読書録

シリアル番号 829

書名

ガイアの復讐

著者

ジェームズ・ラブロック

出版社

ペンギン・ブックス

ジャンル

環境

発行日

2006

購入日

2006/12/20

評価

原題:The Revenge of Gaia by James Lovelock

地球を一つの生命体と見る「ガイア仮説」で世界的に有名なジェームズ・ラブロック博士の本は1984年の「ガイアの科学ー地球生命圏」と1989年の「ガイアの時代」の2冊を20年前に読んで深い感銘を受けた。2006年も暮れになって亜細亜大学の飯島名誉教授からジェームズ・ラブックが2006年1月に「ガイアの復讐」という新しい本を書いたと聞いた。10月10日に中央公論新社から翻訳本が出たという。これは読まなくてはと早速鎌倉図書館に予約した。すでに2人が予約していて、その人気の高さをうかがわせた。

翻訳書を手にしないまま、ベルギーと英国訪問に出かけた。たまたまブリュッセルの本屋でくだんの原著を見つけて購入し、旅のつれづれに読み始めた。

この20年間、彼が学んだ知識を取り込んで、より過激な内容になっていて驚いた。なによりも、すでにわが地球(ガイア)はグローバルヒーティングが制御不能になるポジティブフィードバックに入り込むノンリターンポイントを過ぎてしまったかもしれないという。もう遅すぎるかもしれないがそれを止める現実的な方法は原子力発電をもっと活用することだという。その他のいかなる方法もロマンチックすぎて非現実的だというのである。

非常に驚くとともに原発を支持する論に不快感を覚えたが、どのような根拠でそのように思いつめたのか知りたくて読みつづけ、結局帰国までに通読してしまった。

化石燃料の利用による大気中の炭酸ガス増加がグローバルヒーティングの原因だが、同時に放出される酸化硫黄によって雲などのエアロゾルができやすくなり、太陽光を反射して くれるのでそれほどの気温上昇にはなっていなかった。しかしこれも硫黄放出規制で減少し、気温上昇は加速している。 我々が排煙脱硫や燃料油脱黄装置で二酸化硫黄の放出をとめたのはグローバルヒーティングを加速したという皮肉なことになる。海水表面温度が12度を越えると海水の対流が止まり、光の届く海 面は栄養不足で砂漠となり、藻がつくるジメチル・サルファイドの供給がとまる。そうすると酸化硫黄によるエアロゾルが発生しなくなり、雲や霧による冷却効果が減少する。 貿易風帯に発生するハドリー・セルが膨張し、高気圧帯が 北に広がって米国・中国・インド・ヨーロッパ南部が砂漠化し、ツンドラが溶けて、メタンと炭酸ガスが放散されてポジティブフィードバックがかかり、気温は5度上昇する。こうなると海面が12m上昇し、文明の中心たるほとんどの大都市は水没する。難民が発生し、動乱が発生 し、世界は軍閥の支配下に服し文明は消え去る。根拠となる詳細な文献を必要とする人には膨大な文献リストが用意されている。翻訳本はしばしばそのようなリストをコストを理由にカットしているがどうなのか?

グローバルヒーティングはこのように文明を破壊する恐ろしいものだが、放射能は一般の人々が恐れているほど怖いものではない。われわれが酸素を呼吸してミトコンドリアがATPを作るとき副生する活性酸素による、老化や遺伝子の損傷と大差ないという。原爆の悲惨な光景が人々に過剰な警戒心を抱かせてしまった。またチェルノブイリ事故で消防士や兵士で過剰な放射能を浴びた80人は死亡したが、事故を起こした運転員はいまだに生きている。広島と長崎で生き残った人の発ガン率は特別高いものではなかった。このような事実を見れは化石燃料を今後も燃やし続けて海面が12m上昇して文明の中心たる大都会が水没する事態よりはましというロジックである。だれにも縛られることのない自由を得た 彼だからこそできる発言だろう。彼はカッサンドラの心境なのだろう。化石燃料はトロイの木馬だったというわけだ。

しかしこの見解に歓喜した日本原子力文化振興財団が2006年9月11日、毎日新聞にジェームズ・ラヴロックの手紙「人類の文明がさし迫った危機にさらされている今こそ、唯一の安全確実なエネルギー源である原子力を利用すべき」という手紙を 全面広告で紹介したと娘は言う。兵庫県南部地震の後も原発の耐震設計基準を変えようとせず、ようやく2006年に改訂したが、既設原発には遡及せず、各電力会社の判断にゆだねている。また炭素税にすら手をつけようとしない日本政府が安易にラブロック氏を利用する姿勢には疑問を感ずる。 まず、既存の原発の地震にたいする安全性を確保するのが先決だろう。

原子核物理学者の森永晴飛彦氏は原子爆弾は爆発した瞬間、放射する中性子により大勢の生命を奪 うが、残留放射能は微量で戦後広島にも長崎にも人々は住み続けることができた。しかし原子炉は原子爆弾と比べて大規模放出現象が発生爆発しても中性子を輻射することはないが、チェルノブイリ事故が明らかにしてくれたように、撒き散らされる残留放射能はトンのオーダーに達し、人々は汚染地帯に20年に渡り住めなくなったのだ。ラブロック氏はこのことを理解していない。

ラブロック氏は原発が破綻した場合、排煙から炭酸ガスを回収して古い油田などに廃棄するのは事故で噴出したときの危険性を考えて避けるべきで、流紋岩などと反応させて固体の炭酸マグネシウムなどにして廃棄または建材として利用するのが望ましいとしている。それでも温暖化が進んだらジェット旅客機で硫黄0.1%のジェット燃料を使う。海面にエアロゾル発生器を沢山設置する。半径60マイル、重さ200トンの日傘を太陽と地球のラグランジュ点に打ち上げるなどの奇想天外なアイディアを紹介している。

ラブロック氏のグローバル・ヒーティング理論には異論はないが、氏はウラン資源が不足する事態を見過ごしているように思えるし、核融合に楽観的なのも勉強不足と思う。風力には限りがあるとの見解には同意するが、太陽電池を価格と電力の貯蔵の困難さゆえに切り捨てているのは安易すぎるだろう。氏は木を切ることは全て悪だと断定する。無論、エタノールなどのバイオフュエルを得るために森を永久的に伐採してアグリビジネス用の広大な農地を造成するためなら悪だが、空気中の炭酸ガスを固定するためには森の木を自己再生できる範囲内で計画的に伐採して利用するのは善だろう。グリーンウッド氏なりの提案は長野北高卒業50周年記念文集原稿。題して「グローバル・ヒーティングの黙示録」に書いた。(ページ制約で短くしたものは「通らなかった道」である)

今回ユーロスターでブリュッセルからフランスのカレーに抜けて英仏海峡をトンネルで渡った。大陸と比較すると英国南部には古木の多い森、ヘッジグロウで区切られた牧草地があって美しい。これを破壊するような風車発電や、大陸に展開されているような巨大なアグリビジネスが英国に広がってほしくないと思う。そのためには原子力発電が有効だろう。 なにせ事故で土地が汚染されれば人間が立ち入り禁止となって自然保護にはかえって好都合なのだ。氏も認めているように彼の主張はNIMBY的なのだ。

2007/2/1ようやく鎌倉図書館から日本語版がとどく。秋元勇巳氏の解説がついて理解を助けている。

Rev. December 24, 2009


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