旅日記

2002 9.20

ポンペイ
 79年ヴェスヴィオ火山の噴火のせいで人口2万5000人の街は一瞬にして消え去った。
その後この街は忘れ去られ18世紀になって発掘されるまでずっと火山灰に埋もれたままだった。
埋まっていたおかげで当時の姿をそっくりそのまま残している。

 ポンペイはオプショナルツアーの日帰りコースで行った。マイバスツアーという日本人向けの現地ガイドツアーのようだ。
 朝7時50分にスターホテルメロトポールに着く。ロビーは日本人でごった返している。
 ここで受付を済ませてから出発する。今回初めてガイドさんがついてバスで往復する形だったが実はとっても楽だった。だって何にもしなくていいんだも〜ん。 

最初にナポリを見る。明らかに南国の雰囲気が漂う街で陽射しも明るくて花がきれいに咲いていた。
 (そういえばどこも花とは無縁な街ばかりだったな)
 ナポリの街中ではバスから降りなかった。街中はものすごい渋滞である。途中、路面電車の専用道路に車が乗り上げてさらにすごいことになっていた。いったい?車線というものがあるのか、車と車の隙間は数センチ。こんなすれすれでよく運転できますな〜。

ナポリから参加する人を乗せてその後、お決まりのカメオ工場につれていかれて美しいカメオを鑑賞をした。

 
ナポリの街並み

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 【ポンペイ】
 そしていよいよお目当てのポンペイである。
 ポンペイは入り口がいくつかあるようだが私達はマリーナ門から入る。マリーナ、その名の通り、海だったところだ。今は海までは何十キロっていってたかな〜?
 とにかくもちろん海など見えない。すべて火山灰によって埋められてしまったのだ。そう考えると当時の噴火の凄さがわかるような気がする。
遠くに見えるヴェスヴィオ火山と紀元1世紀の道

 ガイドさんは親切、ていねいに色々教えてくれた。
 しか〜し!物足りない!
 そう、ツアーなので自由に見てまわる事は出来ない。時間も限られているのであっさりしたものだ。私でさえ物足りなさを感じたのに(本当は秘儀荘とかも見たかった。無理か)ポンペイに思い入れの深い妹はもう欲求不満のようだった。
 この次は自力で〜とか思うのだがとにかくローマからは遠い。ナポリを起点にしなければ来れないだろう。
公衆浴場
 ポンペイは非常に文化の発達した(円熟した)街だったようで、今有るものはほとんどあるのだ。
 2000年近くたっても人の進歩とはこんなものなのだな〜と感じずにはいられない街だ。
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