彩瀬まる
作品のページ No.1


1986年千葉県千葉市生、上智大学文学部卒。小売会社勤務を経て、2010年「花に眩む」にて第9回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し作家デビュー。


1.暗い夜、星を数えて

2.あのひとは蜘蛛を潰せない

3.骨を彩る

4.神様のケーキを頬ばるまで

5.桜の下で待っている

6.やがて海へと届く

7.朝が来るまでそばにいる

8.眠れない夜は体を脱いで

9.くちなし

10.不在

珠玉

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1.

「暗い夜、星を数えて−3・11被災鉄道からの脱出− ★★


暗い夜、星を数えて画像

2012年02月
新潮社刊
(1000円+税)

2019年03月
新潮文庫化



2012/04/01



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たまたま東北旅行中のローカル線の中で、3.11東日本大震災に見舞われ、さらに同乗していた女性と一緒に歩き出したところ、津波に襲われ命からがら高台にある学校まで逃げ延びたという経験をした新人作家の彩瀬まるさん。
本書は、被災地での5日間を体験した記録文と、その後2度にわたって福島県を訪れた紀行文を一冊にまとめたもの。

地震・津波、福島原発の爆発と、被災規模は余りに大きく、その被害をすべて一冊の本で書き切ることなど、とても出来ないことでしょう。
そしてまた、被害の概要を記した本なら他に幾らでもあるように思います。
本書については、偶々県外者として被災に遭遇し、その渦中で地元に住む人の家族と一緒に被災の最初を経験したという、一人の個人としての視点に意味があると感じます。

そして本書を読んで直面せざるを得なかったことは、被災した人たちの現実と、被災経験のない私たちとの距離の大きさです。
放射能の危険を告げられたからと言って、そう簡単に皆が皆地元を離れる訳にはいかないということ。
一方、安全基準と満たしているからといってお礼に渡されたタマネギに対して、本能的な恐怖心が生じてしまったという事実。福島県からの車に対して、県外で心無い落書きがされたという悲しい現実。
2度にわたって福島県入りした彩瀬さんが気付いたことは、距離的な近さと対照的に心理的な遠さだったろうと思います。
この問題、心理的なその根っこの深さからそう簡単に片付くものではないと思いますが、そう感じたことに本書を読んだ意味があったと思うのです。

1.川と星/2.すぐそこにある彼方の町/3.再会/終わりに

 

2.

「あのひとは蜘蛛をつぶせない ★★


あのひとは蜘蛛を潰せない

2013年03月
新潮社刊

(1500円+税)

2015年09月
新潮文庫化



2015/09/14



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主人公の野坂梨枝は28歳、ドラッグストアチェーンで店長。でも自分に自信が持てないことから人に強く対することができず、ついつい自分が引き下がって無難に収めてしまうというのが毎度のこと。
住まいは実家、兄が結婚して家を出て以来母親と2人暮らし。梨枝が幼い頃に離婚して以来女手一つで兄と梨枝を育てあげた母親は、今なお娘に対して喧しく、まるで梨枝は母親にがんじがらめにされているよう。梨枝の自信なさの原因はそのためか?
そんな梨枝の状況に変化が生じたのは、梨枝が店長を務めるドラッグストア店に
三葉陽平という大学生バイトが入って来てから。
初めて感じた恋は梨枝にどんな変化をもたらすのか?

自分に自信がなくいつも揺らいでいる梨枝に対して、いい加減イラッとしてしまう部分もあります。
しかし、これまでの梨枝の過去および現在の状況を考えると、仕方ないことなのかもしれない。梨枝自身、それで良しとしている訳ではないのですから。
母親の苦労、その寂しさが判るからこと自分が我慢してしまう。優しい人間はそれだけで辛いのです。
家から出ること、そんな簡単な一歩を踏み出すところから、梨枝には少しずつ変化が訪れます。

変われない自分に悩み、苦しんでいる人たちに一筋の光明を示す長編ストーリィ。
不器用で中々うまく対処できないからといって、彼・彼女たちを決して馬鹿にしてはいけない。むしろその努力を正当に評価してあげるべきなのでしょう。  

  

3.

「骨を彩る ★★☆


骨を彩る画像

2013年11月
幻冬舎刊
(1400円+税)

2017年02月
幻冬舎文庫化



2014/02/07



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胸の奥深くに、暗いもの、あるいは悔恨を抱えて生きる人たちの物語。

冒頭の「指のたより」は、10年前に癌で29歳だった妻を失くした津村が主人公。最近、その妻が夢に度々出てくる。妻はいったい何を訴えようとしているのか・・・。
その篇から始まり、津村が一時付き合った女性=光恵、光恵の高校時代の友人=玲子、玲子がふと出会った女子大生とネット友のサラリーマン=浩太郎、最後に久村の中学生の娘=
小春と、リレーのように主人公&ストーリィを受け渡していく構成。

各篇の主人公に共通するものは、元気よく振る舞っているその奥深くに、消そうと思っても消せない喪失感、悔恨を抱えているという事実。
彼らにとってはどれも重大な事柄なのでしょうけれど、俯瞰して見れば、誰もが何らか抱えている心の痛みと思えます。そうした思いを抱えながら生きていく、ということが人生なのではないでしょうか。そしてその救いは、そうした思いを乗り越えて、自分に引き籠ることなく、人と繋がろうとする気持ちにある、そんなメッセージを本書から感じ取れます。
また、本書で良いのは、各人物のバランス感。
悔いを抱えながらも、前向きに生きていこうとする気持ちもしっかり持っている。(その点、連絡が取れなくなってしまう高校同級生の女性は、ひとり対照的な人物像に思えます。)
だからこそ、各登場人物に対し、同情や憐れみではなく、応援したい気持ちを素直に抱けるのだと思います。 お薦め。

指のたより/古生代のバームロール/ばらばら/ハライソ/やわらかい骨

          

4.
「神様のケーキを頬ばるまで ★★☆


神様のケーキを頬ばるまで画像

2014年02月
光文社刊
(1400円+税)

2016年10月
光文社文庫化



2014/03/26



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彩瀬まる、・・・いいなぁ。

本書は、錦糸町にある6階建ての雑居ビルを共通項にした連作短篇集。
各篇の主人公はいずれも平凡で、各々挫折感、あるいは悩みといったものを抱えながら、それでも地道に前へ進もうとしている人物たち。
まさに私と等身大、といった主人公ばかりで、親近感を抱くところ大です。だからこそ彼らの物語がなおのこと身に沁みて来るようです。

「泥雪」の主人公は、マッサージ師として働く中年女性。バツイチ、子供2人。目下の悩みは中2の長男。離婚した夫と似てきたところに恐れを抱いています。
「七番目の神様」は、カフェバーの若い店長。子供の頃から気管支炎という持病を抱えていて、人と折り合うことが苦手。それでも・・・・。
「龍を見送る」は、古書店でバイトをしながら友人とインディーズで曲を発表してきた若い女性。しかし突然・・・・。
「光る背中」は、中小IT企業の事務員。モテ男の一流商社マンと付き合っているのですが、彼の本当の恋人になれるのか?
「塔は崩れ、食事は止まず」は、共同経営の喫茶店を人気店にまで押し上げたのですが結局共同経営を解消して、現在無気力に日々を過ごしている女性・・・。

生きていれば色々なことがあって当たり前。そんな時でも人と通じ合うことを忘れなければ、少しずつあろうとも前に進むことができる、そんなエールを本書の主人公たちから受け取ったような気がします。それがとても嬉しいこと。
彩瀬まるさん、暫く目が離せそうもありません。


泥雪/七番目の神様/龍を見送る/光る背中/塔は崩れ、食事は止まず

   

5.
「桜の下で待っている ★★


桜の下で待っている画像

2015年03月
実業之日本社
(1400円+税)

2018年01月
実業之日本社
文庫化



2015/04/08



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桜前線が日本列島を北上する春、様々な理由で新幹線に乗り北へ向かう男女5人を主人公にした5篇。
本書のテーマは“ふるさと”だそうです。

“ふるさと”って何でしょうか。
私の場合は東京生まれ、東京育ち、ずっと東京暮らしのため、いわゆる“ふるさと”と呼ぶような処はありません。
そのうえで想像すると、戻ることのできる処、素の自分になれる処、居心地のよい処、懐かしい処、そんなところでしょうか。
だからといってずっと住むべき場所、ということにはならないようです。その辺りは、「からたち香る」に登場する婚約者同士の2人が会話する中から読み取れます。
自分のルーツとなる処、そんな表現が相応しいかもしれません。

5篇の主人公は様々です。1人暮らしする祖母の手伝いをするため栃木に向かう大学生の孫、婚約者の実家に挨拶するため一緒に郡山へ向かう若い女性、母親の7回忌のため仙台の実家へ向かう30代の息子、叔母の結婚式に出席するため両親に連れられて新花巻へ向かう女の子、そして新幹線の車内販売員の女性、と。
いずれもごく日常的な、ささやかなストーリィ。でも“ふるさと”“春”という背景が心を軽やかにしてくれる気がします。
また、どの篇にも新幹線車内の様子が描かれていて、主人公が見かける車内販売員の女性の姿が良いアクセントになっています。

“春”という舞台を背景に“ふるさと”という言葉を噛みしめていると、温かな想いが胸を満たしていくようです。
本書はそんな軽やかな気持ち良さと、始まりの時を感じさせてくれる連作集。


モッコウバラのワンピース/からたち香る/菜の花の家/ハクモクレンが砕けるとき/桜の下で待っている

 

6.
「やがて海へと届く ★★


やがて海へと届く

2016年02月
講談社刊

(1500円+税)

2019年02月
講談社文庫化


2016/002/28


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東日本大震災時の津波の犠牲になったのか、ついに帰ってくることのなかった親友すみれ
その喪失の痛みを、主人公の
湖谷真奈28歳は今なお引きずったまま。そんな真奈の元に、すみれの恋人だった遠野敦から連絡が入ります。転勤で引っ越す、ついてはすみれの遺品を整理したいので手伝ってほしいと。
今なお忘れずにいる親友のことを、恋人だった遠野は忘れようとしているのか。湖谷の心は揺れ動きます。

大事な人を失った悲しみを今も整理できていない主人公が、ようやく痛みに折り合いをつける道を見い出し、自分自身の新しい一歩を踏み出す勇気を見いだす迄を描いく物語。
ストーリィは、湖谷の現在の現実と、過去のすみれとの思い出、そして妄想的あるいは幻想的な次元でのことが交互に、織り合わせられるようにして書き綴られていきます。

結局、こうした悲しみとは亡くなった人より、取り残された人にとっての問題なのでしょう。まして、遺体が発見されず行方不明のまま、ついに帰ってこなかったという状況であれば尚更に。
時間の経過だけでは癒されるものではない、当て所もなく亡き人と会話を繰り返すことによってようやく折り合いを付けていく心の道のりを克明に描いた力作。
鎮魂歌であると同時に、これから始まる未来への一歩を記す物語になっている点を評価したい。

        

7.
「朝が来るまでそばにいる ★★


朝が来るまでそばにいる

2016年09月
新潮社刊

(1400円+税)



2016/10/08



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心が弱っている主人公たちの前に現れた、怪しいものたち。
主人公たちにとってそれは、吉か、それとも凶なのだろうか。
そんな共通の趣向をもつ短編集、6篇収録。

「君の心臓をいだくまで」:海外出張で夫不在の中、胎児の状況を懸念する日菜子。その前に現れた真っ黒な鳥は・・・。
「ゆびのいと」:脳梗塞で急死した妻の千尋は、光樹が焼き場から帰ってきた日も台所に立つ。千尋はいつまで現れるのか。
「眼が開くとき」:瑠璃は転校してきたきれいな少年=坂口暁を見た時、むさぼり食いたいという欲情を感じた・・・。
「よるのふち」:母親が交通事故で急死。遺された小学4年の宏之は、幼い弟の良昭、荒れていく父親を懸念するが、どうする術もなく・・・。
「明滅」:日本の滅亡が予言された時間まであと僅か。共に家具作りが趣味の夫婦はいつも通りに時間を過ごす・・・・。
「かいぶつの名前」:イジメで飛び降り自殺した主人公は、今もその学校から離れられずにいる。学校には他にも自分と同じような霊がいて・・・。

途中、悍ましいような、これからどうなるのだろうかと不安をかき立てられる気分になります。それでも読後に穏やかな気持ちになれるのは、主人公たちが心理的危機を乗り越え、前へ一歩踏み出すというストーリィになっているから。
人間って強いなァ、と感じます。そう信じられればそこに希望も生まれる、と言って良いのではないでしょうか。

君の心臓をいだくまで/ゆびのいと/眼が開くとき/よるのふち/明滅/かいぶつの名前

            

8.

「眠れない夜は体を脱いで ★★☆


眠れない夜は体を脱いで

2017年02月
徳間書店刊

(1600円+税)



2017/03/09



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上手いなぁ。
いずれの篇もストーリィ中、主人公がネット掲示板で
「手が大好きなので、いま起きている人の手の画像をください!」という書き込みを見て・・・という共通項がありますが、ストーリィならびに主人公像とも各篇それぞれ、まったく別のもの。

「小鳥の爪先」の主人公は、女子にモテてばかりの男子高校生。
「あざが薄れるころ」は、合気道を学んでいる50代独身女性。
「マリアを愛する」は、死んだ恋敵には勝てないという重荷を抱えている女子大生。
「鮮やかな熱病」は、フツーではないことに拒否反応を示す銀行支店長。
「真夜中のストーリー」は、ネット上で可愛い女性のアバターを操る、いかつい風貌の30代独身男性。

各篇主人公が抱えている悩みや将来への不安はありきたりのものと言えますが、どれもごく普通の人間だからこそ抱くものであって、そんな主人公たちがとても愛おしく感じられます。
そして最後の篇は、各篇で感じていた疑問を一気に解き明かす内容になっているのですが、それもまた意表を突いていて、実にお見事。

感動的といったストーリィはこれといってなく、どれもありふれた日常の出来事に過ぎませんが、どの篇も嬉しいくらいに味わい十分。何度噛んでも味わいは尽きず、と言って過言ではありません。
本作における彩瀬まるさんの上手さに、ただ脱帽。

なお、連作5篇、どれも好き!です。


小鳥の爪先/あざが薄れるころ/マリアを愛する/鮮やかな熱病/真夜中のストーリー

              

9.

「くちなし ★★


くちなし

2017年10月
文芸春秋刊

(1400円+税)



2017/11/12



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恋愛は人様々と言いますが、本作で描かれるのは、これまで想像もしなかったような恋愛の姿。
心奪われるくらい、すっかり魅了されてしまった恋愛小説8篇を収録した、まさに逸品というべき短篇集。

「くちなし」:主人公のユマ、芸能事務所に所属した18歳の時から10年間、スポンサー企業の社長アツタさんと不倫愛。そのアツタからついに別れを告げられた時、ユマがその代償としてねだったものは、アツタさんの左腕・・・。
「花虫」:運命の相手に出会ったとき、お互いの身体から花が咲くのが見える、というのがその証し。しかし、それはすべて人間の体内に寄宿した羽虫のなせる業なのか・・・。
「愛のスカート」:美容師のミネオカは、かつて高校生の時に自分を振ったトキワに、奇妙な縁から再会します。しかし、本当に恋はままならない・・・。切なくも愉快でもあり。
「けだものたち」:昼の世界に生きる男と、夜の世界に生きる女とはっきり分かれた世界。しかも女は、愛する余り男を喰らうこともあり。非現実的とも言えない現実感あり。
「薄布」:ごく普通の主婦が味を占めた人形遊びとは・・・。
「茄子とゴーヤ」:理容室で茄子色に髪をカラーリング。それって正解だったのか。
「山の同窓会」:SF的ストーリィ。恋愛観をどう持つかによって人生の送り方も変わる、ということか。

8篇の中では断然、「くちなし」と「花虫」が好きだなぁ。

くちなし/花虫/愛のスカート/けだものたち/薄布/茄子とゴーヤ/山の同窓会

              

10.
「不 在 ★★


不在

2018年06月
角川書店刊

(1500円+税)



2018/07/22



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家というものがどれだけ人の人生を狂わせるものなのか。
その家に囚われてしまった人、そこから抜け出て自由を手に入れた人、その双方を対照的に描いた長編。

錦野明日香は、斑木アスカという筆名で活躍中の漫画家。私生活では、劇団員である年下の泉冬馬と結婚を視野に入れ同棲中。
それなりに充実した生活を送っていましたが、あることがきっかけで明日香の生活は狂いだします。
それは、両親が離婚して音信不通のままだった父親が死去し、遺言で預金等は兄の鷹光と母親に遺される一方、何故か明日香には自宅が遺されます。しかも
「私の死後、明日香を除く親族は屋敷に立ち入らないこと」という条件付きで。

家の中を整理するため、祖父・父と医院を営んでいた元自宅に通うようになった明日香ですが、何故か次第に、編集者とも、あろうことか冬馬ともギクシャクするようになります。

親というのは多少なりとも子供に期待や夢を課したりするものだと思います。しかし、それが子の適性を無視したり、一方的に重荷を与えるようなものであってはならない筈。
何故、明日香は冬馬らとギクシャクするようになったのか、そこに元自宅からの影響はなかったか。
そして、祖父に対する亡父、叔父の智はどうだったのか。
一方、離婚して家を出た母親の
堀越昌子、兄の鷹光、そして冬馬の生き方と、そこには違いがあるのか。

自立には、責任だけでなく、強さも必要なのだと感じさせられます。
しかし、そこに親からの愛情を求めるという気持ちが介在してくると、事態は難しくなっていくのかもしれません。
本作は、楽しくもなく、判り易くもない内容ですが、かなり骨太のストーリィ。
彩瀬さんがまた一つステップアップしていく、その手応えを感じさせられる作品になっています。

   

彩瀬まる作品のページ No.2

    


   

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