グローバル・ヒーティングと原発

最近の社会現象につき、グリーンウッド氏かっての職場仲間をメンバーとする非公開のラウンドテーブル21(一種の掲示板)に投稿した対話「地震と原発」のフローアップです。

 


ラウンドテーブル21での対話の後、環境と原発に関係する森永先生の本やラブロックの本など6冊本を読み、ネットで調べたことをまとめてみました。

1995/1/17の兵庫県南部地震の直後、私が設計したM商事のLPG輸入基地も相当に破壊されました。LPGタンクは岸壁沿いの立地を考慮してくい基礎上に設置したため無傷でしたが、周辺のくい基礎を持っていない配管架台が地盤の液状化で倒壊し、タンクと配管をつなぐ主荷役配管のフランジボルトが伸びてマイナス40度CのLPG液が噴出していました。LPGのような気化性液体には役にたたないけれど、法律で設置を義務つけられている防油提も壊れてしまって邪魔になりこそすれ役に立ちません。 私は現場に飛んで行きたい気持ちを抑えながら地震災害対策本部に詰めて現場に入った仲間から入る報告を聞いておりました。その人たちがひるむことなく自らの命をかけて安全を確保していった勇敢な行動には頭が下がる思いでした。多分自分が現場にいても同じことをしたと思います。このような記憶が走馬灯のようにかけめぐります。

さて2006年、原子力委員会は重い腰を上げて原発の耐震指針を28年ぶりに改定しました。その要点は;

(1)改訂前は原発の近くに活断層がない場合、最大M6.5の深さ10kmの直下型地震想定することになっています。しかし新指針は具体的な数値を示しておりません。電力業界はこれを受けてM6.8の揺れに耐えられる設計を目指す考えを示しているといいます。しかし鳥取県西部地震や新潟県中越地震のように、活断層がないとみられた場所でM7.3前後の地震が起きているのでM6.8の揺れに耐えられる設計とするという電力業界の取り組みは不充分といえましょう。

(2)新指針では原発のそばに活断層がある場合、従来は5万年前までの活動歴などを検討していたが、13万年前までさかのぼることにした。

(3)原発のリスクを認め、想定を超える地震によって住民が被曝するような事故も起こりうることを明記しました。政府がリスクを認めたのは進歩ですが、ひるがえって考えれば住民はそれを知って勝手に住んでいたということになり、政府は万一の場合、賠償責任がないということになります。

(4)適用されるのは新設の原発のみ、ただし既存の55基についても新指針に沿って耐震安全性の再確認を求めている。 しかし見直せば原子炉そのものを作りかえる必要があり、基礎から作りなおすことはデコミッショニングを意味して放射能廃棄物を持ってゆくことの出来ない我が国では不可能なのでこのようになるのでしょう。

これでは新設原発で万一地震で事故が発生しても政府は賠償責任はないということになりますし、既設原発は不可知ということで事故が生じても国家としてはやはり責任は負わないのでしょう。電力会社の保証能力には限りがありますから広範な地域が放射能汚染で自宅付近が居住不能になれば、住民は保証なしに移住しなければなりません。

首都圏に近い浜岡原発はプレート型の地震であるM8程度の東海地震が2006/1/1/以降の30年間に87%の確率で発生するだろうと地震学者が予測しているのです。 たしかにモーメントマグニチュードが8クラスでもプレート沈み込みに特有な超低周波では加速度が大きくなるおそれはすくないとはいえます。でも東海地震は150年の空白期間の記録を更新しつつあり、これは海山などが引っかかっているためとの説もあり、これが外れたときは大きな加速度の地震が発生するかもしれません。また活断層型地震も警戒しなければならないわけです。元日本地理学会会長の清水靖尾夫氏に教わって国土地理院がまとめた都市圏活断層 図を探してみましたが、なぜか原発立地は含まれておりません。自民党議員がかなり神経質になっていると聞きました。日本政府による隠蔽工作なのでしょうか? 中部電力は基礎岩盤やH断層断層系の図を公表していますが原子力建屋とタービン建屋との間にある断層は地震に伴って動くような断層ではないとしております。

最近ジェームズ・ラブロック氏の「ガイアの復讐」を買って読みました。彼は我が地球はグローバルヒーティングが制御不能になるポジティブフィードバックに入り込むノンリターンポイントを過ぎてしまったかもしれないと書いています。もう遅すぎるかもしれないがそれを止める現実的な方法は原子力発電をもっと活用することだと言っています。その他のいかなる方法もロマンチックすぎて非現実的だと。米国、ヨーロッパ、中国、インドで原発を展開しても日本が汚染で居住できなくなることはありませんから 我々はなにも言うことはありません。しかし日本の場合は政府がするべきことをしていないので無理でしょうね。

彼の指摘するようにもしポジティブフィードバックが本当なら大変なことで、ラブロック氏のいうように原子力発電にたよらなければなりません。しかし現在の日本の原子力委員達は、既設の安全性も確保して国民の安心を得るという認識が欠落しているのではないでしょうか?既設原発の設計基準を地震に関する最近の認識レベルまで引き上げるとすると55基全ての原子炉を基礎もろとも作りかえる必要があるため、役人も委員達もビビッてしまって不徹底な改訂になったのでしょう。

既設原子炉を償却前に廃棄すれば未償却分のコストを電力コストに上乗せしなければなりません。そうすれば原子力は安い電力といういままでの政府の主張は根本から崩壊します。それに加え、デコミッショニングしたときの放射性廃棄物の捨て場所がないため既設に遡及することは事実上不可能です。というわけで首都圏を放棄せざるをえない事態になるかもしれないという可能性には目をつむって神に祈るという無責任な態度をとったのではないでしょうか?日本という地震国で政府がこのように無責任では、 国民は新設の原発はごめんということになりますね。 政治家といい官僚といい、原子力委員といい国民の安全を守るという責任を放棄しているわけで、これでは国家といえないのではないでしょうか?万一そのような事態になったらインシャーラといって誰も国民を救ってくれません。マスコミはなぜ沈黙しているのでしょうか?

ラブロック氏が「ガイアの復讐」で「グローバルヒーティング防止のために原子力が一番よい」とした指摘は日本政府と電力業界を大分喜ばせたようで、この説を税金を使って毎日新聞に広告を出したり、ラブロック氏に講演させたりして触れ回っているようですが、まずやるべきことをしないかぎり、国民の支持は得られないでしょう。

ソーラーセル発電が実用化されているので我々は長い目で見れば温暖化防止手段はすでに手にしているわけです。今後も光で電力を作り出す優れた素子が発明される可能性もあるわけです。ただコストがまだキロワット70円程度です。原発の設計基準の変更で廃棄しなければならないデコミショニング費用と新設費用、原子炉の寿命を無理に長く仮定することをやめ、将来につけをまわす仕掛けを取り除いてもキロワット10円プラスでしょうから、仮に55基すべて作りなおしても原子力はまだ ソーラーセル発電より安い。そういう意味でラブロック氏は正しいのでしょう。問題はウラン資源の有限性で世界中で原発を 使い始めればウラン価格も石油のように暴騰し、ラブロック氏のいうような根本的解決にはなりません。 あくまでソーラーセル発電などが安くなるまでの応急処置としての役割しか担えないのです。

そもそも核分裂は地球上にあったより多くの放射性物質を作り出し、今後の安全な管理を将来世代に先送りするもので文明史的にはアダ花の存在でしょう。すでに欧米諸国はこのことに気がつき、政策転換をしています。PWRの技術を持っているウエスティングハウスは英国のBNFLに売りとばされ、なぜかこれを東芝がBNFLから買収しました。賢い丸紅は逃げてしまいました。BWRの技術を持っているGEは日立と事業統合し、ウエスティングハウスを失った三菱はあわてて放射性廃棄物の副産を押さえたPWRの改良型のEPRの技術を持つ仏のアレバと提携しています。日本の重電メーカーはいわばババを引いたような格好となっています。最近の石油価格高騰に慌てたブッシュ政権が法外な補助金でスリーマイル島事故以降停止していた原発建設を再開しようとし、英国でも原発見直しの機運がでているようです。中国やインドでは原発を建設してもらいたいと思います。でも米国や中国に売った原発が米国で事故を起せば契約条項にもよりますが訴訟により重電メーカーの命取りとなるのではないでしょうか。

森永先生も「原子炉を眠らせ、太陽を呼び覚ませ 」で書いているように「備えなければ憂いなし」の構えになっている日本政府ですから放射能汚染の警告も遅れたころ発令されるので自衛しなければなりません。そこで「放射能で首都圏消滅」で紹介されている携帯用の放射能検出警報器を購入して常時持ち歩くことにしよう。ちょうどキーホルダー型なので都合がよろしい。

放射能で首都圏消滅」の読後感にも書きましたが、もし浜岡原発で東海地震のため事故が発生すれば首都圏は汚染される可能性があります。1週間自宅に閉じこもったあと自宅周辺が放射能で汚染されていることが判明したら自宅を捨てて安全な土地に移住しなければならなくなります。原発の少ない北海道などに安い土地をあらかじめ購入しておけば良いでしょうが、そういう用意ができない人は困るでしょうね。このような広範な汚染を引き起こせば中部電力など破産 してしまうでしょうからインドのポバール事故のとき活躍した米国の弁護士のような辣腕弁護士でも雇って、日本政府と原子力委員会の委員を相手に損害賠償保証要求をする人がでてくるかもしれませんね。自然災害だから保証できないと反論するでしょうが、2006年の耐震基準改訂に関わった原子力委員会が既設まで遡って改訂することを怠った怠慢の罪という論理で訴えるかもしれません。

浜岡原発を中心ととして土壌汚染が15キューリー/km2を越える半径320kmの円

ちなみに改訂時の委員は任期2004年ー2006年が近藤駿介委員長、齋藤伸三委員長代理、町末男委員、前田肇委員、1998-2006年の木元教子委員の各氏です。 近藤駿介委員長は東大教授、齋藤伸三委員長代理と町末男委員は原研出身者、前田肇委員は関電専務、木元教子委員はマスコミ出身です。

後日委員を引き受けるべきではなかったと悔いることになるかどうか?とラウンドテーブル21のみやすぎ氏に聞くと;

「近藤委員長は私が東工大大学院で高速増殖炉の事故解析をテーマに修士論文を書いていた時に、東大で都甲先生のもとで同じようなことを研究していたのでよく知っています。齋藤伸三さんは軽水炉の燃料棒の数式モデルを作って原研で事故解析をしていた頃研究の内容を聞きに行っています。町末男さんは放射線の専門家で高崎研究所出身でした。町さんが富国生命ビルの原研本部にいるときに会社の村上顧問と営業活動によく行っていました。私の感想では、研究者からこのように一国の政策を作成するなり実現する立場に上る人は、瞬間最適を実行している人が多いと思っています。その時その時の制約条件と自分も含む世の中の力量をベースに最適条件を見出していくのです。長い将来を見据えた場合瞬間最適が永代最適になっているかの判定はそれこそ力量を超えた世界と割り切れる人です。ですから彼らは後日委員を引き受けるべきではなかったと悔いることはないと思います」という返事をもらいました。

世の中は思ったより狭いものですね。よく60億人居る世界中の個々人の間は6次の隔たりしかないといわれますが原子力委員とは2次の隔たりしかないのですね。顔が見えてくると別の感情が涌いてきます。不確定な情報のなかでの判断なのだから自分でも渦中におかれたら同じように考えただろうと思います。しかし一方、高い位置から見つめると自己嫌悪に陥りますね。
 

5冊の原子力関係の本
537 原子炉を眠らせ、太陽を呼び覚ませ 森永晴彦 草思社
811 原発事故を問うーチェルノブイリから、もんじゅへー 七沢潔 岩波書店
812 わかりやすい原子力発電の基礎知識 榎本聡明 オーム社
814 原子力神話からの解放 高木仁三郎 光文社
816 放射能で首都圏消滅 古長谷稔 三五館
829 ガイアの復讐 ジェームズ・ラブロック ペンギン

ネットで調べた事項
1010 震度と最大加速度との関係 ガル
1084 スリーマイル島原子炉冷却材喪失事故 炉心メルトダウン
1085 マグニチュード モーメントマグニチュード
1086 震度の距離減衰式 幾何減衰、粘性減衰

原子力へ

January 1, 2007

Rev. August 13, 2008


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