Bon Voyage! HOME > BOOK REVIEW > January, 1998

1998年1月
『レディ・ジョーカー』(上・下)
高村薫、毎日新聞社

高村薫の新作が二段組で上下二巻。こりゃ、期待します。導入部がじれったいというか、なかなかスピードが乗らないんだけど、いったん事件が始まればあっと言う間。前作 『照柿』とは違って読ませます。

あきらかにグリコ・森永事件が下敷きになっています。しかし、それはどうということはないでしょう。むしろ、犯罪を起こす側の心理の闇の奥底を突き詰めていこうというところには 『照柿』につづいての問題意識が見られます。もともと、『黄金を抱いて飛べ』『我が手に拳銃を』『神の火』など、クライム・ノベル(と分類すると怒られるかもしれないが)の一級品を送り出してきた作家としては、金とか怨恨とかというレベルではない、人が持っている業のようなものをあぶりだしたいという意志があるのではないでしょうか。

作品は、犯罪者たちだけでなく、刑事(またもや合田雄一郎)、ターゲットの会社社長、新聞記者などの多面的視点から構成され、かなりの数にのぼる登場人物も鮮やかに描き分けられています。しかし、その内面描写が抽象的で長い。単にストーリーをつくるだけでなく、何かもっと人間の真実に迫ろうという意図がかなり強く出ています。『神の火』の文庫版の書き直しでも顕著だった傾向です。おそらく、ミステリーという範疇をすでに飛び出ているということでしょう。

注意深く読み進めると、そのぶん、味わいが深くなります。バッハとかシモーヌ・ヴェイユとかの小道具もかなり意図的に選ばれているフシがあります。


←BACK |↑TOP | NEXT→
(C) Copyright by Takashi Kaneyama 1998