わんだふる カナディアンロッキーズ (5)

  1.プロローグ 
  2.カナダへ向けて出発 : 7月13日(金) 
  3.マウント・ロブソン山麓 : 7月14日(土) 
  4.アイスフィールド・パークウェー : 7月15日(日)  
  5.シャドー・レイクへ : 7月16日(月) 
  6.シャドー・レイク(ボール・パス) : 7月17日(火)
  7.シャドー・レイク(ギボン・パス) : 7月18日(水)
  8.バンフへ : 7月19日(木) 
  9.さよならカナディアン・ロッキーズ : 7月20日(金) 


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6.シャドー・レイク(ボール・パス) : 7月17日(月)

 いよいよシャドー・レイクのトレッキング第1日である。夜中にはかなり雨が降っていたが、朝方にはなんとかやんでくれた。メンバーの一人が、今朝方キャビンの前の草原を熊が歩いているのを見たと話していた。でも、皆あまり本気にしていないようだったが、テントで寝ていたガイドがやってきて、朝方テントの脇を熊が通ったような気がするという話しを聞いて、どうも本当の話しのようだと思った。でも、自分も見たかったなーくらいにしか思わず、これからのトレッキングに危険が及ぶとは誰も思っていない。
 8時にダイニング・キャビンに集合し、朝食をった。その後、それぞれがテーブルの上に並べられた食材を用いて、自分用のランチ・サンドウィッチを作る。日本では、お昼はほとんどおにぎりかカップラーメンを主体にしているので、サンドウィッチを自分で作るのはちょっと面白いと思った。でも、自動販売機の飲み物がないので、水だけでは喉通りが悪いのではないかと思う。
 9時半にキャビンの前に集合した。往復5、6時間くらいの山歩きではあるが、天気がいつ崩れるか分からないので、雨具や防寒具を用意した。ガイドからは、朝の熊の件もあり、熊が出たときの注意を話してくれた。「後ろを向いて逃げないこと」、「全員固まって、熊に向かって大きな声をあげ、人間の方が強いことを見せること」などである。でも、今一つ、日中の登山道に本当に熊が出るとは考えられない。家内は一昨日アイスフィールド・センターで買った鈴を付けたが、効果があるのかは疑わしいものである。

 今日はボール・パス(Ball Path(2210m))までの往復である。天気は回復し、青空が広がってきた。今日はすばらしいハイキングになりそうだ。まず昨日行ったシャドー・レイクまで行き、橋を渡る。しばらく湖岸に沿った林の中の湿地帯の道を歩くが、道は比較的歩きやすい。

 湖を離れると、広い谷間になり、そこを流れるクリークに沿ってゆっくりと登って行く。左前方にハイダック・ピーク(Haiduk Peak(2919m))が大きく見えてくる。谷間は広く、草原とトウヒなどの針葉樹が混在し、まさにカナダの風景といった感じである。日本で言えば、上高地から徳沢まで梓川に沿って歩くといったイメージであろうか(谷はずっと広いが)。針葉樹の林床にはコケが生えており、北八ヶ岳の樹林帯のような感じもする。
Hydack Peak(2919m)とトレイル沿いの草原と森
 登山道の周りには、シャドウ・レイクに来る時に見た花がたくさん咲いている。特にインディアン・ペイントブラシの花が咲き誇っており、美しい。
 出発しておよそ2時間半くらいだろうか、キャンプ場に到着した。
ここでランチである。マウント・ロブソンの時とは違って、太陽のもとでのランチはとてもおいしかった。ただ、ハエが多いのには閉口してしまう。
シャドウ・レイク方面を望む キャンプ場から望む雪渓
 ランチを食べ終わって再出発である。ここで道は2つに分かれる。左の道は、ウィスリング谷(Whistling Valley)に沿って登り、ファラオ・ピーク(Pharaoh Peak(2,711m))をぐるりと回って、エジプト・レイク(Egypt Lake)を通り、シャドウ・レイクへ戻って来る道である。ただし、この場合は途中でキャンプをしなければならなくなる。我々は右の道をボール・パスに向かって登る。道はやや狭くなるが、天気もよく、快適である。
 何よりもたくさんの花が目を楽しませてくれる。ガイドからは、ヒッピー・ヘア(ウェスタン・アネモネ)、グローブ・フラワー、グラウスベリーなどたくさんの花の名前を教わったが、ほとんど覚えることができない。ガイドから、途中に黄色のカタクリが見られるはずと聞いて、本当かなと皆驚いた。実際その美しいカタクリ(左図)を見たときは大感激であった。


 しばらく登ると、正面にイザベラ・ピーク(Isabella Peak(3,093m))が大きく見えてきた。およそ2100mくらいを越えると樹林限界に達する。まわりは茶色の岩山である。左前方にボール・パスが見えてきた。急なガレ場をジグザグと20分ほど登ると、ようやく今日の目的地である峠に到着した。日本での2800m以上の山のイメージである。
Isabera Peak(3,093m) Ball Path(2210m)
 峠はやや広く、針葉樹がまばらに生えており、少し草地もある。その草地にはシマリスがたくさん生息しており、比較的警戒心がなく、人間の近くまでやってくる。
 イザベラ・ピークは雲がかかっていたが、氷河をかかえた姿(左の写真右)がとても美しい(この奥がマウント・ボールになる)。峠の反対側の山々(左の写真左)も遠くまで見ることができた。


 ここで周囲の景色を楽しみながら小休止をしていると、突然雲が広がり、寒くなってきた。気温はおよそ6度くらいにまでなっていた。そのうちに風も出始め、少しだがアラレまでが降り始めた。カナディアン・ロッキーズの山は本当に気まぐれで、変化が激しい。あわててヤッケを着込んで、元来た道を下り始めたが、すぐに風やアラレはやんだのでほっとした。

 皆上機嫌?で1列になって山道を下っているとき、前方が急に止まり、騒ぎ始めた。どうも熊が出たと言っているようである。列の間から坂の下のほうを覗くと、20mくらい先の道の真中に一頭の熊がおり、こちらをじっとうかがっているのが見えた。もちろん皆初めての経験である。全員恐怖で逃げ出したい気持ちであったと思うが、山道は坂で狭く、左側は急斜面の原生林で、右側は大きい岩がごろごろしている沢であり、とても逃げるような場所ではなかった。したがって、朝のガイドの話しを思い出してか、皆で手を挙げて、「ワーワー」となんとも言えない奇声を上げ始めた(右写真)。まわりから見ていたらきっと異様な集団に見えたことであろう。日本では、「熊に遭ったら寝たふりをする」とか言うが、これでは熊を興奮させてしまい、人を襲わせるのではないかと不安に思った。


Kさん提供

 熊もこの大きな声をあげる異様な集団を見て、どうしてよいかわからず、1、2分くらい道の途中でこちらをうかがいながら、うろうろしていた。そして少し横の谷の方に向かったので、皆は熊がそれてくれたと思い、ほっとしたが、熊は何を思ったかすぐに戻り、こちらに向かって1、2歩前に進んできた。当然皆はパニックになって、後ずさりしながら後退しようとしたが(熊には後姿を見せて逃げてはいけない)、やや急な坂のため、滑って尻もちをつくメンバー(含むガイド)もいた。

 だが、熊も再び立ち止まり、どうしようか迷っているようであった。こちらの異様な集団も態勢を立て直し、再び「ワーワー」と奇声をあげはじめる。しばらく互いに見合っていたが、熊もどうも様子がおかしく、ヤバイと感じたのか、先程と同じく谷の方に降り、そこから谷を山道と並行に上に向かって上り始めた。我々の横、大きい岩の間を機敏に走って登って行く姿は、先程の恐怖を忘れさせ、とても美しく、感動的であった。こんな感動的な憧憬はもちろん初めてである。’グリズリー君’ありがとう!!
谷を登るグリズリー Mさん提供

 この後の下山道中は、もちろん熊の話でにぎやかとなった。驚いたこと、怖かったこと、皆で手を挙げ大声を出したこと、滑って転んだこと、熊が去ったときほっとしたこと、熊の写真(それに奇声を挙げるメンバーの顔の写真)を撮ったことなどなどである。熊は、あの凶暴といわれるグリズリー(Glizzry)であり、ガイドによると比較的若い熊(3、4歳くらい?)とのことであった。おそらく、メンバーの一人が早朝ロッジの前の草原で見た熊と同じ熊だったと思われ、その熊が山道沿いにのんびり?と登ってきて、突然人間に出遭ってしまったようである。熊もきっと慌てたに違いない。でも本当に我々を襲ってこなくて、不幸中の幸いであったと思う。それに、落ちついて?適切に我々に指示をしてくれた勇気あるガイドに感謝、感謝である(ちなみに、ガイドは熊を撃退する?スプレーを持っていたが、使うことはなかった)。
 しばらく下ると、草原にいるライチョウの親子(母親と子4羽)を見つけた。ラッキーである。日本では、こんなに標高の低いところでは見られない。慌てる様子もなく、ちょこちょこと森のほうへ歩いて行く姿がかわいらしかったが、先の熊に比べ地味であり、すぐに熊の話題に戻ってしまう。
 さらに下って行き、ほぼ平坦な所に出たところで、破れたペットボトル(水)を道の真中で見つけた。他のパーティ(ガイドを含めて日本人女性5人の別のパーティが我々の後を登っていた)のメンバーがボール・パスへ行く途中で落したペットボトルであり、どうも先の熊が見つけ、破ったようである。ひょっとすると、あの熊はこのペットボトルに釣られて、人間の通る登山道を登ってきたのかもしれない。食べ残しなどの食料を捨てたりするのがいかに危険な行為で、人間の生命にも関わることであるということがよくわかった。
 この後は何事もなく、平坦な道をお喋りをしながら楽しく歩き、ようやく5時ころにキャビンに到着した。
 今日は本当にいろいろな経験をさせてくれたトレッキングであった。もちろん、夕食でも熊との遭遇の話しで持ち切りであった。きっと日本へ帰っても忘れられない思い出になるだろう。夜は10時くらいまでは明るい。食事の頃雨が降り始めたが、まもなくして止んだ。明日の天気が不安である。


                                             2001年8月30日 完


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