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アメリカ経済史文献ガイド
 
1.これまでのアメリカ経済史研究の特徴

 1998年に発行された阿部斉・五十嵐武士編『アメリカ研究案内』(東京大学出版会)の第5章「経済史」の冒頭に私が書いた研究史概観をアップデートしながら本論の序としたい。
 1996年に他界した大塚久雄は、わが国における西洋経済史研究の草分けであり、マックス・ウェーバー的観点の歴史研究への導入の先達である。大塚は専門はイギリスだが、宗教社会学的観点と、国民経済と民主主義政治との関連を広く問う方法により、イギリス研究をはるかに越える影響力を及ぼした。アメリカ経済史研究では、大塚と同世代の鈴木圭介が大塚の方法をアメリカに適用したことで草創の人となった。ただし、鈴木の観点は狭義の資本主義発達史に限定されていた。鈴木は、アメリカもイギリスのように「商業資本」によるのでなく、「小生産者的」に発展したのであり、独立革命は第一の、そして南北戦争は第二の「市民革命」だと主張した。1870年代以降の独占段階になれば、アメリカは対外的に帝国主義的進出を行い、国内では階級対立が先鋭化して労使紛争が激化する……。鈴木は、晩年多くの学者を組織してマルクス経済学的立場からの経済史の標準的な概説と研究史を整理する仕事に没頭した(鈴木圭介編『アメリカ経済史U:1860年代〜1920年代』東京大学出版会、1988年).。
 他方で、あまり厳密な方法にとらわれることなく、ヴェブレンや金融資本やニューディールを論じた学者に小原敬士がいる。小原の著作は、経済学史、社会経済史から経済地理学にまで及んでおり、単著の数は鈴木をはるかに上回っているし、それらの多くは小原がパイオニアの位置を占める場合が少なくない(一例として、小原敬士『ニューディールの社会経済史』清明会出版部、1969年; 同『近代資本主義の地理学』大明堂、1965年)。
 かつてアメリカ史研究者の多くは、経済史プロパーが専門でなくても、経済史を深く研究していた。一般史と経済史の両者は、人的にも方法面でも交渉しあっていた。ところが最近、日本の多くのアメリカ史研究者の関心が狭義の社会史に移るにつれ、経済史との溝が逆に深まっている。

2.テーマ別に見た基本傾向

 さて、駆け足で近年のアメリカ経済史研究の流れを概観してみよう。それらの特徴は以下のようにまとめられる。
 @池本幸三の一連の仕事は、奴隷制の側面からアメリカ資本主義の歴史を世界史の文脈の中に投げ入れるという役割を果たした。池本幸三『近代奴隷制社会の史的展開:チェサピーク湾ヴァージニア植民地を中心として』ミネルヴァ書房、1987.池本編『近代世界と奴隷制』人文書院、1995年。とくに後者は図版と統計が多く、奴隷制のイメージを描くのに最適である。
 Aにもかかわらず、アメリカで盛んな植民地時代の市場経済の起源にかんする論争(クリコフAllan Kulikoff、クラークChristopher Clark、ローテンバーグWinifred B. Rothenberg、ヘンレッタJames A. Henretta、フリーデンバーグDaniel M. Friedenbergなど)や、イースタリンRichard Easterlinらによる人口変化、とくに出生率の変動にかんする仕事などはわが国の経済史研究にはほとんど参看されていない。
 C労働史では、黒川勝利、松田裕之、大塚秀之らが、それぞれの問題関心から研究を深めているが、論点の相互浸透が希薄なのが惜しまれる。黒川勝利『企業社会とアメリカ労働者:1900〜1920年』御茶の水書房、1988年.松田裕之『アメリカ労使関係の基本問題:歴史的視座からの分析』松商学園短期大学、1993年.大塚秀之『現代アメリカ合衆国論』兵庫部落問題研究所、1992年.
 D労働史と並んでアメリカ経済史研究の大きな中心だった黒人史には、竹中興慈、樋口映美、そして夭逝した辻内鏡人らの若い研究者が社会経済史との接点を探りつつある。竹中興慈『シカゴ黒人ゲトー成立の社会史』明石書店、1995年。樋口映美『アメリカ黒人と北部産業』彩流社、1997年。辻内鏡人、『アメリカの奴隷制と自由主義』東京大学出版会、1997年。ただ、南部経済史や黒人奴隷制度をめぐるアメリカでの大論争に参画しようとする意欲を持った研究者はほとんどいない。19世紀アメリカ経済史を研究しようとする場合、翻訳だがウィリアム・W・フォーゲル、スタンリー・L・エンガマン著、田口芳弘ほか訳『苦難のとき:アメリカ・ニグロ奴隷制の経済学』(創文社、1981年)をまずは読む必要がある。
 E経済史の中身を従来型の資本家、資本、大工業、生産そして供給サイド重視から、消費、消費者、購買力、流通、そして需要サイド重視に転換しようとの試みも一定の成果を収めつつある。加勢田博、そして秋元らの仕事がここに位置づけられよう。加勢田博『北米運河史研究』関西大学出版部、1993年.秋元英一『ニューディールとアメリカ資本主義:民衆運動史の観点から』東京大学出版会、1989年.
 F金融史への関心も、日本の長い不況のせいか、再び高まりつつある。また、久しく新しい業績のなかったアメリカの対外投資について、土井修の厚い2冊本が出た。須藤功『アメリカ巨大企業体制の成立と銀行:連邦準備制度の成立と展開』(名古屋大学出版会、1997年)。土井修『米国資本のラテンアメリカ進出:1897〜1932年』(御茶の水書房、1999年)。土井『米国石油産業再編成と対外進出:1899〜1932年』(御茶の水書房、2000年)。金融史方面では、小林真之『株式恐慌とアメリカ証券市場:両大戦間期の「バブル」の発生と崩壊』(北海道大学図書刊行会、1988年)が実証分析に新しい局面を開いた。
 G最近の日本における歴史学の有力な潮流が第二次大戦戦時体制の見直しであるが、アメリカ研究でも河村哲二らのこれにならう動きが出ている。河村哲二『パックス・アメリカーナの形成:アメリカ「戦時経済システム」の分析』(東洋経済新報社、1995年);河村『第二次大戦期アメリカ戦時経済の研究』(御茶の水書房、1998年)。
 Hアルフレッド・チャンドラーによる経営史の立場からの各国資本主義の類型構成の試みが翻訳のおかげもあり、よく知られているが、経済史が経営史に吸収されるのでなく、自己主張するには、いったい企業史以外にどのような要素が必要かを考える時でもあろう。アメリカ人自身による最近の研究史整理の見本としてロコフ(Hugh Rockoff, "History and Economics," in Social Science History 15-2 (1991), 239-264.)をあげておく。広い意味で経営史に入る、テクノロジーや大量生産のメカニズムを探った研究もここに含まれる。アルフレッド・D.チャンドラー、Jr.著、安部悦生ほか訳『スケール・アンド・スコープ:経営力発展の国際比較』(有斐閣、1993年)。フォード社の大量生産、大量販売方式を1つの到達点と見る研究として、デーヴィッド・A・ハウンシェル著、和田一夫ほか訳『アメリカン・システムから大量生産へ:1800-1932年』名古屋大学出版会、1998年。関連する文献としては、森杲『アメリカ職人の仕事史』(中公新書、1996年)がある。山口一臣『アメリカ電気通信産業発展史:ベル・システムの形成と解体過程』同文館、1994年.最近年の良書は、クロード・S.フィッシャー著、吉見俊哉・松田美佐・片岡みい子訳『電話するアメリカ: テレフォンネットワークの社会史』(2000年、NTT出版)。
 I環境や自然保護の歴史の経済学的研究の分野は、テーマ自体が新しいせいもあり、本格的研究がなく、西部史研究の岡田泰男や農業史研究者、あるいはインディアン史研究者からの発言があるのみである。今後多くの若手研究者が参入してくれることを望みたい。岡島成行『アメリカの環境保護運動』(岩波新書、1990年)。久保文明『現代アメリカ政治と公共利益:環境保護をめぐる政治過程』(東京大学出版会、1997年)。岡田泰男『フロンティアと開拓者:アメリカ西漸運動の研究』(東京大学出版会、1994年).
 Jアメリカで非常に盛んな女性史は日本ではまだまだである。翻訳や概説が中心である。有賀夏紀『アメリカ・フェミニズムの社会史』(1988年、勁草書房)。サラ・M・エヴァンズ著、小檜山ルイほか訳『アメリカの女性の歴史:自由のために生まれて』(明石書店、1997年)。リンダ・K・カーバー、ジェーン・シェロン・ドゥハート編著、有賀夏紀ほか編訳『ウィメンズアメリカ:資料編』(2000年、ドメス出版)。Claudia Goldin, Understanding the Gender Gap: An Economic History of American Women (Oxford University Press, 1992)のような、労働の側面から女性史を照射しようとする試みはない。
 J情報・知識産業の時代、ネットワークの時代と言われる現在、それらの歴史的位置づけに必要な地味な産業史や、それらをめぐる経済政策史の再吟味などの作業はこれからである。土志田征一ほか編『ネットワーク資本主義:アメリカ「強さ」の研究』(日本経済新聞社、2000年)。
 K経済史の概説にいくつかの試みがある。数量経済史を含めたアメリカ本国の経済史研究の成果を手っ取り早く見るには秋元の、そして小さな政府論のメッセージには浅羽の書物が役に立つ。最近、岡田泰男がテーマ別の経済史読本とも言うべき書物を出版した。秋元英一『アメリカ経済の歴史、1492-1993年』東京大学出版会、1995年。浅羽良昌『アメリカ経済の興亡200年』東洋経済新報社、1996年。岡田泰男『アメリカ経済史』(慶應義塾大学出版会、2000年)。

3.新しい書物および補遺

 概説、およびそれに関連した分野では、まずアメリカ史では、歴史学研究会が編纂した南北アメリカの歴史5巻(『南北アメリカの500年』青木書店、T、「他者」との遭遇;U、近代化の分かれ道;V、19世紀民衆の世界;W、危機と改革;X、統合と自立.1992-93年)は、カナダからラテンアメリカまでの各地域の発展を同時代的に俯瞰する試みとして、今なお、類書にない価値をもつ。最近の複数の著者によるアメリカ史として、野村達朗編『アメリカ合衆国の歴史』(ミネルヴァ書房、1998年)。アメリカの複数の学者による共著の教科書としては、メアリ・ベス・ノートンほか著、本田創造監修、『アメリカの歴史』6巻がある。いずれも比較的読みやすく、研究史の面でも比較的新しい成果が盛り込まれている。(第1巻、新世界への挑戦;第2巻、合衆国の発展;第3巻、南北戦争から20世紀へ;第4巻、アメリカ社会と第一次世界大戦;第5巻、大恐慌から超大国へ;第6巻、冷戦体制から21世紀へ。三省堂、1996年)。数ある概説の中では、紀平英作『パクス・アメリカーナへの道』(山川出版社、1996年)が、戦後世界の成り立ちを解説していることと、学問的レベルでも秀逸である。
 両大戦間期の経済史ではどうか。学士院賞を授与された侘美光彦の分厚い力作『世界大恐慌』(御茶の水書房、1996年)がまず1人、あるいは研究史の積み重ね、を反映したものとしても一読の価値がある。ほかには、秋元英一『世界大恐慌』(講談社、選書メチエ、1999年)が歴史的位置づけと読みやすさの点で評価を受けた。なお、絶版になっていた翻訳書、J・K・ガルブレイス著、牧野昇監訳『ガルブレイスの大恐慌』(徳間文庫、1998年)が安価で読めるのが喜ばしい。G.トマス著、M.モーガン=ウィッツ著、常盤新平訳『ウォール街の崩壊:ドキュメント世界恐慌・1929年』(講談社学術文庫、1998年)も、ドキュメントとして読みやすい。古い書物では、マイケル・バーンステイン著、益戸欽也ほか訳『アメリカ大不況』(サイマル出版会、1991年)、および、ピーター・テミン著、猪木武徳訳『大恐慌の教訓』(東洋経済新報社、1994年)の2冊は欠かせない。ちなみに、バーンステインは、2000年に、テミンは1999年に日本を訪れた。経済史ではないが、上杉忍『二次大戦下のアメリカ』(講談社、選書メチエ、2001年)は時代状況を知るのに役立つ。
 最近の世界経済の新しい動向をグローバリゼーションと捉える見地からの書物としては、秋元英一編『グローバリゼーションと国民経済の選択』(東京大学出版会、2001年)をまずあげたい。本書は千葉大学のスタッフを中心に編まれたものとしても貴重である。アメリカの経済学史は長いこと標準的なテキストがなかったが、田中敏弘編『アメリカ人の経済思想』(日本経済評論社、1999年)はとにかく読むべき書物である。アメリカといえば、代表的な、しかしやや特異な経済学者はヴェブレンだが、近年、新しい翻訳書が2冊、刊行されている。とくに、高哲男訳『有閑階級の理論』(筑摩書房、1998年)は小原敬士訳、岩波文庫の絶版書を引き継ぐものである。ちくま学芸文庫、1300円と安価なので、多くの学生諸君が読むことを期待したい。もう1冊は、通常のハードカバーで、松尾博訳『ヴェブレン経済的文明論』(ミネルヴァ書房、1997年)である。解説書としては、宇沢弘文『ヴェブレン』(岩波書店、2000年)が新しいが、きちんと完結した書物の印象はない。ヴェブレンについて書かれているのは、エピソードを含めて前半部分であり、後半は関連しないことはないが、別のトピックである。
 少し値は張るが、アメリカ西部史の第一人者、ナッシュの20世紀西部史が翻訳された。G・D・ナッシュ、朝日由紀子訳『20世紀のアメリカ西部』(玉川大学出版部、1999年)である。革新主義時代から、第一次大戦、1920年代、大恐慌、ニューディール、第二次大戦下、戦後は1960年代まで忠実に西部の歴史がたどられている。本書の中心は経済史である。経済史では、19世紀について、長く数量経済史の中心だった同志社大学の経済史家による『アメリカ経済発展の数量史的分析(上)』(田口芳弘・澁谷昭彦共著、晃洋書房、2000年)が異彩をはなつ。ただし、南北戦争までである。伝統的な観点からの経済史は、折原卓美『19世紀アメリカの法と経済』(慶應義塾大学出版会、1999年)だが、この書物は土地や公有地政策、水利権といった領域にトピックが特定されており、そういう意味でユニークな試みではある。和田光弘『紫煙と帝国:アメリカ南部タバコ植民地の社会と経済』(名古屋大学出版会、2000年)は、植民地時代のアパーサウス地域社会の様子を知るのに役立つ。
 アメリカ経済史界の重鎮、楠井敏朗は若い学者の奮起を期待するかのように、相次いで3冊の書物を刊行した。楠井敏朗『法人資本主義の成立』(日本経済評論社、1994年);同『アメリカ資本主義の発展構造・T:南北戦争前期のアメリカ経済』(日本経済評論社、1997年);同『アメリカ資本主義の発展構造・U:法人資本主義の成立・展開・変質』(日本経済評論社、1997年)。もともとは19世紀研究が専門だった楠井が20世紀アメリカ経済史に与えた規定は、「法人資本主義」(corporate capitalism)である。これについて楠井は異なる箇所で異なる定義を与えているが、「労・使・公三者の利益調和・協調の考え方」でもある。この点、革新主義の理念とも絡まって、活発な論戦を期待したい。
 アメリカにおける最近の研究で目立ったものは、まず、ケンブリッジ版アメリカ経済史が完結したことである。第1巻が1996年に刊行されてから、しばらく間が空いたが、2000年になって、第2巻と第3巻が相次いで刊行された。編者はエンガマンとゴールマンだが、ゴールマンは1998年11月に癌で他界した。エンガマンによれば、ゴールマンも死ぬ前に自分の担当箇所(2巻の19世紀の経済成長を扱った第1章)を寄稿していた。第1巻が植民地時代に限定されており、481ページだが、第2巻、長い19世紀は1021ページ、第3巻、20世紀は1190ページである。いずれも、総論、分配、人口、労働力、農業、技術、輸送、金融、対外関係、政府、法律などに分かれているほか、大恐慌や奴隷制については、トピックについての章がある。日本でもアメリカ経済史研究をめざす学生の最初のテキストになるだろうし、最も多く引用される本になるのではないか。Stanley L. Engerman & Robert E. Gallman, eds., The Cambridge Economic History of the United States, Vol. I (The Colonial Era)(Cambridge University Press, 1996); Vol. II (The Long Nineteenth Century)(Cambridge University Press, 2000); Vol. III (The Twentieth Century)(Cambridge University Press, 2000).
 終わりに、経済史全般のテキストについて簡単にふれておこう。まず、大塚久雄の著作が文庫になって、出版を継続されている。いずれも味読すべき書物だ。『国民経済』(講談社学術文庫、1994年);『近代欧州経済史入門』(講談社学術文庫、1996年)『共同体の基礎理論』(岩波現代文庫、2000年);『欧州経済史』(岩波現代文庫、2000年)。また、不朽の名著の翻訳、マックス・ヴェーバー著、大塚久雄訳『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(岩波文庫、1992年)。西洋経済史分野では、伝統的な手法によるものとして、石坂昭雄ほか編『西洋経済史』(有斐閣、1985年)。店頭に置かれず、注文で入手するしかない、楠井敏朗他編『エレメンタル西洋経済史』(英創社、1995年)。比較的新しい研究を取り入れて、20世紀まで叙述した、岡田泰男編『西洋経済史』(八千代出版、1996年)。イギリス経済史の通史としては貴重な、湯沢威編『イギリス経済史』(有斐閣、1996年)。ヨーロッパ経済史は、多くの書物が覇を競い合っているが、なお定番が見つからない。経済学史的な本が多いのも特徴である。これについては、古内、雨宮両氏にゆだねたい。


----千葉大学 『経済研究』第16巻第1号(2001年6月刊)より。



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