重松清作品のページ No.



41.とんび

42.気をつけ、礼。(文庫改題:せんせい。)

43.希望ヶ丘の人びと

44.ステップ

45.再会(文庫改題:ロング・ロング・アゴー)

46.十字架

47.きみ去りしのち 

48.さすらい猫ノアの伝説

49.ポニーテール

50.峠うどん物語


【作家歴】、ビフォア・ラン、四十回のまばたき、見張り塔からずっと、舞姫通信、幼な子われらに生まれ、 ナイフ、定年ゴジラ、エイジ、日曜日の夕刊

→ 重松清作品のページ No.1


半パン・デイズ、カカシの夏休み、ビタミンF、さつき断景、リビング、隣人、口笛吹いて、セカンド・ライン、流星ワゴン、熱球

→ 重松清作品のページ No.2


かっぱん屋、小さき者へ、きよしこ、トワイライト、哀愁的東京、お父さんはエラい!、きみの友だち、小学五年生、カシオペアの丘で、なぎさの媚薬4

→ 重松清作品のページ No.3


くちぶえ番長、青い鳥、永遠を旅する者、オヤジの細道、ブランケット・キャッツ、ブルーリバー、ツバメ記念日、ブルーベリー、僕たちのミシシッピ・リバー、少しだけ欠けた月
、サンタ・エクスプレス

重松清作品のページ No.4


さすらい猫ノアの伝説2、空より高く、また次の春へ、ゼツメツ少年、赤ヘル1975、一人っ子同盟、どんまい

 → 重松清作品のページ No.6

     


   

41.

●「とんび」● ★★☆


とんび画像
 
2008年10月
角川書店刊
(1600円+税)

2011年10月
角川文庫化



2012/07/01



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読みだした傍から涙が止まらず、最後まで、もう何度も涙ボロボロでした。
昭和37年の備後市、共に両親がいないという生い立ちを抱えた
ヤスさん・美佐子夫婦に待望の長男アキラが誕生します。しかしその3年後、唐突な事故で愛妻は急逝してしまう。
遺された長男アキラを懸命に大切に育てた、不器用な男の子育て物語。

本書には、子供への愛、一人でも息子をちゃんと育て上げるんだ、という父親の熱い気持ちが籠っています。
それでも不器用な父親故に、思ってもみなかったことを口に出してしまい、引っ込みがつかなくなってアキラと断絶したりすることも度々。
周囲の皆が感心する程、優しくてマメなアキラ。それ故に
“トンビと鷹の父子”と言われることが、本書題名の所以。
もちろん、決してヤスさん一人でアキラを育てたとはいえない。ヤスさんの幼馴染である
たえ子ねえちゃん、友人の照雲和尚と奥さんの幸恵さん等々、多くの人がアキラと母親代わりともなり、ヤスさんを陰日向なく助けてくれたおかげ。でもそれも、ヤスさんとアキラの固く結ばれた父子関係があってこそのこと。

愛妻が若くして死に幼い娘と共に生きた父親の娘育て物語であるステップと比べると、不器用な男の息子育て物語である本作品は、ヤスさんというキャラクターの所為か、忘れ難い味わいに満ちています。
※なお、ヤスさんと美佐子さんの結婚物語、
青い鳥「カッコウの卵」に描かれた若い夫婦の姿を連想させられます。

※映画化 →「とんび

      

42.

●「気をつけ、礼。」● ★★
 (文庫改題:せんせい。)


気をつけ、礼画像
 
2008年08月
新潮社刊
(1400円+税)

2011年07月
新潮文庫化



2008/09/07



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学校時代に向き合った教師たち、そして卒業後長い時間が経ってもなお続く教師との関係。
そんな教師と、生徒との色濃い関係を描いた6篇。

ストーリィは生徒の目から、あるいは教師の目からと各々に異なりますが、ほぼ共通しているのは先生と生徒の関係だった学校時代と、それから幾年を経て先生と再会する話、あるいは思い出を語るという構成。
その唯一の例外が「ドロップスは神さまの涙」で、実は本書の中で私が一番好きな篇です。
クラスでイジメに会っている小学校五年の女の子が主人公。いつしか保健室に入り浸りとなりますが、保健室担当の“ヒデおば”は、何も言わず、何も聞かず、黙って彼女を受け容れている。無理やり解決しようとしない分、どれだけ有難いことか。どっちつかずの状態を黙って許してくれることの有り難さ、それを感じるのはちょうど帚木蓬生「インターセックスを読み終えたところだったからかもしれません。

「白髪のニール」。夏休み、不器用な物理の教師がニール・ヤングの曲を弾きたい、ギターの弾き方を教えて欲しいと頼み込んでくる。教師も完全ではないと知る貴重な体験、それでもくじけず努力する姿に感銘を覚える一篇。
いくら説明しても判らない生徒を教えることの苦労、いくら説明されても判らないことの辛さ、教師と生徒が双方に学ぶところに思わず笑みがこぼれます。
あの頃の先生は今の俺たちよりずっと若かった、先生との再会シーンはとても爽快。
「にんじん」は、理屈ぬきに嫌ってしまった生徒に対する後悔の念を描いた一篇。表題はルナールの名作から。
誰だって若い頃には二度と思い出したくないような失敗もしてしまうもの。しかし、教師にとっての失敗は生徒に直接関わるものだけにその後悔をずっと抱えているのは、さぞ辛いだろうなぁと思います。
「泣くな赤鬼」は、甲子園も目指した野球部監督としてアカオニと渾名されていた教師と、野球部を退部し高校も中退したかつての生徒との再会ストーリィ。ちょっと青い鳥を思い起こさせるところのある一篇です。

今から思えば、子供が対等に向かい合うことのできた唯一の大人が先生だったのだろうと思います。
先生と生徒という違いがあるにしろ、そこには教えるものと教わるものという、双方の存在があって初めて成り立つ色濃い関係があったのですから。
子供のことや教師のことを長年に亘って描きつづけている重松さん、本書はその蓄積があるからこそ描き得た作品集と言って良いでしょう。
誰もが胸にしまっているだろう先生との思い出が蘇り、心温かくなる一冊です。

白髪のニール/ドロップスは神さまの涙/マティスのビンタ/にんじん/泣くな赤鬼/気をつけ、礼。

      

43.

●「希望ヶ丘の人びと」● ★★


希望ヶ丘の人びと画像
 
2009年01月
小学館刊
(1700円+税)

2015年11月
講談社文庫化
(上下)



2009/02/14



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中学校の教師だった妻の圭子が癌で急逝して2年、主人公は中学3年生の娘=美嘉と小学5年生の息子=亮太と共に希望ヶ丘の街に引っ越してきます。
ここは妻が中学時代を過ごし“故郷”と呼んでいた街。この街に住みたいという子供たちの願いを入れ、主人公は会社を退職しこの街で大手学習塾の教室長に転身する予定。

妻が故郷と呼んだ街で暮らし、妻そして母親の面影に触れたかった父と子でしたが、現実は決して温かくはありません。
ニュータウンというのは、良くも悪くも、標準以上を目指す親たちが暮らす街。
主人公が知り合った少女マリアは言います、「希望ヶ丘っていうところは、ダメになっていく子には冷たい街だからね」と。
学校にはモンスター・ペアレントもいるし、イジメもある。そしてドロップアウトする生徒を意図的に排除しようとする教師もいます。
また、妻の初恋相手もいて、自分との結婚は妻にとって幸せだったのか、という疑念まで主人公は抱えてしまうことになる。

実のところこの主人公、イジイジしていて男らしくないというか、優柔不断で頼りないところ、多分にあります。
それでも家族にとって良かったことは、亡き妻の故郷だから、人との関わりを積極的に持とうとしたところではないかと思います。
子供に対して親はどう対すればいいのか、子供は希望を持っているのか、そして親は子供たちに希望を語れるのか、というストーリィ。
家族の姿、学校の姿を様々に語ってきた重松さんですが、その原点に返った物語と感じます。
悩む子、悩む親。そこには人としての素直な感動があります。
本書中、数多い登場人物の中で“エーちゃん”のキャラクターが目立っていますが、私が秀逸だと感じるのは“マリア”という少女の存在。
そのマリアを初めとし、本書に登場する子供たちの姿を見ていると、子供の力を決して大人は見くびってはいけないのだと思います。
親にとっての希望は、子が希望を持ってくれているかどうかではないか。本書はそう感じさせてくれる物語です。

 

44.

●「ステップ」● ★★


ステップ画像
 
2009年03月
中央公論新社刊
(1600円+税)

2012年03月
中公文庫化



2009/04/21



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娘の美紀がまだ1歳半の時、妻は30歳の若さで逝った。それから男手ひとつ、2人で寄り添うように暮してきた父娘の記録。

よくあるパータンのストーリィのようであり、そうでないところが、ずっと家族を描いてきた重松さんならではという作品。
年月の経過に合わせ、子育てと娘の成長の一段階、一段階を明確に切り出してテーマを与え、父と娘がお互いに成長していく姿を描くという、連作短篇風の長篇ストーリィ。
そう、育っていくのは娘だけではないのです。主人公もまた父親として育っていくのです。
2歳児の美紀が保育園に入るところから始まり、彼女が小学校の卒業式を迎えるまで、9篇に分けて語ったストーリィ。
本書を読みながら、ついつい涙がいっぱいになってしまう。いわゆる“泣かせる小説”ではありません。素朴で素直で純粋なストーリィ。だからこそ、自然と胸が熱くなってしまう。

前半、再婚して営業部に戻って来いと強く勧めてくれる上司に対して主人公が答えた言葉が印象的です。保育園時代より小学校に上がってからの方がむしろ大変なのだと。
そして小学校の卒業式を迎えた最終章、父娘がこれまでを振り返って共に感じることは、亡き妻=母を含め、いかに2人が出会った多くの人に愛され、支えられてきたということ。
「悲しみを胸に抱いたまま生きていくのは、決して悲しいことではない」という言葉が圧巻ですけれど、その他、幾つもの珠玉のような言葉がこの一冊の中に散りばめられています。
その辺り、流石に重松さんは上手い。

なお、挿絵は私の好きな杉田比呂美さん。画も素敵です。

※私も娘を持つ身。もし自分が同じような立場に置かれていたら、と思う度、つい目頭が熱くなってしまうのです。

ケロ先生/ライカでハロー・グッドバイ/あじさい/キュウリの馬に乗って/サンタ・グランパ/彼岸過迄/バトン/ホップ、ステップ/ジャンプ

※映画化 →「ステップ

        

45.

●「再 会 Long Long Ago」● ★★
 (文庫改題:ロング・ロング・アゴー)


再会画像
 
2009年10月
新潮社刊
(1500円+税)

2012年07月
新潮文庫化



2009/11/11



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子供の頃に親しかった人たちとの日々を思い返す、というストーリィから成る短篇集。
昔のことというと、恥ずかしいことや後悔すること多々あり、むしろ思い出したくないことの方が多い、というのが私の実感です。
でも実は、その中には大切な思い出もあった筈なのです。

各篇に登場するのは、大人であっても子供であっても、一様に不器用なところのある人たちです。
ですから、ただ読んでいてさえ、羞恥や痛みを感じるところが多い。
それでも、それを大切な思い出として思い返せるかどうかが、今の人生に繋がっているのではないかと、考えさせられます。

あなたはどうですか、あの人たちのようにいつも笑顔でいられますか。本書は、そう問いかけてくる短篇集。

一つ一つの篇は、いかにも重松さんらしく、どれも味わい良いもの。
普通の感覚からすると、幸せとは言い難い運命を辿った人たちですが、その人たちの笑顔や涙が、実に輝いて見えます。
そしてそれは、決して他人事でなく、我が子に繋がる問題になるかもしれない。
本書中、「チャーリー」「人生はブラの上を」は、そうした面も含めて語られるストーリィ。

最後を飾る「ロング・ロング・アゴー」は、冒頭の「いいものあげる」から20年後のストーリィ。
ストーリィだけを取り上げれば 「Long Long Ago」の方が題名として適切なのかもしれません。しかし、あの頃に自分が抱いていた思いと再び向かい合うという意味では、やはり「再会」という題名の方が本書には相応しい。

いいものあげる I'll give you something good
ホラ吹きおじさん My braggart uncle/永遠 Eternity
チャーリー Charlie/人生はブラの上を The life goes on bra!
ロング・ロング・アゴー Long long ago

   

46.

●「十字架」● ★★          吉川英治文学賞


十字架画像
 
2009年12月
講談社刊
(1600円+税)

2012年12月
講談社文庫化



2010/01/11



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いじめにより同級生が自殺。
その同級生を自殺にまで追い込んでしまったイジメ側の生徒、そしてイジメを見て見ぬ振りしてきた生徒たちは、その後どういう人生を送るのでしょうか。
イジメが問題になる度、何故それが描かれないのか、いつか誰かがきっと描くに違いない問題、と思っていました。
かつて重松さんは青い鳥という連作短篇集の中で、イジメが原因で転校していった同級生に対する罪の意識を整理しきれずに苦しんでいる生徒を描いています。反省して一からやり直しという学校の姿勢に対して、それでは心が収まらない生徒。その彼を救うために赴任してきた教師は、同級生のことを決して忘れてはならない、それが責任だ、と告げます。
転校と自殺という違いはありますが、本書はその責任、いやもっと重い十字架を背負わされることになった同級生の物語。

中学2年でイジメを苦に自殺した同級生。その彼は、遺書に4人の名前を書き残していた。
2人はイジメの首謀者。そして後の2人は、親友扱いされた幼馴染の同級生と、彼が好きだったのだろうと推測された他クラスの女生徒。
自殺した彼が一方的に名前を記したことによって、2人は遺された家族の目から免れえず、彼が自殺したという事実をずっと背負い続けるという運命を担わされてしまいます。これ即ち、“十字架”
遺された両親と弟、そして主人公と女生徒が、漸く心の落ち着きを得られるようになるまで20年、その長い月日を各々がもがくように歩んでいったストーリィ。
イジメを軽視して見過ごしていたことが、こんなにも重い十字架を背負うことに繋がるとは、中学生だった彼らの誰が想像したでしょうか。
本書は小説に違いありませんが、小説というより、自分には関係ないとイジメを見て見ぬ振りしようとしている全ての人たちに宛てた警告の書、と感じます。
「青い鳥」に続く物語として、読んでみて欲しいと思う一冊。

いけにえ/見殺し/親友/卒業/告白/別離/あのひと

 

47.

●「きみ去りしのち」● ★★


きみ去りしのち画像
 
2010年02月
文芸春秋刊
(1524円+税)

2013年03月
文春文庫化



2010/05/05



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1歳の誕生日を迎えたばかりの息子を突然亡くした夫婦が、その死に折り合いをつけるまでの長い道のり、幾多の旅を描いた長篇小説。

事故でもなく重い病気でもなく、夫婦がいつも通り就寝していた夜、息子の異変に気付いた時はもう手遅れ。あっという間に息子は死んでしまった。だからこそ、早く気付いていたら何とかできたのではないかという自分たちを責める思いから、2人はいつまでも逃れることができないでいる。
父親である主人公は、息子の死という重みを抱えながら、日本の各地へ巡礼の旅に出かけます。その度に同行者となるのは、最初の妻と離婚して以来10年ぶりに再会した15歳の娘。
そして、その娘もまもなく母親の死を迎える、という事実を知ることになります。

大事な人の死を人はどう受け入れたら良いのか、どうしたらその悲しみと折り合うことができるのか、を順々と語っていくストーリィ。本書で主人公が繰り返す旅は、その道のりを象徴するものでしょう。
宗教話に、愛する子供を失って悲嘆にくれる夫婦に、死人を出したことのない家を見つけたら子供を帰してあげようと神仏が約束する。しかし、いくら探してもそんな家はどこにもないことに気づいた夫婦はやっと子供の死を受け入れる、というものがあります。
ある意味、本ストーリィはその宗教話に似ています。
本作品においても、主人公とその妻は、同じように大事な人を失いながら今なお強く生きている人たちと出会い、さらに自分らしく死を迎えようとする前妻の姿を目にする。
人の死は避けられないものであり、またそれを悲しむことも避けられないものでしょう。
大事な人の死を迎えた時、程度の差こそあれ、人は同じような道のりを辿るのでしょうか。

               

48

●「さすらい猫ノアの伝説」●(絵・杉田比呂美) ★★
 (青い鳥文庫:さすらい猫ノアの伝説−勇気リンリン!の巻)


さすらい猫ノアの伝説画像
 
2010
08
講談社刊
(1300円+税)

2011年10月
青い鳥文庫化

2019年08月
講談社文庫

2010/10/30

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児童向け作品。
健太たちのクラス担任の山本先生は人気者。クラスの合言葉は「元気ハツラツ、勇気リンリン、根気コツコツ」
しかし、山本先生がスキーで骨折し学校を休んでからクラスの雰囲気が変わって来る。そこへ代わりにやってきた新米女性教師は、気が弱くて始終ビクビクしている様子、言うことを聞かない生徒たちの前で泣き出してしまう程。

そこに突然現れたのが、首に風呂敷包みを巻きつけた黒猫。風呂敷を広げると中には、近隣小学校の生徒からの手紙が入っている。そして手紙には「ノアに選ばれておめでとう」「ノアはきっと、あなたたちのクラスが忘れてしまった大切なことを思い出させてくれるはずです」と。

児童向け作品ですけれど、本書が伝えようとしているのは重松さんのいつものメッセージと何ら変わりありません。
自分たちでそれを見つけるのではなく、ノアがそれを気づかせてくれるというところが児童向け、という違いくらい。
挫折あり、イジメあり、困難あり、という設定も何ら変わりありません。

重松さんの伝えようとするメッセージ、永遠ですね。誰かが、ではなく、一人一人皆が、という点が大事。
なお、挿絵は私の好きな杉田比呂美さん。故にさらに楽しい。

       

49.

●「ポニーテール」● ★★


ポニーテール画像
 
201107
新潮社刊
(1500円+税)

2014年07月
新潮文庫化



2011/08/08



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親同士の再婚により新米の姉妹となったマキ(小学6年)とフミ(小学4年)、そんな2人+お母さんを中心にした、新しい家族の物語。
突然に家族となり、うまくいかないことが起きるというのは当然のこと。遠慮があったり無理があったり、ちょっとした行き違いをお互いが深刻に受け止めたり。
そんなトラブルを繰り返すことによって、ひとつの家族としてまとまっていく。本書はそんな新しい家族の歩みを描いた長篇小説です。

新しく姉となったマキは、とても無愛想で無口。といってフミを無視したり意地悪している訳ではなく、しっかりフミを見ているという風。
一方のフミはマキと対照的で、自分の気持ちをはっきり出せずに我慢してしまう、大人しい女の子。
トラブルが起きる度小さな胸をいためるフミの姿はとても愛しい限りなのですが、マキもまた魅力的なキャラクターです。
その2人の間に立って、2人を愛情深く見守る新しいお母さんの振る舞い、そしてフミの亡きお母さんの視線もまた、とても温かくて気持ち良い。
この3人に比べると、唯一の男性であるお父さんは毎日帰りが遅い所為もあって慣れ不十分、不器用さ丸出しで、どうも分が悪いようです。

幼くして母親を亡くした娘と父親の片親家族の物語を重松さんが描いたのは2年前(ステップ)。そして今回は、再婚による新しい家族の物語。米国でこうした再婚家族がTVドラマになったのは今から40年も前のことですが、日本でもこうした家族がもはや特別なものではなくなってきた、ということかもしれません。

題名の「ポニーテール」は、フミが憧れるマキの髪型。本書は、髪を伸ばしてようやくポニーテールをフミが結べるようになるまでの半年余りの物語です。
優しくとても愛おしい一冊。お薦めです。

          

50.

●「峠うどん物語」● ★★


峠うどん物語画像
 
201109
講談社刊
(各1500円+税)

2014年10月
講談社文庫化
(上下)



2011/09/20



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“家族”についてずっと書いてきた重松さん、その究極にあるものと言ったら、やはり永遠の別れ(死)に行き当たるのでしょう。

本書の主人公は、中学生のよっちゃん(野島淑子)
市街地からバスで30分、峠のてっぺんに祖父母が切り盛りしているうどん屋があります。よっちゃんが生まれた14年前、屋号を長寿庵から
「峠うどん」に変更。というのも、目と鼻の先に市営斎場ができたため、屋号が洒落にならないからと。
それ以来客層もすっかり変わり、通夜・葬儀の後、このまま家に帰る気にはなれないという思いを抱える人たちがふと寄っていく店になったという次第。
そこはそれ、店が忙しくなる日は予め判るというもので、そうなると祖母から電話が入り、よっちゃんは店の手伝いにいきます。
共に小学校教師である両親、中学生に生々しい人の死を見せなくてもと、店の手伝いにいい顔はしていない。その一方、祖母は人生勉強になると。よっちゃん自身も店の手伝いは大好きという風で、中学生にしてはちょっと変わったところのある女の子になっています。

そんな「峠うどん」の店を主舞台にした、連作短篇集。
もちろんそこに描かれるのは、人が様々に旅立っていく前後、それを見送る人たちのドラマです。
そこにはよっちゃんの同級生が葬儀の身内となることもあり、また祖父母を含めてよっちゃん一家が親しく付き合った人との別れも描かれます。
中学生の女の子であるよっちゃんの視点によってそれらが描かれている点が、新鮮です。
本書を読んでいると、誰しも、いずれ・・・という気持ちになることと思います。ついいろいろと考えをめぐらせてしまいます。

序章/1.かけ、のち月見/2.二丁目時代/3.おくる言葉/4.トクさんの花道/5.メメモン/6.柿八年/7.本年も又、喪中につき/8.わびすけ/9.立春大吉/10.アメイジング・グレイス

       

読書りすと(重松清作品)

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