☆ 星くずの”たわごと” 10 ☆   更新日: 2019年12月30日

** 人間の体を作っている原子はずっと昔に爆発した古い星の内奥部で作られた。その意味で人間は星くずからできているといえる。 **
** 人間の体を作っている原子は原子核とその周りをまわる電子からできているが、その間はとても広く、何もない真空といえる。 ****

                                                  
To Next Page
                                                   
o Prev Page
                                                   
To BackNumber 
                                                   To Top Page
   

☆ 2019年12月30日 : 山中湖の雪にビックリ!

 久しぶりに山中湖に入ってビックリ!いつ降ったのでしょうか?庭は雪で真っ白でした。積雪は、もうだいぶ溶けたようで、5cm位でした。着いて早速、通路つくりの作業を強いられました。でも、久しぶりの雪景色きれいですね。

 ところが、雪だけでなく、庭の木々が被害を受けました。ダンコウバイとフジザクラ、それにカツラの木まで、大きな枝が折れていました。雪の重みが原因のように思われないので、きっと強風で折られたようです。いつそんな強風が吹いたのでしょうね。

 道志の道(国道413号線)がようやく開通しました(いつ開通したのかはわかりませんが)。それに、以前から工事していた新しいトンネル(崩落現場の近くです)がようやく通れるようになっていました。これからは、前のように圏央道相模原経由で山中湖を往来できます。ほっとしました。

 本年もご購読ありがとうございました。皆様もよいお年をお迎えください。
 
熱海港の朝 雪のキャビン


☆ 2019年12月23日 : 東京芸術劇場でベートーヴェン交響曲第九番の演奏会

 いよいよ年末が近づいてきましたね。皆さん、大掃除などで忙しいですか?我が家は、東京も山中湖も掃除(ガラス拭きがが中心)は終わりました。後は新年を迎えるばかりです。

 21日(土)には、池袋の東京芸術劇場で読売日本交響楽団によるベートヴェンの”交響曲第九番(合唱付き)”の演奏を聴いてきました。指揮はアイヴァー・ボルトン、ソプラノ、メゾ・ソプラノ、テノール、バリトンはそれぞれシルヴィア・シュヴァルツ、池田香織、小堀勇介、トーマス・オリーマンスでした。合唱は新国立劇場合唱団の皆さんでした。もちろん、演奏は素晴らしく、久しぶりに感動しました。

 パスポートの書き換え申請をしました。来年も海外旅行に行けるといいのですが。最近は体が言うことを聞かないので不安が募ります。 
水彩画108:イスタンブールのモスク街 水彩画109:ティッシュ箱と燃料缶


☆ 2019年12月15日 : 冬枯れの庭、ちょっと寂しいですね

 山中湖の木々は葉をすっかり落とし、冬の景色となりました。朝晩はマイナス数度ほどになりますが、晴れれば日中は結構暖かく?感じます。久しぶりに、残り少なくなった薪用の木々をマサカリで割りました。木は庭の木を切ったもので、ほかに薪用材の補充の見通しが立っていません。後2、3年で薪ストーブも店じまいになりそうです。庭の枯れ枝などの焼却もやったので、庭はだいぶきれいに片付きました。もう屋外の作業は終わりです。


 
すっかり落葉した庭の冬景色


☆ 2019年12月09日 : 清瀬市でのロイヤルオペラハウス弦楽合奏団の演奏会

 今年の秋は、刑部コンサートがなくなって寂しい秋となってしまいましたが、久しぶりに、清瀬市のけやきホールで開かれた弦楽合奏を聴きに行ってきました。演奏は、イギリスのロイヤルオペラハウス弦楽合奏団です。こんな立派な楽団が清瀬の市民ホールで演奏してくれるということ、更にはヴィヴァルディの”四季”全曲を演奏するということで、3か月程前に予約しました。

 曲目は、”四季”のほかにも、マネスの”タイスの瞑想曲”、チャイコフスキーの”弦楽セレナーデ ハ長調より”などです。メンバーは、コンサートマスターのヴァスコ・ヴァシレフを中心に、ヴァイオリン7名、ヴィオラ2名、チェロ2名、コントラバス1名、チェンバロ1名です。合奏とは言うものの、実質はコンマスの独演会のようで、まわりは引き立て役のような感じでした。それほど、コンマスのヴァイオリン演奏は、素人目に見ても素晴らしいもので、本当に感激してしまいました。地方の田舎都市?にも、こういう音楽家たちが時々来てくれるとよいのですが・・・


 
油彩画04:グラスとスプーン 水彩画107:赤と黄色のリンゴ


☆ 2019年12月01日 : 山中湖はもう雪が降る季節になりました

 突然の寒さ?にちょっとびっくり。山中湖は、28日(金)の夕方に少し雪が降ったようですが、積雪はほとんどありませんでした。それでも、一気に寒さがやってきたようで、放射冷却もあって、朝方はマイナス6度まで下がりました。まだ体が慣れていないので、とても寒く感じました。

 朝窓から西の方を覗いたら、紅富士が見えました。あわてて外に出て写真を撮りましたが、カラマツに邪魔されてうまく撮れませんでした。
紅富士(11月30日) 薪棚の屋根の修理 来春のための土起こし完了

 薪小屋を製作してから12、3年経ち、風雪のためにだいぶ痛んできたので、小屋の屋根(波板)の部分を補修しました。全面的に屋根を取り換えるのがベストですが、その気力もないので、割れたり、穴が開いているところを付焼刃的に修理するにとどめました。何とか雨漏りはしのげるでしょう。

 来春の野菜栽培のための畑の土起こしが終わりました。もう土も一部凍り始めていました。最近は鍬を持つのも億劫ですが、来春の収穫の喜びを味わいたくて、老体にムチをうって頑張りました。来年は豊穣の年となりますように。


☆ 2019年11月25日 : 台風19号の被害の真の原因は?

 週末は雨に降られたため、1泊で東京に戻りました。雨が少し止んだとき畑の土起こしをやりましたが、すぐに雨が降り出し、やむを得ず途中までとなりました。朝起きて北側の窓を開けてみると、シカ軍団(1ダース)が我が家の庭や道路、向かいの空き地などをうろ走ってどこかへ行ってしまいました。驚いたなー!びっくりです!

 10月12日(土)に関東に上陸した台風19号は各地に大被害をもたらしました。あのような中小の河川を含めて多くの河川が氾濫を起こしたのは、私の経験では初めてのような気がします。マスコミ等は被害の原因を堤防等のインフラや気象変動の問題にしているようですが、本当なのかどうか私にはよくわかりません。

 ちょうど今、終活の一環で読んでいる”ダムと日本”(天野礼子著、岩波新書)の中で、日本の建設省(現在の国土交通省)の河川行政の問題を取り扱っている部分がありました。そこでは、今でも続く建設族議員、建設省、建設会社という”政・官・財”(私は”学”も含めるべきと思いますが)癒着腐敗のシステムについて述べていました。そして、官側の河川工学者(高橋裕)が書いた小冊子(”にほんのかわ”(1996.1)の内容を紹介していました。ちょっと気になったので、少し長くなりますが紹介します。
水彩画105:花1 水彩画106:花2

「   川の声 −− 河川法公布から百年
 1896年(明治29年)4月8日の河川法公布から今年で満百年になる。わが国の河川事業の近代化は、1872年(明治5年)、オランダからファン・ドールンを招いたころから始まっていたが、日本政府の独自の政策のもと、全国的視野で河川事業が開始されたのは、河川法公布からとするのが区切りが良いであろう。百年前のこの年、日清戦争勝利の翌年でホットしていたとはいえ、三国干渉のあとロシアの脅威をヒシヒシと感じていたころである。明治28年にはコレラが大流行し死者は4万人を超えている。三陸大津波で死者2万7千人に及んだのが、河川法公布の2か月後の明治29年6月15日のことだ。まだまだ内外情勢不安定なころである。」

「 しかし、河川法制定によって国家的に重要とされた河川が次々と内務省直轄となり、雄渾な大治水事業が展開されていく。河川法公布の年にまず、淀川と筑後川が、次いで1900年(明治33年)には利根川下流、庄川、九頭竜川が直轄河川となった。このころ全国の河川に大水害が連発し、特に1910年には全国的規模の水害発生によって政府は臨時治水調査会を設けて抜本的治水対策が定められた。具体的には利根川、信濃川、木曽川などの重要河川の大規模改修を18年間に完成させようとするものであった。こうして明治後半から昭和初期にかけて重要河川の平野部に連続高堤防が築かれたのである。大洪水は反乱に任せつつ、被害を最小限にしようとしてきたアジアモンスーン地域において、この遠大な治水方式は築堤や浚渫などによる河川事業によって大洪水に対抗しようとする乾坤一擲ともいうべき雄大な企画であった。」

「 ところで、わが国では何十という重要河川のほとんどに連続高堤防方式を推進した結果、かつて数年に1回は広大な沖積平野へと氾濫していた洪水を、河道にほとんど封じ込めることに成功した。したがって中下流部流域の沖積平野の土地利用度は高まり、それによりコメの生産は向上し、人身安定への貢献も大きかった。」
 
「 しかし、自然は決して甘くはなかった。1945年の第2次世界大戦終了後の約15年間、日本のほとんどの重要河川の堤防は次々と破れ、毎年のように水魔が全国土を襲った。ほとんど毎年水害によって千人を超す犠牲者が生じたこの15年間は、長い日本水害史においても悪夢の期間ということができる。水害連発の第1次の原因は、運悪くも、敗戦後の悪条件の上に、まれに見る大型台風や梅雨末期の豪雨が毎年のようにわが国土を襲ったためである。しかし、構造的要因としては河川流域の豪雨時の水循環が変化していたからである。明治以降の流域の旺盛な開発と、それを支援した雄大な連続大堤防による治水事業によって、豪雨時の流れは逸早く河道へ到達し、その流れは、以前の洪水時よりもはるかに早く海へ向かって突進することとなった。そもそも河川法以後の治水戦略は、洪水を一刻も早く海へ突き出すことを目標としていたのである。したがって、洪水の流れは集中的に下流へと達するため、中下流部の洪水流量は、以前の同程度の豪雨時よりもずっと大きくなってしまった。予期せぬ巨大流量に堤防は堪えきれず次々と破堤したのである。その後の高度成長期の新型都市水害の頻発は、河川法公布の1896年から伊勢湾台風の1959年までの日本の河川と水害の歴史の都市河川における縮小版である。」

「 河川法から百年目の今年、われわれはこの一世紀に日本の河川とその流域に展開された治水と水害の因果関係を、長い時間間隔で冷静に省みる機会としたい。それを踏まえ、これから百年先を目ざして、日本の河川の在り方を考えようではないか。日本の河川にとって、この100年はいかにも多難にして波乱万丈であった。百年前、豪雨時の反乱は都市であろうと農村であろうと日常茶飯事であった。東京は大雨の度にどこの道路も泥濘(ぬかるみ)になった。今日何千人も一度に亡くなる大水害はほとんど無くなったようだ。しかし、1912年高野辰之が作詞した、”春の小川”の渋谷の河骨川は暗渠となって久しく、そのころを偲ぶことは不可能である。かつて広重の画いた目黒河は、川べりの桜に美女が散策している。現在の東横線中目黒駅に流れるこの川を見ると、川と住民の平時の関係がどうしてかくも退歩したのかを考えたい。」

 以上ですが、私は”河川事業”などの知識がほとんどないので、日本の建設官僚による”河川、治水事業(および林野事業)”を評価する能力はありません。しかし、何か示唆のある文章のように思えましたので紹介しました。それにしても、”有識?者”やマスコミは、今回の災害を日本の官僚(最近の官僚はもうひどいですね)や公共事業の在り方などを含めてもっと掘り下げて分析してほしいものですね。


☆ 2019年11月19日 : 滋賀の紅葉名所を見て廻りました

紅葉(常楽寺) 紅葉(近江八幡) 紅葉(百済(ひゃくさい)寺) 紅葉(金剛輪寺)

 先週末、紅葉を求めて滋賀へのツアーに参加してきました。今年は紅葉にはちょっと早いかなとも思ったのですが、絶好の天候(毎日が快晴)ともみじ日和に恵まれました。行先を列挙します。鶏足寺、琵琶湖バレイ(スキー場)、石山寺、常楽寺、長寿寺、日吉大社、比叡山延暦寺、教林坊、近江八幡(市街)、百済寺、金剛輪寺、永源寺でした。紅葉はとてもきれいでしたが、私には人工の寺社林の紅葉はちょっと引っかかってしまいます。山の紅葉を歩いて観る方が好きです。でももう山歩きはできませんが・・・。


☆ 2019年11月11日 : ようやく色づいてきましたが、イマイチですね

 山中湖の紅葉はようやく色づいてきましたが、まだ緑の木々が目立ちます。どうも今年は芳しくありませんね。

 箱根をドライブしてきましたが、道路があちこちで寸断されていたり、片側一方通行規制がありました。ただし迂回路があり、元箱根から御殿場までは何とか通じていましたので、実質的な影響はありませんでした。温泉が通じていないところがまだ何か所かあるようでしたが、私の泊まったホテルは問題ありませんでした。

 山中湖からの帰りは大菩薩道路を通ってきましたが、こちらも台風による影響はありませんでした(一部不通箇所があるようでしたが)。途中の紅葉がきれいでした。

山中湖夕日の渚の紅葉 ログキャビンとナツツバキの紅葉

 現在、”終活”の一環として昔買った本を読みあさっていますが、最近田部井淳子の”山を楽しむ(岩波新書)”を読んでいたところ、昔私が泊まったカナダの”シャドウレイク”という山小屋の話が出ていました。私は2001年の夏にその山小屋を訪れ(=>”わんだふるカナディアンロッキーズ”)、そこに3泊し、周りのトレイルのウォーキングを楽しみ、とても素晴らしい体験をしたので、懐かしく思った次第です。彼女が書いた”すばらしい山小屋”とい節の一部を紹介します。

 「(前略) マウント・ボール、イザベラ山、ハイダック山が眺められる森と草原と湖に囲まれたシャドウレイクの小屋は二人用のキャビン12棟、食堂、ラウンジ棟と分かれている。食料や燃料などの必需品は週に2、3回馬で運ばれ、帰りにゴミや汚水を回収して町に帰る。小さい子連れの客は頼めばこの馬に乗ってくることもできる。電気、電話はない。あるのは非常用の無線のみ。 風呂もシャワーもない。ただ、ラウンジ棟にはお湯と水の出る蛇口が一か所あり、各人はキャビンにあるやかんや洗面器などを持って自分に必要な分だけ汲む。使った後の汚水はキャビンにある大きなバケツに入れる。歯を磨いたり洗面に使った水などまわりにまき散らしてはいけない。このバケツはスタッフが毎朝回収してフィルター付きのパイプで処理する。 トイレは二か所外にあり、臭いがこもらないように使用しないときはドアを開けておく。し尿は便器の下のタンクの中にある大きなビニール袋にたまるようになっており、一杯になると袋をかえる。たまったものはスタッフが国立公園事務所に連絡するとヘリコプターで回収するという仕組みだ。馬で回収することもあるという。」

 「シャドウレイクのスタッフは若い女性が(大学生のアルバイトを含め)4名だが、実に楽しそうにパンやローストビーフを焼き、きびきびと給仕してくれる。バケツの汚水の運搬も彼女たちがする。しかもこのシャドウレイクを起点にするコッパー山やエジプトレイク、ハイダックピークなど花が一面に咲くいくつものトレイルがある。この時期は残雪があるので、スパッツは必要だが、ピッケルなどはいらない。若いピチピチしたお姉さんたちの料理と環境に配慮した静かなキャビンのランプの生活は最低でも3泊はしたい。私たちが帰る日、シャドウレイクに登ってくるパーティーに出会った以外、誰もいなくて森を独占(ひとりじめ)できた。 こんな山小屋の在り方を日本で実現できないだろうかと考えさせられた。」

 うわー、あの頃はよかったなー!!もう行くことはできないんだよなー!!メソメソ・・・


☆ 2019年11月04日 : 夕日の渚は紅葉まつりには早すぎるようです

棟と
新雪の富士山(きららから) 夕日の渚 緑葉?まつり 薪ストーブ 家の前を闊歩する牡鹿君

 道志のみちは復旧の見通しがたたないようなので、今回は五日市街道から都県境の甲武トンネルを通って上野原に行き、そこから中央道に乗るというコースで山中湖に入りました。初めてのコースでしたが、空いており、走りやすかったです。他方、帰りは県道67号線が仮復旧したということだったので、道志のみちを通って青根から県道67号に入り相模湖に行き、そこから中央道に乗り東京に向かうことができました。県道はまだ3か所ほど片側通行の規制がありましたが、昔通っていた道なので安心して走ることができました。これで中央道の混雑と高料金を避けることができるので、ほっとしました。

 先週末から山中湖の夕日の渚紅葉まつりが始まりましたが、今週末でも紅葉はさっぱりです。湖岸は未だにほとんど緑の葉で、紅葉している木は1割ぐらいでしょうか。暖かいせいか、葉はまだ”光合成”ででんぷんの生産に励んでいるようです。でも朝晩はかなり冷え込み、朝は4度くらいまで下がるようになりましたので、今週から薪ストーブを使い始めました。

 朝6時過ぎに起きて北側の窓を開けると、家内が”牡鹿がいる”と私を呼びました。大きな牡鹿が道路を悠々と闊歩しているではありませんか。驚き!驚き!


☆ 2019年10月28日 : 3週間ぶりの山中湖入りでした

久し振りの庭 リンドウ マムシグサの赤い実 頂いた自然薯(ジネンジョ)

 10月6日以来、3週間振りに山中湖に入りました。台風19号による被害で、道志の道は未だに不通とのことで、早朝に中央道経由で山中湖に向かいました。高速道料金が2倍近くかかり、年金生活者にとってつらいですね。道志の道はいつ開通するか不明で、困ったものです。

 山中湖のログキャビンと庭は、台風による大きな被害はありませんでしたが、カラマツなどの木々の枝が散乱しており、後片付けに時間がかかりそうです。落ち葉が積もる庭は寂しい庭でしたが、リンドウや野菊、マムシグサやガマズミの赤い実が目を和ませてくれました。今度来るときはストーブの火入れですね。

 ログビルダーの松本さん(私のログキャビンを建てた大工さん)から自然薯(じねんじょ)という芋を頂きました。自宅で栽培していたものだそうで、私は初めて見ましたが、とても大きな芋です。早速、来年に我が家の畑で成長するようにと、一部を切り取って畑に埋め込んでみました。実は育て方は全く知りません。どなたか知っていたら教えてください。なお、まだ芋は食していません。

 帰りは中央道が渋滞するとまずいので、2時半に家を出たのですが、すでに大月から小仏トンネルまでが大渋滞となっていました。高い通行料を払っているのに大渋滞とは、納得できません。大渋滞時は提供サービスが劣化しているのですから、料金を半額にすべきではないでしょうか?
 10月21日から3日間、北東北のバス観光ツアーに参加してきました(年老いたため、自力のドライブツアーができません)。岩手、秋田、青森、宮城と駆け足ツアーでしたが、雨に降られず、紅葉も真っ盛りで、結構楽しめました。行ったところはほとんど個人で旅した所でしたが、久しぶりの東北の自然に触れ、感慨深く思いました。東北はよいですね。でもこれが最後の東北かも・・・

岩木山と鶴の舞橋 白神山地・十二湖(青池) 乳頭温泉郷の紅葉


☆ 2019年10月20日 : 安部ちゃんには、いい加減にしてほしいものです

 台風19号は、住んでいる東村山ではほとんど影響がなかったのですが、中央高速道と道志の道(国道413号)がずたずたにやられたようで、週末は山中湖へ行けませんでした。ログキャビンがどうなったか心配です。

 安部の厚顔無恥はあきれるばかりです。これを非難しないマスコミ、国民にもがっかりです。安倍は、10月4日の所信表明演説で次のようなことをのたまったそうです。「世界中に欧米の植民地が広がっていた当時、日本の提案は、各国の強い反対にさらされた」、「日本が掲げた大いなる理想は、世紀を超えて、今、国際人権規約をはじめ国際社会の基本原則になっている。」????これは、戦前の日本が第1次世界大戦の戦後処理を話し合ったパリ講和会議(1919年)で”人種平等”を掲げたことをあげて、語ったようです。

 これに関する記事が”しんぶん赤旗”(2019.10.13)に掲載されていましたので、転載します。
「志位委員長は同日の記者会見で、この演説内容を”厚顔無恥な世界史のわい曲”と厳しく批判しました。安部首相は戦前の日本があたかも植民地主義に反対したかのように描いていますが、この時期に日本は朝鮮半島を植民地支配下に置き、中国に侵略の手をのばしていました。首相はこの事実がなかったかのように語っています。」
水彩画104:鍋料理の野菜

 「首相は”国際人権規約”を持ち出しましたが、同規約は第1条で強調しているように民族自決権を最大の特徴としています。この民族自決権を踏みにじって、植民地支配と侵略戦争を進めていたのが日本です。志位氏は”都合のよい部分を切り出し、都合の悪い部分は隠す。黒を白と言いくるめる議論だ”、”政権の歴史に対する無知と傲慢と無反省が現われている”と指摘しました。首相の演説に韓国の大手紙、朝鮮日報(5日付電子版)は”日本の植民地支配の歴史を全否定する深刻な歴史わい曲だ”と批判しました。」

 ああ、情けないですね!一国の首相がこのような能天気な発言をし、それが黙認?されています。それが日本の実態です。


☆ 2019年10月14日 : 台風一過、寒くなりましたね

 台風19号は如何でしたか?私は、週末は東京に滞在していたので被害はまったくありませんでした。山中湖のキャビンが少し心配なので、今週末に確認に行ってみようと思っています。それにしても、政府の”国土強靭化”はどうなっているのでしょう?防衛費を削減して強靭化に努めてほしいものです。

 水彩画は、昨年訪れた北イタリアのドロミテ山塊にあるサンタマッダレーナ村を描いたものです。左の絵は、訪れたときに撮った写真を見て描きました。雪と岩のドロミテ山塊をバックにした緑に囲まれた小さな村がとてもきれいで、感動しました。他方、右の絵は、偶然我が家のカレンダーにあった写真(アングルが全く同じですが、季節は晩秋のようです)を見て描いたものです。いかがですか?
水彩画102:北イタリア(ドロミテ)1 水彩画103:北イタリア(ドロミテ)2


☆ 2019年10月07日 : 週末は晴れましたが、夜は冷え込むようになりました

 10月に入って、山中湖は、夜がだいぶ冷え込むようになりました。そろそろストーブの火が恋しくなり始めました。でも、もう少し我慢、我慢。増えすぎたフジザクラの木を伐採したり、垣根のレンギョウのトリミングを行いました。また、作物の保護のためのネットはすべて取り払ったので、庭はだいぶすっきりしてきました。

 ところで、先月23日に開かれた”気候行動サミット”で、スウェーデンのグレタ・トゥンベリさんの演説内容をご存知ですか。朝日新聞では彼女の演説の全文を掲載しなかったようなので(私は確認できませんでした)、一部の発言しか知りませんが、現在の大人への鋭い糾弾だったと思います。でも、どれくらいの大人が、彼女の糾弾を真正面から受け取ったのでしょうか?皆無とは言いませんが、多くの大人はすばらしい演説だと思っても、その後は何もなかったように日常に戻ってしまったのではないでしょうか(私もその一人ですが)。トランプの”明るい素晴らしい未来を楽しみにしている、とても幸せな女の子みたい。”という彼女に対する評価は、世間の多くの人々の声を代弁しているようにも思えてしまいました。

油彩画03:ボウルとビー玉


☆ 2019年09月29日 : 山中湖はすっかり秋になりました

満開のクジャクソウ こちらも満開のシロヨメナ きれいですね、トリカブト  ウリハダカエデの紅葉
 山中湖はすっかり秋になったようです。庭には秋の花が咲いています。クジャクソウは真っ白な花をびっしりと咲かせ、とてもきれいです。シロヨメナも清楚で素敵です。イソギクが大きな白い花を咲かせました。トリカブトもようやく咲き出しました。以前は雑草のように庭のあちこちで咲いていたのですが、今はちょっと勢いがないので心配です。がんばれ。サラシナショウマもまだまだ咲いています。 ウワミズザクラやミズキはもう葉が散り始めています。ウリハダカエデとカジカエデが紅葉してきました。ガマズミに続いてサンショウも赤い小さな実をつけ始めました。

 ホームセンターで電池式チェンソーを買いました。早速庭の木の伐採に使ってみました。ガソリン型に比べ馬力は全然ありませんが、年寄りには軽くて扱いやすく、細い枝を切るには便利です。

 週末はまだそんなに寒くはありませんでしたが、10月になると急に寒くなることが予想されます。薪ストーブの薪、石油ストーブの石油の準備にそろそろ入る予定です。
 
ベニヤマシャクヤクの真っ赤な実


☆ 2019年09月23日 : 1970年当時の大学や教授??

 終活の一環で読んでいる本で、ちょっと気になった文章がありました。書物は岩波新書の「森の自然学校」(稲本正著、1997年)です。本の内容そのものにはあまり興味をひかれなかったのですが、直接本のタイトルとは関係ない、青春時代の悩みや荒廃した大学や教授など、自身の人生を振り返った部分に少し興味をもちました。私もちょっとだけ共感したところもあったので、掲載してみます。

 「私は半分死んでもいいやと思いつつ、旅に出た。田舎の富山に帰るのも嫌だったし、かと言ってまったく知らぬ沖縄や北海道もちょっとと思い、長野周辺を歩いた。正直、かなり神経がまいっていたので、どこをどう歩いたかかも定かでない。たぶん大糸線の青木湖から白馬周辺だったと思う。今から思えばたいした森ではなかったのだが、シラカバの林がやがてナラやクヌギ、そしてヤマザクラなどの林にかわり、たぶんクリの木だと思うが大きな木に出会った。」
水彩画100:音楽バンド 水彩画101:ヴェトナムの街(模写)

 「都会を出て、ひさしぶりの森だったこともあり、また生態系のこともあまり知らなかったので、”これこそ原始の森だ”と思った。そして、その頃、少しかじり始めていたインドのウパニシャッド哲学の中の”梵我一如(ぼんがいちにょ)”という言葉が頭の中をかけめぐった。宇宙や自然の根源である梵と、人間の心の底にある我を一如する、すなわち一体化させる。これだ、と思った。生意気にも”悟りを開けた”とさえ思った。それまで、あれほど悲観的にしか見えなかった世界が、何かほんのり明りがあるように見えだした。」

 「いま思うと、富山の山の中を出た少年が、都会のまんなかで、受験勉強から逃げたくて逃げたくて、心は本の中にひたりこみ、体は孤独にコンクリートジャングルをさまよいつづけ、その結果一種の神経衰弱に陥っていたのだ。それが、子供の頃に味わったのとよく似た森の空気にふれることにより、一気に解き放たれたのだろう。私は、そのとき、森に癒す力があるのを知った。」  (中略)

 「それから私(注、1945年生まれ)は、”梵我一如”を二十一世紀に向け、より科学的な背景を持ちつつ具現化しよう、とだいそれた希望をもって物理を大学(注、立教大学)で学び始めた。ところが2年も浪人をして本ばかり読んでいた自分にとってみると、どの学生も教養がなく考えが幼稚で、下手すれば俗物の集まり、というふうに見えた。特に理科系の学生は文学をほとんど知らない。」私はいちおう、岩波文庫が推薦する100冊ぐらいは、義務感も含めて眼を通していたのだが、そんな人間はむしろ理科系に来てはいけない、という感じすらただよっていた。困ったことに、大学の先生たちも、一部の例外を除き、専門以外に関しては無教養と言ってよかった。私は自分がいだいていた大学像と現実のずれに唖然とした。それでも私は、物理の本質を見きわめてやろうと大学に残った。親の意に反して医者にならなかったので、勘当同然であり、お金が必要なこともあって、大学に勤めながら学ぶという方法を選んだ。教授の中には、私の物理に対する一風変わった熱情を理解する人もいて、かろうじて成績の悪い私を拾ってくれたのだ。」

 「ところが、1969年、私が大学勤務を始めると同時に、学園闘争というのが、遅ればせながら私の大学でも始まった。そこで起きた一部始終を述べるのがここでの趣旨ではないので割愛するが、学生たちの熱情がそれなりにパワフルだったにしろ、逃げまどう多くの教授たちに、私はまたまた唖然としてしまった。また学生たちとも相当まじめで本気につきあったのだが、これまた無責任すぎたり、教条主義そのものだったりで、優秀な人材が卒業してしまうと、またたくまに静かになってしまった。」

 「嵐のあとの静けさは、その嵐と真正面から本気につきあった人間には、いささか過酷だった。いや正直なところ、消耗しきった。死者や精神異常者まで出しながら、得られたものがあまりにも少なかったからだ。またそのころ”ローマ報告書”(別名”成長の限界”)という本が出、環境問題を大きく投げかけていた。闘争のあとの静けさの中で私はそれを読み、その後いくつかの環境問題を調べてみて、特に二酸化炭素の問題は大問題だと思った。そこで、ハワイのアロエワナ天文台のデータなどを見せて、いろいろな先生たちに質問してみたが、 ”地球は大きいんだよ。人類が少しくらい化石資源を使ったからって、そうかんたんに地球に物理的変化が起こることなんてありえないでしょう” というのが、ほとんどの人の見方だった。これにも私はガッカリした。」

 「同時に私は、ほんとうに意義ある物理学者というものは、アインシュタインにしろ、ハイゼンベルグにしろ、シュレーディンガーにしろ、どれも天才であって、それらの天才は25歳ぐらいまでに、ある種のひらめきで大発見の糸口をつかんでいるということも理解した。そして25歳を過ぎた自分は、物理の世界で大きな仕事ができる天才性に欠けていることも理解した。これもショックであった。人間は自分に能力がないことを正直に認めるのには相当勇気がいる。そして、能力がないことを認めながら、前向きで元気に生きるには、やはり何かに癒してもらい、再出発しなければいけない。そんな折、私を癒し、私に再出発をうながしてくれたのは、やはり森であった。森は、単になぐさめてくれるだけでなく、生きることの根本を問いなおし、物理を含めた近代科学がもっている驕りを捨てさせてくれ、人間がもっと自然や地球に謙虚になり、宇宙の哲理にしたがって生きるべきだということを、無理なく悟らせてくれた。私は、森とかかわることにより、新しい人生が開けたと思った。(注、著者は1974年に、飛騨に”オーク・ヴィレッジ”を創設した)」 

 以上ですが、私は最後の悟り?のような部分に賛同しているわけではありません。


☆ 2019年09月16日 : 長期避暑ライフを終了しました

ガマズミの赤い実が満開 風に揺らぐサラシナショウマ ヤマガシュウ(イラクサ科、木本)  根の無いネナシカズラ
 
 7月19日(金)から始めた山中湖”長期避暑ライフ”は、15日(日)をもって終了としました。長期滞在と言っても、東京の病院通い等のため、東京に何度も戻りましたが、それでも山中湖を中心に生活をしたのは初めての体験で、私にとっては新鮮でした。長期滞在での生活は、主に庭の野菜つくりと雑草取りが中心で、例年に比べて時間的ストレスを感じないで作業できたと思っています。また村営プールに8回も通ったのは特筆?すべきことかなとも思っています(村営プールを利用する人はほとんどいないことがわかりました)。富士急のWiFiが無料で使えたのは助かりました。”わんだふる山中湖”のアップロードは富士急で行いました。

 山中湖は、今ではめっきり寒くなりましたが、ガマズミの赤い実が満開でとてもきれいです。サラシナショウマが白い穂を風になびかせて、美しいです。野菜の収穫もそろそろ終わりになってきましたが、小さいながらもカボチャが収穫できました。味はまあまあといったところです。

 先週私が新たに同定できたツル植物の名前を紹介しましたが、上にヤマガシュウ(ユリ科)とネナシカズラ(ヒルガオ科)の写真を掲載しました。見覚えのある方もいらっしゃるのではないでしょうか。ヤマガシュウのトゲは本当に鋭く、見つけただけでぞっとするほどです。ネナシカズラは巻き付いた植物(寄主)に寄生して栄養を吸い取ってしまうので、見つけ次第取り除きました。ツル植物ではないのですが、イラクサ科のムカゴイラクサも、高さは低いのですが、イラクサと同様触れるととても痛くて、痛みが後をひきます。草取りをしていると、イラクサ科のウワバミソウ(別名ミズナ)と間違えて触ってしまい、痛い目に何度も会いました。
収穫したカボチャ 甲府の丸山、銚子塚古墳(説明板) 柿田川湧水群(清水町)

 山中湖の近場にも行って、見聞を広めました。青梅街道を通って、久しぶりに丹波山ののめこいの湯に入りました。甲府の甲府南インターの近くにある山梨県考古博物館に行って、石器、縄文および弥生時代の発掘物を見学しました。また、博物館の裏には、古墳時代の円墳と前方後円墳があり、その古墳に登ってちょっと興奮しました。ついでに、市川三郷のみたまの湯にも入ってきました。赤茶色の湯と甲府盆地の周囲の山々の眺めが最高でした。また箱根、伊豆旅行も楽しみました。昔キャンプを張ったことがある西伊豆のキャンプ地などを訪れ、なつかしく思いました。伊豆半島は、自動車専用道路などが整備されてきており、山道もよくなっているのに驚きました。


☆ 2019年09月08日 : 草取りが進みました

10数株のフジアザミ群落 1株で30数個の花をつけている ツリガネニンジン(ジイソブ) 庭を訪れたシカさん
 
 ログキャビンに長期滞在しているので、庭の整備が進んでいます。草取りはおおむね目途がつきました。茂った木々も伐採を始めました。もう少し頑張らなくっちゃといったところです。今年のフジアザミは素晴らしいので、3回目の写真を掲載しました。庭はフジアザミの群生地のようです。ツリガネニンジン(ジイソブ)が4つも花を咲かせました。いいですね。今回、新しいつる植物を同定することができました。それは、ネナシカズラ(ヒルガオ科)、シオデ(ユリ科、シオデ属)、ヤマガシュウ(木本、ユリ科、シオデ属)の3種です。ネナシカズラは、名前の通り根がなく、寄主にからんで寄生します。シオデはユリ科の草本ですが、ヤマガシュウはユリ科の木本で、ツルを絡めて伸びていきます。その茎はトゲだらけで、見ただけで恐ろしく感じてしまいます。

 2月18日で、シカさん3頭が庭に現れ目撃したたことを報告しましたが、5日に再びシカさん4頭が庭に現れ、草を食んでいるのを目撃しました。うれしいやら、ショックやら、なんとも言えませんね。今回はばっちり写真を撮りました。かわいいですか?

 ちょっと古い話ですが、7月24日に面白い気象現象に出合いました。夜の6時30分ごろ、石割の湯に入るために旭日丘から平野に向かって湖岸道路を走っていたところ、ぶ岳荘付近で突然バケツをひっくり返したような雨が降り始めました。これはやばいと思い、きららの前でUターンして、今来た道を戻りました。ところがところが、先ほどのぶ岳荘の前で突然土砂降りがやみました。あれあれ?こんな急激な天候の変化は初めてです。家に戻っても、曇り空でしたが、雨は全然雨が降る気配もありませんでした(夜中に強い雨が降りましたが)。面白いですね。雨はどんなふうに降っていたのでしょうね。


☆ 2019年09月02日 : 9月に入ってめっきり寒くなってきました

tttt  私は、2、3年前から、終活の一環として、書棚にあるめぼしい本を取り出し、それを読んで、廃棄する作業をしています。現在は植物関連の本を読んでは廃棄しているのですが、今回読み終えたのは、ヘンリー.D.ソローの「森の生活<ウォールデン>、宝島社文庫」です。この本がアメリカで刊行されたのは1854年のことだそうですが、当初はアメリカでもあまり注目されることはなかったそうです。それが、ソローが亡くなって、20世紀に入ってから再発見?され、なぜか評判となったようです。日本では、1960年代後半から1970年代前半のいわゆる大学闘争時代にソローの名が聞かれるようになったようです。私がこの本を初めて手にしたのは恐らく21世紀への変わり目の頃かと思います。

 当時この本を読んだ時は、ソローのウォールデンの森での2年間の生活に興味をもったと思いますが、特別な共感も覚えず、したがって、内容もほとんど忘れてしまいました。そして今回読んだ後では、本当につまらないことが自己本位的に書き綴られているだけで、全然面白くありませんでした。ソローは徹底した個人主義者であり、森の中で自然と対話しながら、気ままな思索を続け、それを文章にまとめることに集中していたにすぎないのではないかと思ってしまいました。何を言いたいのかさっぱりわかりませんでした。どうしてこの本が当時評価されたのかさっぱりわかりません。まあ、私の能力不足で、ソローの”思想”が理解できないのかもしれませんが。
油彩画02:包み
 
 読後、さっそく「森の生活」は処分しました。

 山中湖は9月になってめっきり寒くなってきたようです。夜は布団がないと寒いです。にもかかわらず、私は長期避暑?ライフを9月15日まで延ばすことにしました。ところが、山中湖の村営プールは、8月末で終了となってしまいました。もっと長くやってほしいと思いますが、何せ利用者が少なすぎますね。31日の午後も、私ら夫婦2人と子供4人だけしかいませんでした。これではどうしようもありませんね。私は8月は8回利用しました。成績優秀です。


☆ 2019年08月26日 : 秋の気配の中で夏の花が咲いています

満開のムクゲ 日本一大きいフジアザミ 精一杯咲いていますイワタバコ うつむいた姿のレンゲショウマ
 
 先週も天気はすっきりせず、雲の多い日が続きました。夜中には雨も降り、気温は日中でも25度くらいで、夜はとても寒くなります。過ごしやすいと言えば過ごしやすいのですが、もう夏が終わり秋が近づいているといった感じです。そんな中で、ムクゲが満開となっていて素敵です。庭にはフジアザミが10数株咲いていて、とても豪華です。一つの株で30個以上の花をつけている巨大な株もあります。湿った石の壁に、可憐なイワタバコの花が咲いています。毎年よく咲いてくれます。レンゲショウマが3輪咲きました。こちらもとてもきれいです。

 前回報告した村営プールの休業ですが、今は再開され、泳ぎに行ってきました。とても空いており、1レーンを独占して泳いでいます。何かもったいないですね。21日(火)は、東京へ戻って、池袋東京芸術劇場でクラシック音楽を鑑賞してきました。東京芸術劇場は初めてでしたが、とても素晴らしい音楽ホールでした。演奏は読売交響楽団で、曲目はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲、ドヴォルザークのチェロ協奏曲、そしてチャイコフスキーのピアノ協奏曲でした。もちろん素晴らしい演奏でしたよ!


☆ 2019年08月19日 : 山中湖はもはや秋の気配が??

 14日((水)、15日(木)の2日間、糖尿病と前立腺の検査のために東京へ戻りました。どちらも、現時点では問題はなく、経過観察するとのことでほっとしました。

 12日(月)、村営プールへ行ったところ、機械の故障でプールが使えないとのことでした。この猛暑の時にプールがダウンとは話になりませんね。当方は病気治療のために水泳をやっているので、早く修理してほしいです。

 東京のエアコンがダウンしました。15年間使用していたので止むを得ませんが、最近2、3年の間で、風呂釜、床、水道栓、冷蔵庫、人間などなど、あちこち故障だらけです。

水彩画98:ストックホルム 水彩画99:ベルゲン港 豪勢なフジアザミ
 
 フジアザミが咲き始めました。豪勢で素晴らしいですね。でも、山中湖にはもう秋の気配がするようです。夏は短すぎますね。


☆ 2019年08月12日 : 炎天下の庭で草取り作業をやっています

炎天下の庭 ヒオウギ(一日花)が満開 ヤエザキオオハンゴウソウ 薄紫色のキクの花

 家内の脚の状況ですが、専門病院(国立)の診断結果では、特に異常はないとのことでした。また、今回の脚の症状の原因は不明とのこと。足の状況もだいぶ良くなってきているので、一応ほっとしたところです。少しずつですが、私の制止を振り切って?少しずつ庭の草取りなどを始めています。

 山中湖も炎天下では暑い(29度くらい)のですが、それでも木陰に入ったりして直射日光を避ければとても過ごしやすいです。1日4時間くらいは炎天下で庭の草取り作業をやっていますが、山中湖滞在がゆったりしているので(日数があるので)、庭の整備状況も着々と進んでいます。夏の花もきれいに咲いています。今シーズンは、村のプールを利用しています。25mの7レーンのプールですが、深さがやや浅いです(2レーンは子供専用で、超浅くなっています)。子供の同伴者以外の大人は私くらいで、州2、3回ほど1レーンを占有して1000mほど泳いでいます。山中湖でも糖尿病対策を怠らないよう努めています。

 TV&インターネットなしの生活が3週間ほどたちましたが、新聞をとって読んでいるのでほぼ問題はありません。この調子で8月いっぱい避暑ライフを楽しもうと思っています(毎週東京へ一時的に戻ることになりますが)。


☆ 2019年08月05日 : 長期避暑ライフの予定が・・・(その2)

山中湖報湖祭1 山中湖報湖祭2 ママの森ギャラリー 涼しいデッキでのランチ?
 
 前回報告したように、先週は東京へ戻ったり、山中湖へ行ったりとドタバタ生活となりました。28日(日)は山中湖に滞在し、翌29日(月)には東京へ戻りました。30日(火)、家内が救急で診察を受けた病院へ行き受診しました。脚の経過はだいぶ良くなってきているのですが、ついでだから詳しく調べてもらうために近くの都立医療センターの整形外科への紹介状を書いてもらいました。

 そこの受診が8月1日(木)といことになったので、東京に滞在し、1日(木)に整形外科を受診しました。ところが、その医療センターの医者によると、更に詳しく検査をする必要があるが、当センターにはNMRI設備がないので、他のNMRI設備のある専門病院を紹介するから、そちらで診察を受けてほしいとのことでした。ええっと思ったのですが、どうしようもありません。予約は翌2日(金)の午前になりました。

 東京の夜は暑いし、1日(木)の山中湖は報湖祭の花火大会があるので、えいやっーと午後山中湖に向かいました。ということで、とりあえず山中湖で花火を観ることができましたが、翌2日(金)の早朝再び東京へ向かい、予約した専門病院(国立)に行きました。ところがどっこい、今度はその病院ではNMRI装置はあるにはあるが、混雑しているので外部の検査機関でNMRI検査をやってきてほしいと言われました。またまた、ええっです!!こんなの、たらい回しですよね。まあ、症状は確実に良くなってきており、急ぐということではないので、やむを得ず了解しました(させられました)。結局、NMRI検査は7日(木)で、診察は9日(金)となりました。

 ということで、東京の猛暑を回避すべく、2日(金)の午後には、トンボ帰りで山中湖に戻りました。ようやく週末から山中湖にしばらく滞在しています。山中湖は東京に比べれば涼しくて別世界ですが、朝から晩まで草取りに追われています。最近志村ひさ子さんが開店した「ママの森ギャラリー」を訪れてみました。志村さんの油彩画がたくさん掲げられ、圧倒されました。絵に興味のある方はぜひ立ち寄ってやってください。

 これからも、家内の病院通いと私の病院通い(内分泌科と泌尿器科)それに水彩画のために、毎週山中湖から東京へ通うようになりそうです。”長期避暑ライフ”計画はご破算のようですね!


☆ 2019年07月28日 : 長期避暑ライフの予定が・・・

 先週、「19日(金)より山中湖での長期避暑ライフを開始」と宣言しましたが、1週間ほどで一時ストップとなってしまいました。というのは、24日(水)、病院の診察のために東京へ戻ったのですが、夜になって家内が脚が痛くて、歩行が辛いと言い始めました。それで翌朝に救急車をコールし(別に”救急”である必要はないのですが、一般に大きな病院は紹介状がないとか、予約をしていないと診察を拒否しますので、救急車を利用しました)、近くの医院で診察&CT検査を受けました。医者が言うには特に原因は見つからないが、徐々に治るとのことでした。一応念のため、来週に地域のの大きな病院で診察(整形外科)を受ける予定ですが(紹介状を書いてもらいました)、今のところしばらく様子を見ることにしました。

 ということで、すぐに山中湖に戻る予定をキャンセルし、東京滞在が続いてしまいました。山中湖での新聞配達も止めてもらいました。今日28日(日)、台風が去ったので、山中湖へ戻ったところですが、病院通いが多くなり、またすぐに東京へ戻る予定です。長期避暑ライフはどうなるのでしょう。

水彩画97:山中湖の紅葉


☆ 2019年07月22日 : 初めての長期避暑ライフを始めました

 先週19日(金)より山中湖に入り、長期避暑ライフを始めました。予定では8月末までのおよそ40日間ですが、初めての体験となります(と言っても、病院や水彩画の会などで時々東京へ戻ることになりますが)。新聞は契約しましたが、テレビの無い生活となります。インターネットは富士急か情報館のWiFi設備を使わせてもらいます。最後まで続くかお楽しみを??
 
 ということで、暑い東京へ戻ることも気にせず(今年はまだ暑くないですが)、山中湖の仕事と遊びに励んでいます。20日(土)は富士山研究所の”富士山5合目自然観察会”に参加し、久しぶりにお中道を散策しました。時々小雨の降る中での散策でしたが、風も霧もなく、眼下の景色がよく見える天気で、満足できました。
油彩画01:リンゴ 自転車ロードレース(テスト)
 富士山の5合目より上の荒原の植生(イタドリやカラマツ)が以前に比べて着実に上に向かって進んでいる様子がわかりました。また、雪崩などで富士山の斜面が大きく変わってきているのも観察でき、富士山が変貌しつつあるのに驚きました。

 21日(日)は、オリンピックのテストレースとして、自転車ロードレースがありました。東京の三鷹を出発して、多摩、道志、山中湖、小山の一般道路を通って、富士スピードウェイまでの約190kmのレースですが、山中湖では1時半頃から6時ころまで、湖畔道路や篭坂峠への道などが、定期バスも含めて一切通行止めとなってしまいました。観光業などは大きな痛手ではなかったかと思いますが、お陰で?旭日丘の交差点(富士急のオフィスの広場)でロードレースをゆったりと観ることができました。自転車は早いので、写真を撮っていると、あっという間に自転車は通り過ぎていくので、観戦スポーツとしてはちょっと物足りませんでしたが・・・

 今回より時々油彩画の写真を掲載します。というのも、家内は今まで水彩画をやっていたのですが、最近油彩画に興味を持ち始め、先生に教わりながら油彩画を描き始めました。リンゴの絵はその自慢の?第1作です。如何ですか?是非ご感想をください!


☆ 2019年07月07日 : 蓼科方面のドライブ

 梅雨の合間を縫って、5日(金)、6日(土)の二日間、蓼科方面をドライブしました。行先は、蓼の海、八島が原湿原、車山高原と車山頂、白樺湖、チェルトの森、唐沢鉱泉、下諏訪大社(明宮、春宮)、諏訪湖、上諏訪大社(本宮、前宮)、原村自由農園市場などでした。梅雨の真っ最中で雨に降られるのではないかと恐れていたのですが、幸いにも曇り空で、ほとんど雨に降られることもなく、快適でした。高原一面に咲くニッコウキスゲを見たかったのですが、少し早かったようで、まだつぼみが多かったです。




 
八島が原湿原のニッコウキスゲ


       0.星くずの”たわごと”(Next)
         星くずの”たわごと”(Prev)

         星くずの”たわごと”(Back Number List)
       1.わんだふる山中湖(Top Page)
       
       3.富士山麓トレッキングガイド
       4.山中湖と富士山の写真集