下り、丸山と呼ばれる本当にまん丸い山に着いたが、ここも 3,000m 級の山で、 このような名の 3,000m 峰があることに (地図には載っていなかった) 少々驚かされるとともに、 実際はここが悪沢ノ頭で、悪沢岳の名を冠されるべきである とのガイドブックの解説を読んでさらに驚きが増した次第である。

丸山を下っていくと、両側が切れ落ちていて、その先の登り斜面にロープが付けられている場所があったが、 そこはロープを降りてくる団体で渋滞しており、暫し待たされた。
彼らは山登りに慣れていないような中高年の男女のグループで、一歩降りるのに怖がってなかなか足場を固定できずにいるため 時間がかかっていたのであるが、 こういう人たちでも 3,000m 級の山に登れてしまうから山は楽しいのであり、一方で、それ故 技術の未熟さに起因した中高年の事故が後を絶たないのだろう と考えさせられてしまった (私も中高年で大きなことは言えないのだが、 あまりにも未熟な人が多い。もっと低山で鍛えるべし)

渋滞場所を過ぎるとすぐに千枚岳の頂上と思しき場所に着いたが、三角点だけがあって、 標識が全く見あたらなかった (地図では千枚岳と確認できたが、やはり標識は欲しい)

千枚岳から千枚小屋へは一気に駆け下りる感じとなり、小屋に着いた時刻は 12時55分であった。
ここに宿泊の予定であったが、いくら何でもまだ早すぎると思い、椹島へ向かうことに決め、そのことを小屋の主人に相談したところ、 椹島へ着くのが遅くなるといけないから連絡をしておこうかと言ってくれた。
親切でそう言ってくれたのは十分に分かっていたのだが、私の足はもっと早いのだということを示したくて、 「 今日赤石小屋から回って来たので、このペースなら 5時前には十分に入れると思うので不要 」 と言ったところ、 私のペースに驚いた様子で、後で小屋にいた外人さんにそのことを話しているのが聞こえた。少々快感である。

小屋から足早に下り、何も見えない樹林帯を進むと、左手に駒鳥池があったので寄り道してみたが、 陽が当たって池の周囲は大変明るかったにも拘わらず、倒木が入り込んだ池の様子は 何となく薄気味悪いものがあり、 今にも何かが出てきそうな雰囲気であった。

また下山の途中、木々の間から赤石岳が見える所があったが、 その頂上は最早ほとんど雲の中であった。

この下山道はそれ程傾斜はキツくないものの、兎に角ウンザリする程長いのが欠点であり、蕨段を過ぎ、 その後のやや急な下りで少々嫌気がさして疲れてきた頃に、コンコンと水が湧き出る清水 (清水平) が現れたのが本当に嬉しかった。

林道を横切って、明るい感じの小石下を過ぎ、また林道を横切った後は、もう椹島も近いという雰囲気が出てきたものの、 まだまだ道はその後も続いており、吊橋を渡って、いくつかの小橋を過ぎ、ようやく見えた滝見橋の所で右に折れて椹島に着くことができた。 時刻は 3時35分であった。

椹島は快適な場所で、風呂があり、夕食も豪華であった。
また夕方 5時過ぎから強い夕立があったので、早く下山できたことを幸運に思った次第である。

翌日、朝一番のバスで戻り、また、迂回路を通って八木尾又上まで戻ったが、 静岡駅行きのバスの時間まで 4時間ほど待たねばならなかったため、八木尾又上からさらに歩いて田代へ行き、 そこの民宿で温泉に浸かって汗を流した。

昨日悪沢岳頂上で会った人ともこの民宿で再々度一緒となり (その人は、朝一番の椹島のバスに間に合わせるために、 4時に千枚小屋を出発してきたとのことであった)、共に食事をした後、民宿の畳の部屋で 2人でゴロゴロしながら時間を潰させてもらい、 13時50分のバスで静岡に戻った。

途中でものすごい夕立と雷があり、山の中でこういった夕立に遭遇しなかったことを本当に幸運に思った。


悪 沢 岳 登 山 デ ー タ

上記登山のデータ登山日:1996.7.28 天候:晴れ後曇り単独行前日泊
登山路:荒川小屋(赤石岳より縦走)−お花畑−中岳コル−荒川前岳 −中岳コル−中岳−中岳避難小屋−悪沢岳鞍部−悪沢岳−丸山−千枚岳−千枚小屋−駒鳥池−蕨段−清水平− 小石下−滝見橋−椹島(
交通往路赤石岳の項参照
交通復路:椹島−(バス)−八木尾又上・田代−(バス)−静岡− (東海道新幹線)−新横浜−(市営地下鉄)−横浜−(相鉄線)−瀬谷
その他:7月27日は赤石小屋泊。翌28日に赤石岳、悪沢岳登山。
28日は椹島泊。翌29日に帰宅。
その他の
悪沢岳
登山
椹島−岩頭見晴−小石下−清水平−蕨段−見晴台−駒鳥池−千枚小屋(泊)−千枚岳− 丸山−悪沢岳 (往路を戻る) ( 2014.7.23-24:23日=曇りのち晴れ、24日=曇りのち晴れ )
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