脳の回路と抑制

脳科学の本によると脳の神経回路の接続にはプラスの信号を送る興奮性結合とマイナスの信号を送る抑制性結合があるとのことです。大脳における記憶は興奮性結合の強化・維持であり、小脳の記憶は抑制的結合の強化・維持であるようです。脳の一部分、即ち神経回路のひとまとまりが一つの概念的な要素(認識や行動の単位)にあたると仮定して、大脳と小脳を比較してみます。

例えば、Aという認識に関わる部分とBという行動に関わる部分があるとすると、大脳は「Aという認識が起きたらBという行動をするというプラスの信号による連動」を記憶し、小脳は「Aという認識が起きたらBという行動をやめるというマイナスの信号による抑制」を記憶すると考えられるわけです。Bという行動が都合の良い結果をもたらせば、大脳ではAとBの関係は強化され、小脳ではそのままです。Bという行動が不都合な結果につながった場合は、小脳ではAからBへ抑制が強化されますが、大脳ではそのままです。大脳の記憶は頭の記憶で、小脳の記憶は身体の記憶だとすると、抑制というのは身体で覚えるものであり、意識的に頭で覚えることはできないということになります。

小脳の抑制を強化するには、Bという行動を繰り返して現実の不都合を経験する必要があります。しかし、それには時間がかかるし、不都合を何度も経験するのは無駄なので、時間と無駄を省くために意識的な努力をしよう...というのが近代化です。Bという行動による不都合を意識的に回避しようとする場合は、Bという行動を禁止し、禁止に従わない場合は罰を与えます。つまり、現実の代わりに社会的制度という仮想現実が与えられるわけです。その場合、不都合な結果の代わりに禁止や罰によってAからBヘの結び付きは抑制されますが、現実の不都合を経験していないので、なぜ禁止されるのかが良く分からないままです。

ここで、元々あったBという行動は我々にとって自然なものでした。これを社会的制度によって抑制することは、Bという自発的行動の抑圧です。Bという行動による不都合を身体で覚えることは面倒なので禁止に頼りがちですが、そうすることが自発性を損なうのだと考えられます。また、不都合を回避することは現実から遠ざかることであり、現実離れした世界観を生みます。

抑制を身に付けるためには現実の不都合を認識し、それに結び付く行動を自発的に抑制する必要があります。社会的制度による禁止に従うことは自発性とは反対であり、なぜ禁止されるのかが分からないので、禁止されていない状況では自分を抑制することができなくなります。現実を不都合として経験することにより抑制を身に付けるのは、現実の世界を良く知るということでもあります。そのための時間や無駄を省こうとすると、自発性が抑制されてしまいます。