御遊戯結社

トップ  ⇒ むーどす島戦記リプレイ  ⇒ エピローグ②その後

←[ 1話前の話へ] [このページ]  [次の話へ]→


エピローグ②その後

●目次

エピローグ2:ライトネス&シャーロットSS④(作者むーむー)
エピローグ2:ヤトリシノ&ライトネスSS②(作者むーむー)
エピローグ2:マーコット&タンジェリンSS(作者マーコットP)
エピローグ2:トゥ・ナ&ルーシアSS②(作者むーむー)
エピローグ2:オーランジュ&タンジェリンSS⑬(作者むーむー)
エピローグ2:15年後SS(作者 トゥ・ナP)

エピローグ2:ライトネス&シャーロットSS④(作者むーむー)

「お茶の時間ですが、どうされますか?」

チェリーがライトネスの執務室に入ってきて念のため確認する。
普段は確認される事はあまり無いのだが、シャーロットの机の上の書類の量をちらっと見て、
聞いた方が良さそうだと思ってくれたようだ。
量が多い時は、休憩にしましょうという意味でお茶を入れてくれるし、
量が少ないようであれば、すぐに終わるだろうと思って用意してくれる。
今日のように微妙な量の時に、確認をしてくれるのだ。

「そうね…。30 分後くらいにしてくれると嬉しいわね」

シャーロットは書き物をしていた手を止めてチェリーにそう答えると、再び書類にペンを走らせる。

「はい、ではその頃に」

チェリーは静かに部屋を出ていった。
執務室の奥の壁には、調度品などが飾られた豪華な棚があり、
その手前にライトネスの大き目な机が置いてある。
シャーロットが補佐になって以降、机の上には書類などほぼ無く、
むしろ机が大き過ぎたかな?とライトネスは思っているくらいだ。
シャーロットの机はライトネスの机とは90度離れた壁の手前に置いてある。
その後ろには書類がきちんと整理、分類されている棚がある。
年々書類の量が増えており、保管庫は別に作らなくてはいけなくなってしまった。
ここにあるのは協議中の物だけだ。
今日はライトネスもシャーロットも協議などは終わっている。
ライトネスの仕事は、今日はもうない。
お茶が欲しいなとライトネスは思っていたのだが、さすがにシャーロットが頑張ってるのに
自分だけ飲めないと思ったので、終わるまで待つ事にした。
執務室の簡素な椅子から立ち上がる。
豪華な机の割には椅子だけが簡素なのは、シャーロットが椅子の後ろから抱き付きやすいように
ライトネスが配慮しているためだ。
ドワーフの職人が座り心地の良い豪華な椅子を作ってくれると言ってくれているのだが、
シャーロットが寂しそうな顔をしていたのを覚えているので、
ライトネスはドワーフたちの申し出を断り続けているのだった。
ライトネスは部屋の隅にあるソファーの方に静かに向かう。
応接用という物でなく、彼女たちがお茶を飲みながら休憩する時に使うソファーだった。
ふぅ、と大きく息を吐いて、背伸びしたあと、しばらく目をつむってソファーにもたれかかる。
ふと気づくと、書類を山盛りに持ったシャーロットが隣に座ろうとしていた。

「…ん?」
「ん?w」
「あれ…?仕事は?」
「やるわよ?ここでw」

隣にぴったりくっつきながらシャーロットは書類を見始める。

「ここじゃ文字書けないじゃない」
「時間のかかる書き物はもう終えたわ。あとは判断して分類しておくだけ。
 読むだけだし、ここでできるわ」

そう言うとシャーロットはのんびりくつろぎながら書類を読み始める。

一緒に過ごし始めて良く分かった事なのだが、シャーロットはだいぶ面白い人だった。
見た目の印象と異なり、愛情が深く、感情が豊かな女性だったのだ。
愛情を注ぐと決めた相手にはとことん尽くすし、どこがポーカーフェースなの?
というくらい喜怒哀楽がはっきりしている女性だった。
ちょっと前の話だが、彼女に内緒で、気分転換のため狩りに出かけた際、
怪我をしてしまった事がある。
痛む足を引きずりながら、なんとかして屋敷に帰り着いた頃には深夜となっていた。
その時間なのに、屋敷の前に仁王立ちで立っていたシャーロットは、
血を流しながら帰ってきた自分を見て、マジ切れしながらも治癒魔法を使い、
たいした怪我が無くて良かったと安堵し、落ち着いた頃に大泣きした。
怒られるのは良く有ったのだが、本気で泣かれるのは初めてで、
かなり真剣に謝ったのだが、しばらく許してくれず、困り果てた事がある。
それからは出かける時には必ず、どこに行っていつごろ帰るかは
ライトネスの方から自然と言うようになったのだ。

それと、シャーロットはスキンシップが大好きな人だった。
セラフィやカミラもスキンシップが大好きだったり、
周りがサキュバスのメイドや女官しか居ないという女の園だったという事もあって、
ぺたぺたとくっつくのはむしろ普通だったらしい。
最初は抱き付かれるとぎこちない感じになっていたライトネスだったが、
今ではだいぶ慣れてしまった。
たまに抱き付かれない日があると、寂しいと思うくらいには、
シャーロットに感化されてしまったようだ。
そう言えば、ここ数日ハグとかも軽い感じだったなぁ…などと思っていると、
シャーロットが書類を読むのを止めてこちらを凝視していた。

「物凄く、ご褒美の香りが漂ってくるわね?w」

めちゃくちゃ何かを期待してる目でこっちを見ている。

「仕事たくさん残ってるでしょ?」

ライトネスは呆れた顔でシャーロットを見る。
その途端、シャーロットは物凄い速度で書類を読み始めた。

「承認。否決、否決、…条件付き、条件付き、否決、条件付き…」

ほんの少し手の止まる書類もあったが、そのほとんどはちらりと見ただけで判断され、分類されていく。
ちゃんと見てるの?と疑問に思う速度だ。

「これも条件付き、承認、条件付き、これは否決…というか何なのこの案件…
 これ書いた人間を呪い殺してやりたくなるわね? 程度が低すぎるわ…。
 あとこれは承認っと。…さて、終わったわね?w」

数分で終わったらしい。

「ねぇ。ちゃんと見てるんだよね?」
「あら、失礼ね。ちょっとこっち見てなさいな」

隣にぴったりくっついて座っていたシャーロットは、ライトネスの頭を撫でるように手を添えると、
書類を見るように優しく促した。

「承認はいいとして…。例えばこの条件付き。
 ここが甘い部分でしょ? だからここを考え直させたい。
 この案件なんかも同じね。
 こういうのはきっぱり最初に指摘をしておくと、以降は気にするようになるので、初めが肝心なのよ。
 次にこの条件付きとこちらの条件付き。
 これは双方の利益がバッティングしてしまう。協議を促す必要が有るわね?
 それとこっちの条件付き2件は、一見関係ないように思えるのだけども、
 この要望において利益を享受する団体のいくつかが、それぞれ競合をしあう関係になっている。
 互いに競い合わせればもっと頑張って、より高い成果が見込めそうな予感がある。
 なので、厳しめだけど条件付きにして様子を見るのよ。
 後この案件なんかは…ねぇ?聞いてるの?」

ライトネスは、話を聞いてはいたのだが、説明されている間、頭を優しく撫でられ続けていて、
ちょっと良い気持ちになってしまっていた。とろんとした目をしている。

「え?…あ、うん。聞いてるよ?」

自分でも意外だったが、頭を撫でられるのは、ちょっとおかしな気持ちになるくらい、気持ち良かった。
これは、他の誰かにやられても、そうなるかもしれないので、気を付けていないと危なさそうだった。
シャーロットの目が光る。

「なんだかご褒美を私があげちゃったみたいね?
 これは倍返しくらいのご褒美をもらわなくちゃかしら?w」
「…はいはい。じゃぁ、ほら…」

ライトネスは自分の膝をとんとんと叩く。
シャーロットは持っていた書類をソファの前のテーブルにすぐさま置くと、
にこにこしながらライトネスの膝に頭を載せる。
耳かきをする時のような横向きの膝枕だった。

「はぁ…w 生きる糧だわぁ…w ライトネス成分を補給してる感じがするわよね」

たまにシャーロットはおかしな事を言い出す。
独特の言い回し過ぎて、何を言ってるのか分からない事が多い。
尊いだの、染みるだの、推しに癒される至福だの、控えめに言って最の高だの、
同じ空間で息を吸う権利はプライスレスだの、正直言えば共感不能だが、
喜んでくれているのはさすがに分かるので、それはそれで嬉しい気持ちにはなる。

「ほんとに、あなたに仕えて良かったわぁ。ご褒美をいっぱいくれるんですもの。大好きよ」
「そんなに言われると、恥ずかしいよ?」

そう言って、ライトネスはシャーロットの髪の毛を優しく撫でる。
されるがままになっているシャーロットの気分の高揚度合いが凄い。

「あれ?私、死ぬのかな!? どうしちゃったの?? 
 ご褒美が過剰供給されて、死神が迎えに来るかもしれないわよ?」

そのうちシャーロットが静かになる。
どうやら、大人しくしてこの時間を味わおうとしているようだ。
しばらく無言でシャーロットの髪の毛を撫でていたが、不意に思い出した事が有るので、言葉に出す。

「そう言えば、ダンスパーティ用のドレス、結局どうするの?」
「どうって?」
「新しく作るとか言ってたよね?」
「あなた用のドレスは、もうとっくに製作に入らせているわよ?」
「え?どんなの作るとか相談してないじゃない!」
「今度はちゃんと、中間を取ったから安心なさいなw」
「無断でやるの、ほんと止めてよ!」

彼女たちが何の話をしているかと言うと…。
ブラス村ではここ最近、武闘・演芸場を使用したダンスパーティというものを企画し
2ヶ月に1回位のペースで開催している。
上流階級を招いての舞踏会はライトネス邸で行うのだが、踊りを踊ったり音楽を聴くというのは
誰がやっても楽しいものなので、村民にも広く知ってもらうために演芸場を利用して行ってみる事にしたのだ。
結果は大盛況で、またやりたいという声が多かったので定期的に開催する事にしたのだ。

第1回目の時は、初めてという事もあって、前半は宮廷で踊るような舞踏を最初に見せつつ、
後半は村民でも気楽に踊れるように、民族音楽などを中心とした踊りなどをみんなで楽しめる会にした。
その第1回目の時、ライトネスは純白で大人しめのドレスを着てみんなの前に現れた。



凛々しく決めたヤトリシノにリードされながら、きちんとした礼儀作法とともに華麗なダンスをお披露目したのだ。
普段とあまりに異なる、清楚かつ可憐なイメージに、みんなが驚いた。
皆が聖女だと囁いて、清い者を見るかのように扱うのがなんだか居心地が悪くて、
あまり喋らないようにしていたら、かえって清楚さが増して好印象になってしまったようで、
神官戦士たちなどは、これが本来の聖女の姿だったのかと涙を浮かべる始末だった。
気恥ずかしくなってしまって、ライトネスは前半の会が終わると早々に退場してしまったので、
みんなには聖女っぽいイメージだけが強烈に残る事となってしまった。

第2回目の時、ライトネスが大人しくなってしまった前回の反省を元に、
もっとライトネスの魅力を前面に出して、明るくワイワイ楽しめるようにと、シャーロットが頑張ってしまった。
ライトネスは、顔もそこそこ綺麗だが、スタイルが抜群に良い。
色白で若々しい肌はツヤもハリもしっかりあり、背が高く、胸はかなり豊かで、
腰もきゅっとくびれていて、足はすらっと長くて色気もある。
それをがっつり主張するために、シャーロットのライトネス愛を大爆発させて出来上がったドレスは、
最大火力全開の挑発的デザインとなってしまった。
背中や肩をばっちり出して白く美しい肌を惜しげもなく披露し、
さらに豊かな胸の谷間をどきっとするくらいはっきりと見せる事で男の視線を釘付けにし、
細くくびれたウェストをしっかりアピールする事でついつい手を腰に回したくなるよう誘導し、
最後にはすらりとした長い足を色っぽくちらちらと見え隠れさせる事で、太もものその先を見たくさせるような、
男を引き寄せるために考え抜かれた実にあざといデザインだった。
ライトネスはそれを見た時に、絶対着ないとしばらく言い張っていた。

ライトネスの魅力を最大限アピールしようと頑張ったシャーロットは、
それを聞いて魂が抜けるくらいしょぼくれてしまい、数日間仕事にならなくなってしまった。
病気になるんじゃないか?くらいどんよりしているのを見ているのが耐えられず、
ライトネスは仕方なくなく、そのドレスを着る事にしたのだった。

1回目の清楚な聖女の再登場を期待していた面々は、今度は度肝を抜かれた。
アンスリュームやセラフィムにも一歩も引けを取らないどころか、
むしろぐいぐい押してくる悩殺系聖女がお出まししたのだ。もはやエロネスだ。
恥ずかしそうに赤くなりながら照れているのが、むしろ男心をくすぐりまくり、
一緒に踊りたいと申し出る男性が殺到し、大変な状態となってしまった。
元々いやらしい視線で男に見られるのが大嫌いなライトネスは、
ずっと胸の谷間やら、太もも辺りを舐め回すように見られているのを、
凄く我慢しながら踊ったので、終わった頃にはへとへとだった。
もうダンスパーティには出ない、と目に薄っすら涙を溜めてシャーロットに言い放ち、
しばらく寝室に籠ってしまったくらいだ。
その後、なんとかシャーロットがなだめすかしたので、参加はする気にはなったものの、
いやらしいドレスは二度と着ない、という約束になっていたのだった。
そういう事が有ったので、ライトネスとしてはシャーロットが気合を入れて作らせたドレスというのは、
安心が出来ない。
さすがにシャーロットは寝転がってる場合では無いと悟ったのか、
慌ててドレスのデザイン画を持ってきてライトネスに見せた。
しばらくそれをライトネスは眺めていたが、まぁ、これなら、割と普通かなと安心したのだった。
ただ、ちょっと胸の辺りがやっぱり強調されている気がしないでもない…。

「ここの部分なんだけども…」
「それはダメよ?」
「まだ何も言ってないよね…?」
「そこは、見せる為のものなのだから、諦めなさい?」
「またそういう目で見られるじゃない」
「その谷間を見せる事で、男を誘うのだから、見られるのは当たり前じゃないの」
「体しか見てない男とか、要らないのだけど…」
「そういう事をずっと言ってると、いい年まで誰も相手がいないままになるのよ?私のようになるわよ?」

シャーロットが言いたい事は分かる。自分も別に男が嫌いという訳では無い。
好きだなと思った男になら、いつかは抱かれたいと思うようになるのだろう。
ちょっと実感が湧かないのと、相手にアテが無いだけだ。

「アテが無いみたいな顔してるけども…。ヤトリシノとかはどうなの? 仲良いじゃないw」
「仲が良い、と言えば良いのだけど…」

しばらく考える。
一緒に冒険を続けた仲間の一人。頼れる仲間だと思う。
ヤトリシノは私をだいぶ年上に見てる気がするのだけども、たかだか1つ違いだし、
自分としてはヤトリシノを頼れる兄の様に思っている。
剣の道を行く者として尊敬もしている。
剣の腕はヤトリシノの方がちょっと上だとは思うが、最近は自分もだいぶ鍛錬に励んだので、
引け目に感じるほどの差がある訳でもないと思う。
家柄も自分と同様に辺境伯爵家の出で、小さい頃は概ね同じくらいの生活をしていたと言っていい。
今はお互い元貴族だ。立場も同じと言える。
酒好きで剣の事で飲み明かしたりもした。たまに飲みすぎてルーシアに2人まとめて怒られた事もある。

ただ、今後の生きざまは、ちょっと違うようにも思える。
私はブラスから離れる事は出来ない。
ヤトリシノはカノン自由軍として征く道をきっと選ぶだろう。

そもそも、女に思われていないんじゃない?とも思う。

2回目のダンスパーティの時、何だかんだ嫌がったものの、どうせ着たならと思って、
一番初めに踊るヤトリシノの反応を密かに楽しみにしていた。
だが、あんまり反応が無いどころか、ちょっと不機嫌な感じで、がっかりしてしまったのは内緒だ。
シャーロットデザインの、あのちょっとエッチなドレスなら、ドキドキしてもらえるんじゃないかなとか、
喜んでくれるんじゃないかななんて、こっそり自信を持っていただけに、結構ダメージが大きかった。
それなのに、どうでもいい男たちに群がられて、余計に疲れ果ててしまったのはある。
その時の事を思い出したら、急に寂しくなってしまった。
実はそう思ってること自体、だいぶ彼に惹かれてるのだという事に、ライトネスは思い至っていない。
彼女はこういう事に鈍感過ぎるのだ。

「ふふふ。我が妹君は、だいぶ脈有りのご様子ですわね?w」

不意にシャーロットに言われて、カチンと来たのでムキになって言い返した。

「ねぇ。こういうとこで心読むの、本当に止めてくれない?」
「まぁ、素直になれたら、思いのたけを打ち明けるのは、あるかもしれないわね?w」
「凄い上から目線だよね?そう言う我が姉上はどうなのよ?
 私より条件が年々悪くなってるんじゃないの?」
「あら??久しぶりに大喧嘩の予感かしらね?!w
 今の言い様を取り消さないなら泣くまで虐めるわよ?w」
「あ。そういう事言う!?私もこの件は譲りたくないから、泣いても頑張る事になると思うけど!?」
「……。…うーん。…ご褒美タイムが台無しになったわよ? やり直しを要求するわ?」

シャーロットは強引に体を丸めて膝枕の状態に戻った。喧嘩をしないように彼女から折れたのだ。
負けたとは言わないが、シャーロットとしては、降参の宣言と同じだ。
やや拗ね気味だったのか、膝の感触をしっかり楽しみながら、癒されようとごろごろしている。
ライトネスも、シャーロットが密かに気にしている年齢の事など、
ちょっと意地悪な言い方をしたと反省しているので、すぐに髪を撫でてあげる。
シャーロットはしばらく目を細めてその感触を楽しんだ後、その態勢のまま、こんな事を言い出した。

「まぁ、あなたが幸せな家庭を作ってくれたら、それが一番だわ」
「そうなれたら、良いんだけどもね…」
「さっきの話は置いといたとして。
 相手を選ぶ時は…、例えば甲斐性の有る男を選ぶってのはどうかしら?」
「…お金を稼ぐのはそこそこ出来てるから、相手の財力にはこだわりは無いよ?」
「そっちじゃなくて。女っ気の話よ」
「……?」
「女がそれなりに好きで、妾の1人や2人くらい欲しい、って感じの人はどう?」
「え!?…ちょっと何言ってるか良く分からない…」
「ある程度歳のいった、とうのたった女でも、1人くらいなら追加で面倒見るよ、
 くらいの男が良いわねぇ」
「…どうゆう事?」
「そういう相手だったら、頑張って取り入る事が出来るかもしれないじゃない」
「…誰が?」
「私がよ?」
「…え?」
「お妾さんで良いわよ?w 
 ちゃんとその人にも、もちろんあなたにも、きっちり愛して尽くすわよ?w」
「え!? 付いてくる気なの!?」
「………だめ?」

開いた口が塞がらず、しばらくシャーロットを見てしまった。物凄く寂しそうな顔をしている。
これは、ガチで言ってる顔だ。
困ったな、と思った。
何が困ったかと言えば、言う事を聞いてあげたくなってしまっている自分が居るのだ。
1分ほど沈黙してしまう。脳内は色々な事が駆け巡っている。
が、結局は……。

「…良いよ」
「やったぁ!!大好きよw」

何となくだが、未来の夫となる人間に、頭を下げてお願いしてそうな自分の姿が見えたようだった。
ただでさえ高かった、お付き合いなり結婚なりの難易度が、格段に引き上がった瞬間だった。

コンコン。
ドアがノックされる。
ライトネスとシャーロットの会話が終わってから10分後くらいだった。
チェリーがお茶の用意をしに部屋に戻って来たのだ。30分後のはずだったが、45分位は経っていると思う。
シャーロットは名残惜しそうに膝枕から起き上がると、チェリーを迎え入れた。

「すみません、ちょっと手間取ってしまって。遅くなっちゃいました」

と、チェリーは申し訳無さそうに言うと急いでお茶を用意してくれた。
ライトネスもシャーロットもそれを黙って見ている。
恐らくチェリーは、二人の会話が終わったのを確認してから、湯を沸かして来たのだと思う。
2人が姉妹のように仲が良いのは当然知ってはいるのだろうが、知らないフリをして接してくれているのだ。

「ああ、ほんと良い子…。私、チェリーも手放したくないのよ…」
「…シャーロットは…何を言ってるんだ? ははは…w」
「なんならチェリーも一緒に娶ってもらって…」
「ちょっと、待て?!」

話を聞いていないはずのチェリーは顔を引きつらせながら、必死に知らない態度を取っている。

「な、何のお話でしょうかねぇ?^^;」
「何でもないわ、じゃなくて、何でも無いぞ?
 シャーロットは疲れてるんだ。きっとな。あはははは…w」

話がややこしくなりそうなので、必死に取り繕ってこの会話を終わらせる。
後でシャーロットには、チェリーを巻き込むなと、きっちりお小言を言っておかないとならない…。

頭のおかしい守護英雄に付き合う相手は、同じくらい頭がおかしくないと務まらないのかもしれない。
少なくとも2人の花嫁を、同時に娶る気概がある、というくらいには。  

エピローグ2:ヤトリシノ&ライトネスSS②(作者むーむー)

ブラス村の武闘・演芸場で3回目のダンスパーティが開催された。

今日のライトネスは、黒みがかった赤いドレスを着こなしている。
前回のエロネス仕様でなく、貴族令嬢のスタンダード、といった極めてフォーマルなドレスだった。
静かにしていれば、お淑やかな貴族令嬢に見えることだろう。



今日の最初の曲の相手は、ヴァリスの地方領主の息子だった。
本来なら、ライトネス邸で開かれる舞踏会に呼ばれる立場の人間だろうが、
こちらの方にも参加したかったようだ。
もしかすると、前回のダンスパーティのライトネスのドレスの話を聞きつけて、
喜び勇んでやって来たのかもしれない。
ライトネス邸の舞踏会ではスタンダードなドレスしか着ないので、
前回のような挑発的なドレスなど試さない。
こちらに参加すれば見れると思ったのかもしれない。

――残念だったな?あれはもう二度と着てやらないと決めたんだ。

ライトネスは優雅に踊りながら、心の中でべー!っと舌を出していた。
心の中が男性口調だ。
フォーマルなドレスなので見た目はどうしたって女だが、前回ので懲りたので、
媚びた女らしさなど絶対出してやるもんかと、意地になっているところがある。
いつもはヤトリシノと最初に踊る事が多いが、今日は用事が有るので遅れてくるらしかった。
前回のヤトリシノの不機嫌そうな顔がちょっとちらついていて、
心がささくれ立ってきたライトネスは、別に来なくても良いけどねと、やや拗ね気味だった。

ブラス村とよその領地との交流上、優先して接しておかないといけない数人の相手と軽く踊り少し休憩する。
30、40分は踊っていただろうか?
あと小一時間もすれば、フォーマルなこの会は終わる。

休憩している間も会話はしなくてはならない。
肩は開いているがシックな感じのドレスを着ているシャーロットと2人で、重要参加者を中心に挨拶をして回る。
こういうドレスを着ていても、ライトネスはいつも男性口調なので、知らない人はちょっと面食らう。
だが取引相手として普段から接している人は、ああ、そういう人だったな、と思うだけなので問題が無かった。
結構話し込んでしまって、このままだともう踊らずに終わるかもしれないな、なんて思った頃。
遅れていたヤトリシノが到着したようだ。残り15分くらいだろうか?
もうこの時間だとあと1回踊れるかどうかだ。
真っ直ぐにこちらに向かってくる。
軽い挨拶のあと、ダンスに誘われる。

――まぁ、せっかく来たんだし、踊ってやるか。

だいぶ自分の心がささくれ立っているのが分かる。
根に持ち過ぎだと、自分でも思う。
でもしょうがない。

ヤトリシノにエスコートされ、会場の真ん中辺りに移動すると、
ちょうど音楽が変わり、それに合わせて踊り始める。
これは昔、リスモアの舞踏会でよく聞いたやつだな、と思う。
10分弱はある気がするので、多分この曲で最後なのだろう。

「今日は普通のドレスだね」

ヤトリシノが踊りながら気軽にそう言ってきた。
いきなり、心をえぐられたような気がした。

「普通で…悪かったな」

一応、優雅には踊れているが、感情が顔に出やすいライトネスは既にむくれていた。

「いや。良いんじゃないかな? 綺麗だと思うよ」

――なんだこいつ?! 喧嘩売りに来たのか?!

頭の中がぐるぐるし始める。
一応ダンス中なので、殴りかかるという訳にもいかない。
というか手を取られてるので、すぐにはそういう事も出来ない。

「そりゃ、どうも?!」
「…なんか、不機嫌だね?」
「この間のあなたの不機嫌さに比べたら、可愛いもんじゃない?」

大きな声で言っている訳では無いが、踊りながら喧嘩腰だ。かなりムキになっている。
リードされて華麗に踊ってはいるものの、言葉の戦いが始まろうとしていた。

「忘れた訳じゃないよね? こないだ、すっごく不機嫌だったよね?
 あれは、どうなのよ?」
「……」
「だいぶ、頑張って、普段着ないようなドレス着たんだよ?」
「そうみたいだね」
「…みんな綺麗だって、言ってくれたんだけど?!」
「だろうね」
「あなたにはダメだったかな? そんなに女っぽくなかったかな?!」
「いや、女っぽかったよ」
「それなら、そう言って欲しかったなぁ?!」
「だから、嫌だったんだけどね」
「はい???」

訳が分からない。
20秒ほどお互い無言で踊る。ライトネスはもはや不貞腐れてる状態だ。

「何で不機嫌だか、さっぱりだわ…。やきもち焼いてくれるとかならともかく…」
「…まぁ、そうなるかな」

さらに、しばらく無言で踊り続ける。
ライトネスは鈍感過ぎるので、なかなか、この返しの意味が分からない。
踊りながら、血が体を巡り、ようやく脳内に意味するところが伝わってくるのに、大分時間がかかった。

「…え?」
「…」

ヤトリシノはこっちを見ていない。

「…やきもち…妬いてくれてたの…?」
「…聞き直すの、止めてくれないかな?」

踊りながら、ライトネスは真顔でヤトリシノを見続ける。こっちを向いてくれる気配が無い。
どうしよう。凄く聞きたい。
これだけは、聞かないと、この後ずっと、他の事に何も手が付けられなくなりそうだ。

「ねぇ。じゃぁさ…。
 あの時、他の人に見せてなかったら、ちゃんと、どきどき、してくれた…?」
「…したよ」

たった3文字の、そっけない返事が、何度も何度も、脳内を駆け巡って、体中に広がっていく…。
何て言えば良いんだろう…。
上手く表現出来ない…と思ったとき、シャーロットの顔が浮かんだ。
はっ!と気付く。

「……染みる!」
「…?」

シャーロットが普段発している言葉の意味が、急に分かってしまった。
さっきまでの態度とは打って変わって、心が前のめりになるような感じで、ダンスに身が入る。
色々聞きたくなってしまって、かなり密着するような感じになってしまっている。
体幹の鍛えられてるヤトリシノだからこそ、急に寄られても問題なく踊れているが、
遠巻きに見てもだいぶぴったりとくっついてるのが分かる。
壁の華となって遠くでそれを見ていたシャーロットは、何かに気付いたようで、動き始める。

「…私の事、ちゃんと、女だって、見てくれてる?」
「…元からだよ」

ヤトリシノが、少し赤い顔をしている気がする!
照れている!? 
何これ! 胸の奥辺りが痛いくらい、キュンキュンとくる!
今のこの顔を絵画にして、額に飾って拝み倒したい!
何て言うのこれ! 
祭り上げるような、崇拝するような、何かを捧げたくなるような…。

「……尊い!」
「…大丈夫?」

シャーロットの境地が急に分かってきた。

――これは、深い愛情だと思う! めっちゃくちゃ気持ち良い!
まだまだ、色々聞きたい! 反応を見たい! どきどきしたい!

と、ライトネスが思っていると、ダンスの音楽が終わりに差し掛かろうとしている。

――もう、10分も経つの!? 今、この幸せな時間がもう終わってしまう?!
あああ!前半に機嫌悪くしてる場合じゃなかった! 何やってるのよ私! 時を巻き戻したい!

すると、終わるかと思った音楽が、前半の盛り上がりの部分にしれーっと移行し、
何事も無く、続けられたのだった。
楽団の方を見ると、指揮者の近くにシャーロットが立っていて、何か耳打ちしていたようだ。
シャーロットはこちらの視線に気が付いたようで、遠巻きにウィンクしながら、親指を立てていた。



――あああ!! シャーロット愛してる!!!

後でハグとキスの雨あられのご褒美をすることに決定した。

――いけない! 今はダンスに集中よ! というか、色々聞きたい!
でも、時間は残り5分くらいのはず。どうしよう、この貴重な時間をどう過ごそう!

踊りながら考える。でも、あれこれ聞きたい事がいっぱい有りすぎて、時間は足りない…。
あと、どうしても、今、言いたい事もある。また頭がぐるぐるしてきた。
えーい!何でも良いから言っちゃえ!

「じゃぁさ、じゃぁさ…2人っきりの時に、あれを着てきたら、また踊ってくれる…?」
「…いいよ?」
「じゃぁ、日を改めて、すぐに誘うわ。期待して待ってる。今度は、ちゃんと、褒めてね…?」
「今の服だって、可愛いよ…」
「……生きる糧!……もう1回」
「…?」
「褒められると、女に生まれて良かったって思えるの。いっぱい褒めて欲しいなぁ」
「恥ずかしいので…1日1回までね?」

…ご褒美のお預けがこんなに苦しいとは…。
普段ご褒美を出し渋っているので、後でシャーロットに謝らなくちゃ…。
しょんぼりしながら踊っていると、ヤトリシノが不意にこんな事を聞いてくる。

「気になってる事が有るんだけど…」
「何?」
「その口調が、普段の君なの?」
「……」

すっかり女口調になっていた。もう隠す事でも無いけど…。でも普段かと言うと何とも言えない。

男口調の私は、誰に見せても良いと思う自然な姿。女を隠したくてしてる訳じゃない。
子供の頃憧れた、こういう風になりたかったという自分だ。

貴族令嬢の自分はもういない。あの嘘だらけの姿は、辛いだけだったのでやりたくもない。

今のこの女の自分は、誰に見せても良いという感じじゃない。
女としての良い部分は、見て欲しい男に見せたいというのは有る。
だけど、嫉妬したり、いじけたり、拗ねたり、怒りっぽかったり、結構構ってちゃんだったり、
意外とやきもち焼きだったり、好きになったらべたべたくっつきたい性格だったりというような、
面倒臭い部分は、色んな人に見せたくはない。
そういうのを全部見せても良いと思う相手はそんなに多くない。
アスカルやシャーロットのような、家族や家族に近いと思えるような、
そんな相手に対しては見せてしまっていると思う。
少し考えてみたけど、ヤトリシノ以外の男にはそういう自分は見せたくなかった。

「これは、普段じゃないよ?」
「そうか。ちょっと意外だったよ」
「女って、思って欲しい人にしか、見せないの」
「…私に見せちゃって良いのかい?」
「もちろんよ?」

ライトネスは、生まれてから、飛び切り一番の笑顔をしながら、ヤトリシノにこう答えた。

「好きよ。愛してるわ!w ヤトリシノ!」

音楽が終わる。
ライトネスは一番大事な、言いたかった事を言い終えて満足した。
今日は早く帰って、2人きりのダンスパーティの招待状をすぐに書こう、と思うライトネスだった。

後日、2人きりの音楽の無いダンスパーティが行われた。演奏者も観客も居ない。
女を見せる気満々で真っ直ぐに突進してくる悩殺系聖女仕様のライトネスと、
それを華麗にさばくヤトリシノとの、2人きりのダンスがどうなったのかは、2人だけの秘密だった。



そのうち、頭のおかしい守護英雄と、赤髪の英雄の晴れやかな結婚式が見れる日も近いかもしれない。
その時には、もしかすると、もう1人、別の花嫁がくっついてきて、
頭のおかしい結婚式、と呼ばれるようになるかもしれない…。
それは未来のお楽しみに。  

エピローグ2:マーコット&タンジェリンSS(作者マーコットP)

「ちょっと!マーコット、聞こえてる!?もう少し歩みを緩めてくれないかしら!?」
「…だめです。認められません。
 日が沈む前までに街へ入らなければ、色々と厄介です。
 この身体で、足手まといであるお母さんを守りながらの野営は危険です」

前を歩く少女はそう淡々と答え、歩みを緩める事もなく、振り向きもしなかった。
そう言われてしまうと、何も言い返す事はできなかった。
しかし、冷たく言い放たれながらも、頬が緩んでいた。…いや、緩みきっていた。

「それでも、私をお母さん、と、呼んでくれるのね…♪ かわいいマーコット♪」
「あなたがそう呼べとおっしゃったんじゃあないですか。
 それも、二人きりの時だけ、などと手間のかかる事を…」
「それはそうよ?。さっきみたいに人に会うたびに、何度も何度も説明をしたくはないでしょう?」

二人の会話を聞くものが、その姿を見たら2度見、いや3度見4度見をするだろう。
前を歩く少女が、その後ろを歩く幼女の事を「母」と呼んでいるからだ。

「そこではありません。
 わたしが疑問に思っているのは、なぜ人前では“タンジェ”と呼ばされるのか!という所です」
「だって…、フルネームだと長いし、その名を知るものに聞かれてもめんどくさいし…。それに…」
「…その先は言わなくても構いません」
「それに♪あの人が私の事をそう呼んでいたんだもの~♪♪♪」
「…………。言葉を誤りました。“言うな”と言うべきでした」
「もう~、娘はもっと母親を大事にしてくれても良いのよ?(´・ω・`)」

会話だけを聞くものには、二人の関係は「劣悪」「剣呑」「一触即発」と見えるかも知れない。
それは、ある意味では正しく、ある意味では間違っている。
二人はまさに、一心同体であり、何年も寝食を共にし、言葉では越えられないやり取りを
重ねてきた関係なのである。
知らぬ者には冷たく聞こえる「娘」の言葉からでさえも、「母」はその奥の「並ならぬ愛情」を
ひしひしと感じている。
とはいえ、「娘」の言葉は、照れ隠しでもなく、偽りでもない。
心の底から“思った事を口にしている”のだ。

「家族…」

「娘」は何かを確かめるように、噛み締めながらそう小さくひとりごちた。

「なんか言った??」

後ろから情けない声がする。今にもその場に座り込みそうだ。
無理もない。彼女は紛れもなく“母親”ではあるが、その身体は(少なくともその身体は…)
今は故あって“5歳児のそれ”そのものなのだから。

「わたしに泣き言を言わずに、また、“大叔父”にでもお願いすればいいじゃないですか!」
「も~、イジワルねぇ。こ~んな街道で、あんな大きなエントなんか呼び出したら、
“ま~た”大騒ぎになるでしょう?」

実は前の街を出る時に、既に、大騒ぎを起こしていた。
そして、それがために旅程が大きく遅れているのだ。
実際的には、二人を襲って無事に済む“厄介”など、およそこの辺りには存在しないのではあるが、
二人が話している事、案じている事とは、そういう“表面上の話し”では無いのだ。
例えば、すぐに無事に返ってきたからと言って、どこの誰とも知らぬ者に、
自分の大切な物を黙って持ち出されれば、間違いなく誰もが不快に思うであろう。
そういった類の話しなのだ。
少女は嘆息しながらこう提案した。

「…じゃあ、こうしましょう…。
まず、わたしがポリモルフでお母さんをウサギに変えます。
そうしてローブの内にでも掴まってもらって、フライとエクステンドで街まで飛びましょう…」
「なんだ?!!そんな手があるならはじめからそうしてくれれば良かったのに!!」



「ぎゃーー!こわい!もうだめ!手が痺れてきた!おろして!」
「…いま手を離したら落ちますよ…。あと、喋ると舌を噛みます」
「それにしても、どうしてこんなに凹凸が無いのよ!!!
 手だけで支えなくちゃならないわ!」
「なけなしの凹凸を奪ったあなたがそれを言いますか!!!
 絶対言われると思ったからやりたくなかったんです!!」

…急げマーコット。地平に暮れる紅の夕日は、ふたりを待ってはくれないのだ。

およそこのような会話を続けながら、まだまだ二人のかしましい旅は続く…。_φ(・ω・`) 

エピローグ2:トゥ・ナ&ルーシアSS②(作者むーむー)

初めての夜明けのお茶、というか半ばおやつの時間のお茶を迎えた日以降、
トゥ・ナとルーシアは一緒に暮らし始めた。
ルーシアは日常生活での喜怒哀楽の表現が全体的に薄い感じはするものの、
周りをよく見ていて、気遣いや思いやりに溢れ、押しつけがましいところがなく、
穏やかな生活を過ごすには最適なパートナーだった。
トゥ・ナの話す話を興味深く聞き入り、時には面白い発想でいろんな感想や意見を交えて
日常の会話が楽しくなるようにしてくれる。
日ごろからべたべたくっついてくるのかと思ったが、そうでもない。
抱かれたからと言って、彼女面したり、急に態度が変わるような事は無く、
いつもニコニコしながら控えめに付き従ってくるような、そんな感じだった。
さすがに一緒に暮らすようになってから、口調はだいぶ甘えた感じが増えてきているが、
いまだにトゥ・ナのことをさん付けで呼んだり、丁寧な言葉だったりするのは変わらなかった。
というか、誰に対してもそうなので、彼女にとってはそれが自然なのだろう。
そんなルーシアも、トゥ・ナに甘えたくなってくると、手を握り始めてきたり、
じわじわと「…だもん」というような子供っぽい言動が増えてくるので、かなり分かりやすい人だった。

初めての夜の時もそうだったのだが、彼女には、いっぱいいちゃいちゃするんだという、
強い欲求というか、こだわりが有るようだった。
体力に自信があるトゥ・ナですら、かなり消耗してしまっていて、
ルーシアももう体の限界なんじゃないか?くらいにへたっていても、
可愛くおねだりしてくるようなところがあって、こいつ、サキュバスだったっけ?
というくらい、毎度毎度、精根尽き果てるまで求められるのだった。

悪魔である心臓の維持の為に、いかがわしい欲望をいっぱい与えなくてはならないから、
というのがルーシアの言い分だった。
だが、後でぽそっと「だって凄く気持ち良いんだもん…」と聞こえないと思ってるであろう
可愛い呟きを聞いて、もう何なんだよ!この可愛い生き物は!とトゥ・ナはついつい甘やかしてしまうのだった。

暮らして数か月経った頃、2人の間にちょっとした変化があった。
ルーシアは悪魔の心臓の事もあって、ブラスで安定した仕事をしていこうとしていたのだが、
トゥ・ナはずっとブラスにいてもやる事が無いとの事で、時折ブラスを離れて旅に出るなり
自警団の依頼で遠出の冒険に出るなりして、ブラスにずっといるという事が無くなってきたのだ。
ルーシアは時折トゥ・ナと一緒に冒険に付いて行く事もあったが、
彼女自体はブラスでやらなくてはならない事や、やりたい事が多くあり、
ひと月、ふた月くらい会えなくなるような事もちょくちょく起きていた。
特にここ最近の2か月くらいは、ルーシアはブラスをあまり出たくないとの事で、
一緒に冒険をする事も無く、ルーシアの待つ家に時折トゥ・ナが帰るような日が続いていた。
そんなある日の事。

「そうそう。ルーシアよう」
「ん?なぁに?」
「こないだ俺がやってた仕事。またちょくちょくあるようでさ。
 ちょっと長期になるかもしれないんだわ」
「そうなんですか?どのくらいなの?」
「まだちょっと分からない。長いと半年とか1年かかるかもしれねぇな」
「1年…ですか」
「だめか?」
「えっと…。出来れば短い方がそれは嬉しいですけど。いつからなの?」
「来週から多分出ると思う」
「…いつまで?」
「あー。まぁ、だから長けりゃ、1年…かな」
「あのぅ…。半年後には、一旦、帰って来てもらえませんか…?」
「ん?どうだろうな。出来ればそうするけど」
「出来ればではなくて…何が有っても。半年後には、一回、必ず、帰って来て欲しい…」
「…何か有るのか?」

ルーシアの顔はだいぶ真剣だった。怒ってるのではない。ちょっと困ってるような顔だ。
よくよく見ると、ちょっとお腹に両手を当てているような、さすっているような…。

「…え?」
「…」
「…子供、か?」
「…今、多分3か月目みたいです。…半年後には生まれて。
 だから…その時には。…いて欲しいんだもん…」

だいぶ、涙目になっている。
そんなルーシアをトゥ・ナは優しく抱きしめる。

「早く言えって。もちろんいるさ。
 なんだったら仕事断っても良いからさ。な? 心配すんな」
「…家族に、なって、くれますか…?」
「当たり前だろ。ていうか、もう、とっくに家族だって」

ルーシアは静かに抱き着いて、顔を胸に埋めたまま、しばらく泣いていた。
結婚、というような儀式をしていた訳では無かったので、恋人同士という関係だったが、
これからは、家族となっていくのだろう。
新しく生まれてくる生命の誕生を、喜びとともに二人で待ち望むのだった。

泣き止んで落ち着いた頃、ルーシアがこんな事を言い出した。

「明日、一緒に行って欲しい所が有るんです。付いて来て欲しい…」

翌日。
トゥ・ナとルーシアはリスモアに馬車で向かっていた。
ルーシアの体の事も有るので徒歩旅などの無理をさせられない。
テレポートが母体に安全かも良く分からないとの事で、馬車旅にした。
馬車旅も本当は良くないらしいのだが、どうしても今すぐリスモアに行きたいと、
ルーシアが珍しく強く願うのでそうしたのだ。

リスモアに着くと、ラーダ神殿にすぐ向かう。
ここはルーシアが10歳から世話になってるという所だった。
かなり大きな建物で、ルーシアはこの建物の屋根裏部屋で、育てられたのだ。
この神殿の責任者である、ウルド神官長との面談をするという事だった。
応接室のような所で待っていると、40代半ばくらいの女性が現れた。
この人がウルド神官長のようだ。

「ルーシアじゃないの。久しぶり。元気にしていた?w」
「はい。なかなか戻ってくる事が出来なくてすみません」
「良いのよ。最近はブラスの方の神殿の方が大きくなっちゃっているし、
 カルスだけでは回していくのも大変でしょうから。
 むしろあなたがブラスにいてくれて大助かりなのw そちらの方は?w」
「トゥ・ナさんです」
「ああ、この方がw」

とりあえず軽く会釈する。数秒、沈黙がある。
ルーシアが改まって、話し始める。

「今日は、大事なお話があって来ました。どうしても、紹介したかったんです」

ウルドも、トゥ・ナも黙って聞いている。
ルーシアが、トゥ・ナを紹介する。

「この人が、私の大事な人、トゥ・ナさんです。家族になりました…」

そして今度はウルドを紹介する。

「そして、この人が私の育ての親。私の大好きな、ウルド『お母さん』です…」

この日、ルーシアは初めてウルドを「お母さん」と呼んだ。
家族と呼べる、そんな人が自分に出来たなら…。
お母さんが、どういうものなのか、ちゃんと分かる日が来たのなら…。
胸を張って、この人の事を、お母さんと呼ぼう。ずっと、心に決めていた。
今日、ようやく、その日が訪れたのだ。

「ああ…なんてことなの…!」

ウルドは涙をぼろぼろ流しながら、ルーシアを見つめている。

「私が、どれだけ、この日を、待ち望んだ事か…!」

ウルドは流れる涙を止められず、両手で顔を覆って、立ちすくんでいた。
ルーシアは、泣きそうになりながら、言葉を続ける。

「ウルドお母さん…。お願いが有ります」
「…なぁに?なんでも言ってごらんなさい?」

涙をぬぐいながら、ウルドは話を聞く。
ルーシアは、喜びの顔というよりは、今生の別れのような、悲壮な顔をしながら、ウルドに懇願し始めた。

「私はまだ未熟者です。まだまだ、何も分かっていません…。
 ずっとウルドお母さんに面倒を見てもらいたいです…」
「…あなたは立派になったわよ? どうしたの? 自分を卑下しなくて良いのよ…?」
「いやです!…ずっと構っていて欲しいです!」

ウルドは戸惑っていた。

「どうしたの…? ルーシア。何を心配しているの? ちゃんと教えて?」
「…だって。…面倒を見てくれるのは、お母さんって、言う日までだって…言ったんだもん…。
 私は…、あなたに、ずっとお母さんで、いて欲しいよ!」

ルーシアはそう言うとまるで駄々っ子のように泣きじゃくった。

――わかった。
  じゃぁ、私がゆっくり、あなたにお父さんやお母さんがどういうものか、ちゃんと教えてあげる。
  いつか、あなたにそれがわかる日が来て、あなたが胸を張って、
  私のことをお母さんだって言ってくれるその日まで、ちゃんとあなたの面倒を見るわ。

ウルドは自分が何と言ったのか、思い出した。
父親や母親という言葉の意味すら知らなかった幼い頃のルーシアは、この言葉を勘違いして受け止めたのだ。
普通に考えれば、母親の愛情が期間限定な訳が無い。ずっと続くに決まっている。
だが、そんな当たり前の事を、自分も含めて、誰も教えていなかった。
言われた事を素直に信じてしまいやすいこの子は、その日が来るのが怖くて、
ずっと自分のことを母と呼べなかったに違いない。

「なんてことなの…。
 ルーシア、あなたに勘違いさせる言い方をしてしまっていたのね…。ごめんね?
 いい?お母さんはね。一度なったら、決して、終わらないの。
 死んでも。死んでからもずっと。永遠に、私はあなたのお母さんなの!」
「おかぁ、さんって…ずっと…呼んで良いの…?」
「そうよ? あなたにそう呼ばれる日が1日だけなんて、
 そんな寂しいことは、あってはならないの。
 私は、今までも、これからも、ずっと…ずっと、あなたのお母さんなんですからね! 
 いい?」
「はい…お母さん…!」
「可愛い私のルーシア…。こっちへいらっしゃい…」

ルーシアが、ウルドに抱き付いた。2人は泣きながらしばらく抱き合っていた。
ずっと母と呼びたかった娘と、そう呼ばれるのを待ち望んでいた母親は、
いまここに、ようやくお互いを親子として呼び合えるようになったのだった。

しばらくそうしていた後、ルーシアが、甘えたような口調で、ウルドに報告をはじめた。

「お母さん…」
「…なぁに?」
「もう一つ、大事なお話が有ります…」
「何かしら…。もう、ちょっとやちょっとじゃ、驚かないわよ…?w」
「…私も、もうちょっとしたら、お母さんになります…」
「…あああ。もう、なんてことなの!
 今日はどれだけ私を泣かせたら気が済むの!w」

ウルドは泣きながら笑っていた。

「お母さんと同時に、おばあちゃんにも、なれるのね。嬉しいわ…w」
「ウルドお母さんみたいな、お母さんになりたいです。色々、いっぱい教えてください…」
「もちろんよ。むしろ、うるっさい!って言いたくなるくらい、あれこれ言いますからね?
 覚悟なさい…w」

ウルドはそう言った後、トゥ・ナに向き合う。

「トゥ・ナさん。
 この子は、甘えん坊で、怖がりで、まだまだ子供みたいなところもある子ですけれども、
 私が手塩にかけて大事に育てた、どこに出しても誇れる、自慢の愛娘です。
 このご時世、幸せにしてください、とは言いません。
 どうか、子供も含めて“一緒に幸せになって”くださいね。宜しくお願いします」
「わかった。任せといてくれ」

トゥ・ナはたくさんは言わなかった。
言われなくてもそのつもりだったし、言葉で示すよりは、幸せになった姿を見せるほうが、
何よりも大事な事だろうと思ったから。

トゥ・ナとルーシアはその後、ブラスまで戻り、しばらくは静かに過ごした。
ルーシアは無事に女の子を出産した。その子は、ル・ナと名付けられた。

ルーシアは育児をする傍ら、ライトネスにお願いして、ラーダ神殿の近くに託児施設を開設してもらった。
父母が忙しく仕事をしていて十分に愛情を注がれていない子供や、
そもそも父母を知らない子供たちの為に、みんなで協力して育児をしていく仕組みを、模索し始めたのだ。
自分の子供を育てるのも大変ではあったが、どうしても、この仕事をしたかったのだ。
託児所は子育てをする場所ではあったが、子供だけでなく育児に悩む若い夫婦同士で相談をしあったり、
年配者からの助言をもらえるよう工夫をするなど、子育て支援に力を入れたかなり先進的な施設となっていた。
孤児院ではない。あくまでも、みんなで子育てをする場所をルーシアが欲したのだ。

自分たちの村は自分たちで守る。自分たちの子供も自分たちで守る。
多くの子供が、託児施設の中で、皆の手をかけて育つことになった。
ルーシアは多くの子供から慕われた。たくさんの子供の“おかあさん”となったのだ。
自分の子供も、その他の子供も分け隔てなく育てる。
その献身的な愛情の注ぎ方から、いつの間にか、ブラスの母、と呼ばれるようになった。

この世に悪魔の子として生を受け、
度重なる虐待に心をくじかれながらも、
人として、愛を注がれて育ち、
人として、愛する者と結ばれ、
人として、愛する者と子供を成し、
人として、日々慎ましやかに生きていく。

誰よりも心の清らかな悪魔の子は、聖職者として、女として、そして母として、
日々日記を書きながら、たくさんの子供に優しい微笑みを向けて、今日も子育てに奔走するのだった。

エピローグ2:オーランジュ&タンジェリンSS⑬(作者むーむー)

世界樹の苗の力を借りて、再誕の呪文により幼女の姿となって復活した私は、
ブラスの村の魔術師区の自宅と、ダークエルフのアンスリュームの世界樹の森を
行ったり来たりする生活をしていた。

新しく生を受けた体はエルフでいうなれば30歳児くらいの体だった。
人間では5歳くらいと言えるかもしれない。
再誕の術は、古代語魔法の形を取ってはいたけど、世界樹の力を利用するものだったので、
森の妖精である私の性質に合っており、まったく問題なく再誕が出来たのだった。
また自分の肉体の一部から再構成されたため、魂の本質が一切変わらず、
精霊魔法の源となる精霊との契約はそのまま使えるようだった。
心を通わせ合った精霊たちと会話するのが懐かしく、その時ようやく自分を取り戻したような気がした。

私は精霊魔法を極めた精霊使いだったので、最上位の精霊王を使役出来たけども、
再誕後も問題なくそれらの魔法を行使する事が出来た。
幼い体ではあったけど、生命力も精神力も昔のままに戻っているので、魔法の力は健在といえた。
また見た目は過去の自分の姿そのままだった。
恐らく、あと100年もすれば、昔と同じ姿を取り戻すことになると思う。

結果的に見れば、若返ったと言った方が良いような状態になっていた。
再び生を受け、我が子と一緒に暮らす事が出来るのは嬉しく思う。
する事が出来なかった子育ての続きが出来るとは思ったものの、
子供の方が見た目が年上になってしまい、母としての威厳をどう保つかは今後の課題だと思った。
とはいえ、マーコットは、ちょっと腹黒い感じが見え隠れはするけども、
そこそこ真っ直ぐには育ってくれたように思うので、自分が今さら母親として出来る事は、
そんなに多くは無さそうね、と思っている。

人間世界の成人は15歳。ハーフエルフであるマーコットも、15歳で成人という事になるだろう。
10歳にして古代語魔法の最上位魔法を唱えるまでに至った我が子の成長ぶりは目を見張るものがある。
さすがはあの人の子供だなと思う。

精霊魔法を教える、という夢もあったが、マーコットは精霊への適正はあまり無さそうだった。
その分、古代語魔法の適正が非常に高かったのは既に実証されているので、
オーランジュはさぞかし喜んでいるだろうなと思う。
何か自慢げに、ほら見てみろ、良い魔術師になると言っただろうが!と、
あの憎たらしい笑顔で自慢されてる感じがして、心の中で悪態を付いておく。

幼くして急に成長を遂げたマーコットは、アンバランスな部分が出てくる事になるかもしれない。
母として、そこは注意深く見守らなくてはと思っている。
何はともあれ、あと5年もすればマーコットも成人だ。
我が子がどういう道を選ぶのか、どういう選択をしてくのかを見守っていこうと思ったのだった。

子供の事もあるが、自分はどうやって生きていこうか、とも考えている。
元々はパストールの森やその周辺の安定を図ろうと、巫女姫として積極的に動いていた。
精霊使いとして道を究めた後は、そのような調停者としての道を選んだつもりだった。
だが、パストールの森からは追放され、巫女姫でもなくなっており、調停する立場でもない。
元よりオーランジュと結ばれる道を選んだあの日から、追放どころか、
追手によって粛清される事も覚悟していた事なので、今さらそこに執着はない。
もう、その仕事は別の誰かのものなのだ。

今の自分は若干、バランスが悪い状態ではあると思っている。
若返った事で良かった事、というのは実はあまり無かった。
見た目が子供になっただけで、精神が子供に戻る訳でも無く、
それこそ数百年生きた経験のあるエルフの考え方がそのまま残っている。
子供のように日々何かに新しい発見がある訳でも無く、純粋さがある訳でも無い。
以前と違う小さい体では何をするにも不自由だし、
生命力や精神力などは同じようでも筋力などは子供なので重い物は持ち運べないし、
長距離の移動などではすぐに疲れてしまう。
大人だと言っても誰も信じてくれないので、軽く酒を嗜むような事も出来はしない。
飲んだところであっという間に酔ってしまいそうだった。
残念ながら寿命が延びたかまでは分かっていないが、
恐らくは寿命は変わっていないのではないかという気がするので、
ある程度の年齢になれば、若い見た目のまま死ぬ事になるのだろうな、と思っている。
あと100年、長く辛い子供時代をやり直さなくてはならないのかと思うと、若干げんなりはしていた。

とはいえ、オーランジュが、私の再誕の為に、あれから残りの人生を捧げ、
マーコットの力を信じて、術を作ってくれたのだ。
文句を言ってばかりだとあの人に嫌われてしまう。私から望んで愛した男なのだ。
嫌われるのは何があってもいや。
…でも、文句を言うお前も可愛い、と、言ってくれた事も有るから、大丈夫かもしれないわね…。
いやいや。文句を言うのを止めよう、と首を振る。
あの人の事を考えると、ついつい天邪鬼な自分が出てきてしまう。
せっかくあの人が残してくれたものなのだ。素直に、大事にして生きていこう。

残してくれたもの、で、思い出した。あれは、今でもあそこにあるのだろうか?
ふと思い立ち、マーコットに相談して、旅に出る事にした。

カノン自由軍の兵士に護衛されながら、マーコットと2人で馬に乗せられ、カタコンベ跡に向かう。
カタコンベの内部は、私の半身とも言える怪物に徹底的に破壊され、
ドーム状になっていた構造は崩れ落ちてしまっていた。
怪物はだいぶ暴れ回っていたようだったが、二週間ほどで死亡し、二ヶ月もすると腐りはて、
最終的には得体のしれない骨の塊になっているそうだ。
ただ呪いの力は強力なので、決してカタコンベには入らないよう、忠告を受けた。
特に私はあの呪いの対象者だ。近づくだけで、再び呪いが移るかもしれない。
これは絶対に避けなくてはならない。
元より私が行きたかったのはカタコンベではない。
その近くにある朽ち果てた猟師小屋に用が有ったのだ。

帰りはテレポートで帰るという事で、カノン自由軍の兵士には先に帰ってもらった。
護衛は要らないか?と言われたが、古代語魔術と精霊魔術を極めた2人がいるのだ。
そうそう遅れは取らないし、10分ほどの用事が済めばテレポートで帰る予定だった、
それよりも、自分の思い出の場所を、他人の目に触れさせたくなかったのだ。

オーランジュと逢瀬を重ねていた猟師小屋に向かう。
10年近く経っている猟師小屋は、当時から朽ちかけてはいたが、今はかなり痛んでしまっていて、
中に入って大丈夫かな?と一瞬心配になったほどだった。
入口近くから、中を覗く。
藁をたくさん積んでベッド代わりにしていた場所は、風化しすぎていて埃まみれになっていた。
焚き木をする場所にはサビた鍋があった。これで温かいスープをよく飲んだ。
使われなくなった猟師の道具などが置いてあった棚は、扉が外れぷらぷらとしていた。
朽ち果てた姿を見つつ、目を閉じる。
懐かしい光景が甦ってきた。

呪われた体を見てもらうため、襲われるかもしれないと思いながら、肌を見せたこと。
その体から異物を取り除いてもらう時、胸は凝視されたけども襲われることなどなく、
何度も根気よく術をかけてくれるあの人を、敵なのに安心しきって頼るようになってしまったこと。
そのうち、こんな体だから襲ってもらえないのだと悲しくなっている自分に気付いてしまい、
一人寂しく森の中で泣いてしまったこと。
女と見てくれていることが分かって、嬉しくて自分から誘ってしまったこと。私の初めてを捧げた場所だ。
この猟師部屋に私が寝泊まりするようになり、あの人が来るのを今か今かと待っていたこと。
夜は、求められるままに、来る日も来る日も愛し合ったこと。…うそ。だいぶ私がねだった。
呪いとは違う体の異変に気が付いて、喜んでもらえるか不安でしょうがなかったこと。
子供がお腹にいることを伝えた日に、あの人が喜んでくれたこと。森に立ち込めた霧が晴れ上がって、
眩い太陽の光を浴びたような気持ちだった。
酷く痛い思いをしながら、あの子をここで産んだこと。あの人の子を産めて、
そして母になれたと、誇りたい気持ちでいっぱいだった。
祝福された名前を付けたいと素直に言えず、植物の名にちなむのがエルフ流だなどと
かなり強情に言い張ってしまったこと。
でもちゃんと分かってくれていて、すぐにマーコットと名付けてくれたこと。
その後ここでは暮らしていけないので、嘘を付いて魔術結社の中で
一緒に暮らすという決断をした日のこと。
結社に持っていけば取られてしまうだろう私の装備品などを隠しておこう、と決めたのだ。

目を開ける。そう。その最後の日、ここに思い出の品を、隠していったのだ。

気を付けながら中に入る。腐りかけている木の床板を注意深く剥がそうとする。
5歳児の力ではなかなか剥がせない。マーコットにも手伝ってもらいなんとか剥がす。
床板を数枚剥がすと、土の部分が見えてきた。そこに装備品がそのまま置いてあった。
レイピアや、クロスボウ、ハードレザーアーマーなど、いずれも当時の私が使っていた物で、
魔法の効果の為に、朽ちることなくそのままの姿で残っていた。
持って帰るのは苦労するだろうが、頑張って持って帰ろう。いずれ大人の体に戻ったら使えるだろう。
あと、指輪とアミュレットもあった。良かった。これを探していたのだ。
これはあの人から贈られたものだ。
付き合い初めのころ、結婚指輪の代わり、と言われ、もらったものだ。
エルフにはそのような風習は無いので、要らないと言ったのだが、これは永遠の愛を誓うものだから、
良いから持て、と、ちょっと怒られながら渡されたものだ。
私たちエルフの思う永遠とはちょっと違うようだったので、不思議な感じがした。
これらの品が暗黒の儀式で作られた物だったので、当時の私は、そんなものは身に付けられない、
なんて言って、とりあえずもらうだけだというポーズをとっていた。
逢瀬を終えて、あの人が魔術結社に戻っていなくなると、こっそり小箱から取り出しては身に着けて、
毎日のように悦に浸ったものだった。
今となってはあの人との思い出の品。さらに言えば結婚した証だ。これだけは絶対に取り戻したかった。

用件は済んだので、すぐに小屋から出る。もう、ここには来ることも無いだろう。
さようなら…。私とあの人の、甘い思い出の場所。
最後にもう一度、じっくりと瞳の奥にこの風景を焼き付ける。
十分満足した私は、マーコットとともに、テレポートでブラス村に帰ったのだった。

カノンへの旅は、片道とは言え幼い私の体には負担が大きかった。
しばらく体調を崩し、休養を余儀なくされた。
ある程度体が育つまでは、冒険は出来ないと思った方が良いだろう。
当面の間は、ブラス村を拠点として、今後何をしていくか、ゆっくり考えることにしよう。
幸い、この村は、ちょっとよく分からないほど、おかしな村だ。
様々な種族が集まっているし、妖魔すら暮らしている。
たった15年くらいで、こんな村が出てくるとは想像も出来なかった。

急激に人口が増えたため、食料の確保が急務となっているようだった。
開墾は進んでいるが、普通にやっていては作物の収穫はすぐには出来ない。
上位の精霊使いは、精霊の力を利用して畑に力を与え、成長を促すことが出来る。
協力を申し出たら、喝さいを浴びるほど喜ばれた。
畑が出来るたびにひっきりなしに呼ばれ、その都度、感謝の言葉をもらうのは、かなり気分が良かった。
その手伝いをしたら、収入が得られた。それも継続して得られる。そういう仕組みを作ったというのだ。
幼児となってしまい、旅も冒険の仕事も出来ない私が、どのように生活していけるかと、
困っていたところだったので、これは本当にありがたいことだった。
マーコットの負担にならずに済んだ。

私の再誕の儀式の為の世界樹の苗を提供してくれたのは、この村のダークエルフのアンスリュームだった。
彼女の森にちょくちょくと通う。やはり森は良い。
ダークエルフと聞いて、最初は身構えてしまったが、実際に接してみると驚くほど気さくで、
ダークエルフには思えない娘だった。
漁民区で愛する人間の夫と暮らしているらしい。
普段は明るいが、怒らせるとダークエルフの本性がむき出しになる、と、本人から言われたが、
にわかには信じられない。

彼女の森には。他の森からエルフやダークエルフがたまにやってくるようになっている。
ダークエルフの侵攻によって日々戦いを余儀なくされた自分からすると、争うことの無い、
こんな平和な森があるのかと、正直、涙が出た。
パストールの森を追放されたのもあり、私が帰る森はもう無いのだと思っていたが、
この森を新しい故郷にしたらいいと言ってもらえ、これにもまた涙が出た。
ブラスの森が私の帰る森となった。
歩いて行けるところに、深い森がある。本当に感謝しかない。

マーコットが魔術師区に家を構えた。一緒に住んでいる。
マーコットはいろいろとやりたいことが多いようで、日々楽しそうに暮らしている。
旅に出たり、研究に没頭したりと、家を空けることも多くなってきた。
時折帰ってくる娘を、ここでのんびり待つのも、悪くない。
私はおそらくあと100年くらいはここに住まうことになる。
この村にお世話になるのであれば、発展に協力をしていかないといけないな、と思う。

長旅に耐えられるようになったら、いつか、オーランジュとマーコットの住んでいた
カノンの村に行きたいと思っている。オーランジュはそこで弔われ、今もそこに眠っている。
村が暗黒魔術師に襲われ、村人が住めないような状態になってしまっているらしい。
もしかすると墓も荒らされたかもしれないし、私が成長するころ、
50年後、100年後には朽ちた村となって、木や森に飲まれてしまっているかもしれない。
それなら、それでも良い。
ただ、あの人が眠っている場所を、知っておきたいのだ。

私が死に直面するころ、恐らくは数百年先になるとは思うけど、私はそこに行くことになるだろう。
オーランジュが眠る地に、私も埋もれる。
私の亡骸は、いずれ土に還り、一本の木となり、林になり、森になり、いずれは彼の亡骸と混ざりあって、
また新たな生命を生み出すようになるはずだ。
私とあの人は、永遠に、新しい命を紡ぐのだ。
いつまでも一緒に。

これが私たちエルフの思う、永遠のかたちのひとつ。

その時には、あの指輪とアミュレットも身に付けていよう。
彼が思う永遠の形がそうならば、それを一緒に持って逝かなくてはならない。

私の永遠と、彼の永遠は、常にともにある。
私たちは、永遠を誓い合った、夫婦なのだから。

エピローグ2:15年後SS(作者 トゥ・ナP)

※15年後SSとして掲載されています。

あるところにひとりの盗賊がいました。
この盗賊にはなにもありませんでした。
ほんとうはたくさんあるのに、気がつかない盗賊は“だいじ”を見つけるために旅にでました。
それは大変な旅でした。

勢い良く台所の扉が開け放たれる。
「ルーシア母様!おはようございます!」
開口一番、朝の挨拶。
「おはよう、ル・ナ。それと成人おめでとう」
ルーシアは柔らかな笑顔で愛娘を迎えた。
少し手を振る。
今日この日、ル・ナは15歳の誕生日を迎えた。遂に成人した事になる。
「お手伝いします母様!……あー!美味しそーっ」
テーブルの上に所狭しと並べられた皿を覗いたル・ナは愛らしく目を輝かせる。
「ホントにそっくり、好物まで一緒なんだから」
慈愛に満ちた顔でル・ナを見る。
逆に娘は露骨に嫌そうな視線を向ける。
この頃には、このブラスで託児院を営んでいたルーシアは“ブラスの母”と呼ばれ始めていた。
「今日は特別、早く食堂に持っていってあげて。みんな待ちわびているかも……」
2人で次々とお皿を食堂へと運ぶ。
お皿を並べ終え、たくさんのパンを入れたバスケットをテーブルに、あとは寝坊助たちを起こして。
ようやくみんなが揃う。
子供たちは今は7人。幼少が多い。
ルーシアが孤児として面倒を見ている子供たちの幸せの為に、
可能な限り早くに里親を見つけてあげるべきだと躍起になっているから、
遅くても10を数える前にはここを離れていく。
子供たちが巣立つ度にこっそり泣いていたものだ。それは今もだろう。
そして子供たちの幸せを神に祈るのだ。
「はーい、みんなー“いただきます”からだよーっ」
賑やかになったテーブルを囲み、ル・ナが音頭を取った。
そして、戦闘が始まる。
「るなー、パンとれないーーっ」
「あーん、こぼしちゃったぁぁぁあああ!!」
「にんじんきらーい、んべっ」
「おかわり、おかわりぃ!」
「ぼくのパンとられたぁっかえせーー!」
「おまえのものはおれのものぉう!」
「うむ、びみである。しぇふをここへ!」
ル・ナは手馴れた様子で姉弟たちの面倒を見ている。
この家で長く年長者をしているル・ナの日常だった。
弟や妹たちが巣立つ度、この優しい娘も枕を濡らしているのかも知れない。

「「ごちそーさまですたぁ!」」
ようやく朝の戦いが終わる。
子供たちは庭に駆け出していき、母娘は食器を片付けていた。
洗い物をしながらルーシアが礼を言う。
「母様のお手伝いをするのは娘として当然っ!むしろ喜んでお手伝いしてます、
 どっかのダルそうにタラタラしてる甲斐性なしとは違うのですっ」
じっとりと目が据わる。誰のことだろうか。
「もぅ!なんであなた達は仲良くしてくれないのかしら……。
 昨晩も目を離してる隙にケンカしてたみたいだけど……。」
ふぅ、とため息をつく。
「たまにしか会えないのよ?3人で会えるのは1年に1度か2度、
 お母さんはたまには3人で仲良くしたいなぁ……?」
チラリと視線を送る。
しかしル・ナが即座に答える。
「ごめんなさい母様、その願いはラーダ神でも聞き届けられません」
そして頬を膨らませ、プイッとそっぽを向く。
ル・ナは幼少の頃に啓示を受けて、ラーダの神官になっていた。
神官の母娘が肩を並べて洗い物をする姿は絵になるが、内容は如何なものか。
「あなたのお父さんは立派な方なのよ?いっつも嘘ばかり吐きし、少し女の人が大好きで、
 お金に関心が高くて、他人を道具のように扱うけど……凄く優しいのっ」
ルーシアの頬に少し朱が差す。逆にル・ナの顔色は白くなる。
「母様……ル・ナはその言葉により一層の侮蔑を覚えますが……」
目付きだけで人を殺せるかもしれない。いや、一部には好物か。
「いやっ、違うのよ?やっぱり大好きなのだけど、惚気けるって苦手で……
 アンスさんみたいになれないなぁ……」
この場には居ない友人を思い浮かべたのだろう、ルーシアは少しだけ天を仰ぐ。
「お父さんはね?潰されそうになってた私を助けてくれたの。闇に落ちそうだった私を。
 もしくはライトネスさんなら私を闇から引っ張りあげてくれたかも知れない。
 けど……トゥ・ナは、あなたのお父さんは、ただ落ちないように見ていてくれたの」
一息つく、恥ずかしかったのかもしれない。
「あの人は“家族”には嘘を吐かないの。悩んでいた私に大事な言葉をくれたわ」
ふっ、と顔が和らぐ。
「ル・ナも何時か出会えるわ。だいじなひとに」
ル・ナの表情が歪む、自分の中で処理出来ていないのだろう、左右で違う。
「今日はどうするの?」
洗い物が片付いてから、ルーシアは娘に尋ねた。
「お世話になっている方々に成人の挨拶をしてきます!」

ハキハキと答えてから、急にションボリとする。
「なので、今日はお手伝い出来ないかもしれない可能性が微粒子レベルで存在する気が
 しないでもない今日この頃な感じ……です……」
すっ、と娘の頭を撫でる。
「いってらっしゃい、それは大事なことよ、ちゃんと挨拶しないと。夕方までには1度戻ってくるのよ?」
「はいっ!かしこまりました!!」
がばっ、と立ち上がり
「まずは“守護英雄様”からですよね!」
ル・ナは、恐らく何ヶ月も前から計画していた初手を口走る。
ブラスは特殊な地域だ。
端的に言えば、ヴァリスの領内に在りながら、ヴァリスの支配を受けていない。
なので統治者を正確には“領主”とは呼べない。
そのため“代表者”という、一風変わった呼び名に落ち着いていた。
「ライトネスさんには今晩御屋敷を借りるのですから、ちゃんとお礼を言ってね?
 ……あっ、これも持って行って、ライトネスさんの好物なの」
そっと包みを渡す。
「それでは母様!さっそく行ってまいりますっ!」
包みを受け取るなり、ル・ナは扉をばぁんと開け放って飛び出して行った。
少し後、パタンと閉まった扉に向かって、
「ありがとう、ル・ナ。元気に育ってくれて……」
———その言葉を聴いたものは居なかった———

コンコンコン———
大仰な扉をノッカーで叩く。
暫くすると重い音をたてて扉が開いた。
ここはライトネス邸。いまやライトネス城と呼ばれる邸宅だ。
開かれた扉の奥、1人のメイドが頭を下げている。
「ライトネス邸へ、ようこそおいでくださいました」
そして面をあげて綺麗な笑みを浮かべる。
長い耳が目立つ。彼女はエルフなのだ。多種族が共存するこのブラスを象徴する1人だろう。
「そして、おめでとうございます。ル・ナ“様”」
出迎えてくれたのはこの屋敷のメイド長のチェリーだ。
「え!?チェリー姉様、いつも通り“ル・ナちゃん”でいいんですよっ!?」
ル・ナが慌てふためく。
本来なら身分違いであるはずの、“ただの1市民”のル・ナと、“ブラスの長”である“守護英雄ライトネス”とでは
本来相容れない関係のはずだが、ライトネスの性格とル・ナの生まれから、ル・ナは幼少の頃から
この屋敷に遊びにきている。
「ル・ナ様が成人なされた以上、この御屋敷の正式な御客様です。
 その御客様を“ル・ナちゃん”などと……私がライトネス様に叱責されてしまいます」
ニッコリと笑みを浮かべながら答える。
「えぇええ!?いや、でもなんかぁ……」
少し涙目になっている。
小さい頃から面倒を見てくれていた相手からの突然の扱いに戸惑いが隠せないどころか
前面から溢れ漏れ放題している。
「ふふ…っ冗談よ、逆にル・ナ“ちゃん”をお客様扱いしたらライトネス様に怒られるわ」
言いながら、そっとル・ナの髪を撫でる。その瞳は自身の耳程に細められている。
ル・ナは知らない。彼女が子をもうけることはないことを。
故に、この屋敷を訪れる子供たちを自身の子のように愛していることを。
「チェリー姉様っ!」
深い愛に気付かず、からかわれていたことにだけは気付いたル・ナは声を上げる。
「はいはい、行きましょう。あとでスコーンを持っていってあげるわね。今日のは特別美味しく焼けたのよ?」
そういったチェリーの顔はとても美しくみえた。

「おーはーょざぃます…」
幼い頃からこの屋敷に遊びに来ていたル・ナも、執務室に入るのは初めてなのだろう。
流石に緊張したのか、扉の隙間から顔を出しながら、妙なイントネーションで挨拶をしている。
「いらっしゃい、ル・ナ」
訪れたブラスの長の執務室では、1人の女性が執務に励んでいた。
恐る恐る室内に入る。
よく見ると、本来3人いるはずが1人だけだ。
「……ふぅ。1人で捌くのは中々にことなのよね……」
肩を叩きながらこの部屋、この屋敷の3人の主の1人が独りごちた。
彼女の名前はシャーロット。俗に言う“頭のおかしい結婚式”の花嫁の1人だ。
今ではブラスの長が名乗る名前として新しくできた「ブラス家」の一員だ。
「あぁ…今日だったわね。成人おめでとうル・ナ」
眼鏡の奥の瞳が緩む。
「えーーっとーー……」?
本来居るはずの2人を探す。
「今は居ないわよ。今は2人とも演芸場」
さらりと応える。
これは所謂“身内”しか知らないことだが、夫婦喧嘩は立派な演芸場で行われる。
「あははー、今回は何が……」
冷や汗を流しながらル・ナが問いかk……
「今回わねぇ!?もぅ!ヤトリシノには感謝しかないわ!」
眼鏡の奥が変わる。恍惚としている。
「昨晩は“ライトネスの日”だったのにヤトリシノは間違えてしまったのね。
 最近は忙しくてオアズケだったし。
 彼の性格よね、“ちゃんと”夫の勤めを果たそうとしてるのに、
 順番を間違えて私の部屋に来てしまったの!
 私たちの間にちゃんとルールはあるのよ?前に話したかしら……。
 ともかく、間違えて来てしまったとしても!“約束”を違えて来てしまったとしても!
 その旦那様を追い返すなんて!妻として出来ないっ!!」
フルフルと頭を振るう。
「そう、ライトネスが激怒するのが解っていたとしてもっ」
なにやら悦に入っている。
「あぁ……朝の、晩にヤトリシノが来なかった事で傷心だったライトネスが、
 愚痴りに私の部屋に来て、ヤトリシノと鉢会った時の顔…っ……尊い!」
常人には預かり知らない何かが背筋を走ったのだろう。自身の身を抱える。
———ま、実際は何もしないで酔い潰して寝かせたんだけども……。
   最近喧嘩も出来てないみたいだったから、これで機嫌が良くなれば良いわね……。
なんというか、その顔は賢者だった。
ル・ナは片足すら踏み入れてない世界の話で目を白黒させている。
「あぁ……ごめんなさいね、こんな話を出来る人は限られてるから」
我に返って身を建て直して言う。
ル・ナはその限られてる人間に数えるべきではない。
「ル・ナ……あなたやルーシアには、今後の人生を持ってしても解らないかもね」
“妖艶な視線”と言うのだろか、こちらを一瞥する。
ル・ナの容量も限界を迎えようとしていた。
「だいぶ朝早くから出ていったから、そろそろ終わる頃よ」
その言葉にようやく現実に戻ったル・ナは、
「あ!はいっ!しつれーしまつ」
カクカクと手足の左右を綺麗に整えながら執務室を後にしようとする。
「そうそう、あなた達の親子喧嘩に使っても良いのよ?」
去り際の背中に問いかける。
「わたしと母様は滅多にケンカしませんよ?」
ル・ナは引きつった笑顔を浮かべながら答えた。
一礼してそのまま退室する。
「ふぅ……素直じゃないのは好ましいのだけど」

本来は歓声に包まれているはずの、半円形の立派な演芸場には剣戟の音だけが盛大に鳴り響いている。
「ほえー、すごーい……」
剣術など欠片も解らないル・ナですら感嘆の声を漏らす。
客席から見下ろす白熱した舞台のすぐ横で、ブラス家の子息たちが見学をしている。
舞台で闘う2人は共に、このロードスで五指に入るほどの実力者だ。
とくにヤトリシノの腕前は、砂漠の傭兵王をも凌ぐかもしれない。
その2人の真剣勝負はさぞ学ぶところが多いだろう。夫婦喧嘩だけど。
舞台に備え付けられたスコアボードには“2-0”の表示。
予想に反してこの“夫婦喧嘩三本勝負”はライトネスが勝ち越しを決めていた。
ヤトリシノはその性格故に『喧嘩の原因は自分』だと解っている時は
ライトネスに花を持たせる為に1本は取らせる。
しかし、剣士としてのプライドが許さないのだろう、勝ちだけは譲らない。
だが今日は2本既に取られていた。
1本目はともかくとして2本目、そして現在の3本目は本気でたちあっているはずだ。
———ガキンッ———
一際大きな音が響き、1本の大剣が場外の地面に突き刺さった。
決着を見るや、ル・ナは観客席から飛び降りて2人の元へと駆け寄った。
「おはようございます!ライトネスおば様、ヤトリシノおじ様!今日は完全勝利ですねっ!」
娘はヤトリシノの精神に追撃する。
「おお!おはよう、ル・ナ!」
ライトネスは大声で返し、ヤトリシノは笑顔で迎えた。目は笑っていない。
「見ていたか!悪を打ち倒したぞ!今夜は祝勝会だな!」
滅多にない勝利に妙なテンションになっている。
「ああ、忘れていないぞ!祝勝会はル・ナの成人祝いのついでだ。
 ヤトリシノと違って私は約束を守る女だぞ?ヤトリシノと違って」
ヤトリシノはもう顔も笑っていない。

「ル・ナたちは私の大事な仲間だからな!祝い事は盛大にやろう!」
ちなみに、この時すでにブラス家の子息たちは姿を消していた。
日頃ル・ナが屋敷に顔を出せば一も二もなく駆け寄ってくるらしいのだが、
この場に留まれば父の怒りの猛鍛錬に巻き込まれるのを察知したのだろう、すでに逃げ出した後だった。
「さて、次はシャーロットだな。もともとアイツがヤトリシノに間違いを教えてやっていれば、
 私だって手心を加えて1本くらいは譲ってやったものをっ」

ヤトリシノの顔から色までもが消えている。
「よし!ヤトリシノの仇を取ってくる!」
倒したのはオマエだ。
ライトネスはそのままのテンションと勢いで屋敷へと戻って行った。
「ル・ナ、成人おめでとう」
見送った背後から生気のない声がかけられた。
「ひぇ…っ、あ、ありがとうございます」
ヤトリシノの顔に笑顔が戻っている。色は戻っていない。
「大丈夫ですか?ヒールいりますか?」
恐る恐る尋ねる。
「ありがとう、大丈夫だよ。怪我はしてないから。それよりも今晩は楽しみにしておきなね。
 みんなアレコレ考えてくれているみたいだよ?もちろんトゥ・ナも、ね?」
ひと言加える。
「はいっ!楽しみにしてます!最後以外!」
どーしても否定する。
「アハハハハ、じゃあ私は少し稽古をしていくよ。また後でね」
言うが早いか、ヤトリシノは剣を構えている。
「はいっ失礼します!」
元気に答えて、演芸場を後にした。
途中振り返ると、舞台の上で舞うヤトリシノの顔に色が戻っていた。
あれは一種のフリークだな……。

その家は、少し町をはずれたところにあった。
「おはようございます!……あれ?そろそろこんにちは?」
ノックもなしに勢いよく扉を開けて、見当違いの迷いを見せる。
そこに居たのは2人。最初に応えたのは小さい方だ。
「あら、いらっしゃいル・ナ。今日が人間での節目でしたね」
「ル・ナさん、おは…にちわ?」
次いで大きい方が、軽く混乱しながら応えた。
迎えたのは2人の尖り耳。エルフとその娘のハーフエルフ。
少し面倒なことに、小さい方が“母”で大きい方が“娘”だ。
色々とあってこうなったのだが、この状況を二人は受け入れている。
二人は何かの実験をしていたのだろうか、室内にはワカラナイものが散らばっている。
「はいっ成人の挨拶に伺いました!タンジェ姉様、マコちゃん!」
訪問の理由を端的に、元気よく答える。
「おめでとう、ル・ナ。あの人は教えてくれなかったから新鮮だわ。人間にはそんな風習があるのねぇ…」
「あー、そういえば今日でしたか!忘れていたわけではないのですが、最近は少し研究に明け暮れていた為に、
 少々日付の感覚がおかしくなっていますねぇ…ところで」
持っていた研究道具をおいた。
「どーしても“マーコット姉様”は気になってしまいます。
 何故、樹齢3桁の“チビッコ”が“姉様”で、淑女たる私が“マコちゃん”なのでしょうか?
 たーしかにーっ!私は若々しく知的で身近に感じたい存在かもしれませんがっ!
 私自身もレディの端くれとして、お互いの為にも!その呼び名は控えるべきと思いますが?」
それに対して、ル・ナは少しのあいだ唇に人差し指をやりながら左上に視線を送る。
「んーーーー……。と、やだー」
そのときマーコットに電流走るーーー!!!
「やだーっとは何んでしゅか!?
 そもそも見た目で言うならば、よっぽどコッチのちびのほうばひびっこりゃないれふか」
興奮が1周して足りずに2周目まで逝っている。
「だって、マコちゃん年上なの分かってるけど、同い年くらいにしか見えないし
 …最近はル・ナの方が大きいし……」
どこが、とは言わない。
幼少から“友達”と認識していたものにあらがえないのだろう、ずっと“マコちゃん”と呼び続けているらしい。

「はいはーーい」
母親が割って入ってきた。
「ほらほら、そんなことより贈り物があるのでしょう?」
仲介に見えた、しかしその顔は……。
「ありませんよ!そんなものは!……ありますけど、いや!でも今はないので、やはりありません!」
類まれなる表情筋で、1秒毎に表情が2回変わる。息継ぎ毎か?
「なになにーー?マコちゃんなーにーー?」
目を輝かせ、身を乗り出しながら問い詰める。
そーいえばここまで、お祝いされても贈り物はなかったな。
「ありません。なーんにも、微粒子レベルすら存在してないはずです!」
どーしても嘘を吐ききれない。
「マコ“お”姉様ぁー…」
瞳を潤ませる。女って……。
「お、お楽しみデスyo…今晩迄には(仕上げて)ライトネスさんの御屋敷に持っていきますので……っ」
マーコットの後ろできししと笑う母親。
恐らく予定より大幅に遅れているのだろう。耳の痛い話だ。
これは今晩どーなるか楽しみだ。
「そ、そんなことより!聞きましたかル・ナさんっ春華堂の新作スイーツ……っ!」
言いながら、頭の中では甘味の園に旅立っているのだろう、よだれが……じゅr……
「新作……っ!」
この娘もヨダレが止めどなくなっていた。
「今度!さn…(ゾクッ)…仕方ないので四人で行きましょうっ!」
恐らく自身の母を除いた“3人”と言いかけたのだろう。
しかし言い直した。
かつての英雄“タンジェリン”は殺気に近い怒気を、瞬間垂れ流したのだ。
「母様は、みんなの面倒見てるので、私と一緒に外出はで…出来ないかも」
ル・ナは伏せ目がちに答える。マーコットが誘っている親の性別を間違えているが。
「いや!ルーシアさんともゆっくりお話をしたい所ではありますが、今回はぁ……」
空気を読めない元チビッコが、プレッシャーに振り向かされて空気を読んだ。
「あはははーーっ!これも反抗期なのかしら。大変ねぇwww」
タンジェリンが、したり顔で笑い声を上げた。わざとらしく高らかに。
「「(っ`ω´c)ギリィ」」
2人の“娘”たちは、各々に表情を変える。
「あ!これで失礼しますっ!」
思い出したかのようにル・ナは飛び上がる。
「この後、アンス姉様とポムおじ様の所にいってからー、ジャイアント種族の所にいってから、
 ライカンスロープ一家の所にいって、そして夕暮れまでには一度かえらないと……っ!」

予定していたルートを早口に並べ立てる。
…折り返し地点から帰宅までで、話してる余裕ない強行軍じゃないか。
とくにライカンスロープの一家は狩猟で生計を立てている。
要は、だいたいこの辺にいる!としか分からない。獲物に併せて動いているからだ。
「あらー、そうなのね。気をつけなさいな、ブラスから離れれば離れる程“ぶっそう”よ?」
なぜか、恐らくはわざとなのだろう、胸を張っている。
外見で言えば十代前半、しかししっかりと育っている。
「変な男には特にね♪ル・ナはしっかり膨らんでいるから、マーコットと違って♪」
こちらの外見は十代後半くらいか、しかし……。
「おかーさん、貴方は最後の一線を超えました……」
マーコットはゆっくりと魔力を集めた。
「あらっ、この子ったら不思議なことを……。その大きさの“一線”を超えたのはわたしじゃなくてル・ナよ?
わたしは元々マーコットより大きいもの♪」
シレッと言った。
『あなたがとりすぎたせいでしょーうがーーーーっ!』

「こん、にち、わーっ!」
完全に昼を回ったからか、ル・ナの挨拶は切り替わった。が、勢いよく扉を開けるのは(1軒を除いて)変わっていない。
「はーい、いらっしゃーい♪」
出迎えたのはアンスリューム、ブラスでも珍しいダークエルフだ。
「ル・ナは成人?15歳になったんだっけー?あーし的には15とかいつの話だよって感じwww」
あっけらかんとしている。そこは彼女の美徳なのだろう。
見た目こそ若いが、彼女もタンジェリンと同じく実年齢三桁だ。
「あれ?アンス姉さま、ポムじぃ様は?」
ル・ナは気づいた違和感を質問する。
どうやら旦那のポムとその子供たちの姿が見えない。
漁師であるポムは、昼までには仕事を終えて家に帰っているはずだった。
「あー、ポム?なんかねー“ル・ナに美味いもん食わせてやる”って遠洋まで出ていったみたい♪ 
 朝から気合い入ってたんだよねーwww」
ケタケタ笑いながら話す。
「ポムはさー、あーしが大好きだから、あーしの仲間たちはポムにとっても仲間で、
 その子供たちはポムにとっても自分の子供みたいなもんなんだよー♪あれ?孫かなぁ……?」
あらやだと手をフリフリとしてる様はまるでおばちゃんだ。
老いない外見と違って数年で中身は老けたかもしれない。
「だいぶ待たせちゃったしね……」
ル・ナには解らない自責をボソリと口にする。
「あーーっそろそろ帰って来ると思うよ!ポムは1人にすると無茶するけど、
 子供たちを見張りに付けてるから!そーいう時のポムは無茶しないんだ♪
 子供たちになにかあったら大変だからねっ」
親指をぐっと立ててみせる。
「そういうもの、ですか……」
アンスの独り言に触発されたのか、ル・ナも独り漏らす。
そんなル・ナの頭をアンスリュームはグリグリと撫で回した。
「アハハハハ!おっきくなったねー♪子供が大事じゃない親なんていないよー、ねっ?」
ウインクをしながら視線をよこす。
「ホントに揃って素直じゃないんだからぁwwwwww」
撫で回していた手は気付けば腹を押さえ、ガチ笑いしてやがる。
「ルーシア母様は素敵で、ル・ナは素直ですっ!」
少し涙目になりながら反論する。
母へのフォローが出来ていないことに、この娘は気付いていない。
「はいはい、そーだねーー。でもね?ル・ナは素直かもしれないけど、トゥ・ナは素直じゃ無いんだよ?」
急に真顔に戻ったと思ったら、昔話をはじめた。

身振り手振り、臨場感溢れるアクションを交えながらアンスリュームは面白おかしく昔話をル・ナに話してやる。
その昔話がしばらく続いたときだった。
「でね?いつもは飄々としてるくせに、誰かに何かあると真っ先に怒るの!
 ルーシアが目の前で蹴られたときなんて、戦士でもないのに
 真っ直ぐ突っ込んでいったからねwwwwww」
その話にル・ナの顔色を変わる。
「誰ですか!その無礼者はっ!?」
激昂したル・ナが急に立ち上がりながら問いただす。
その様にアンスリュームは大爆笑で応える。
「wwwその顔そっくりすぎぃwwwwww」
腹を抱えるどころか、涙まで流している。
ル・ナはル・ナで口をへの字に、顔を真っ赤にして涙を堪えてた。
「あぁーゴメンゴメン!」
慌てふためくアンスリューム。
「でもね?いいことだよ?お母さんにもお父さんにも似てるの」
またしても、ふと真顔に戻る。
「うちの子達はあーしにそっくりかポムにそっくりか……真ん中が居ないんだよねー」
すぐさま今度は笑顔になる。ブラスで暮らすエルフどもの表情筋はどうなっているのか。
「よしっ!ポムが戻ってきたらもう一人つくるか!」
にんまりとした顔でとんでもないことを言い出す。
「……みてくぅ?」
「みてかないっ!」
「まじってくぅ?」
「まじらない!!」
ル・ナは顔を真っ赤にして拒否をする。
この家の情操教育はどうなっているのか……。
「冗談wジョーーダンwwwさすがに子供たちにも見せてないよーwww」
子供たちの精神は守られているようだ。
「どーするぅ?ポム待つ?」
「い、いえ……まだ挨拶したいところが、ありますので、ポムじぃ様に、よろしくと、お伝えくださ、い……」
興奮しすぎて息切れしている。
「はいはーい、じゃあ後でねー♪」

「そーいえば…戻ってこないなー」
実は朝からストーキングされていたのです。
行く先々について回ってきて……。
途中何度か撒こうとしましたが、本職のスカウト相手では分が悪く、兄弟たちには“鬼ごっこの女帝”と呼ばれるわたしでも逃げ切ることは出来ませんでした。
おかけで散々です。どこへ行っても親子扱い。
思えば朝からルーシア母様にも、
『お母さんはたまには3人で仲良くしたいなぁ……?』
なんて言われてしまうし……。
出発した後も、いつも通りヘラヘラしてるのに、全く喋らないから、シャーロットおば様には、
『あなた達の親子喧嘩に使っても良いのよ?』
誤解されるし。
ライトネスおば様も、
『ル・ナたちは私の大事な仲間だからな!』
って、光栄なんだけど一括りにされちゃうし。
ヤトリシノおじ様には、
『みんなアレコレ考えてくれているみたいだよ?もちろんトゥ・ナも、ね?』
気を使わせてるみたいだし。
マコちゃんなんて、
『仕方ないので四人で行きましょうっ!』
マコちゃんの“スイーツ日記”の相方はル・ナだけで十分だし。
タンジェ姉様は姉様で、
『これも反抗期なのかしら。大変ねぇwww』
とか、身に覚えのない罪状を突きつけてくるし。
アンス姉様は、
『子供が大事じゃない親なんていないよー、ねっ?』
同意を迫ってくるし。
……そーいえば、いなくなったのはこの後、クエリッサ姉様とノーラッドくんのところに行ったときだったかなぁ?
ノーラッドくんと何かコソコソ話してるなぁと思ってたら、いつの間にか居なくなってた。
それからはのびのびと回れましたけど!
「……あっ!!」
色々と考えていたら考えてたルートから外れてました。
ライカンスロープの野営地は季節ごとに変わりますが、基本的には森の奥地です。
早く帰るためにまっすぐ街道に出ようと思っていたのですが、それてしまったようです。
ブラス周辺の森は庭のようなものなのでいまさら迷いませんが、街道に出てしまった方が早くに帰れたのは事実でして……。
「アイツのせいだ……」
ついつい声に出てしまいました。
ここからだと街道に出るにはかなり戻らないと……。
立ち止まって考えます。
ここからなら斜めに進めば、すぐに街道に出れますねっ!

頭の中の簡単な地図を観ながら決めました。
少し急げば日が沈むまでには帰れるかも。
そうと決まれば先を急ぎましょう!
しばらく森の中を進んでいると、
(……あれ?)
声が聞こえました。大人の。それも何人かいる感じです。
だいぶ街道に近づいたとはいえ、まだぜんぜん森の中。
ブラスの中心部からもだいぶ離れているので、たまに川遊びをしに来た子供たちが入り込むくらいで、
大人が居るようなところではありません。
息を殺して近づきます。
やはり大人がいました。人数は6人。みんな知らない人です。それと———
(あの子ーっ!)
ライカンスロープの下の子です。
いまは人間の姿をしています。人に戻るところを見られて捕まったのでしょうか?
大きな木にロープで繋がれています。
「へっへっ…コイツを売り捌けばよぉ、ちったぁイイ金になんだろぉよぉ」
「ラッキーでしたねアニキ!妖魔のガキさらいにきたら、とんだレア物だぁ!」
アタマの悪そうな方々が、ご丁寧に会話で裏付けしてくれました。
(……どうしょう……?)
助けたい!けど1人では不意をついても勝てる人数じゃありません。
戻る?ライカンスロープの野営地へ助けを呼びに。もしその間に逃げられたら。
「そろそろいくかぁ!…と、その前にぃーー」
気に繋がれたチビに近寄り、顔を掴みました。その手は空に向けて…。
為す術なく昼の月を見てしまったので変身してしまいます。
——ガウッアウッ!——
もふもふになってしまったけれど、せめてもの反撃でしょうか、噛み付こうとしますが届きません。
「子供を全裸で連れ歩くのは目立つからなっ!犬にすりゃ目立たねぇなぁ!」
「さすがっすアニキぃ!」
地面に離されたチビは、けたたましく吠えてますが、突然鼻をヒクヒクさせます。
(あ……!ここ風下だ……っ)
変身したことで嗅覚が鋭くなったのでしょう。目が…合いました。
(ダメっ!吠えないでーーっ!)
でも見つけた味方にSOSは出したいですよね……。

——アゥッ——

「あぁ!?どっち見てるんだこいt……」
近づきすぎてました。汚い目線とも合ってしまったのです。
迷ってる場合じゃない!
「いましたーーっ!!」
叫びます。
誰か!届いてーーっ!
少しの間、静かな時間が流れました。
「・・・・・・おどろかしやがってぇー!」
なんでか手に持つ刃物に汚い舌を這わせてます……キモッ!

「もうすぐ人が来ます!」
来るわけないですが、言ってみるだけならタダです。
ふとそのとき最初に浮かんだのは、おじ様でもジィ様でもない顔でした。
汚いのがじりじりと距離をつめてきます。
「近寄るなぁ!」
嫌悪感を口に出しながらダガーを投げる。
「おぉっとぉ……残念、はずれだぁ」
なんでいちいちイラッ★とするしゃべり方なんだろう……?
「逃げてっ!!」
わたしの投げたダガーはちゃんと“ロープ”を切断しています。
チビは声に驚き、そして理解してくれたんだと思います。
一目散に走り出すもふもふ。
「がぁっ!くそがぁ!!」
目の前の汚いのは激昂しました。
「あの犬を追えーー!っ!!」
汚いのが汚く吠えました。
半分くらいでしょうか。チビを追って森に入っていきました。
「……。おりゃよー、ガキをやるのはよぉ、好きじゃねぇんだ。けどよぉ…仕方ねぇよなぁ?」
汚いのがキモチ悪いよーな気がすることを言っています。
(チビさえ逃がせばこっちのもの……!)
この森は庭のようなものなんだから!

「すいやせん、犬っころ見失っちまいやしたぁ」
手下がぞろぞろ戻ってきました。
わたしはというと、チビが繋がれていた木に縛り付けられています。
(まさか、さらに仲間がいて潜んでいるなんて……ギリィ)
リーダーだと思われる汚いのがわたしの顔を掴みました。マジさわんな。
「よくみりゃコイツぁ悪い素材じゃねぇ、代わりに変態に高値で売りつけてやるかぁ」
唾を吐きかけたくなるようなことを言われたので、行動に移しました。クリーンヒット!
「てめぇ!!」
一瞬、視界が真っ白に。左ほほが熱くなって。口の中に鉄の味がしてくる。
「おっと、顔はまずい、なっ!と」
こんどはおなかに。吐き出すものはあまりありませんでした。
(そーいえば、お昼は食べてないんだっけ?)
涙で滲んだ視界の先に、逃げたはずのチビが……?
(あの子、ちゃんと逃げられたかなぁ?)
もうろうとする意識のなか、チビの鳴き声まで聞こえた気がします。
それと同時に辺りが騒がしくなったような……?
「あれ?ろーぷ……」
ル・ナをしばりつけていたロープが解かれています。そしてポン、と頭をたたかれました。
見上げると、しっている人がしらない顔をしています。
「少し待ってろ」
あたたかい声をきいて、いしきが

ゆっくり揺られる感覚に目を覚ましました。おんぶされてるみたいです。
殴られたほほに触れると薬草で応急処置をしてあります。
「起きたか?」
ル・ナが動いたのに気づいたのでしょう、声をかけられました。
「うん……あ、チビは?」
ル・ナが助かったということは、気を失う直前にみたチビも本物のはず。
「あー、足元にいるぞ?ちょろちょろとついてきてる。
 帰らせようと思ったんだけどな、お前が心配みたいで離れねぇんだよ」
よかった。ほっとする。
「あとで礼をいっとけよ?この毛玉が俺を案内してくれたんだ」
「うん……」
「怪我はたいしたことなさそうだけど、ちゃんとルーシアに治してもらえよ?」
「うん……」
「あー、あとあのくそどもは———」
「ごめんなさい……」
「……無事でよかった。がんばったな」
このあとル・ナは泣き出してしまって、帰るのがだいぶ遅くなってしまいました。
帰り道、いろいろなお話したり聞いたり。
いままで知らなかった、知ろうとしなかったことを知りました。

すっかりと夜の帳が降りた頃、ひと通りの家事をようやく終えたルーシアは、
窓際に置かれた椅子に深く腰掛けていた。
明かりはつけていない。その方がよく見えるからだ。
窓の向こう、視線の先には大きな屋敷がある。
そこでは自身の親友や仲間たちが娘の成人を祝ってくれている。
ルーシアは子供たちをみなければならないため、出席出来なかった。
代わりに彼女の夫が出席している、はずだった。
「おかえりなさい」
そう言いながらゆっくりと振り返った。
「バレたか……」
彼女の夫、トゥ・ナが忍び込もうとしていた。
「ふふっ窓に写ってたよ」
普段とは違う口調になる。
「あー…まだまだだなぁ、俺も」
後ろ頭をかきながら応えた。
「驚かせようとしても、今日1番の“驚き”は済ませてしまったもの」
言いながらルーシアはトゥ・ナに近寄り、そして腰に手を回す。
「あー、あれなー。俺もよくわかんねーんだ」
応えたトゥ・ナはバツが悪そうに答えた。
「驚いちゃった。昨晩からケンカして、朝に揃って出ていったら……。
 腕を組んで帰ってきて。あまつさえ“パパ”ですって」
クスクスと笑う。
「羨ましいわ。あの子は寂しかったのね……」
久しぶりに会う夫の鼓動を聴きながら、ルーシアは話を続ける。
「あの子は寂しかったのよ。いつもアナタはいないのに、
 周りには頼れる“お父さん”がいるんだもの」
ゆっくりと話す。
「あの子は甘えられなかったの……頭がいいのね、
 ウチには“ママ”がいない子がいるから……。気づいたときには、私は“母様”……。
 わたしのこと“ママ”なんて呼んでくれたのはほんの少しよ?」
ガバッと寄り添っていたカタチを崩してトゥ・ナを見上げる。
「羨ましいのはそれだけではないからっ!」
ルーシアの話し言葉は突然、幼くなった。
「腕組んでなんて、もう何年もしてないのに……」
困った表情でトゥ・ナは応える。
「今の現状がそれ以上だと思うぜ…?」
より強く抱きしめる。
「もう、行くのでしょう?」
トゥ・ナの胸に顔を埋めてルーシアはボヤいた。
夫は定期的に帰ってきてくれる。しかし、すぐに旅立つ。
だいたいは夜が開ける前、気づいたときには居ないのだ。
夫が何をしているかをルーシアは知らない。
聞いても教えてくれないだろう。
それだけ危険なことを、おそらく“私たち”の為にしていてくれているのだ。
「あー、もぅ……さ。居なくなんねぇよ」

トゥ・ナはルーシアの肩を掴み、顔を見て続けた。
「終わった。ケジメはつけてきたよ。最後はヤトの手も借りたけど……。全部、終わった」
腰を抱く手に力が入る。
「ごめんな、待たせたな」
「うん」
「寂しかったか?」
「うん……っ」

二つの影はより重なりました。

あるところにひとりの盗賊がいました。
たくさん旅をしたときに、盗賊は気づきました。
“だいじ”はもうあったのです。
気づいた盗賊は、それをほんとうに“だいじ”にしました。
盗賊はしあわせになりました。

これで盗賊のおはなしはおわり。

←[ 1話前の話へ] [このページ] [次の話へ]→


●本コンテンツについて

・本コンテンツは同好者の間で楽しむために作られた非公式リプレイです。
・2021年にオフラインセッションでプレイしたものをまとめたものとなります。
・動画制作とリプレイテキスト公開を同時進行しております。
・個人の趣味で行っておりますので、のんびり製作しております。気長にお待ちいただきながらお楽しみください。

・原作の設定とは無関係の設定が出て来たりしております。あくまでこちらのコンテンツは別次元のお話と思ってください。
・本コンテンツの制作にあたり、原作者様、出版社様とは一切関係がございません。
・TRPGを行うにあたり、皆が一様に分かる世界観、共通認識を生んでくださった原作者様と、
楽しいゲームシステムを販売してくださった関係者の方々に、深く感謝申し上げます。

●本コンテンツの著作権等について

・本コンテンツのリプレイ・ショートストーリーの著作権はむーむー/むーどす島戦記TRPG会にあります。
・本コンテンツのキャラクターイラスト、一部のモンスターイラスト、サイトイメージイラスト等の著作権は、
むーむー/マーコットPさん/アールグレイさんにあります。
・その他、原作、世界観、製作用素材については以下の権利者のものとなります。

●使用素材について

・本コンテンツは以下の製作者、原作者、製作素材等の著作物を使用して製作されています。

【プレイヤー】

・トゥナ・P
・マーコットP
・ヤトリシノP
・むーむー(GM)

【挿絵・イラスト】

・マーコットP
・むーむー

【キャラクター(エモーション・表情差分)】

・マーコットP
・むーむー

【使用ルール・世界観】

・ロードス島戦記
 (C)KADOKAWA CORPORATION
 (C)水野良・グループSNE
・ロードス島戦記コンパニオン①~③
 原案:安田均、水野良、著者:高山浩とグループSNE
 出版社:角川書店

【ウィンドウ枠デザイン素材】

・ウィンドウ&UIパーツ素材セット3
 (Krachware:クラハウェア)

【マップアイコン素材】

・Fantasyマップアイコン素材集
 (智之ソフト:tomono soft)

【Web製作ツール】

・ホームページデザイナー22
 (ジャストシステム)

【シナリオ・脚本】
【リプレイ製作】

・むーむー

【ショートストーリー・小説製作】

・トゥナ・P
・マーコットP
・ヤトリシノP
・むーむー
 (むーどす島戦記TRPG会)

【製作】

・むーむー/むーどす島戦記TRPG会

←[ 1話前の話へ] [このページ] [次の話へ]→