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共同研究


  2003年6月2日 アメリカ学会第37回年次大会 神戸大学
部会B 「ジェンダーとアメリカ経済史」
 

  報告者: 久田由佳子 (長野県短期大学) 出生率の低下と世帯の社会経済的変容 --- 19世紀北部を中心に
  佐藤千登勢 (西南学院大学)  戦後アメリカ経済と「労働力の女性化」 --- フェミニスト経済学の潮流と課題
  大辻千恵子 (都留文科大学)  ジェンダー視点からみたアメリカ福祉国家と家族 --- 1996年福祉改革法とその意味
  司会: 秋元 英一(千葉大)

 日本におけるアメリカ研究の中で、フェミニズムや女性史研究はすでに一定の成果を生んでいると言ってよいと思われるが、経済史の流れの中で女性の足跡を位置づける作業は、ほとんど進んでいない。この部会は、なお乏しい学会の資源を生かしつつ、今後のアメリカ研究にとって不可欠のこの課題を提示することを目標に組織された。報告者への依頼は2002年末までに終わっており、2003年2月に千葉大学で準備会合を行ったため、大会当日の各報告は、よくこなれたものだったとの評価を多くの会員からいただいた。
 久田由佳子会員は、19世紀初頭、それまでヨーロッパと比べて出生率の高かったアメリカでは、ヨーロッパ諸国よりも半世紀ほど先んじて、白人出生率の低下が見られた。この出生率の低
下は、「土地アベイラビリティ仮説」(その代表は安場安吉会員によるもの)をめぐる議論に代表されるように、経済史研究における重要なテーマの一つであると同時に、女性史、家族史、社会史といった領域にまたがる研究課題でもある。そこで、この問題について経済史とジェンダーを結びつけるような研究領域の可能性を探ろうとした。19世紀前半、「工業化」「市場革命」に代表される社会的・経済的変化にともなって、家族をめぐる状況は大きく変化した。都市部において、世帯が生産の場から消費の場へと変化していったことはよく知られているが、農村部においても、家内生産や消費のありようは大きく変化し、女性の経済的役割も変化した。たとえば農業経営者の所得増加は農地獲得によるだけでなく、副業や家内手工業生産によっても可能であるし、その中で女性は多様な対応が可能だった、と説明した。
 佐藤千登勢会員は、1970年代以降のアメリカで進展した産業構造の変化、福祉国家の後退、経済のグローバル化の下で、女性労働がどう変容したのかという問題を、フェミニスト経済学の視点から、次の3点を中心に論じた。まず近年、女性の労働力率の上昇やパートタイム労働の増加などによって、急速に「労働力の女性化」が進んでいるが、このような状況を、ポスト・フォーディズムへの転換と家父長制の再編成という観点から分析する必要性があることを指摘した。また、レーガン政権下での社会福祉支出の削減と労働市場の規制緩和によって、保健・衛生、社会福祉、教育等の分野における「労働力の女性化」が加速化したことを、コンティンジェント・ワーク論との関連で論じた。さらに世界銀行やIMFが、融資の条件として途上国に導入させている構造調整プログラムが、ラテンアメリカ諸国等からの移民女性を増加させ、これらの女性の多くが、合衆国で家事、育児、介護サービスに従事するケア・ワーカーとなっており、「労働力の女性化」の新しい局面を作り出しているとした。
 大辻千恵子会員は、クリントン政権下で制定された1996年個人責任就労機会調整法をとりあげた。同法は貧困家族が権限として受給できた現金給付の要扶養児童家族扶助(AFDC)を廃止し、州への一括補助金としての貧困家族一時扶助(TANF)に代え、福祉プログラムを完全な州の裁量に委ねるものであり、福祉受給期間は生涯5年に制限され、受給者は幼子がいようが2年以内に就労しなければならない。本報告では、@就労か結婚によって脱福祉をはかり、A従来の教育・職業訓練‐就労から即就労というワークフェアの遂行、B福祉受給の母親の父親認定とその扶養義務追求の協力義務という新法の本質を明らかにするとともに、この新法成立の背景を@アメリカ家族および家族観の変化、A90年代半ばまでには議会の両党に浸透していた結婚と二親家族擁護のレトリック、B80年代半ばからの州独自の福祉改革の進展、Cアメリカ人の労働観および貧困観、DAFDCが内包した矛盾、などの側面から検討した。
 討論では、久田報告に対しては、上杉佐代子会員らから男女の領域の問題、女性にとっての内職、宗教の役割などについて質問があった。平体由美会員からは南北戦争後の南部農村の白人家族の場合、父親の権限が法的に強化された例がコメントされた。佐藤報告に対しては、小林清一、長沼秀世会員からヨーロッパ型とアングロサクソン型の差異について質疑があったが、佐藤会員はヨーロッパ対アメリカというより個別の国ごとの差異が大きいと答えた。大辻報告に対しては、春田素夫会員から家族構成が変わっても給付を引き上げない、ファミリーキャップ制の州レベルの導入状況と、連邦政府の対応についての問題提起があった。緒方房子会員の質問に答えて、大辻会員は、たしかにアメリカ社会で未婚の母に対する非難は1980年代から見られたが、やっかいなのは、女性が子育てをして家庭を守るべきと主張する右翼の場合も女性の社会進出そのものには賛成していることだと指摘した。1990年代になって福祉改革法が制定されたことは、それなりの背景があったと感じられるとした。佐藤会員はアメリカで福祉とはかつてAFDCと同義にされていることを指摘していたが、それがTANFに変わって、州ごとの政策の違いもあって貧困家庭の経済的状況はますますギャップが拡大しているように思われる。 (秋元英一) 『アメリカ研究』第38号 2004年より。


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