鷹司冬平 たかつかさふゆひら 建治元〜嘉暦二(1275-1327) 法号:後照念院

関白基忠の息子。母は権中納言近衛経平女。叔父兼忠を養父とする。関白冬教の父。
弘安七年(1284)二月、叙爵。右中将を経て、翌年三月、従三位に叙せられる。伏見天皇の正応元年(1288)十一月、権中納言。春宮権大夫を兼ね、後伏見天皇の正安元年(1299)四月、内大臣。同三年正月、従一位に昇る。後二条天皇の乾元元年(1302)十一月、右大臣。同年閏十二月、左大臣に進む。花園天皇の延慶元年(1308)十一月、摂政・氏長者。同三年十二月、太政大臣。同四年三月、関白に転ず。その後正和四年(1315)九月・正中元年(1324)十二月と、三たび関白の地位に就いた。嘉暦二年(1327)正月十九日、薨去。五十三歳。
文保百首・嘉元百首・伏見院三十首などに出詠。自邸でも歌会を催した。頓阿『井蛙抄』に「御風体格別也」と高い評価が見える。新後撰集初出。勅撰入集は計八十一首。日記『後称念院関白記(冬平記)』、有識書『後照念院殿装束抄』などの著作がある。

文保三年、後宇多院に百首の歌奉りける時、春のはじめの歌

いとはやも春来にけらし天の原ふりさけみれば霞たなびく(新千載5)

【通釈】まあ疾うに春が来たようだ。天空を振り仰げば、霞がたなびいている。

【補記】迎春歌にふさわしい大様な詠みぶり。「春きにけらし」の句は持統天皇の香具山詠を思い出させるが、意外にも当詠が初例となる。

【参考歌】安倍仲麻呂「古今集」
天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも
  後鳥羽院「新古今集」
ほのぼのと春こそ空にきにけらし天のかぐ山霞たなびく

嘉元元年後宇多院に百首歌たてまつりける時

くれ竹のねぐらかたよる夕風に声さへなびく春の鶯(新後拾遺19)

【通釈】ねぐらの呉竹を片寄せて吹く夕風に、鶯の声までもが靡いているように聞こえる。

【補記】聴覚で受け取る鳥の声を、「なびく」という視覚的なイメージで以て表現した。こうした感覚表現への志向は、当時の意欲的な歌人にしばしば見られる。

尋花日暮といふこころを

暮れぬとも宿をばとはじ山桜月にも花は見えぬものかは(玉葉215)

【通釈】日が暮れてしまっても、宿を求めはすまいよ。山桜の花は、月明かりの下でも見えないことがあろうか。

文保百首歌に

大かたの春のわかれのつらさをも思へば花の名残なりけり(新続古今207)

【通釈】春との別れは大概辛いものだが、なにゆえと思い巡らせば、やはり花と別れる名残惜しさが理由であったよ。

【参考歌】大中臣能宣「後拾遺集」
桜花にほふなごりにおほかたの春さへ惜しく思ほゆるかな

夏月をよみ侍りける

風にもる木の間の月も涼しきは松原たかき山かげの宿(玉葉390)

【通釈】風と共に木の間を漏れてくる月明かりもこれほど涼しげなのは、松林を高く見上げる山陰の家だからこそなのだ。

【補記】この「やど」は隠者の草庵。「松原」は松の生えた原でなく、山の斜面を覆う松林を指す歌語である。「檜原」などと同様の使い方。

【参考歌】伏見院「御集」
ふくる夜の軒端の月は出でぬれど木の下くらき山かげの宿

雪歌の中に

ふりつもる梢や今朝はこほりぬる風にもおちぬ松の白雪(玉葉954)

【通釈】降り積もった梢の雪が、今朝は氷りついてしまったのだろうか。風が吹いても落ちない、松の白雪。

【参考歌】三条実重「玉葉集」
風はらふ梢ばかりはかつおちてしづえに残る松の白雪

ふりにける世々にかはらぬ跡とめてふたたび越えし関の白雪(文保百首)

【通釈】幾世経ても変わらない道の跡を求めて、再び越えたことだ、関の白雪を。(藤原氏の先代たちが辿った政道の跡を尋ねて、再び関白の職を拝受しました。)

【語釈】◇ふりにける 「ふり」は「旧り」「降り」の掛詞。「跡」と共に雪の縁語。◇関の白雪 関白の隠喩。単なる駄洒落でなく、藤原兼家の故事に由来するもの。『江談抄』によれば、兼家が雪降る逢坂の関を越える夢を見、その話を聞いた大江匡衡は「関は関白の関の字、雪は白の字。必ず関白に至り給ふべし」と夢占いをしたという。果たして翌年、兼家は関白の宣旨を蒙った。

【補記】正和四年(1315)、冬平は二度目の関白に就任。本作はその四年後の文保三年(1319)、続千載集撰進のための資料として後宇多院に召された百首歌の一。なお風雅集には冬平の作としてよく似た歌「ふりにけるあとをし代々にたづぬれば道こそたえね関のしら雪」を載せている。

【参考歌】
ふるままに跡たえぬれば鈴鹿山雪こそ関のとざしなりけれ(良通[千載])
道しあればふりにし跡にたちかへりまたあふ坂の関の白雪(良実[続古今])

嘉元百首歌たてまつりけるに山を

山ふかくまた誰がかよふ道ならむこれより奥の峰のかけ橋(玉葉2228)

【通釈】こんな山深い所に、それでも誰が通う道なのだろうか。ここよりさらに奥へ向かう、峰の梯(かけはし)よ。

【語釈】◇かけ橋 梯・懸橋。崖に板などを棚のように架け渡して通れるようにしたもの。

【参考歌】藤原保季「千五百番歌合」
山ふかき秋を見るにも思ふかなこれより奥の夕暮の空


更新日:平成15年03月15日
最終更新日:平成21年01月13日