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まいはにーばれんたいん(前編)



「れいちゃ〜ん!会いたかったわ〜〜!!」


無視だ無視だ。あんなのは無視するしかない。
こんな素っ頓狂な声をあげてあまつさえ俺のことを『れいちゃん』などと呼ぶのは、この世界広しと言えどもあの人以外いない。
そう、母だ。と、いうことは恐らく父も一緒にいるんだろう。去年の誕生日以来、クリスマスにも正月にも帰ってこなかったくせに、どうして今この瞬間にここにいるんだ。



ああ、誰か空耳だと言ってくれ。



せっかく紗和とのバレンタインを過ごして気分が良かったというのに、この嵐のような騒々しい二人をどうにかしてくれ。普段は神様などいるわけがないと思っているが、こんな時くらい出てきてくれてもよさそうなもんだ。俺はマジでそう思った。



「Honey、慌てなくても零一はどこへも逃げたりはしないさ」
「でも、だーりん。最近れいちゃんったらとってもとっても冷たいのよ〜」
「零一も年頃だからな。こんなに若くて綺麗なママが一緒だと恥かしいんだろう。はははっ、きっとそうだ。そうに違いない」
「あら、そうかしら?」
「ああ、君は世界一いや宇宙一美人な天才ピアニストだよ
「いや〜ん、だーりんったら。ホントのこと言っちゃ、い・やあなただってとってもカッコよくってよ」
「はははっ、愛してるよ、はにー」
「わたしもよ」


勝手にやってろ。
全く恥かしいったらない。
公衆の面前で堂々と抱き合ってキスしてる場合か。
ほら紗和だって呆れてるじゃないか。
あんなものは目の毒だ。


「紗和、あれは忘れなさい。赤の他人だ。さあ送って行こう」
「え、でもどうこからどう見たって零一くんのご両親じゃない」
「い、いや、気にするな」
「でも……」


あー、もう。
去年紗和に会った時だって、顔から火が出るかと思うほど恥ずかしい思いをしたんだ。まあ、紗和は少々ぼんやりしたところがあるから、大して違和感もなくしゃべってたが、もしあの二人のせいで別れようなんて言われやしないかと気が気じゃなかった。

なのにまた、どうしてこんな季節外れに出没したんだ。
クリスマスも終わった。正月も終わった。もちろんバレンタインも昨日だった。今日はただの日曜日だ。
受験を控えてデートも控えてきたけれど、今日は久しぶりに二人で過ごしている平和な時間をまた乗っ取られるのか、俺は。


ついてない。



高校生の息子がいる夫婦があんなにふらふらして落ちつきがないなんて、恥かしいじゃないか。ここは日本だ、慎みの国だ。アメリカやヨーロッパじゃないんだ。街中でべたべたしたり、キスしたりするなっ!見せられる方が恥かしいわっ!


ったく、仕方がない。俺が止めなければあの二人、いつまでもべたべたして通行の邪魔だ。
だがな、俺のせっかく捕まえた恋を壊すようなことをしたら、タダじゃ置かないからな、バカ夫婦。



「零一、久しぶりだな。また背が伸びたんじゃないのか?」
「はい、恐らくは。お元気そうで何よりです。では僕達は急ぎますのでここで失礼します」
「もうっ、れいちゃんったら相変わらずつめた〜いっ!」

とかなんとか言いながら母は俺の腕を取る。隣でにこにこ笑ってないで何とかしてくれ、この母を。紗和がじーっと見てるじゃないか。そりゃそうだ、あまりにも俺とは違いすぎるから、驚いているんだろう。自分で言うのもなんだが、俺から想像できる両親というのはもっとこう落ちつきのある大人な二人なんだろうから。なのにこの人達ときたらっ!


「お母さんも相変わらずお元気そうで。では急ぎますのでこれで失礼します」
「零ちゃん、わたしお母さん……なの?ねえ、どうしてママって言ってくれないの?」

だ、か、ら。そんな目で俺を見ないでくれ。父さんも父さんだ、そこで笑ってないで止めてくれ。

「あ、ああ、コホン、紗和。気にしなくてもいい。行こう」
「でも、ご挨拶くらい……、久しぶりにお会いしたんだし」
いいんだ
「なあ、零一。そちらのかわいらしいお嬢さんはこの間のお嬢さんだね?そっか〜、よかったよ、実によかった。まだ別れてなかったんだな」
「あらっ、紗和ちゃん。お久しぶり。元気だった?また遊びましょうね」
「はい、お母様もお父様もお元気そうで」
「ああ、もういいから……。わかりました。わかりましたから、お母さん少し離れてくれませんか」

母はそのまま俺を抱きしめて今にも紗和の目の前でキスしそうな勢いだったから、ことさらに冷たい口調でそう言いいつつ、ずいっと紗和と母の間に体を滑り込ませた。

だ、か、ら!
頼むから息子をそんなうるうるした瞳で見上げないでくれ。
何事かと思うだろう、まったく。

「れいちゃんったらママって言ってくれないっ!」
「そりゃそうでしょう。僕はもう18歳になったんです。いつまでも幼稚園児じゃありません。お母さんもお父さんもいい加減落ちついてくれませんか、年相応に」
「だーりん、あんなこと言うのぉ」
「よしよし、美雪さんは悪くないよ。私はいつまでもはにーを愛してるからね」
「うふふっ、そおよね。だーりんが一番よね。だーりん」

「あのー、もしもし。すみません、恥かしいからいい加減家に入ってくれませんか?」
「ああ、ごめんごめん。気付かなかったよ」
「そおねえ、こーんな寒い所で立ち話もどうかと思うわ。れいちゃん熱いコーヒーお願い。3人分ね」
「はいはい」


全く、いい加減にしてくれ。紗和もそうやってにこにこ笑ってる場合か。ん?3つ?いや、俺も入れて4つだ。こうなったら、とてつもなく苦い珈琲を淹れてやる。


「紗和ごめん。送って行けなくなった」
「ねえもう少しいてもいい?零一くん困ってるし、お手伝いしてから帰る。それに……」
「なんだ?」
「何でもないよ〜、さーってカップはどこだったかな〜っと」


ああ、紗和は天使だ。
それに引き換えあのバカ夫婦は絶対に悪魔だ。
せっかくの日曜日だというのに、突然何の前触れもなく帰ってきたかと思うと、こうやって力一杯掻き回すんだ。俺は時々マジメに思うことがある。実はあの二人は実の親じゃないんじゃないかって。ニューヨークで捨てられてたのをたまたま拾われたんじゃないかって、マジに思うことがある。思う、というより願望に近いかもしれない。だって、あまりにも俺自身とあの二人はキャラクターが違いすぎるんだから。


俺がキッチンで脱力している間にも、紗和はさっき片付けたやかんを再び火にかけてお湯を沸かしてくれている。4人分だから普段はあまり使わないコーヒーメーカーを出して豆をセットする。

せっかくさっきまでは二人でいい雰囲気だったのに、ぶち壊しだ。ちくしょう、覚えてろ。


「零一くん」
「何?」
「ご両親の前だと『僕』って言うのね。前も思ったけどなんか新鮮」
「そうか?母が嫌うんだ、『俺』っていうのを」
「ふーん。でも相変わらず面白いのね、お父さんとお母さん」
「嫌じゃないのか?」
「何で?いいんじゃない、人それぞれだし。あ、でも別に零一くんにお父さんみたいなこと言ってほしいとか、して欲しいとか思ってないから」
「できないって。俺はああいう性格じゃない」
「だよね。でも好きだよ。ずーっと好き」
「俺も」


すっかりリビングで和んでいた両親からコーヒーはまだかと声を掛けられ、二人で顔を見合わせて笑った。そして見えないようにそっと紗和のほっぺたにキスをした。




帰ってきたものは仕方がない。
だが、なんだって今頃突然帰ってきたんだ?一体何をたくらんでる?
俺達はとりあえず再びリビングルームに座りこんでコーヒーを待っている両親の元に向かった。
隣にいてくれるのが紗和でよかった。本当によかった。



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