5月10日

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◆Special Column◆
「スポーツと生きる日々」

3.何に対する寄付行為なのか
日本サッカーの故郷、と呼ばれる
ドイツ・デュイスブルグのスポーツシューレから

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 イングランドからドイツに移動して、デュッセルドルフ、デュイスブルグ、そして今、ルフトハンザ航空のストライキのために予定を急きょ大変更して、1時間の飛行機移動から6時間の列車移動でミュンヘンに向かっています。持っていた航空券をすべて列車のキップに代えるというシステムですので、席は大混乱で、イス取りゲームのように、みな席がちょっと空くと座って、またキップを持った人が来ると立ち上がって、とせわしないですね。
 本日10日は、この4、5月でもっともいい天気に晴れ渡ったそうで、進行方向の右手には青々とした緑に囲まれた丘が広がり、左手にはライン川が見えていまして、まさに「世界の車掌から」状態であります。
 テレビの仕事ですので、クルーの方々は荷物のこともあって大変だと思いますが、6時間もの列車の旅はなかなか魅力的です。

 昨日は、デュイスブルグの「スポーツシューレ」を取材しました。みなさんもご存知だと思いますが、ドイツのスポーツ組織というのはおおまかに言って3つあります。こちらには基本的に「スポーツクラブ法」というのがあり、7人の発起人で民間のクラブの設立ができるそうです。この場合、スポーツの種類は何でもよく、これに対して、州が土地を貸してくれます。
 まず民間のこうしたクラブがさまざまな種目にわたってあり、次に、このようなクラブに対していわば「相乗り」する恰好で、国と州がトップクラスのアスリートを養成するための拠点として「オリンピックセンター」を全国に20か所設立しているのです。

 今回、デュッセルドルフで取材したオリンピックセンターには、シドニー五輪の出場者が10人おり、パラリンピック走り幅跳びの銅メダリストもそこを拠点としていました。
 このセンターでは主に新体操の強化が行われていて、団体競技4位になったメンバーのほとんどが練習をしていましたね。4日には新しく寄宿舎がオープンし、ここには補習用の教員もいて、選手は週末だけ、あるいは長い期間、トップクラスのコーチを受けるために滞在しています。費用はその競技連盟が肩代わりし、滞在費としてわずか1万円程度を支払って、3食、ベッド、ドクター付きということになります。
 もちろん民間のクラブへの相乗りですから、施設の中では普通の人と五輪選手が一緒にトレーニングをするケースもあるわけです。

 スポーツクラブの3つ目として「シューレ」があります。これは「学校」という意味で、こちらの施設は地域や団体に広く貸し出すもので、競技レベルの如何はまったく問われていません。日本のサッカーチームでも、こうしたシューレを借りて合宿をする高校も多いそうです。
 昨日取材したのはデュイスブルグのシューレ──というと年輩の方々はピンとくるのかもしれませんね。
 ここはメキシコ五輪銅メダルチームの合宿先で、クラマーコーチが拠点にしていたクラブなのです。
「銅メダルの故郷だからしっかり取材をするように」と、番組の監修をされている大先輩にはアドバイスをいただきました。ここを訪れた経験がきっかけで、Jリーグ・川淵三郎チェアマンがJリーグを作ろうとしたこともよく知られているでしょう。
 今回ここを訪問したのは、ドイツにおけるサッカーくじ収益金の使用経路について、典型的なサンプルとしての側面を取材するためでした。

 さて、日本のtotoも売上げは好調のようですね。しかし、何かが欠けている、とみなさんは思われませんか。
 毎週毎週、多大な「寄付行為」をしているわけですから、せめてこれが何か形のある、もちろんスポーツにおける夢を同時に携えたものに使われてほしいと、私は切に願っています。そのことに対して、書類上や手続き論で「今後は早急に検討して有益にスポーツの未来のために使われます」という、なんとも意味不明の釈明をする「胴元」(この場合、学校体育センターなどですね)には、多大な不満を抱いています。ここはひとつ、小泉首相にもお願いしたいところですが。
 ドイツのサッカーくじは2種類あります。ひとつは日本と同じように賭けるもので、12試合の結果を、勝ち、負け、引き分け、で書き込むものです。もうひとつは、日程の中から6試合を「引き分け」として選ぶものです。

 ドイツ統合後には、シューレ、クラブとも、もちろん現時点もですが、財政的に非常に困難な状況になり、州連盟の事務局長によれば「まさに、くじが体制を立て直すカンフル剤だった」ということです。銅メダルの故郷とも呼ばれるほど整って、当時にしてみれば川淵チェアマンやコーチだった岡野俊一郎会長らの「ド肝」と抜いたはずの施設です。故郷、という郷愁には反応しない代わりに、「今なお」30年前と変らぬ、当時の施設の有様が維持されていることのほうに、私はより驚きを覚えなければなりません。シューレの中には、ほかの民間クラブも並ぶ形で併設され、水上スキーのコースまでありました。

 くじの売上げ金のうち1.5億マルクがこのシューレに援助され、これをもって、州のサッカー連盟がここの維持、それは金銭から人財、サッカー競技のソフト運営までサポートを行うわけです。
 昨日も快晴で、天候のすぐれないドイツでも、絶好の芝の種まき日よりでした。トラクター5台で3面のピッチに、ひまわりの種を小さくしたような芝の種を耕運機のようなもので散らして行きます。

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 取材をさせてもらったグランドキーパーはシューレ中のピッチの手入れを預かっているそうで、全部で12人がその作業に携わっているのだそうです。彼らの給料も、くじの売上げから州のサッカー連盟に入った資金によって支払われるわけです。
 例えますと、どこか近所に10面近いピッチを持った施設があり、そこは市や県が援助をし、そこの地域のサッカー協会がソフトでのサポートをする。みなさんが週末、汗と涙と笑いをつぎ込む寄付行為は、このピッチの維持のために自治体を通じて使用される、という仕組みですね。

 デュイスブルグではグランドキーパーや食堂の調理師、トレーナー、バスのドライバーなど105人の職員が州サッカー連盟傘下の職員として働いていました。
 なんと、肥料と種の一部は日本製を改良したものだそうです。しかも、種まきと芝刈りに使っているのは「イセキのものだよ」と、グランドキーパーはわざわざロゴまで見せてくれました。なんだか意外ですよね。

 州サッカー連盟の事務局長は、クラマー氏、川淵氏らの話をよくご存知の方で、J リーグのこともよく知っていました。彼らは、トトの浸透のためにリトバルスキー(前市原、横浜監督)を起用して、そのプロモーションが大成功で安定したトトの収入を確保できたと話してくれました。
「もっとも重要なのは、トトの宣伝とともにサッカーの人気、クオリティを保つこと。次は、何に使うかを真剣に考え、ソフトの流れをしっかりと作ることだ。いくら資金を集めても、効果的に使わなければ何の意味も持たない。何しろ相手はスポーツだからね」

 おっしゃろうとしたのは、スポーツはほかの施設や建物を造ることとは違う、ということでしょう。
 政治や経済、システムは単に人々の幸福に寄与するための手段でしかありません。ではスポーツは何かといえば、これは目的でしょう。日本では多くの場合そうですが、スポーツでもなぜか手段が先行し、目的が反古にされます。今のサッカーくじの隆盛を見ていると、またもあのお金がわけのわからないものや、何かの大会の赤字を補填するため(苦笑)に使われてしまう事態を懸念しますし、それは断固拒否したいですね。

 週末に、予想と結果に一喜一憂するのは大賛成ですし、私もまったく同じです。しかし一方では、この状態に対して、あくまでも主導権を握るべきは自分たちだ、こればっかりは「スポーツマインド」の希薄な役所や頭の凝り固まった人々に任せてはおけないのだと、ここは踏ん張りどころであります。本当にせっかくのチャンスが台無しになるかもしれないのです。

 欧州をこうした取材で転戦(?)することは、とんでもなく慌しいことを除けば本当にすばらしい勉強です。
 今はあの国のあの施設がこんなに素晴らしい、と手放しで感心することはありません。ドイツも、イングランドもフランスも、かつてない深刻な財政難や政治的な問題を多く抱えています。もしすべてが万全ならば、イングランドでサッカーの聖地といわれるウェンブレースタジアムが、250億円で売りに出されたり、改修のメドが立たないなどという事態は起きません。けれども、これらを常に問題として考え、どうすれば人々が毎日スポーツを楽しみ、スポーツとともに生きる日々を享受できるのか、その方法を模索し続ける努力を怠らない点だけでも、素晴らしいことなのです。

 気持ちのいいほど晴れ渡った日、シューレと周辺の施設では笑い声が絶えませんでした。子供たちは芝草の上で、片手にアイスを持ったままサッカーをしてユニフォームをベトベトにして、ユース年代にはコーチング教室も行なわれ、近所の老人会が青空の下でエアロビをし、水上スキー場では若い人たち、公園では主婦たち、ビールを飲みながら会議をするグループもいました。
 私もこうした環境の中で走れば、あと1分は速くなりそうな気がします。リフティングの練習もここならあっという間に50回突破も可能な気がしますし、友達と草サッカーをやってみたいですね。
 体を動かすことは特別のことではありません。高いスポーツクラブでランニングマシンの乗るのではなくて、もっと近くで普通に、あたりまえにスポーツを楽しむことができれば、週末の寄付行為も惜しくありません。なんなら金額を増やしてもいいくらいです。

 取材はミュンヘンに移り、あと3日を残します。そうして、私はこの取材遠征で、寄付行為の大いなるモチベーションというものを発見し、決断しました。
 もし1億円を手にしたら、何に使うかを。



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