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Like Someone In Love 第0回



少年、というにはしっかりしている。
しかし青年というにはまだ若過ぎる。
そんな年頃の男とまだあどけなさの残る少女が初めて出会ったのは、1992年3月の咲き始めた桜の木の下だった。男は学生服の詰襟をきっちりと1分の隙もなく身につけ、少女は淡いピンクのワンピースをまとっていた。もちろん、料亭の座敷にはそれぞれの両親が揃って少々釣り合いの取れない二人を眺めていた。

「いいお天気ですね、氷室さん」
「ええ、本当に。」
「でも、いいんですか?この約束通りで」
「ええ、これは家と家との契約ですし、弁護士に確認しましたけど、無効ではないようですからね」
「では後は二人次第というわけですね」
「ええ、ウチの零一次第でしょうね」
「まあ、ウチの子はまだ何もわかってないようですし」



両親同士の謎の話合いをよそに、男はまだ少し肌寒い陽気の中、ただ少女を見ているだけだった。彼はそのような幼稚園児の相手をするほど大人でも子供でもなかったら、どう接して良いのかわからないのだ。だからとりあえずつかず離れず微妙な距離を保ったまま、見ているしかなかったのだ。

「ねえ、おにいちゃん。おにいちゃんっておうじさまみたいでびじんね」
「そのような形容詞は女性に用いるものであって男性には不適当だ。それから俺はおーじさまというものではない。ただの高校生だ」
「ふてきとーってなーに?」
「そ、それは……、つまり俺は『美人』ではないということだ」
「ふーん、そうなんだ。〇〇わかんない」

一つ大きなため息をついた男は、桜の木に寄りかかるようにして思わず日陰になった芝生の上に座りこんだ。そんな男をつと見やると、少女は無邪気な笑顔を見せてその隣にぴったりとくっつくようにして座った。

「あたしね、おにいちゃんのこと好き」
「そう、か」
「おにいちゃんは?」
「お、俺か?」
「うん、〇〇のこと好き?」
「どうだろう、今日初めてあったのだからわからない」
「ふーん」


バカ正直に返答を返す男のとまどいをよそに、少女はひらひらと風に舞う花びらを手で受けとめながら、突然男の高い位置にある顔をじっと見上げた。

「そういえばおにいちゃんおなまえは?」
「俺は氷室零一だ」
「じゃあれーちゃんだ」
「それはよしなさい。氷室さんか……もしくは零一さんとでも呼びなさい」
「うん、じゃあれーちさんね。おいくつ?」
「17だ。君は?」
「あたしは……えっと……えっとこないだたんじょーびだったから……。うんと、たぶん6つだよ。はるからしょーがっこーなの。えらい?えらい?」
「ああ、えらいな」


無邪気に天使の輪がきらめくおかっぱ頭を零一に差し出す少女。さすがの零一も何を要求されているのか察したらしく、恐る恐る少女の頭に手を乗せそっと撫でてやった。

先程から両親は何を話し込んでいるのだろうか。いささか気にはなる。が、少なくとも表向きは久しぶりにあった古い友人一家だということだったので、一応は納得して着いてきた。そうしたところ、この少女が座敷にぽつねんと座って退屈していたのだった。
大人ばかりの会話を彼女がどの程度理解しているのか、彼にはわからない。彼自身今大人4人が何を密談しているのか、ここからでは聞こえない。

「〇〇ね、こんどおとーとかいもーとができるんだって」
「嬉しいのか?」
「ぜんぜん」
「どうして?」
「だってままがわたしのものじゃなくなるもん。もうだっこしてっていっちゃいけないんだよ。おねーさんだから。おねーさんだからわがままいっちゃいけないんだって。だから……」
「……そうか。こっちに来なさい」
「なーに?だっこ?」
「ああ」

先程まで少し沈んだ顔を見せていた少女の表情が一変した。その様子があまりにもかわいらしかったので、零一は慣れない手付きで少女を腕の中に抱えあげた。ただどうしていいのかわからなかったので、なぜか演劇部でやったことのあるいわゆる「お姫様だっこ」という抱き上げ方だった。

「ありがとー、れーちさん」
「どういたしまして、おひめさま」
「やっぱりおにいちゃんはおうじさまだ!」
「では、ひめ。散歩でもしましょうか」
「はい!」

少女を腕に抱きかかえたまま、美しい日本庭園を散策する二人。それを微笑ましく見守る双方の両親。思わず4人はうなづき合った。やはり当初の予定通り二人が大人になった暁には結婚させるしかあるまい。そう、当事者同士が無邪気に過ごしている間に話ができあがっていた。将来の話が。


つまり、知らぬは零一と少女だけ。
両親は最初からそのつもり。
だから、会わせてみた。
ただそれだけ。


「おにいちゃん。わたしね、はるになったらとおくにいくの」
「どこに行くんだ?」
「わからないけどすごくとおいの。だからもうあえないね」
「残念だな」
「ほんとにそおおもう?」
「ああ、ほんとうだ」
「じゃあね、じゃあね、おやくそくして」
「何を?」
「またあってくれるおやくそく」
「ああいいだろう」

そこで一旦少女を下ろすと零一は彼女の前にしゃがみ、つやつやした丸い頭を撫でた。先程までの緊張した面持ちはもうそこには見られない。と、急に悲しくなったのか少女の大きな瞳に涙が溢れ始め、ひくひくと泣き始める。
為す術もなく零一はその姿を見ていたが、やがて制服のポケットから何かを取り出すと少女の固く握り締められたこぶしを開いて滑りこませた。

「もう泣くんじゃない」
「ひっひっ、だ、だって、だって、もう、ひっく、もう、あ、えないんだ、よ。ひっく」
「では今度会う時までこれを持っていなさい。その時これを返してくれ」
「ひっく、ひっ、ひっく。それって、ひっく、おやくそく?」
「ああ、やくそくだ」
「おにいちゃん、わすれないでね。ぜったいぜったいだよ」
「わかった、わかったからもう泣くな」
「おにいちゃんのおよめさんにしてくれる?」
「君が泣きやんだら考えておこう」




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久しぶりに懐かしい夢を見た。
10年前の記憶だ。
しかし、名前も何をあげたのかもまったく思い出せない。
本当は実際にあったことではないのかもしれない。

だが、あの少女の髪の柔らかさだけはありありと覚えている。



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