澤田瞳子
(とうこ)作品のページ No.3



21.星落ちて、なお

22.輝山

23.漆花ひとつ

24.恋ふらむ鳥は

25.吼えろ道真-大宰府の詩- 

26.天神さんが晴れなら 

27.月ぞ流るる 

28.のち更に咲く 

【作家歴】、京都はんなり暮し、孤鷹の天、満つる月の如し、日輪の賦、ふたり女房、夢も定かに、関越えの夜、泣くな道真、若冲、与楽の飯

 → 澤田瞳子作品のページ No.1


師走の扶持、秋萩の散る、腐れ梅、火定、龍華記、落花、月人壮士、名残の花、稚児桜、駆け入りの寺

 → 澤田瞳子作品のページ No.2

 


               

21.
「星落ちて、なお ★★☆        直木賞


星落ちて、なお

2021年05月
文芸春秋

(1750円+税)

2024年04月
文春文庫



2021/06/05



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自ら“画鬼”と称し幕末から明治期にかけて活躍した河鍋暁斎の娘で、自らも絵師・暁翠として生きた河鍋とよ(1868~1935)の半生を描いた力作。
ストーリィは明治22年、暁斎の死去から始まります。

5歳から暁斎から絵の手ほどきを受け、暁斎の死後、女ながら絵師として河鍋家の行く末を背負うことになります。
しかし、生来不器用で生真面目な性格。画才は父の暁斎を超えることは能わず、暁斎の画風を受け継いだ
異母兄=暁雲こと周三郎からは会うたびに暴言を浴びせられ、絵師としての道のりも苦しいところ。
そのうえ時代は、狩野派を否定し、西洋画の影響を受けた絵が流行となり、暁翠らの絵は「古い画」と言い捨てられてしまう。

若冲」、朝井まかて「のような、画才溢れる女絵師の物語かと思って読み始めたので、前半はそうした暁翠の姿に物足りなさを感じるばかり。
しかし、後半に至ると思いが変わってきました。
暁斎の弟子等々、とよの周りには多くの絵師たちが登場します。その絵師たち、芸術家というよりビジネスとして絵を描いているという風。
良くも悪しくも、彼らが時代に翻弄されるようにして絵を描いている中で、暁斎から手ほどきされたままに絵を描き続け、河鍋家を支えた暁翠の生涯は素晴らしいものではなかったか、そう思います。

本作は、河鍋暁翠という絵師ではなく、あらゆる重荷を背負いながらその人生を全うした河鍋とよという一女性の半生を描いた作品と言うべきでしょう。力作です、お薦め。


蛙鳴く-明治22年、春-/かざみ草-明治29年、冬-/老龍-明治39年、初夏-/砧-大正2年、春-/赤い月-大正12年、初秋-/画鬼の家-大正13年、冬

                    

22.
「輝 山(きざん) ★★☆


輝山

2021年10月
徳間書店

(1800円+税)



2021/10/31



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江戸時代、石見銀山を舞台にした歴史群像劇。

時代小説で人情ものというと江戸市井というのが定番ですが、本作については銀山という過酷な土地を舞台にした人情もの、と言って良いのではないかと思います。

主人公となるのは、かつての上役=
小出儀十郎から、大森代官所代官である岩田鉄三郎の身辺を探れという密命を担わされて代官所に送り込まれた中間の金吾
その金吾、今まで江戸表ばかり。各地の実情を全く知らなかった人物。それにもかかわらず銀山を支配管理する代官所に放り込まれた金吾、さて此の地でどういう日々を送るのか・・・。

<人情もの+事件もの>という筋立ては左程珍しいものではありませんが、何と言っても、銀山という舞台が秀逸。
銀山という場所に集まった人々は男も女も、他に居場所を持てなかったから此の地に集まったのであるし、「
堀子」は職業病と言うべき「気絶(きだえ、肺病?)」のため40歳まで生きられることは皆無と言われる運命を承知して担っている男たち。

主人公の金吾自体は凡人ですが、周囲の人物像が各々良い。
代官所側では、
岩田代官代官所元締手代の藤田幸蔵。町の側では堀子頭の与平次、少年の小六、飯屋の女中であるお春、正覚寺の小坊主である栄久、等々。
特に与平次、ホントに好い奴なんだよなぁ、それなのに・・・。

そうした人物たちとの出会いによって、金吾が志を持つ人間に成長していく物語にもなっています。
舞台設定から暗いストーリィかのように思っていたのですが、大間違い。過酷な運命、境遇の中にあっても人は善性を示すことができる、という希望を感じます。
なお、岩田鉄三郎代官の曲者ぶりも見応えあり。 お薦め。


1.春雷/2.炎熱の偈(げ)/3.銀の鶴/4.ありし月/5.たたずむはまつ/6.いのちの山

        

23.
「漆花ひとつ(しっかひとつ) ★★


漆花ひとつ

2022年03月
講談社

(1650円+税)



2022/03/26



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平安末期、上皇と今上帝(天皇)が繰り返し権勢を争う時代を舞台にした短篇集。
(白河天皇 1072年~二条天皇 1165年の間、順不同にて)

上皇と帝の権勢争いは意地の張り合いのようなものですけれど、その結果として家臣たちは翻弄され、命を失うこともある、という悲哀を味わう。
本書収録の各篇は、身分の低い者からみたその世情、悲哀な出来事の数々を描いています。
やたら出世しないほうが人は幸せなのかもしれない、と思わせられるストーリィです。

決して読んで面白い、楽しいという短篇集ではありません。
しかし、こうした時代があった、こうした悲哀を人々が味わった時代があったと知れる歴史時代小説。その意義を評価したい。

「漆花ひとつ」:主人公は、絵が得意な30歳間近の下郎法師・応舜平忠盛、傀儡女である中君の背後に見た景色は・・・。
「白夢」:女医師である阿夜が、不遇の元中宮=泰子の姿に見出した思いは・・・。
「影法師」:下郎女房の相模が通じ合った遠藤盛遠から、その凶行の理由として打ち明けられたことは・・・。
「滲む月」:夫を晒し首にされた周防が、仕事を斡旋してくれた澄憲から打ち明けられたその真意は・・・。
「鴻雁北」桂流琵琶の名手である尾張尼が召し出しを拒む理由は? そして平清盛の内心は・・・。

漆花ひとつ/白夢/影法師/滲む月/鴻雁北(こうがんかえる)

               

24.
「恋ふらむ鳥は(こうらんとりは) ★★☆


恋ふらむ鳥は

2022年07月
毎日新聞出版

(2000円+税)



2022/07/27



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飛鳥時代の女性歌人、額田王を主人公にした力作歴史長編。

額田王についてはよく知らず、万葉集にも幾多の歌を残す女性歌人で、
天武・天智という2人の天皇に愛された女性というイメージをもつ程度でしたが、本作、そんなイメージからは程遠いストーリィです。

額田王、かつては
大海人王子(後の天武)と夫婦であり十市王女という娘をもうけた身ですが、10年前に離婚、今は宝大王(斉明天皇)に認められ<宮人>として宮中に仕える身。
いわば、飛鳥朝廷において“ワーキングウーマン”の道を歩もうとしていた女性、というのが本作における額田王の人物像。

しかし、額田王が宮人として仕えた時期は、
白村江の戦いでの大敗、葛城王子(後の天智)による思い切った政策転換、葛城の死後に大海人王子と天智大王の跡継ぎである大友王子との間に起きた<壬申の乱>という動乱の世。
実力登用主義を標榜する葛城王子の下で存在感を高めようとしますが、
中臣鎌足のような洞察力も深謀遠慮も覚悟も、自分にはないことを思い知らされます。
できることといえば、葛城~大友という動乱期の実情を身近に見て、
“国きっての歌詠み”としてそれを記憶に留めることのみ。

本作の面白さは、登場人物たちの多彩さにあります。
宮廷人、武人、そして国を滅ぼされた百済難民ら。そして、男性と女性という違いも大きい。
その中でも特に魅力あるのは、冷酷な策略家であっても理想を掲げた葛城王子と鎌足のコンビ、葛城・大海人の異父兄で「鬼子」と評されても自分らしく生きることを貫いた
漢(あやの)王子でしょう。
一方、本作においては大海人王子と
讃良王女(葛城の娘、後の持統天皇)コンビは悪いイメージ。とくに讃良王女の腹黒さといってら、何をかいわんや。

日本国家始まりの時期を、素人女性の視点から描いた歴史大作。
天智~天武という時代への興味もあり、お薦めです。

           

25.
「吼えろ道真-大宰府の詩- ★★


吼えろ道真

2022年10月
集英社文庫

(600円+税)



2022/11/28



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大宰府に配流された菅原道真を軸に展開する、ユーモラスな時代小説“大宰府の詩”泣くな道真に続く第2弾。

「泣くな道真」とは変わり、本巻での語り手は大宰府の次官である
小野葛絃(くずお)の甥である小野葛根(くずね)
大宰府から帝に献上した唐物の中に不審な物があったということで、調査のため役人が遣わされるという。そしてその人物は、厳格な人物として知られる
藤原俊蔭
そうした非常時だというのに、実質流刑者である菅原道真はというと好き勝手に博多津をうろつき回り、そのうえ唐物商の間で目利きの
「菅三道」として評判になっているというのですから、葛根としては心配せざるを得ず。
というわけで、博多津の唐物商人たちも絡め、ドタバタ騒動がまたも繰り返されます。

前巻もそうでしたが、本作に登場する道真、“学問の神様”あるいは“三大怨霊”の一人として知られる菅原道真とは全く印象が異なります。
面倒臭い処もありますが、どこか愛嬌もある人物、というのがそれ。
しかし、神様として崇めたてられるよりも、面白いところもあった人物として語り継がれる方が本人も満足なのではないか、と思わせるものが本作にはあります。
そもそも私としては、人間を神様扱いするのは如何なものか、と考えている方ですので。

道真もユニークですが、小野葛絃という人物も中々のもの、愉快です。一方、葛根は自分から振り回される人物、そして藤原俊蔭といえば何と面白味のない人物であることか。

第3弾にも期待したい処です。


1.延喜改元/2.玉の梟/3.蟒蛇(うわばみ)/4.美福門は田広し/5.夜色秋光/終章.菊酒

                     

26.
「天神さんが晴れなら ★★


天神さんが晴れなら

2023年04月
徳間書店

(1700円+税)



2023/05/27



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京都はんなり暮らし以来、そして作家デビュー後では初となるエッセイ集。

作家である澤田瞳子さんが、日常生活あるいは作家活動の中で折に触れた出来事等を語る内容になっています。
また、澤田さんの京都暮らしにおける日常も、いろいろ感じることができます。

その意味で、澤田さんにちょっと近づける気持ちになれるエッセイ集と言って良いと思います。
したがって、ファンにはお薦め。

本書中、特に面白く印象に残ったのは、
「出会いの時」の中に収められた2篇。
「あの日の銀座」は、直木賞候補に挙げられその決定をまつ間のエピソード(結果は落選)。ベテラン編集者K氏とのやり取りが可笑しい。
また、
「一人の人間」は、大学生の時所属していた能楽部の創立60周年記念舞台で雑用に追われていた時のエピソード。これもまた微笑ましいものですが、時代小説を読まない人はそんなものなのかもしれません。

「服屋嫌い、散歩好き」
若い頃一人旅を繰り返していた時、私も訪れた先でいろいろ歩くことを常にしていたのですが、本篇中に記された澤田さんの一言に全く同感。そうですよねぇ、そこに旅の楽しさがある、というものです。


京都に暮らす/日々の糧/まだ見ぬ空を追いかけて/出会いの時/きらめきへの誘い/歴史の旅へ/ただ、書く

              

27.
「月ぞ流るる ★★


月ぞ流るる

2023年11月
文藝春秋

(2000円+税)



2023/12/20



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平安時代の物語風史書「栄花物語」の作者である歌人=赤染衛門こと朝児(あさこ)を主人公におき、朝児の目から見た、藤原道長三条天皇の対立激化の様子、二人に絡んで翻弄される中宮たちの想いといった、当時の様子を描いた宮中絵巻。

56歳となった朝児の前に現れたのは、叡山の高僧=
慶円の従僧である来賢(15歳)
何と、参議である源頼定が当時東宮妃であった
綏子(すいし)と密通して生まれた不義の子だという。
慶円に頼まれ来賢を弟子とした朝児でしたが、来賢の目的は、育ての母だった
原子(げんし)を毒殺した后=娍子(せいし)に復讐を果たすべく宮中に入り込むことだった。

来賢を放っておけず、朝児は再び宮廷に出仕することになるのですが、そこで朝児が目の当たりにしたのは、道長の専横と、三条天皇と道長の深刻な対立、天皇から距離を置かれる道長の次女である后=
妍子(けんし)の悲哀、等々。
そうした複雑な宮中の有り様を、
藤式部(紫式部)から物語を記すよう勧められた朝児は、宮中にある女の一人として、何が起きて何が起きなかったのかをしっかり見届けようとします。

冒頭は、藤原道長の専横、天皇の后間の対立といった宮中のバタバタを描いただけに感じられ、今一つ興味が盛り上がりませんでしたが、次第に面白くなりました。
特に終盤、やはり后の一人であった原子の死の真相に迫る辺りから俄然面白くなってきました。
それは殺人事件というミステリ、加えて后たちの間の想い、といった問題がクローズアップされていくからです。
特に、既に死去した人物にもかかわらず、原子という魅力に満ちた女性の存在感がとても大きいことが見過ごせません。

宮中におけるドラマを描いた歴史小説であると同時に、「栄花物語」の誕生経緯を綴ったフィクション。
まずは試しに読んでみることをお勧めします。予想以上の感動を見出すことができる筈です。


有明/上弦/十日夜/小望月/十六夜/暁月

                 

28.
「のち更に咲く ★★


のち更に咲く

2024年02月
新潮社

(2000円+税)



2024/03/13



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歴史上の実在人物、伝説を再構築した、平安王朝(道長時代)を舞台に歴史ミステリ、サスペンス。

主人公の
小紅は、28歳。酒席で人を殺め佐渡流刑された父親(藤原到忠)、盗賊として捕縛され自害した兄(保輔)という親族を持ったため後ろ指を刺され続けて育ち、今は藤原道長の私邸=土御門第に下﨟女房として仕える身。そのため言い寄って来る男も未だなし。

その小紅の耳に聞こえてきたのは、今また都下に暗躍する
盗賊<袴垂>、その首魁は藤原保輔ではないかという噂。
何故今にして? それと同時に、何故あの優しく朗らかであった兄の保輔が捕縛されて自害しなくてはならなかったのか? という疑問が小紅の胸に浮かびます。
その最中、土御門第に侵入した賊の一人である少女(
御以子)に拉致された小紅は否応なく、道長支配下にある今の世を転覆しようと企む盗賊たちに関わることになります。

平安朝時代の歴史ものとは思えぬミステリ、サスペンスといった展開が、ぞくぞくする程面白い。
小紅を初めとして、
藤原保昌、足羽忠信、御以子、和泉式部や、土御門第の水仕女頭=鈴鹿といった登場人物がくっきりと描き出されているところも魅力。
※まもなく初産を迎える道長の娘で帝后である
彰子に仕える人物として、藤式部(「源氏物語」作者の紫式部)も登場します。

そして、すべての謎が行き着いた先は・・・・。

歴史的事実を再構築して波乱万丈のミステリ、サスペンスに仕立て上げた澤田瞳子さんの筆さばきがお見事。 
平安時代の歴史に興味がある方には、是非お薦めです。

※本作に登場する主要人物、藤原保昌、同保輔、足羽忠信は実在の人物で、保昌は「道長四天王」と言われた一人で、女流歌人=和泉式部の最後の夫。盗賊<袴垂>は「今昔物語」等に登場、藤原保輔と同一視されたという。


1.河原菊/2.かくれ花/3.天つ星/4.置く霜/5.残り香/6.形見草

       

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