弘前在住の鈴木俊君からの北国便り |
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北国便り(11) 平成18年 2月久しぶりの便りです。青森に来て8年経とうとしている。完全に田舎っぺになって、今は東京の通勤ラッシュに唖然とする。 青森のカミキリは200種を越したところで大きな壁。 あとは偶然か幸運か執念か。そろそろ全国行脚のホームレスの旅に出よう。 そうすると北国便りは書けなくなるか。 | |
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トウホクトラカミキリ津軽半島北部の小泊村(今は中里町と合併して中泊町)の海辺から 林道をたどる。すぐにノリウツギの花を訪れているのを観察できる。 太いヤマブドウの蔓からは幼虫が採れる。 小泊は美しい海岸線と海の幸の豊富なところで、25kmくらい北上すると 竜飛崎で『津軽海峡・冬景色』を絶唱できる。 |
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ヒラヤマコブハナカミキリ日本海側の各地のイタヤカエデの樹洞を生活の場としている。5月下旬〜6月上旬、他の人たちは山菜採りに夢中になっている。 こちらでは昆虫採集は趣味として極めてマイナーで、殆ど奇人・変 人に分類される。 |
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ヤツメカミキリ西海岸の秋田県境に近い津梅川林道では渓流釣りのファンによく会う。5kmくらいで終点の、短い林道の先はガイドなしには入れない 沢登のコースで、白神特有の深いV字の渓谷はGPSが使えないと言われている。 伐採木が積んであるところではいろいろなカミキリに会える。 そこにサクラ類が混じっていればヤツメが訪れるし灯火にも来る。 |
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クビジロカミキリ西海岸には千畳敷・椿山・サンタランドなど名勝地が多い。101号線沿いの 漁港ではいろいろなおいしい魚が水揚げされる。弘前から1〜2時間。年に20回は走るかな。 クビジロはビーティングでも採れるといわれているが僕には採れない。 幼虫を採取するほうが容易であるが、トラップにもなかなか入らない 希少なカミキリである。 |
北国便り(10) 平成15年 11月津軽のカミキリは海が好き。勿論、里山にも山地にもいるが、西海岸(日本海側)の岩崎村から小泊村まで、海岸沿いに沢山のポイントがある。特に、対馬海流の影響が大きいのか、南方系のカミキリも沢山生息している。青森のカミキリに挑戦して3年目にやっと180種を記録した。この辺が第一の壁かなと思われるが、採れそうで採れない20種ほどが今冬から来年にかけての課題である。 | |
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ヨコヤマヒゲナガカミキリ青森にはブナが多い。ブナの巨木を見ると、地上30cmほどより下をじっと眺めて、直径10mmくらいの脱出孔を探す。孔があればヨコヒゲがいるかも知れない。小泊村の海辺のブナの根元、根と根の間の窪みに潜むのは♀。産卵行動だろう。♂は樹上高くを生活の場にしていて、灯火を訪れるという。 青森の夜は涼しいからか、何度もトライしたのに明かりにはこない。従って♀しか採れない。白神山地は全山ブナだらけで、どこから探していいか分からない。 |
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エゾナガヒゲカミキリ雑木林の中を歩くと、時々、樹皮が黒くてつるつるしたニガキを見つける。これが枯れていて樹皮がはがれて白くなっていると、エゾナガヒゲの幼虫が喰っている証である。これを採取して部屋に置いておくと春先に成虫が出てくる。また、灯火にも訪れる。 |
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クロトラカミキリ林業が不振で、木材の切り出しが殆ど見られなくなった。針葉樹はまだ多少は伐採しているが、広葉樹は薪にするくらいの量で、しかも伐採してもすぐに搬出してしまう。(誰かが持っていってしまうから)だから、土場が格好の採集場所というのは遠い話になってしまった。それでも、村はずれに時々、積んであるので、なくなる前に急いでカミキリを探しに行く。 |
北国便り(9) 平成13年 7月昨年から「カミキリ屋」に転向した。心残りは、オサムシでは小川原湖のマークオサムシ、蝶では竜飛崎のゴマシジミ・白神のオオゴマシジミなど。蝶を追いながらオサトラップを仕掛け、花や伐採木をサーチング・枯木をビーティングしながら写真も撮るというのは無理なので「青森のカミキリを200種集める」ことだけに専念することを宣言した。 | |
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スギカミキリ青森のカミキリは5月下旬のスギカミキリ・ヒメスギカミキリから始まる。杉の伐採木をひっくり返したり移動したりの力仕事をしないと会えない。松の材の周りにはヒメマルクビヒラタカミキリが隠れている。 |
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シナカミキリ青森市郊外(市街地から30Km)の八甲田山西麓萱野高原のシナノキの太い枯枝の上で交尾・産卵を行う。日当たりのよい午後に盛んに活動する。シナカミキリに混じってクロニセリンゴカミキリが歩いている。 |
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クリストフコトラカミキリ西目屋村の山間の土場には春から夏にかけて各種のカミキリが次々と訪れる。山菜取りの人たちが好奇の目で「何してるダ」と問いかける。「カミキリムシを採集しています」と答えると「フーン、採って何するダ」と再び質問。もう、答えられない。 |
北国便り(8):平成12年(2000)6月15日 by S.Suzuki | |
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中津軽郡岩木町の
4月29日 弘前は桜が8,9分咲き、GW満開となり、たくさんの人達が訪れて堪能する。ライトアップされた弘前城と桜の美しさは較べるものがない。 |
西海岸・西津軽郡岩崎村
前夜、手塚さんとの話が長くなり、白神倶楽部のクラブハウスに泊めてもらう。翌5月7日五能線陸奥黒崎駅前から白神岳の登山口に向かう。まだ新緑というには早いが春の花が咲き乱れている。 |
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弘前市鬼沢の
5月20日 このころ弘前と周辺の町や村はリンゴの花に埋め尽くされる。僕たちよそ者は感激するが地元の人には日常の生活の一部に過ぎない。山地にはいると、雪のため、また崩落のため通行できない林道がたくさんあって、北国の冬の厳しさを思い知らされる。イタヤカエデやハウチワカエデの花が開くのもこの頃で、ハナカミキリ達が集まってくる。
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朽ち木で冬眠中の「キタカブリ」 (西津軽郡木造町産) |
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北国たより(7)(2000.3.16.) |
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前回の報告から半年も経っていろいろな話しが時機を逸してしまった。ひとつだけ話すと…。 昨年9月18日、定点観察地点、岩木川下流の津軽大橋で、京大動物学研究室のS先生に会う。趣味が昂じて仕事になってしまったようなうらやましい方で、DNA鑑定用の活きたサンプルを捕らえるためにここまで(出張で)来られたとのこと。 去年はオサムシのDNA解析に関する動きが沢山あって、新聞にもたびたび取り上げられたし、NHKの「サイエンスアイ」でも2回放映されていた。特に「JT生命誌研究館」の「オサムシ研究グループ」という団体の成果は「種の分子時計で探るオサムシの進化」で科学映像の総理大臣賞を受賞して、ちょっとしたブームになったようだ。 JTが煙草で稼いで、イメージアップのためにこの方面に金を投じているようで、あまり好感は持てないが…。最近では、朝日新聞社の科学雑誌「サイアス2月号」にも美しいカラーで特集されていた。京大のS先生は、JTの活動を「大衆受け狙い」「仮説にこだわった勝手読みの結論」というようないい方で、かなり批判的な立場だったが、後に別ルートからこれら団体間の確執とやらを聞くことになったのだが…。 この話しは長くなるので省略させてもらう。(後輩の冨山君もこの話しに少し関わっている。)興味ある方は連絡ください。文献等提供できます。 虫が好きで今も昆虫少年である僕(達)にとって、DNAからのアプローチには違和感を覚えるし、ある種夢やロマンを覆されたと感じる人も多いと思う。ただ、趣味の域を離れてみれば、結構面白い話しだ。 北国便りになっていないようだが、これを書いているのは北国だ。 みちのく五大雪祭りの一つ「弘前城雪灯篭祭り」について社内報に名文を供したので、転載しようかなと思ったが、春の便りが報じられる時期にそぐわないので来年だな。 いつまでここで単身赴任を謳歌できるかわからないので、わが同期会はこれを危惧して、「白神山地と津軽の旅」を今年、決行することにした。今、いろいろな情報を仕入れているし、雪が消える頃からは実際に現地を歩いてみるつもり。ただ、皆さんの要望(わがまま)を全て盛り込むのは至難の技だ。 昨年の今頃岩木山麓のブナ林を散策したので、今年も出かけてみたが、3m以上の雪の壁に阻まれて取り付くのに苦労した。雪も固まっていず、カンジキなしではラッセルに疲れるばかりで、間近に来ているだろう春を感じる余裕はない。昨年より2週間くらい遅れている感じ。桜はGWがちょうどいいらしい。地元では弘前の桜は日本一だというが、一度は見る価値ありと思う。お金と暇のある方はどうぞ。 2000・3・16 まだ雪に埋もれている弘前より。 |
北国たより(6)(99・8・25) |
今年は例年にない猛暑続きで、土地の古老も「とにかぐこどしのなづは、
のれそれぬげがった。」と言っていたほど。 それでも東京から帰ると、違 うのがわかる。日向はジリジリ暑くても、ムッとするような熱気はないし、 日陰は涼しく感じる。一年の弘前の生活で、どの程度津軽弁がわかるよう になったか。単語はいくつか理解できても、津軽弁丸出しの会話は殆ど聞 き取れない。正直言って英語の方がまだわかる。今は、年配の人には道を 尋ねないことにしている。わからない道がますますわからなくなるのだ。 8月上旬は岩木山麓のミズナラ林とブナ林に通った。ここでは生き残り のゼフィルス♂と割合新鮮な♀が、最盛期よりははるかに少ないとはいえ、 叩けばたくさん飛び出す。ウスイロオナガシジミ・ジョウザンミドリシジ ミ・ウラミスジシジミのほか、アカシジミもまだ残っている。フジミドリ シジミは、梢が高すぎて、チラチラ飛ぶのを認めただけ。 ゼフィルスの ほかに、キベリタテハ・シータテハ・ミスジチョウ・ミヤマカラスアゲハ ・各種ヒョウモンチョウなども元気だ。ゼフ類は僕の部屋で、2週間ほど の間産卵を続けた。カシワ系のハヤシミドリ・ウラジロミドリ・キタアカ シジミ、ミズナラ系のアイノミドリ・ジョウザンミドリ・ウラミスジ・ウ スイロオナガの飼育に挑戦される方は、E-mailで連絡下さい。卵をお分け 致します。ただし、アイノ・ウラミスジ・キタアカは少しにしてください。 今日(8/25)は、窓を開けたまま寝ると寒いくらいで、最高気温も 27・8度に下がった。あっというまに秋がくるがその前に、ヒメオオク ワガタに会いに日本海側の岩崎村にいかねばならない。この話は次回に。 |
北国便り(5) (1999.7.30) |
弘前周辺は今、水田の緑が夏の陽光に眩しく、ノウゼンカズラが咲き始め、「ねぷた」を待つ太鼓や笛の練習の音が微かに聞こえる。8月1日から5日間「ねぷた」に沸く北の街は、一気に加速して短い夏を満喫する。 ちなみに、北国の祭りとして「ねぷた」より知名度の高い青森市の「ねぶた」は、8月2日から6日まで挙行される。「ねぷた」は坂上田村麻呂が蝦夷征伐に多くの兵士を引き連れて赴く「出陣」の祭りで、力強さの中に哀愁を秘めているのに対し、「ねぶた」は「凱旋」を祝い、ただ華やかで楽しい祭りだという。1日ずれた日程はそのことを意味しているのかもしれない。この話は多分に伝承の域を出ないもので、歴史的には別のいくつかの解釈があるらしいが、あまり掘り下げない方がいい場合もある。 7月15日は弘前へ赴任して1周年の記念日であった。去年は、青森へ行ったらまず、キタアカシジミに会いたいという一心で、生息地かもしれない車力村へ出かけ、カシワ林を手当たり次第に叩いたものだ。その経緯は「北国便り(1)」にて少し触れた。 今年は、6月中旬から毎週、時間を見つけては車力村のカシワ林の周辺を徘徊した。車力村は殆ど平らで水田地帯であるが、ゼフィルスのポイントは海辺に近い防風林に点在する。この辺りは殆ど標高差がなく、防風林の中を切り開いて畑作を行っている。砂地であり、夏場は灌漑用のスプリンクラーを回さなければならず採算性が心配になるほど手間がかかっている。 防風林は松林とカシワ林及びその混合林であり、植物相は豊富とはいえない。いわゆる里山と言われる雑木林がない。平地性ゼフィルスは別として、山地性といわれるゼフィルスが海辺に沢山いるというのは面白い。単に緯度が高いと言うだけでなく、海流の影響も大きいと聞く。 とにかく、ここで6月27日キタアカシジミの飛翔を確認した。日が高く気温も上がっており、叩くと飛び立って樹上をかなり活発に飛び、長竿でも捕らえることが出来ず、キタアカシジミであると目視確認できなかったが、あれは絶対にキタアカシジミだ。 この辺一帯のカシワ林を叩いて回ったが、2カ所だけでしか確認できなかった。午後になると叩かなくてもチラチラと飛び立ち、2〜数頭で卍ともえになって遥か上空まで舞い上がっていく沢山の群れを、指をくわえて眺めるのもいいものだと負け惜しみつつ帰路についた。 このあたりのカシワ林はウラジロミドリシジミ・ハヤシミドリシジミ・ウラミスジシジミを多産する。次の週末、同じポイントでキタアカシジミをネットにいれた。その中の2♀がダイアパレス弘前公園のリビングルームで7月18日迄の間に40個の卵を産んだのも記念すべき事項である。 ゼフィルスの他には、ウラギンヒョウモン・ウラギンスジヒョウモン・ヒョウモンチョウ・シータテハ・コムラサキ・トラフシジミ・ルリシジミ・スジボソヤマキチョウ・セセリチョウ各種などが、トラノオやヒヨドリソウに群れていたり、路上で吸水していたりで久しぶりに昆虫少年に戻ってはしゃいでしまった。 車力村の南隣、木造町の日本海沿いに広大な湖沼群があって、そのひとつに「ベンセ湿原」がある。ここは、6月上旬、ニッコウキスゲの大群落と、その中に点在するノハナショウブの群落が目を楽しませてくれる。この湿原の周囲は一面のカシワ林だったことを思い出した ので、次の週(7月25日)「ベンセ湿原」一帯を探索した。ここでキタアカシジミの生き残りの1♀をゲット。ここのゼフィルス類は車力村のポイントより遥かに棲息密度が高く、叩けば必ず何かが飛び出すというのは楽しいし、じっくり観察する余裕が出てきて写真を撮る機会も増える。 この辺の原野は1日中歩き回っても誰とも会わず、それはそれで気分いいのだが、時には何か話しかけたい人恋しい気持ちになるものだ。15分も西に歩けば海辺に出る。真夏の陽射しに照り映える七里長浜と称される長大な砂浜の海岸線にも人影はなく、何か違和感を覚えて居づらくなる。 ミズナラ及びブナを食すゼフィルスは岩木山麓で8月中旬以降トライの予定。この話は次回に。 |
北国便り(その4):鈴木 俊 7/5/1999 |
北国も、6月になると虫達は活発に動き始める。それより前、5月15日快晴。
西目屋村・白神山地のいわゆる緩衝地帯(バッファゾーン)にポイントがあるとの
微かな噂を頼りに、ヒメギフチョウにトライ。いかにもヒメギフが飛んでいそうな
雑木林の中の開けた林縁や谷戸が極端に少ない。あらゆる林道を走り回ったが蝶影
なし。食草(オクエゾサイシン・ウスバサイシン)も見付けることが出来ず、おか
げで日に焼け、快い汗を流し、健康的な一日を過ごすことが出来た。もう少し調べ
て、来年再挑戦しよう。 青森で、情報のないまま試行錯誤を繰り返していると、時間が足りないことに気 付き愕然とする。こんな事していていいのかという自問も、絶えず頭の隅にウロウ ロしている。年間計画を立て、月毎に改訂しながら一応、自分のターゲットを定め て活動しようとしているが、半分も消化できない。自然とのつきあいに効率を求め ることは、ゆとりある趣味の領域を逸脱するであろうことはわかるが、卒業して約 30年のブランクはいかにしてもリカバリできず、焦りを感じるばかりである。 (・・・・・というような事は考えないよにして今は気分のままに動いているが) 6月9日・10日に久しぶりに東京・稲城の自宅に帰ってみると、垣根に植えた ウマノスズクサにジャコウアゲハの幼虫(弱齢から終齢まで)が、ざっとかぞえて 50頭ばかり食欲を満たそうとしているのを発見してしまった。一瞬、去年の救出 作戦を思い出したのである。1996年2月に稲城に引っ越してから、庭に蝶々が訪れ 卵を産み幼虫が育ち成虫が飛び立って行けばいいなという願望が芽生え、狭い庭に いろいろ植え始めた。その一つがウマノスズクサで、前年からかなり大きな株にな って楽しみにしていたのだが・・・。去年の夏の終わり頃、弘前から帰えって見る と全ての株が丸坊主で、幼虫達は茎を噛って飢えをしのいでいる有り様。翌日、会 社をさぼって救出作戦を展開。それが自然の摂理に反するかどうかより、なんとか したいという気持ちの方が強いのは、虫好きには仕方ないことなのかもしれない。 最早、この株に見切りをつけて歩き出したのも探し出して、全ての幼虫を回収する と155頭もいた。その他、壁・垣根・立ち木などで見つけた前蛹や蛹もたくさん あって、200頭くらいいたのでは。155頭の幼虫を、多磨霊園に運び、少しず つ分けて放すのに2時間もかかり、その日の最終便で弘前に駆け戻ったのである。 なぜ多磨霊園にこの草が多いのかは謎の一つ。また、ここはホソオチョウが多産し ていたのに、その日、影も見えなかったのも不思議。・・・・・・というような経緯を思 い出したのである。よく勘定してみると62頭で、食草もまだ十分に残っているの で放っておくことにし、去年の再現は免れた。 と言うようなことを書いているうちに疲れてきたので、今日はこれで終わり。 北国便りにならなかった。ごめんなさい。次回が楽しみだ。 99・7・5 |
北国からの便り(3):鈴木 俊 5/15/1999 |
GW前頃には、レンギョウ・コブシ・モモ・タンポポ・モクレン・サクラ
その他春の花が一斉に咲き乱れ、「これが北国の春だ!」を実感。今、新緑
がまぶしくリンゴが満開。 3月初めに岩木山麓の雑木林(ミズナラ・マンサク・ブナなど)にはまだ 2mの雪が残っておりゼフィルスの卵を探すには最適の条件がそろう(普段 は手が届かない梢が手ごろな高さに・・・ そして早春の陽射し)ここでアカシジミ・アイノミドリ・エゾミドリ・ウス イロオナガ・ジョウザンミドリ・フジミドリなどの越冬卵をのんびりと探す。 それらを冷蔵庫にて越冬を継続させ、4月中旬室内に出すと3,4日で孵化し、 今、終齢幼虫が元気にミズナラを食べる。昨年の報告にあるカシワで見つけ たハヤシミドリ・ウラジロミドリもそろそろ蛹になりそうです。但し、孵化 するのは1/2位か。 |
北国からの便り(2):鈴木 俊 2/16/1999 |
今日は虫に関するお話はありません。 「津軽地吹雪体験=ツアー」に参加したのでその話を少々 地元の人は、こんなツアーは馬鹿馬鹿しくてあきれ返ってしまうので 東京からの出向者6名で秘密裡に申し込み、1/31に体験した。 「都会の人に雪国の風俗・習慣=を体験・理解してもらい、消え行く伝統と 文化を永く継承しよう」というのが、この催しの主旨である・・・と勝手に 解釈しながら 先ず五所川原駅より津軽鉄道に乗り込む。これは「ストーブ列車」として 有名で、1日に数本走らせているようだ。聞いた話では、ストーブ(石炭を シャベルで放り込むという昔の小学校の暖房を思い出させるダルマストーブ) の上でスルメを焼きながらお酒をチビリチビリやるんだそうだ。今回は何も 用意してなかったので酒抜きでワイワイ騒ぎ、時々デッキに出ては早くも吹 雪を経験したりするうちにすぐに金木駅着。ここからマイクロバスで藤枝と いう名うての地吹雪地区へ。このあたりの民家は周囲を(特に海側を)3〜 5メートルの板を立てて雪除けとしている。(これをカッチョというそうだ) ここでモンペ・角巻・藁靴・カンジキを着けて吹雪の原野に踏み込んでいく。 角巻はカシミヤ製だとかで、雪の上に放り出したら怒られました。当日は残念 ながら穏やかな天気で地吹雪は実感できず。一汗かいて戻ってみると金太郎が 待っていた。彼は優秀なバンバで、参加者を3人づつ乗せて橇を引っ張る係で ある。馬ぞりを楽しんだ後は町に戻って昼食。太宰治の育った家、今は観光の 名所になっている「斜陽館」の隣の食堂で「ジャッパ汁」(タラのあらのスー プにいろいろな野菜をぶち込んでみそ味で仕立てたもの)に舌鼓をうち本日の ツアーはおしまい。以上の費用約4000円は安いか? この日、青森県広報部より取材に来ていた。県広報2月号に掲載されるとの こと。また、五所川原の駅の裏の公民館=の駐車場が便利です(無料)。 |
北国からの便り(1):鈴木 俊 12/17/1998 |
昨日(12/16)は最高・最低気温が+8、+2だったのが今日は+1、−1という具
合に温度差が激しい。先週は日中の最高気温がマイナスの時もあって、道路がスケートリンクみたいなもので結構スリルがある。。もっとも、こんなことで騒いでいるのは僕一人で、地元の人は早くも開業したスキー場で楽しんでいる。 11月3連休:西津軽郡車力村の日本海側の防風林に柏がかなり混じっていて「キタアカシジミ」を狙ってこの雪の中、越冬卵を探しに行く。折しも記録的な寒波襲来で、耳がちぎれそうな吹雪の中、2時間の奮闘むなしくゼロ。「ハヤシミドリ」の卵が20個ほど採取できただけ。今年7月19〜20日に訪れたときは既に遅く、かなり汚損した「ハヤシミドリ」多数・「ウラジロミドリ」少々・まだきれいな「ウラミスジ」少々を目撃あるいは採集した。この辺は来年の6月に集中的にトライするつもり。 車力村へ向かう途中の木造町の農道脇の、松と落葉樹の混生林で朽ち木あるいは立ち枯れの樹木を探すと、赤紫と緑に輝く「キタカブリ」に出会うことが出来る。冬の薄日のなかで初めて、この宝石のような「キタカブリ」を見つけたときの感動は、ぼくの稚拙な文才では表現できない。日高新冠の柏林で真っ青に輝く「コルベイ」と出会ったときよりも感激したかな。樹林を半日這い回って30頭ほどみつけた。 このあたりの「アオオサ」は関東のと較べると光沢がはるかに重厚で目視ではっきり識別できるとのこと。珍品度では「マークオサムシ」を凌とか。未だ見つけていないのでこれは、この冬の課題の一つ。 「マークオサ」といえば、7月下旬から8月上旬に、岩木川下流域で40頭ほど採集したが、やはり棲息数は激減しているようだ。同じ時期、同じ場所で「アカガネオサムシ」は爆発的に発生した。半数が「テネラル」であり、いまだにタッパーにはいったままのものが沢山残っていて正直云って持て余している。「マーク」については、7/20から9/15迄の間、400個のトラップを毎週チェックした結果がこれである。 1997年10月に、河川敷をひたすら掘って1日で30頭捕まえた事があったが、今年同じ場所で半日掘ってゼロ。 というようなわけで、弘前・単身赴任の1998年が暮れようとしている。 詳しい話は個別に問い合わせしてください。また、当地に興味あれば、宿泊は僕の住居が広々としているので大丈夫、乞う連絡。 ---------------------------------------- (追伸) 「キタカブリ」は「マイマイカブリ」の東北地方北部に棲む亜種で南へ いくほど黒っぽくなているし、同じ津軽地方産でも個体差が激しい。 「コルベイ」は「アイヌキンオサ」の日高地方特に新冠近辺の丘陵地に 棲む亜種。詳しくは図鑑をご覧下さい。オサムシの場合変異が多いので、 亜種名を呼ぶことが習慣となっているようです。 「テネラル」はオサムシに限らず、羽化直後の鞘翅が固まっていない個 体のこと。これの出現はその種の発生時期とか生態の解明に重要。ただし、 標本にしにくく、たいていの人は余り好まない。 . |
鈴木俊君のメール:1998.10.2.付け |
早速ですが、10/16-18の八蝗山荘での同期会は「参加したいが、出来ない」 分身子会社「弘前航空電子」に出向中。単身赴任の特典を生かして、青森の自然とお友達になっています。 数年間は居るつもりですので(もっとも帰ってもポストがない)どんどん来て下さい。 青森県弘前市 鈴木 俊 |