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1999年5月
『十一番目の戒律』
ジェフリー・アーチャー、永井淳=訳、新潮文庫

とにかく読ませる事は確か。次のページをめくるのももどかしいくらいに。でも、褒めたいのはこの適度な長さ、というか短さだな。この程度で上下2巻も引っ張られたら怒るかも(そういうのも多いが)。

スナイパー、暗殺者ものなら『極大射程』のスティーヴン・ハンターの方がずっと上。ロシアの右傾化にしろ、CIAによる情報支配にしろ、ロシアマフィアにしろ、ヴェトナム経験にしろ、どうもどこかで見たような既視感が漂う。しかも私は途中でWOWOWで「ジャッカル」なんか見たもんだからこんがらかってしまった。

第一の不満は登場人物のキャラクターが平面的なことだ。ヴェトナム帰りの特殊工作員で、しかも暗殺屋なのに精神的陰影がまったくない脳天気さ。大統領を善玉に、CIA長官をヒールにするやり口のナイーブさ、というか単純さ。第二に、結局憎い敵をやっつけるカタルシスが訪れないこと。第三に、健康な恋愛しか登場しないアホらしさ。いや、不倫とか不和を出せばいいってもんじゃないが。

ということで、物語に深みも味わいもないんだな。語り口はうまいけどもね。唯一の救いはアイリッシュ趣味だけ(ただし、私が個人的に凝っているだけだが)。さて、イェイツの詩集でも買いに出かけるか。

『われ笑う、ゆえにわれあり』
土屋賢二、文春文庫

ウワサの哲学者による抱腹絶倒エッセイがついに文庫化、って実は相次いで2冊も出たのであった。別にケチで文庫を待っていたわけではなくって、こういう軽いエッセイは新刊時以外では、あっという間に店頭から消え去るので買えないのだ。

というわけで、元哲学科の血は騒ぐ。笑いと哲学は実はけっこう関係があって、ベルグソンはもちろん、梅原猛も笑いをテーマにしようと寄席通いをしていた時期があったのだ。学科内ではヘーゲルやキルケゴールをネタにした専門ジョーク(要するに業界ネタね)が流行ったりしていたし。

さて、どれどれ、と。おやおや。なるほど。あれ、終わり?

というわけで、まったく爆笑することもなく読み終わってしまった。ま、クスっとくらいはしたけど。どうも私はまじめに読んでしまったらしい。たとえば会議のお知らせを読まなかったことにしてくれ、と助手と問答する章は、そのまま教材として使えるくらい認識論・存在論・懐疑論の枠組みと現実との乖離を表している。

ええ、そうですとも、私は目の前にあるコップが実在することをどう論証するかで延々議論して結局徹夜した恥ずかしい過去がありますとも。ちなみに、しりとりで徹夜したこともありますとも。


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