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1997年12月
『合衆国崩壊』1・2・3・4
トム・クランシー、田村源二=訳、新潮文庫

ジャック・ライアンが青天の霹靂で大統領になっちゃった前作『日米開戦』のそのまま続編。ものすごく長い。なにしろ1・2・3・4の合計4巻。タイトルといい、この長さといい、設定の安易さといい、どうもいやな予感がしたのです。そして、予想はやっぱり当たってしまった......

それでも、ストーリーは楽しめるものに仕上がっています。でも、手触りのリアリティというか、細部まで行き届いた人物造形とかには欠ける。ここまで長くしても、人間ドラマが薄味なんだなあ。手を広げすぎて収拾がつかなくなったんでしょう。唯一、エボラ出血熱に感染してしまった修道女の看護婦がいいかな。

前回は日本が悪役でしたが、今度はイラン。それも、隣国の独裁者(おそらくフセイン)は暗殺するわ、エボラ・ウィルスをアメリカにばらまくわ、ライアン大統領の娘を誘拐しようとするわ、とにかくめちゃめちゃ感じ悪い。ほとんどイスラム版のヒトラーです。以前の作品ならまだ納得度の高い設定だったけど、最近は無茶苦茶ですな。イスラム国を統合するたって、イランとイラクじゃ民族も文化も歴史も全然違うだろうが! しかもシーア派とスンニ派がそう簡単に一緒になるか? ああ、たまらん。さらにライアン大統領は意地の悪いマスコミにいじめられ、スキャンダルで辞任したはずの前副大統領は「実はまだ辞任していなかった」とか言い出すし、わけのわからないテロリストたちは爆弾作り始めるし、と国内でも災難続き。それにしても、やっぱりハリソン・フォードを思い浮かべて読んじゃいますね。「エアフォース・ワン」を観たばっかりだし。

献辞がなんとレーガン元大統領に捧げられています。クランシーが保守だとは知ってたけど、大統領万歳小説(と言っていい)をあげるってことは、レーガンが理想の大統領なの? あの、何もしないでソ連がこけてくれて冷戦が終わっただけの経済音痴、財政逼迫の責任者が? 『レッド・オクトーバーを追え』が良かっただけに、とても残念ですが、でもねえ、あんまりだ。

『接触』
パトリシア・コーンウェル、相原真理子=訳、講談社文庫

ついに出ました「検屍官 ケイ・スカーペッタ」シリーズ第8作。今度は頭と手足がない胴体だけの死体。またもや連続殺人か? しかし、所見は異なる方向を指し示す。また帯状のヘルペスはいったい何か。そして謎の「deadoc」名の電子メールは誰からなのか。

今度はウィルスとの戦いです。スカーペッタは感染の恐れがあるとして特別な病室に隔離される。このへん結構迫真的ですが、一番怖いのは感染した島全体を封じ込めるところ。住民が逃げ出そうとしたら(しかし、そんなひどい病気が流行ったら誰でも逃げ出したくなる)実力で阻止する(つまり殺してでもということ)、というのは確かに水際で病原菌を閉じこめる作戦として理論的だけど酷すぎる。

シリーズもこまでくるとマンネリは免れません。楽しみは姪のルーシーがどんな新発明をしてくれるか、マリーノは相変わらずやきもちをやくのか、といったところですが、今回はスカーペッタの優しさが光ります。出世欲の強い刑事に見当はずれにも逮捕された青年のために保釈金を積み、その老母のためにチョコレートシロップを作ってあげる。HIVに感染した解剖助手を親身になって心配する。

筋は簡明です。犯人も平凡です。ただ、ラストにちょっとした意外な真相が明らかになります。あとは、ベントリーとの仲がどう進展するか、でしょう。でも、これは相当ひっぱりますね、そう予想します。

『沈んだ船を探り出せ』
クライブ・カッスラー、中山善之=訳、新潮文庫

おっ、ダーク・ピット新作か? と手に取ってみたらなんとノンフィクション。カッスラーが本人も沈んだ船の探索をやっているのは知っていたが、財団(それも海中海洋機関NUMAという名称で)をつくっていたとは知らなかった。このところマンネリ化と荒唐無稽化が著しいダーク・ピット・シリーズ(だけど新作が出たら買うに違いない)ではありますが、カッスラー全作品コレクターとしてはここは読んでみるかと期待せずに読み始めたのでした。

それにしてカッスラーはあくの強い男ですね。アメリカ海軍への反感なんか相当のものです。それはさておき、本編はある船について(一部機関車が川に沈んだりしてますが)その船が沈んだ際のエピソードをほとんどフィクションのノリで描いたあとに探索レポートがつく、という構成がつづきます。前半のフィクション部分はやっぱりカッスラー節が冴えてますね。とくに南北戦争時の甲鉄艦については、きっと好きなんですね、よく調べてあります。もっとも、このへんの船についてはほとんどよく知りませんが。アメリカ人には常識なんでしょうか? 探索については、意外に退屈ですね。カッスラーたちのはしゃぎぶりが面白いといえば面白いですが。


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