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11.珠玉 12.森があふれる 13.さいはての家 14.まだ温かい鍋を抱いておやすみ 15.草原のサーカス 16.川のほとりで羽化するぼくら 17.新しい星 18.かんむり 19.花に埋もれる 20.なんどでも生まれる |
【作家歴】、暗い夜星を数えて、あのひとは蜘蛛を潰せない、骨を彩る、神様のケーキを頬ばるまで、桜の下で待っている、やがて海へと届く、朝が来るまでそばにいる、眠れない夜は体を脱いで、くちなし、不在 |
嵐をこえて会いに行く |
「珠 玉」 ★★ | |
2022年11月
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自分のブランドを立ち上げ、ファッションデザイナーとしての成功を夢見る真砂歩(あゆむ)。 しかし、歌姫として今も伝説的な存在である祖母・真砂リズに自分を比較し、容姿を含め自信が持てないままでいる。 そんな歩に愛想をつかし、ブランドのジュエリー分野でパートナーだった詩音についに見捨てられてしまう。 失意の歩が、芸能事務所を経営する義祖父・秀久のパーティで偶然出会ったのは、ハーフのイケメンである小暮ジョージ。 歩からすれば何でもできるだろうと思えるジョージでしたが、彼は彼なりに自信を失いかけていた。 勝手にという感じでジョージが歩の仕事に関わるようになったところから、それぞれ前に進めなかった歩とジョージが、お互いに関わり合いながら前にと踏み出していくストーリィ。 容姿に恵まれないこと、容姿だけ恵まれていること、それに引け目を感じてしまったらさぞ悩みは尽きないのでしょうねー。 しかし、それまで自分一人で悩みに向かい合っていた2人が、自分を見てくれる相手を得たことで、道が開けていく。 成長物語、確かにその通りなのですが、その一言で済ませてしまうのは余りに惜しい。 本作では、歩にしろジョージにしろ、等身大のキャラクターであるところが実にいい。 口下手でネクラな歩、手癖の悪いジョージ、それでも思い悩みながらなんとか前に進む糸口を掴もうとしている2人の姿は、とても愛おしい。 2人の物語と並行して祖母リズの物語も語られます。 また、リズのお守りだった真珠、今は歩のテディベアの片目となった真珠のキシも、人造真珠のカリンとの会話という形で、本ストーリィに加わります。 何といっても歩のキャラクター、歩とジョージの関わり具合が、好きです。 2人のこれからに心からエールを贈りたい。 |
「森があふれる」 ★★☆ | |
2024年06月
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小説家である埜渡徹也の元を、担当編集者の瀬木口が訪ねているところからストーリィは始まります。 傍らで植物の種を食べ続けていた作家の妻=琉生、その体から何と発芽が生じ、琉生の体から伸びた樹々は部屋の中に生い茂り、やがて外へ出て森を作るまでに・・・・。 何とも不思議な物語ですが、読んでいて困惑は覚えません。 埜渡徹也はこれまで、妻の琉生を、浮気相手の女性をモデルにした作品を発表し、評価されてきた作家。 しかし、ただ利用される側の気持ちはどうなのだろうか。その点について埜渡は余りに無関心。妻がいなくなり、むしろ身軽になったと満足している風なのですから。 何故、流生は木になったのか、森となる道を選んだのか。 本ストーリィは、編集者の瀬木口、埜渡が講師を務める小説講座の受講者である主婦=木成夕湖、瀬木口の後任編集者である白崎果音、そして埜渡自身、妻の琉生と、語り手を順次変えながら描かれていきます。 そこから浮かび上がってくるのは、夫婦でありながら、夫と妻の間における根深い考え方の食い違い、ズレ。 夫側は威張って当然とばかりに妻を従わせ、妻に対し君臨しようとする・・・正直言って私も、過去を振り返ると恥じる思いでいっぱいになります。 本作には、そうした考え方をもつ男性たちに対する、痛烈な批判があります。 でもそれに反発を覚えず、むしろ陶然とする痛快さを覚えてしまうのは、そこに緑の世界が繰り広げられているからでしょう。 好き好きがあると思いますが、私としてはお薦め。 |
「さいはての家」 ★★ | |
2023年01月
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ドラマティックな長編物語の中盤、「それから、町で彼(もしくは彼女)の姿を見たものはいない−」という一文を最後に物語から退場してしまう脇役たち、一体「どこに行ったんだろう」という彩瀬さんの疑問から、本作5つの連作ストーリィが生まれたのだそうです。 小さな町の古い一軒家、借家人として住みついた人たちは、いずれも何処からから逃げ出してきた人たちばかり。 「はねつき」では、妻子を捨てて逃げ出した客と一緒に引っ越してきた飲み屋の若い女性。 「ゆすらうめ」では、人を殺して逃げてきたチンピラと、彼を庇おうとする小学校時代の同級生。 「ひかり」では、逃げ続けてきた新興宗教の元女性教祖。 「ままごと」では、親が決めようとしている結婚から逃げ出してきた姉と、6歳下でまだ大学生の妹。 「かざあな」では、育児ストレスの妻から逃げ出した会社員。 逃亡、そして主人公たちの置かれた状況を考えると、悲観的に捉えがちですが、本作ストーリィにそんな雰囲気はありません。 むしろ、一時的な安らぎを得てホッとしている、といった雰囲気です。 5篇中一番面白かったのは「ままごと」、痛快でした。 それが必要なら、時に逃げても良いのではないか。一時的な休息として、そこからまた新たに足を踏み出すことができるのなら。 そんなメッセージは最後の章に登場する、大家である老人の言葉からも感じられます。 ストーリィ設定がお見事、やはり彩瀬まるさんは上手い! ※なお、ひとつの家に次々と住みついた人々(家族)を描く連作ストーリィという点で共通するのは、町田そのこ「うつくしが丘の不幸の家」。 狙いは異なりますが、似た趣向の作品として両作を較べてみるのも楽しい。 はねつき/ゆすらうめ/ひかり/ままごと/かざあな |
「まだ温かい鍋を抱いておやすみ」 ★★☆ | |
2023年10月
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最近増えている、料理を題材にした短篇集か? 冒頭作は。ダイニングバーの若い女性店員と美人の常連客という組み合わせ。何やら近藤史恵作品みたいな雰囲気だなぁと感じたのですが、美味しい料理が幸せをもたらすという単純なストーリィではないところが、彩瀬さんならではのところ。 良いなぁ・・・彩瀬まるさん。 人の生き方も考え方も、時間が進むことによって変わっていくのは当然のこと。 自分を変えること、新たな道を踏み出すこと、そんな時に何かの食べ物がちょっとした切っ掛けになれば、さぞ嬉しいことでしょう。 家庭料理で済むことなら手軽で安上がりのこと間違いありませんが、それ以上に、日常の身近なことでも人は変われるんだ、というストーリィになっていることが嬉しい。 人生の節目節目で、ちょっと変われたら、その後の生き方はきっと楽になると思います。そんなエールを感じる短篇集。 ・「ひと匙のはばたき」:ダイニングバーの常連客となった美人女性が来る度、羽の羽ばたき音が聞こえるのは何故・・・。 ・「かなしい食べもの」:恋人と同居生活を始める時、彼女が条件としたのは、時々えだ豆チーズパンを作ってあげること。 ・「ミックスミックスピザ」:夫が心身を病んで休職中。ふと会社の後輩男性をラブホに誘ってしまった理由は・・・。 ・「ポタージュスープの海を越えて」:家事・子育てに追いまくられ、何時しか自分が何を食べたいか分からなくなっていた。 ・「シュークリームタワーで待ち合わせ」:4歳の息子を失って実家に戻った友人。彼女のためにできることは・・・。 ・「大きな鍋の歌」:難治性の病気で入院した友人。その見舞いに通ううち、娘と自分は2度も救われたこと思い出す。 「ひと匙」と「シュークリームタワー」が特に好きです。 なお、男性側の鈍感さ、身勝手さも批判されていますねぇ。 ひと匙のはばたき/かなしい食べもの/ミックスミックスピザ/ポタージュスープの海を越えて/シュークリームタワーで待ち合わせ/大きな鍋の歌 |
「草原のサーカス」 ★★ | |
2023年09月
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姉の片桐依千佳(いちか)は、外資系製薬会社の開発部門統計解析部に在籍しながら出向により医科大学の非常勤講師も務める優秀な女性。 妹の仁胡瑠(にこる)は、アクセサリーの弱小ハンドメイド作家。 依千佳は会社からの要求に対し、生真面目にも懸命に応え、社内表彰されるほど頑張っただけ。一方の仁胡瑠は、自分の感性に期待してくれた通販サイト担当者の期待に応えようとしただけ。 それなのに何故、姉妹はそれぞれ警察の厄介になるようなことになってしまったのか・・・。 長年会社勤めをしてきた身として、生真面目過ぎること、仕事する上で世間知らず過ぎることは、危ういと感じます。 それは、都合よく利用されるだけ、ひいては利用価値しか認められないということになりかねませんから。 そうならないためには、仕事の意味、自分の価値評価を他人に委ねないこと。 本作の姉妹の誤りは、それを人に委ねてしまったから、と感じます。 ただ、上記はいろいろ経験を重ねた末に身に着けてきたことと言えます。その点、彼女たちはまだ若く、余りに無防備だった、ということでしょうか。 彼女たちはまだ若い。だからまだやり直すことはできる、また歩み始めることはできる、と信じたい。 彼女たちだけの特別なストーリィではありません。誰にも起こりうる、普遍的で教訓的なトーリィだと思います。 彼女たちの今後に幸いあれと、心からエールを送ります。 |
「川のほとりで羽化するぼくら」 ★★ | |
2024年10月
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型に嵌められるのは息苦しい。 そんな息苦しさから抜け出そうとした人たちの姿を描く4篇。 冒頭の「わたれない」の面白さ、問題提起に喝采。 主人公の暁彦は、妻の咲喜と共稼ぎ。 その咲喜が産休明けで職場復帰したのと同じタイミングで、勤務先が業務不振により関東から撤退、九州本社に吸収されることになります。九州本社への転勤を打診されたものの退職。 自ら申し出て、娘・星羅の子育てと家事を担うと主夫宣言し、星羅を保育園に預ける間バイト働きする、という生活に。 ところが娘はママを恋しがり、子育ては最初から苦労ばかり。しかし、子育ての苦労や工夫を書いているペンギンさんのブログを見つけたことから、道が開けてきます。 それでも、周囲からはヘンな目で見られ、各種の届出書類も母親による子育てが前提になっていたりと・・・。 男女平等、これまでの在り方が全てではないと言われつつも、現実を変えていくのには時間と、世代交代が必要なのかもしれません。そこに一石を投じた軽やかな短篇として、痛快です。 「ながれゆく」「ゆれながら」は、現実社会が舞台でないだけに冒頭、戸惑うところあり。 「ながれゆく」は、七夕の織女・牽牛伝説を題材とした、織女と牛飼いという恋人同士の話。年に一回しか会うことを許されないという宿命を受け入れたままでいいのか・・・。 「ゆれながら」は逆に、性行為を感染経路とする疫病の蔓延をきっかけに性行為が禁じられた未来社会が舞台。そこで起きた事件は・・・。 「ひかるはなし」は、つい最近までよくあった話かも。 夫側がまるで君主のようにすべて決め、妻が絶対服従するのは当然と考え、妻側もそれが当然としたがってきた時代。 共に長生きしてくると、痴呆化、介護という問題から、否応なく変わっていきます・・・ね。 わたれない/ながれゆく/ゆれながら/ひかるほし |
「新しい星」 ★★☆ | |
2025年03月
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大学の合気道部で気の合った仲間だった男女4人それぞれの人生模様を語り、“喪失”と“再生”を描いた連作ストーリィ。 ・「新しい星」:森崎青子、胎児の発育が遅く帝王切開・早産で出産したものの、生まれた娘なぎさは僅かの日数生きただけで夭逝。しかし、青子はいつも自分の傍らになぎの存在を感じる。 ・「海のかけら」:安堂玄也。勤めたIT企業で上司からパワハラに遭い、ヒキコモリに。しかし、かつての仲間たちから合気道の稽古に誘われ、道場に赴く。再生に向けた一歩は仲間たちのおかげ。 ・「蝶々ふわり」:森崎青子。乳がんで片方の乳房を切除した日野原茅乃と2人で秩父行。 ・「温まるロボット」:花田卓馬、新型コロナ感染予防のため妻は娘と生まれたばかりの息子と共に実家に戻ったまま。寂しさを味わう。 ・「サタディ・ドライブ」:玄也、母親が心身不調。代わりに犬の散歩をこなす。その結果、気軽に声を掛けることのできる相手を見つけ出す。 ・「月がふたつ」:茅乃。夫、娘と共に海辺の旅館へ。くつろげる時間。 ・「ひとやすみ」:青子、茅乃の見舞いに。 ・「ぼくの銀河」:玄也、茅乃の娘=菜緒に自分たち仲間の思いを伝える。 家族が相手でも、必ずしも自分の抱いている思いをそのまま伝えられるとは限らない。 一方、大学時代からの気の置けない仲間だからこそ、遠慮なく伝え合うことができる。 そんな仲間たちとの愛しい日々が浮かび上がってくる連作ストーリィ。 近過ぎず、遠過ぎず、そして確かな繋がりを感じ合うことのできる仲間たち・・・理屈なしにこの雰囲気、空気、良いですねぇ。 新しい星/海のかけら/蝶々ふわり/温まるロボット/サタディ・ドライブ/月がふたつ/ひとやすみ/ぼくの銀河 |
「かんむり」 ★★ | |
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高校時代に付き合い、片方の引越で別れたものの、大学時に再会し結婚に至った光と虎治。 今は、新という息子と共に幸せな家族生活を送っているが、逆に虎治の考え方が分からない、距離を感じてしまう・・・。 題名の「かんむり」とは、クラウン(王冠)のこと。 結婚して子供が生まれると、夫の虎治に気を遣い、また子どもの新にも気を遣い、自分の思いは後回しになる。 そんな自分のかんむりは何処にあるのか、というのが主人公=光の自分への問いかけ。 自分はどういう人間なのか、その拠り処は、ということかなと受け留めながら読みました。 冒頭の今を語るストーリィかと思いきや、驚くべきことに長い年月にわたる夫婦の物語であったこと。 夫婦とはいえ、元々は他人同士、別れてしまえば他人に戻るだけの関係。 それでも長く続いたのは、常ではなくとも、所々で寄り添う、相手の気持ちを理解しようという気持ちがあったからではないかと思います。 そのことは、光についてより、主に虎治に言えることなのでしょうけど。 地味で、特にドラマチックな展開もないストーリィですが、夫婦として長く共に歩んだということ自体が、ひとつのドラマなのだろうと感じます。 |
「花に埋もれる」 ★★ | |
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普通の日常から少しずつ世界がずれていく、そんな連なりからなる短編集。 冒頭篇に惹きつけられ読み進んでいくと、いつのまにか異世界の話に取り込まれている。 ストーリィ自体の奇妙な面白さと、ストーリィ構成の上手さを堪能できる短編集。 冒頭の「なめらかなくぼみ」の主人公は、恋人より大きな黒椅子に惹かれるといった、少し毛色の変わった嗜好に囚われたかのよう。 恋愛小説の変形とでもいうべき展開に魅せられます。 次の「二十三センチの祝福」は、たまたま同じ安アパートに住んでいる男女が、靴の修理を介して多少の繋がりを持つ、というストーリィ。それ以上でもそれ以下でもない展開に、救われるような思いを感じます。 しかし、3篇目から物語の世界に歪みが生じていきます。 ・「マイ、マイマイ」は、心変わりした恋人の身体から落ちたおはじきのような石に執着する話。 ・「ふるえる」は、前篇からさらに進んだ話。誰かを好きになると体内に石が作られ、お互いの石を交換してそれぞれの体内に入れることによって恋は成就する、という。 ここに至り、もはやこれは、異世界の話であると気づきます。 ・「マグノリアの夫」では、石が植物に代わり、夫が姿を消し、木蓮の花に変わってしまったらしいという話 最後の「花に眩む」は 第9回<女による女のためのR-18文学賞>読者賞を受賞したデビュー作。単行本初収録とのこと。 これぞ異世界における官能的な恋愛話といった観があります。 身体から生じるのはもはや石ではなく、花木。歳を重ねるにつれ身体から花が咲くようになり、いずれ身体が木に変わって(老化)いき死に至るという。 日常的なストーリィに、いつの間にか異世界が入り込んでいるといったところが本短編集の妙。 好み次第とは思いますが、私は楽しめました。 なめらかなくぼみ/二十三センチの祝福/マイ、マイマイ/ふるえる/マグノリアの夫/花に眩む |
「なんどでも生まれる」 ★★ | |
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本作の主人公は、なんとチャボ! (鶏の一品種、日本の天然記念物、特徴は足が短く尾羽が直立) 彩瀬まる作品としては、全くの予想外。それだけで何となくユーモラスなものを感じます。 そのチャボの名前は「桜さん」。 ヒナの時、仲間と共に何かに襲われるが、何とか逃走、通り合わせた茂さんに恐怖で震えていた処を救われます。 その茂、教材訪問販売の仕事で心を病み、ついにヒキコモリ。 そして今、茂と桜は、明日町の商店街で古い<川平金物店>を続けている祖父母の元で暮らしている。相変わらず茂は、店の2階の部屋でヒキコモリ中。しかし、徐々に快復・・・。 チャボである桜の視点から描かれている、というのが本作のポイントでしょう。 チャボですから、人間にとっての難しい状況あれこれなどは、全く分からない。桜にとって大事なことは、茂さん、ジイチャン、バアチャンたちが元気で幸せそうにしているかどうか。そして大切なことは、茂さんたちと一緒にいること。 頑張る生き方だけが正解ではない。人間の暮らし、生き方にとって一番大事なことは何なのか、という答えが、そこから感じられます。 桜と、「桜さん」と呼びかける人たちとの交流がとても気持ち良く、心が安らぐようです。 なお、本作、ポプラ社編アンソロジー「明日町こんぺいとう商店街」から生まれた作品とのこと。 私自身は未読ですが、上記は既に4巻刊行、彩瀬さんは3篇を執筆しており、4巻目に収録されているのが「川平金物店」。本作はそのストーリーを広げた作品のようです。 |
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