平成18年指定文化財

更新日 2013-03-03 | 作成日 2007-10-08

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長垂の含紅雲母ペグマタイト鉱物標本 311点

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天然記念物・地質鉱物
福岡市西区 財団法人 亀陽文庫

概要

1)ペグマタイト
 ペグマタイト( )は巨晶花崗岩ともいう。花崗岩とほぼ同じ鉱物組成で、石英、正長石、雲Pegmatite母などから成るが、結晶の粒度が著しく粗い。マグマが固結する最終段階で、すでに固結した部分の隙間や周囲の岩石中の空間で残液や熱水溶液が自由に結晶を成長させた結果、形成されたものと考えられている。また、その成因から、稀元素を含む珍しい鉱物を産出する場合が多い。 本市の西部には、三郡変成岩(古生代石炭紀~二畳紀)と糸島花崗閃緑岩(中生代白亜紀後半)を貫く 早良花崗岩が広く分布している。これらの岩体中に多くのペグマタイト岩脈が走っており、特に、叶岳から長垂山山塊では南東から北西方向に走る多数の岩脈が分布している。 県下のペグマタイト岩脈は、この長垂以外に、糸島郡二丈町大山、田川郡川崎町小峠・真崎がよく知 られている。(唐木田 2004)

2)長垂のペグマタイト岩脈
 長垂のペグマタイト岩脈は、リシア雲母、石英、長石、曹長石、アンブリゴナイト等の集合から成る 紅紫色の塊状岩で、稀元素であるリチウムを多く含んでいることが特色である。戦前、長垂は九州にお ける代表的なリチウム鉱山として著名であった(木下 1961)。
 長垂山から産する雲母は 「キララ」という呼称ですでに江戸期から知られており(貝原1709)、明治 初期には、和田維四郎により 「加里雲母」と報告されている(岡本 1944、和田1878 )。
 長垂のペグマタイトについて最初に鉱物学的な報告をしたのは高壮吉である(高 1933)。その後、柴田秀賢が詳細な分析を行い その産状を5種類に分類し 生成過程と産出のあり方をあきらかにした(柴田 1934)。昭和9(1934 )年1月 22日には、岬部と海中 80mまでの一帯が「長垂の含紅雲母ペグマタイト岩脈」として、国の天然記念物に指定された。
 しかしながら 明治期の鉄道敷設工事、採掘、JR筑肥線の複線化に伴う新トンネル掘削等によって、本来の産状の改変が進んだ。特に、昭和15〜20(1940〜45)年にかけては海軍直営の長垂鉱山としてリチウム鉱物を目的に品位2%の粗鉱約200トンが採掘され(木下 1961)、さらに、昭和56(1981)年からのJR筑肥線新トンネル掘削工事では、約1500tの岩石が掘削された(岩野 1993) 。

3)鉱物資料
 長垂から産出する鉱物は、民間の鉱物研究会である福岡石の会(会長 矢野正一氏)の精力的な活動 により戦後長きにわたり系統だった収集が行われ、長垂産鉱物標本の充実が図られた。
 本資料は、福岡石の会会員矢野正一氏、野中利久氏から、平成 年度15年度〜17年度にかけて財団法人亀陽文庫能古博物館へ保存と公開を目的として寄贈されたものである。個体数で311点の資料があり、鉱物種ならびに種別個体数は表1のとおりである。採集地は主として、戦前の縦坑跡地や新トンネル掘削の際ズリ(捨石場)や排土中からの表採が一部含まれる。なお これらの標本は 1個体に数種の鉱物が含まれているが、その個体を特徴づける鉱物名を付して標本名としている。
risia.jpgリシア電気石 本資料で中心を占めるのはリシア雲母 Lepidolite、リシア電気石Elbaite である。これらは、長垂を代表する鉱物であり、量的に最も多い。希元素であるリチウム(元素記号: Li )を含む。リシア雲母は、結晶の大きさ 形状から3類に分けられる リシア電気石は 紅色 藍色 緑色 二色のもの4類がある。その他リチウムを含むものには、クーク石、アンブリゴ石、ペタル石がある。リチウム以外の稀元素を含む鉱物は、フェルグソン石、マンガンコルンブ石、マイクロ石、蒼鉛マイクロ石、マンガンタンタル石、鉄タンタル石、蒼鉛タンタル石、緑柱石、モルガン石がある。いずれも結晶は微小である。また、放射性鉱物としては、代表的なウラニウム鉱物である燐灰ウラン石をはじめとして、燐銅ウラン石、ユークセン石、ジルコン、褐れん石、フェルグソン石等がある。
 これらのうち 長垂で初めて発見されたアンブリゴ石、ペタル石、マイクロ石、マンガンコルンブ石、鉄タンタル石、蒼鉛タンタル石、ポルクス石、モンブラ石がすべてそろっており、そのうちアンブリゴ石、ペタル石、マンガンコルンブ石 蒼鉛タンタル石は、わが国では長垂にしかない貴重な鉱物である

指定理由

 本県の産出鉱物種については、戦前に 137 種(炭水化物鉱物は含まない。以下同じ)が報告されており(岡本 1944)、 その後福岡石の会が新産鉱物 75 種を追加して 212 種について報告した(福岡石の会1977)。 これらの成果を踏まえ、石橋澄が 213 種について報告している(石橋1982) 。これらを総合し、その他の論文、報告を参照すると、おおむね本県の鉱物種は 240 種ほどと考えられる。
 一方、長垂で確認された鉱物種は、 70 種類以上とされているが(石橋1982) 、報告されたものや、標本資料目録等に記載されたものを整理すると、56 種になる。未確定や未報告のもの5種を入れると 61 種が一応数えられる。本資料は、元素鉱物が1種、酸化鉱物・水酸化鉱物3種、ニオブタンタル酸塩鉱物 8種、リン酸塩鉱物6種、珪酸・珪酸塩鉱物 27(2)種の45種なので、現在のところ確認された種の約 74%、本県産出の約20%の鉱物種を保有していることになる。なお、ペグマタイト小塊としている資料中には、将来新たな鉱物種の発見や欠種の鉱物の確認なども期待でき、今後の研究・分析の課題である。
 以上見てきたように、本資料は、長垂のペグマタイト資料として代表的なリシア雲母やリシア電気石をはじめとして、我が国では長垂で初めて発見されたアンブリゴ石等や、初めての発見で長垂のみにしかないマンガンコルンブ石等の貴重な資料を含んでおり、ペグマタイト産出の鉱物の特質ならびに長垂独特の鉱物資源の特色の全容をほぼ知ることができる資料である。 また、長垂産の鉱物標本資料を有する機関はいくつかあるものの、それらは長垂を代表するリチウム電気石や紅雲母等にが主となっているのに対して、これまでに確認された鉱物のほとんどの種類を含んでいる例はなく、本資料の特色を際だたせている。
 本資料は、長垂のペグマタイトに含まれる各種鉱物産出の内容と、長垂およびその周辺の鉱物・地質 を解明する上でも貴重な標本であり、学術的価値が高いことから、天然記念物 地質鉱物として指定する。