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10.妖怪探偵・百目<1>−朱塗の街− 11.妖怪探偵・百目<2>−廃墟を満たす禍− 12.妖怪探偵・百目<3>−百鬼の楽師− 13.セント・イージス号の武勲 14.夢みる葦笛 15.破滅の王 16.トラットリア・ラファーノ 17.リラと戦禍の風 18.ヘーゼルの密書 19.播磨国妖綺譚(文庫改題:播磨国妖綺譚−あきつ鬼の記−) 20.獣たちの海 |
【作家歴】、火星ダーク・バラード、ラ・パティスリー、ショコラティエの勲章、魚舟・獣舟、華竜の宮、菓子フェスの庭、ブラック・アゲート、深紅の碑文、薫香のカナビウム |
上海灯蛾、播磨国妖綺譚−伊佐々王の記−、成層圏の墓標 |
10. | |
「妖怪探偵・百目<1>−朱塗の街−」 ★☆ |
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妖怪と人間が共生する街<真朱の街>。ある事件をきっかけに帰る場所を失った相良邦雄は、この街の妖怪探偵=百目の元で探偵助手として暮すことになります。 その百目、スリットの深く入ったノースリーブのロングドレスを纏う絶世の美女ながら、実は全身に百の目を持つ妖怪=百目鬼。当然ながら百目の元に舞い込む事件はすべて妖怪絡みにしてその報酬はというと、依頼人の寿命。 それは邦雄も同様で、百目にこき使われる傍ら、時に百目の協力を得るため寿命を少しずつ吸い取られるという日々。 本書はそんな邦雄と百目コンビによる、真朱街を舞台にした妖怪探偵物語、という趣向の連作短篇集。「<1>」とあるので、今後シリーズ化されるようです。 “妖怪”というと昔はホラー、最近はファンタジーでしょうか。すぐ思い浮かぶのは畠中恵“しゃばけ”シリーズと荻原浩「愛しの座敷わらし」といったところ。 それらに対しSF作家である上田さんが妖怪ものを書くと、こうも違うものかと思います。まず説明が緻密かつ合理的楓。そしてさらに、科学進歩により異形の生物になったと言うべき人間は、もはやある点では妖怪に伍する存在となった、と説明されています。 本書は<SF+妖怪>要素が妙味。何が起きても不思議ないという前提が、この街の特殊な雰囲気と相まって、スリリングな香りを色濃く漂わせています。 主人公の邦雄、いつまでその寿命が持つのやらという気持ちもありますが、今後のシリーズ化が楽しみです。 ※本シリーズの第1篇「真朱の街」は短篇集「魚舟・獣舟」に収録。相良邦雄と百目との出会い、この街に住み付くこととなった経緯が語られていますが、本書中でも繰り返し語られていますので、第1篇を未読でも本書を楽しむのに何ら支障はありません。 なお、登場する妖怪に何となく親しみを感じてしまうのは、水木しげる「ゲゲゲの鬼太郎」のおかげでしょうか。(笑) 1.続・真朱の街(牛鬼篇)/2.神無しの社/3.晧歯/4.炎風/5.妖魔の敵 |
11. | |
「妖怪探偵・百目<2>−廃墟を満たす禍−」 ★★ |
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美女の妖怪=百目と希望を失って<真朱の街>にやってきた人間=相良邦雄コンビによる妖怪探偵もの連作短篇集と思っていたのですが、この第2巻を読むとどうも軌道修正しないといけないようです。 前巻で妖怪たちと死闘を演じた拝み屋の播磨遼太郎32歳が、6年ぶりに真朱の街に帰ってきます。 一方、妖怪事件を扱う県警捜査第一課五係の刑事=忌島抗一は、上司である諏訪原警察署長と大鋸課長から呼び出され、五係は解散し特殊安全対策課に改組、忌島は課長に昇進しその統括責任者となるよう命じられます。妖怪を始末する祓の銃<紫桜>もそのまま携帯することと合わせて。 どうやら県警上層部は播磨と提携・利用して妖怪殲滅作戦を決行するつもりでいるらしい。しかし、妖怪にも心を通わせる忌島は命令をそのまま実行する気にはなれず、百目と邦雄に相談。 それにより百目と邦雄は、播磨遼太郎を迎え撃つ為、彼の隠された秘密を探り始めます。 播磨遼太郎の目的は、妖怪までもむさぼり喰う凶悪な妖怪<濁>を倒すことにあるらしい。 妖怪と人間、そして拝み屋、さらに<濁>も加わり、人間と共闘することに応じる妖怪と忌避する妖怪、妖怪殲滅を狙う警察と妖怪を救いたいと思う忌島と、様々な関係が複雑に交錯してストーリィは進んでいきます。 単なる妖怪ものに終わっていないのは、作者である上田さんが妖怪をひとつのSF的存在として描いているからでしょう。 そして長い先、人間と妖怪の未来には何が待ち受けているのか。そうした未来的視点を踏まえているところは、他の上田作品と共通するものではないかと思います。 第2巻に至ってこの“百目”シリーズは大きくスケールアップ、そして本ストーリィはその大きな物語の途中経過に過ぎないと思うと、次巻以降がますます楽しみです。 6.魔を追う者たち/7.来歴/8.隠された心/9.妖怪楼閣/10.マジューヌミーヒトゥ/11.兆しの黒雲/12.清姫 |
「妖怪探偵・百目<3>−百鬼の楽師−」 ★★ | |
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“妖怪探偵・百目”というシリーズ名から想像される内容と2巻目から異なり出し、早やシリーズ完結編。 真朱の街に千もの触手を伸ばして妖怪、人間を問わずむさぼり喰おうとする巨大かつ凶悪な妖怪<濁>と、拝み屋の播磨遼太郎、百目や相良邦雄を始めとする妖怪たち、警察特安課の刑事である忌島らとの凄絶な闘いに終始する巻。 闘いといってもそこは妖怪、そして妖怪退治の拝み屋らが主役なだけに、ファンタジーというよりもむしろ複雑怪奇、まさに“凄絶”という言葉が相応しい。 しかし、そうでありながらその凄絶な闘いについつい魅了されてしまうのですから、そこは上田早夕里作品の魅力と言うべきでしょう。 これまで登場してきた妖怪、人間らが勢揃いする展開にも満足至極。当然ながら前巻で登場した皆月清夏も、本巻において重要な役割を果たします。 本巻の最後、妖艶な妖怪探偵=百目と別れを告げることに寂しさを感じてしまうのは、決して私だけではないだろうと思います。 13.紫桜/14.一絃琴の魔/15.未来からの声/16.もうひとりの陰陽師/17.前哨戦/18.鐘入り/19.楽音の呪/最終話.終極 |
「セント・イージス号の武勲 His Majesty's Ship St.Aegis」 ★★ | |
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上田早夕里さんには珍しい、長編歴史小説。 背景となるのは、皇帝ナポレオン率いるフランス軍の攻勢を阻止しようとしたイギリス海軍が、スペイン・フランスの連合海軍と激突したトラファルガー海戦です。 もっとも、純然たる歴史小説とはならず、海に棲む伝説の魔物<大海蛇>と共生してきた古い海の民族を登場させているところは、「華竜の宮」の作者である上田さんらしいSF要素です。 主人公は、両親・妹が失意のうちに死んで天涯孤独となった少年トビー・アディソン。 そんなトビーが生きていくのに選択肢があろう筈もなく、船員向けの食堂でこき使われた後、志願し僅か13歳でイギリス軍艦に乗り込みます。しかし、交戦中に船から海へ転落、生死危ういところだったトビーを救い上げたのが、セント・イージス(聖なる盾)号だったという次第。 トビーが驚いたことに、セント・イージス号の乗組員は若者や少年たちが主体。それは何故かというと、この船が新技術を実地に試すための実験船であるという特殊事情のため。 イギリス海軍の軍船とフランス・スペイン両海軍の軍船が激突する海戦シーンも見ものですが、歴史という過去の中において新技術、それを担うべき若者たちの未来へ向けた姿を描いたという構成が何とも魅力。 また、長編ストーリィともなれば登場人物の魅力も欠かせないのですが、本書においては何よりも、海の民族の末裔である少女ファーダと彼女の大切な仲間であるココの存在が光ります。 従来の上田早夕里作品とは一味違う、でも魅力に富んだ一冊。 序章/1.コペンハーゲンの海戦/2.聖なる盾/3.イギリス海軍委員会艦政本部/4.地中海の蛇/5.従軍/6.トラファルガルの海戦/終章 |
「夢みる葦笛 Dreaming reed pipe」 ★★☆ | |
2018年12月
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上田早夕里さんのSFというと、大作「華竜の宮」をはじめ、人類究極の未来を描く、という強い印象があります。 数多い未来小説においてもその中心にあるのはあくまで人類というのが普通ですが、上田早夕里さんにおいてはそんな既定の枠を軽々と超越しているようです。 つまり“存続”と一口に言っても、<知性の存続>という前提ではそれが人類だろうが人工知性体だろうと何ら構わないという風ですし、<種の存続>という前提では人類が現在の形態を維持しようが維持しまいが何ら構わないという風です。 そうした融通無碍なところ、計り知れない領域へ読み手を連れて行ってくれるところが、上田SFの魅力に違いないと、改めて感じます。 本書に収録された10篇はいずれも、まさに上記のようなSF作品ばかり。しかも、読み進むに連れてどんどん面白さが分るようになっていく、ますます上田SFの虜になっていくと評して間違いない短篇集になっています。 上田SF作品の魅力を満喫できる、またその魅力の理由を知ることが出来る、まさに上田早夕里ファンにとっては読み逃せない集大成のような一冊と言って過言ではありません。 ・「夢みる葦笛」:イソギンチャク人間が繁殖、その是非は? ・「眼神」:幼馴染の勲ちゃんを救うための行動とは? ・「完全なる脳髄」:合成人間の戦いとは・・・? ・「石繭」:主人公が拾った石の秘密は・・・? ・「氷波」:土星衛星上の観測所に勤務する宇宙開発用人工知性体が新しく経験したことは・・・?。 ・「滑車の地」:究極の未来社会。彼ら、彼女の運命は? ・「プテロス」:遥かな宇宙世界での不思議な経験。 ・「楽園」:事故死した森井宏美の想いは、山村憲治に伝わるのか? ・「上海フランス租祁斉路三二○号」:日中戦争直前の中国、研究者の岡田義武はパラレルワールドの存在を知る・・・。 ・「アステロイド・ツリーの彼方へ」:人間である主人公と人工知性体であるバニラとの交流を描く篇。 遥かな宇宙の彼方を舞台にした「氷波」、ワクワクします。 そして「アステロイド・ツリーの彼方へ」における最後の一文、言葉には、上田早夕里さんがSF小説を書き続ける理由が込められているように感じます。 夢みる葦笛/眼神(マナガミ)/完全なる脳髄/石繭/氷波(ひょうは)/滑車の地/プテロス/楽園(パラディスス)/上海フランス租界祁斉路(チジロ)三二○号/アステロイド・ツリーの彼方へ |
「破滅の王 The King Of Ruin」 ★★ |
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2019年11月
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SF主体の上田早夕里さんの新刊の舞台が、太平洋戦争下の上海から始まる中国と知り、意外な気がしたのは読み始める前までのこと。 ストーリィは、治療方法の無い新種の細菌が発見され、新たな細菌兵器(「キング」と呼ばれる)としてばらまかれる危機。 在南京日本大使館附武官補佐官である灰塚少佐によって強引にその秘密を知る関係者に引きずり込まれたのが、上海自然科学研究所の細菌学科研究員である宮本敏明、本作の主人公です。 この細菌によって人類は破滅してしまうかもしれない。そうなればこの戦争における日中独の勝敗どころではない・・・・という究極の危機設定は、舞台が過去であるが未来であろうがもはや関係ありません。 むしろ、そうしたことがあっても不思議なかった第二次世界大戦だからこそ、緊迫感、リアル感が漲っています。 それにしても、人類を滅ぼすのは人類自身なのではないか、と感じさせる、未来への警告メッセージを含んだ歴史サスペンス。 上田早夕里さんの力作のひとつ、と言って間違いない作品。 序/1.風根/2.上海 1943/3.遺された言葉/4.血と闇夜の城/5.焦熱の地/6.眩耀/7.ベルリン市街戦前夜/8.祈望/補記 |
「トラットリア・ラファーノ Trattoria Raffano」 ★☆ |
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神戸・元町、兄弟妹3人で経営しているイタリア料理店を舞台にしたストーリィ。 兄の義隆と妹の彩子(さえこ)が厨房担当、主人公である杉原和樹がホール担当という役回り。 ある日グループで来店した女性客の中に、高校の同窓生である邦枝優奈(ゆな)がいて、和樹も優奈も偶然の再会にびっくり。 それ以来、優奈は度々ラファーノに来店するようになります。 すると今度は優奈と結婚予定であるという、やはり高校時代の友人でソフトテニスのペアを組んでいた田野倉伸幸までが店に現れます。しかし、その田野倉、何か屈託がある様子・・・。 料理店が舞台というと連作ものを予想しがちですが、本作は一応書下ろし長編。 高校で一緒だった男女3人が再び顔を揃えるところから始まり、彼らの高校時代の回想と、決着つかないまま仕舞い込んでいた想いが偶然の再会によって急に頭をもたげてくる、というストーリィ展開。 SF作家というイメージが強い上田早夕里さんですが、以前にもフランス菓子店を舞台にした「ラ・パティスリー」2作があるので、特に違和感はありません。 本ストーリィは、ささやかな出来事を描いたもの。 ホール担当である和樹が料理人の喜びを垣間見るという点で、連作ものの始まりの一篇、という雰囲気を感じます。 実際にシリーズものになるのかどうかは知りませんが、もっとこの兄弟妹の物語を読みたいというのが自然な思い。シリーズものになることを期待したいところです。 1.ラファーノ/2.遠い思い出/3.優奈/4.朋友/5.氷柱花/6.ふたりだけのディナー/7.幸あるもの |
「リラと戦禍の風」 ★★☆ | |
2022年03月
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第一次大戦の戦勝で死に瀕していたドイツ軍の青年兵士イェルクは、不思議な男によって戦場から救い出されます。 その男はゲオルゲ・シルヴェストリ伯爵と名乗り、自分は不死の魔物だと語ります。 460年前、祖国ワラキアを守るためオスマン帝国と戦い、敗れた後にある事情から魔物になったのだという。そしてイェルクもまた、心を2つに分かたれ、今ここにいるイェルクは虚体を借りているもの。実体のイェルクは今もまだ戦場にいるのだという。 そして伯爵は、このまま無事でいたければ、ポーランド人少女であるリラの護衛を務めてほしいとイェルクに依頼します。 そこから、第一次大戦の戦禍に苦しむ人々とリラ、イェルク、伯爵ら魔物たちの物語が幕を開けます。 何も分からないまま戦場で死に向き合わされている兵士たち、銃後で食糧難等々に苦しむ女性たち、イェルクや伯爵は魔物であるが故に自在に場所を移動し、両方の実情を目にします。 また、イェルクの前には<無の魔物>であるニルという存在も姿を現し、イェルクの行動を妨げるかのよう。 イェルクと伯爵、魔物と言いつつ、その行動はむしろ人間的であると感じます。 一方、戦場で敵と殺し合った兵士たち、敵国だからと相手の国民を憎む人々、主義主張が異なるからといって危害を加えて平然としている人間、そうした人々の心こそ、むしろ恐ろしい。まるで魔物にとり憑かれたかのようです。 第一次大戦が終結しても、その後に第二次大戦があり、今もなお戦争の危機が消えたわけではありません。 戦争をもたらし、それを肥大化させるのもまた、人の心が生みだしてしまう魔物。 本歴史ファンタジーは、人はそれを忘れてはいけないのだという警告を含むストーリィと思います。 それにしても伯爵や医師のサンドラ等々、本作に登場する魔物たち、魅力的に見えてしまうのですから困ったものです。 【第一部】1.半身/2.跳躍/3.銃後の人々/4.イェルク・実体(1)/5.エッフェル塔に集うもの 【第二部】1.不滅の血/2.継承 【第三部】1.夜の華/2.イェルク・実体(2)/3.キール港にて/4.其々の闘い/5.十一月革命/6.燃えゆく未来 |
「ヘーゼルの密書 The Peace Feelers」 ★★ | |
2024年01月
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1939年の上海。 日中関係が悪化を辿る状況下、南京に汪兆銘による傀儡政権を樹立し、中国を抑え込もうとする影佐貞昭陸軍大佐の<梅工作>。 それと対立し、蒋介石との間で和平を締結しようとする今井武夫陸軍大佐の<桐工作>。 本作は、史実であった桐工作を題材に、今井大佐に協力して和平締結のため尽力した民間人による<榛(はしばみ)ルート>の活動を、実在の人物も絡めながら描いた、歴史サスペンス(フィクション)。 榛=ヘーゼル・ナッツ、その花言葉は和解・平和。 題名は最後の願いを懸けた、蒋介石あての密書のこと。 国運を賭けて大陸に進出した日本、欧米列強や日本に国土を蹂躙されている中国、それぞれの難しい状況が本ストーリィから、ひしひしと感じられます。 それと同時に、中国人との友情・信頼を信じる和平派と対照的に日本の利権拡大を図る軍部・国粋主義者の“驕り”には、気分が悪くなるものを感じます。 日本が弟分である中国を指導して、欧米列強に対抗できるアジア共栄圏を打ち建て、アジアに平和をもたらすとは、何という自分勝手で驕った弁なのでしょうか。 そんなことを本気で信じていたのか、と言えば、当時かなりの日本人がそう信じていたのでしょう。そして当然とばかり中国人を劣った民族として、日本が教え導いてやる、と思っていたのでしょうか。 すでに過去の歴史となった今、満州国の承認を前提にした和平締結がどんなに困難だったものかは容易に想像がつきます。 しかし、本作が訴えるメッセージは、平和を作ることがどんなに困難であっても、決して諦めずに努力していくことの大切さではないかと思います。いつか花が咲き、実もなると信じて。 それは、現在の国際情勢においても言えることなのでしょう。 序章.上海 1931/1.上海 1939/2.榛(はしばみ)の花/3.合議/4.ミッション(一)/5.ミッション(二)/6.ミッション(三)/終章.散花 |
「播磨国妖綺譚(はりまのくにようきたん)」 ★★ (文庫改題:播磨国妖綺譚−あきつ鬼の記−) |
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2023年12月
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室町幕府、足利義教の時代、播磨に住む法師陰陽師(※)の兄弟が人や物の怪のために奮闘する時代もの連作ストーリィ。 (※都の陰陽師とは異なり、まじない師のような存在との由) 兄の律秀は、都へ出て立身出世するのを拒み、庶民のための薬師であろうとする一途な人物。 一方、弟の呂秀は、燈泉寺で修業を積んだ僧で、今は薬草園に派遣されており律秀と同居中。この呂秀、物の怪の姿を見ることができる能力を持ち、最初は心配していた律秀も今は大したことじゃないとその能力を受け入れている。 そんな呂秀の前に姿を現したのが、かつて有名な陰陽師で兄弟とは遠縁にあたる芦屋道満に使われていたという式神。 「わしを使わぬか」という言葉を受け入れ、呂秀は彼に「あきつ鬼」という名を与えます。 2人の兄弟が、それぞれの力量を以て、時にあきつ鬼の協力を得ながら、人や物の怪が抱えた問題や悩みの解決に奮闘する、というのが本作の内容。 物の怪や式神が登場するからと言って本作、おどろおどろしい話やドラマティックな攻防という話にはならず、むしろどちらかというと平穏なものです。 本作に登場する幽霊や物の怪たち、とても人間的だからです。 というより、幽霊や物の怪たち、自分たちの領分をきちんと認識し、人と対立することなく共存している、という風。 あきつ鬼の言葉が、それを象徴しています。曰く「鬼は人ができぬことをする。人は鬼のできぬことをす」と。 それにしても上田早夕里さん、作品の引き出しが多いなぁと感心します。 SF未来ものにパテイスリーもの、さらに「百目」のような妖怪ものに歴史もの、と。 総じて考えると、未来とか過去とか関わりなく、異世界、異次元との関わりを舞台にした作品を書き続けている、と言うべきなのかもしれません。 異世界、異次元というと極端になってしまいますが、外国人とか難民の人たちとの社会における共存も、同様の問題であるように感じられます。 1.井戸と、一つ火/2.二人静/3.都人/4.白戌山彦/5.八島の亡霊/6.光るもの |
「獣たちの海 The Ocean Chronicles Stories」 ★★☆ | |
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「華竜の宮」「深紅の碑文」に連なる、<オーシャンクロニクル・シリーズ>の中短篇集。4篇を収録。 陸地の大半が水没し、人類は地上民と海上民に別れて生き延び、海上民は“魚舟”という生物舟と共存して原始的に生きているというこの世界観、大好きです。 残念ながら、海上民の視点から海洋世界を描く作品は、本書が最後だそうです。 いずれ訪れる大異変によって起きる<ブルームの冬>、その際には海上都市へ移住した一部の民を除き、海上民は滅ぶ運命を背負っています。 その覚悟を背負い、魚舟と気持ちを通じ合わせて生きる海上民たちの姿は美しい。中短篇集だからでしょうか、その美しさが際立っているように感じます。 ・「迷舟」:<朋>と巡り合えなかったムラサキと、船団にはぐれ迷った魚舟の、一時の交感。余韻が漂います。 ・「獣たちの海」:魚舟のクロ、生まれ落ちた後に海へ放出されてからの心身の変容が描かれます。貴重な一篇。 ・「老人と人魚」:言うまでもなくヘミングウェイ「老人と海」のもじり。人魚とは、<ブルームの冬>でも深海で生き延びられるよう陸上民が作り出した新しい人類=ルーシィ。老人とルーシィの旅が描かれます。 ・「カレイドスコープ・キッス」は中編。 主人公のメイ(銘)は元海上民。5歳の時家族と共に海上都市に移住し、海上民だった頃の記憶はない。 学校を卒業後保安員(リンカー)となり、やがて艇一隻を任せられます。 そんなメイが折衝することになった海上民の船団、そのオサはナテワナ。何故か、メイを特別視。 一方のメイ、元海上民として何とかナテワナたちの役に立とうとするのですが・・・。 中編作品ながら、読み応えのある一篇です。お薦め。 迷舟/獣たちの海/老人と人魚/カレイドスコープ・キッス |
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