阿刀田高著作のページ


1935年東京都生、早稲田大学文学部卒。国立国会図書館に勤務しながら執筆活動を続け、76年「冷蔵庫より愛をこめて」にて作家デビュー。79年「来訪者」にて日本推理作家協会賞、短篇集「ナポレオン狂」にて直木賞、95年「新トロイア物語」にて吉川英治文学賞を受賞。


1.楽しい古事記

2.シェイクスピアを楽しむために

3.コーヒー党奇談

4.コーランを知っていますか

5.チェーホフを楽しむために

6.街のアラベスク

7.やさしいダンテ<神曲>

8.佐保姫伝説

 


   

1.

「楽しい古事記」● ★★


楽しい古事記画像

2000年05月
角川書店刊

2003年06月
角川文庫
(552円+税)

 

2003/08/11

日本人なら一応読まなくっちゃ、と思いつつ、読まないで終わる本の代表例が「古事記」「源氏物語」ではないかと思っていました。
そんな「古事記」を、阿刀田さんが例の如く、現代人にも判り易くかつ面白く案内してくれるというなら、つい飛びついてしまうのも当然のこと。
それにしても、イザナギ・イザナミによる建国の始まりという問答が凄い。「我が身は成り成りて、成り合わぬところ一処あり」「我が身は成り成りて、成り余れるところ一処あり。吾が身の成り余れる処を、汝が身の成り合はぬ処に刺し塞ぎて、国土生みなさむと思ふはいかに?」「しか善けむ」
う〜ん、「千夜一夜物語」も呆気にとられるような直截的な表現ですよねェ。今まで、こんな問答のことは教わっていないと思うのです。この部分だけで「古事記」に親しみを感じてしまう。

この章から「海幸彦山幸彦」までの上巻が、神話時代とのこと。
その後の神武天皇東征から、神話か史実かが、はっきりしないとのこと。名前も、「○○天皇」と「○○の命(ミコト)」と2重化。
そして第12代景行天皇の皇子が日本武尊(倭健命)ということなのですが、この辺りはフムフムとしか言いようが無い処。
下巻の仁徳天皇までくると、だいぶ歴史らしくなってくるのですが、「殺して」「歌って」「まぐわって」とそんなことばかりで政治や経済の話などまるで無し。まあ、万世一系の天皇系譜を形作る書となれば、仕方ないのかもしれませんが。
いずれにせよ、楽しみながら、「古事記」とは概ねこんなものか、と知ることができる貴重な案内書であることに間違いなし。

国の始まり(イザナギ・イザナミによる建国)/岩戸の舞(アマテラス大御神、岩戸に隠れる)/神々の恋(八俣の大蛇退治と因幡の白兎)/領土問題(オオクニヌシの治世)/海幸彦山幸彦(兄弟の争い)/まぼろしの船出(神武天皇の東征)/辛酉にご用心(崇神・垂仁天皇の治世)/悲劇の人(ヤマトタケル伝説)/皇后は戦う(仲哀・応神天皇の治世)/煙立つ見ゆ(仁徳天皇の権勢)/殺して歌って交わって(雄略天皇の君臨)/女帝で終わる旅(返り咲いた顕宗・仁賢天皇)

    

2.

「シェイクスピアを楽しむために」● ★★


シェイクスピアを楽しむために画像

2000年06月
新潮社刊
(1600円+税)

2003年01月
新潮文庫化

 

2000/06/17

シェイクスピア劇の面白さを存分に判り易く、かつ読み易く案内したエッセイには、中野好夫「シェイクスピアの面白さ」(新潮選書)と小田島雄志「シェイクスピア遊学」等(白水社等)の著書があります。
ただし、お二人はいずれもシェイクスピア戯曲の翻訳を経験した人達。一般の読者向けにシェイクスピアの面白さを語っているといっても、自ずとシェイクスピアをある程度読んでいるという前提があったように思います。

それに対して、本書はシェイクスピアをまるで読んでいない人にも、格好の案内書となるように書かれている、という本だと思います。
そのため、シェイクスピア戯曲をひととおり繰り返し読み、いろいろなシェイクスピア関連エッセイを読んできた限りでは、今更という部分がかなり多くあります。
その反面、シェイクスピア各作品の粗筋を紹介しつつ、構成、面白さの仕組みも案内してくれる本書は、シェイクスピアを読んでいなくても十分に面白さを味わわせてくれます。

なお、本書中「ジュリアス・シーザー」を語る章の中で、阿刀田さんは何故「ブルータス」という題名にならなかったのかという疑問を付されていましたが、当時は登場人物のうち一番地位の高い人物の名前を題名とするのが慣習だったそうです。
「ジュリアス・シーザー」
のみならず、
「リチャード二世」「ヘンリー四世」においても主人公は題名と異なる人物となっています。
なお、本書で案内されている作品は下記の通り。

ハムレット、ロミオとジュリエット、オセロー、夏の夜の夢、ヴェニスの商人、ジュリアス・シーザー、ヘンリー四世、ウインザーの陽気な女房たち、リチャード三世、マクベス、リア王

※1. シェイクスピアお薦めページ
※2.
シェイクスピアに関するエッセイ・評論等のページ  

   

3.

●「コーヒー党奇談」● ★☆


コーヒー党奇談画像

2001年08
講談社刊
(1600円+税)

2004年08月
講談社文庫化

 
2001/09/12

JTB出版刊の雑誌「旅」“あなたに似た町”という題名で連載された短篇集。
いかにもそれらしく、いろいろな町と触れ合っての出来事が語られます。日常生活と別のところにある町+ちょっと不可思議なこと、というストーリィの数々。気軽に、そして、旅の途中にあることを想像しながら読むのがふさわしい作品集ではないかと感じます。

殆どは日本国内の話ですが、表題作の「コーヒー党奇談」は、アムステルダム、そして東京の青山を舞台にした作品。場所だけでなく時間も遠く隔たった過去と現在をつなぐストーリィであり、本短篇集の中では最も印象に残る作品です。コーヒーの香り漂う題名からして、まず惹かれます。それが本書を手に取った理由。
日常生活に不可思議なことが生じる物語というと、最近では北杜夫「消えさりゆく物語が思い浮かびます。しかし、幻想的な雰囲気という点で、本書は北作品ほどではありません。むしろ、そうしたストーリィ要素より、話運びの巧さを本短篇集の魅力として感じます。

コーヒー党奇談/霧を見た男/橋のたもと/青い箱/水の流れのように/父に会う/砂の時間/地の果て岬/横書きの封筒/田沢湖まで/守り神/土に還る

   

4.

●「コーランを知っていますか」● ★☆


コーランを知っていますか画像

2003年08月
新潮社刊

2006年01月
新潮文庫

(552円+税)

 

2006/06/02

コーラン」、正しくは「アル・クルアーン Al-Quran」と言い、今更言うまでもなくイスラム教の聖典。
神が預言者ムハンマド(マホメット)に与えた啓示をまとめたもので、632年 ムハンマドの死後まもなく学者たちにより編纂され、正典とされた。その中にはイスラム世界の宗教、社会、経済、軍事、法律などにかかわる規範がふくまれている、とのこと。

イスラム教は知っているけれど、コーランがどういうものなのかは知らなかった。そのことが本書を読み出した理由です。
イスラム教がユダヤ教とキリスト教に連なる兄弟宗教のようなものであることは、既に知っていたこと。本書の半分は、およそその説明に費やされています。
同じ系統の宗教であるにもかかわらず、その違いを印象面から語ると、キリスト教が神と人間の相互契約である一方、イスラム教は神から人間への一方的な命令、と感じます。
しかし、命令だから前近代的と言うなかれ。宗教学者のひろさちやさんに言わせると、理由を示さないまま一方的に命じることこそ宗教らしいのだとか(ただし、オウム真理教のようなケースもありますから、用心しないといけません)。
イエスを預言者の一人と位置づけ、マホメットこそ最終預言者としているのがイスラム教ですが、それにしては汎用性を欠いていてかなり土着色の濃いところがイスラム教の面白さだと私は感じています。ですから、イスラム教を否定的に感じたことは一度もありません。
そんなイスラム教の特徴を、阿刀田さん特有の言葉で語っているところが面白く、かつ理解しやすいのが本書。
教えを与えてもちっとも言うことに従わない人間たちに流石の神様もしびれを切らし、今度は断定的に命令口調で与えたのがイスラム教だと説くのですから。
現在の世界情勢において、イスラム教、コーランを知らずにいてはニュースの中味すら理解できなくなってしまうのが現状です。手っ取り早くイスラム教のことを知ろうと思うのなら、本書こそ格好な一冊であることに間違いありません。

扉を開けると/象の年に生まれて/アラーは駱駝を創った/預言者たちが行く/妻を娶らば/<コーランの構成一覧表>/神は紙に描けない/砂漠のフェミニズム/救世者の称号君去りし後/<イスラム諸国会議機構(OIC)加盟国一覧>/<イスラム関係大小いろいろ大ざっぱ年表>/聖典の故里を訪ねて

      

5.

「チェーホフを楽しむために」● ★★


チェーホフを楽しむために画像

2006年07月
新潮社刊
(1600円+税)

2009年01月
新潮文庫化

   

2006/08/12

 

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ロシアの作家チェーホフを読む人のための親切な手引書。
このチェーホフ、私には良く判らない作家です。
学生時代ロシア文学に熱中して
トルストイドストエフスキイプーシキンゴーゴリツルゲーネフ、レールモントフなど読み漁ったものですが、チェーホフについては半ば挫折した気分が残っています。何が判らないって、何を書こうとしているのか、何を伝えようとしているのかが判らない。
それについては本書の中で阿刀田さんも同様に指摘していることから、ホッ。阿刀田さん曰く、それはチェーホフの
“韜晦趣味”なのだという。
チェーホフは決して他人に心を全て開かなかった人物だろうと私は思っています。それは遅くにチェーホフの妻となった、女優
オリガ・クニッペルとの結婚生活に現れていると思う。結婚といっても事実上別居生活で、信頼はあっても心を開き合った愛情まではなかったように感じるのです。

本書はチェーホフの生い立ち、家庭環境から書き始められています。祖父は農奴出身ながら兄弟は各々作家、画家、教師を志す等その方面への関心が高い家族であったこと。そしてチェーホフ自身は医者をめざす一方で小遣い稼ぎのために短篇小説の投稿を始めたと、説明はとても判りやすい。
チェーホンテドン・キホーテのもじり)という筆名での軽いユーモア作品から始まり、短篇小説の名手と言われるようになってからの代表的短篇の引用・解説付き紹介まで。
チェーホフの場合、トルストイらのように何を示すかという視点は余り無く、スケッチ的な人間描写の傾向が強いという阿刀田さんの説明はとても納得いくものです。そうかぁ、だから判り難いのだと安心。
そして四大戯曲への案内が本書のクライマックスでしょう。

本書を読んでチェーホフをよく理解できたかというと、手がかりはつかめたものの、どこが面白いか判らないという意識はまだ半分残ります。
読んでもなお判り難いという点でとても面白かったとは正直言えませんが、本書が阿刀田さんの労作であることは間違いありません。阿刀田さんに素直に感謝します。

小遣い稼ぎから/工房の秘密を捜して/恋と時間のたわむれ/長編への迷い道/短編小説の名品たち/おしゃべりな助走/<かもめ>は演劇<ワーニャ>は人生/<三人姉妹><桜の園>の兄と弟/チェーホフの周辺飛行

        

6.

●「街のアラベスク」● ★☆


街のアラベスク画像

2007年12月
新潮社刊
(1600円+税)

2010年07月
新潮文庫化

   

2008/01/21

 

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東京のいろいろな街を舞台にした恋愛物語、12篇。
昔、すれ違うように出会った女性との恋模様をふと思い出す、という形で語られる話がほとんど。
実る恋に至らず、思い出の中だけに留まっているからこそ、その印象はなおのこと鮮明、という気がします。

場所は、町屋、井の頭公園、東五反田、麻布、神楽坂、浅草、新宿、蒲田、銀座、江戸川、北沢、善福寺
同じ東京といっても各々雰囲気が違うように、各ストーリィの趣きも多彩です。
セックスだけで繋がったような関係から、幼い頃のエロチックな思い出、予想もしないオチに唖然とさせられるかと思えば、ちょっと怖い妖しい話もあり。
女性にもセックスへの欲望はあるんだ、と語るストーリィの中にも、如何にもという話から、あっけらかんとし過ぎて失笑してしまう話、男を戸惑わせてしまう罪作りな話までと、どれも一様ではありません。
ひと言でいうなら、恋愛小説としての魅力より、微妙な味わい、そして何よりも阿刀田さんの語りの上手さが魅力、という一冊でしょう。

とくに気に入ったのは次の2篇。
「黒地に赤く」:一時の恋愛ごとの後、鮮やかに姿を消したからこそ忘れ難い女性になるという典型。
「公平さの研究」:子供の頃からずっと“公平さ”を守ってきた主人公。それでは恋愛は難しいよなと思えますが、案の定。でも最後はハッピーエンドに終わるものの、最後のオチが楽しい。

他にも面白かった篇は、
「暗闇坂」:桐の下駄にまつわる、妖しい余韻が魅力。
「真面目な関係」:女性にこんなことをされたら、不器用な男は堪らないですね〜。
「左掌の記憶」川端康成「雪国」を読み返したくなります!
「喋らない女」:あっけらかんとして壮絶、圧倒されます。これはユーモア篇でしょう。
「六郷橋まで」:2人のこれからを応援したい気分になります。
「夜に飛ぶ」:「真面目な関係」の不器用な男でなくったって、何だったのかと男性なら思う筈。さらっと解き明かされた回答についつい納得してしまうのは、阿刀田さんの語りの上手さ故、と思います。

黒地に赤く/ほくろ慕情/美しい人/暗闇坂/真面目な関係/左掌の記憶/喋らない女/六郷橋まで/銀座の敵/美人の住む町/公平さの研究/夜に飛ぶ

     

7.

●「やさしいダンテ<神曲>」● ★☆


やさしいダンテ画像

2008年01月
新潮社刊
(1600円+税)

 

08/02/22

 

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欧米の小説等を読んでいると時々引き合いに出される古典的名作のひとつが、ダンテ「神曲」
興味はあれど実際に読むとなると躊躇し、未だ読まずに至る。
ずっとそんな状況のところに本書が出た訳ですから、すぐ手が伸びたという次第。
阿刀田さんのこのシリーズ(?)、読み慣れた作品については今更と思いますけれど、未読の作品についてはとても有り難く、為になる書です(特に本書「ダンテ」は労作だと思います)。

さて中身。まずはローマ時代の詩人ウェルギリウスの案内で地獄めぐりするところから始まります。
何故ウェルギリウスがそんなことを?というと、ダンテにとって永遠の恋人であり、若くして死んだ
ベアトリーチェから案内役を託された、という訳。
ウェルギリウスどころか、地獄を回ると出るわ、出るわ、ギリシア・ローマ神話の著名人or神たちが。もう滅茶苦茶やんか、と思う程です。
というのはダンテの時代に高まったルネッサンス運動、本質はギリシア文明への回帰なのだという。なるほど〜。

ところで肝心の地獄、その阿鼻叫喚はなぁ・・要は脅しでしょ。
それにしても地獄で苦しんでいる亡者の中に、イスラム教の開祖
マホメットがいたり、フィレンツェで悪徳に手を染めていた既知の人物たちが次々に登場するとなると、もう御都合主義以外の何物でもない、と感じます。
さらに、
カエサルを暗殺したブルトゥスカシウスまで登場するとなると、もう茶番としか思えなくなってきます。
そんな地獄と比べると、煉獄はまだしも、天国のなんと非人間的でつまらないことか。

原典はもっと麗々しく謳い上げられているのでしょうから読んでの印象は違うのでしょうけれど、こうして砕いて語られると本質がはっきり見えてきます。
現代日本からすると、キリスト教世界観を土台にダンテの一方的な思いを籠めた自己満足の書、と言いたくなります(原典を読んでいないのに言い過ぎかも)。
※私は
ミルトン「失楽園の方が好みですね。

崇高な片思い/地獄の門を抜けて/ギリシャ神話を交えて/亡者がウジャウジャ/予言のからくり/三人の極悪人/煉獄の丘を越えて/愛と自由な意思/ベアトリーチェの怒り/魂は輪になって踊る/神学の見た宇宙/薔薇の円形劇場へ

   

8.

●「佐保姫伝説」● ★★


佐保姫伝説画像

2009年03月
文芸春秋刊

(1600円+税)

2012年04月
文春文庫化

 

2009/05/02

 

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いずれの作品もあっさりとした味わいの短篇集。
それなりの年齢に至って過去を振り返る、という趣向のストーリィが多い。
過去に付き合いのあった女性のことだったり、子供の頃に見た美しい風景だったり。
懐かしさと過ぎ去った時間への慈しみ、そしてロマン等々の香りが僅かにそこから匂い立つ、という風。
平凡な人生であっても、一度や二度ぐらい何らかのドラマがあるもの。だから人生は面白い、捨て難い、といみじくも語っているようです。
さらりとしていながら、噛み締める程に滲み出てくるような味わいが、本短篇集の魅力でしょう。

表題作「佐保姫伝説」は、小学生の時に出会った満開の桜という絶景を再び見たいと分け入った山中での出来事を描いた篇。
そこで出会った女性画家、彼女は春を撒いて回る春の女神=佐保姫だったのだろうか。桜のイメージと佐保姫のイメージが共に脳裏に膨らみ、春がひとしお愛しく感じられる風雅な一篇。

過去に関わりがあった女性のことを思い出すといった作品が、「初詣で」「象は鼻が長い」「恨まないのがルール」「赤い丸の秘密」「やきとりと電話機」と12篇中5篇。
その他、
「大きな夢」「ちょっと変身」はユニークな面白さ。「海を見に行く」は、結婚を視野に入れた40歳近い男女の風情に好感が持てます。
「カーテンコール」は、銀座のクラブで昔一緒に働いたことのある女性たちと再会する話ですが、最後が実にお見事。艶かしくもあり可笑しくあり、彼女たちと一緒になって明るく笑い飛ばせるような、そんなエンディングが実に楽しい。

初詣で/紅の恐怖/大きな夢/佐保姫伝説/ちょっと変身/象は鼻が長い/恨まないのがルール/海を見に行く/赤い丸の秘密/五色の旗/やきとりと電話機/カーテンコール

      


 

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