OB近況(以前のデータ)


(平成21年 2月 8日更新)

[小淵沢の岸田スタジオ]
小淵沢で昆虫写真撮影のためのスタジオを構えている岸田功 さん(S41年卒)を、高野と足立とで訪ねました。
数年前からは小淵沢の家での生活が中心となり、今では田無の 自宅には月に一度帰るだけとか。 広い庭には撮影用に一部改造されたミツバチの巣箱が並び、 トンボ用の池が設けられ、居宅とは別に大きなプレハブの研究室 が建てられていました。(H18.11.2.)
岸田宅

「宇佐川宅でのパーティ2006」 平成18年5月14日、車椅子生活の宇佐川さんの「春のおさそい」を受け、 はるばる山形から駆けつけた中村さんをはじめ41年卒7名に、高野(42卒) と加藤(43卒)が加わり、仙丈岳や朝日岳などでの昔話に花が咲いた。
更に、S38年春に村井さんが撮影した8mmフィルムの秘蔵映像が、小林さん 持参のエルモの映写機により披露された。米軍占領中の沖縄と西表のカラー 映像で、懐かしいだけでなく、今となっては貴重な映像と言える。
usagawa
前列:小林,山内,中村K,宇佐川夫妻、 後列:川島,村井,加藤H,佐藤T

「丸の内さえずり館」

井上英明さん(S39年卒)が、毎週月曜日に丸の内の新国際ビル1階の 「丸の内さえずり館」 に説明員のボランティアで詰めておられます。
有楽町駅から近いので、近くに行かれたら寄ってみたら如何でしょう。
毎月ここで野鳥の写真などが展示されていて、2005年1月には高野の 「北方四島周辺の海鳥、鷲、そしてシャチ」を、また冨山稔君の「世界の花」の展示もありました。
また谷口君の鳥の絵の教室も開かれています。

44年卒の同期旅行会

42年卒に倣って?、44年卒の同期旅行会が行われたそうです。
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昭和44年卒同期会「佐渡島トキ満腹ツアー」
平成16年8月22日(日)より24日(火)
参加者13名:
阿部・石田・川原林・草野・五味・斉藤(幹事)
四ノ宮♂♀・高橋・谷口・西長・野本・緑川
近辻さんのご好意に甘えっぱなし。豪雨をものともせず
楽しいひと時を過ごすことが出来ました。
詳しくは、「佐渡島トキ満腹ツアー」へ。

天売島訪問記

上野尚博さんから、平成16年5月に天売島を訪問されたお便りをいただきました。
「タニシのレンジャー『奮島記』」も参照してください。
昭和39年卒業の石川隆史さん、井上英明さんが4月30日から天売島でボランティ アガイドをやっているのを、37年卒業の小高先輩と2人で5月14日から17日に 訪れました。
 当初は近辻さんも同行の予定でしたが急用が生じ、2人だけになりま した。
14日は東京から一日では天売島まで行かれないため、時間の有効活用にと新千歳空 港でレンタカーを借りてウトナイ湖サンクチュアリーと北大演習林を訪問。 何と演 習林の駐車場の最も人通りの激しい場所にある大木にクマゲラが巣作りをしていまし た。 その日は午後から羽幌に移動。 
翌朝のフェリーで天売島に渡る予定が、晴天にもかかわらず風が強く波が高いために 欠航となり終日羽幌に足止め。 宿の主人が気の毒がって近くの自然公園に連れて 行ってくれましたが収穫なし。
16日の朝にやっと天売島に入ることが出来、迎えに来てくれた2人との4人で港か ら直ちに探鳥開始。 結局24時間の滞在でマミジロキビタキ♂やマミチャジナイ、 航路でのシロエリオオハム夏羽などの珍しい鳥を見たほか、夕方海から島へ戻って来 るウトウの大群、島中でさえずっているノゴマなど満足の行く鳥見が出来ました。
ところが、我々の到着2日前にヤツガシラが一日だけ来たというのは聞いておりまし たが、帰りの船が羽幌港に着く前にタニシから携帯に電話があり、何と、ヤマショウ ビンが出て、写真もバッチリとの事。
 さらに、帰宅して2日後の夜には、その日、コウライウグイスとチョウセンメジロが出て、今2人で祝杯を上げているところだとの事、少々悔しい思いをさせられました。
 いずれにせよ、この時期の日本海の島には渡りの途中の珍鳥がいろいろ出るようですので、機会があれば又いつか訪れてみた いと思っております。

「原寸大写真図鑑 羽」出版記念パーティー

平成16年3月13日、文一総合出版の「原寸大写真図鑑 羽」(高田勝。叶内拓也著)の出版記念パーティーがあり、200人近いと思われる出席者がある盛会でした。
同好会関係者の出席は6名程度でしたが、図鑑などについて「マサル近況」頁に掲載しました。
Washi

「朱鷺シンポジウム」と「近辻宏帰さんを囲む会」

今年の3月で、佐渡トキ保護センター長を定年退官された、近辻さんの出席されるシンポジウムが9月23日に、有楽町・朝日ホールで開かれました。

そのシンポジウムのあとに、生物同好会のOB仲間達で、近辻さんを囲む会を開きました(銀座ライオン・松坂屋別館店)

「朱鷺シンポジウム」の概要:

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平成15年度山階芳麿賞授賞式・受賞記念講演と
 記念シンポジウム「未来にはばたけNipponia nippon朱鷺」
開催日時: 平成15年9月23日(祝)13:30〜16:50 
会 場: 有楽町朝日ホール(有楽町マリオン11F)
第12回山階芳麿賞受賞者は、鳥類の繁殖生理にかかわるホルモンを長年研究され、トキの復活にも尽力された石居進・早稲田大学名誉教授。
また、朱鷺の保護に尽力された功労者として近辻宏帰さんが、佐藤春雄氏らとともに、感謝状を授与されました。
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「近辻さんを囲む会」

日 時: 平成15年9月23日18:00〜20:30
会 場: 銀座ライオン・松坂屋別館店
(囲む会・参加者:40名)
35年卒:神保エミ子
37年卒:小高祥宏
38年卒:上野尚博
39年卒:追川 滋,井上英明
40年卒:近辻宏帰,遠藤建治,渡辺尚代
41年卒:川島 武
42年卒:竹川昭三,奥村安隆,高野凱夫
    赤石智子,羽金勝子,小林佐智子
43年卒:冨山 稔
44年卒:酒井正敏,酒井直子,北川淑子
    谷口高司,高橋隆一,斎藤孝男
    阿部 修,岡田紘一
45年卒:末谷勝則,志賀瑞枝
46年卒:上野晶博,石川敏男,大野克美
    四宮明雄,傳 順一
47年卒:大熊裕子
50年卒:日比 彰,真柳 元,宮崎大志郎,
    浅井明登,玉川和彦
51年卒:藤原郁久,後藤裕子
61年卒:井上祐治

(写真説明)
右上:近辻さんたち40年卒の挨拶。
右 :酒井夫妻たち44年卒の挨拶。
下 :参加者全員で記念撮影
以下は、この会に寄せられた祝電(Mail&FAX)2通です。

近辻宏帰様
「囲む会」のご盛会をお祝い申し上げます。
また長年にわたるお勤め、ほんとうにお疲れ様でした。
壮大にして苦難のプロジェクトXに、心からの拍手を送ります。
日本酒も、刺身もない国から、大いなるやっかみをこめて…。
 石川たにし(ネパール・カトマンズより、9/18)

追伸:
9月20日にはチベットのラサ経由でカイラス山に行ってしまいます。
カトマンズに戻るのは10月10日の予定です。
皆さんが盛り上がっている時に、日本酒も刺身もない国に1ヶ月
もいるのは断腸の思いです。
ぜひもう一度機会を作ってもらいたいものです。

  (HP管理者注:カトマンズからのメールはローマ字で来ました)

近辻兄ぃ、ご出所おめでとうさんで。
思えば、佐渡へ島送りの兄ぃに上野駅で手を振って、早や三十数年。
長い間のおつとめ、ご苦労さんでござんした。
今宵ご参集のアニさん、アネさん方、どうぞ兄ぃに
シャバの空気をたっぷり味わわせてやっておくんなさい。
番外地の塀の中から、お頼んの申します。
    無期服役中の高田勝より 9/19

追伸:
今年はヒグマの当り年で、現在根室市内に3頭。
うち1頭が我が家の周りをうろついています。
警察や役所が来て、「気をつけて下さい」と言うんだけど、
どう気をつければいいのやら。
コクワやヤマブドウやキノコはあきらめるにしても、
裏の草原のバンディングはそろそろ始めなきゃいけないというのに、
災難ですワ。
ところで、先ほどギダさん(*)から、電話が釧路からあり、
泊まりに来るとのこと。
ヒグマのことは言わないで承諾しました。蛾の夜間採集に出掛
けるときに「気をつけて下さい」と言ってあげるつもりです。

  (HP管理者注a:バンディング=渡り鳥調査の脚輪付け)
  (HP管理者注b:*ギダさん=柳田慶浩氏:41卒)

近辻さんの講演会は7月にも、冨山稔君の新和ツーリスト主催で行われました。
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講師:近辻宏帰さん(前佐渡トキ保護センター長)
題目:「トキの過去・現在・未来」
   佐渡でのトキ保護に当初から中心になってかかわってきた近辻さんに、トキという鳥について、その生態や日本での推移、保護の歴史と現状、佐渡トキ保護センターの役割や、トキ保護にかかわった半生でのエピソードなどを、堅い話にかたよらずお話しいただきます。(スライド・ビデオあり)
日時:2003年7月5日(土)、午後4時半から2時間ほど
場所:「退職金機構ホール」(東京都港区芝公園1-7-6 退職金機構ビル8階)

高野は当日別の講演会を頼まれていて出席できなかったのですが、奥村君から下記のようなメールを頂きました。
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近辻さんの講演会報告です。
近辻さんとは3年ぶり?同好会の50周年記念会の集まり以来でした。
トキについての興味深い生態の話、エピソードなど満足の2時間でした。
大変な苦労の連続だったと思うのに優和な表情で淡々と楽しく語られる姿に、 さすが一つの道の達人と深い感銘を覚えた次第です。
近辻さんの声を聞きながら佐渡のスライドを見ていると10年前の旅行会に タイムスリップしたようでした。 奥村安隆 Sun, 6 Jul 2003

柳義子さんからの便り

柳義子さんより、同期の女性方に出したというメールのコピーを頂きました。
彼女の勤めている埼玉の福祉精神障害者施設「やどかりの里」で2003年8月30日に浦和で、

  「夏の響き」inさいたま(歌と話で紡ぐ被爆詩人 橋詰文の世界)

を開催するという案内です。

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あまり遠くに住んでいない同期の女性の皆様へ

私の勤めている埼玉の地域精神保健福祉精神障害者総合施設「やどかりの里」 で,3年間温めてきた次の計画を実行することになりました.

 「夏の響き」inさいたま
  〜歌と話で紡ぐ被爆詩人 橋詰 文の世界〜
    8月30日(土)埼玉会小ホール 浦和 4:00開場

やどかりの里では,社会福祉協議会からの依頼で,老人に対する食事の弁当作りと 宅配をして6年になります.
その利用者の老人の中に,息子さんがギター奏者の,中村雪武さんという方がいます.
かねてから,14歳で被爆した70代後半の橋詰さんと,「語りとコンサート」を やっておられるらしく,市民運動として「やどかりの里」でもやってみないかとい う誘いを受けておりました.
なかなか決心がつかず,昨年熊本でやったコンサートを職員が聞きに行って,日常 活動と並行してやるのは大変だけど,やはり今,このような時代だからこそやるべ きなのではないか,という想いをもって帰ってきました.
そこから1年の時間をかけての企画です.

橋詰さんはペンクラブの会員で体験の本も出版なさっております.
彼女の語り,ソプラノ歌手による組曲,ギターやピアノとの語り,高田敏江さんに よる朗読と言う構成です.
イラクや内戦などどこかで殺し合いをやっている状況が続いています.変な事件も 多くなってきています.
私は,「今,これをやらないと」,という気概が20代,30代の若い職員に多く驚か されました.原爆も他人事ではなくなってきているような今,生き証人のいるうち に,どういうことなのかを,聞いておきたいということなのでしょう.

新潟ですと,拉致問題,原発と,北朝鮮からいつ何が飛んでくるかという気持ちも 半分本音の話として語られます.
そんなことで,私も新潟との往復であまり関われないのですが,若い職員の心意気 だけは通じてきて,子ども,孫へと,安心して住める社会を実感として感じられる 人として,同期の女性の方にメールを送る次第です.

私の署名にあるアドレスでインターネットで開いてくださると,やどかりの里のホー ムページがあります.
「講演,イベント,学習会情報」というところをクリックしてくださると,コンサートの説明がでてきます.
「ご案内ちらし」PDF形式 というところをクリックすると,ちらしがでてきます. 2000円は,ほとんど,歌手の方と楽器,会館使用料で,橋詰さんは交通費のみです.
700名を考えています.

こういうことは好き嫌いがあって,私の友人でも広島へは行ったが,記念館はあえ て行かなかったという方もいます.
本を読んでも,やはり尋常の世界ではありません.
無理にお勧めすることもできないので,もし,お時間と,無理なく関心が向くよう でしたら,どうぞいらしてください.

ちらしにあるところに電話しますと,切符をお送りし同封の振込用紙で代金を払っ ていただくという方法です

実際にはこれからの日本を考えてくださる若い方にも来ていただきたいという気持 ちです.
8月30日というと,夏もおわりで,色々計画もおありと思いますが,お知り合いの方にでも,情報を流してくださるだけでも嬉しいです.
もし,チケットを申し込む時は「柳からの紹介」と一言添えてください.

なお,このメールアドレスは,私しか開きません.何か連絡があったらどうぞメールを入れてください.
では,またいつかお会いできる時を楽しみに,お元気でお過ごしください.
  2003.7.20 柳 義子  新潟にて
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やどかり塾  柳  義子 email:jyuku@yadokarinosato.org
             http://www.yadokarinosato.org
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根室の高田勝君からのロタ旅行に関する便り(2003.7.14.受領)

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たびたびの手紙ありがとう。ずいぶんと筆マメ(キーボードマメって言うのかな)になったね。
ロタは楽しそうでよござんした。
驚いたのは竹川のビデオに写ってた緑閃光(GreenFlash)
極めてまれな現象で、おもに極地で見られるというんで、これまで南極でも北極でも朝日・夕日を目を皿のようにして見つめてきたけど、カスリもしなかったのが、まさかロタで発生しようとは・・・!
家でも可能性ありってことか。
ところでこっちは例年になくオホーツク海高気圧の勢力が強く、霧がやたらにかかって太陽なんてどんなものだか忘れそう。緑閃光どころじゃないやね。
おかげで気温も低く、6月以来最高気温が20度に達したのはあずか1日だけ。ここ4〜5日は13〜15度で、夜はストーブの世話になってます。
11月発刊予定の羽図鑑が追いこみにかかっているというのに風をひいちまうし、さんざんですわ。
閑話休題
先輩情報を2つ。
石川タニシさんは退職し、この5月から6月にかけて天売島の海鳥観察センターでボランティア・ガイドをしていたようです。島からいきなり電話があって驚きました。
井上エッチさんは、6月一杯で札幌の日糧パン社長を辞し、いよいよ天下御免の素浪人のようです。まだ今後のことは決めていないけど、とりあえず奥さんと2人で車で1ケ月くらいっけて道内を一周するとのこと。8月初めには我が家にもお成りだそうです。
(後略)

[上の文を読んだタニシさんからの便り:030804受領]

高田勝氏のタニシから電話があった件、読みました。
その日は天売島で寺沢さんと一杯やっておりました。
寺沢さんは札幌から帰ってきた所で、札幌で高田さんと飲んできたという話でした。
「高田さんには親しく付き合ってもらっているけれど、最初の頃は経験も実績も豊富な 大先輩でもあり気軽に近づける存在ではなかった」というようなことを言っておられ ました。
「なあにマサルは私の後輩で、よく面倒みたもんですよ。私がいなかったら彼は卒業 できたかどうか……
酒の飲み方だって、鳥だって……」と私が言ったかどうかは忘れてしまいましたが、要は彼とは仲間ですということで盛り上がりました。
それでマサル氏に電話をしたという訳です。

天売島から帰りました(2003.7.)

今年も天売島にガイドのボランティアで行っていた石川隆史さんからの便りです。
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7月7日に予定どおり無事帰ってきました。
今年は島に到着した翌日に、大変なものを見てしまいました。
シロハラクイナ…
これには驚きました。北海道初記録ではないかと思っています。
「とびっきり野鳥講座」というツアーの案内をしている時でしたので、後日ニュース を聞きつけた人たちがやって来ましたが残念ながらもう見られませんでした。
神奈川支部の4人のパーティを案内した事もありました。
いずれ報告をまとめたいと思っておりますがその時はまたよろしくお願いいたしま す。
石川たにし
詳しくはOB近況の、「タニシのレンジャー奮島記」へ。

2002年の話題

ネパールからの便り

石川隆史さんより、(2002.10.18 & 22受領)
高野殿。タカの渡りをネパールで読ませてもらっています。
9月に東京支部で叶内拓哉氏のタカの識別講座を聴きましたが、 すっかり忘れてしまいました。
今、友人の経営するサイバーカフェから発信しています。
9月29日に到着したときには、雨期開けの空を見上げると、かなり多くの アマツバメの群れが見られましたが、今はすっかり見えなくなりました。
現在パタンで日本語学校を手伝っており、鳥を見る機会はありませんが こちらでは双眼鏡をもってうろうろしていると、軍に咎められるかも しれないとのことです。
カトマンズとパタンが行動の中心ですが、時々は近郊の村にもでかけます。
今稲刈りのシーズンで、日本の農村風景をほうふつさせる風景が見られます。
11月いっぱいこちらにいる予定です。

神保 一義 先輩急逝

上野尚博先輩から下記のような連絡を頂きました。
謹んでご冥福をお祈り致します。

突然ですが大変悲しいお知らせを致します。
神保一義先輩が2002年7月24日朝、心臓発作で急逝されました。
つい先日の古いOB会にお元気に参加されていた事を思うと信じられない思いが致します。
ご葬儀は以下の通り行われました。
喪主:神保エミ子様、お通夜:7月26日(金)、告別式:7月27日(土) 
場所:桃源院(日野市旭が丘)
なお、「早稲田大学生物同好会OB有志一同」にて生花をお出ししましたので ご承認願います。
上野尚博

天売島から帰りました

2002.7.6.   石川たにし
(受領: Sat, 6 Jul 2002)

5月30日にでかけ、天売島で現地ガイドを務めて昨日帰って来ました。
JTBその他のツアーのオプションで、早朝バードウォッチング、ネイチャーウォーク、 海鳥観察等の案内をしていました。バードウォッチングではノゴマ、ベニマシコ、ア リスイ、エゾセンニュウ、ブッポウソウ、コヨシキリなどが見られます。
6月後半には一斉に雛が巣立ち、とても賑やかになりました。
でも、何といってもお客さんが最高に興奮するのは、ウトウの観察です。
夜7時過ぎ、日没とあい前後してウトウの大群が海から続々と帰ってきます。
その数なんと60万羽。海から沸いて出るように次から次から空を覆って飛来しま す。
われわれが立っている足元には、無数の巣穴があいています。中には雛が1羽、餌を 待っているはず。
魚をくわえたウトウは不器用にばたばた羽ばたきながら着地すると、巣穴に駆け込み ます。
しかし巣穴の周りには魚を横取りしようとウミネコが待っています。
以下は「タニシのレンジャー奮島記」

ロタ島へ行ってきました

  2002(平成14)年6月23日  高野 凱夫

6月10日から15日まで、おつきあいで阪急交通社主催の「高田勝さんと行 くロタ島」というツアーに参加してきました。
実は阪急交通社の担当者に、昨年根室でマサルを紹介したのがきっかけで、 今回のツアーが催行されたため、ちょっと責任も感じて参加したのでした。
彼と一緒に海外へ旅をするのは、野鳥の会の海外探鳥会でスリランカに行 って以来で、なんと14年ぶりで2度目のことでした。
サイパン島とグアム島の間にあるロタ島はアカオネッタイチョウ、シラオ ネッタイチョウ、シロアジサシなどの南方系の海鳥が間近で観察できるこ とから、バーダー達の間で近年注目されているところです。
私の「OB近況」ホームページにも、マサルが2年前に根室の人たちと行ったときの話が出ています。
BR> 今回は、もちろん鳥もたっぷり見ることができたのですが、6月11日にサイ パンの南のテニアン島沖に船で出ての金環食観察というオマケもつき、更 に幸運なことにグアムクイナという野生では既に絶滅したクイナを、米国 で繁殖させたものを野生に返すためロタ島で放鳥する場にも立ち会うこと ができました。
これらの写真は、私の「フォトギャラリー」ホームページに載せてあります。

暑さも32〜33度どまりで、風が常に吹いていたこともあって、夏の盛りの 東京よりはよほどしのぎやすく、スコールもまともには一度も遭遇しませ んでした。

山岳民宿・溪雲荘の井上祐治君からの転居通知

(旅行会でも訪れた早池峰山麓の井上君が転居したそうです)

突然ですが、2002年6月より岩手県を離れ、山形県に居を移しました。
山形・秋田の県境にそびえる鳥海山。その麓にあります、環境省・猛禽類保護センタ ーに「アクティングレンジャー」という名目で勤務することになったためです。
6月5日に簡単な引越しを済ませて当地に着任し、12日には環境省と実際の雇用主 である(財)自然環境研究センターにて事務手続きを済ませて、実質山形での活動を スタートします。正式な採用・雇用の通知が5月末になったことや、その後の移転の ドタバタなどのためご連絡が事後になってしまったこと、誠に申し訳なく思っておりま す。
任期は3年ということで、その間岩手の住居は家主不在ということになりますが、以 下の要項で溪雲荘は存続させる考えで動いておりますので、ご理解のほどお願い申し 上げます。

****山岳民宿・溪雲荘の今後について****
○クラブハウス溪雲荘として、会員制の自炊宿として存続する
○別紙要項にて、新たに会員を募る
○維持管理は、タイマグラ地区住民の協力の下に行われる。
○溪雲荘のHPは閉鎖(済)

<宿泊方法>
宿泊希望者はFAXにて、宿泊日・会員の住所・氏名・電話番号(FAX番号)・人数 を明記の上、予約する。
予約・宿泊調整は、隣人である澄川家が行います。
FAX 0193-78-2223 (溪雲荘FAX専用ダイヤル)

【新勤務先】
環境省・猛禽類保護センター
 〒999-8207 山形県飽海郡八幡町草津湯の台
   TEL 0234-64-4381 FAX 0234-64-4383
 「猛禽類保護センター」のホームページへ

なお、私のE-MAILアドレスは変わりません。

福地さんからの近況報告

  2002(平成14)年2月4日
トキひかりというお米のことです。
去年の夏休みに新宿の安田生命ビルでシンポジュームがあり、友達と参加して 来ました。近辻さんはパネラーとして舞台に上がり、他に新穂村から村長さん と農家の方々もいらっしゃいました。今トキは何羽いると思いますか。
近辻さんたちが繁殖を手がけて18羽(七月末現在)になり、このままいけば、 2006年には100羽になるだろうということです。
そこで「トキを大空へ」放ちたいということになり、それには、トキが舞い降 りられるような田圃が必要ですね。
そこで、トンボやメダカが好む自然耕による米作りを始めようということにな ったようです。
去年の初夏に田植えをし、秋に収穫した初めての米が、トキひかりという米な のです。たかが米と言わず、その米を都会に住む我々が食べることによって、 新穂村の農家の方々が、自然耕による米作りにますます意欲的になり、農地を 広げていくようになったら、トキを大空へ放つという夢の実現に近づくのでは ないでしょうか。

こうして私は、トキの田んぼオーナーになりました。 トキひかりは、とても美味しいですよ。粒が大きくて、甘い味がします。 あと、今年の6月か7月頃にNHKで米作りのことが放映されるようです。 ぜひ、見てください。

(HPの管理人より)

「トキひかり」に関して詳しくは  「自然耕の米・佐渡のトキひかり」を参照して下さい。
保護センターのトキの現状は、朱鷺保護センター(新潟県佐渡)のページへ

また、こうした試みはトキ以外でも行われています。
 「オオヒシクイ米:茨城県江戸崎町」
 「加賀の鴨米ともえ:石川県加賀市・片野鴨池(コシヒカリ)」


2001年以前の話題

和田毅君の墓参

早いもので、和田毅君が亡くなってからもう6年。そこで9月8日の7回忌を前に、和田君と幼なじみの奥村君の呼びかけで9月1日に7人で、栃木県佐野市にある彼の墓参りをしました。
当日は上天気で、回りの山々もすっきりと晴れ、夏の間は周辺の畑から彼が好きだった蝶達も訪れるであろう所で、和田君が眠るにふさわしい場所に思えました。
いつもの年は奥村君が一人で訪れて、墓前で酒を酌み交わす?そうですが、今回は近くの店で、皆で佐野名物のラーメンを食べながらビールを酌み交わしました。
和田君の墓の前で

柳義子さんからのメール(2001.10.12付け)より

---精神障害者が生活していくための地域支援活動を行う「社団法人・やどかりの里」で「やどかり塾」の運営に当たっている柳さん(yadokari-jyuku@nifty.com)からの便りです。
丁度1ヶ月になりましたが、9月11日、私はアメリカ西海岸の上空にいました。ケネディ空港で乗り換えて、トロントに職場のスタッフとメンバー(精神障害当事者・・今はこう呼びます)で研修に向かう最中でした。
突然、ハイジャック発生で、空港閉鎖なので、アンカレッジに行きますということで、2日足止め。ようやく開いているところを見つけてロスに行きそこからシンシナティという空港を経由してトロントに着いたのはなんと16日未明でした。15時間で行くところを5日かかりました。
戦争体験の無い私ですが、本気で第3次世界大戦を考えました。不安をやわらげるの はやはり正確な情報で、トロントの方が「日程を延ばして研修をしないか」といわれ たことが、かえって安心感につながりました。ニューヨークと背中あわせに済んでいる現地の人が延期を言うのだから、アメリカのニュース情報とは違った分析があるんだろうということになったのです。TVの情報分析も自分の感覚と乏しくても自分の知識で判断しないといけないんだ、と日ごろの生き方をふりかえらざるを得ませんでした。
余り嬉しい体験ではありませんが、珍しい体験に遭遇したといえます。ようやく1ヶ 月たち押せ押せの仕事も元の状態に戻り、こうしてメールを書いています。(後略)

谷口高司君の原画展

2年後輩の谷口高司君が、鳥のイラスト作成の事務所「フィールドアート」を立ち上げてから10周年になるのを記念して、原画展を開きます。
 谷口高司野鳥原画展〜善福寺から世界へ〜
 身近なスズメから熱帯のサイチョウまでさまざまな野鳥の表情をお楽しみ下さい。
 開催:2001年10月16日(火)から21日(日)
 会場:杉並区立杉並会館3回展示室(入場無料)
 問い合わせは:(有)フィールドアート TEL,FAX:03-3397-7389

加藤博君のHPの掲示板

脳梗塞で倒れたもののリハビリに努力した結果、無事職場復帰できた1年後輩の加藤博君が、自分のホームページ「いぶき爽太郎の“お父さんと脳梗塞仲間"」に掲示板を8月に立ち上げたところ、連日のように同じ病で苦しむ人たちからの書込が続いています。

高田マサル君の近況

*平成13年から14年4月頃まで、「世界の秘境」シリーズのビデオ収録のため、世界中をプロデューサー役で回っていて、ヨレヨレ状態のようです。
*平成12年11月4日に同好会の50周年記念行事の一環として大隈ガーデンハウスで近辻宏帰、高田勝両氏の対談が行われました。

*根室の高田君から白神山地への旅行不参加の連絡にかこつけて、以下のような近況を伝えてきました。(H12年5月)
同期の旅行案内ありがとう。残念ながら、客がまだウロウロしている時期なので参加できません。11月には同好会の50周年記念行事とかに駆り出されそうで、その折りにはお会いできそうです。なんでも、近さんと対談とか・・・知りませんぜ。
ところで、今月(H12年5月)の15〜19日まで、4泊5日の日程でロタ島に行ってきました。グアムとサイパンの中間にある島です。一度でいいから海外に行ってみたいという根室の連中のたっての願いで、新千歳空港発着可能な行く先から、全員一致で熱帯を選びました。
本当は、週末を含む3泊4日の予定だったのですが、呆れた事に夏までずっと満席ということで、月曜発の4泊5日のツアーなら空きがあるとのこと。しかし、まさか月曜発では誰も参加できないだろうと思っていたら、自営業ばかりの強みで、10名御一行様の成立という次第。今回は、こちらもちゃんと参加費を払って皆と対等の立場でしたが、やはり添乗員役はしっかりやらせられましたよ。
-----------全文を読む根気がある人はここを(「高田勝君の手紙」のページ)クリック。

北国からの便り:鈴木 俊

ミズバショウ、シラネアオイ、リンゴなどの花の写真(2000.6.15.)
キタカブリの写真、オサムシのDNA解析(2000.3.16.)
春の花が一斉に咲き乱れ、「これが北国の春だ!」を実感。(99.5.15)
「津軽地吹雪体験ツアー」に参加したのでその話を少々(99.2.16)
キタアカシジミ, ウラジロミドリ, ウラミスジ, キタカブリ などの話(98.12.17)
など、初めての春を弘前で迎えた鈴木俊君からの便りは、

北国からの便り(鈴木俊)のページ


浜田 義治 君の近況

富士産業kkの社長として1999年2月22日から出向している浜田君からの便り。
「自然ビタミンの補給」 2000/ 3/ 8
会社の業務は予想通りの過激さで慢性疲労気味ですが、それだけ逆に、「自然ビタミンの補給」を体が要求するようです。
八ヶ岳日帰りと言う事もままならず、丹沢、三浦半島、富士山麓あたりの近場に半日のドライブをすることがよくあります。
先月、小雪の舞う丹沢の大山山麓に車で入り込んだところ、遠くにムクドリの様な4−50羽の群れがいるのを見つけました。付近は、稲を刈り取った後の乾いた水田と休耕畑が広がる緩やかな山里で、野鳥が大変に多いのには驚きましたが、カシラダカ・アオジ・ホオジロ・ハクセキレイ・カワラヒワ・ツグミ・オナガ・エナガ・シジュウカラなどがあちこちに餌を捜していました。
そのムクドリの群れとおぼしき鳥のいる畑に車でソロソロと近ずいて行くと、ナント、それはイカルの群れで盛んに畑の脇の斜面で餌をついばんでいました。双眼鏡を持って車の外に出るとパッと逃げてしまうのですが、車で静かに近付いて行くと全く気にもせず餌を取っているので、開放した車の窓から僅か2−3メートル足らずの距離で4−50羽のイカルの群れを真近に見る事が出来ました。
こんな事は初めての経験で何か貴重な発見をしたような気になりましたが、イカルがこんなにシックで奇麗な鳥であるとは思いませんでした。群れの中には一羽だけシメらしき鳥も混じっていましたが、群れが去ってからイカルの餌は何だろうかと斜面に行ってみると、それは倒れ伏したジュズの堅い実でした。黄色の太いくちばしを盛んに動かしていたのはその堅い実を懸命に割っていたからだった様です。
ある日、女房が自分の母親にその話をしたところ、俳句をやる義母は俳句の歳時記にはイカルの事を「マメコロガシ」と言うと出ていると言っていたそうです。成る程のネーミングだなと感心しました。
その後しばらくたってから、うらうらと暖かい春の陽射しの日曜日があったので、再び同じ山麓に行ってみると、イカルの群れは半分ほどになっていましたが、桜の木にとまってキーコキーと独特な声でさえずっていました。 最近は近くでも自然ビタミンの補給は出来るなと女房と話をしています。 では。
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(上記のイカルを見た場所について)
簡単に言うと、鎌倉鶴岡八幡宮の大銀杏の下で公暁に殺された源実朝の首塚のある一帯です。
車で行く場合、東名の秦野インターを出て大山ヤビツ峠方面に走ると、大鳥居に着く前の左側にスーパーのam・pmがあり、そこを左折して中学校も過ぎ、暫らく行くと左側に首塚の表示が出てきます。その細道を左に入っていくと、広々とした斜面の畑になっています。秦野からは蓑毛かヤビツ行きのバスが出ているので、スーパー横のバス停で下り、歩いていけば10分か15分ぐらいだと思います。
'99/ 1/ 7 14:50 :浜田君のメール
シンガポールを離任する直前の貴兄へのメッセージでは、日本での今後の仕事は我社の 合成樹脂グループ全体の総合改革案にストレスの多い仕事をする事になる、とお伝えしましたが、今般、帰国後一年余りの作業を経て全体的な骨格が出来上がりましたので、その内の一つである我社合成樹脂グループ傘下の大手商社に責任者として来月には転出する事になりました。
現在の厳しい環境下では、相当の難事業である事は間違いの無い事ですので、第一線級の人間を2−3人連れて行き、国内取引の再生と海外取引の拡大作業に注力する事になります。 出向先の本社は都内京橋にあり、仙台、名古屋、大阪、岡山、広島、高松、福岡に支店のある、年商400億、従業員130名、創業50年の業界中堅商社です。
相当の激務になる事は覚悟していますが、その分逆に八ヶ岳には大いに行く事になるで あろうと思っています。
業界の専門商社としては長い歴史を持つ内容のある先ですが、何処に行っても現在の業界状況では出るも残るも大変です。
今迄は子会社が親会社を支える全体的なシナリオを内部で描いてきましたが、現場を離れた参謀役のような立場は、隔靴掻痒の感があり、実際の体験を基に仕事をしてきた自分としては、描いた絵を人に押し付けるだけでは本当の絵は描けないと考えましたので、アセアンへの転出を決心した時のように、商売の現場での構造改革と再生の為に複数の部下を選出して転出を決心しました。
5年前までならこの社長業には一定のイメージがありましたが、これからは最前線の部隊長というイメージで戦わねばならぬ訳で、相当に心して行かねばと思っています。

宇佐川さんの近況

・41年卒の同期会が2月28日に高島平の宇佐川宅で開かれました。
参加者は、小林、村井、中村、水越、佐藤、川島、宇佐川夫妻
それに高野と加藤博でした。
以下はそれ以前の宇佐川さんの近況などに関するメールです。

中村さんのメール:1998.7.3.付け

338番目に貴方のホームページ見させて頂きました。 羨ましいですね。
とことこ外国へ出かけて野鳥観察、そしてホームページ作成と熟年パワーですか?
こちらはもっぱらご近所での探鳥会、ゴルフでのスコアーが最悪の時は、バードウオツチングとかね。孫でも出来たらまたウオツチング始めましょうか。当分無理。
7月11日午後5時より高田牧舎にて41年卒の集い開催します。お時間が有りましたらぶらっと如何ですか。村井以下9名参加です。ではまた。暑い夏になります。ご自愛くださ い。

上記に関して加藤博君からのメール:1998.7.26付け

OB関係の動きがありましたので、ご存知かも知れませんがご一報します。
私の2年先輩の宇佐川さんが去年の1月超多忙な時期に、私と同じような脳血管疾患で倒れてしまい、現在でも右半身が不自由で車椅子生活を余儀なくされております。
中村さんから私にメールが入り知ったのですが、同時に宇佐川さんの件で同期会へのお誘いも受け、行ってまいりました。
高田牧舎に集まった懐かしいメンバーは、中村、村井、水越、柳田、岸田、佐藤、山内、助川の各氏という顔ぶれ。
その足で皆さんとともに高島平の宇佐川さん宅に訪問してきました。
お元気でしたが口の方も聞き取りにくい部分が少しある位でよく頑張っていると感銘しました。
中村さんの音頭で同期の仲間がウインドウズ98のパソコンを宇佐川さんに送って メールの交換が出来るようにと決まったようです。
小生のホームページも同じ病気の仲間として見てもらえることになります。
小生もメール等のパソコンについて及ばずながら協力させていただきます。

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* 我々の2年後輩の谷口高司君のイラストによる野鳥の会の鳥の図鑑が模様替えして新版が出版されました。「新・山野の鳥」と「新・水辺の鳥」の2分冊で、各524円(税別)です。尚、前版はなんと100万部も売れたそうです。



* 我々の1年後輩の加藤博君(元鳥獣班長)は、97年3月に地下鉄の中で脳梗塞 で倒れ、1ケ月あまりの入院後リハビリにつとめ、少しずつ現役復帰しつつあ ります。現在この経験をもとにホームページ「息吹爽太郎の"お父さんと脳梗塞 仲間"」の開設進行中。

加藤博君の作成進行中のホームページから

不覚にも52才の春に脳梗塞で倒れてしまった。
40代、50代の働き盛りのお父さん方に倒れて欲しくないために体験者
としての情報提供と、残念ながら倒れてしまったお父さん方と,主に後遺症
について情報交換をしたいと考え、ホームページ創りに挑戦します。応援し
て下さい。
「各々方、御油断召されるな!」
震える左手でキーボードを打っています。
只今、工事中。しばらくお待ち下さい。

浜田君からの電子メール

=== <596> inbox, 97/ 7/ 6 02:49 mcsinbr@mcsin.com.sgから
標題: MY RETURN TO JAPAN
宛先: XC9T-TKN@asahi-net.or.jp
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I WILL BE BACK IN JAPAN ON 10TH AUGUST '97 BY NORTH WEST AIRLINE ARRIVING
AT NARITA IN THE AFTERNOON.
I HAVE BEEN ENJOYING TO READ YOUR HOME-PAGE SINCE THIS YEAR EVEN I STAY
AWAY FROM JAPAN.
THIS JULY IS THE BUSIEST MONTH DUE TO MY TRANSITTION PERIOD TO MY
SUCCESSOR IN ORDER TO VISIT ASEAN AND ITS NEIBOURING COUNTRIES.
TONIGHT,I WILL FLY TO INDIA TO VISIT BOMBAY,NEW DEHLI,MADRAS AND THEN
MANILA,BANKOK,YANGON,HANOI,HOCHIMINH,SURABAYA,JAKARUTA,KUALA-LUMPURE.

LOOKING FORWARD TO SEE YOU SOON IN JAPAN.

Y.HAMADA IN SINGAPORE
6TH JULY '97


高田勝君よりの葉書(97年5月16日受領、高野宛て絵葉書より)

5/4より約40日の予定で、NHK「生きもの地球紀行」取材のアドバイザーとして、フィンランドのオウルに滞在しています。農民と鳥との関係がテーマで、企画立案者の立場での参加です。
3月初めから沖縄方面、コスタリカと続き、これまで自宅にいたのは一週間だけ。フィンランドから戻ると、下手すると中一週間でカナダのバフィン島に送られるかもしれません。好きな道とはいえ、たまりませんぜ。
こちらは近来にない寒い春とかで、畑には雪が残り、川も凍っています。
それでも、クロライチョウ、ダイシャク、エリマキシギ、タゲリなどはディスプレイの真っ最中です。白夜の始まりとて、朝4:00起きで、ホテルに戻るのが21:30。それからメシですワ。それではまた。


浜田義治君からの便り(97年4月26日高野宛てFAXより)

いよいよバトンタッチの時が来るようで、多分今年の8月末迄には帰国の予定です。今度の仕事は、本部の中で国内や海外の会社群の建て直しの様な仕事ですから、少々ストレスフルな仕事になりそうで、逆にその分これ迄以上の時間を作って山に出かける様になるという予感があります。
ここに赴任した5年前は、日本人が2人だけの小さな化学品部隊でしたが、今や世界の海外網の中で、最大の化学品部隊に育てることが出来たことは、何とも言われぬ充実感があります。反面去るに当たっては中々言葉に出来ぬ寂しさがあって、複雑な思いをしています。

カモール氏歓迎会(97年2月28日)

バンコク在住でタイの鳥の図鑑のイラスト等を描いているカモール氏夫妻がバードウォッチングのため来日された。井上英明氏(39年卒)や真柳君(50年卒)がバンコク滞在中に、また新和ツーリストの富山・日比両君や上野尚博氏・大塚豊君(48年卒)等がタイ訪問時に、彼にバードウォッチングの案内をしてもらったとのこと。
今回の来日を機に、井上氏の音頭で、三菱商事の八丁堀のクラブに於いて同好会OBで歓迎会を開催。 井上、石川隆志、高野、富山、谷口高司、大塚が出席した。カモール、谷口の両氏は、互いに自分の描いた図鑑にその場で鳥のイラストを描いて交換していた。
そのあと、カモール夫妻等は上野尚博氏とともに、釧路航路のフェリーにて根室の風露荘に向かった。