懐古趣味音源ガイド    其伍拾

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785 jyake01 1976

Par les fils de Mandrin/Ange

円熟期でかつ最もテアトラルな中期の作。アンジュの代表作として確か英語版もあったと記憶している。一種異様なまでの物語世界への傾倒もさることながら、極度に変化の激しい抑揚と語りに近いボーカルがトータルな構成と相まって精緻な完成度を誇る。内容はあまり明るい話ではないのだが、そこはラテン系、微妙に享楽的で大道芸的な刹那感で聴かせてしまうのはさすが。アレンジも荒っぽいところがすっかり影をひそめて正確で丁寧なものになった。デカンのボーカルの演技というか説得力も情感を揺さぶるものがある。もっとも裏ジャケにあるように「聴いているあなた」の場所が用意されている音だから、入り込めないと辛い部分はあるかもしれない。

786 jyake02 1972

Sandy/Sandy Denny

フェアポートを辞めた後ソロになってからのアルバムだと思うのですが、順番がどうもよくわからない。比較的トラッド寄りの内容だと思いますが、ボブ・ディランの曲などをさりげなく演っていたりもする。うまく洗練されているが意外に根っこは60年代のアメリカのフォーク、更に遡れば50年代のR & Bあたりにあったりするのではないかとも思う。特に奇を衒うこともなく張りのある地声で淡々とした歌い方ですが、染み入るような情感は圧倒的な存在感を誇る。ボブ・ディラン以外はすべてオリジナル曲でトラッドではないのだが、ソングライターとしての才能に加えて、ストリングズまで使った凝ったアレンジとなかなかタイトなアンサンブルが楽しめます。夫でもあるトレヴァー・ルーカス(Trevor Lucas)によるプロデュース。

787 jyake03 1986

En cavale/Isabelle Antena

詳しいことはまったく知らないが、かなりメジャーらしいアンテナのソロデビュー作。残念ながら全曲英語。元はアンテナ(Antena)という三人ユニットの一人であったイザベル・ポワガ(Powaga)による一人ユニットと考えれば良いんでしょうかね。もろボサノバなラテン風のリズムの上に乗ったクールなコンテンポラリ・ポップというところですか。コンテンポラリとか言いつつも20年近くも前のだったりして少し凹みます。まぁ、なかなかジャズっぽい展開や崩し方がまったり系のお酒の友に最適だと思うのです。可愛げなほわんとした透明感のある声質ですが、よくある疲れるボーカルものと違って全然でしゃばらないところが粋です。

788 jyake04 1972

Atlantide/The Trip

元はイタリア在住のイギリス人で構成されていたらしいが、3作目にあたるここから後にアルティ・エ・メスティエリ(Arti e Mestieri)で名を上げることになるフリオ・キリコ(Furio Chirico)が加わって、一応キーボードトリオという形になった。変形ジャケのせいもあるけれど、かつては幻の名盤扱いされていたそう。あまりピンとこないのだけど、ペロっと広がる変形内スリーブには未来派マリネッティ(Filippo Tommaso Marinetti 1876-1944)そのものの都市なんかが美しく描かれていたりする。曲の切れ目がよくわからんのだが後半はドラムソロ(いや、上手いんだけどさ)が入ったりして冗長です。けっこうリリカルにシリアスに迫って来るし、曲の出来は総じて良いのだけど多少流れ気味の展開がトータルな構成を弱めているかもしれない。

789 jyake05 1977

White ladies/Trace

一応Traceと銘打ってはいるものの既にリンデン老のワンマン・プロジェクト。『Birds』の人は一人も残っておりません。代わりにかつて在籍したイクセプション(Ekseption)から人が出ているようです。中身はオランダ版「しろばんば」みたいなもんですか。ナレータが語る妖精譚に合わせて展開していく全体としては完全なトータル・アルバムですが、女性ボーカル入りが一曲とベートーベンのピアノソナタ「Pathétique(悲愴)」をアレンジしたものが入っているあたりが新機軸です。要所で生ストリングズも入れていますが、くどくならずに効果的です。おかげでいつも突出していたリンデン老のキーボードも少し控え目で大人向け。けっこうタイトに流れたりする部分もありますが、変化に富んでいながら淡々とした一定の流れが感じられるという器用なことをやっております。

790 jyake06 1974

Cunning stunts/Caravan

前作『夜太女』の延長線上ですが、一層洗練されたアレンジにたおやかさが加わって正に高雅といえるまでの完成度に圧倒される。さりげないけれど(いわゆるカンタベリものとしては少し違った意味で)非常に凝った作りになっている。巷では「Caravan=灰桃地」みたいな図式ができあがっているようですが、最盛期はこのあたりだと思う。ベースがペリー(John G Perry)からウェッジウッド(Mike Wedgwood)に代わったことが大きな変化をもたらしているようだ。元々、カーブド・エアという前歴に加えストリングズ・アレンジ、曲作り、歌まで歌えるという才人です。また、前作では新人(一応スパイロジャイラだったんだけどね)でおとなしかったリチャードソン(Geoffrey Richardson)も水を得た魚のように、ビオラだけでなくリード・ギターまで弾いておって貢献度高いです。これがメロウな良い音なのだ。まぁ、結局いきつくところはそんな舞台を整えているヘイスティングス+コフランの手腕なんだろうが、円熟した大人の味です。暑くもなく寒くもない心地よい日差しとホップの苦味がぴったりだ。たぶん最初に買って最初に聴いたキャラバン。

791 jyake07 1974

Angelo Branduardi/Angelo Branduardi

知名度の割に意外にデビューは遅くてこれが1st。ビブラートのかかった「さだまさし」のような声がほわんと暖かい。曲は正統派カンタウトーレからアップテンポな地中海民族調、東洋風まで実に多芸で多彩。ついでにバイオリンから木管、ARPオデッセイまでテクのほうも多才なところは単なるカンタウトーレではないな。スタイルもありがちな謳い上げるというタイプではなくて語り部のような人だ。完全に一つの楽器と化しているように正確無比なボーカルの扱いもさることながら、複雑に展開するリズムに凝りまくったアレンジまで含めておそろしく新鮮で非凡です。キーボードとオーケストラ・アレンジにポール・バックマスター(Paul Buckmaster)の名がみえる。今でも変わらず語り部やっています。

792 jyake08 1985

Power windows/Rush

最初に聴いたラッシュ。この時点から過去に遡って数枚後追いして聴いただけというふざけた人間です、はい。きっかけは「Mystic rhythms」のPVを偶然見てパーカッションだけやけに格好良いなと思ったことです。ちょうどビデオデッキなんかが一般化し始めた時代で盛んに販促用PVが作られてMTVで流されていた記憶がある。一部生ストリングズも使っているようですが、ストリングズ・シンセの音がワンパターンで萎える。以前に比べて総じて短い曲が増えてメロディアスでポップで格好良くなった。スリリングなドライブ感も増したか。パーカッションのニール・パート(Neil Peart)はこれまでかなりインテリ臭い歌詞を書いて来ましたが、ここにきて曲調ともども平易で凝ってはいるけど、力が抜けた感があってとても自然で良いと思う。

793 jyake09 1979

154/Wire

シンセの厚みが増したからというわけではないのだが、パンク界のピンク・フロイドと言われた初期ワイア3作目。最高作との誉れも高い。何をもってそう言われたのかはよく知らないが、演歌じゃなくて、もちろんパンクですらもなくて中身は79年のプログです。わけわからんタイトル『154』は何だと思ったら、それまでにこなしたライブの回数だそうです。はっ、さよけ。ニューマンのコンパクトでリリカルな志向とギルバート+ルイス(B.C. Gilbert+Graham Lewis )の無機的で冷酷な壊れ方が上手い具合にミックスされて緊張感にあふれた冷やっこさが見事です。既存13曲に5曲のボーナストラック入り94年のリマスターですが、最後の5曲のアンビエントで感情を拒絶するような壊れ方が凄いな。

794 jyake10 1972

Doremi fasol lashido/Hawkwind

イメージチェンジに成功した出世作でもある3作目。「Silver machine」がヒットしておりましたが、A-1が「Silver machine」というのは日本盤だけで原盤ではシングルです。まぁ、端的に言ってしまってとてもわかりやすくなった。基本はデイブ・ブロック(Dave Brock)とレミー・キルミスター(Lemmy Kilmister)の重いリフとサイモン・キング(Simon King)のスネア連打によるひたすら続く反復ビート。そこにサイケでノイジーなシンセと真面目に吹いているとは思えないサックスなりフルートがヘロヘロと絡むというある意味いくらでも体力の続く限り引き伸ばせる音響。トランス。もっともエネルギーの方向性はあくまで負なので宇宙の深遠にひたすら深く沈降していくのだ。底無し。

795 jyake11 1977

Song from the wood/Jethro Tull

時期が悪いと見るや直ちにトラッドに退避するタル。器用さもピカ一です。『森の歌』と題されたタイトルには副題があって、「台所の散文書き、ドブ浚いの詩人、潜水夫と共に」とあるようにある種の凡庸さを尊しとしているのだろう。中身は決して凡庸ではないのだが、その手の市井の市民の幸福こそがかけがいのないものだという感覚は良いと思う。以前の大作傾向もすっかりなくなってコンパクトに小体に極めています。リリカルさには今一つ欠けるが(ジェントル・ジャイアントにそっくり)、テクニカルで目まぐるしく妙に懐かしいタル節は健在で尚且つ盛んです。比較的アコースティックな音使いで、アップテンポなリズムが多いのだけれど、中世ケルトをモチーフにして徹底的に改竄したようなアレンジの妙には舌を巻く。

796 jyake12 1988

Sympathy for the devil/Laibach

新スロベニア芸術(NSK:Neue Slowenische Kunst)なる結社の中核であるライバッハ中期の作。その名の通りイギリスのロック音楽として著名らしいローリング・ストーンズのカバーです。どうもこのライバッハ、どこまで本気なのか冗談なのか見分けがつきにくい。背中に巨大な黒十字を背負って、ゲルマニア信仰を掲げ独立を標榜したんじゃ(ユーゴじゃなくても)普通は発禁をくらうものです。おまけに如何にもな全体主義風な剛直徒党なスタイルと、もうゲッベルス張りの煽動とプロパガンダとくれば、キッチュとはいえ眉をひそめる人の方が多そうだ。このあたりは当時のユーゴで政治的に影響力の強かったセルビアに対する一種の当て擦りなのだろう。WW2でナチスに痛めつけられたセルビアと、逆に荷担したスロベニア、クロアチアという相互嫌がらせの構図だな。元々スロベニアは西スラブ系+カトリックの国だったようですが、近世の千年に渡るハプスブルク~ドイツ・オーストリア帝国の支配下で西欧化が進んだようです。ちなみにドイツ統治下の首都名がLaibach=ライバッハ(現在はスロベニア語でリュブリャナ:Ljubljana)。ユーゴ自体が動乱の時期にさしかかる中で、NSKは国家の創設(どこまで本気なんだよ?)を標榜するようになるんですが、web見ると本当にあるのだな。

ほとんど朗読かアジテイションのようなデス声とマーチ風の太鼓と新古典主義的な彩りをちりばめたノイジーな構成主義エレクトロとでもいえば良いんでしょうか。もはや原曲の面影はまったくない。舞台芸術的な演出などは良く研究された歴史参照なのだろう。この手のスタイルには人間として本能的に惹かれるものがあるようです。

797 jyake13
Pull PCD2180
1999

Gioco di bimba/Le Orme

70年代のセルフ・カバー集。97年の『Amico di ieri』とは一部曲が違う(上に少ない。ぐすん)ようだ。トリオとしての実質的な1stである71年の『Collage』から76年の『Verità nascoste』までからピックアップされたかつての名曲の数々。『Felona e Sorona』からは採られていない。まぁ、全一曲だからね。70年代当時のメンバーで残っているのはターリャピエトラとドラムのミキ・デイ・ロッシ(Michi dei Rossi)の二人。引っ張り出して昔の原曲と聴き比べたりもしたのだが、本質的な部分は当然あまり変わっていない。年月の重みでしょうか、浮わついていた部分がしっくりと嵌まった気もする。技術的に音が良くなったことを差し引いても、細やかになったというか曲の解釈が一段と深まっているようだ。「Verità nascoste(隠された真実)」のバロック風の艶やかな弦楽器の部分なんて今も昔も、今のも昔のも思わずグッと来るものがあります。

798 jyake14 1975

Time and tide/Greenslade

70年代のラストになった4作目。2000年代に復活して新作が出ているというのは最近のお決まりのパターン。短くてキャッチーな曲が増えて全10曲。歌入りが6曲もあるのだが、こちらはキーボードの片割れデイブ・ローソン(Dave Lawson)がイニシアチブをとっているようだ。クラシカルなインスト曲はグリーンスレイド(Dave Greenslade)御大に依るもので、もう空中分解寸前ですな。それぞれの持ち味が出てスリリングで良いのだけど違う楽団の曲が半分づつ交互に入っている感じでまとまりはないなぁ。特に奇を衒ったところはないのだが聴き込むと旨味の出てくる職人芸な音だった。あまり主張しない染み入るようなバックのメロトロンが上品にも馨しい。

799 jyake15 1972

All the young dudes/Mott the Hoople

デビッド・ボウイの曲とプロデュースを得て、一気にオーバーグラウンドに浮上した中期の作。もっともお互いの思惑は一致しなかったようでこれっきりだったようです。これ以前は知らないのだが、グラム系として売ろうとしていたのだろうか。顔でもあるイアン・ハンターは元々ピアノの弾き語りをしていたようでバラードっぽい歌のほうが圧倒的に旨い。一方、ミック・ラルフス(Mick Ralphs)も後のバッド・カンパニー(Bad Company)で名が売れるほどブルーズしておらず、根はトラッド・フォークなのかもしれない。そんなわけでロックっぽい曲はけっこう無理してるように聞こえてしまって面白い。一応、ハード・ロックで売っていたんだろうけど、どう考えてもいちばん得意なのはまったりとしたちょっと懐メロ風の切ないバラード。まぁ、いろいろあったんだろう。

800 jyake16 1982

Avalon/Roxy Music

さて、やっと辿り着いた『Avalon』。ケルト版桃源郷は如何なる島かは知らないが、『Avalon』こそが奏でられる音としてふさわしいのは言うまでもない。多少大袈裟だが、「More than this」から「Tara」に至る全10曲、個人的には20世紀の音楽が到達した一つの頂点であることには間違いないだろうと思っている。古典音楽の持つ情感、現代のテクノロジィ、社会の表象としての商業性とあらゆる面において完璧なグレードと質感を兼ね備えている。もっとも、正直言って、ロクシィのようなユニットがその地点に辿り着けたことにはかなり奇異な思いがある。同じ地点を目指したはずの数多のプログが観念的な自己中毒(つまりヲタだな)に陥っていったのに対し、ロクシィだけはダンディズムこそがマジョリティを統合する概念であるという真理を忘れなかったからだろうか。緊張感のある人間美と腐敗しない人工美が絡み合うエロティックなまでの快楽は正に現代が作り上げたプラスティックなMuseである。

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最終更新日 2003/03/16