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リプレイ第9話後:ショートストーリー  

●目次

アンスリューム&ポムSS⑤(作者:むーむー)
アンスリューム&ポムSS⑥(作者:むーむー)
アンスリューム&ポムSS⑦(作者:むーむー)
アンスリューム&ポムSS⑧(作者:むーむー)
アンスリューム&ポムSS⑨(作者:むーむー)

アンスリューム&ポムSS⑤(作者:むーむー)

時は今から17、8年前に遡る。この頃から、マーモ軍の動きは活発だった。
皇帝となったベルドが統治を始めてから、自分に逆らう者を皆殺しにする様になった。
旧王党派は粛清され、マーモ内を追われる立場となり、姿を隠し逃げまどっていた。
新しいマーモ軍は、ベルドに恭順を示した、力有る者がどんどん登用される様になった。
カノンに侵攻するのも時間の問題だった。

アンスリュームはベルドが統治する前から、マーモの海岸を警備する兵士の1人だった。
もうかれこれ、20年くらい軍の仕事をしている事になる。
昔は沿岸をひたすら歩きまわるきつい仕事ばかりだったが、ここのところは、船に乗って海沿いを巡回する仕事をしていた。
かなり強力な精霊魔法の使い手で、風の精霊を常に使役して無風の海でも船を走らせる事が出来るのが任命された理由だった。
また寿命の長いダークエルフで、ある程度軍の中での経験も長く、森から離れていても特に文句を言わない性格だったのも大きかった。

軍の中で能力的には重宝されていたのだが、同僚といざこざを起こしやすく、対人関係をうまく作れないのが欠点と上から見られていた。
軍の上役がアンスリュームを使う際には、同僚と組まなくて済むような、徴用した民間人船長に指示を出すような役割を与えるようにしていた。

そのころのアンスリュームの主な仕事は輸送任務だった。
カノンで暗躍する闇組織とマーモ軍との間で交わされる取引での輸送が一番多かった。
またカノン侵攻への足掛かりとするため放たれる密偵や斥候の搬送も請け負っていた。
正直なところ、表沙汰にできるような仕事とは言い難い。が、軍の命令なのでやるしかない。

今回もいつものようにカノン方面に向かい、首尾よく荷物や情報を受け取ってマーモに帰るはずだった。
だが、航海の途中で海賊団に目を付けられ、追いかけ回された挙句に船は大破し、民間人の船員は全員殺された。
海賊に見つからないように海に飛び込み、壊れた船の破片にしがみつきながら、姿隠しを使ってやり過ごしたまでは良かった。
だが、数時間も経つと、これは海賊に捕まって慰み者になっていた方がまだ生き残れたかもしれないと、後悔するような状況になっていた。
波が強くなってきて、あっぷあっぷしながら海を漂い続ける。

――なんか、こういう事、前にもあったよね…。…これは、さすがに、死んじゃうだろうな…。

諦めかけていたその時、大型の船が数100m先を通るのがチラっと見えた。
アンスリュームは死に物狂いで、ウィンドボイスを使って助けを求めた。
声が届くかすら分からない。届かなければ死ぬだけだ。
大きな声は出せなかったが、なんとか必死に声を出し続けた。
どうやら気付いてくれたようだ。船が寄ってくる。

浮袋のようなものが彼女の目の前に投げ込まれる。最後の力を振り絞ってしがみつく。
引きずり上げられ、甲板の上に放り出されるように投げられる。だいぶ、乱暴な扱いだった。
助けてくれた人物たちを見る。
海賊…?と思うような、荒くれ者の風体をしている船乗りたちだった。

「…助けてくれて、ありがっ…ぐぇっ!」

荒くれ者の1人が、いきなり彼女の口に指をつっこみながら、もう片方の手で首を締めあげる。
喉の奥に指を入れられた彼女は、吐きそうになりながら苦しくて息ができず、目から涙もこぼれてくる。

「マーモ軍のダークエルフはやたら魔法を使いやがるからな。ちゃんと躾けないといけねーよな?」

彼女はもがきながらこの言葉を聞いていた。
確かにアンスリュームが着ているのはマーモ軍で支給される皮鎧だった。
マーモ軍の船乗りなら大抵装備しているため、見た事が有る者なら彼女がマーモの軍人だと一目で分かるだろう。
いずれにせよ、マーモ近海で見かけたダークエルフなのだから、マーモの人間だとすぐに分かるはずだ。
彼女は抵抗する事も、魔法を唱える事も出来ない。そもそも苦しくて息すらまともに吸えない。
時折、首を絞める力が緩められその後またすぐに締められる。いたぶる事で言う事を聞かす気なのだろう。
まだ数分も経ってないのだろうが、苦しさのため、やたら長い時間に感じた。
元々体力も限界に近く、意識が朦朧としてくる。

「何を、している?!」

どこかで聞いた声がする。その直後、荒くれ者が殴られて吹き飛んでいく。
と、同時に、アンスリュームも甲板の床に叩きつけられてしまう。
彼女はしばらくしゃがみ込みながら、苦しみのあまりえずいていた。

「お前は…」

その声の主をアンスリュームはなんとかして見上げた。ポムだった。
40を超えたくらいの風貌をしていたが、相変わらずオーガかと思うような筋肉質の大男だった。
ポムはアンスリュームを見下ろしたまま、黙っていた。

「船長!そいつはマーモの軍人ですぜ!ヤッちまいましょうぜ!」
「さんざん酷い目に遭わされてるんですよ!こっちも酷い目に合わせてやりましょうよ!」
「今なら弱ってるし、ちゃんと躾けたら良い女になりやすよ!」

アンスリュームは、その声を聞きながら、ただポムを見上げていた。
ポムの見下ろす目がとても冷たかった。
5年ぶりくらいの再会だったが、前の時とまるで違う。辛い再会となってしまっていた。

「船長!」
「うるせぇ…」
「え?」
「黙ってろ!」

声を出した船員が、ポムの怪力で殴り飛ばされる。顔がひしゃげて、船の端まで吹き飛んでいく。
一撃でのびていてピクリとも動かない。それを見て船員が皆静かになった。

「持ち場に戻れ…」

口答えしようものなら、先ほどの船員の二の舞になる事が分かっている船員たちは、速やかに仕事に戻っていった。
2人だけ、甲板に取り残される。

「…いろいろ悪かった。立てるか?」

アンスリュームは首を横に振る。立つ体力も無かったが、気力の方がもっと無かった。

「…ここでは話しづらい。場所を変える」

そう言うとポムはアンスリュームを軽々と抱き抱えながら、船長室まで連れて行った。
抱き抱えられてはいるが、まるで荷物のように扱われている感じがして、アンスリュームは暗い気持ちになっていた。
船長室で、ポムは温めた酒と軽いツマミを出してくれたが、アンスリュームは手を出す気になれなかった。
仕方なくポムはそのまま話し始める。

「前から、マーモの軍人だったのか?」

ポムの視線が冷たいのは、自分が軍人だからなのだろうな、と、アンスリュームは理解した。
出会った時から、軍人だった。
あの時は、まだ沿岸警備の仕事を始めて数年しか経っておらず、防具の支給などもない冒険者のような出で立ちだったので、
ポムには分からなかっただろう。

――そうか、ポムはマーモの軍人が嫌いなんだね…。

別に騙していた訳では無い。会ったのは2回だけ。それもほんの短い間の事だ。
そんなにたくさん会話をした訳でも無い。言う機会が無かっただけだ。
それに、軍の仕事は、アンスリュームがマーモで生きていくために、なんとかしがみついてるものだった。
他に何か選べた訳でも無かったし、どうにも出来ない事だった。
どう答えて良いか、分からなかったけど、嘘を言ったり、隠し事をするのは、何か違うと思った。

「うん…そうだよ…」
「そうか…」
「軍に、酷い事、された…?」
「…言いたくもないがな…だいぶ、好き放題やられてるな」
「…ごめん…。最近、かなり非道な事も平気でやる感じになってきてるとは思う…」

アンスリュームは自分がした事でもないが謝っていた。
ベルドの統治が色濃くなってから、略奪や虐殺などもお構い無しになっている。
ベルドがそれを命じている訳ではない。むしろ嘘やわいろなどを徹底的に嫌うような性格だそうだ。
だが力による支配を進めた事で増長する者が増え軍に歯止めが効かなくなってきているのだ。
種族の垣根を越えて皆が幸せになる国を目指すと言っていたベルドを、一時期、崇拝するような目で見ていたアンスリュームは、ちょっとがっかりした気持ちになっていたのだ。

お互い、しばらく言葉が出てこない。だいぶ沈黙が続いた後、ポムが静かな口調で言った。

「お前も、俺も、だいぶ変わった、という事か…」

アンスリュームはさすがにそれには我慢出来なかった。

「あーしは…そんなには、変わってないよ…」
「そうか…俺が変わってしまっただけか…」
「…さっきは怖かったよ…」
「すまなかったな…奴らには手出ししないよう、きちんと言って…」
「違うよ!」
「…?」
「ポムが、怖かったんだよ!」
「…」
「ポムがあーしを見る目…汚らしいごみを見るような目だったよ…ひどいよ…」
「…それは、悪かった」
「ほんと、悪いよ!」

涙がぼろぼろこぼれてきた。
数年前、笑顔で別れたこの大男を、アンスリュームはだいぶ気に入っていたのだ。
久しぶりの再会。それもまた助けてもらったのだ。
本当は礼を言いたい。また助けてくれて、ありがとう、と言いたかったのだ。
だが、あの冷たく見下ろしていた、あの目。
あれを見たら何も言えなくなってしまった。
あの目だけは、一生忘れられそうにない。

アンスリュームは、泣いていた。
ポムは、黙ってそれを見ているだけだった。
だいぶ長い間、そうしていたが、不意にアンスリュームが、呟いた。

「…お腹、空いた…」

泣いたからか。不意に目の前のものを食べる気になってきた。
口を尖らせて泣きながら、すっかりぬるくなった酒をちびちび飲み、ツマミの類を黙々と食べる。
ポムが干し肉やら菓子やらを追加する。
涙を浮かべながら、アンスリュームは黙々と食べ続けた。
ひたすら食べていたら、多少は、元気が出てきた気がする。

「…ほんとに、悪いと、思ってる?」
「…うむ…軍は憎いが…お前が憎い訳では無かった」
「あーし、結構傷付いちゃったよ…」
「悪かったよ」
「誠意が感じられないなぁ……」
「なんじゃそりゃ…」
「お詫びが欲しいなぁ……」
「…どうしろって言うんだ」
「何でも言う事を聞いてくれたら許そっかなぁ…?」
「…お前、遊んでるだろう?」

バレたか…。
さっきまで泣いていた手前、すぐに笑顔は出せなかったが、軽口は叩けるくらいにはなってきた。
アンスリュームの頭の中で、あることが閃いた。
今のポムなら、乗ってくれるんじゃないか、ってちょっと期待をしながら、もう一押ししてみる。

「ふーん。許してほしくないんだ……女を泣かせて、そういう態度なんだ。ふーん」
「……一応、聞くだけは聞いてやる」

何を言い出す気だ?という面倒くさそうな目でポムが見ている。
断らないで! と念じながら、アンスリュームはこう言った。

「…あのね? 一緒に、仕事…しない…?」
「内容次第だが……」
「答えは、はい、でしょ?」
「……はい」
「ふふふ…」

ちょっと強引だったが、ポムは「はい」と言った。ちゃんと話を聞いて、前向きに考えてくれる予感がした。
徴用した商船を海賊にやられて輸送手段を失っていたアンスリュームはこれで仕事が続けられる。
今までは軍に言われた通りの仕事しかしていなかったが、ちゃんと身を入れてこの仕事をしよう。
アンスリュームは決意を固めた。

「あ、ひとつ、言い忘れてた」
「まだあるのか…今度はなんだ…」
「ありがとう、ポム。また助けてくれて…」

礼を言ったアンスリュームの柔らかな笑顔は、はっとするほど美しかった。

アンスリュームとポムはこうして再び出会った。
その後、2人は、マーモとカノンを行き来する闇輸送の仕事を一緒にするようになるのだった。

アンスリューム&ポムSS⑥(作者:むーむー)

アンスリュームとポムが大型船を使ってマーモとカノンを行き来する闇輸送の仕事を一緒にするようになって数年の時が流れていた。
ポムはアンスリュームと再会する前から、荒くれ者を率いてカノンでの闇商売の片棒を担ぐような仕事に手を染めていたため、実情は従来の仕事にマーモの仕事が増えただけだった。
もちろん、闇の仕事以外もしていたので、通常の仕事に紛れ込ますような形でマーモ関連の仕事をこなしており、アンスリュームとしてはバレる確率が格段に減り、かなり好都合な状況だった。

アンスリュームは積極的にポムの船に乗り、荒くれ者共と一緒に仕事をした。
最初のうちは、不心得者がアンスリュームの部屋に夜這いして、襲われそうになった事も多かったが、そういう者はアンスリュームの精霊魔法の威力を身を以て思い知る事となった。襲おうと思ったらいつの間にか背後に回られ、身動きが取れないようにされてから、普通の人間では一歩間違えば死にかねないヴァルキリーの槍の魔法を容赦なく撃ち込まれた。その後、心をくじくために一旦回復してから、ごめんなさいと謝るまで同じ魔法を叩き込んで、執拗にダメージを与え続けた。アンスリュームとしては手加減せずにダメージを与えていて、殺しても構わないつもりでやってはいた。たまたま、死人が出なかっただけだった。死が直前に迫る恐怖を味わった者は、みな大人しくアンスリュームの言う事を聞くようになった。
また、アンスリュームを襲った事がポムにバレると、ポムの鉄拳制裁が後からされてしまう。そちらの方は回復魔法だなどという便利なものは一切掛けてくれないので、一週間は飯が食えない状況になる。どちらかといえば、アンスリュームの方が回復してくれるだけ優しかった。

一緒に仕事し始めてから1、2年ほど経つと、アンスリュームは荒くれ者共から「姐さん」と呼ばれる様になっていた。
アンスリュームは一度仲良くなってしまえば、かなり人懐こい性格なので、荒くれ者共と打ち解けて話すようになっていた。
日常の会話はもとより、相談に乗ってやったり、一緒に賭け事に興じたり、時折手料理を振舞ってやったり、繕い事をやってあげたり、怪我や病気をしたら看病してやったりなど、一緒にみんなと生活をしていたのだ。
みんなでわいわい騒ぎながら仕事をするのなんて初めてだったアンスリュームは、すっかりこの船が気に入ってしまったのだ。

アンスリュームと海の男たちは、まるで家族のように過ごした。来る日も来る日も、海に出ては航海をする。
マーモ、カノンだけでなく、ライデンにも遠出したこともある。
アンスリュームはダークエルフである事がバレない様にフードを被りながら街に繰り出し、見た事も無いような風景を前に浮かれたりもした。大型の船が何隻も並ぶ姿を見た事もなく、どの船もへさきに裸の女の像が付いてるのを見て「人間ていやらしい生き物だね」なんて笑い話をしたりしていた。

その期間に、ポムとアンスリュームが良い感じの雰囲気になりかけたりした事も有ったが、ポムと男女の仲になるのが怖くなってしまったアンスリュームのせいで、結局交際には進展しなかった。
それでも、仲が良いのは変わる事無く、10年弱そんな時間が過ぎていったのだ。
もはや海の男たちは、アンスリュームの新しい家族、かけがえのない「仲間」だった。

今から8年程前、アンスリュームが180歳を超えて、ポムも50を過ぎた頃、事件は起こった。

アンスリュームは、軍の同僚とのいざこざが絶えないのは変わらなかったので、10年前から輸送任務を変わらず続けていた。
だが、ポムと組む事で仕事の出来高が格段に上がり、アンスリュームの功績はそれなりに認められるようになっていた。
ちょっとくらい海に長く出ていても咎められないようになったのだ。
とは言え、海にばっかり出ていると、サボってるように思われてしまうので、アンスリュームは時折陸の仕事もしていた。
陸の仕事は大抵シャドウシティでこなしていた。

アンスリュームはその日の仕事を終えて、夕飯は何を食べようかなぁ、なんて考えていた。
その時、シャドウシティの浜辺に遭難者が流れ着いた、という話を聞いた。
特に珍しい事でも無かったので聞き流していたが、その遭難者の特徴がオーガと見まごうばかりの人間の大男と聞いて慌てて浜辺まで走って行った。嫌な予感しかしなかった。
浜辺に打ち上げられた大男を見ると、やっぱりポムだった。
みな遠巻きに眺めたり通り過ぎていくだけで、何もしようとしていなかった。
慌てて息をしているか確認する。弱々しいが息はある! 生きてさえいてくれればそれでいい!
アンスリュームはすぐさま回復を行った。ポムが意識を取り戻す。

「どうしたの?!何が有ったの?!」
「…海賊に、やられた」
「みんなは…無事…なんだよね…?」
「…皆殺しに…された」
「…!」
「…俺も、最後に、海に放り投げられた…何で生きてるのか、分からん…」
「誰が…そんな酷い事を…」
「海猿団…だったか…。前から因縁はつけられていた…。まさかここまでやられるとは思っていなかった…」

ポムはそのまま黙ってしまった。
アンスリュームは周りの音がまるで聞こえなくなるような感じがして、喋る言葉を失ってしまっていた。
どのくらいそうしていたか分からないが、アンスリュームはなんとか意識を切り替える。
…今は呆けてる場合じゃない。…あーしが弱くなってちゃいけない。

体が言う事を聞かず、すっかり元気を無くしてしまったポムを何とか立たせて、近くの宿屋に泊まらせる。
「仲間」を失ったポムの落胆ぶりは想像する事すら難しい…。
一週間もすれば元気を取り戻すと思いたい…。
ポムの側にずっといて面倒を見ようかと一瞬悩んだ。
だが、そうしなかった。自分にはやらなくてはならない事がある。

シャドウシティの宿屋の主人に金を握らせて、1週間ほどポムの世話を焼いて欲しいと頼み込む。
その後、すぐさまリボーの近くの港行きの船を手配し乗り込む。
船に乗りながら、じっと暗い海の先を見続ける。
「仲間」を失ったのは、ポムだけではない。

――よくも、"私"を、ここまで怒らせてくれたな…。

アンスリュームの目が、残忍に、どす黒く、そして冷たく光る。
ダークエルフの本性を隠しもせず、むき出しにしたまま、彼女は見えない相手を睨んでいた。

翌日。リボーの南の港町の一部で、こんな話が出た。
なんでも海賊の海猿団の船員が5名ほど行方が分からないらしい。
飲み過ぎてどっかで寝てんじゃないのか?などと、港の人間は笑いあっていた。

さらに翌日。港町の飲み屋などで、こんな話が出るようになった。
どうやら、海猿団の船員がまた5名ほどいなくなったようだ。
海賊同士のいざこざでも有ったか?とみんなで訝しんでいたが、誰も思い当たる節が無かった。

そのまた翌日。港町のいたるところで話題になっている事があった。
海猿団の船員がさらに5名ほど行方不明になったそうだ。
3日で15名いなくなった事になる。海猿団自体は30名ほどの海賊で半数いなくなってしまった。
この人数だと奴隷を働かせて船を出すのにも苦労するようになる。事実上、出航出来なくなったのだ。

4日目。海猿団の5名がこの事態を気味悪がって、港町からリボーの街に夜の間に逃げようとしたらしい。
それら全員が朝になって無残な死体で見つかっていた。
また行方不明になっていた船員の死体が浜に上がるようになった。

5日目。この頃になると、海猿団が何者かに襲われてるのは確実だと、港町の者は誰もが分かっていた。
皆が海猿団の動向を気にしている最中、11名ほど残っていたはずの海猿団の船員の5人が、また死体となって発見された。
見えない暗殺者か幽霊か何かが海猿団を襲っているようだった。

6日目。海猿団の幹部クラスの者の死体が、残忍な殺し方で港町の各所で見つかった。
目に弓が刺さって死んでいる者。
樽の上に生首が置いてあった者。
胸を何かに撃ち抜かれて大穴を空けて死んでいる者。
体中が炎で焼かれたように黒焦げになって死んでいる者。
体中を石で殴りつけられたように撲殺されている者。
いずれも、先ほどまでは何も無かったはずの空間に、気が付いたらいつの間にか死体が置いてあるような感じで、港中の者が恐怖で震えあがった。海猿団の生き残りは船長1人となった。

7日目。恐怖のあまり堅牢な石壁の地下室にカギを何重にも掛けて籠っていたはずの船長の死体が、昼過ぎ頃に見つかった。
樽の上に生首が置いてあり、脳天に弓矢が深く突き刺さっていた。
脳天を打ち抜く時に一緒に貫かれたのか、弓矢には血に染まった羊皮紙がぶら下がっていた。
そこには、美しい文字で、このように書かれていた。

――この海域で、マーモ軍に協力するカノン船員に手を出す海賊は、必ず同じ目に合わす

リボーの港町の海賊たちは震えあがった。
これはマーモ軍の暗殺者たちの仕業なのだ、と。

誰がマーモに協力している船なのかなど、分かる訳も無い。
だが、手を出せば暗殺者の集団が襲ってきて、根絶やしにされるのだ、と。

30名ほどいた海賊団はたったの1週間で1人残らず粛清されたのだ。
しばらくの間、海賊たちは、マーモの暗殺者たちの影におびえるようになった。

まさかそれが、1人のダークエルフによって成されたなどとは、誰1人思わなかった。

アンスリューム&ポムSS⑦(作者:むーむー)

ポムが浜辺に打ち上げられてから1週間後、アンスリュームは宿屋からポムを連れ出した。
軍の船の手配をする人間に金を握らせ、特別に手配した船を使ってポムの家のある村の港まで彼を送り届けた。

鍛え上げられたポムの体は、1週間ほどで元通りに回復はしていたのだが、仲間を失った事で心に深い傷を負ったようで、生気を感じられない状態になっていた。
アンスリュームは最初の数日間、ポムの世話を甲斐甲斐しくした。
だが軍の仕事もしなくてはならず、ずっといてやる訳にはいかなかった。
それでも都合をつけて3、4日に1回くらいは様子を見に行っていた。

ひと月くらいで復活するかと思ったが、思うようにはいかなかった。
用意した食事や保存食などを多少は食べてはいるようだが、あの大きな体を維持するのに足りているとは到底思えなかった。
そのくらいの頃から、アンスリュームは酒を勧めたりして、ちょっとずつ元気にしていこうと思っていた。
嫌な事は酒でも飲んで忘れるに限る。ポムはちょっとずつ酒を飲むようになっていった。

3か月を過ぎたくらいになっても、ポムは働こうとしなかった。
飲んで、酔っ払って、寝て、を繰り返しているような生活だった。
「仲間」を失った苦しみはアンスリュームにも痛いほど分かっていた。
そんなポムが可哀そうでならなくて、ポムを怒る事も出来ず、彼女は一生懸命世話を焼き続けた。

どのくらい過ぎただろう。半年まではいってないとは思うが、相当な期間、そうやって過ごしていた。
仕事で1週間ほどポムの家に寄る事が出来なかったため、アンスリュームは色々食材などを買い込んできて大急ぎでポムの家に入る。
ポムは相変わらず飲んだくれていた。床の至る所に酒の空瓶が置いてある。
部屋中が酒の匂いで充満しているようだった。
ポムを優しく起こす。

「ねぇ…?ちゃんと毛布とか掛けて寝ないと体に悪いよ?」

酔っ払った状態で起き上がったポムの目は座っていた。
とりあえず、起きてくれたならご飯を一緒に食べよう。
今から作れば小一時間もしないうちに食べられる。
アンスリュームがそう思って用意しようとした時、ポムが彼女の手を掴んで、床に押し倒した。
物凄い怪力で覆い被さられる。

「痛いよ…ポム。痛いって…」

ポムは聞こうともしていないようだった。

「ちょっと…怒るよ…? やめてってば…」

ポムの酒臭い息が、アンスリュームの顔にかかる位置に近づいてくる。

「やめて!」

アンスリュームは光の精霊を呼び出し、そのままポムの顔面に当てる。それなりに痛いはずだ。
ポムを傷つける魔法を使ったのは、これが初めてだった。
ポムの体ではたいしたダメージではないはずだが、動きは止まった。
アンスリュームはすかさず、体をよじらせるようにして、その場から抜け出す。

「今のポムに迫られても、ちっとも嬉しくないよ! そんな事するポムなんて大っ嫌いだよ!」

アンスリュームはそう言うとポムの家を飛び出した。
どれだけ走っただろう。だいぶ離れた森の中で、アンスリュームは泣いた。
どうしたら良いのか、分からなくなってしまっていた。

ポムが辛いのは分かってる。
でも、あーしだって辛いんだよ…。
あーしだって泣きたいんだよ…。
みんなの事を思うと今だって苦しいよ…。
このままじゃ、ポムがダメになってっちゃうよ…。
ポムをあんなになるまで甘やかしたのはダメだって、分かってたよ…。
でも、じゃぁ、どうすりゃ良かったのよ!

誰に問うたところで答えなど出てこない。
あーしが賢ければもっと良い解決策が浮かんだのかもしれない。
あーしにもっと権力が有れば、ポムに良い仲間でも見つけてやれるのかもしれない。
あーしが軍など止めてしまってもっとポムに寄り添っていれば、ここまで酷くならなかったかもしれない。
何も出来ていない事に腹が立つ。

本当の事を言えば、ずっとポムが好きだった。
勇気を出せず、拒んでしまった後も、好きという気持ちは変わっていないのだ。
次に迫られたら、勇気を出してみよう…などと思っていた事もあったのだ。
だが、今のポムに迫られても、ちっとも嬉しくなかった。
好きだと言って抱いてほしい。ちゃんと愛してほしかった。
ただ、それだけのことなのに、今はそれが一番望めなさそうだった。

それからひと月ほどの間、アンスリュームはポムの家には寄らなかった。
今のポムを見ていたくなかったのもある。
だがもう一つ。
あんな状態のポムですら、次は拒めないかもしれない、と思う自分に気付いてしまったのだ。

これは、愛情じゃない。多分同情のたぐいだ。
あーしだって仲間を失って寂しい。ポムだって寂しいはずだ。
寂しさを舐め合って、男女の関係になる事も十分あると思う…。
だけど、これは、あーしの望む姿じゃない。
本当は、もっと、ちゃんと愛したい。
同情じゃなく、ちゃんと好きって言い合えるようなそんな関係になりたい…。

そのためには、何かが足りなかった。
何か、状況を覆すような、何か、そんな力が、欲しい…。
アンスリュームは、そう漠然と考えるようになっていた。
答えがまるで見つからない。焦っても何もならないのは分かっていた。
だが、日を増すごとに焦りがつのり、冷静な判断など出来ない状態になっていた。
すでにとっくに焦っておかしくなっているのに、焦っている度合いが分からなくなってしまっていた。

なんでも良い。何か、力が、欲しい…。

アンスリューム&ポムSS⑧(作者:むーむー)

アンスリュームが何か状況を覆す力を欲するようになってすぐ、あるチャンスが訪れた。
アルトハルトの城の主をしているバグナードという魔術師に呼び出されたのだ。
輸送船の功績を認められた、との事だったが、ここ半年はその実績はない。
それはポムとつるんでいる時の事だったので、今更?と思ったのは確かだった。

とりあえずシャドウシティの魔術師ギルドに向かう。そこにバグナードという魔術師が来ているという。
ギルドの奥の誰も立ち入れない部屋、という所に通される。
高位の魔術師といった風体の魔術師が座っていた。この人がバグナードなのだろう。
バグナードは鋭い眼光を持つ、全く隙のない、力の強そうな暗黒魔術師だった。
相手はお偉いさんだ。位が違うので、礼節を以て接する。

「私はシャドウシティで沿岸警備をしております、アンスリュームと申します。バグナード閣下」
「堅苦しい挨拶は良い。あと名前で呼ばれるのは好かない。今後は気を付けるように」
「申し訳ありません。どのようにお呼びすれば…」
「導師、とでも呼んでくれ。まぁ、呼ばれる事もほぼ無いとは思うがな」
「畏まりました。以後、気を付けます」
「手短に話そう。お前、力が欲しくないか?」

アンスリュームはピクリと耳を動かした。まさに、欲しいと思っていたところだからだ。
本当は、何故そう思うか?とか、どんな力か?とか、なんで自分なのか?など、色々問わなくてはならないところなのだろう。
だが、相手は手短に話したがっている。うかつに色々詮索すると、話が終わってしまうのではないかと思った。
本来なら、焦るところだが、今日は何故か焦ってない気がした。

「欲しいです」
「ほう。色々聞くかと思っていたが、存外賢いようだ。気に入ったぞ」
「何を差し出せば、いただけますか?」
「ほほう。潔いな。なおのこと気に入った。
必要なのは忠誠心だ。さすれば、お前の肉体を強化する儀式を行ってやろう」
「肉体の強化、ですか」

正直どうでもいい気がしてしまった。顔色に出したつもりは無かったが、相手には見抜かれてしまったようだ。

「それだけだと興味は無いようだな」
「…はい」
「ふははは。その正直さでよくダークエルフが務まるな」
「申し訳ありません」
「…望みでもあるのか?」
「…カノン攻略の足掛かりの為の任務を行っていました。そこで忠誠を示せるよう力のある役目が欲しいです」
「ほう。奇遇だな」
「?」
「お前の忠誠が確かなら次はそれを命じようと思っていたところだった。カノン侵攻も視野に入ってきている。
 手駒が欲しいのだ。分かるな?」
「はい。お望みのままに。儀式はいつでしょうか?」
「ふはははははは。気の早い奴だ。では手配をしよう。儀式は数名同時に行う。一緒にまとめてくるがいい」
「御意」
「役目については、働きぶりを見て決める。上手くいくなら、さしあたってはカノン攻略後、占領下のリボー
辺りの警備隊の指揮を執ってもらうことになろう」
「光栄です。早くそうなれるようお仕えいたします」
「期待している」

バグナードとの話はこれで終わった。
その2日後、アンスリュームはアルトハルトのバグナードの城で、肉体強化の儀式を受け入れた。
そして彼女はバグナードに忠誠を誓い、アルトハルトの黒い業火の制約を受け入れることになったのだ。

アンスリュームは小躍りしていた。
何もかもが上手くいきそうな気がする。焦っていない。晴れやかな気分だったのだ。
まずは色々仕事をしなくてはならない。早く功績を立てるのだ。
そうすれば偉くなれる。偉くなったらその力をちょぴっと使って、ポムに仕事を回してやる事だって出来る。
ポムは海の男だ。仲間と船があれば、時間はかかるかもしれないが、また元気になってくれるだろう。
元気になったポムなら…。今度こそ、勇気をもって付き合える気がする。

――この力は、あーしとポムを強くしてくれる力なんだ。

早くそのことをポムに伝えたくてしょうがなかった。
アンスリュームは儀式を終えるとすぐ、リボーの港町に行き、そこから走ってポムの村に行った。
ひと月ほど前、喧嘩別れのようになっていたが、ちゃんと伝えれば分かってくれる!そんな風に楽観的に考えていた。
アンスリュームは息を切らせながらポムの家に着いた。夕方を過ぎ、辺りは暗かった。
中を見ると酷い有様になっていた。所狭しと酒瓶が落ちていて、散らかり放題。前よりも酒の匂いがキツくて、中に入るのをためらうほどだった。ポムは床に酔い潰れて寝てしまっていた。

「ポム…? 起きて? 話があるんだよ」

ポムは起き上がったは良いものの、酔いの抜けていない顔で、目が座ったままアンスリュームを見ていた。
ちゃんと話が伝わるか分からなかったが、アンスリュームは話を続ける。

「あのね? あーし、色々考えて、頑張ったんだよ。上手い事やったら、ちょっと偉くなれそうなんだ」
「…」
「そんでね? そうなったらここら辺の港で船を出したりとか、色んな仕事が回せるようになるかもしれない」
「…」

ポムの反応がまるでない。アンスリュームは、やや焦りながら言葉を続ける。

「えっと…。そう…したらさ。また一緒に仕事、出来るかな、なんて思ってさ…」
「仕事…?」
「そう!」

多少反応が返ってきた。嬉しくなって続ける。

「またさ…仲間を集めてさ。一緒に…」
「仲間、だと?」
「…そ、うだよ…」
「仲間など、いない」

――そんなの! 分かってるよ!

声を荒げて、言いそうになる。私たちの仲間は、今はもういない! そんなの分かってる!
でも、それをいつまでも言ってたら、何も出来ない! 何も前に進まない! 何も良い事にならない!

「それは、そうだけど…。でも生きてかなくちゃなんないじゃん…何もしない訳にはいかないでしょう?」
「で、仕事をしろと」
「そうだよ。いつまでもこのままじゃ…」
「おまえ、何様だ?」
「…え?」
「それで、マーモ軍の片棒を担いでまた仕事をしろと…そういう事か」
「そんな言い方…しなくても…」
「哀れなカノンの漁師に、仕事を恵んでくださる、お偉いアンスリューム様という訳か」
「…どうして…? なんで、そんな酷い事、言うの…?」

先日までの喜び勇んだ気持ちなどとうに消え去っていた。ポムにこんな事を言われるなど夢にも思わなかった。
ポムは答えなかった。

「ねぇ…まさか…ずっと、そんな風に、思ってたの…?」
「…」
ポムは答えようとしない。

「…答えてよ」
「…」
「ポム、答えて…」
「…」
「答えろって言ってるだろ!」

ポムは、目を瞑り、絞り出すように、こう答えた。

「…そうだ」
「…」
「もう、俺には構わんでくれ…」

そう言うと、ポムは床に寝転がって、もうアンスリュームの方を見ようともしなかった。
アンスリュームは、呆然としたまま、その姿を見ていた。
何もかもが音を立てて崩れ去り、まるで暗闇の中に放り込まれたような気持ちになっていた。
しばらくすると、アンスリュームはふらふらとした足取りで、ポムの家を出た。
そのまま、海辺の道を歩いた。やがて道は上り坂になり、海を見下ろす切り立った崖の上に辿り着いた。
海を見下ろす崖のふちで、彼女は膝を抱えて座り込んだ。
1時間ほど、経ったと思う。何も、考えられなかった。表情すらない。
目の前に広がる真っ黒な海を見つめる。吸い込まれそうだった。

このまま、海の泡となって、消えてしまいたい。いなくなりたい。何もない存在になってしまいたい…。
今飛び込めば、死ねるかな…。
また、荒い波に揉まれながらあっぷあっぷして、息も出来ないような情けない姿になるかな…。
今度は…助けてくれる人は…いないんだよね…。
もう、あのおっきな手が、差し伸べられる事は、無いんだね…。悲しいな…。

全然涙が出てこない。おかしい。
こんな事を考えたら、絶対泣くはずなのに、そんな気配すらない。
肉体の強化を受けたからだろうか。それとも全てが麻痺してしまったからだろうか。何も心が動かない。
泣いたら、お腹が空いて、ご飯を食べて、そのうち元気になれるかもしれないのに、泣けない。

こんな事なら肉体の強化など受けなければ良かった。そうだ。いい事なんて、結局、何も無かったじゃないか。
何が、あーしたちを強くしてくれる力だ。相手はそんな事ちっとも思ってくれなかったじゃないか。
何のために、あんな事をしたのか、今となっては、空回り過ぎて可笑しいくらいだ。
笑える? 笑おうよ。 笑えもしないの? 面白くも思わなくなったの? 何なの?!

楽しくもならない。おかしい。
…元より楽しい話じゃないや。さすがに無理があるか。なら、これならどうよ。

あんな飲んだくれのポムを見なくて良くなったなら清々するじゃないか。
あの言い方は酷い。憎もうか? 絶対、許せない…? 
何なら殺してやろうか? それならあーしは得意なんでしょ? 
・・・殺すのは、勘弁してやろう…。
でも、あの言い方だけはやっぱり許せない…? ・・・これは許せないよ。
アンスリューム様…。ふーん…。あ、これは、ちょっと怒ってきたかも。
…そう呼びたいなら、そう呼ばせてやる。

ほんの少しだけ、心が動き始めてきた。なんだ、結局怒る事は出来るんだ、この体は。
これからは、怒る事だけで生きていくの? そっか。これが強くなった報いなんだね…。

アンスリュームは立ち上がる。暗い海を遠い目で見つめながら、ある決意を固めるのだった。

アンスリューム&ポムSS⑨(作者:むーむー)

アンスリュームが決意を固めてから数日後、彼女は魔術師を連れ立ってポムの家のある村まで来ていた。
アンスリュームはマーモの軍服を着ていた。鎧は着用していない。
わざわざカノンに来るのに敢えてリスクを冒して軍服を着てきていた。
魔術師の方はと言うとマーモの宿で雇った普通の魔術師だ。普通の服を着させてある。
この後マーモにテレポートで移動する手筈となっていて、そのためだけに雇ったのだ。
家の中での会話を聞かれないようにするため、魔術師には離れた場所で待機するよう命じる。
そうして、彼女は、ポムの家に向かった。

ポムの家に挨拶もせず入る。朝もそこそこに早い時間だったので、酔い潰れて寝ているようならたたき起こすつもりだった。
家の中は綺麗に片付いている。酒瓶が転がっていることは無かった。酒臭かった臭いが無い。
ポムは奥の方で何やら片づけをしているようだった。
ポムはアンスリュームに気付いたようだ。訝しむような顔をしながら、近くまで寄ってきた。

「何の用だ…?」
「カノンの漁民のポム。今からお前をマーモ軍管轄の民間船要員として接収する。付いてきな」
「あ…?」
「聞こえなかった? カノン漁民ポム。お前をマーモ軍管轄の民間船要員として接収する、と言った」
「アンスよ…おま…」

アンスリュームは、ポムに近づくと、思い切り平手打ちをする。
ポムですら、びっくりするほどの痛さだった。

「立場を弁えな。アンスリューム様、と呼べ。そう呼びたかったんだろ?」
「お前…。俺はカノンの人間だぞ? なんでマーモのお前に指図を」
「口の利き方に気を付けろ!」

アンスリュームは、さらに平手打ちをする。
今度は流石にポムもただでは食らわない。
平手打ちを食らったと同時にすかさずアンスリュームの胸倉を掴む。
アンスリュームの体が完全に床から浮いている。
そしてポムは右手の拳を握りながら上に振りかざす。

「お前、いい加減にしろよ?」
「…いい加減にするのはお前の方だよ、ポム」

胸倉を掴まれたアンスリュームの手が、ポムの厚い胸板の真ん中辺り、心臓の所に添えられている。
アンスリュームは高位の精霊使いだ。戦いの精霊であるヴァルキリーの槍の魔法をいつでも行使出来る。
この魔法は絶対に防げないし、抵抗も出来ない。下手すれば心臓を撃ち抜かれて即死する事もある。
ポムはその魔法が使われるところを何度も見ている。アンスリュームの意図が分からない訳がない。
下から睨みながら見上げられている。これは間違いなく、動けば撃つ目だった。

アンスリュームはポムの拳を視界の端に捉えながら、ポムを睨み付けている。
ポムの拳の威力はさんざん見てきている。屈強な船乗りですら一撃で伸すのだ。
あれで殴られたら自分などあっという間に骨が砕けて粉々にされる。下手すれば即死するかもしれない。
いずれにせよ顔を殴られればひしゃげて、次の魔法を唱える事など出来はしない。
だから、もし少しでも動くなら、殺す気で撃たないとこちらが死ぬ。

「手を、放しな」
「…」

ポムは胸倉を掴んでいた手の力を緩める。アンスリュームはようやく床に足がついた。
アンスリュームは手を振り払い、少しだけ距離を空ける。

「次にやったら、命は無いと思いな」
「…」
「あと、お前はさっき、カノンの人間だと言ったよね?」
「ああ。マーモの民になったつもりはない…」
「笑わせるね。散々マーモ軍に協力して金を稼いできたんだ。とうにカノンなど裏切っていると思い知りな」
「…」
「これから、奴隷のようにこき使ってやる。さっさと付いてきな」

アンスリュームはそう言うと後ろを向き数歩歩く。そこで少し立ち止まる。
ポムが襲い掛かってくる気配はない。少し安堵する。

――これで、良い…。

ポムは、マーモの軍人が、嫌いだ。
でも、自分はずっとマーモの軍人だ。それが嫌いなら、それで良い。
今日は立場をはっきりさせるため、敢えて普段は着もしない軍服を着て来た。
嫌うならそれで構わない。その方がこちらも今後やりやすい。
今日、今までの関係は終わった。
これからは、ただ、任務をこなすために必要な協力者となる。
本来なら、ポムにこだわる必要はないのだが、新しくこの地を支配する事になるだろう未来の自分のために、知った顔がいれば楽なんだ、と思う事にした。
腕の良い船頭がいれば便利なんだ。船があれば仕事は出来る男だ。期待に応えてくれるだろう。
ちゃんと利用しなくてはならない。
そう、それで良いんだ。

アンスリュームは振り向いて、ポムにこう言った。

「何をしてる?…付いてきな」

村の隅で待たせているマーモの魔術師の所まで一緒に向かう。お互い無言だった。
魔術師のテレポートですぐにシャドウシティに向かう。
魔術師の役目はここまでなので報酬を払い、すぐに別れた。

アンスリュームとポムが今から行く所は港になる。が、彼女が軍服を着ているとちょっと都合が悪い。
今から行うのは個人的な任務なのだ。素性がバレない方が良い。
ポムを宿屋の前で待たせる。逃げたら地の果てまで追いつめて殺す、と脅しておいた。
アンスリュームはいつもの軽装に着替えてきた。ポムは大人しく待っていた。

港に着く。ポムの姿はそれなりに目立つので、人目に付かないようにするのに苦労した。
ポムに指図をして、ポムが頑張れば1人でも操船出来そうな、小型の帆船を見繕わせる。
10人ちょっとは乗れそうな、そこそこ大きな縦帆の帆船があった。いわゆる三角帆のヨットだ。
1人で用意するのにどれくらい時間がかかるか聞いた。1時間くらいだそうだった。
アンスリュームはポムをその船の近くにいさせると、船着き場の管理をする者の所に行った。
実はこの時、アンスリュームはポムに出港準備の指示をするのを忘れていた。

そのまま船を管理している管理者の元に行く。
普段、アンスリュームは船に乗る事は有っても、船自体の手配をする事は無い。それは別の者の仕事だ。
船の出航をするためには、管理者の許可をもらわないといけない。
出航許可が下りている事を示す旗をもらっていないとすぐに追手がかかったりする。
その許可をこれからもらいに行く。まぁ、許可というか、無理やりもらうのだが。

アンスリュームは管理者に魅了の呪文を使った。この呪文を失敗した事はない。
自然と打ち解けて会話をする。何と書けば良いのか聞きながら書く。
書類の書き方なんて知りもしない。でも、関係ない。どうせ嘘しか書かない。
管理人を上手く誘導して、それなりの書類をでっちあげる。
2、30分ほどかけて書類を提出し、急いで船に戻った。
ポムが船の前でぼーっと突っ立っていた。

「ちょっと!?何やってんのよ!?」
「あ?」
「出航の準備しといてって言ったよね!?」
「…聞いてないぞ?」
「うそ!? ヤバいヤバい! 急いで準備して! 一緒にやるから!」

ポムとアンスリュームは急いで準備を始めた。アンスリュームは焦っていた。
ポム1人なら1時間、2人でやれば3、40分か。ギリギリだった。

「何を焦ってるんだ?!」
「口を動かさず手を動かす!」

アンスリュームは10年ほどポムの船で一緒に過ごしているので、どう準備したら良いかくらい分かっていた。
帆の準備やロープの整理が終わると、錨をあげ、係留するための固定を外していく。
そろそろ管理者にかけた魅了の呪文の効果時間が切れる。バレる可能性が有るのだ。

「40秒で港出て!」
「無茶言うなよ…!」

そう言いながらポムは神業的に1人で船を操ってみせた。半年くらいのブランクなど無いようだった。
船は港を出た。アンスリュームは後ろをじっと凝視しながら、追手がかからないか注視していた。
一瞬追手がかかったか、とひやっとしたが、どうやら気付かれずにやり過ごせたらしい。

船はシャドウシティの港からだいぶ離れた所を航行していた。
日の光を見ると、正午ちょっと手前、といった時間だった。
風をとらえたので、すぐにカノン方面に行けるだろう。
ポムの操船の方も帆の固定などは終え、舵で操作しているようだった。
アンスリュームはようやく一息ついていた。

「なぁ、アンスよう…」
「なに?」
「この船、ちゃんと軍の物なんだろうな…?」
「…」
「まさか、とは思うが、盗んだ…んじゃないだろうな…?」
「…未来のあーしの出世払いみたいなもんだから、オッケーよ…?」
「お前…」

ポムは船をシャドウシティの港に戻そうと舵を切ろうとしていた。

「ちょっと!? やめてよね! バレたら2人で縛り首だよ! 絶対戻っちゃダメだからね!」
「盗人の片棒を担がされるとは思ってもなかったぞ…」
「しょうがないでしょ!? 船無かったら何も出来ないんだから!」
「…勘弁してくれよ」

ポムは仕方なくカノンの村の方に進路を定めて舵を切る。

「なぁ、アンスよう…」
「今度は、なに?」
「いや、なんでもない…」

アンスリュームはいら立ちながら、答えていた。
ポムは黙ってしまう。アンスリューム様と呼んでいなくていいか?と聞こうとしたのだが言い出し辛かった。

アンスリュームは、そう呼ばれていない事にとうに気付いていたのだが、久しぶりにポムとこうして話すのが嬉しくて、気付かないフリをしていたのだ。
朝のうちの会話を思い出してどんよりする。今こうして話せてるのなら、あんな会話しなければ良かった。
大失敗だった。たかだか数時間で、全部壊したような気になってしまった。
無かった事にならないかな…なんでいつも失敗しちゃうんだろうな…。
アンスリュームは耳を垂らしながら海を見つめていた。

「なぁ、アンスよう…」
「もう、なんなのよ!?」
「こないだの、あれな…」

アンスリュームの背中に冷たい何かが走る。
あの時の事は出来れば思い出したくない…。
強引に遮って言わせないようにしようか…。
またあんな思いをしたら、今度こそ、本当に消えていなくなりたくなる…。
でも、我慢して、黙って聞く事にした。

「あれは、言いたい事では無かった…。取り消させてほしい…」

…我慢して……良かった…。
アンスリュームは目に涙を溜めて、じっとその言葉を噛み締めた。そして少し、考える。
…これを許してはいけない。これを許したら、その時の会話があった事になってしまう。

「何の事、言ってるの?」
「…俺は、お前に酷い事を…」
「ちょっと黙って?」
「…」
「日頃、甲斐甲斐しくお世話をしてあげているアンスリューム様に向かって酷い事を言うとか…。
まさかそんな恩知らずな夢を見たのかな? 酔っ払い過ぎなんじゃないの?」
「…でも、お前、今朝方…」
「あー! 聞こえなーい! とにかく! そういう夢の話はもう二度としないでね!」
「…」
「返事が、聞こえて、こないんですけど?!」
「はい…」
「よろしい…。あ、あと、あーし、酔っ払いが大嫌いになったから、お酒、当面禁止ね?」
「もう、飲まん…」
「よろしい!」

アンスリュームはポムに背を向けて、船のへさきに歩いていく。泣いてるのを見られたくなかったからだ。
本当の事をもうちょっと聞いてあげてもいいかとは思ったが、そういうのはもうどうでも良かった。
あの会話の存在自体が気に食わなかった。無かった事にしたい。それで良いんだ。

アンスリュームはへさきに座り波しぶきを感じる。何だか穏やかな気持ちになってきた。嬉しくて涙が出る。
やっぱり、海は良い。森も良いけど、海もすごく良い。
それに、ポムは海が似合ってる。この男には船が無いとやっぱりダメなんだよ。
盗んだのは悪い事だけど、でも、やって良かった…。

「おい、そんなヘリに座ってると危ないぞ?」
「大丈夫だよ?」

ポムは心配してか近くに寄って来ている。
涙を隠すために来てるのに、空気読んでよ馬鹿、とアンスリュームは思っていた。
その直後、船が大きく前後に揺れ、アンスリュームが海に落ちそうになる。
落ちる、と思った瞬間、ポムの大きな手でがっしりと捕まれ、引き寄せられる。

ポムに助けられるのは3度目だ。
あーしをいつだって助けてくれる、この大きな手。
もう、助けるために差し伸べられる事など無いと思っていた、この手。
見ているだけで安心出来た。嬉しさで心が満たされた。
なんだ、嬉しいも、楽しいも、ちゃんと有るじゃん。無くなってなくて、良かった…。

…お腹、空いた…。

気持ちが戻ってきたら、お腹が空いてきた。ここのところまともに食べてなかったから当然だ。
現金な体に可笑しくなってしまう。
その柔らかに笑う姿は、まるで船のへさきに取り付けられている船首像の女神のように美しかった。
ポムはその姿を見て、つい呟いてしまっていた。

「ヘラ…」

アンスリュームにも、当然その言葉が聞こえてしまった。凄く機嫌が良かったのに、一気に不機嫌になる。

「あのぉ? あーしの名前は、アンスリュームさん、なんですけどね?
 どこの港の女の名前なんでしょうかねぇ!じっくりご説明いただきましょうか?!」

ここに流れていた良い空気が全て消し飛んだ感じだった。
アンスリュームは普段使いもしない丁寧な言葉遣いで、目も笑っていない。
ポムは言いたくなさそうだったが、アンスリュームの眼力が怖くて、仕方なくなく説明した。

大きな船のへさきには、フィギアヘッドと呼ばれる女神像が取り付けられる事が多い。
アンスリュームもライデンの港で見た事があった。裸の女ばかりの像だ。
その多くは大陸で信仰されているらしい神々の像で、航海の女神だったり主神の妻である女神だったりする。
もっとも船乗りに人気があるのが、主神の妻の女神である「ヘラ」だったのだ。

だいぶ機嫌を損ねたアンスリュームだったが、一生懸命言い訳がましく船乗りの間で信じられている神々の説明をしているポムを見ていたら、なんとなく許せてしまった。ちょっと可愛かった。
と同時に、ポムと付き合っている訳でも無いのに、女の名前がちょっと出ただけで、それが神様だろうが
めちゃめちゃ嫉妬している自分が急に恥ずかしくなってしまった。

「分かったよ、分かったから…もう良いよ」
「…あぁ、まぁ、そういうことだ」
「よーするに。女神みたいにあーしが美しい、と言いたかった訳ね? それも妻!?まいっちゃったねぇ?」
「…いじめか?」
「まぁ、あれよねー?ちゃんと告白もしてもらってないのに勝手に妻呼ばわりされても困っちゃうねぇ?w」
「…悪かったよ」
「がつんと、好きって言ってくれる相手じゃないと、そんなのはお断りだね!w」
「もう、勘弁してくれよ…」
「ふふふ…ま、いじめすぎると、可哀そうだから、この辺で止めとくけど。w
この事は、ちゃーんと、覚えとくからね!」

アンスリュームは楽しそうに笑っていた。ポムも苦笑いではあるが、笑っていた。
こうして2人は船を手に入れた。この船は長らく2人の仲を取り持ち、思いを渡す船となった。

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●本コンテンツについて

・本コンテンツは同好者の間で楽しむために作られた非公式リプレイです。
・2021年にオフラインセッションでプレイしたものをまとめたものとなります。
・動画制作とリプレイテキスト公開を同時進行しております。
・個人の趣味で行っておりますので、のんびり製作しております。気長にお待ちいただきながらお楽しみください。

・原作の設定とは無関係の設定が出て来たりしております。あくまでこちらのコンテンツは別次元のお話と思ってください。
・本コンテンツの制作にあたり、原作者様、出版社様とは一切関係がございません。
・TRPGを行うにあたり、皆が一様に分かる世界観、共通認識を生んでくださった原作者様と、
楽しいゲームシステムを販売してくださった関係者の方々に、深く感謝申し上げます。

●本コンテンツの著作権等について

・本コンテンツのリプレイ・ショートストーリーの著作権はむーむー/むーどす島戦記TRPG会にあります。
・本コンテンツのキャラクターイラスト、一部のモンスターイラスト、サイトイメージイラスト等の著作権は、
むーむー/マーコットPさん/アールグレイさんにあります。
・その他、原作、世界観、製作用素材については以下の権利者のものとなります。

●使用素材について

・本コンテンツは以下の製作者、原作者、製作素材等の著作物を使用して製作されています。

【プレイヤー】

・トゥナ・P
・マーコットP
・ヤトリシノP
・むーむー(GM)

【挿絵・イラスト】

・マーコットP
・むーむー

【キャラクター(エモーション・表情差分)】

・マーコットP
・むーむー

【使用ルール・世界観】

・ロードス島戦記
 (C)KADOKAWA CORPORATION
 (C)水野良・グループSNE
・ロードス島戦記コンパニオン①~③
 原案:安田均、水野良、著者:高山浩とグループSNE
 出版社:角川書店

【ウィンドウ枠デザイン素材】

・ウィンドウ&UIパーツ素材セット3
 (Krachware:クラハウェア)

【マップアイコン素材】

・Fantasyマップアイコン素材集
 (智之ソフト:tomono soft)

【Web製作ツール】

・ホームページデザイナー22
 (ジャストシステム)

【シナリオ・脚本】
【リプレイ製作】

・むーむー

【ショートストーリー・小説製作】

・トゥナ・P
・マーコットP
・ヤトリシノP
・むーむー
 (むーどす島戦記TRPG会)

【製作】

・むーむー/むーどす島戦記TRPG会

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