北原亞以子作品のページ No.5



41.ぎやまん物語

42.乗合船

43.恋情の果て

44.春遠からじ

45.化土記

46.いのち燃ゆ

47.初しぐれ

48.こはだの鮓


【作家歴】、深川澪通り木戸番小屋、花冷え、まんがら茂平次、恋忘れ草、その夜の雪、風よ聞け−雲の巻−、深川澪通り燈ともし頃、東京駅物語、江戸風狂伝、銀座の職人さん

→ 北原亞以子作品のページ No.1


雪の夜のあと、傷(慶次郎縁側日記No.1)、再会(慶次郎縁側日記No.2)、昨日の恋、埋もれ火、消えた人達、おひで(慶次郎縁側日記No.3)、峠(慶次郎縁側日記No.4)、お茶をのみながら、蜩(慶次郎縁側日記No.5)

→ 北原亞以子作品のページ No.2


妖恋、隅田川(慶次郎縁側日記No.6)、妻恋坂、脇役(慶次郎覚書)、やさしい男(慶次郎縁側日記No.7)、夜の明けるまで、赤まんま(慶次郎縁側日記No.8)、夢のなか(慶次郎縁側日記9)、ほたる(慶次郎縁側日記10)、月明かり(慶次郎縁側日記11)

 → 北原亞以子作品のページ No.3


父の戦地、白雨
(慶次郎縁側日記12)、誘惑、似たものどうし(慶次郎縁側日記傑作選)、あんちゃん、澪つくし、あした(慶次郎縁側日記13)、祭りの日(慶次郎縁側日記14)、たからもの、雨の底(慶次郎縁側日記15)

 → 北原亞以子作品のページ No.4

  


           

41.

「ぎやまん物語 ★★


ぎやまん物語画像

2014年02月
文芸春秋刊

(1850円+税)

2015年12月
2016年01月
文春文庫化
(正・続)


2014/03/09


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ポルトガルで作られ、イエズス会宣教師により貢ぎ物として渡来したぎやまんの手鏡
豊臣時代から江戸時代終幕までを、その手鏡が語り手となって描く日本の近世物語。
北原さんは長い歴史を描きたいと思い、その語り手としてぎやまん鏡を思いついたそうです。足かけ15年に亘って書き継がれた物語とか。

ただ歴史を語るだけなら第三者視点で描けば簡単なのでしょうけれど、語り手をぎやまんの手鏡にしたことによって、誰にも見せない当事者の素顔、生々しい感情を聞き知ることができる、という点が本作品の妙でしょう。
とくに前半、秀吉正室の
於祢、淀君となった茶々、二代将軍秀忠の正室となったお江らが秘めた心底の声には読み応えがありますし、田沼意次松平定信の辺りには興味尽きません。

読み終えて振り返ってみれば、描かれたのは豊臣時代から江戸の終幕まで。
華やかな時代から、財政困窮の時代を経て、社会の変転の時という流れであったことを思うと、戦後の高度成長社会からバブル崩壊を経て混迷の現在と何やら似ている気がします。
北原亞以子さん、そこまで意識されていたのでしょうか。

妬心/因果/制覇/葛藤/かりがね<前編>/かりがね<後編>/赤穂義士/あこがれ/嵐の前/浮き沈み<前編>/浮き沈み<後編>/阿蘭陀宿長崎屋/黒船/落日<前編>/落日<後編>/終焉

           

42.

「乗合船−慶次郎縁側日記− ★★


乗合船画像

2014年03月
新潮社刊

(1400円+税)

2017年05月
新潮文庫化


2014/04/12


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“慶次郎縁側日記”シリーズ第16弾にして最終巻。

相変わらずの味わい良さです。どんな名シリーズであってもいずれは終わるものですが、これが最終巻だと思うと名残惜しさでいっぱいです。もっとも北原亞以子さん自身は特に本書を最終巻としようと思っていた訳ではないでしょうし、いつもどおり今後も続くという幕切れになっています。

本書中、
「おふくろ」は滑稽さと悲哀さを共に合わせ包んだような篇。
「はなかつみ」は、最初どんな展開になるのだろうと思いましたが、好いなぁ。
「吉次の値打ち」、本書中で私は面白いと思った篇。“蝮”という異名をとる岡っ引き=吉次が思いがけず弱気を洩らすストーリィで、その意外さと、慶次郎との間に友情と言ってもよい気持ちの通い合いがあることが示され、楽しく思えてくる篇です。

本シリーズの閉幕を惜しむと共に、改めて北原亞以子さんのご冥福を祈ります。

松の内/春の雪/おふくろ/乗合船/冬過ぎて/はなかつみ/吉次の値打ち/冥きより

                 

43.

「恋情の果て ★★☆


恋情の果て画像

2014年05月
光文社刊

(1600円+税)

2016年11月
光文社文庫化



2014/06/06



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今も残る恋情、未練、葛藤。複雑な想いに揺れる女性たちの心情を見事に描いた時代もの短篇集。

北原亞以子さん、何と上手いことか!
本書で描かれているのは、恋する想いに燃え上がった一時のストーリィではありません。それから別れたり、捨てられたり、再会を待ち望んでしていた後に再会する等々、時間の経過を背景にしての女性たちの心情を描き出している処が白眉。

本書収録12篇の中でも特に魅せられたのは、折角一緒になったもの未熟な故に離縁した後悔をずっと引きずっているお紺を描く「寒紅」、捨てた女への見栄を貫く男をそっと見送るおりょうを描く「捨てた女」、一人の男を挟んだ女2人のそれぞれに切ない想いを描く「朧月夜」の3篇。
また、表題作
「恋情の果て」は皮肉な運命の果てを、2人の故郷訛りをもって終結させた処が何とも上手い!

なお、「三年目の菊」は武家もの。しかし硬質なストーリィになることなく、最後に主人公と仇である武士との軽妙な会話を楽しませてくれます。
また、
「困ったやつ」は唯一男性を主人公とした篇。中々にコミカルで微笑ましいところあり。恋情だけでなくこうしたコミカルな作品も達者であることを、改めて示したような一篇です。

北原亞以子さんの逝去がつくづく惜しまれてならない、という気持ちにさせられる、女たちの恋を描いた短篇集。お薦めです。

退屈の虫/寒紅/雁の帰る日/哀怨花火/恋情の果て/三年目の菊/捨てた女/困ったやつ/伊勢町掘/秋の扇/師走の風/朧月夜

               

44.

「春遠からじ ★★☆


春遠からじ画像

2014年07月
角川書店刊

(1500円+税)

2017年07月
角川文庫化



2014/08/13



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戦国時代の関東が舞台、関東管領が実権を失い、北条と足利公方の争い、さらに豊臣対北条という勢力争いに翻弄されながらも、強く生きようとする女性たちの姿を描いて圧巻、と言うべき長編小説。

北原作品において戦国時代を背景にしている作品は珍しいなぁと思っていたら、やはり戦国を舞台にした唯一の長編小説だそうです。
1991年新人物往来社刊行の「別冊歴史読本・特別増刊時代小説秋号」に一気掲載された作品で、単行本未刊行。よもやそんな作品が未だ残っていようとは思っても見ませんでした。

下総国関宿に暮す塩商人の次女
あぐり。想い合う相手である伍平太と共に“関宿合戦”に巻き込まれ、籠城する城内にてあぐりは娘=さくら子を産み落とします。
あぐり母子を助け支えてくれたのは、年下遊女たちを率いる
ねこ姉であったり、城主が台所女に産ませて姫扱いされていない於須和であったりと様々。
勢力争いや意地の張り合いに生死をかけ、意固地になったり、所詮は自己満足で行動する男たちと対照的に、お互いに支え合って生き延びようとする女たちの姿は力強く、心打たれます。男たちとは違った意味で、あぐりやねこ姉たちは逞しい。そんな女たちの姿は印象的であり、まさに圧巻。

戦国の世が落ち着き平穏な日々がやっとあぐりやさくら子、ねこ姉たちの身に訪れますが、それも生き延びてこそ。
男性視点からなる戦国小説ではなく、女性視点に立っての長い戦国小説であることに本書の価値があります。
時代小説好きかどうかを超えて、女性読者に是非お薦めしたい逸品です。


北条勢襲来/萌え出ずる/落城/初雪/野盗/藁葺屋根/春遠からじ

       

45.

「化土記(けとうき) ★★


化土記画像

2014年11月
PHP研究所刊

(1800円+税)



2014/11/29



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倹約・奢侈禁止により幕政を改革しようとした老中=水野忠邦による天保の改革、その手足となって庶民を弾圧し“妖怪”と仇名された南町奉行の鳥居耀蔵、その閉塞的で暗い時代を背景とした時代小説。
水野忠邦は新田開発と合わせ新たな水運航路を開こうと
印旛沼開拓を計画し、数藩にその工事を命じます。しかしその印旛沼は、泥がヘドロ化し過去に行われた工事も失敗に終わっている厄介な土地。表題の“化土”とは、その化け物の様な印旛沼の泥を指す言葉です。
そんな折、印旛沼開拓に賛成していた勘定吟味役の
栗橋伊織が何者かに斬殺されます。訳あって勘当され浪人となっていた兄の雄太郎(今は槇緑太郎と名乗る)は寡婦となった花重と共に、犯人である浪人者を印旛沼に誘き出して敵討ちを果たそうと、印旛沼に向かいます。その2人に緑太郎と長屋仲間の八十吉おはん、さらに甲州郡内地方で起きた一揆の首謀者として追われる兵助という3人が同行します。
その4人を追って、あるいはそれと無縁に、浪人者、岡っ引、訳有りの女と男、という面々が江戸から印旛沼を目指します。

武家も出てくれば浪人者もいて、様々に事情を抱える町民もいるという具合で、登場人物が極めて多層に亘り(異人まで)、また彼ら一人一人についての様々な人生ドラマをその内に抱えこんでいるという点で、北原亞以子作品の中でも稀有な、スケールの大きな作品と言って良いでしょう。

困難な時代に、あがき、もがきながらも懸命に生き抜こうとしている人々の多様な姿を描いた群像劇。
こうした時代にあっては、もはや善人とか悪人とか区別するのが無意味に思えてきます。
本ストーリィに結末はない、と言うべきでしょう。人生は長く、ドラマがあっても結局それは一時的なことに過ぎず、その後も人生は続いていくのですから。
本ストーリィの最後を北原さんはどうまとめるのかと、些かハラハラする思いで結末へと読み進みましたが、無理に決着を付けようとしなかったところが、北原亞以子さんらしい、捌きの上手さと思います。

※現代日本、本ストーリィの時代と比較して如何なものかと、衆院選挙を目の前に控えた今、つい考えてしまいます。

1.闇討/2.腕づく長屋/3.望郷/4.妖怪/5.尾行/6.御普請御手伝/7.変わらぬもの/8.印旛沼/9.続・印旛沼/10.上知令発布/11.鍬入れ/12.化土(けとう)

            

46.
「いのち燃ゆ ★★


いのち燃ゆ

2016年03月
角川文庫

(560円+税)



2016/10/27



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文庫初収録の3篇を含む、7篇収録の短篇集。
そこに共通項を見いだすなら、自分の思うままに生きる男たちの傍らで、切なく生きる女たちの姿を描いた時代もの短編集と言って良いかと思います。

「ひとこと」:関ヶ原の戦い直前、家康と三成のどちらに付くべきか、清正から選択を迫られた寧々の胸の内を描く篇。
「いのち燃ゆ」:関ヶ原の前哨戦、大坂方に安濃津城を取り囲まれた富田信高の妻=苳(ふき)姫が自ら槍を振るったその胸中を描いた篇。
「乱れ火」:夫の敵討ちのため苦界に身を沈めて太夫を張る瀬川、新しい恋を取るか、初心どおり夫の敵討ちを取るかの選択を迫られた瀬川の、辛く苦しい胸の内を描いた篇。
「土方歳三」:本書中唯一、男が主人公。説き落して近藤勇を自首させた歳三が、悔恨に苦しむ姿を描く篇。
「降りしきる」:商家から芹沢鴨に差し出されその女となったお梅が主人公。芹沢鴨、土方歳三との複雑な心情が読み処。
「呪縛」:高杉晋作の愛人だったうのの、明治14年の姿を描く篇。龍馬におけるおりょうといい、死んで英雄となった志士たちの愛人たちの苦労が偲ばれます。
「女子豹変す」:痛快にして、主役男女2人の交錯する想いが圧巻の篇。こうしたストーリィが書けるところに北原亞以子さんの達者さと、改めて実感します。この一篇だけでもお薦め!

※「降りしきる」(短編集
「降りしきる」収録)、「呪縛」(同埋もれ火収録)、「女子豹変す」(同花冷え収録)は既読でしたが、まるで覚えていなかった・・・。

ひとこと−北政所/いのち燃ゆ−安濃津城の戦い/乱れ火−吉原遊女の敵討ち/土方歳三−北の果てに散った新選組副長/降りしきる/呪縛/女子豹変す

      

47.
「初しぐれ ★★


初しぐれ

2016年06月
文春文庫刊

(700円+税)



2016/06/20



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晩年に発表した時代小説5篇と、幻の直木賞受賞第一作を収録した短篇集。

「初しぐれ」「老梅」は市井もの。
前者の主人公
おこうは、親から懇願されて亡き姉の夫=楠太郎の後妻となりますが、姉の子である清太郎と自らの子2人を育て上げたところで楠太郎が死去。ようやく責任から解放された気持ちになったおこうが今思い出すのは、一緒になることを約束した男のこと・・・。
後者の主人公は若くして隠居の身となった
おたか。そのおたかは田舎での貧乏くさい若者=半次と知り合うのですが・・・。
2篇とも北原亞以子さんの上手さを改めて実感する作品。切なく哀しいところもありますが、どこか明るさも感じさせられるところが、北原亞以子さんらしい深みのある、味わい豊かな篇。

「海の音」「捨足軽」は、異国船に対する長崎での国防にまつわるストーリィ。前者は長崎会所で唐物目利きだった荻島忠兵衛と長ア奉行の松平図書康英、後者は佐賀鍋島藩で“捨足軽”に指名された若者たちの話。
「犬目の兵助」は、相次ぐ飢饉によって起された打壊し騒動を描く篇。渡来のぎやまん手鏡を語り手とするぎやまん物語に連なる一篇です。

「アーベル ライデル」
は珍しくも、昭和初期の椅子職人の一家に題材をとった物語。何とも言い難い味のある篇です。

初しぐれ/老梅/海の音/犬目の兵助/捨足軽/アーベルライデル/インタビュー:入院中も江戸の街を歩いていた

           

48.
「こはだの鮓 ★★


こはだの鮓

2016年07月
PHP文芸文庫

(980円+税)



2016/09/09


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北原亞以子さんが2013年03月に死去した以降に刊行された遺作としては早や10冊目。
1冊、1冊読み進むごとに北原亞以子さんからその分遠ざかり、名残りを惜しむ、名残りを味わうという思いが増しています。
あと残りは何冊ぐらいあるのだろうと、ふと考えます。

単行本未収録の短編+目にできず幻という感じだったデビュー作
「ママは知らなかったのよ」、そして新選組の近藤勇・土方歳三を扱った「新選組、流山」を収録。

総じて、北原亞以子作品の原点と言うべき作品が集められているなという印象を感じます。
「楽したい」「こはだの鮓」は江戸市井ものですが、ユーモラスで、人間というものの面白さを端的に描いた篇。
「十一月の花火」は太平洋戦時中が背景、召集された父親が戦地から娘にしきりと絵を交えた便りを寄越すという話ですが、北原さんの回想記父の戦地に通じる自伝的な篇。

「たき火」「泥鰌」は共に不器用な職人である父親をもつ娘、息子を主人公にした篇。父親が家具職人だった北原さんだからこその篇と感じます。

「ママは知らなかったのよ」は、ついに読めたかと深い感慨を抱く篇。時代小説の多い北原亞以子さんですが、こうした現代的なストーリィだったのだなぁと思う次第です。
  
楽したい/こはだの鮓/姉妹/十一月の花火/たき火−本所界隈(1)−/泥鰌−本所界隈(2)−/特別収録1:ママは知らなかったのよ/特別収録2:新選組、流山へ

 

読書りすと(北原亞以子作品)

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