帚木蓬生作品のページ No.3



21.
受命

22.聖灰の暗号

23.インターセックス

24.風花病棟

25.水神−久留米藩三部作−

26.やめられない

27.蠅の帝国−軍医たちの黙示録−

28.蛍の航跡−軍医たちの黙示録−

29.ひかるさくら

30.日御子


【作家歴】、白い夏の墓標、十二年目の映像、カシスの舞い、空の色紙、賞の柩、三たびの海峡、アフリカの蹄、臓器農場、閉鎖病棟、総統の防具

帚木蓬生作品のページ bP


空夜、逃亡、受精、安楽病棟、空山、薔薇窓、エンブリオ、国銅、アフリカの瞳、千日紅の恋人

帚木蓬生作品のページ bQ


移された顔、天に星地に花、悲素、受難、守教、襲来、沙林、花散る里の病棟

帚木蓬生作品のページ No.4

  


  

21.

●「受 命 Calling 」● ★★


受命画像

2006年06月
角川書店刊

(1900円+税)



2006
/07/27



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受精の続編となる作品。
ただし、続編といっても登場人物が共通というだけのことであって、ストーリィは全く別ものです。本作品の舞台は前作のブラジルから一転して北朝鮮というのですから、真にタイムリー。
主な登場人物は、前作と同じく日系ブラジル人医師の津村、日本女性の舞子、韓国女性の寛順。それに加えて寛順の亡き恋人の弟である東源という4人。
たまたま時を同じくして4人は、北朝鮮に入国することになります。津村は平壌にある産婦人科病院に招聘されて、そして舞子は勤務先の会長に誘われ万景峰号にて観光目的で。一方、寛順と東源は脱北者である会社社長から頼まれ、北朝鮮内にいるその父親へメッセージを届けるため密入国します。

よくまぁそう軽々と北朝鮮に行くものだなァと思います。何があっても不思議ない国だから怖そうと、私だったら臆病風に吹かれそうです。
津村が初めて平壌入りした章では、平壌市内の観光名所を案内されて見物して回るシーンが描かれます。まるでさも見てきたかのような描写と思ったら、一般の観光ツアーにて帚木さんは3回程北朝鮮を実際に訪れたことがあるのだそうです。今の情勢から思えば、ツアーがあったなんて信じ難い。
その4人が奇しくも巻き込まれる国際的なサスペンス、というのが本書ストーリィ。
帯の「超一級の国際サスペンス」という宣伝文句は如何にも大袈裟と感じましたが、実際読んだ後の印象もその予感どおり。迫真性をやや欠くためか意外と軽く読めてしまうサスペンスという点で、アフリカの蹄」「アフリカの瞳に共通します。
本作品の読み処は、終盤のサスペンス部分ではなく、むしろ中盤描き出される北朝鮮国内、平壌市内の様子でしょう。
北朝鮮の現状に対する憤りが作品の主眼であって、最後のサスペンスは小説としての体裁を整えるための付け足しに過ぎない、といっても過言ではないと思います。
とくに寛順と東源2人の密入国の目的であった元将軍による、現在の北朝鮮支配者に対する糾弾(6項目)こそが本書の圧巻と言えます。
まるで自分が平壌内を観光しているかのような気分になれたことが、ニュースとは違った面白味です。
なお、現実はそんなに容易くはいかない、だからこそ難しい。

     

22. 

●「聖灰の暗号」● ★★☆ 


灰色の暗号画像

2007年07月
新潮社刊
上下
(各1500円+税)

2010年01月
新潮文庫化
(上下)



2007/07/31



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14世紀の南仏において、ローマ教会(ヴァチカン)から異端派と断じられ、多くの信者たちが火刑に処せらる等徹底的に弾圧されたカタリ派
本書は、そのカタリ派弾圧の歴史を紐解こうとする、フランスを舞台にした歴史サスペンスです。

キリスト教の秘められた歴史をめぐるサスペンスというと話題になったダン・ブラウン「ダ・ヴィンチ・コードを思い出しますが、同作品が奇想天外なフィクションであったのに対して、同じフィクションとはいえ本書は実際にあったカタリ派弾圧の歴史を基にしているだけに興味は尽きません。
キリスト教における
異端とされ徹底的な弾圧を受けたカタリ派。その歴史を研究テーマとする須貝彰は、トゥルーズ市立図書館においてドミニコ会修道士マルティンが羊皮紙に書き残していた詩を発見する。
その詩には、多くのカタリ派信者が火刑に処せられた現場を目にした悲しみが詠われていた。
「空は青く大地は緑。それなのに私は悲しい。・・・生きた人が焼かれるのを見たからだ」
パリに戻った須貝は研究会においてそのマルティンの手稿を発表しますが、その直後から事件が相次いで起きる、というストーリィ。

ストーリィとしてはサスペンスに類しますが、本書の真価はカタリ派弾圧の史実を現代に蘇らせたことにあります。
勿論フィクションですから真実がどうであったかまでは判りませんが、素朴な民衆の信仰心に添うた宗派(カタリ派)と自分たちの権威を守ろうと尊大に権力を振るった宗派(ヴァチカン)を対照的に描いた本ストーリィは、迫真性に充ちた読み応えある、素晴らしい作品です。
特にカタリ派聖職者のアルノー・ロジェとヴァチカンから派遣された審問官パコー大司教との論争は圧巻!
また、本書は歴史の中に埋もれた名もなき人たちを描いているという点で、奈良の大仏建立に関わった人々を描いた国銅と並ぶ力作と言えるでしょう。
なお、須貝が旅するフランス南部の風景、須貝に協力するクリスチーヌエリックらとの郷土料理の食事風景は楽しい部分。私の好きな作品である賞の柩を思い出しました。

本書はキリスト教を題材としているので、宗教、キリスト教史に関心がある方には読み応え充分な作品と思いますが、反対に興味のない方にとっては物足りないサスペンス小説に留まるかもしれません。

    

23.

●「インターセックス」● ★★


インターセックス画像

2008年08月
集英社刊
(1900円+税)

2011年08月
集英社文庫化



2008/09/06



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最近オリンピックなどで有力な女性選手が染色体検査をしたところ男性と判定され出場資格を失う、といったニュースを時々見ることがあります。どういうことはもうひとつ判らないままだったのですが、本書を読んで初めてどういうことか知りました。
本書題名の“インターセックス”とは“半陰陽”とも言い、男女を示す染色体と性器等の身体つきが一致しない、あるいは未発達な両方の性器官(両性具有)をもつ場合もあると言います。

本書はそのインターセクシュアリティの人たちをテーマにした長篇小説。主人公は、インターセックスと性差医療の問題に使命感を抱く女医の秋野翔子
ストーリィは、インターセックスで生まれた新生児、やはりインターセックスである10歳の少女・美奈との出会い、翔子がサンビーチ病院の院長・岸川卓也と知り合い、彼にヘッドハンティングされて病院を移るところから始まります。
インターセックスで生まれたが為に、大勢の医者の眼に晒され、訳の判らないまま幼い頃より繰返し手術を受けてきたという苦しみが、何人もの当事者の実体験談として語られます。
そうした人の出現頻度は10万人に一人と言いますから、隠されているだけで決して稀少ではないのでしょう。
そんな苦しみに対して「男か女である前に、わたしたちは人間ですから」という翔子の言葉には、深い感銘を受けます。
早急に外科手術で男か女かを決めてしまい、あとは家族に任せればいいという外科的な発想に対して、形を変えても苦しみは変わらない、長じてから本人に決めさせるべき、それまでの精神的ケアこそ担うべきという考え。この問題に留まらず、医療とは本来そうあって欲しいと、心から思いました。

帚木さんらしく、本作品にはサスペンス要素もあります。
サンビーチ病院、どこかで聞いた覚えがするなぁと思ったら、岸川院長も含めエンブリオで登場した病院・主人公。
医療サスペンスとなれば概ねその先の展開は読めてしまいますけれど、それでも本書への関心が揺るがないのは、核心がインターセックスにあるからこそでしょう。
舞台がサンビーチ病院になっているという点で、本作品は「エンブリオ」の第二幕ともいえます。おかげで、「エンブリオ」で釈然としないままとなった思いが漸く本書で解消しました。

   

24.

●「風花病棟(かざはなびょうとう)」● ★★


風化病棟画像

2009年01月
新潮社刊
(1500円+税)

2011年11月
新潮文庫化



2009/02/07



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帚木蓬生さん初の短篇集。10年間に亘って少しずつ書き続けてきた10作品をまとめての刊行。

帚木作品というとこれまで医療あるいは歴史の現場におけるドラマティックなストーリィが主だったのですが、本短篇集ではいずれも、患者たちに真摯に向かい合う医師たちの姿が描かれています。
技術的な医療の前に、医師は患者に対してまず人間として向かい合わなければならないのではないか。
医師とは、医療とはどうあるべきかを問いかけると同時に、医師であることについて一人の人間としての迷い、悩みも描かれています。
短篇だからこそ、ドラマティックなストーリィを追うことなく、帚木さんが日頃から胸に抱えている思いをいろいろな設定の下に謳った作品集になっています。
読後は、心洗われたような、清々しい気分を感じます。

本書に登場した医師の中では「雨に濡れて」に登場する、研修医時代患者に感情移入し過ぎて泣きじゃくり、“泣きの水戸先生”と仇名されたという女医の姿が一番心に残ります。ストーリィには、谷村志穂「余命の感動を思い出しました。
医師は患者の苦しみ、思いに深く近付かなければいけないのだなと感じさせられたのは、「ショットグラス」

そして主人公の医師と共に、患者本人より看護する夫のことばかり考えていたことを指摘され愕然とする思いを味わったのが、「顔」。この篇は、いざ自分が患者になったとき、どうあるべきか、どういられるか、ということも考えさせられました。
そしてどの篇も、患者の気持ちに思いを馳せながら読んだのはもちろんのことです。

親子二代医師となったが故に、同じ医師である父親との関係の難しさを描いた作品が「百日紅」「震える月」
また、太平洋戦争時の軍医経験を描いた2篇「チチジマ」「震える月」も見逃せません。帚木さんより上の世代になると軍医として戦争体験している人が多いことから、触れなくてはいけないこととして書いた作品とのことです。
「終診」はクリニックを引退して老医師の最後の日々を描き、短篇集の最後を締めるに相応しい作品。

なお、いずれの短篇にも各々に“花”が添えられています。それらの花を愛でる気持ちになりながら読むのも一興です。

メディシン・マン/藤籠/雨に濡れて/百日紅/チチジマ/顔/かがやく/ショットグラス/震える月/終診

  

25.

●「水 神」● ★★          新田次郎文学賞


水神画像

2009年08月
新潮社刊
上下
(各1500円+税)

2012年06月
新潮文庫化
(上下)



2009/09/13



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帚木さんの地元=福岡、五人の庄屋が身代を投げうって筑後川に堰を築き、水に恵まれない江南原の地に水を引くという史実をモチーフにした時代小説。

本作品の主人公は、五人の庄屋であると同時に、その地に生きる百姓たち。
時代小説は数多くありますが、百姓を主人公にした作品は殆どない。そのことは私も以前から感じていたことですけれど、一つは歴史にあまり書き残されておらず、ドラマが書きにくいという理由によるものだろうと思います。
帚木さんの中には、歴史に書き残されていないそうした百姓たちの姿を描くという思いがあったそうです。
時代小説としては「国銅」に継ぐ2作目。「国銅」が奈良時代の大仏建立に携わった名もない人々を主人公とした作品であるのに対し、本作品は江戸時代の百姓たちを主人公にしたという次第。

久留米藩の江南原。すぐ近くを大河である筑後川が流れているというのに、この地は川から高いために水に恵まれない。そのため高田村では“打桶”という役割を与えられた百姓2人が、毎日朝から日没まで一年中、土手の上から筑後川に桶を投げ入れ、汲んだ水を水路に流すという仕事を一生続ける、ということを繰り返していた。そんな土地柄であるため、当然にこの地の百姓はずっと貧困に喘ぎ続けてきた。
ついに5人の庄屋が決意を固め、筑後川に堰を築いて水を引くという大工事の実施を藩主に願い出ます。
当然の如く起きる反対意見、反対する庄屋側からの逆嘆願書の提出。一方、借金に依存して余裕のない藩財政。
五人の庄屋は、自分たちの命、身代を投げ出すことによって初めて藩による工事の実施を勝ち得ますが、困難はさらにそれから。

水に恵まれない百姓の苛酷な暮らし、五人の庄屋たちの勇気ある自己犠牲、そして江南原地方を上げての堰築造工事が、淡々と物語られていきます。
秀逸なのは、百姓たち、庄屋たち、そして彼らを見守り助力する下奉行の老武士という3視点から、本ストーリィがバランスをとって広角的に描かれている点でしょう。
淡々と描かれるからこその感動、それに加えて味わい良さ、味わい深さがしみじみと感じられる長篇時代作品。お薦めです。

※本作品執筆中に白血病罹患が判明した帚木さん、下巻は全て病室で書かれたそうです。

  

26.

●「やめられない−ギャンブル地獄からの生還−」● ★★


やめられない画像

2010年09月
集英社刊
(1200円+税)



2010/09/30



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ギャンブル中毒、依存者。軽い気持ちで帚木蓬生さんの著書だからと、興味半分で読み始めたのですが、すぐ恐くなりました。
万が一にも自分の家族が病的ギャンブラーになったとしたら、と思うと、目の前が真っ暗になる気分。

病気の目安になるのは、嘘と借金だそうです。
そして、この病気に嵌るのは、20代とか若くしてのことが多いという。つまり、若い時に嵌ってそのまま抜け出すことができず、人生の大半を棒にふってしまうケースが多いという。
麻薬中毒も恐ろしいと思いましたが、ギャンブル中毒者はもっと恐ろしいのかもしれない、そう感じます。

特にパチンコ・スロット。“ギャンブル”ではなく“遊戯”扱いのため規制も緩い。そしてそこら中にあるサラ金。元々罠が用意されているようなものですから、万が一陥ったとしたら・・・

本書を読んで初めて認識したのですが、ギャンブル依存者の場合は嘘をつき続けるため、嘘をつかれ続ける家族への精神的ダメージも実に大きいのだそうです。
病気なのだから、本人の「止めます」という<意思>など、嘘に過ぎないという。
予め知識を得ておくことも勿論大事だと思いますが、行政ももっと対応すべきではないか、と思いますねぇ。
万が一の場合、是非読むべし!という一冊です。

ギャンブル地獄であえぐ人たち/ギャンブル地獄の正式診断/ギャンブル地獄の二大症状は借金と嘘/地獄へいざなうギャンブルの種類/ギャンブル地獄で<意思>はない/ギャンブル地獄での合併症/若年化するギャンブル地獄/ギャンブル地獄で起こる犯罪/ギャンブル地獄の女性たち/ギャンブル地獄では家族も無力/地獄から生還する道はただひとつ/自助グループこそ地獄に垂れた蜘蛛の糸/通院治療と入院治療/ギャンブル地獄生還途上の試練/ヒト社会のギャンブル行動

        

27.

●「蠅の帝国−軍医たちの黙示録−」● ★★       医療小説大賞


蠅の帝国画像

2011年07月
新潮社刊
(1800円+税)

2014年01月
新潮文庫化



2011/08/07



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元軍医たちが遺した先の戦争の記録。
帚木さんが軍医に関する資料を集め始めたのは、九大精神科で医局長を務めていた1987年頃からだそうです。

医学生になれば普通の兵隊として召集されることは免れ、少しでも危険な場所へ赴かされる可能性は減る、医学を道を志した動機は人それぞれですが、軍医になったからといって危険が無かった訳ではない。部隊付属となり戦地へ赴き、犠牲となった若い軍医たちも多くいたそうです。
本書はそんな若い軍医たちが戦場で、あるいは外地・内地の病院等で経験した事実を書き残した記録を基にした、戦争短篇集。
医者であれば、目にした症例、発見したことを記録に残すのは当然のこと。
そんな習性がやむにやまれぬ衝動となって軍医としての体験を多く書き残すことに繋がったに違いないと、帚木さんは伝えます。
軍医から見た戦争、その惨状は軍人あるいは一般人とはまた違った視点のものとなる。その割に、今まで軍医たちが遺した記録は余り日の当てられることがなかったそうです。

常に人の生き死にを扱う仕事だからこそ、若き軍医たちからみた戦場、被害の様子は極めてリアル。
治療してやりたいのに満足な治療ができない悔しさ、そうした思いがひしひしと伝わってきます。
まず、冒頭の
「空爆」から圧倒されます。そして「蠅の街」は、原爆投下されたから1ヶ月後の広島へ調査に出かけた時の記録。その惨状は、改めて目の前に浮かぶようです。
そんな15篇の中にあって、乗馬好きの軍医を描いた
「軍馬」は物語としての面白さも備えています。

最初の内は一篇一篇を読むという感じでしたが、2/3を過ぎる頃には一つ一つのピースから全体像が浮かび上がってくる、という感じを受けるようになりました。
そこから生まれたものは、武器や食糧、医療品も満足でない状況下、こんな愚かな戦争を誰が継続させたのか、という怒り。
そして戦争というものの非情さ、それがもたらす惨状の底しれなさ。
それらの事実は決して忘れてはならないこと。それを伝える点でも本書刊行の意味は大きい。
それと同時に、本書は帚木さんから彼ら軍医たちに送る鎮魂歌なのでしょう。

空爆/蠅の街/焼尽/徴兵検査/偽薬/脱出/軍馬/樺太(サガレン)/土龍(もぐら)/軍医候補生/戦犯/緑十字船/突撃/出廷/医大消滅

        

28.

●「蛍の航跡−軍医たちの黙示録−」● ★★☆       医療小説大賞


蛍の航跡画像

2011年11月
新潮社刊
(2000円+税)

2014年08月
新潮文庫化



2011/12/21



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蠅の帝国に続く、元軍医たちが遺した先の戦争の記録である短篇集「軍医たちの黙示録」続巻。
前作が主に内地と満州を舞台としていたのに対し、本書はシベリアから南太平洋上のラバウルやニューギニア等、過酷な自然環境に置かれて必死で生き抜いた軍医たち、あるいは死んでいった多くの兵たちの姿が描かれています。

表紙裏に本書の舞台となる東南アジア・太平洋周辺、東部ニューギニア・ソロモン諸島周辺の地図が挿入されていますが、トラック島やタラワ島等、日本本土やアジア大陸から遠く離れた絶海の島にまで日本軍は侵攻、布陣していたのかと思うと絶句する他ありません。
食糧や薬品という必需品の兵站がきちんと確保されていたのであればまだ判りますが、連合軍の攻勢によりすぐそれは叶わなくなります。日本の当時の国力からしても無謀としか言えない作戦だったのではないか。はるかに遠い南洋上の島に置き捨てられた状態となり、敵との戦闘より、飢餓、マラリア等の伝染病との戦いに追われた日本兵たちの姿は悲惨という他なく、涙を禁じ得ません。
こんな勝てる筈もない、愚かとしか言いようのない戦争を誰が継続し、止めようとしなかったのか、それはずっと語り続けられなくてはならない歴史だと思います。
想像を絶する数々の苦難についての克明な記録、確かな観察眼。前作でも書いたことですが、軍医たちだからこそ遺しえた記録でしょう。

本書の中で特に印象に残った篇は「名簿」「軍靴」「下痢」「行軍」
敗戦、これで生きて日本に帰れると喜んだもののソ連軍によるシベリア強制労働等によって多くの日本兵の命が失われた事実を読むと、改めて悲憤を感じざるを得ません。「名簿」「行軍」はそんな篇。
対照的に
「巡回慰安所」では兵たちの違う面が描かれます。

高校生の頃、大岡昇平「俘虜記」「野火」を読んで戦場の過酷さを深く感じたものですが、本書はそれらの傑作に比肩される貴重な記録小説。是非読んでいただきたい作品です。

抗名/十二月八日/名簿/香水/軍靴(ぐんぐつ)/下痢/二人挽き鋸/生物学的臨床診断学/杏花(シンホア)/死産/野ばら/巡回慰安所/行軍/アモック/蛍

     

29.

●「ひかるさくら」●(絵:小泉るみ子) ★☆


ひかるさくら画像

2012年03月
岩崎書店刊
(1300円+税)

2012/04/22

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薬売りの彦一は、いつもとは違った山道に足を踏み入れる。すると彦一、男性、女性、子供と次々と病人に出会います。優しい彦一は、その度に代金を貰うことなく薬を分け与えます。
村に行き着かないまま山中で夜を迎えてしまった彦一は、いつしか自分の足元だけが光っていることに気付きます。そして導かれるように行き着いた先は、何と光るサクラの木の下だった。

本書、帚木蓬生さんには珍しい絵本です。
病人へ優しく振る舞う薬売りという設定は、いかにもお医者である帚木さんらしいお話と思いますが、さてその物語が語るところは何でしょうか。

医者たる者、誰が見ていようが見ていまいが、誰に評価されることがなくても、病人一人一人に優しく向かい合わねばならない、という気持ちを描いたものではないかと思います。

※なお、この絵本の対象年齢は5才とのこと。

       

30.

●「日御子(ひみこ)」● ★★☆       歴史時代作家クラブ賞作品賞


日御子画像

2012年06月
講談社刊
(1800円+税)

2014年11月
講談社文庫化
(上下)



2012/06/17



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紀元1〜3世紀の九州(倭国)を舞台にした壮大な歴史ロマン。
当時既に、倭の国王たちは当時の先進国である大国=中華と交流しようとしていた。それら王たちと、そのために尽力していた
使譯(通訳)一族の足跡を描いた歴史小説。

時代は3部に分かれており、第一部は那国、ついで伊都国からはるばる後漢、その首都である洛陽にまで赴いた朝貢団の足跡を綴った篇。その2回に亘る朝貢団で使譯を務めたのは、<あずみ>一族、孫の針(しん)
そして第二部では、大乱が続く倭国の中心に会って和平を説き、諸国の力を結集して和平と隆盛を気付いた
弥摩大国の女王=日御子が舞台の中心に登場します。ただし、主人公はその日御子に仕え、日御子に生きる上での指針となる<あずみ>一族の教えを伝えた炎女(えんめ)。※炎女は、伊都国から弥摩大国の使譯に元に嫁いだ針の娘=江女の孫。
そして第三部は、日御子崩御の後、弥摩大国の敵視する
求奈国が勢力を強め、倭国の平和に危機が訪れます。
使節団の相手は後漢、次いで魏と姿を変えていきます。それは倭国においても同様で、那国、伊都国、弥摩大国とやはり移ろうています。しかし、そこでいつも倭国と中国の間を取り持ってきたのは、代々使譯としての役目を伝えてきた<あずみ>一族という次第。

当時の中国文明のレベルがどんなものであったのか具体的な知識はないものの、4大文明発祥の国と日本との文明の差が相当に大きかったことは否定できないことでしょう。使節団一行の驚愕がそれを語っていますが、それを屈辱的に感じる部分はありません。むしろ、狭い日本に閉じこもらず、積極的に中華の大国と結ぼうとした先進的な発想、その気概に胸を打たれる思いです。
また、倭国から後漢への使節団一行が味わった見聞での驚きは、現代にあっても興味尽きないところ。

(さしづめ、ゲルマン民族が世界の首都ローマにやって来たようなものでしょうか)
そして<あずみ>一族が伝えてきた教え、「人を裏切らない」「人を恨まず、戦いを挑まない」「良い習慣は才能を超える」は、人々の間に和平を実現していくうえで、現代の国際社会にも通じる重要なメッセージだと感じます。

“弥摩大国、日御子”が、日本史上の“邪馬台国、卑弥呼”のことであるのは言うまでもありません。
後漢、魏、倭国を繋いだ壮大な歴史ロマン。まさに帚木さんの力作と言って良いでしょう。歴史の好きな方に、是非お薦め!

1.朝貢/2.日の御子/3.魏使

   

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