K80.地域を代表する気温の分布


著者:近藤純正
最高気温の観測値が0.1℃単位の順位づけで報道されている。しかし、一般アメダスの 気温観測の誤差(地域代表性の精度)は0.5~1℃程度であり、また最高気温は平均気温 と違って偶然的に観測される性質があり、地域の代表気温を必ずしも表している わけではない。
本章は、農業生産活動や熱中症対策など実用的な観点から、アメダスの気温観測値から 地域代表気温(空間広さと地表面種類をほぼ同じにしたときの気温)を求める ための準備研究である。 まず、関東における晴天日中の最高気温の分布から、観測環境の悪いアメダス として館林(群馬県)と鳩山(埼玉県)を選び出した。
熊谷で観測された日本最高気温40.9℃(2013年8月12日以前の日本記録)は、晴天夏の 日中の通常と違う北風による「山越えフェーンの高温気塊が吹く」ときの値であった。 北風のときの露場は庁舎の風下(露場空間広さ=2.1)となり、日だまり効果で より高温化したと推定される。前章の図79.1と図79.5を適用して庁舎の代わりに周辺と 同じ住宅があったと仮定すれば、40.9℃より低めに観測されたと推定される。
熊谷の「日だまり効果」による昇温量を正確に知るには、周辺で同時観測を行う必要 がある。 (完成:2013年12月14日)

本ホームページに掲載の内容は著作物である。 内容(新しい結果や方法、アイデアなど)の参考・利用 に際しては”近藤純正ホームページ”からの引用であることを明記のこと。

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更新の記録
2013年11月22日:素案の作成
2013年11月29日:部分的に加筆
2013年12月3日:Q&A(1) を「はしがき」に追加
2013年12月14日:注意1、ほか補足的記述を加筆、完成
2013年12月19日:Q&A(2)を付録1の最後に追加
2013年12月21日:気象官署とアメダスの区別、ほか細部に加筆
2013年12月25日:Q&A(3)を付録1のQ&A(2)の後に追加


  目次
    80.1 はしがき
        80.2  関東における晴天日中の最高気温の分布
        80.3 熊谷の最高気温40.9℃の特殊性
        80.4 館林アメダスの環境
        80.5 鳩山アメダスの環境
        80.6 最高気温差と平均気温差
        80.7 まとめ
        参考文献

        付録
          付録1 相模平野のアメダスの環境
          付録2 東京西部の基準・府中アメダスの環境
          付録3 生垣による熱波防止は可能か


本章で述べる気象観測所の周辺環境の調査(仰角の測量など)は 気象庁観測部のご協力によって行なったものである。

80.1 はしがき

これまでのシリーズ研究「日だまり効果の基礎研究」は、地球温暖化など長期的な 気候変化の実態を精度よく把握するため、日だまり効果による気温上昇量と観測所の 周辺環境との関係を定量化する目的で始めたものである。

観測される気温、特に日中の正午前後の気温(最高気温、平均気温)は観測所の空間 広さ(露場広さ)に依存し、狭い場所ほど気温上昇量が大きいことがわかってきた。

表80.1は、「K79.都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」 の79.4節最後に示した例を参考にしたもので、広い場所として空間広さ=10、 狭い場所として空間広さ=2と5の比較である。

表80.1 広い場所と狭い場所で晴天日に観測される気温の例
気温差は、観測場所の「空間広さ」=10の場合を基準のゼロとした値
広さと気温


日中の過剰な気温上昇量は「気候観測所」におけるよりも観測環境の悪い一般アメダス において顕著に現れる。近年、農業生産活動や夏の熱中症対策などに利用する場合、 気象官署(気象台と旧測候所、156か所)の観測値 だけでは地点数が不十分なため、一般アメダス(地域気象観測所、約770か所) における観測値も利用したい。

気象官署は比較的に広い露場で観測が行われているため、精度の高い良質データが得ら れている。しかし、一般アメダスの観測露場は、諸々の制約から気象官署と比べて、 良好な環境にあるわけではない。その空間広さは狭く、日だまり効果による晴天日中の 気温は1~2℃高めに観測される所がある。

気象観測露場の条件は、日当たりと風通しがよく芝生等で覆われて いることとされているが、現実には、露場は数メートル平方 しかなく、周辺にはアスファルト舗装の駐車場があるなど、観測条件は様々である。 こうした異なる条件で観測された気温も統一条件で観測される値に補正・換算して 有効に活用することが望ましい。

本章は、そのための準備研究である。


備考1:空間広さと地表面種類の違いによる気温差
これまでの研究により、5月~9月の晴天日中について、次のことが分かっている (
「K79. 都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」 の図79.1と表79.1)。

(a)観測地点の風上側50~100mがほぼ一様で地表面種類が異なる場合(裸地と芝地、 アスファルト舗装面と芝地、9月の水田と芝生)、気温差は 0.5~1℃である。
(b)空間広さが5倍(例えば、空間広さが2と10)違うとき、狭い地点における気温 は 1℃程度高温である。


Q&A(1) 熱中症対策
Q1: 熱中症対策には、地域代表気温でなく局所の街路における気温が必要では ないでしょうか?

A1: はい、その通りです。人間生活に関わる環境(気温、風速、放射などの条件)は、 都市など地域の局所局所における環境です。しかし、あらゆる局所的地点で気象観測を 行うことは現実的ではありません。そこで、地域を代表する気象観測所で「地域代表 気温」を観測し、それを基準として各局所の気温を推定するのが現実的であり、 可能です。

局所の気温は「K79.都市の地上気温の分布―新しい 視点・観測法」の図79.6に示したように、地域代表気温から推定します。推定 は、局所の「空間広さ」がわかれば可能です。「空間広さ」は、都市ならば、 最近では建物の高さなどを含む地理情報が得られるようになってきたので、それを利用 して求めることができます。できない場合は、現地で測量します。その測量は、気象 観測に比べれば、桁違いに簡単です。本シリーズ研究でも時々行っている簡易測量で 十分です。

そのようにして、地域の局所局所の気温(例えば日中の気温)が推定できます。熱中症 対策に関わるのは気温のほか、風速や放射量などです。それら要素についてもあらゆる 地点で観測するのは現実的ではないので、地域を代表する気象観測所の観測値を基準に して推定します。風速については、すでに他の章で説明してきたように「空間広さ」 から推定可能となりました。

放射量についても、その場所の周辺の建物などの条件、つまり「空間広さ」に似たような パラメータを用いて推定することが可能となります。

以上からお分かりのように、地域を代表する気象観測所(気象官署と一般アメダス) ではより正しい気象を観測することが重要となります。そのためには、観測所周辺 がよりよい環境にあることが望ましいのです。


80.2 関東における晴天日中の最高気温の分布

観測環境が特に悪いアメダスを見出すために、晴天日が続いた期間の最高気温の分布 を調べた。

図80.1は2013年8月7日~19日の関東における最高気温平均値(13日間平均値) と海岸からの距離の関係である。海岸からの距離は東京湾、相模湾、鹿島灘のうち、各 地点までの最短距離とした。実際の海上空気塊が各観測所にくるには、その日の風向 によって距離が異なるが、ここでは最短距離を海岸距離としてある。今後、日々の 詳細解析を行う場合は、空気塊の流路距離を用いるのがよいだろう。

同図には、標高が100m未満の地点のみをプロットしてある。 孤立した山岳などでは、気温の標高補正が行われるが、傾斜した平坦状地形が続く 場合、従来の標高補正を行うことがよいかどうか明確ではないので、ここでは100m 未満としてある。

海岸距離と最高気温
図80.1 連続晴天日(2013年8月7日~19日)の関東における最高気温平均値と海岸から の距離の関係。実線は全地点の傾向を表す最適近似曲線(指数関数による近似)、 下図は横軸を拡大し海岸からの距離が20km以内の関係である。
緑文字:関東東部(主に千葉県と茨城県の観測所)
赤文字:関東西部(主に東京都と埼玉県と群馬県の観測所)
紫文字:相模平野(神奈川県の相模湾に面した観測所)

図のプロットは次の3グループに分類できる。
○関東東部(緑文字):風向によっては鹿島灘からの影響も含むと見なされる地点
○関東西部(赤文字):海風はおもに東京湾から吹くと見なされる地点
○相模平野(紫文字):海風は相模湾から吹く地点
ただし東部と西部は明確な分け方によるものではない。

プロットの傾向と注目点は次の(1)~(6)にまとめられる。
(1)緑文字(関東東部)地点の最高気温は海岸からの距離と無関係、ほぼ一様で、 例外(下館、下妻)を除けば気温差は約0.5℃以内の範囲に分布している。 下館は水処理センターの敷地内にあり周辺は田畑、下妻は周辺が田畑、いずれも広い 所に設置されていて風通しがよい。

(2)赤文字(関東西部)地点の最高気温は海岸からの距離とともに上昇している。 例外(下記の3、4)を除けば、気温差は約0.5℃以内の範囲に分布している (図80.2a)。

関東西部、海岸距離と最高気温
図80.2a 関東西部における最高気温平均値と海岸からの距離の関係。実線は全地点の 傾向を表す最適近似曲線(指数関数による近似)、下図は横軸を拡大し海岸からの 距離が10km以内の範囲を示す。
赤丸:異常高温の地点(館林、鳩山)
緑丸:周辺が広く風通りのよい地点(桐生、府中)

(3)全体の傾向から低温側に1~1.3℃程度ずれた地点は桐生と府中である。府中 アメダスは広い東京農工大学農学部農場に、桐生アメダスは渡良瀬川右岸堤防のすぐ そばに設置されており、いずれも風通りがよいと考えられる。

府中アメダスの観測環境は付録2に示し、1.3℃のずれも説明できる。府中アメダス は東京西部を代表する基準観測所とみなしてよい。

(4)全体の傾向から高温側に約1~1.5℃ずれた地点は鳩山と館林であり、両地点の 観測環境は悪い。詳しくは後の節で取り上げる。

(5)熊谷は岐阜県の多治見と共に2007年8月16日に観測史上日本最高気温40.9℃を 記録し、日本一暑い所とされてきた(ただし、2013年8月12日に四万十市江川崎の 新記録41.0℃で日本一は更新された)。熊谷のこの最高気温40.9℃は、晴天夏の通常 の風向(南東寄り)と異なる北風時(露場が庁舎の風下側:空間広さが特に狭い条件) に観測されたもので、次章で議論する。

さて、最高気温は偶然的に観測される瞬間値であり、近隣観測所と比べていつでも 高温とは限らない。図80.2a にプロットされているように、熊谷の最高気温平均値は、 館林より0.9℃(=37.58-36.66)ほど低温である。ここに瞬間値(最高気温)とは、 おおよそ1分余の平均値に相当する(後述の備考2)。

上述の例外(桐生、府中、館林、鳩山)を除けば、関東西部と関東東部の各々の プロットのばらつきは、備考1の(a)(b) の範囲内におおよそ分布している。したがって、 アメダスの気温観測値から空間広さと周辺の地表面種類が同じ条件(例えば空間広さ =10、芝地)に換算した「地域代表気温」を求めることは可能となる(見通しがついた)。

(6)図80.1下図に示したように、赤文字(おもに東京湾からの風が吹く)地点と 紫文字(相模湾からの風が吹く)地点は互いに異なる傾向であり、後者が低温側の 曲線上にプロットされている。神奈川県県土整備局および神奈川県水産技術センター のweb siteによれば、東京湾中央部(横浜沖と木更津沖にかけて)と平塚沖観測塔 (平塚沖1km、海底の水深20m)における2013年8月7日~19日の平均水温は、

東京湾・・・・28.0℃
平塚沖・・・・27.0℃

夏の東京湾での水温分布は複雑で、傾向としては湾奥ほど高温であり、29℃程度と 推定される。この水温28~29℃(東京湾中央部~湾奥)と27.0℃(相模湾平塚沖) の違い、および東京湾内水温の複雑さが赤文字地点と紫文字地点の差に表れていると 考えられる。

図80.2b は相模湾から海風の吹くアメダスについて、最高気温平均値と海岸からの 距離の関係を示している。同図の緑丸印は、平塚市内で観測した正午前後の2時間 または3時間の平均気温と海岸からの距離の関係である( 「K79.都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」の図79.4の渚と芝地での 観測値)。

両プロットには指数関数で表したときの最適近似曲線を描いてある。その係数は 33.1℃と29.8℃となり、両者間で3.3℃の大きな違いがあるのは、
①観測日が異なること
②最高気温と平均気温の違い
③空間広さ(露場広さ)の違い
によるからである。

アメダスは比較的に狭い場所に設置されているのに対し、平塚はいずれも広い場所 を選んで観測したものである。アメダスの空間広さが狭いことは付録1に示してある。

全体として3.3℃の違いはあるが、両曲線の指数は約0.018でほとんど同じであり、 海岸に上陸した海の冷気が陸面上を流れるとき、ほぼ同じ関数形にしたがって高温化 することを表している。

相模平野、海岸距離と最高気温
図80.2b 相模湾から海風が吹く相模平野における晴天日中の気温と海岸からの距離の 関係。最高気温(黒曲線)と平均気温(緑曲線)の比較、ただし両者の観測日は異 なる。

80.3 熊谷の最高気温40.9℃の特殊性

本章では、空間広さ(露場広さ)の狭い場所で観測すると、日だまり効果によって 平均気温も最高気温も高めに観測されることを問題にしている。

熊谷では、晴天夏の日中の風向は南東寄りが多く、北風はほとんど吹かない。しかし、 2007年に日本最高気温40.9℃(14時42分)が記録されたとき、熊谷では北風 5.0~5.4m/s(14時:5.0m/s, 15時:5.4m/s)であった。この日の周辺観測所と 比べて、40.9℃は異常な値である。

図80.3は熊谷の露場周辺、北、東、南、西の4方向の写真である。北側には庁舎があり、 特に北風のとき露場は風下で風速が弱められる。

熊谷
図80.3 熊谷地方気象台の露場まわりから撮影した周囲の写真。
上段左:北方向、上段右:東方向
下段左:西方向、下段右:南方向

図80.4は熊谷の露場中心(白ポール)の北側0.65mで測定した空間広さ(X/h)の方位 角分布である。ここに X は障害物(建物、樹木)までの距離、 h は障害物の高さで ある。露場中心から見た北側にある庁舎の仰角はα=22~30°もあり、空間広さは特別に 狭く、北方位の空間広さ=2.1である。

なお、方位5°間隔の測定値に基づいて計算された熊谷の諸パラメータは次の通りで ある。
 仰角αの平均値:13.0°±6.9°
 露場広さ1(=1/<tanα>:4.24
 露場広さ2(=<1/tanα>):5.7±3.2
 パラメータ比(=広さ2/広さ1):1.34

熊谷、露場広さ
図80.4 熊谷地方気象台露場における空間広さの方位角分布(セオドライトのレンズ の地上高度=1.35m)。赤線は±20°範囲(方位50°)の移動平均値。 観測史上日本最高気温40.9℃が観測された時、露場は庁舎の風下となり露場風は弱く 日だまり効果によって、平均気温も最高気温も高めであったと考えられる。

熊谷における晴天夏の日中の風向として通常の南東寄りとし、空間広さ=7.0を用いた 場合、地域代表の気温は何℃だったかを推定してみよう。

空間広さの差(狭-広)の対数差は、

log10(2.1/7.0)=-0.52・・・・・・・・(1)

晴天夏の正午前後の最高気温が起きる頃についての関係、すなわち空間広さと平均気温 の差の関係、および空間広さと気温変動の標準偏差の関係から (「K79.都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」 の図79.1、図79.5、さらに図79.5の下に書かれた式から)、

平均気温の差=T2-T7=0.8℃(図79.1)・・・・・(2)
気温変動の標準偏差σ2=0.56℃(図79.5)
気温変動の標準偏差σ7=0.47℃(図79.5)
最高気温Tmax2-T2=(3.2×σ)=1.8℃
最高気温Tmax7-T7=(3.2×σ)=1.5℃

ここに、T は平均気温、Tmax は最高気温、添え字2と7はそれぞれ空間広さが2.1と7.0 の場合を表す。Tmax2=40.9℃は北風のときに観測された日本最高気温である。

上の式から、

(Tmax2-T2)-(Tmax7-T7)=1.8-1.5=0.3℃・・・・・・(3)

左辺を書き直して、式(2)の0.8℃を代入すると、

(Tmax2-T2)-(Tmax7-T7)=(Tmax2-Tmax7)-(T2-T7)
=(Tmax2-Tmax7)-0.8℃・・・・・(4)

式(3)と式(4)から、

0.3℃=(Tmax2-Tmax7)-0.8℃

ゆえに

 (Tmax2-Tmax7)=0.8+0.3=1.1℃
  Tmax7=Tmax2-1.1℃=40.9℃-1.1℃=39.8℃・・・(地域代表の最高気温)

この日(2007年8月16日)に近傍の他の6観測所で観測された最高気温の平均値は38.7℃ (伊勢崎39.1℃、佐野38.9℃、古河39.2℃、久喜38.9℃、さいたま37.6℃、桐生38.4℃) であり、熊谷における最高気温の推定値Tmax7との差は、

Tmax7-38.7=39.8-38.7=1.1℃・・・(2007年8月16日)

1.1℃の差なら周辺と比べて異常ではない。それを確かめてみよう。


注意1:気象官署とアメダスの最高気温の観測法の違い
2007年時点では、気温の観測方法は気象官署(熊谷)とアメダスでは異なる。 熊谷での日最高気温は10秒ごとの観測値の最大値であるのに対し、アメダスでは毎10分 ごとに観測された1日144個の最大値としている(ただし、2008年4月以降はアメダス も気象官署と同じ10秒ごとの観測値の日最大値とする)。したがって、正確な比較では ないことに注意のこと。詳しくは「K23.観測法変更による気温 の不連続」を参照のこと。


晴天が続いた21013年8月7日~19日の6観測所の最高気温の平均値(13日間平均)は 35.89℃ (伊勢崎36.54℃、佐野36.32℃、古河35.98℃、久喜35.64℃、さいたま35.75℃、 桐生35.08℃)であり、熊谷36.66℃との差は、

36.66-35.89=0.77℃・・・(2013年8月、13日間平均)

推定値の差1.1℃と0.77℃の違い0.3℃が生じたのには、次の3つの理由が考えら れる。① 0.77℃のほうの風向が必ずしも北でないこと(熊谷ではほとんどが南東寄り)、 ② 前記の図79.1、図79.5のばらつき誤差の範囲内であること、③前記の「注意1」 で説明した観測法の違いによる誤差が含まれている。

したがって、2007年8月16日に熊谷で観測された40.9℃の日本最高気温 は気象台庁舎の風下の日だまり効果によって、地域代表の最高気温より高めに観測 された、地域を代表しない局所(空間スケール10m程度)の値と見なすことが できる。

熊谷の40.9℃についての詳細は「K82. 熊谷の2007年夏の高温 記録40.9℃」を参照のこと。

多治見アメダスで同日記録された同じ最高値40.9℃も、空間広さの狭さから1℃ほど 高めに観測された値と見なされる(「身近な気象」の 「M65.多治見のヒートアイランド観測」 の図65.8上を参照のこと)。

80.4 館林アメダスの環境

80.2節の(4)で指摘したように、群馬県の館林アメダスは近隣観測所(伊勢崎、熊谷) と比べて1℃ほど高温であり、観測環境が悪いと推定される。

2013年10月8日に現地アメダスを見学したところ、消防本部東側の駐車場の北東隅に あった。予想の通り、風通しの悪い場所であった。

館林屋上から
図80.5 館林消防本部屋上から東方向を見下ろした館林アメダス(2013年10月8日)、 ほぼ中央に見えるフェンスと新しい生垣(2012年3月植樹)で囲まれている。

館林における夏の晴天日中の風向はおもに南東寄り、図80.5の右上から左手前に向 かって吹く。消防本部駐車場の密な生垣(風上側は南北、風下側は東西に植樹)が 風止めとして働き、さらにアメダスの四方を囲む新しい生垣(2012年3月植樹)が いっそう風通りを悪くしている。

館林露場
図80.6 館林アメダス、東側から撮影(2013年10月8日)。東側は館林消防本部のビル である。

館林から西北西に約30kmの伊勢崎アメダスも見学した。このアメダスは竜宮浄水場 の広い芝地に設置されており、伊勢崎市によって年に6回の草刈りが行われていると いう。

伊勢崎
図80.7 群馬県の伊勢崎アメダス(2013年10月8日)。浄水場敷地内にあり、アメダス のフェンスは作られていない。
左:竜宮浄水場管理棟玄関前から撮影
右:北西から南東方向を撮影

竜宮浄水場は、以前には周囲が広い田畑であったが、伊勢崎市の市街化がこの周辺まで 広がり、図80.7(左)の向こうに見える建物に沿って広い舗装道路もできたという。 そのため、近年の都市化影響がこのアメダスの観測値にも反映されるようになったと 考えられる。ただし、アメダスは広い芝地にあり、ごく局所的な影響は受けず、 都市化影響を受けた地域代表の気温が観測されると見なされる。

伊勢崎アメダスの周辺環境は高松地方気象台に似ており、他の地方都市に比べて都市化 影響が急速に進んでいると考えられる(「身近な気象」の 「M64.多治見のヒートアイランド:準備観測」 の図64.4を参照)。

図80.1(上)で示したように、館林の最高気温が伊勢崎に比べて約1℃高温であるのは、 アメダス周辺の空間広さが狭く、日だまり効果によると考えられる。

晴天日における約1℃の高温は、同様に岐阜県の多治見アメダスでも観測された (「身近な気象」の「M65.多治見のヒートアイラ ンド観測」の図65.8(上))。館林アメダスも多治見アメダスと同様に、消防署 駐車場の隅の狭い所に設置されている。

近い将来(2014年中)に館林アメダスの隣地の少し広い場所と、南南西400mの距離に ある館林市立美園小学校運動場などでアメダスとの比較観測を行う予定である。

美園小学校
図80.8 館林町立美園小学校の運動場、南西から撮影(2013年10月8日)。

図80.8は美園小学校の運動場である。この運動場で2014年に気温観測ができるよう 校長・小林正夫先生から内諾をいただいた。

80.5 鳩山アメダスの環境

鳩山アメダスは鳩山中学校のグラウンドの北西隅に設置されており、夏の晴天日中の 卓越風向は東南東~南東~南南東である。風上側はグラウンドで開けているが、 風下側(北と西)は風止めとなっている。

2009年6月に撮影された図80.9では、露場の南西側と北東側には樹高の最高部が風速計 高度近くまで伸びている。風下側の樹木による風止めについては、すでに 「K66.露場風速の解析―深浦御仮屋」の模式図66.9と 図66.12、「K72.露場風速の解析―津山2」の図72.10、 「K74.露場風速の解析―室戸岬」の図74.11で説明した。

鳩山2009年
図80.9 鳩山アメダス、2009年6月撮影(村上雅則氏による)。気温観測用の通風筒と 樹木間の距離は僅かである。

熊谷地方気象台によれば、これら樹木は2011年3月4日に伐採されたとのことである。

しかし2013年11月13日に見学すると、アメダス背後に張られた鳩山中学校運動場の フェンスには密生した小竹(北東側)やつつじ(南西側)があった。これら小竹や つつじなどが、露場面近くの風(露場風:高度1~2m)を止める働きをしている。

鳩山運動場から
図80.10 鳩山アメダス、南から北を撮影(2013年11月13日)、中央の遠方にアメダス。

鳩山西から
図80.11 鳩山アメダス、西から東を撮影、右方のカシの枝切り作業が行われていた (2013年11月13日)。

鳩山南南西から
図80.12 鳩山アメダス、南南西から北北東を撮影。

鳩山北から
図80.13 鳩山アメダス北側の熊石橋から南を撮影。
電柱付近の幅1~3mのみ開いているが左方はおもに小竹が、右方は密生したつつじが 風通りを悪くしている。

露場フェンスの北側の隅から右側と左側それぞれ20mほどまでの範囲を刈り取りして、 風通りを良くすることが望ましい。鳩山中学校と町役場に許可してくださるようお願い したい。

近い将来(2014年中)、鳩山アメダスの周辺の少し広い場所で気温観測を行い、 アメダスとの比較をしてみたい。

80.6 最高気温差と平均気温差

最高気温は偶然的に出現する値であるため、本シリーズ研究では、ある有限時間内 (1時間~3時間程度)の暑さを代表する平均気温を重視している。熱中症対策など でも、瞬間値ではなく有限時間内の平均気温が重要である。ここに瞬間値(最高気温) とは、約1分余の平均値である(備考2)。



備考2:最高気温・最低気温の平均化時間
最高気温・最低気温は用いるセンサーの時定数(直径と通風速度に依存)とデータ 処理方法によって変わる。気象官署と一般アメダスでは時定数と処理方法が異なる。 詳しくは「研究の指針」の「K23.観測法変更による気温の 不連続」の表23.1に示してあるが、おおよそ次のように考えてもよい。

微細センサー(時定数=1秒)で気温を測ったとした場合、およそ1分余(80秒~100秒 程度)の時間で平均した気温データを連続してつくる。これらデータのうち、その日の 最大値・最小値を日最高気温・日最低気温とする。昔の棒状の最高温度計・最低温度計 (時定数が大きい)で観測していた時代の日最高気温・日最低気温に近い値となるが、 厳密には等しくならない。

筆者が用いているセンサーの直径(2.3mm)は気象官署(3.2mm)や一般アメダス (6.4mmまたは6.0mm)よりも細く、20秒間隔でサンプリングした気温値5個 (80秒間)の移動平均値のうち、最大値・最小値を最高気温・最低気温としている。 筆者が細いセンサーを用いる理由は、センサーに及ぼす放射の影響を小さくするため である。その代わり、サンプリング数を多くしている。


図80.1にプロットされた府中と練馬について、最高気温差と平均気温差を調べてみ よう。前記したように、府中は東京農工大学農学部の広い農場に設置されており、 気温変動の乱流的な大きさ(標準偏差)が小さいと考えられる (「K79.都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」 の図79.5)。

一方、練馬アメダスは2012年12月26日に武蔵高校から石神井公園内(広いが樹木で 囲まれている)に移転した。公園内ではあるが、隅にあり観測環境は広いとはいえ ない。それゆえ、練馬アメダスは気温変動の大きさ(標準偏差)は府中より大きいと 予想される。

表80.2は連続晴天日(2013年8月7日~19日)の最高気温の平均値と正午前後の平均気温 の比較である。予想の通り練馬は府中に比べて気温変動が大きく、瞬間的な現象で 生じる最高気温が平均気温よりも大きく出る傾向にあることがわかる。

同表には館林と伊勢崎、鳩山と久喜についての比較も示す。観測所の空間広さが狭い 観測所では広い観測所に比べて最高気温差のほうが平均気温差に比べて0.4℃程度 大きい。

ただし、この比較は気温変動の大きさの直接的な比較ではない。今後、観測から確 かめる(「K79.都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」 の図79.5にプロットする)。


表80.2 最高気温差と正午前後の平均気温差(2013年8月7日~19日の13日間平均)、 練馬と府中、館林と伊勢崎、鳩山と久喜の比較。

      最高気温   平  均  気  温         最高気温-平均気温
            11~15時 12~14時   11~15時 12~14時
  練馬   35.48℃  34.06℃  34.29℃    1.42℃  1.19℃
  府中   34.45   33.42   33.66     1.03   0.79
  差     1.03     0.64        0.63      0.39   0.40

  館林   37.58   35.38   35.60          2.20      1.98
  伊勢崎  36.54   34.72   34.87          1.82      1.67
  差     1.04    0.66    0.73           0.38   0.31

  鳩山      37.10      35.07      35.34          2.03      1.76
  久喜      35.64      34.07      34.28          1.57      1.36
  差         1.46       1.00       1.06          0.46      0.40



80.7 まとめ

農業生産活動や熱中症対策など実用的な観点から、アメダスの気温観測値から地域代表 気温(空間広さと地表面種類を同じにしたときの平均気温)を求めるための準備研究を 行った。 実用的には、ある有限時間内(1時間~3時間程度)の暑さを代表する平均気温が必要と なるが、今回は便宜的に最高気温を解析した。

(1)連続晴天日13日間を選んで、関東地方のアメダスにおける最高気温の分布を調 べた。関東東部のアメダス(ただし海岸域は含まない)については海岸からの距離 依存性は見いだせないが、関東西部のアメダスについては、最高気温は相模湾または 東京湾の海岸からの距離の関数で表わされる(図80.1、図80.2a)。

特に、相模湾から南寄りの海風が入る相模平野では、最高気温・平均気温は海岸からの 距離の関数(指数関数)の線上にプロットされる(図80.2b)。

(2)各アメダスの最高気温の13日間平均値は両グループとも例外を除けば、 各グループの傾向と±0.5℃範囲内に分布する。例外とは、各グループの傾向から 低温側に1~1.5℃程度ずれる下館と下妻、及び1~1.3℃ずれる桐生と府中である。 これらアメダスは周辺が広い田畑か、河川の近くで風通しのよい観測所である (図80.1、図80.2a)。

府中アメダスが周辺に比べて夏の晴天日の最高気温が1.3℃低いのは、広くて風通しが よいことで0.86℃低く、周辺が都市構造物でなく畑作物であることで0.44℃低いと 推定することができた(付録2)。

(3)逆に高温側に1℃ほどずれるアメダスは館林と鳩山である(図80.2a)。館林は 消防本部駐車場の隅に設置されており、消防本部の生垣とアメダスの生け垣が風の 通り抜けを悪くしている。

鳩山は広い中学校のグラウンドの隅に設置されていて良さそうだが、夏の晴天日中の 風下側には小竹(北側)とつつじ(西側)があり、露場風を弱化させる働きをして いる。ほかに、高めの気温となるのは、風上の広い運動場の影響もある。

(4)熊谷で観測された日本最高気温40.9℃(2013年8月12日以前の記録)は、 晴天夏の日中の通常風向と違う北風のとき、すなわち庁舎の風下(露場空間広さ=2.1) の日だまり効果により高温化した条件であり、庁舎の代わりに周辺と同じ住宅が あった場合(露場空間広さ=7.0)よりも高めに観測されたと推定される。

(5)気温変動の大きさ(標準偏差)は観測地点の空間広さの関数であり (「K79.都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」 の図79.5)、狭い観測所ほど大きくなる。そのため、平均気温の地域分布のばらつきは 図80.1のばらつきよりも小さくなることが予想される(表80.1)。この予想は今後の 解析と観測から確かめることになる。

アメダス環境の改善
(a)館林アメダスは消防本部駐車場の隅にある。駐車場のまわりには風をほとんど 通さない旧生垣が、アメダスのまわりには新生垣がある。風通しを良くするために、 新生垣は撤去し、旧生垣は撤去ないし低く剪定することが望ましい。

(b)鳩山アメダスは鳩山中学校運動場の隅にあり、露場フェンス近くに迫っていた 密な樹木は伐採されたが(2011年3月4日)、運動場のフェンスに接した小竹は刈り取り 、つつじは撤去し風通しをよくすることが望ましい。

(c)海老名アメダスのフェンス南側に接している樹木は伐採し、密な生垣は低く 剪定することが望ましい。

(d)三浦アメダスの北側の数本の樹木は伐採し、西側の生垣は1m程度の高さになる よう剪定することが望ましい。

(e)辻堂アメダスの北側に植えられている数本の樹木は撤去し、風通しをよくする ことが望ましい。

今後の課題
① 相模平野は、東西の海岸線が直線的で、南寄りの海風が上陸したときの気温変化を 観測するのに適している。数個の通風式温度計を海岸から内陸に向けて配置し気温観測 を行い、海岸からの距離によってどのように変化するかを解析する。おもに5~9月の 晴天日を対象とし、図80.2b に示された関係を明確にする。

海風が沿岸地域の気候に及ぼす影響を定量的に知るために、暖候期5~9月の観測・解析 に続いて、寒候期11~3月(海水温度が気温に比べて高温)についても調べる。

② 地域代表気温の評価準備として、図80.2a(関東西部)を確かなものとするために、 2012年以前にさかのぼりデータ数を増やし同様の図を作成する。その際、前項(b)の 鳩山アメダスの西~北側に接して生えていた密な樹木が伐採された2011年3月4日の 前後に注意してデータ解析し、伐採の気温への影響を明らかにする。

③ 誤差を含むアメダス観測値も有効活用するために、まず、館林アメダスと鳩山 アメダスの周辺で気温を観測する。さらに、アメダスの観測値から地域代表気温に 補正・換算する方式を作成する。

④付録3の検討結果を参考にして、適当な生垣(湘南海岸公園、相模川河川敷)を 見つけて、生垣が周辺からの熱波を防ぐか、逆に熱源および風速弱化の働きにより 風下大気を加熱するほうが大きいかを実測により確かめる。

参考文献

近藤純正、1982:大気境界層の科学.東京堂出版、pp.219.

近藤純正(編著)、1994:水環境の気象学.朝倉書店、pp.350.

近藤純正、2000:地表面に近い大気の科学.朝倉書店、pp.324.

近藤純正、2012:温度と風の関係―常識は正しいか?―.天気、59、861-864.

神奈川県県土整備局 河川下水道部砂防海岸課なぎさ整備グループ、2013:平塚沖波浪 等計測データ.http://157.82.157.148/index.aspx

神奈川県水産技術センタ、2013:海況図データベース、東京湾口海況図. http://www.agri-kanagawa.jp/suisoken/kaikyozu/TokyoWanko.asp




付録1 相模平野のアメダスの環境

図80.2bでは、相模湾から海風が吹く相模平野における晴天日中のアメダスの最高気温 (黒曲線)と平均気温(緑曲線)の差が3.3℃ほどあることを示した。この3.3℃の違い は、①観測日が異なること、②最高気温と平均気温の違い、③空間広さ(露場広さ)の 違いによる。

平塚での観測は、いずれも広い場所で行ったのに対し、アメダスは比較的 に狭い場所に設置されている。そのため、3.3℃の違いは主に③による寄与が大きい と考えられるので、現地を見学した。

辻堂アメダス
辻堂アメダスは、「K56.風の解析―防風林などの風速低減域」 の図56.5~56.7に示すように、県立辻堂海浜公園の広い駐車場の西隅にある。ここでの 観測値は相模平野の沿岸部の気象を代表する。西隣は小田原アメダス、東隣は三浦 アメダスである。

海からの南風は防風 林の切れ目(幅22m、海岸からの通路・低地)から入ってくる。そのとき、防風林の 影響のほか、露場フェンスの北側の樹木の影響もあり、空間広さは広くない。

露場フェンスの北側の植木は、風止めとして作用するので無いことが望ましい。 また、南~東側の生垣は0.5m以上に伸びないように管理していただければ有難い。

この公園(園長・谷 博人氏)は公益財団法人・神奈川県公園協会が神奈川県からの 委嘱により管理を行っているので、横浜地方気象台から正式な依頼を受けて、県土木 事務所の了解を得たうえで対応してくださるとのことである。

辻堂
付図80.1 辻堂アメダスのフェンス北側から(左)、および南西側から(右)撮影 (2013年11月22日)。
背丈の低い1本は残してもよく、他の5~6本の樹木(樹高=2.5m程度)を伐採して いただければ観測環境がよくなる。

小田原アメダス
アメダスは小田原市の酒匂川流域下水道右岸処理場敷地内の隅にある。東方向( 北~東~南)は開けているが、西方向(南~西~北)には植樹が迫っている。開けた方 から風が吹くときでも、風下となる植樹が風止め作用する。

小田原南東から
付図80.2 小田原アメダスの南東から北西(左)と、その逆方向の写真(右) (2013年11月12日)。

小田原南南西から
付図80.3 小田原アメダスの南南西から北北東(左)と、その逆方向の写真(右)。

海老名アメダス
神奈川県立中央農業高校敷地内にある。園芸用諸施設の中にあり、周辺はあまり広く ない。付図80.4(左)に見えるように、露場フェンス南側に接して風速計の地上高 (6.5m)の約半分の背丈に伸びた木と、同フェンス南側の西半分に接した密な生垣が 露場付近の風止めと日陰をつくるので、背丈の高い樹木は伐採し、生垣は低く剪定する ことが望ましい。中央農業高校に許可してくださるようお願いしたい。

海老名北から
付図80.4 海老名アメダスの北から南(左)と、その逆方向の写真(右)(2013年11月12日)。 海老名北東から
付図80.5 海老名アメダスの北東から南西(左)と、その逆方向の写真(右)。

三浦アメダス
三浦アメダスは神奈川県農業技術センター三浦半島地区事務所の農場内に設置されて いる。2013年11月19日に見学した。

露場フェンスは無く、農業技術センターによって芝刈りが行われている。北側にあった 生垣の一部は伐採されている。風通しをよくするために、付図80.6(左)の2本の赤矢 印の間には生垣がないほうがよいので、伐採されることが望ましい。 さらに、西側の生垣が成長しており、午後の露場には日陰ができ、また風通しも 悪くなっている。付図80.8の2本の赤矢印の範囲は生垣の高さが1m程度になる よう剪定することが望ましい。

衣巻巧所長とお会いし、生垣の伐採・剪定についてお願いしたところ、ご検討して いただけるとのことである。

三浦南から
付図80.6 三浦アメダスの南から北方向(左)と、その逆方向の写真(右) (2013年11月19日)。2本の赤矢印で示す範囲は樹木の無いことが望ましい。

三浦西から
付図80.7 三浦アメダスの西から東方向(左)と、その逆方向の写真(右)。

三浦場外南から
付図80.8 三浦アメダスの西側の南から北方向(左)、2本の赤矢印の範囲は生垣を 高さ1m程度に剪定することが望ましい。

この周辺の三浦半島には広い農地が多く、作物が生産されており、三浦アメダスの気象 観測値が活用される。


Q&A(2) 風上側樹木の気温観測に及ぼす影響
Q2:海老名アメダスのフェンスの南側に接して生えている樹木が通風筒の南側の2m 程度の距離にあります。日中の南風のとき、気温観測値に影響しますか?

A2:大きな影響があります。計算や観測による証明は後回しとして最初に基本をお話し しておきましょう。明治時代から昭和始めに気象観測所が各地に設置されたころ、 「気象観測所は日当たりと風通しがよい」こと、近くに観測の邪魔になるような 樹木など障害物がないこととされてきました。これは、人々が経験的にも直感的にも 知っていることでした。温度計の風上側2mほどの距離に幅1m、高さ3m程度の 樹木(付図80.4左)があれば、観測の邪魔になるので、基本をわきまえた昔の 観測所職員は、海老名アメダスのフェンスに接した樹木を見逃したりしなかった でしょう。

簡単な計算をしてみます。晴天日の直達日射量は600~700W/m2程度、 水平面日射量(全天日射量)は800~900W/m2程度、樹木全体(葉面群) のアルベドは0.2前後、したがって、付図80.4左(海老名アメダス)の樹木の断面積 1m当たりが吸収する日射量は700W/m2程度とみなされます。

大きな影響がでる条件として、晴天が続き樹木の蒸散量が仮にゼロの場合、葉面群が 吸収した日射量はすべて顕熱となり、風によって風下に流れて気温計の温度上昇と して観測されます。

下記の模式図(付図80.4b)に示すように、葉面間を通り抜ける風速=0.5m/sの場合、 気温上昇量は1.2℃となります。図中に示された式からわかるように、風速が弱いほど 気温上昇量は大きくなります。

樹木が気温計の風上側、例えば50m以上も離れていれば、高温化された空気塊は上下・ 左右に拡散されて、観測値に及ぼす影響は小さくなります。

今度は降雨中から降雨直後の葉面がぬれている場合、蒸発によって大気は冷却されます。 風下では蒸発効率=1の場合の気温下降量となります。別の例(緑のカーテン)の場合 については、すでに「身近な気象」の 「M61.都市昇温の緩和策」の図61.6で説明したように、風下側の気温は下がり ます。ただし、条件が違うことに注意してください。

樹木による気温上昇
付図80.4b 風が樹木の葉面群を通り抜けて、風下の気温を上昇させる計算模式図。 葉面群を通りぬける風速が0.5m/sのとき、風上の気温に比べて、樹木の風下側では 1.2℃の気温上昇となる。


Q&A(3) 風上側樹木が吸収したエネルギーの行方と日陰の影響
Q3:上記の回答A3 について、ほとんど理解できません。(ⅰ)樹木が吸収したはずの 日射量の行方はどうなるのでしょうか? また、(ⅱ)樹木による日陰が気温観測値に 及ぼす影響は? さらに、(ⅲ)蒸散量ゼロの仮定をした理由がよくわかりません。

A3(ⅰ):樹木が吸収した日射量の行方は、葉面温度を上昇させ顕熱輸送量 H となる、 大気温度を上昇させます。気温上昇した空気は風によって風下へ流れて行きます。 これをQ&A(2)の模式図(付図80.4b)では気温上昇量H/cpρU と して表してあります。

A3(ⅱ):樹木によってできる日陰は、樹木が無いときの地表面での熱収支を変え、 地表面温度は低温となり、それに接した大気の温度は低温になり、風下の気温を低く しますが、その低温範囲は気温計の高さより低いので、いま対象としている例では 観測値にほとんど影響しないことになります。

A3(ⅲ):蒸散量ゼロの場合として、樹木によって生まれる顕熱 H=700 W/m2 を用いて気温上昇量1.2℃を示しましたが、これは極端な気温上昇最大値の見積りと して説明してあります。
一般の樹木(毎日の潅水を必要としない樹木)の蒸発効率βは0.1程度またはそれ以下と 考えられる(後掲の備考3を参照)。蒸発効率とともに、蒸散に費やされるエネルギー が増え、そのぶんだけ顕熱 H は650W/m2、600W/m2、・・・・ と少なくなり、気温上昇量は1.2℃から1.1℃、1.0℃、・・・と減少していきます。

以上のことを模式図(付図80.4c)に示しました。この図の上段は樹木が無い場合、下段 は樹木が気温計の風上側にほとんど接しており、風は葉面群の間を風速 U で 通り抜けてくる場合を想定してあります。

樹木による気温上昇と日陰
付図80.4c 樹木の気温観測に及ぼす影響、潜熱と地中伝導熱(時刻によって 上向き下向き)と長波放射量などの詳細は描いていない。
上段:樹木が無い場合の熱収支の模式図。
下段:樹木による顕熱輸送量の生成(高温域)と日陰による地表面における顕熱の減少 (低温域)の模式図。

図を見やすくするために、潜熱輸送量、地中伝導熱、長波放射量など詳細は描いてあり ません。 下段の図で、葉面群で吸収された日射量が顕熱に変換されて風下の気温を上昇させ る。その分だけエネルギーが少なくなった部分が日陰です。日陰の風下側は 低温になり、エネルギーバランスがとれるようになっています。

図中の高温域と低温域は風下へ行くほど小さく描かれているのは、拡散によって気温 観測値に影響する範囲が少なくなることを表してあります。

そのほか、細かなこととして次を補足しておきます。
・ 日射が葉面に当っている正午前後の条件のもとでは、葉面温度は気温より高温に なっています。ただし、よほど強風でない場合です。
・ 晴天夜間には、放射冷却で葉面温度は気温より低温になります。その度合いは葉面 サイズ、風速等により熱収支的に決まります。熱収支的に葉面温度が決まるのは日中でも 同様です。
・ 日射量と蒸散・光合成の関係について、光合成は日射量が増えるにしたがって増加 しますが、日射量がある程度以上になると光合成はほぼ一定に保たれます。蒸散と気孔 開度と光合成は密接に関係します。気孔開度と蒸散コンダクタンスや葉温・気温差、顕熱、 潜熱輸送量の関係などは近藤(1982)の「大気境界層の科学」の6章「植物と エネルギー交換」が参考になります。


付録2 東京西部の基準・府中アメダスの環境

府中アメダスは東京西部の基準観測所として位置づけできる。

図80.2aに示すように、府中アメダスの最高気温(2013年8月の連続晴天日13日平均 =34.45℃)は最適近似曲線(35.75℃)より1.30℃ほど低温である。これは、府中 アメダスが東京農工大学農学部の広い農場にあり、
(1)広さの影響(ごくローカルな影響を受けず日だまり効果による気温上昇が微少)
(2)農作物地表面の影響(日中の風上側の地表面は都市構造物ではなく農作物)

によって低温となっているためであり、異常ではなく正常な地域代表値を観測している とみなされる。

最高気温の差1.30℃について、それぞれ(1)と(2)による寄与を見積もるために、 露場広さ(空間広さ)を測定した(付図80.9)。

方位5°間隔の測定値に基づいて計算された府中アメダスの諸パラメータは次の通り。
 仰角αの平均値:7.4°±4.8°
 露場広さ1(=1/<tanα>:7.7
 露場広さ2(=<1/tanα>):12.6±9.1
 パラメータ比(=広さ2/広さ1):1.64

なお、測量点の南側のアパート・住宅域まで260m、北側の建物まで40mである。

府中露場広さ
付図80.9 府中アメダスの空間広さの方位角分布(南側ファンス中央の南2m、 セオドライトのレンズの地上高度=1.35m)。赤線は±20°範囲(方位50°)の 移動平均値。

府中アメダス
付図80.10 府中アメダスの周辺写真。
上左:北方向、上右:東方向
下左:西方向、下右:南方向

夏の晴天日中の卓越風向は東南東~南南西であり、その方位の露場広さ=22であるが、 風が抜け去る方位(西南西~北北東)の露場広さ=5前後で風止め作用として働く。 それゆえ、風の通りやすさを表す「露場広さ2」=12.6を用いる。

一方、周辺アメダスの平均的な露場広さは6程度とする。「K79.都市 の地上気温の分布―新しい視点・解析法」の図79.1(平均気温差と露場広さ X/h の 差の関係)と図79.5(気温変動の標準偏差σと露場広さ X/h の関係)を用いる。

 露場広さの差の対数=log10(6/12.6)=-0.32

したがって、図79.1から平均気温差(周辺アメダス-府中アメダス)=0.6℃として 読み取ることができる。

図79.5および関係式(最高気温と平均気温の差=3.2×σ)によって、露場広さ6と12.6 の気温変動の標準偏差 σ(6)とσ(12.6)の値から、

σの差=σ(6)-σ(12.6)=0.48℃-0.40℃=0.08℃

最高気温の差=3.2×0.08℃=0.26℃

以上をまとめると、
(1)広さの影響: 0.6℃+0.26℃=0.86℃

(2)農作物地表面の影響: 1.30℃-0.86℃=0.44℃

観測所の広さの影響(0.86℃)が農作物の影響(0.44℃)の約2倍であると見積もる ことができる。

「K79.都市の地上気温の分布―新しい視点・解析法」 の表79.1と、今回の0.44℃をまとめると次の通り。ただし、芝地で測った気温を基準 とする。

・ 裸地の公園・運動場では0.1~0.4℃ 高温
・ アスファルト舗装、乾いた河原では0.8~0.9℃高温
・ 都市構造物では0.44℃高温(広い農地、その外が都市構造物)

神田修平助教によれば、露場フェンスのすぐ南東側に生えている背丈の高い植物は昆虫 の実験用とのことである。来年以降は別の場所で実験できないかと、お願いしてきた。

周辺に樹木が成長するような場合は、剪定しているとのこと。露場北側の道路に沿って 植えられている樹高 2~2.5mのサザンカは、毎年冬に剪定しており、大きく成長しない 樹種である。

付録3 生垣による熱波防止は可能か

気象官署と違って、一般アメダスは諸々の制約から、必ずしも適地に設置されている とは限らない。隣地がアスファルト舗装の道路や、駐車場の隅に設置されている場合、 晴天日のアスファルト面で加熱された熱波がアメダスの気温観測に影響しないよう、 まわりに生垣が植えられていることがある。

生垣は熱波を防ぐだろうか? それとも生垣が周辺の風速を弱化させ日だまり効果を 大きくすると同時に生垣自体が熱源となって周囲を加熱するのではないだろうか?

平塚市内の花菜ガーデンで観測した例では、晴天日の生垣内の平均気温は隣の広い センターフィールド(露場広さ2=16.6)に比べて1.6℃高温であった。矩形をした生垣 の広さは南北7.4m、東西10.5m、高さは1.95mである(2013年4月11日)。

日中の植生は太陽光を受けて蒸散を行うが、よほど強風でないかぎり、葉温は気温より 高温となり顕熱を大気に放出する。強風となれば、蒸散過剰となるので気孔を閉じ 「昼寝」の状態となり、葉温は上昇する。

その1:日中の熱収支の原理から考察
概算のために、個々の葉面を取り扱うのではなく、生垣を1つの個体とし、 交換速度 ChU(あるいは風速 U)と蒸発効率βに適当な値を仮定する。

他の熱収支項に比べて生垣の枝葉の熱容量は無視できる。日中の入力放射量 R↓=700W/m2、気温=20℃、相対湿度=50%のときの熱収支は「水環境の気象学」 の図6.3に示されている。この関係は次の図にも一部が示されている。

○天気(2012年)の「温度と風の関係―常識は正しいか?」の第1図。
○「身近な気象」の「M62.温度と風の関係―常識 は正しいか?」の図62.1
○「研究の指針」の「K36.海上大気の諸問題-海上風、熱収支、 温暖化問題-(研究集会の基調講演)」の図36.7。

この図によれば、生垣の蒸発効率β=0~0.3とすれば、ChU<0.043m/sの範囲で、 生垣の温度は気温より高くなり顕熱を大気に放出し、風下の大気を加熱する。 逆に冷却条件となるChU>0.043m/sは、概略10m/s 以上の強風時である。

その2:緑のカーテンの原理から考察
「M61.都市昇温の緩和策」の図61.6が示す ように、直達日射が当たる葉面(第1列目)は蒸散を生じると同時に葉面温度は気温 より高温となり、大気を加熱する。第2~3列目はその加熱を打ち消すために木漏れ日 を利用して蒸散・冷却する。第3~4列目は木漏れ日による蒸散で空気流を冷却する。 それには水平方向から見た葉面積指数が1m2/m2 以上でな ければならず、実際には第1~2列目を含むと葉面積指数は3~4m2/m2 ほどが必要となる。

第3列目以降の葉面に入る木漏れ日の日射量=100W/m2、個々の葉面の 蒸発効率β=0.3とした場合、風下の気温下降量は0.12~0.22℃(風速=0.3~1m/s) となる。

蒸散効果を大きくするために生垣が厚くなると、露場の風速を弱めることになり、 日だまり効果による昇温のほうが蒸散による冷却を上回ることになる。

注意すべきは、β=0.3は水稲など多量の水供給を必要とする乾燥に弱い植物の値であり、 天水(降雨)のみで生存できる生垣などの樹木は、β=0.1またはそれ以下であり、 上記の気温低下量よりはるかに小さくなる。


備考3:葉面の蒸発効率β
個々の葉面の蒸発効率βは「地表面に近い大気の科学」(近藤、2000)の図7.3に 掲載されており、水を多量に消費する水稲、タヌキ豆、ソルガムの個葉のβ=0.3 程 度、牧草リンゴ樹の個葉のβ=0.1程度である。木村玲二博士(私信)によれば、 タヌキマメはイネと同じC3 作物であり,乾燥に弱いため毎日の潅水を 必要とした。ソルガムはトウモロコシと同じC4 作物であり、 乾燥には比較的強いが、図にプロットされたソルガムは 昔日本でよく栽培された飼料用の丈の低いソルガムで,乾燥には弱く、毎日の灌水を 必要とした。夏季のタヌキマメおよびソルガムの日蒸散量はおおよそ 4mm/d であった。



上述の緑のカーテンについての計算は、風下側が室内温度(気温にほぼ等しい)の条件 である。アメダスが設置されている条件では、日射が強く地表面温度(舗装面など) は気温より15℃程度高温となり、地面から余分の赤外放射が植物体に入る。

気温 T=30℃(黒体放射量=479W/m2)、地表面温度 Ts=45℃(黒体放射量=581 W/m2)とすれば、余分の赤外放射量=581-479=102W/m2が 加わる。そのため葉面温度は上述の例より高温となる。

効果的な緑のカーテンでは生垣の幅が厚くなるので、ここでは薄い生垣とし、樹列は 1つ、葉面は風の流れ方向に1~3列程度を想定する。

計算方法は「K17.暑熱環境と黒球温度」の17.5節 「黒球温度の計算」の遂次計算プログラムを用いる(「身近な気象」の 「M61.都市昇温の緩和策」の図61.4も参照)。

気温 T=30℃、水蒸気圧=25hPa、葉面を通過する風速U=0.3~1 m/s、β=0.05~0.1、 葉面の大きさd=0.03mとする。夏の日中の直射光は800~1000W/m2程度 だが、直射光は葉面の重なりにより日陰をつくるので弱めとして、葉面群の平均の 直達日射量=300W/m2、散乱光=地面反射光=30W/m2、 大気放射量=431W/m2(他の葉面で一部遮蔽されるので気温に対する 黒体放射量の0.9倍)、地面からの長波放射=545W/m2(45℃の代わりに 40℃の黒体放射量)とする。ここに、黒体放射量の0.9倍の仮定は、水蒸気圧= 25hPa の曇天日における値の0.9を参考にした(「地表面に近い大気の科学」の 図2.23)。

葉面の温度上昇量(=葉温-気温)は次の付表80.1に示す。


付表80.1 葉面の温度上昇量(=葉温-気温)
   葉面の大きさd=0.03m、葉面群の平均の直達日射量=300W/m2、
   散乱光=地面反射光=30W/m2、大気放射量=431W/m2、
   地面からの長波放射=545W/m2の場合。

    U(m/s)      β=0.05  β=0.1
    0.3    4.2℃    3.0℃
    1.0    2.4℃    1.3℃


葉温は気温より高温となり、生垣は大気を加熱することになる。なお、植物は異常高温 となれば蒸散過剰となり自らを守るために気孔を閉じてβ=0に近づく。以上の検討 から、生垣は「熱波」を防ぐことはできず、逆に大気を加熱する効果が大きいといえる。

生垣は、火災時など周辺からの「熱放射」を防ぐ効果があることは古くから知られて いる。

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