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まいはにーばれんたいん(後編)



「で、何かご用でしょうか?お父さん、お母さん」





あー、なんだか零一くんてば冷たい。
確かにさっき路上でいきなり大きな声で「れいちゃーん」なんて叫び声が聞こえた時はわたしも久しぶりびっくりしちゃったけれど、そんなに冷たい声で話さなくたっていいんじゃないかな。
少なくともご両親は零一くんのことを思っていろいろしてあげたいと思ってるだけだと思う。ただ、そのやり方がちょっとズレてるけど、悪気はないんじゃないかなと思うの。まあ時々は真剣にからかってるだけじゃないかと思うこともあるけど、わたしは逆におたおたしてぐるぐるしてる零一くんが見られて新鮮で楽しい。

いつもの零一くんは基本的に冷静が服を着て歩いてるような人だから。こういうとっても感情的になってるとこなんて、(本人に言ったら怒られそうだけど)子供っぽくてかわいい。
だから、会うのは2回目だけどご両親はきっとこういう零一くんが見たくてあれこれちょっかいを出しちゃうんだろうな、と思う。



でも、前も思ったけどお母さんってすっごい若くて美人。お父さんも零一くんをそのまま年取らせてもう少し愛想を良くしたような感じ。それでもって二人並んで座ってるけど、常にどっかが触れてるような甘い雰囲気の漂うお二方だった。これってつまり今でもらぶらぶ状態ってことなのかな。外国映画なんかで見るような関係?
零一くんが18才なんだから、少なくとも20年近く一緒にいるはずなのにこのらぶらぶっぷりには頭が下がります。わたし達もずーっとこんな風に過ごせたらいいなって思うけど零一くんはどう思ってるんだろう。




「用がなければ君に会いにきてはいけないのかな?零一」
「そおよー、れいちゃんってば最近ずいぶんとママに冷たいんだから。ねえだーりん、そうは思わなくって?」
「まあ、それは年頃なんだしある程度は仕方がないことだろう」
「そういうものなの?男の子ってつまんないものねー。早く紗和ちゃんウチの子になって〜、ぜひ一緒に遊びたいわ」
「で、お母さん、忙しいんじゃなかったんですか?帰ってらっしゃるならそう言っていただかないとこちらにもこちらの事情があるんです。そう僕は口を酸っぱくして言ってるじゃないですか」



うわー、すごい。
ご両親に思いっきり敬語。
しかも今日は眉間のシワが3本、いやひょっとすると4本に増えてるかも。


「あのね、零一。ママはあなたにプレゼントをあげたかっただけなの。バレンタインなんだもの」
「はぁ?」
「いや、だからママはねウィーンでおいしいザッハトルテを見つけたから君に食べさせてあげたかっただけなんだよ。その気持ちをわかってあげなさい」
「しかし……」
「わかってるわよ、宅配便で送ればいいって言うんでしょ。でもね、ママはあなたがおいしそうに食べるところが見たかったのよ。いいじゃないのそれくらい。クリスマスにもニューイヤーにもれいちゃんに会えなかったんですもん。それなのに零一ってば冷たい。わたしはこんなにもれいちゃんのことを愛してるのに」



……。



バレンタイン?



「お母さん」
「何よっ。文句ある?」
「文句ではありません。一つ確認しておきますが、今日は何日でしょうか」
「えっ?今日は14日でしょ?」
「日本ではもう15日なんです。バレンタインは昨日終わりました」
「え〜っ!うっそー、そうだったの?」
「はい」

そんな冷静に訂正しなくたって。
いいじゃないの、日付が変わってからまだ24時間経ってないんだし。ザッハトルテおいしそうだし。

零一くんは仏頂面のまま黙ってるし、お母さんはすっかりしょげちゃってるし、お父さんは冷めかけた珈琲に目を落としてるし。なんだか、ちょっと空気が重い。いいじゃないの、一日くらい遅れたって。お母さんの気持ちは大切にしなくっちゃ。



「零一くん、ちょっと。あ、そのケーキも珈琲も一緒に」
「紗和?」
「いいからいいから」
「しかし」


無理やりリビングからケーキと一緒に零一くんを連れ出した。
大きなケーキの箱と珈琲の乗ったトレーを持って零一くんは、訳がわからないって顔をしてついてくる。訳わかんないことないでしょう?当然食べるに決まってるでしょ。お母さんの前でちゃんと一口でいいから食べるのよ。

もちろん零一くんが甘〜いチョコレートが苦手だってことくらい知ってる。だけど、食べなきゃせっかく持ってきてくれたお母さんに失礼でしょう。


さっさとキッチンにまな板を出して、そーっと置かれたケーキの箱を開ける。つやつやと深い色をしたチョコレートケーキはとてもおいしそうだった。
思ったより大きくてずっしりと重いケーキにまずは1本切れ目を入れる。どうみても4つでは大きすぎるように見えたから、8つに切り分けていく。その横でそっぽを向いて突っ立てる零一くんに、もう一度珈琲を淹れ直すようにお願いして、ほとんど使われた気配のないケーキ皿に載せてリビングへ。


「お母様、お父様。ケーキいただきませんか?もう少ししたら零一くんが珈琲持ってきてくれますから」
「紗和ちゃん、ありがとう」
「すごくおいしそうです」



なんだかんだ言って二人ともとっても嬉しそう。零一くんだって口ではあんなこと言ってるけど、やっぱりご両親の前だと嬉しそうに見える。もっと嬉しいなら嬉しいって顔してみせたらいいのに。わたしの前だとそれなりに喜怒哀楽をちゃーんと顔に出すくせに。



「じゃあまずは零一くんが食べて」
「えっ?ちょっと待て、紗和。お、いや、僕は甘いものは……苦手」
「「「……」」」
「わ、わかった。わかった、食べるよ。食べればいいんだろう」

神妙な手つきで端っこを少し削り取るようにしてフォークに乗せて、零一くんはその綺麗な口元に持っていった。そしてゆっくり唇を開くとごくりと音がするんじゃないかってくらい、勢いよく飲み込んだ。あーあ、それじゃあ味なんてわかんないでしょうに。もったいない。


「れいちゃん」
「はひ?まだ、何か?」
「嬉しい

そう言うとお母さんは強引に腕を伸ばして零一くんの頬を引き寄せると、音がするくらい熱烈にキスしちゃった。
当然わたしと違って口紅をつけてるから、白い頬には赤い口紅がくっきり。

呆然とするわたしと零一くんを前に、お母さんはおもむろに口を開いた。


「さてっと。目的も果たしたし行きましょうか、あなた」
「そうだね、紗和ちゃん。零一をよろしくね」
「はあ……。あ、あの、このケーキ、どうしましょう?」
「ああ、食べてもいいわよ」
「綺麗なお肌ににきびを作らないように気を付けて」



言うことだけ言うとさっさとお母さん達は荷物をまとめて、玄関へ。頬にくっきりキスマークを付けた零一くんは、またまた苦虫を噛み砕いたような不機嫌な顔のままお見送り。


「ところでお母さん、結局何だったんですか?」
「何ってバレンタインの贈り物をしに来ただけよ」
「しかし……」
「もう、れいちゃんは昔っから面白いんだから。これだからからかい甲斐もあるってものよ。じゃあまたね、紗和ちゃん。次会う時は零一抜きで会いましょうね〜
「はい」
「こら、軽々しく返答するんじゃない」
「では、ごきげんよう」





嵐のようにやってきて嵐のように去っていく、台風のような二人。

「ねえ、零一くん。一体何だったんだろうね」
「さあな」
「でも、よかったね。またご両親に会えたし、おいしいケーキももらったし」
「そうかな」
「うん、よかったと思うよ、わたし」
「紗和がいいならいい。さて、送っていくよ」
「でもケーキ食べなきゃ」
「そうか、それもそうだな」




後で片付ける時に気がついた。ウイーンからはるばるなんて言ってたけど、本当はご近所の風香堂さんの箱だったのだ。零一くんは興味のないものは目に入らないから気付かなかったようだけど。





結局、大げさなご両親にちょっとばかし遊ばれただけだったのかも。
でも、楽しかったですよ、お父さんお母さん。





ケーキ、ごちそうさまでした。
おいしかったです。



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