5月6日

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ロンドンより

 現在、テレビの仕事で欧州の「サッカーくじ」事情を取材するためロンドンにおります。「サッカーくじ」と書くと、日本では必ず、totoにしてくれ、スポーツ全体の振興投票であり、賭け事ではないので「くじ」という言い方も……、と建前を言われますが。
 それにしても「100円で最高一億円が当たる!」と、自分たちで善良な市民(笑)を煽って週末ごとに多額の、「寄付行為」をさせておきながら、どうしてこういう建前を言うのか、今だ首をかしげるのです。今回の取材は、こちらのフットボールプール、「スポーツイングランド」と改名して活動をより市民に知ってもらおうとしている政府の試み、日ごろは取材など受け付けてはもらえないナショナルトレーングセンターなどを回るもので、この後もドイツで五輪メダリストなどを取材することになっています。
 しばらく日本を留守にすることになりますが、何卒よろしくお願いいたします。こちらから、何本かレポートも送りたいと思います。


◆Special Column◆
「スポーツと生きる日々」

1. ブレントフォードスタジアムで

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 3日夜、ロンドンに到着して、早速何かゲームを観たいと考えました。プレミアリーグもご存知のようにマンチェスターUが優勝をし、残り1節。シーズン最後には、アーセナルとリバプールのカップ戦を残すのみとなっています。それでもコーディネーターの方は新聞を読んでくださったのでしょう。「ディビジョン2(※イングランドリーグは“1部”に当たるディビジョンを“プレミアリーグ”と呼ぶため、“ディビジョン2”は“2部”ではなく“3部”に相当する)なら」と言われ、荷物を部屋に放り込むなり、ディヴィジョン2で中位から下位でシーズンを終えようとしているブレントフォードと、これもまたディビジョン3に落ちることが決まっているルートンのゲームを観に出かけました。
 HPをご覧になってくださる読者のみなさんなら、私がわずか10日ほど前にここロンドンにマラソン取材で滞在し、その後、スペインとの親善試合に向かったことをご存知だと思います。この時は雪も降っていましたが、それから10日経過したことだしさすがに……、と思っていましたところ、どうしてどうして。ロンドンはまだ寒く、この晩は特に冷え込み、また小雨も降る始末。日本から12時間もかけて到着してなおも、サッカーを観ようと思う心境が、我ながら理解できません(笑)。
 さて、試合のほうですが、日ごろ私と仕事をしてくれる方たちは、私のことを「嵐を呼ぶ女」と、温かな親しみと、半ばうんざりした様子で言います(笑)。なぜかというと、おかしな記録が誕生したり、不思議なことが起きる、歴史的な事件や、記念すべきことなど、いいことも悪いことも含めての玉石混合状態ですが、かなりの割合で何かに当たるのです。「なんでそこに増島さんがいるんですか」という問いは、私が「次はどこに出張ですか」、に続いて受けることの多い質問のひとつです。
 しかし今回は2部の試合ですからね、しかも消化試合。そんなことなど考えもしませんでした。

 ところが、16ポンド(1ポンド約188円でした)支払って、2ポンドでプログラムを購入して席に着いた途端、開始1分で、アウェイのルートンのGKが相手FWを引っかけて退場。ところがこのピンチに、慌ててグローブをはめてピッチに立った若手選手が、盛り上がった丘のようなゴール側で(日本では滅多に見ませんが海外では、ゴール前やピッチそのものが傾斜していることがよくあります)見事にPKを止めてしまいました。
 ピンチヒッターを大喜びで野次っていたホームのサポーターでしたが、PKを簡単に止められてしまい、スタジアムは不穏な雰囲気に変りあした。私は第三者ですからね、あまりにおかしなサッカーに笑っているのもつかの間、今度はブレントフォードのGKが大チョンボ。ゴールキックしたボールをルートンの選手にハーフライン上で奪われてしまいました。GKは足元がスリップして転倒したまま、ゴールに戻ることができずに、ルートンの選手は無人のゴールに、ハーフライン上からコロコロとシュート。これが入ってしまったのです。
 10人のチームが勝ってしまうことはありますが、残り89分もある中で先制してしまうことはあまりないのではないでしょうか。
 ホームのサポーターは、この試合約3000人いたかいなかったか、その程度でしたが、中身はとにかく熱い。その後も10人のルートンに押され続けたため、ファンは会長席に向かって「会長クビだ!」と絶叫を繰り返します。
 約3億5000万円の運営費の捻出に困った会長が売りに出すという話が出たり、選手に十分な給料を支払っていない、などさまざまな話をスタンドにいたサポーターに聞きました。彼らは「とんでもないヤツだ」と会長を評します。そうした殺伐としたムードの一方では、わたしの席の前には、ポットにミルクティーを詰めた老夫婦が「まったく下手くそだなあ」と言う代わりに、手をつないで、応援するチームのミスに優しい笑顔で見つめ合いながら観戦しているのです。私の後ろにも紅茶を持った母娘が座って、ひざ掛けには随分と年季が入っていましたが、黙ってこのオンボロゲームを眺めていました。しかし話はこれでは終わりません。
 0−1でハーフタイムを終えると、今度はまたも数的不利を背負ったはずのルートンが先に2点を取ったのです。ルートンはここでメンバーを交代させましたが、ここからが歴史的というにはあまりにお粗末ですが、事件の始まりです。
 さすがに11人の優位に気が付いたのか、ホームのブレントフォードは2点を奪取。ところがルートンのベンチに下がった黒人選手に対して、今度は近くにいたサポーターが汚い野次を飛ばしたのだそうです。この選手はそれを聞いて激怒。発言したサポーターのところまでスタンドに乱入して殴り飛ばし、その結果このサポーターは歯が粉々に折れてしまったそうです。選手は、待機していた警察官に「現行犯逮捕」されました。
 信じられないことに、選手が両脇を審判やトレーナーにではなくて、警官に抱えられてピッチを去ったのです。同時に、血まみれになったサポーターは救急車で。

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 翌日のタブロイド新聞は大騒ぎでした。中には以前、マンチェスターのカントナ(元フランス代表)がファンに飛び蹴りを入れたときとの比較までして、「それでもカントナはあとで事情聴取を受けたのであって現行犯逮捕ではない」などと主張する新聞もありました。また、「イングランドサッカー史上初の汚点」と書くものもありました。もちろん、スタジアム、いえ「ピッチ現行犯逮捕」ですからね、史上稀に見る不祥事であることは間違いないでしょう。
 第三者から見れば、何も燃える要素もないはずの2部の消化試合は、またも嵐を呼ぶ女一人がなぜかそんな現場にいたという事実とともに、いつしかとんでもないことになってしまったわけであります。試合後は会長がバルコニーに引っ張り出されサポーターと大討論会をしていたのだそうです。
 ロンドンの中心から車で20分ほど、小さなアパートがひしめく下町、それも低賃金所得者の集まる下町であるブレントフォードでの試合はこうして終わりました。
 退場者の処分は、発表されていませんが、ユニホーム姿のまま一晩留置所に入れられ、年間約300万円の給料のうち何%かを罰金に支払い、運がよければ来年もルートンでプレーをすることになるでしょう。もちろん、普通に考えれば解雇です。
 雨のスタジアムで、ドロドロに踏みしめられたピッチ、パサパサのパンに冷え切ったシシカバフ風のバーガーに、暖め過ぎたために酸味の増したコーヒー、ピーナッツ、タバコの煙……、これらの匂いを感じながら、久しぶりに「スタジアムの匂い」──これは決して香りなどという上品なものではないのですが──これを思い出しました。実際、こうした匂いこそ、その国のサッカーを、あるいは土地や人々の有様を、もっとも率直な形で表現するものであって、私にとってはロンドンの名所といわれる場所や大英博物館、あるいはこぎれいな商店街やハロッズ・デパート、こうしたガイド的名所とはまるで違う説得力を持った現実です。
 黒人選手に汚い野次を投げ、それに怒った選手が観客を殴って怪我を負わせて拘置所へ。書けばたった2行の事実には、物悲しさもあれば不条理もあり、何よりも「サッカー」があります。

 今回の取材で、普段、目の前の試合や結果だけに追われる状態から、もう少し幅のある、同時に深みを持った、さまざまな事柄に目を向けたいと思っています。結果的には、多くの原稿を抱えて出張に出るわけですから、さらに目の前の締め切りと結果に追いまくられる事態に陥っているわけですが(笑)。
 ロンドンではほかに、サッカーのナショナルチームが合宿を行うナショナルトレーニングセンター、「ビッシャム・アベー」の取材も関係者の苦労で実現しそうですし、実に100面ものピッチが、草サッカー選手のために常時公開されている「ハックニー(場所の名前です)・マーシュ(湿地帯の意味)」も空撮を使うなどして取材をします。日本ではあまり知られていない光景でもあり、きっと週末、苦労してピッチを、しかも高い値段で予約しなければならない、日本のサッカー愛好家のみなさん、羨望の的になると思います。
 番組の詳細などはまたお知らせするとして、こちらからは、こうしたサッカーやスポーツの日常の光景を続けて何本か「スポーツと生きる日々」と題して、イングランド、ドイツのスポーツの現場を(番組ではこれを根本から支えるサッカーくじの収益金と仕組みなどを)レポートしたいと思います。

 きょう5日は、ハイベリーでアーセナル対リーズ戦を観戦しました。残念ながら取材はできないのですが、2−1でベンゲル監督率いるアーセナルが勝って、FAカップ決勝への弾みをつけました。また、リーズはチャンピオンズリーグ準決勝を残しています。
 totoでいまだ一億円を獲得しておりませんので、こちらで一攫千金を狙いましたが、どうも波乱含みを好む性格なのか、リーズの勝ちに10ポンド、ここでも外れました。

 毎朝、ホテルに近いハイドパークと、ケンジントンパークをトロトロと走っています。広大な公園にある、乗馬のできる道、サイクリングの道、そしてランニングとウォーキングコースと、3本のレーンで馬と自転車と並んで走りながら、「生活を潤すものは何なのだろうか」などと、考えてみるのも悪くないかもしれません。と、言いながらも、しっかり日本のtotoの購入を電話で頼んでいるわけですが。

 それでは1週間と少し、欧州からの記事をお送りいたします。みなさま、GWの疲労、トト予想疲れなど出ませんように。
 ようやく桜の咲き始めたここロンドンで、みなさまの健康をお祈りします。

    増島みどり



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