ヨーロッパ滞在顛末 12


こんにちは、ビザちゃん(4月26日-2) 05/06/01

係官は、ときどき手を止めて、入力しにくそうにする。大方ぼくの名前や日本の住所などを打とうとして手間取っているのだろう。その度にぼくは少し息を詰める。
保険のことについては、彼はまだ書類の提示も求めていないし、話題にもしていない。

やがて彼は、キーボードに向かったまま、保険には入っているかと尋ねてきた。そら来た。ぼくははいと答えた。日本で加入してきました、と云って手に証書を準備する。
しかし彼はそのままコンピュータの画面に目を戻し、それはドイツでの病気や怪我などもカバーしているのかと訊いてくる。はい勿論、と答える。OK。
……それだけ? これ、見せなくていいの?

入力を終えた係官は、コンピュータのプリントアウトを待っている。
プリントが終わった。彼はぼくのパスポートを持って、再びカウンタに戻ってきた。

彼はパスポートのページを開き、大きなけばけばしいシールを2枚貼り付けた。そして滞在許可の有効期間や再入国の制限に関して説明した。彼が云っている内容はあまりちゃんと理解できなかったが、怯んでいたぼくは、完全に理解するまで訊き返すことが出来なかった。こういう時はちゃんと食い下がるべきなんだけど。

とにかくビザは降りたのだろう。だろう、というのは、返してもらったパスポートに貼られたシールに書いてある、「Aufenthaltsbewilligung」という単語を、区役所の出口からすぐのベンチに座って、辞書で調べてみたところ、「滞在許可」と出ていたので、即ちこれがビザなんだと解釈したためだ。ぼくはビザにはビザ VISUM と書いてあるのだろうとばかり思っていたのだ。
次にぼくは有効期限を確かめた。「01-05-02」とある。あ、1年間出たんだ。

滞在許可だ。滞在が許可されたんだ。やった。遂にやったぞ。
外は相変わらず寒くて、雨もけっこう降っていたが、ぼくは意気揚々とデイパックを背負い直して、来た道を引き返した。陰鬱な天気だったが、景色はとても明るく見えた。

ホテルに帰ってシールの他の部分に書いてある文を訳してみた。
「この滞在許可は、C語学学校での指導の終了をもって失効する。滞在は語学コース受講のためのものである。就労は許可されない」なるほど。本当だったら、ドイツにいる間中はC語学学校に通わなければいけないわけだ。でも面倒さえ起こさなければ……
ぼくはほくそ笑んだ。頭の片隅で、最後に区役所の外国人局の係官が云っていた内容が少し気にかかってはいたが。まぁこれについては、また改めて問い合わせてみよう。


と、以上のような経緯を経て、ぼくは「旅行者」から「外国人」に昇格しました。
次の週から語学学校の授業も始まり、学校に紹介してもらったK寮に引っ越し、コンサートなどにも足を運び始め、新しい友人もできて、やっと生活が滑り出しました。
その辺の話はすでに雑記帳の方で少し触れました。

ここら辺で現在のぼくにバトンタッチして、「入国篇」を終わることにいたしましょう。
でも、また再び、現在のぼくは現在のぼくで、新たな問題に直面し始めています。
すかさず滞在顛末記は、第2章に入ることになるでしょう。

注意!:ぼくのケースは色々な人の話を聞くに、けっこう特殊なものだということが判明しました。普通はやはり語学研修ビザの場合、学校に申し込んだ期間に対してしかビザは交付されないはずなのです。たまたまぼくは、担当の係官がアバウトな人だったというラッキーを得たに過ぎないのです。これから滞在を考えておられる方は、その点にはご注意下さいませ。

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