記憶について

何かの情報を獲得して新たに記憶することは記憶システムの「変化」です。また、記憶というのは時間が経過しても情報が保存されるシステムのことであり、記憶される情報は「不変」でなければなりません。記憶システムは変化と不変の両方の性質を兼ね備えていることになります。

我々が何かの情報を得ると、我々自身が変化します。しかし、我々自身が完全に変化してしまったとすると、変化する以前の状態の記憶を保つことができないので「自分が変化したのかどうか」はわかりません。つまり、自分自身の変化を知るためには、自分というものを「変化する部分」と「不変に保たれる部分」に分ける必要があります。したがって、自分自身の変化をはっきりと知ろうとすると、大きく変化することはできないということになります。

記憶には頭で覚える記憶と身体で覚える記憶があります。頭で覚える記憶は意識的な記憶なので、自分自身の変化についての記憶というものが考えられます。それは「自分が何かを頭で覚えたこと」についての記憶であり、何かを覚えるごとに覚えた自分についての記憶も増えていきます。したがって、頭で覚えることに偏ると意識的自我が肥大することになります。そして、意識的自我の肥大は精神の不健康にもつながります。

身体で覚える記憶とは小脳によるシミュレーション的記憶のことだと思われます。シミュレーション的な記憶は試行錯誤を繰り返すことで身に付きますが、それは無意識の自律的な過程なので何かを不変に保つということができず、自分自身の変化についての記憶が伴いません。したがって、我々は何かを身体で覚えてしまうと、それができなかった時のことを「思い出すことができない」ことになります。言い換えれば、過去の自分を忘れるわけです。身体的記憶を得ることは無意識的能力を拡大することなので、意識化傾向にある精神のバランスを回復するのに必要で、その効果は「忘れる」というところにあると考えられます。