9月6日(追分→旧・穂別町 稲里) 
 全駅間歩き2日目(41.1km)

距離 着時 発時
追分 6:15
東追分 5.0km 7:19 7:35
川端 5.7km 8:43 9:05
滝ノ上 8.1km 10:46 11:10
十三里 4.6km 12:04 12:25
新夕張 3.1km 13:08 13:55
  楓信号場 5.3km 15:00 15:15
  キャンプ場 9.3km 17:16  
 今日は、追分駅から
 むかわ町の「穂別キャンプ場」を目指します。

 今日は5つの駅に立ち寄ります。
 全行程でも13駅しか巡らない今回の中では、
 これでも最も多くの駅を巡る1日となります。
 この中には、JRの合理化で来年春に廃止が予定されている
 東追分、十三里の2駅も含まれています。

 そして、新夕張からは
 34.3kmという陸上国内最長駅間(2015年現在)を誇る
 占冠までの駅間歩きが始まります。
 この区間は、歩行距離が長くなる上に、
 補給地点も乏しく、何回もの峠越えを強いられます。
 そのため、駅間歩きの中でも屈指の難易度を誇る区間といえます。
 もちろん、1日では到達することはできないため、途中で宿泊することになります。


 昨日は、峠越えといってもそれほど山深い場所ではありませんでしたが、
 今日からは本格的な山越えが始まります。

 いよいよ石勝線も本領発揮といったところでしょうか。



 
 朝6時過ぎ、追分駅前のホテルを出発しました。

 まずは、市街地を縦断する道道を東へ向かいました。
 まもなく市街を抜け、室蘭本線と併走する国道を越えて、稲作地帯に入りました。
 交通量はあまり多くないにも関わらず、広い歩道が設けられていて、安心して歩けました。


 
 追分市街から歩くこと1時間弱、
 畑の向こうに東追分駅の跨線橋が見えてきました。


東追分駅へ向かうためには、
駅の東側から回り込まなければなりません。

未舗装の道を線路に向かって進むと、
踏切が見えてきました。


踏切の先には、
北海道らしい畑地が広がっていました。
何年か前に放映された某ビールのCMも
この道を使って収録されたそうです。


実は、そのCMがあまり印象に無くて、
どんぴしゃな光景を撮れなかったのは内緒。

 夕張行き普通列車の出発を見送ったところで、東追分駅に着きました。

 東追分駅は2面2線の相対式ホームを持つ、比較的簡素な駅です。
 跨線橋の根元、風除室にあたる場所に、小さな待合室が設置されています。
 駅のホームは普通列車の客扱いのみに対応しているため、2〜3両程度の長さしかありませんが、
 貨物列車同士の交換が行えるよう、交換設備そのものは長大編成に対応しています。

 列車が高速で通過するためか、
 貨物列車が長時間駅構内をふさぐことがあるからか、
 石勝線の駅には構内踏切はなく、小さい駅も含めて跨線橋か地下通路での行き来になります。
 ごく初期には、トマム駅に構内踏切があったそうですが。


 東追分駅の周りは、一面のデントコーン畑です。
 跨線橋から見渡した風景は、本当に北海道らしい風景でした。

 一度この駅に立ち寄った人は、この駅の虜になるそうですが、
 その意味が分かるような気がしました。


 こんな駅がなくなるなんて、もったいないなぁ。


 
 先ほどの道道をさらに東へ進みます。

 道路にクワガタがへばりついていました。
 道歩いているだけでクワガタがゲットできるとは、なんて素敵な所なんだ!
 (もちろん、実際に持って帰ってはいませんよ!)


 跨線橋で線路を越えると、社台ファームへ繋がる道と合流しました。

 社台ファームは競走馬の牧場で、G1レースの優勝馬も送り出しています。
 一般公開はしてないそうなんですが、左写真に見える柵は馬でも放してそうな雰囲気です。
 ここも社台ファームの敷地なんでしょうか。


 まもなく、由仁町に入りました。


 
 さらに東へ進むと、ぽつぽつと民家が見えてきました。

 国道との交点が近づくと、民家が集まり、小さな市街地になりました。


 国道との交点に川端駅がありました。
 無人駅ですが、大きな駅舎と駅前広場がありました。

 ホームの一角には、観賞用と思しき池の跡がありました。
 池には、近くにある川端ダムを模したオブジェも設置されていました。
 池に水が蓄えられていたときは、ダムから水が流れ出すような造りだったんでしょうか。


 次の駅へ向かいます。
 ここからは国道274号を歩きます。
 国道274号は、これから占冠村に入るまでずっとお世話になる道です。


 10分ほど歩いたところで、栗山町に入りました。
 由仁町にしても、栗山町にしても、中心は室蘭本線の沿線なので、
 町の端っこにあたる、このあたりでそう言われても実感が湧かないところですが。

 栗山町に入っても畑地が続いていましたが、
 じょじょに山が迫ってきました。


 
 沿道から畑が消えると、歩道も無くなってしまいました。
 国道は、夕張川と線路と山に囲まれた緩やかな谷間を貫いていました。


 いよいよ夕張市に入りました。
 このあたりは、めまぐるしく町が変わります。

 夕張のカントリーサインは、スキー場のリフトと夕張メロンです。
 そして、「かつての炭鉱都市」という意味合いからか、鉱山が消えるような薄い色で描かれています。
 次にカントリーサインの絵柄が変わるときは、サインから鉱山が本当に消える…ってことはないはずですけど。


 さらに進むと、滝ノ上の集落が見えてきました。
 川端とは異なり、こちらは小集落でした。


 ここでちょっと寄り道して、千鳥ヶ滝を見に行くことにしました。


 踏切越えてまもなく、煉瓦造りの建物が目にとまりました。
 築90年を越えるこの建物は、現在も滝ノ上発電所として使用されています。

 現在、施設は改修工事中ですが、来年度から運用再開するそうです。


 こちらが千鳥ヶ滝です。

 次の駅は「滝ノ上」です。
 そして、川端駅との中間には「滝ノ下信号場」があります。
 いずれもこの滝の上流・下流にあることを示しているそうです。

 滝は地層の筋にそって、幾筋もの水脈がなだらかに流れ落ちていました。
 もっと切り立った滝をイメージしていたんですが、
 なだらかに流れ落ちる滝というのもいいものですね。
 川の水は、地層の中でも削りやすい層を選んで削っているようで、
 長年削り続けることで、水を分けるくらいの「筋」ができているようです。


 滝ノ上駅に着きました。

 駅舎の見た目は川端駅の色違い、
 ホームの構造も川端駅と非常に類似しています。
 待合室の配置はちょっと違ったような気がするんですけど。

 予定より早く着いたので、少し長めに休憩することにしました。
 靴下を脱ぐ瞬間の開放感といったら、何物にも代えがたいものがあります。



 靴下をはき直して出発すると、駅の前にパトカーが止まっていました。

 「駅に不審者がいる!」と通報された…わけではありません。
 パトカーの前を歩いても、ただ「気をつけてね」と言われただけでした。
 正直、職務質問されたら嫌だなとは思いましたけど。

 気を取り直して2〜3分ほど歩くと、
 後ろから「ウゥゥゥゥゥゥゥーーーーー」という大きなサイレンが聞こえてきました。
 振り返ってみると、1台の車が赤色灯光らせたパトカーの餌食にされていました。
 あのパトカーは、「ねずみ取り」目的のパトカーだったようです。

 あとで調べてみると、滝ノ上集落付近は速度違反取り締まりのメッカなんだとか。
 道外ドライバーの皆さん、お気をつけください。


 陸橋で線路を越えるところで、足下を「スーパーとかち」が通過しました。
 特急列車は、一足先に東へ向かって走り去っていきました。

 陸橋越えた先にも滝ノ上と同じくらいの規模の小集落があり、
 むしろこっちの方が人が多く住んでそうな雰囲気でした。

 ちなみに、この集落は「十二里」というそうで。


 「十二里」集落を過ぎると、夕張川が近づいてきました。

 国道274号の別名はふなっしー国道…じゃなくて、「石勝樹海ロード」です。
 確かに、集落過ぎると、周囲は樹海だもんなぁ。


 
 十三里(とみさと)駅に着きました。

 駅は国道沿いですが、周囲の民家はまばらでした。
 駅の構造は東追分と似ていて、跨線橋の風除室に待合スペースがありました。

 1日の平均利用者数は0.4人しかいないそうで、
 2016年春のダイヤ改正で廃止されることになりました。
 廃止報道が出たためか、自分が訪れた時にも、何人かの旅行者が見学に訪れていました。


 さらに国道を進みました。

 5分ほど歩いたところで、十三里駅へ向かって歩いていると思しき人とすれ違いました。
 十三里駅まであと少しですよ、がんばれ〜。

 民家もまばらなエリアですが、ママチャリ乗った人ともすれ違いました。
 軽装で、その手の旅行している人には見えなかったんですけど、この辺に住んでいる人だったんでしょうか。


 夕張川を2度渡って、紅葉山の集落に入りました。
 紅葉山の集落はコンパクトながら、市街地として比較的まとまっています。
 ここまで来れば新夕張駅まであと少しです。


 新夕張駅に着きました。
 かつては「紅葉山」と名乗っていましたが、
 石勝線開通と同時に駅が少し高台に移転し、駅名も変更したそうです。

 駅員がいる駅ですが、今日は日曜日ということで窓口はお休みでした。
 構内放送は行われていたので、窓口が休みというだけで、駅員はいたようです。


 ここの待合室で昼食をとることにしました。
 特急停車駅だけあって、昼食を食べる場所に困ることはありません。

 昼食は、駅のすぐ近くにある「道の駅」で買った幕の内弁当です。
 ここの道の駅は、普通の農協スーパーに観光施設が付け加わったような構造です。
 いちおう道の駅って名乗ってるんだから、
 スーパーの弁当ももうちょっとオリジナリティあるものが欲しいというのは、ワガママなんだろうか。


 ここ新夕張駅は、夕張方面に向かう支線が分岐しています。
 いつかは支線も歩いてみたいですが、こちらはまた別の機会にしたいと思います。


 そして、本線の次の駅は34.3km先の占冠(しむかっぷ)駅です。
 34.3kmという距離は、新幹線・貨物線を除く陸上の鉄道区間では最長を誇っています。
 大幅にショートカットできる鉄道で34.3kmもの距離があるわけですから、
 両駅間を歩くとなれば、もっと長い距離を歩かねばなりません。

 今回は、次の占冠駅まで、寄り道含めて2泊3日で歩くことにしました。
 この先には、どんな光景が待ち構えているのでしょうか。


 さあ、最長駅間の旅を始めたいと思います。


 …とその前に、道の駅にもう一回寄って、夕張メロンソフトを食べました。


 実はメロンが苦手な自分ですが、ソフトクリームなら大丈夫。
 ソフトクリームを手にしたときから、ほんのりメロンの甘い香りが漂ってきました。

 去年ここに来たときに食べた「炭コロソフト」も探してみたのですが、こちらは見つからず。
 あれはあれで面白かったんだけどなぁ。


 紅葉山市街の北で大きく東へカーブを切って、夕張川を渡りました。


 ここから先の国道274号は、
 石勝線開業を前に廃線となった夕張線の路盤跡を使ってる場所が多いそうです。

 夕張川を渡れば、民家はまばらになりますが、
 幅の広い歩道が付き添ってくれるのはありがたい限りです。


 楓集落が見えてきました。
 頭上を通過する石勝線の線路が、あたかも新幹線の線路のように見えました。

 今となっては、すっかり静まりかえった楓集落ですが、
 かつては炭鉱が立地し、多くの鉱山労働者が生活する街だったそうです。
 旧国道に沿って建ち並ぶ家々に目を向けると、商店の看板が掛かったままの民家もあり、
 往時の繁栄ぶりをうかがい知ることができます。


 楓信号場に着きました。
 ここは、10年ほど前まで「楓駅」でした。
 末期には「1日1本しか列車が来ない駅」として知られた、あの駅です。


 来春からは、新十津川駅がこの肩書きを継ぐことになるのか…。


 楓信号場は今回が初訪問でしたが、
 駅跡を見るやいなや、思わず興奮してしまいました。
 駅舎は取り壊されたものの、ホームはほぼ現役当時の姿を保っていたのですから。
 廃止当時の写真と見比べれば、ずいぶん草ぼうぼうになっていますが、
 廃止後10年を経過しても、これだけそのまま残ってると興奮せずにはいられません。


 楓駅には普通列車のみが停車し、特急列車は全て通過していましたが、
 特急列車が通過する本線にもホームが設けられていました。

 といっても、本線側のホームも、せいぜい列車3両程度の長さしかありません。
 もしかすると、計画当初は普通列車を本線にも走らせるつもりだったのかもしれません。
 この先にある東オサワ信号場や清風山信号場などは、計画当初は客扱いを行う予定だったわけですから。
 そもそも、特急をここに止めるつもりだったなら、ホームがもっと長いはずなんですよね。


 本線のホームは、定期的に使われることなく駅廃止を迎えましたが、
 こちらのホームも普通列車用ホーム同様、取り壊されること無く残っていました。
 新夕張方面ホームには、道路からホームにアプローチするための建物も残っていました。

 ここに15分しかいられないのがもったいない!


 楓市街を抜けると、ついに歩道が消えました。
 国道は上り坂がはじまり、本格的な峠越えが始まりました。

 坂を登り続けること20分あまり。
 息が切れ始めたところでトンネルが見えてきました。
 峠越え最初のトンネル、登川トンネルです。

 トンネルの長さは300メートルあまり。
 この先に待ち構える長大トンネルに比べればかわいいものです。


 トンネルが峠の頂点と思いきや、
 上り坂はトンネルを越えてもなお続いていました。


 トンネルからさらに5分ほど進んだところで、ようやく峠の頂点が見えてきました。
 この峠は楓峠というそうですが、それを示す看板類は一切ありませんでした。
 今歩いている道は新道で、旧道も存在するそうですが、途中で行き止まりになっているそうです。

 峠の頂上からはむかわ町です。
 合併以前は穂別町だった場所です。
 鵡川といえば太平洋岸の町というイメージが強いのですが、
 これから向かうトマム周辺から太平洋に向かって流れる川の名前も鵡川なので、
 あながち場違いな地名というわけでもありません。


 峠を越えたら、下り坂が始まりました。
 すっかり山深くなり、民家は一切見当たりません。
 「樹海ロード」の名にふさわしい森林が続くばかりでした。

 谷に架かる橋にさしかかったとき、
 谷底から何匹もの野犬に吠えられました。
 野犬は谷底から追いかけてきましたが、谷を登ることはできなかったようです。


 じっくり1時間下り坂を進んだところで、ようやく民家が見えてきました。

 しかし、集落というにはあまりにも心細い場所で、
 実際に人が暮らしていそうな家は1〜2軒くらいしかありませんでした。


 そんな「集落」の端っこに、今日の宿泊地・穂別キャンプ場がありました。
 立派なセンターハウスが見えると、思わずほっとしました。

 この日の宿泊客は、自分の他にもう1組いるだけでした。
 バンガローだけでも10棟以上ある大きなキャンプ場なので、ほとんど貸し切り状態でした。
 おかげでバンガローを無料でアップグレードしてもらえることになりました。

 ここに泊まれば、2km先にある温泉の割引券を貰えるのですが、
 温泉に行くための交通手段がありませんでした。
 つまり、行くなら歩いて行くしかないわけです。
 行きの片道だけならまだしも、灯りも無い夜道を延々2km歩いて帰るのは嫌だったので、
 今日の風呂は泣く泣くパスすることにしました。

 広いバンガローで靴を脱いで、足の状態を確認しました。
 まだ豆はできていませんでした。
 釧網本線歩いた時は、2日目にして大きな豆を作ってしまったわけですから、大きな進歩です。
 今回から導入した5本指ソックスの効果なんでしょうか。


 やがて日が暮れました。
 キャンプ場が国道沿いにあるため、国道を走る車の音は聞こえますが、
 気になるようなレベルではありませんでした。

 夕食を終え、翌日の準備を整え、22時過ぎには寝袋に入りました。
 寝袋越しとはいえ、床の上に直接寝るような感覚でした。


 やっぱり装備ケチらずに、銀マット持って行っとけばよかったかな。


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