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1.魚神 2.おとぎのかけら 3.あとかた 4.男ともだち 6.ガーデン 7.透明な夜の香り 8.しろがねの葉 9.マリエ 10.雷と走る |
●「魚 神(いおがみ)」● ★ 小説すばる新人賞・泉鏡花文学賞 |
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2012年01月
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生臭い水に囲まれ、遊女屋が軒を連ねる島。 その島を舞台に、島に伝わる伝説と、今に生きる孤児の白亜とスケキヨを囲む情念の物語を絡めて描いた、新しい感覚の小説。 ただ、白亜とスケキヨが生きているのは伝説ではなく現世であると言っても、その島には電気も通じず、本土からは全く孤立した世界。 魚と人間が関わり合う伝承話は結構あると思いますが、はてこの作品はどういう意味だったのか。 |
●「おとぎのかけら−新釈西洋童話集−」● ★☆ |
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2013年08月
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代表的な西洋童話を現代日本に置き換えたらどうなるか。 「本当に幸せなのは誰か」、というのが千早さんのアプローチ方法のようです。 元々西洋の伝承話には冷酷で自分勝手な部分を潜めているもの。大人になってから「グリム童話集」を読み返した時、えっ!と驚いたことを今でも忘れていません。 各篇、西洋童話をモチーフにしながら、一見まるでかけ離れたストーリィのように思えます。でもよく噛み締めると、底辺で共通するところがあるように感じます。 ※「シンデレラ」、代表的な西洋のハッピーエンド物語ですが、姫野カオルコ「リアル・シンデレラ」を読んで以来、すっかり懐疑的になってしまいました。 迷子のきまり(ヘンゼルとグレーテル)/鵺(ぬえ)の森(みにくいアヒルの子)/カドミウム・レッド(白雪姫)/金の指輪(シンデレラ)/凍りついた眼(マッチ売りの少女)/白梅虫(ハーメルンの笛吹き男)/アマリリス(いばら姫) |
3. | |
「あとかた」 ★★☆ 島清恋愛文学賞 | |
2016年02月
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自分が個人として存在していることを示す痕跡。そのあがきの故に淫らに、痛くも切なくも感じられる6篇。 冒頭の「ほむら」と「ゆびわ」は、婚約〜結婚中、あるいは結婚して初めての子を持ったばかりだというのに、ろくでもない男とセックスだけの関係を続けている女性が主人公。そこへ向かった理由には判らないこともないのですが、だからといって肯定できる訳でもなく、彼女たちの残った痕跡とは何なのか、意味はあったのかと疑問に思う次第。 「てがた」は、「ゆびわ」の主人公である明美の夫でサラリーマンの洋平を主人公にした、裏返しと言えるストーリィ。 本書収録6篇の中で白眉なのは「やけど」と「うろこ」の2篇。生まれ育った状況故にセックスしか人と繋がる方法知らない少女=サキと、高校の同級生で現在サキがその部屋に居候している大学生=松本の2人が各々主人公となり、裏返しともなっているストーリィ。 前3篇については現状に足掻いているだけで一体希望は残されているのかと思う内容でしたが、上記2篇については見た目同じように足掻きながらもどこか前進している気配を感じ取れる処が見逃せない魅力です。 中々窺い知れない2人の心情ですが、最後にやっと心の奥底に隠していた想いが芽吹く様子を、窓の外に見るシーンが圧巻。 「ねいろ」は他5篇を総括する様な篇。主人公はサキと親しい千影というフィドル弾きの女性。 自分という人間の存在感に自信を失った時、足掻きたくなるような思いに駆られるのは決して不思議ではないことと思います。ただ、どうせ足掻くなら少しでも前進したいもの。 読了後は、サキと松本の今後を祈りたい思いで一杯です。 ほむら/てがた/ゆびわ/やけど/うろこ/ねいろ |
4. | |
「男ともだち」 ★★☆ | |
2017年03月
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異性間で友情は成り立つのか。特に、若い女性に男性の友人はあり得るのか。それは永遠の命題かもしれません。 本書の主人公は、神名葵、イラストレーター、29歳。 恋人の彰人と同棲中であるにもかかわらず、既婚のイケメン医者=真司にとって都合の良い愛人でもある。 そんな主人公に好感を抱くことはできない、と言っても何ら不思議はないでしょう。 仕事に対しても恋人に対しても不誠実、夢中にならずに済むよう意識的に不誠実であろうとしている、そのために真司という医者との不倫関係を利用している、とも思えるのですから。 そんな神名の前に8年ぶりに姿を現したのは、大学時代の先輩で当時から男女を超えた友人関係にあったハセオ(長谷雄)。 ハセオの参入により、良くも悪くも主人公の今は揺さぶられ、いつしか彰人、真司との関係にも軋みが生じていきます。 そしてその結果は・・・・。 異性間での友情は成り立つのか・・・その答えを本作品から得ようとしても無理というものでしょう。神名葵にしろ、ハセオにしろ余りに特異すぎるキャラクターなのですから。 それでも、神名の私生活に強引に割り込んでくるハセオという男友だちの存在によって主人公が如何に支えられているかを理解できた時から、本作品は類稀な熱いストーリィへと転じます。 読後感を端的に言い表せば、痛快、快感。 お薦めです。 |
「西洋菓子店プティ・フール Patisserie de putit four」 ★★ | |
2019年02月
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下町の商店街にある洋菓子店“プティ・フール”。 本書はその店を中心舞台にした、5人の登場人物をそれぞれの章にて第一人称で描いた連作ストーリィ。 洋菓子店、連作ものと言うと、温かで微笑ましい連作短篇集を予想しますが、本書は決してそうではありません。 決して甘くない。むしろビターで、苦みが強いくらい、大人になるためのちょっとした試練を綴った連作ストーリィと言うべきでしょう。 祖父が営む洋菓子店を手伝うことになった菓子職人の亜樹、亜樹を思慕する後輩菓子職人の澄孝、澄孝のガールフレンドでネイルサロン勤めの美波、プティ・フールの常連客であるセレブ主婦の美佐江、亜樹の婚約者で頼りない弁護士の祐介という5人が、それぞれ各篇での主人公となります。 いずれも自分に今一つ自信を持ちきれず、心揺らいでいるところがあります。それに比べ、亜樹の祖父やその友人で亜樹が菓子を卸している紅茶専門店の店主=長岡の、何と安定感のあることでしょう。 これは人物云々の前に、まだ若く成長過程にある者と、それだけの人生経験を積んできた者との差なのでしょう。 本書中に登場する様々な洋菓子は、そうした関係を象徴するかのようです。 本連作ストーリィのビターな味わい、私は好きです。 また、登場する洋菓子の何と美味しそうなことか。ついつい、涎がこぼれそうです。(笑) グロゼイユ Groseille/ヴァニーユ Vanille/カラメル Caramel/ロゼ Rose/ショコラ Chocolat/クレーム Creme |
「ガーデン」 ★☆ |
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2020年08月 2017/06/16 |
主人公は、生活デザイン雑誌の男性編集者である羽野。 子供の頃に親の仕事の関係で発展途上国で暮らした帰国子女。とはいっても治安が悪かった関係で、塀に囲まれた庭が唯一の居心地良い場所だった。 そのトラウマか、一人暮らしするマンションの部屋は、植物でいっぱい。一方、外では、女性に好意を持たれても一歩踏み込んだ関係になることができない。 成る程なぁ、帰国子女という経歴を持ち出さずとも、現在の世の中にはそうした人もいるでしょうし、その気持ちも判らないではない、というところ。 しかし、それで良いのか、という思いもあります。主人公にそうした行動にかかる覚悟はなく、ただ自らの感情的な部分にしたがって動いているのみ、と感じます。 また、生身の女性だけが問題なのか。同僚ら男性に対しても同じなのではないか。女性のみについて云々するのは、不適切なのではないか。 本作で描かれるのはほんの一時期のこと。長い時間で見ないと、この主人公についての是非は語れない気がします。 |
「透明な夜の香り」 ★★ | |
2023年04月
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兄とのトラウマから書店の仕事に行けなくなり、ヒキコモリ同然の生活を送っていた若宮一香(いちか)・25歳。 貯金も少なくなりこのままではマズイと、スーパーに貼られていたバイト募集のチラシに応募した処、仕事内容は古い洋館で暮らす調香師=小川朔の下での家政婦兼事務員。 あらゆる匂いを嗅ぎ分けるばかりか、それによって相手の状況、胸の内まで知り尽くしてしまう小川朔。まるで犬のような天才と思う一方、あらゆる匂いに取り囲まれたらさぞシンドイだろうなぁとも思います。 そんな朔の指示にしたがって仕事をするうち、徐々に一香は心と身体の健康を取り戻していく。 単なるお仕事小説、あるいは再生物語というだけだったら、優しさは感じられても刺激を受けるような作品にはなり得ていなかったでしょう。 そうではないから、本作に魅了され、惹きつけられます。 朔とその窓口役である相棒、興信所を営む新城の下には様々な依頼が寄せられます。その中には犯罪絡みのものもなくはない。 だからこそスリリングにして、サスペンスフル。そして、匂い、香りという素材は蠱惑的でもあります。 兄とのトラウマに苦しみ続ける一香に救いはもたらされるのか。さらに、一香と朔の間に生まれるものはないのか。 見たこともない、全く感じたこともない香りに満ちた世界を覗いてみたいという読者は、どうぞ本作から。 1:Top Note/2:Floral Note/3:Chypre Note/4:Woody Note/5:Spicy Note/6:Citrus Note/7:Animal Note/8:Last Note |
「しろがねの葉」 ★★☆ 直木賞 | |
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すごいパワフルな作品です。 冒頭から、村を密かに抜けた両親とはぐれ、幼い身一人で仙ノ山に辿り着く主人公=ウメの生存本能というか、闘争本能とでもいうものが圧倒されます。 「鬼娘」とか「獣」とか評されるだけのものがあります。 本作の舞台は、出雲の石見銀山。 稀代の山師=喜兵衛と出会ったことから、その山小屋に引き取られる。そして、喜兵衛から生きるための術を仕込まれ、女子ながら<間歩>(掘られた穴)に入り込み、<手子>として男に負けず働き生きていこうとする。 しかし、女であるが故に、やがて間歩からはじき出され、男の暴力に蹂躙される悲哀を味わう。 自由に生きたくてもその自由を手に入れることができないとウメは慟哭しますが、実は、それは男たちも変わることはない。 ウメ以外の登場人物たちの存在も魅了させてくれます。 喜兵衛に付き従う謎めいたヨキ、同じ年頃の男子故にウメに対抗心を燃やす隼人、弱い女らしいおとよ、女郎の夕鶴、湊で捨てられ後に喜兵衛に引き取られた混血児の龍、等々。 なお、千早さんの本作執筆のきっかけは、石見銀山に立ち寄った時、ガイドの人から「銀山の女性は三人の夫を持った」という話を聞いたことだそうです。 それだけ銀堀として働く男たちの寿命が短かった、ということでしょう。そして、女郎たちも。 ウメの生命力が強力だからこそ、それを知りつつ働き続ける男たちの定めがことのほか哀しく感じられます。 名もなく、過酷な人生を送った男や女たち。何の記録にも残らない者たちですが、確かにそこで生きていたのだという存在感を描き出したところが、本作の圧巻。 ※石見銀山を舞台にした時代小説に、澤田瞳子「輝山」もあります。趣向は全く異なりますが、こちらもお薦めです。 赫然たる山/敷入り/湯の湧く湊/血の道/夜を駆ける/銀掘の病/曙光 |
「マリエ Marie」 ★★ | |
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主人公は40歳を目の前にした女性、桐原まりえ。 夫の森崎が突然に「恋愛がしたいから、離婚してほしい」と言い出してから、2年近い話し合いを経て、7年半の結婚生活に終止符を打ち離婚。 しかし、まりえ、独り身になった寂しさより、むしろ誰からも自由になってすっきりした、と感じている。 さて、これからどう生きていくか。 ものは試しと婚活を始めますが、女性にとっての結婚の難しさを味わうばかり。 その一方、酔った時に家まで送ってくれたことから知り合った、7歳年下の由井と、粉料理を教えることで親しくなり、恋人関係に。 だからといって、この先の生き方が見つかった訳ではない。 印象的なのは、まりえが離婚した後も平然としている処。 何故かといえば、大手総合電機メーカーに勤め、管理職という立場にあるからでしょう。 自活でき、自立しているのですから。 そもそも森崎からの離婚要求に応じたのも、森崎が不幸そうに見えたからと、余裕。 それなのに元夫の森崎の方は、未だにまりえに連絡してきて、未練ったらしい。 そんなまりえだからこそ、人の気持ちが分からない、という批判にもさらされます。 世の中には、自分で幸せを見つけ自己完結できる人と、自分では見つけられず人に幸せにしてもらうことを当然と考えている人の二通りがいるのではないでしょうか。 どちらが幸せと言えるのか。 人の幸せとは、結婚とは、何なのか。改めてそれを考えさせられる作品です。 離婚、新しい香水、白いシーツ/孤独死、工具箱、ホットワイン/正月、マッチングアプリ、フォー/最後の手紙、結婚相談所、夜桜/髪を切る、料理教室、友の逢引/古文の授業、お見合い、紫陽花/雨の蜜月、ポリープ、桃モッツァレラ/ひとり寝、奇遇、緑のリフト/お揚げ丼、コロナ発症、金木犀 |
「雷と走る」 ★★ | |
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前日に読了した「ちゃっけがいる移動図書館」と奇しくも同じ、愛犬との関わりを描いた作品。 とはいっても、その顛末は対照的です。 なにしろ「ちゃっけ」は愛玩動物としての犬であり、本作に登場する<虎>は“ガードドック”なのですから。 主人公のまどかは、現在32歳。幼い自分を愛犬<虎>に守ってもらいながら、自分は虎を守りとおしてやることができなかった、という悔恨を今も抱えたまま。 幼い少女時代、父親の仕事の都合で、弟の和を含む一家は、アフリカのとある国で暮らすことになります。 治安の悪いその土地で、駐在員家族たちは大きな邸宅に住み、塀で囲われた敷地内にはガードドックを放し飼いにして防犯する、というのが必要なこと。 そのガードドックとして買われたローデシアン・リッジバックの仔犬たちの一匹が、まどかが選んで名を付けた虎。数匹の兄弟たちの中で一番、弱弱しい仔犬だった。 しかし、成長するにしたがい、まどかに忠実ではあっても、虎は荒々しい姿も見せるようになります。それは人間が制御しようとしても制御しきれない、野性的な部分。 そこから虎を巡る、いろいろな出来事が語られます。 そして、一家がついに帰国の日を迎えた時、まどかは自らによる決断を迫られます。 まどかが虎を現地に置き捨ててきたのはやむを得ないこと。 野性的で、首輪を付けたことも縛り付けられたこともない荒々しい気性の犬など、とても日本で飼うことはできませんから。 そう理屈で整理することはできても、感情面でそう納得することはでない。・・・それもまた、人と犬の関わりの深さを表しているように感じます。 普段見かける犬とは全く異なる、ガードドックの姿が、強く印象に残る作品です。 |