ヨーロッパ滞在顛末 7
衝突(4月18日-2) 06/05/01
事務局のチーフは、「バリバリ仕事をしているドイツの女性」という絵を描くならこういう風に描くべきだと思わせる風貌の人だった。ぼくよりも少なくとも5センチは背が高くて、高くすっと伸びた鼻に小さいフレームの眼鏡をひっかけている。比較的スマートだががっしりした印象を与えるのは、鮮やかな赤のジャケットのせいだろうか。 彼女は他にもいろいろ英語でまくし立ててきたが詳しいところはよく解らないので、とにかくパスポートを見せた。ビザのページに、飛行機のマークの入ったフランクフルト空港のスタンプが打ってあるだけなのを見て、彼女の表情は途端に険しく変わった。 「ビザはないんですか?」「いいえ、まだありません」それから大演説が始まった。 前の節でも書いた通り、ドイツへ入国する日本人のビザ申請は、入国後にすることが可能になった。日本人もいくらか通っていると見えるこの語学学校がまさかそれを知らないとは、ぼくは毫も思っていなかったので、「でも法規が最近変わりましたよね」と云い返した。「No.」「No?」…えっ、本当に知らないの? ぼくはだんだん自信がなくなってきた。「東京のドイツ大使館にそう聞いてきたんですけど。去年の12月に制度が変わったって」彼女は無言で首を振りながら、眼鏡の奥からぼくをまっすぐ凝視している。 「あなたは大使館で誤った情報を聞いてきました。あなたはビザ無しで一旦入国してしまったのだから、とにかく日本に帰らなければいけません。これをドイツで研修生のビザに変更するのは不可能です」確信に満ちて彼女が云うものだから、ぼくは何か自分に不備でもあるのではないかとすら思いだした。 ぼくの混乱を見て取った彼女は、自習室のあるフロアにぼくを連れて行き、そこで自習している日本人の生徒を一人呼んだ。生徒の女の子が自習を中断して、ぼくにビザのコピーを見せてくれた。チーフがそれを指さして云う。「これが必要なんです」「ええ、それはわかるんですけど…」もう後が続かない。 とにかく彼女に少し話を聞いてご覧なさいと云い残して、チーフは去っていった。 あいにくその女の子は留守だった。その場で打てる手はこれで尽きてしまったので、ぼくは彼女に自習を邪魔したことを詫びて、そのままホテルに帰ってきた。 |
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