懐古趣味音源ガイド    其百壱

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1601 jyake01
Virgin
7243 8 11030 29
2001

Damage/Sylvian + Fripp

1993年12月のライブを元にした94年のフリップ制作の限定リリース盤をリマスター+リミックス+シルヴィアンの美意識で加工したらしいスタジオ盤のようなライブ再発盤。大半の曲はデヴィッド・シルヴィアンとロバート・フリップのコラボ作からの選曲だが、バックはトレイ・ガン(Trey Gunn)+マステロット(Pat Mastelotto)のクリムゾンにギターのマイケル・ブルック(Michael Brook)を加えた編成。80年代の「Gone to Earth」「Wave」「Riverman」なんぞもフリップ御大の進化したSoundscapeで聴くことができるという、目からウロコというほどではないが、心地良い響き。シルヴィアンのメランコリックでゴージャスなヴォーカルと、虚空をたゆとうフリップのギターシンセ、微妙に緩いがエッジが際立つ変拍子ロックから、ロングトーン・ギターばりばりのアンビエントに近いものまで多様だが、全体を貫くトーンはシルヴィアン特有の「沈んだ情緒」である。

影が落ち、
部屋は水で満たされて
灰青色の月光に浴す

二人の共作である『The First Day』には含まれない、「Damage」や「The First Day」はようやくここで聴くことができる。

1602 jyake02
Virgin
5099964495422
2012

Solo(1974-1983) The Virgin Years/Froese, Edgar

タイトル通りのフローゼ初期Virgin時代のリマスター集大成4枚組。廉価投げ売りで超お買い得。70年代ドイツにおける先駆であり、英新興レーベル、ヴァージン隆盛の立役者でもあったタンジェリン・ドリーム(以下TD)の創始者エドガー・フローゼの、『Aqua(1974)』『Epsilon in Malaysian pale(1975)』『Ages(1978)』『Stuntman(1979)』『Solo 1974-1979(1981?)』『Pinnacles(1983)』の6作からすべての曲がリマスターされて収録されている。理由は不明だが、1982年の『Kamikaze』のみ割愛されている。3作目以降は初聴な上、『Epsilon in Malaysian pale』は最近リリースされたフローゼのデジタル改変版ではなく、当時としては出色のオリジナル版を再リマスター! 更にボーナスとして、同曲他の別ヴァージョンまで含まれており、計300分の大盤振る舞いとなっていて嬉しい。

『Ages』以降は傾向が大きく変わる。善し悪しは別にして、同時期のTDと基本的には同じで、グルーブ感に富んだリズム、明確で調性のあるメロディが安直ながらも心地良い。でもやっぱり、「Aqua」の荒削りながらも即物的でエグいまでのミニマル・アヴァンガルド、熱帯雨林SEと弦楽音メロトロンを背景にゆったりとフルート音のメロトロンがメロディを刻む「Epsilon in Malaysian pale」の、曲としての面白さを放棄した鮮烈なまでの空気感、空間描写なんだな。アナログ・シーケンサによるリズム表現はTDより控えめで、曲展開のドラマ性や構成の妙よりも心象風景の描写に主眼が置かれている。やっつけ仕事のジャケットは『Aqua』の内スリーブの円筒状金属断面。

1603 jyake03
PF 17
2008

Object 47/Wire

2000年代に復活した、既に初老の第3期ワイア、或いは2003年『Send』に続く、ニューマン主導のプロジェクトとしてのワイアの2008年作。尖った前作に比べるとのったりくったりした惚けた曲調と、ノイズなのかアンビエントなのか、曖昧模糊とした音数の多いメロディアス・ポップで、カテゴライズを拒否する掴みどころの無さは相変わらず。オリジナルはニューマン(Colin Newman)とベース(Graham Lewis)。ドラムズは昔、Gotobedという名前だったように記憶するが、現在はGreyと表記するらしい。同一人物に思う。タイトルは70年代からのディスコグラフィの『47番目の作品』という意味らしい。見開きデジパック。

淡々としてタイト。迫るわけでもなく、引くわけでもなく、絶妙な距離感を保ちつつ、飄々として嫌味にならない程度に(逆説的には凄く嫌味)インテリ臭い。イカれたギターの爺さん(Bruce Gilbert)が抜けたおかげで、音は凄くまともで聴きやすい。80年代初期のニューウェイブが、今でも今なりのニューウェイブを奏でるという意味で侮れない。

1604 jyake04
Esoteric Records
ECLEC 2033
1969
(2008)

Mercator projected/East of Eden

60年代末期から70年代中にかけ、5作をリリースしたイギリスのアングラ・プログ・サイケ・ポップ、“エデンの東”の初作。2000年代に復活して、継続的に新作が出ている。電気ヴァイオリン、管楽器を中心にしたジャズ・ロック型の5人編成だが、微妙に中近東っぽいメロディを載せた変態ジャズ・ビート・ポップと、メロトロンを使用したしんみりバラード歌謡をハチャメチャな展開と強引なアレンジ、素っ頓狂なアンサンブルと音響SEで捩じ伏せたようなごった煮感に富んだ楽曲が特徴的。アイデイアの坩堝状態で方向性が定まらないエキセントリックなエネルギーが濃厚に迫る。以降はクールなジャズ寄りのアプローチを強めていく。

所有盤は2004年の24bitリマスターだが、元が(モノラルを含んだ?)60年代のB級録音なので救いきれていない。ボーナス3曲追加。ラスト2曲は曲順が逆ではないか? タイトルはジャケ通り「投影されたメルカトル図」。東経でも西経でもない背中の中心にあるのはイングランドのグリニッジ。『エデンの東』はスタインベック作(1952)の著名な小説。

1605 jyake05
Piper Records
081
1981

Land of cockayne/Soft Machine

『コカインの国』と題されたソフト・マシン正規11作目にあたるラスト・アルバム。コカインはコカノキから採れるアルカロイドで、かつてはコカ・コーラにも含まれていた物質だが、そのせいかどうかは知らないが、これ、当時国内でリリースされたという記憶が無い。既にジェンキンズ+マーシャルの二人ユニット状態で、他はすべてジャズ系の著名ゲストで賄う。実質はジェンキンズのソロ作品と言ってもよいだろう。60年代末期にミドルクラス・アングラ・ヒッピー・サイケ・ポップでスタートしたSMは、中途採用のジェンキンズに継承されて、アダルト・ミニマル・ジャズ・フュージョン・アンサンブルで、ここに終焉を迎えた。

一部曲における緻密なスコアが起こされたと思われるオケ・アレンジやコーラスは後のAdiemusそのもの。概ね前衛という歴史的使命は遠の昔に放棄したフュージョン・ファンク。ひたすらループするリフと絶妙にして華麗なミニマル・シーケンス的バンド・アンサンブルは王立音楽院出の超エリート、ジェンキンズ(Karl Jenkins)の真骨頂というか、破綻の無さと円熟の心地良さの反復的両立は緻密な完全主義者の面目躍進。熟れ過ぎで、或いは緩過ぎで今となってはケチの付け所がないレベル。全10曲。すべて歌無し。

1606 jyake06
Masterwort Production
2006

Всё вышло из-под контроля/Flëur

昨冬初頭、円が微妙に安値に振れ始めて慌てて発注したウクライナのフリョール正規4作目と思われる2006年のアルバム。昔買ったときは1枚あたり500円くらいだったと思うのだが、あちらは物価変動が大きいのか、国内向けと海外向けで価格調整しているのか、今回は1000円前後と決して安価ではない価格になっていた。ロシア経由で発注後1週間ほどで書留小包で届く。表記のFlëurは西欧風読みでフルールだが、ロシア語(Флёр)風にはフリョールとするのが近いらしい。

ピアノのオリガ・プラトワとギターのエレーナ・ヴォイナロフスカヤをコアにした双頭型のアコースティック・アンサンブルという形態は初期から基本的に変わらず。男のリズム隊が加わって、方向性としてはよりポップに、よりメジャーになっているが、変に浮わついた軽薄さが垣間見えたりはしないという意味で、統制はよくとれていて好感する。頭二人の曲作りも円熟味が加わりながらも、決して風土的なアイデンティティを失っていない。全14曲、奇数曲をプラトワ、偶数曲をヴォイナロフスカヤが作曲するというのは以前のアルバムと同じ。タイトルは13曲目の曲名でもあるが、『すべては制御不能』の意。曲調やプロモ動画を見る限り、あまり明るい内容ではないな。ちなみにアルバム冒頭が「Шелкопряд(蚕)」。素晴らしい。

1607 jyake07
ECM 2056
175 7977
2008

The Light/Bjørnstad, Ketil

ノルウェイ人ピアノ奏者ケティル・ビョルンスタのリーダー・アルバム。ドイツの仙人レーベルECMからの近作だが、今回は冷っこいジャズというよりは、ほのぼのと温かみが滲む伝統的歌曲集の趣。編成はヴィオラのLars Anders Tomter、メゾ・ソプラノがRandi Stene、もちろんピアノのビョルンスタというすっかり白髪(女性歌手除く)のベテラン・トリオ。中古屋さんで購入した未開封新品捨て値品。CDの限界に近い全77分42秒。スリーブ入り6面デジパック。仄暗いジャケはおそらくどこかのフィヨルド。

前半は「四ノルウェイ歌」というノルウェイ語で唄われる四部作。作詞作曲はビョルンスタ。クラシカルでありながらもトラッド臭と仄かな官能が漂う歌と控えめなアレンジが、研ぎ澄まされた圧倒的な透明感とじんわりと滲むような微温みと悩ましさを伝える。後半は中世イングランドの詩人ジョン・ダン(John Donne:1572-1631)の詩を歌詞にして曲をつけた歌曲集。ダンといえば、20世紀になってヘミングウェイが題名を拝借した「誰がために鐘は鳴る」の人ですな。英詩ながらも微妙に官能的でエロティックな歌詞と歌手のクッタリした歌唱が程良いバランス。穏やかな日差しを浴びて午後のお茶をしながら庭を眺めていたら、気付いたら死んでいた……みたいな、至福と法悦、或いは不可逆的陶酔。

1608 jyake08
independiente
ISOM70CD
2008

Far away train passing by/Schnauss, Ulrich

所有音源はテキストベースで管理していて、Webで公開すると一行ずつ減っていくわけだが、残り1400行ほど。ちょこちょこ増えているし、現在のペースを鑑みると、寿命が尽きるときが完成のときになりそう。名実共にライフワークというやつか(笑)。恐らくポップやロックの範疇からは外れたテクノ領域。ドイツ人:ウルリッヒ・シュナウスによる、かつてのAshraやClusterあたりの遺産を肥しにした、極めて心地良いエレクトロニカ。オリジナルにEP他が加わった2CD。リズムもメロディも熟れすぎて瑕疵はない。瑕疵がないことが不満なレベル。

元々、テクノもエレクトロニカもクラブ・ミュージックもまったく接点がないので、評価はあくまで加齢臭ただようオジサン目線になってしまうのは仕方あるまい。1970年代の先達の成果の上で、あくまで“心地良さ”を追求した結果というべきか。クールでありながら熟れ、耳が拒否する要素を徹底的に排除した音響の綴れ織り。反復されるダンサブルなリズムと儚く夢見るようなメロディが繰り返し、延々と綴られていく。6+7の全13曲。すべてインスト。最近のものだから録音が素晴らしく良いこともあって、春の庭をガラス越しに眺めながら流す音響に最適。

1609 jyake09
Sony Music
886978486622
1978
(2011)

Love Beach/Emerson Lake & Palmer

自分でも買うことになろうとは思わなかった、ELPの70年代最終作。カリブの海ですっかり日焼けしたにやけ顔で胸元をはだけ、肥えた腹と醜い胸毛を見せつけながら、緊張感の欠片もなく笑う男三名。タイトルが『ラヴ・ビーチ』じゃ、手にすることすら躊躇うレベル。プログレとしては破格に儲かった有り余る金満が、時代の空気を読んでさっさと見切りをつけた余裕に繋がったのだろう。

という事情で35年に渡って無視し続けてきたわけだが、一聴して、これがなかなか悪くない(笑)。前半はポップな歌もの5曲に近代スペインの作曲家ホアキン・ロドリゴの楽曲のリアレンジ、後半は“戦争と階級”を主題にした極めてイングランド的な四部構成の20分超え大作。ELP版『Final Cut』だね。ボーナスでリハーサル3曲付き。歌ものの歌詞はかつての盟友シンフィールド(Peter Sinfield)。前作が寄せ集め的二部大作だったのに比して、コンパクトでタイト。エマーソンもぶりぶりアナログ・シンセというよりは普通のピアノが前面に押し出され、パーマーのバタバタしたドラムズも乾いた潔さで一歩突き抜けた感がある。

2011年の最新リマスター。投げ売りキャンペーンにて700円で購入。市場のメインストリームは圧縮劣化音源のダウンロード買いに移行して、物品としてのCDはすっかり過去の遺物状態か。あちこちで店を畳んだり、身売りが絶えないな。販売量の激減に伴って、新品で500円~800円なんていうのが当たり前になっちゃうと、とっとと在庫処分して身軽になりたいわね。商売としてはオワリつつあるということか。16bit/44.1kHzが陳腐化しているのは確かなので、はよ24bit(32bit)/192kHzへ移行せんとな。大歓迎。

1610 jyake10
Tooth & Nail Records
TND85018
2010

Sing it now/Poema

思いっ切りジャケ買いのガールズ・ポップ。6曲入りEPで500円だったかな? ツイ手が出るわ。17歳のエル(Elle Puckett:白服)と19歳の実姉シェアリーン(Shealeen Puckett:黒服)。妹がアコギとヴォーカル、姉がピアノとサポート・ヴォーカルという、在りがちなデュエット。アメリカ南西部、不毛のど田舎、ニュー・メキシコのアルバカーキ出身。地元教会の慈善コンサートにたまたま出演したところ、あまりの素晴らしさに観客総立ち、スタンディング・オベーションで拍手が鳴り止まなかったという噂が誰かの耳に入ったというのがデビューのキッカケだったと言われる。

作曲は兄か親父か知らんが男名前の血族とお姉ちゃん。優秀なプロデューサとバック・サポートを得て、的確で斬新なアレンジが施されているとしても、惚れ惚れするほどの瑞々しいメロディと切ない歌声には率直にノックアウトされた。10代の感性なんだろうが、この普遍性はなんだ? 奇を衒うわけでも露骨に押し出すわけでもなく、在るものを在るがままに表現する気持ち良さ。表現できる屈託の無さ。それが許される環境。その気持ち良さに貫かれた圧倒的なまでの自然さに参った。降参する以外に何ができようか? スリーブには「最初に神に感謝したい……」で始まる姉妹の謝辞が延々と述べられて(最後はみんな! ありがとう! 大好き大好き大好き)いるんだが、理屈抜きに、羨ましいんだな。誰かに心から感謝できるっていう、その心境が。こういうレベルのものが、そこらに素っ気なく転がっているアメリカの懐の深さには改めて驚嘆を禁じ得ない。

1611 jyake11
Mellow Records
MMP367
1997

Trys/Balletto di Bronzo, Il

72年の2作目『YS』製作時に加入、「青銅人形のバレエ」の主役に踊りでたはいいが、さあ、これから! というツアー中に敢え無く分解して以後消息不明。何をやって食い繋いだのか、どう見てもホストクラブのお兄さんの風体で突如復活した、歌って踊れる天才鍵盤奏者、ジャンニ・レオーネ(Gianni Leone)が昔の名前で出した新作+焼き直しフル・アルバム。バス+ドラムズのトリオ編成で、かなり達者なリズムは90年代ネオ・プログの新鋭Divæの人たちの模様。

音源はライブを加工したもののようだが、全11曲。歌ものの短い曲と焦眉はもちろん「YS」の全曲リアレンジ。「YS」は「IntroPrimoSecondoTerzo>Epilogo」の5部大作なんだが、聴いている方がどっと疲れる超絶構築変拍子。切り込んでくる硬質で意表を突くキーボードに、じっとりと湿り気を帯びて絡むエロスの滴り。どろどろ。歌は変態オペラ歌手:クラウス・ノミばりで素晴らしく上手いが、いわゆるイタもの的な歌い方はしないというか、アヴァン・ガルドだわ。ぶっ飛んでる。当時も群を抜いた先鋭だったが、楽器と音響技術が進化した現在のモノのほうが遥かに素晴らしい。

1612 jyake12
mpl 0 88072 34837 0
2013

New/McCartney, Paul

歳のせいか、ありとあらゆるもの、事態、状況、境遇、運不運、幸不幸、その他もろもろに寛容になれるこの頃。否、感性が摩耗しただけともいう。スリーブ・デザインがキレイだね~と買ってみたマッカートニィの新作。以前最後に聞いたのは1973年頃だから40年ぶり。レノンやハリスンはそれ以後のほうが好きだったこともあってそれなりに追いかけていたが、皆死んでしまったな。

全13曲。4曲目のメロトロン・サンプリング? がいいなぁ。一聴して懐かしい。老いたとはいえ、元々、恐ろしく才能ある人だから、2013年の音楽としても素晴らしく良く出来ている。前2作の泥沼感が薄れ、ダイナミックで叙情的な本来の特質がキレイに表現されている。2013年の“エリナリグビィ”だったり2013年の“ジョンとヨーコのバラッド”だったりしても、それはそれで十分聴ける辺りが流石一流だね。アップテンポとバラッドの抑揚バランスも熟れているし、抑えても抑えても湧き上がる微妙な切なさみたいな情感も、老いることで否応なく突付けられる、絶望的なまでの“諦め”として極めて同感できるものがある。

1613 jyake13
Sugarcane Recordings
880319635823
2013

European Splendour/Foxx, John+Jori Hulkkonen

2013夏リリースの新曲4曲にRemixを3曲加えたEP。老いて尚盛んなようで、昨今も女の子バンドのMathsと一体化して精力的なリリースが続く元祖Ultravoxのフロント・マン:ジョン・フォクス老とフィンランド人と思われるテクノ系人物のコラボ作。新曲は全て歌曲で、いつものようにリヴァーブ掛けまくった叙情的刹那感と古の欧州耽美、宗教的法悦放散に満ち溢れた構成と展開。splendourはフランス語のsplendeurが英語化した言葉だろうが、タイトルは『欧州絢爛豪奢』。冒頭「Evangeline」のRemixが3曲おまけ。宗教的高揚感と冷っこい灰色の金属のような手触り。「Evangeline=福音」なのだろうが、あくまでもモチーフ、或いはスタイルとしての宗教であって、根源的な宗教性は皆無。

完全打込みではあるが、意表を突く曲展開やリズムはそれなりに工夫されていて愉しめる。後半、アメリカ人メディア・プロデューサ:デヴィッド・リンチ(David Keith Lynch:1946-)のRemixが秀逸。「Evangeline」の歌入りと歌無しなのだが、敢えて単調なアンサンブルと、床から湧き上がるような低周波振動が病み付きになるほど気持ちいい。

1614 jyake14
Blue Print
BP320CD
1999

Revenge/Calvert, Robert

70年代初頭、お薬・トリップ・いけいけ・コズミック・アングラ・サイケ楽団で派手に売り出していたホークウインド(Hawkwind)で、最盛期のコンセプト・メーカーかつ演劇俳優+詩人かつ歌手であったロバート・カルヴァートと、ブリット・HRバンド:ハイタイド(High Tide)のベース:ピーター・パヴリ(Peter Pavli)と、HWの鍵盤+ヴァイオリン奏者サイモン・ハウス(Simon House)によるコラボ作。曲はすべてパヴリ作。当人は43歳で88年死去。録音は80年代頭、リリースは99年。ミニ・アルバム仕様で全4曲(CDは曲名ズレてる?)。

HawkwindやAmon Düül UKのSF御詠歌というよりは、ヴァイオリンをバックにしたシリアス風刺劇や、けったいでコミカルなリズムに載せた朗読風歌唱が主体。曲名不詳のラストのボーナス・トラック? のみ妙にチープなシーケンス・リズムで詠嘆エレポップになっている。初期の宅録のため音数が少なくスカスカだが、けっこう生々しくて芝居モノ風の効果はかえって上手く表現されているか。ダダのような、ちょっとイカれた危ないイメージがあるが、元々(70年代Hawkwindのころから)歌はとても上手い。「Facism/Futurism」の歌詞は1909年のマリネッティが上梓した「未来派宣言」から採られている。ミラノで勃興した未来派は1920年代以降、ファシズムに変質してWW2に至るが、言葉によるアヴァン・ガルドとしてはチューリッヒ・ダダ(Dadaism)の延長上にあったような気がする。

1615 jyake15
Mellow Records
MMP 345
1998

Mirrorgames/Höstsonaten

イタリア・ジェノヴァのネオ・プログ楽団:フィニステッレ(Finisterre)の首領ファビオ・ズッファンティ(Fabio Zuffanti)が主催する別働隊、或いは別プロジェクトによる2ndリリース。ヘストゾナテンはスウェーデン語で『秋のソナタ』。巨匠インマール・ベルマン(イングマール・ベルイマン)の1978年の同名映画から採られたと思われる。ジャケ絵は前期象徴主義のギュスターヴ・モロー(Gustave Moreau:1826–1898)作「夕べと苦しみ」の一部。

ネオ・ルネッサンス風の文芸趣味とロマン派風リリカル・シンフォを基調に、変拍子や強引な転調を用いた意表を突く展開とこなれたメロディで長曲から小品まで彩り豊かだが、アイディア先行で良く云えば斬新、悪く云えばまとまりがない。ところどころ、スュル・レアルに切り込んでくる美メロの鮮烈さが売り。冒頭24分、最後が17分の長曲。締めて全70分のテンコ盛り。曲はすべてズッファンティ。歌詞は何故か全て英詩。ズッファンティ以外の英詩は文芸作家・詩人によるもの。女性ヴォーカルは別として、ズッファンティの歌唱はお世辞にも上手いとは云い難いのに、下手糞な英語が更に足を引っ張る。狙った雰囲気はわからんでもないが。近作の『老水夫の歌 part1』の「part2」の部分が既に納められているが、近作の『part1』を聞いていないので意味は不明。以後、四季四部作に発展するわけだが、最近どうも手に入らん(逆説的には何でこんなトコでこんなモン売ってんだ?)なと思ったら、国内流通はDUの独占販売になったようで、焼き直しやDVD付豪華版を投入し、日本語化して絶賛プロモート中の模様。こういうビジネスモデルが今の時代でも成立し得ることには改めて驚かされた。

1616 jyake16
EMI
0777 7 46797 2 5
1980

Patriots/Battiato, Franco

70年代の超絶前衛を皮切りに、小粋で知的なエレポップ⇒シリアス劇場シンフォ⇒アダルト・ポップ+プロデューサ稼業……と時代の変遷とともに、溢れんばかりの才能を、あまりイタリア人的な暑苦しさや“押し”が感じられない控えめで寡黙なセンスで表現してきた天才にして偉大なるカンタウトーレの80年代エレポップ期の初期作品。極めて斬新でいながら、あっさりと違和感なく、まるで誰もが知っているヒット曲のように聴かせてしまうアレンジは、既に誰にも真似ができない領域に達している。英語タイトル:ペイトリアッツは『愛国者』。

タイトルは冒頭「“Up Patriots to arms”(愛国者よ、武器を取れ)」から採られたと思われるが、中身は辛辣な皮肉なのだろう。てっきり北イタリアだと思っていたら、出自は辺境の島シチリア。中近東、アフリカ、東欧、アラビア語まで何でもござれ。民族性の発露というよりは第三者的な視点で解体再構築したモデルをモチーフとして、諧謔とエスプリとペーソスに富んだ賢知を貫く姿勢がお見事。歌詞は原則イタリア語でスリーブ内に明文化されて記載されている。立ち位置やテーマの取り上げ方などから何となく伝わってくるものはあるのだが、典型的なインテリ(であることを偽装する凡人を偽装するインテリ)で、表現が豊かすぎて真意を掴むのは困難極まる。

index
作成日 2012/10/19--最終更新日 2014/07/03