村上春樹氏の予感について

村上春樹氏が「我々はそろそろ...価値崩壊に備えて自らの洗いなおしにかかるべき時期に至っているのかもしれない」(「村上朝日堂の逆襲」)と書いたのは1985年頃のことである。今となっては価値崩壊は誰の目にも明らかですが、85年というとバブル経済の崩壊どころか発生以前で、まだまだものごとは従来の延長線上に進むと考えられていた。僕は村上氏の予感になんとなく共感を覚えたものの、あらためて考えてみると「洗い直す」というほどたいした「自ら」を持ち合わせていないことに気付いたのだった。

それから10年くらい経つと、村上氏の予感どおりに価値崩壊が現実化し始めた。僕自身の個人的な立て直しの必要性もあって、村上春樹はその後どんなことを考えているのだろうと手がかりを探していたところ、1996年の末に「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」という本が出た。この本で語られているのは「物語」「宗教性」「暴力」といったことがらだった。これらの問題は「無意識」というキーワードで括られるが、無意識というのは我が小脳論の中心的関心事でもある。しかし、色々考えてみてもどうもすっきりしない部分があるので村上氏本人にメールを出したところ、返事をもらうことができた(村上朝日堂CD−ROMに収録されている)。

村上さんwrote:
僕はここのところジョーゼフ・キャンベルの「時を超える神話」と「生きるよすがとしての神話」という二冊の本を何度も繰り返して読んでいました。とても面白い本で、いろいろと啓発されるところがありました。僕らの心の中にある真の神話性とはなにかについて、鋭く考察した本です。僕の抱いてきた小説観ともかなり呼応するところがあります。内容は深いですが、文章は比較的読みやすいです。よかったら読んでみてください。

キャンベルは世界中の神話の共通点を調べた学者で、その神話学に基いて「スターウォーズ」が作られたのだそうな。そういえば、村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」には「フォースがあなたとともにありますように」というセリフもある。キャンベルの本は確かに面白かった。そこには「価値崩壊の時代を生き延びることは内面的な戦いである、それはある意味で神話的なことがらなのだ」ということが書かれている。価値崩壊の時代を生き延びるには、内面的な価値を自分で探さなくてはならないのだ。