ヨーロッパ滞在顛末 9


台風一過(4月19日〜22日) 19/05/01

事務局のチーフは昨日と同じようにぼくをカウンタの向こう側で迎えた。彼女は、ぼくが昨日記入して保留されたままになっている申込書をガサガサと書類の中から探し出した。
ぼくは昨日のように向こうのペースに巻き込まれてしまう前に、これを東京の大使館で見つけたと云いながら、さっき見つけだしたビラをとにかく見せた。

彼女はそれを手に取り、やがて熱心に読み始めた。ときどき「フーン」という風にうなずいている。ぼくは黙って見ている。内心、どうだ参ったか、と思っている。
7割ほど読んだところで顔を上げて、ぼくとビラを見比べながら彼女は云った。
「That's very interesting!」

内心ちょっとぼくはずっこけた。インタレスティングって、あんたね……悪いけど、こっちは下手すれば日本に帰らなきゃならなくなるところだったんですけど。面白がってる場合じゃないでしょ。

日本だったら「これは大変失礼いたしました」みたいなことになるのかもしれないけど、彼女は別段何の悪びれた風もなかった。日本人がビザを取れようが取れまいが、彼女には何の関係もない。それを彼女が知らなかったからといって、別に彼女に落ち度があるわけではない。彼女のあずかり知らぬところで何かが一つ変わっただけのことなのだ。ぼくは事態をそんな風に読んだ。そしてぼくはぼくで、とにかく自分の申込書が受理されればそれで十分なのだ。そう考えることにした。

ともあれ彼女はぼくの申込書にOKを出し、次のコース(一つのコースは4週間を単位にしている)が始まる4月30日の朝8時45分に来るように云った。そして住居申請用紙*1と外国人滞在許可の申請用紙*2をくれた。一旦は万事休すとさえ思った後の身にとっては、体が浮き上がりそうに嬉しかった。

今度は住居の確保に向けて動かねばならない。語学学校のパンフレットには学校が付属の施設だか何だかを斡旋しているようなことが出ていた。ひとまずはそこに落ち着く方が手軽ではあるなぁと思う。翌日の20日、金曜日は住居の手続に関してはどうすればいいのかを、午過ぎに散歩がてら市庁舎Rathausを探し出して訊いてみようと思い、ドームの奥の区域を歩き回ってみる。

市庁舎は、今では観光スポットとなっている旧市庁舎と向かい合わせに建っていた。入り口は閉まっていて、見ると掲示が出されている。土日は休みで、月曜から木曜は16時頃まで事務手続を行っているが、金曜は正午で終わりらしい。今日はこれで打ち止めか。

週末は例によって何もできはしないので、適当に時間を潰すしかない。
土曜は街の中心から離れた住宅地はどうなっているかを見てみようと思い、市電に乗って終点まで行ってみた。市電の交通網は何だか妙に発達していて、街の中心では大抵地下鉄U-Bahnになっている。

20分足らずで9番線の終点のズュルツSuelzという地区に着き、そこから線路に沿って歩きながら引き返してみる。さすがに閑静で落ち着いた雰囲気だ。30分あまりぶらぶら歩くとケルン大学まで辿り着いたので、ここから電車にまた乗って帰ることにした。…でも待てよ、ここは駅に切符販売機がないぞ。
他の人のやり方を見て習おうと、後から続いて電車に乗り込む。車内は結構混んでいる。見ると、乗った人は人混みをかき分けて電車の連結部に進んでいく。それでぼくは、連結部に切符販売機が設置されているのを知った。今は微妙な身の上なので、キセル乗車がばれて問題になったりしたら嫌だから、切符が買えて安心した。

ホテルに帰ってからは部屋で洗濯をした。洗剤や洗濯ヒモは中央駅構内のドラッグストアで買える。

日曜はケルン音楽学校でも見物に行こうと思い、中央駅とハンザリング駅の間の地区を歩き回ってみる。
中央駅から歩いて10分要らないくらいの場所に音楽学校はあった。どこかからショパンのバラードを練習しているピアノの音が聞こえてくる。
入口付近で煙草を吸いながらウロウロしていると、日本人と思しき女の子の学生が入っていこうとした。声をかけ、数分時間をもらって少し話を聞いた。
今年の秋からの入学申込はもう終わっているらしい(これだから…)。だが先生にかけあえば聴講生として来ることは出来るだろうとのことで、とにかく先生にコンタクトすることが肝要なことは確かだ。

語学学校の手続が完了しないと、話は進展しない。まだ授業が始まるまでには一週間あるのだから、その間に授業料を納入して証明書を発行してもらい、ビザを取ろうと決心して、床に就いた。

*1 Anmeldung, *2 Antrag auf Erteilung einer Aufenthaltsgenehmigung

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