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's wonderful-act1-



「Mr. Please marry me」
「W……What? What did you sayin'?」









唐突に目の前に現れたとても綺麗な女の子に、これまた突然プロポーズされたらあなたはどう思います?えっ?僕はどうするかって?うーん、そりゃまあ嬉しくないと言えば全くの嘘になるけれど、こういうのはきちんと過程を踏んでからでしょ、普通。まずは好きですから始まって一緒にお茶なんかして、ついでに手なんか握ってみたりして、そんでやることやってしかるのちに、でしょ。普通。

なのにこのかわいらしい女の子はこの薄汚い(ごめんよリチャード)ジャズバーに入ってくるなり、すたすたとピアノの前に座ってる僕のところまでやってきたかと思うとさっきの台詞。

まあ全くモテナイわけでもないけれど、これはさすがに初めての経験で。
嬉しいよりはやっぱり驚きの方が先に立つよね、やっぱ。



「What's did you sayin'? Excuse me? I don't know who you are. Ah……sorry? Are you Japanese? Or Chinese? まいったな……、Can you speak Japanese? Or……」

外国人?いや日本人?それとも中国系?どっちにしろこの髪の色とか瞳の色はどうみても東アジア系だろう。年の頃は……そうだな、たぶんまだ10代。どこで僕、こんなかわいい子にひと目惚れされちゃったんだろう。どこからどうみてもいいとこのお嬢さんなのにさ。


ったく。今夜はついてない。
さっき弾いてた曲もなんでもないところで躓いちゃったし。
つい昨日1年付き合った彼女にフラレタばかりだし。
一昨日はやっと手に入れたとっておきのレコード盤を地下鉄の網棚に置き忘れてしまうし。
あげくにこれかよ。
ここが日本ならさしずめドッキリカメラのロケでもやってるんじゃないかって疑うところだけど、ここはアメリカ、しかもニューヨークのど真ん中だ。





「えっ?あなた……日本人?」
「そうだよ、僕は日本生まれの日本育ち。10年前にこっちに来てそのまま居ついてるだけさ。君は?」
「わたしは……わたしは……ほんの半年前にこっちに来たばかり」
「で、お嬢さん。いくつ?」

なんだかなー。
微妙に間が空いてしまったじゃないか。こら、外野。僕が自分でナンパしたんじゃないからな。それからついでに言っとくけど、こんな純粋無垢なお嬢さんを騙しちゃったわけでもないからな。
そこんとこ、ようく見ておけよ。



「えっと、18歳です」
「学生さん?」
「はい、ジュリアードの」
「ほう……、そりゃまた。一体何を専攻してるのかな?」
「ピアノです」
「ふーん。そんなエリートな人がこんなところに迷い込んじゃだめだよ。さあ帰りなさい。一人で帰れないなら連れて帰ってあげるから」
「あの……失礼ですけど、お名前を……」

って、なんてこった。
僕の名前も知らないのに、いっぱしにプロポーズしちゃったってわけ?まさか、意味知らないまんま英会話教本の台詞を言ってみただけなんて言うんじゃないだろうな。

「僕は氷室健一です。差し支えなければ君の名前を聞いても構わないかな?」
「高宮美雪と申します」
「そう、高宮さんね。じゃあ、お嬢さんもう遅いから帰って寝なさい、いい子だから」
「はい……ごめんなさい」
「気を付けてお帰りなさい。じゃあね」
「あ、明日っ!明日また来てもいいですか?」
「好きにしたら」
「はいっ!!」

すっごい変な子。
でも、妙に心に残る子だ。
でも、今の僕にあんな純粋で無垢な瞳は似合わないと思う。
あれはちょっと勘弁だな、僕はそんなにいい人じゃない。






10年と少し前、僕もいっぱしのピアニスト気取りでNYにやってきた。その頃は一応クラシックしかやったことがなくて、型にはまった規則正しい音楽が全てだと思っていた。すでに日本ではコンクールを総なめにしてたし、なんとなくヨーロッパって柄でもなかったし、高校最後に出場した国際コンクールの賞品がジュリアード留学だったから、なんとなく出国してみただけ。
だけど、それなりに自信満々で乗り込んだNYで僕は自分がどれだけ『井の中の蛙』だったかってのを思い知らされた。今思えばそりゃそうだなと思う。日本で一番だったとしても、世界には何百と国があってそれぞれに一番の奴はいる。そんないろんな国の一番が一つの場所に集まるんだ、当然といえば当然だ。

まあそれでも、学校は一応卒業した。主席なんかじゃなかったけどね。


卒業はしたものの日本に帰る気にもなれず、かと言ってどこかのオーケストラに入る気も無い。だからといってソロピアニストとして凱旋するのもなんか嫌だ。

そんな中途半端な時に僕は場末のバーである人のピアノを聞いた。




大げさじゃなく、本当に雷に打たれたみたいになってその場でなぜかおいおいと泣いてしまったんだ。今思い出しても実に格好悪いけど。

それが僕とJAZZとの衝撃の出会い。
それ以来そのピアニストの店に入り浸り、ちびりちびりとほろ苦い安酒を啜りながらピアノを弾いて生活してる。その時のピアニストはこの店のオーナーで、無理やり頼み込んで、半分はバーテン、半分はピアニストとして雇ってもらってる。


で、そんな僕の人生でのもう一つの衝撃の出会いがさっきの女の子。


色白で背は高いのに華奢な感じ。真っ黒な瞳と真っ黒な長い髪。そして……ピアニスト。
明日……また来たらどうしようか。いや、来ないだろう。あんなとこいいとこのお嬢さんが気軽に来るようなとこじゃない。もしやってきたらばあやにでも連れて帰ってもらわなくちゃ。








「氷室さん。来ちゃいました」

そういって彼女……高宮美雪はまた店にやってきた。今日は昨日とはうって変わってジーンズにスニーカーを履いて、髪は一つに結わえてある。

「ったく、来るなって言わなかったっけ」
「好きにしたらっておっしゃいましたよ、昨日」
「言ったっけ?そんなこと」
「言いました。それでお願いがあるんですけど」
「結婚だったらしないよ。今のところ君には興味がないから」
「違います。ピアノ……聞いててもいいですか?もしご迷惑でなかったら」
「は?」
「だから、氷室さんのピアノ、聞いててもいいですか」
「あ、ああ、一応これで稼いでるからいいけど」
「よかった」



にっこり笑うと彼女はずるずると椅子を引きずり、俺の隣にちょこんと座った。
なんで、そこ?隣に座られると気が散って仕方ないんですけど、お嬢さん。

「どこか別のところに座ってくれない?」
「だめですか?」
「だめです」
「うう…」

二人のやり取りに気付いたオーナー兼ピアニストのリチャードが彼女を手招きしてくれた。そして、空色のソーダ水を手渡すと、カウンターのスツールを指差し座るように言っている。

サンキュー、リチャード。恩に着るぜ。


僕はちらりと彼女に目を向けると、ピアノに集中した。
いや、正確には集中するふりをしただけ。だって、僕の背中には彼女のまなざしが突き刺さってくるんだから。そんなに見つめられるとさすがの僕も緊張するじゃないか。



でもまあ、いっか。
2度と会うこともないだろうし。
一夜の思い出にリクエスト通りに弾いてあげるよ。

「ねえ、彼女。何かリクエストは?」
「えっ?」
「なんでも弾くよ。好きなの言ってごらん」
「はい……じゃあ」



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